2018年6月20日 (水)

京大阪の地震

6月18日発生の大阪北部地震での震度6弱の規模は、
1923年(大正12年)の観測開始以来、はじめてだそうで
慶長伏見の大地震にまでさかのぼるという。秀吉の時代で
1596年(文禄5年)に築城中の伏見城を巨大地震が襲い、
朝鮮出兵の撤退で謹慎中だった加藤清正が掛けつけて、
秀吉を救い出したのは有名だが、大河ドラマ「真田丸」でも
秀吉の命で真田昌幸が築城していた伏見城が完成間近に
崩落して、その大地震から400年に一度のことなのである。
阪神・淡路大震災は千年に一度というし、一般的に大阪は
地震が少ない地域とされていたので、京伏見の大地震は、
不思議に思っていたのだが、まさに今回、起きてしまった。
研究者が指摘しているけれど、日本中に活断層があり、
地震とあまり関係ないと思っている地域でも起こりうる。
観測記録が残っているのは、この百年ぐらいなのであり、
古文書からの史実の読み取りは、重要なのかもしれない。
そういう研究って実はされていて、知る機会があればいい。
※ 文禄5年は地震が多発し、慶長への改元が行われた。

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2018年6月19日 (火)

ルツェルン音楽祭2010

クラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団による
ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」から第2幕を聞いている。
2010年8月12,15日にルツェルン文化会議センターで収録。
アバドの音作りは、隅々にまで明瞭に響いて、透明感があり、
引き締まったテンポ設定だが、暗く冷たい監獄の場面では、
何とも深く陰影に富んだ音色を引き出して、その印象では、
オーケストラの編成は、決して小さいわけではないらしい。
それでこの細やかな配慮がすべてに行き渡っている音楽を
生み出せるアバドの指揮というのは、やはり最高の感動だ。
第2幕では、注目はヨナス・カウフマンのフロレスタンである。
囚われの身であり、やつれているような弱々しさを出しつつ、
声の伸びが超絶的。その存在感にはとにかく圧倒された。
ドン・ピツァロは逆に投獄され、フロレスタンは見事に勝利し、
群集の祝福で盛り上がる後半だが、緊張感のある加速で、
これは演奏会形式ならではの集中力なのかもしれないが、
あまりにも素晴らしくて熱くなってしまった。これは名盤!

DECCA 478 2551

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2018年6月18日 (月)

ルツェルン音楽祭2010

クラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団による
ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」から第1幕を聞いている。
2010年8月12,15日にルツェルン文化会議センターで収録。
古楽奏法というのではないが、あらゆる部分に古楽の要素が
ふんだんに盛り込まれて、音楽がいきいきと躍動するのだが、
管楽器の柔らかい音色や豊かに深みのある響きを聞かせて、
絶妙なバランス感覚の演奏に感動する。アバドのこだわりだ。
歌手も豪華な名前が並び、ニーナ・シュテンメのレオノーレ、
ヨナス・カウフマンのフロレスタン、ファルク・シュトラックマンに
ペーテル・マッティとアバドは素晴らしい録音を残してくれた。
ここでは、ファルク・シュトラックマンのドン・ピツァロが最高!
歌声に痺れてしまう。明日は後半の第2幕を聞きたいと思う。

DECCA 478 2551

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2018年6月17日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「ねぜ、応援は三三七拍子なのか?」
明治大学応援団の初代団長、相馬基が考案した。
「勝った方がいい、勝った方がいい…」の掛け声に
三三七の拍子を付けて、後に拍子だけが残った。
三・間・三・間・七・間と四・四・八の拍子であり、
日本人的なリズムで、次の動作のエネルギーを
生み出すために一拍の間を入れると考えられる。

「あっかんべーって、何?」
元々は「赤目」で、赤い目を見せることである。
あかめ ⇒ あかべ ⇒ あかんべ ⇒ あっかんべー
と変化していった。平安時代の書物「大鏡」の中に
記述があり、法師が鬼を退治するのに赤目で脅し、
恐ろしい形相をしたという伝説からはじまっている。
「べー」をベロと勘違いして、舌を出すようになった。

「くすぐったいって、何?」
天敵の虫から身を守るための防衛反応である。
くすぐったいという感覚は、蚊のような害虫が
皮膚に止まったときの不快な感覚に似ており、
くすぐられたときに身をよじらせてしまうのは、
脳のストレス反応が防御姿勢をとらせるのである。

「ワリカンって、何の略?」
「割前勘定」の略。前は一人前、二人前の前。

「なぜ、花にはいろいろな色があるのか?」
昆虫によって、色の見え方が異なり、虫に合わせ、
花も色を変えている。ミツバチは白と黄色が見え、
アゲハは赤が見え、集まる花には傾向がある。
紫外線が作り出す人には見えない花の模様もあり、
蜜のありかを教え、虫たちを花に集めている。

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2018年6月16日 (土)

東京の風景から 85~大森

梅雨で嫌な天気だ。雨は上がったが寒い。

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旧呑川緑地から終点の見晴らし橋にて。
大田区大森東5丁目で、対岸は昭和島。

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見晴らし橋から見る呑川水門。

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大森ふるさとの浜辺公園の浜辺にて。

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2018年6月15日 (金)

圓朝速記~真景累ヶ淵(四八)

新吉と甚蔵で惣右衛門の湯灌の場面である。

甚蔵「(前略)盥(たれえ)を伏せて置いて、仏様の
腋(わき)の下へ手を入れて、ずうッと遣って、
盥の際(きわ)で早桶を横にするとずうッと足が出る、
足を盥の上へ載せて、胡坐(あぐら)をかゝせて
膝で押(おせ)えるのだ、自分の胸の処へ仏様の頭を
押付(おっつ)けて、肋骨(あばらぼね)まで洗うのだ」

湯灌の方法が書いてある。

甚蔵「何うたってグッと力に任して、えゝ気味を悪がるな」
新吉「あゝ出た出た」

圓生師匠の圓生百席の録音で聞いていると
この「出た出た」のところが好きである。
新吉は死骸を相手に情けなく、何とも間抜けだ。

仏様の首がガックリ垂れると、何う云うものか
惣右衞門の鼻からタラタラと鼻血が流れました。
甚蔵「おや血が出た、身寄か親類が来ると血が出るというが
己は身寄親類でもねえが、何うして血が出るか、
おゝ恐ろしく片方(かたっぽ)から出るなア」

死骸から鼻血が出るのは、身寄親類が来たときだそうで。

甚蔵「納められるもんかえ、やい、是(こ)りゃア旦那は
病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、
鼻血が出れば何奴(どいつ)か縊(くび)り殺した奴が
有るに違(ちげ)えねえ」

甚蔵に首の二本の細引きの筋を見付けられてしまう。

甚蔵「(惣右衛門殺しを)なに手伝った、じゃアお賤が遣ったか」
新吉「それには種々(いろいろ)訳が有るので、唯縄を引張ったばかりで」
甚蔵「それで宜しい、引張ったばかりで沢山だ、お賤が引くなア
女の力じゃア足りねえから、新吉さん此の縄を締めてなざア
能く有る形だ、宜しい、よしよし早く水を掛けやア」

甚蔵はすべて、お見通しである。

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2018年6月14日 (木)

ミヒャエル・ギーレン 30

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第7集)から
シュレーカーのあるドラマへの前奏曲(1995.2.7)
ヒンデミットの交響曲「画家マチス」(1968.2.8)
ペトラッシの管弦楽のための協奏曲(1961.1.24,25)
シュレーカーとペトラッシは南西ドイツ放送交響楽団で
バーデン・バーデンのハンス・ロスバウト・スタジオで収録、
ヒンデミットはザール・ブリュッケン放送交響楽団の演奏。
「統合への道のり」と題された一枚。20世紀前半の作品。
シュレーカーとヒンデミットの録音は30年近くも離れるが、
聞いての印象はほとんど違和感がなくて、それは驚きだ。
ドイツの放送局の技術力の高さって、本当に素晴らしくて、
50年前のヒンデミットの演奏が鮮やかに甦る。感動した。
ギーレンの明解な音作りとキッパリといい切る歯切れよさ、
この当時も絶対的な支持者を獲得していたに違いない。
シュレーカーのあるドラマへの前奏曲はマーラーのCDに
収録されていたので、以前、そのときも聞いているのだが、
久しぶりに聞き直してみるとすごくよかった。聞きやすい。
ゴッフレド・ペトラッシの作品は、おそらくはじめて聞くが、
1961年のモノラル録音だけど、音質の点は気にならず、
力強い響きと圧倒的な鋭さで、すっかり引き付けられた。
ペトラッシは1904年生まれ、2003年没のイタリア人で
管弦楽のための協奏曲は8曲あるらしく、今回の曲は
1933年から1934年にかけて作曲された第1番であり、
気に入ってしまったので、すると他も聞いてみたくなる。

SWR>>music CD-No.SWR19061CD

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2018年6月13日 (水)

シュトゥットガルト放送交響楽団

ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団で
ハイドンのロンドン交響曲を聞いている。その第3回。
第95番 ハ短調、第99番 変ホ長調、第103番 変ホ長調
2009年9月7-12日にシュトゥットガルトのリーダーハレで収録。
ハ短調が特徴的な第95番は、昔から馴染みがあったのだが、
聞いたこともない軽さで自由そのものである。楽しくて仕方ない。
ちょっと深刻さを伴うハ短調で、ハイドンのユーモアに徹する。
運命の動機のような激しいフレーズがいきなり登場するが、
変形しつつも繰り返し、全体に影響を及ぼしていくようだけど
それもジョークのように聞こえてきて、さすがにアイデア満載。
第99番と第103番「太鼓連打」は、どちらも変ホ長調であり、
ロンドン・セットの第2期だが、どこか作風も雄大になって、
こうして並べてみると面白い。ノリントンの解釈は素晴らしい。

Hanssler CD 93.252

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2018年6月12日 (火)

サイモン・ラトル 3

サー・サイモン・ラトルの指揮によるベルリンフィルで
ビゼーの歌劇「カルメン」から第3幕と第4幕を聞いている。
2012年4月16-21日にベルリンのフィルハーモニーで収録。
昨日の続きで「カルメン」の後半だが、研き抜かれた表現で
やはり響きの美しさが格別である。引き締まった音楽であり、
派手な色合いを出さずとも十分に劇的な効果を築いているし、
シャープに洗練された「カルメン」で本当に聞き惚れてしまう。
ベルリンフィルの演奏なので、オペラ的な世界観を超越して、
シンフォニックに渋いながらも深い陰影のある情景に感動。
声を張り上げずに繊細な歌声を追及していったコジェナーと
室内楽のような緻密さを引き出したラトルの指揮が話題だが、
実際に体験してみると予想以上の完璧な調和が感じられて、
世界の頂点に位置する演奏だが、これは奇跡的であった。

EMI 50999 4 40285 2 7

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2018年6月11日 (月)

サイモン・ラトル 2

サー・サイモン・ラトルの指揮によるベルリンフィルで
ビゼーの歌劇「カルメン」から第1幕と第2幕を聞いている。
2012年4月16-21日にベルリンのフィルハーモニーで収録。
響きが美しくて、清々しいような洗練された印象は衝撃的だ。
ラトルの徹底したコントロールは隅々にまで行き届いており、
しかしバーミンガム時代のような作為的な作り込みではなく、
あくまでも自然体であり、とにかく素晴らしくて夢中になる。
劇場的な収録ではなく、完璧に整えられた仕上がりだが、
この前半の熱気に包まれた展開で盛り上がりの場面でも
派手にならずに端正に透明感で聞かせるのには感動した。
コジェナーのカルメンやヨナス・カウフマンのドン・ホセで
最強の歌手が結集して、この録音に臨んでいると思うが、
すっかり聞き惚れてしまって、やっぱり「カルメン」は最高!
明日はこの続きで後半の第3幕と第4幕を聞きたいと思う。

EMI 50999 4 40285 2 7

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