2017年11月20日 (月)

第142回 柳家小満んの会

関内ホールが改修工事中で、今回から
吉野町市民プラザに会場が変更されたが、
この新しい環境に早く慣れなければ。
やはり場所が不便だけど、聞いてみて
高座との距離は近いように感じられた。

柳亭市若:初天神
柳家小満ん:奈良名所
柳家小満ん:なめる
柳家小満ん:お直し

一席目は「奈良名所」で、小満ん師匠がこの噺を演る
ということは知っていたが、聞くのははじめてである。
前半は「二人旅」の雰囲気だが、お伊勢参りの後で
奈良に行くという設定で、この噺も「三人旅」シリーズの
ひとつなのであろう。宿の客引きをかわす場面があって、
逃げにかかるとそこが探していた宿である。一晩泊まり、
翌日、主人の勧めもあって、奈良の名所をまわって歩き、
案内人が洒落たくさんで道案内をしていく。後半になると
江戸っ子二人の出番はなく、そこはちょっと不思議な印象。
その洒落案内であるが、もうすっかり忘れてしまったので、
また聞いてみたいところ。珍しい噺でなかなか聞けない。
「なめる」は2009年1月に関内で、そしてその翌年の7月、
日本橋でも演じられているが、それ以来で久しぶりである。
芝居小屋の様子や上演の仕組みなど、かなり緻密な説明で
格調高くはじまるのだけど、それが後半、この噺は艷笑噺。
師匠で聞くとごくお洒落な情景だが、翌日、お嬢さんの元を
訪ねてみると転宅してしまっている。「転宅」にそっくりだ。
ここで覚えておきたいのが、「守田の寶丹(宝丹)」という薬。
気付け薬ということになっているが、胃腸薬と書いてある。
不忍池のすぐわきにある守田治兵衛商店で1680年の創業。
仲入り後、今年の締めくくりは「お直し」である。この噺は
よく覚えているのは、関内の小満んの会で100回記念のとき
演じられており、それから42回なので、すでに7年が過ぎて、
あっという間に同じく久しぶりということになってしまった。
吉原についての研究発表だと大見世から小見世、切見世、
けころの羅生門河岸に至る吉原を構成する店の詳細な説明、
解説があり、表の大通りがあれば、裏通りもあって、陰日向、
明暗があって、その裏通りの情景が頭に描かれたところで
「お直し」の夫婦の物語となっていく。酔っ払いの左官職人が
滑稽な三枚目で、そこで笑いを取り、ジメジメさせないのが、
いいのだが、そうでなければ、救いのない暗い物語となって、
時間の更新をする「直してもらいなよ」が嫉妬の表現となり、
その意味をどこかで取り違えてしまうところが実に落語らしい。
ということで、次回は新年の1月22日(月)の第143回であり、
演目は「お楠物語」「花筏」「火事息子」の三席。楽しみである。

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2017年11月19日 (日)

江戸の酉の市~熊手

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浅草鷲神社の酉の市でお参りの行列だが、
参道に神社の熊手お守りを大きくしたものが
飾られており(写真右)、毎年、一の酉で
この熊手お守りをいただいてきている。

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江戸から明治の頃の熊手の展示を見ると
神社の熊手お守りはまさにこの形であった。
安藤廣重の浮世絵で酉の市の浅草の風景から
そこに描かれていた熊手を元に再現されている。

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2017年11月18日 (土)

鷲神社 二の酉

土曜日の酉の市で、一の酉に続いて、
再び浅草鷲神社へ二の酉に行ってきた。

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幸いに雨には降られなかったけれど、
雨の予報もあってか、参拝待ちの列は短く、
順調にお参りできた。土日の酉の市のときは
二時間待ちの行列で覚悟して行ったので。
月曜日だった一の酉の方が混んでいたぐらいで
今回は観光の一見さんはいなかったのかも。

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お参りの後は、今回も熊手めぐり。
カメラを向けるとポーズを取ってくれた。

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宝船の飾りは見た記憶がないのだが、
でも見てないわけはないのだけど。

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おかめさんの熊手はいつも目立っている。

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江戸、明治から現在に至る熊手の歴史。
廣重の浮世絵にも描かれている熊手を再現。
この展示は以前も見ているが、一の酉のときは
気付かなかった。古いものほどシンプルな作り。

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熊手の飾りに使われる原料、木型の展示。
胡粉をニカワで固めて、鮮やかに彩色をする。

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2017年11月17日 (金)

パーヴァリ・ユンパネン 3

パーヴァリ・ユンパネンでベートーヴェンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第9番 ホ長調 作品14-1(2011.6)
ピアノ・ソナタ 第10番 ト長調 作品14-2(2011.6)
ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 作品22(2010.6)
ピアノ・ソナタ 第19番 ト短調 作品49-1(2012.6)
ピアノ・ソナタ 第20番 ト長調 作品49-2(2012.6)
クーモ・アートセンターのレントゥア・ホールで収録。
軽快で小規模な作品14と作品49のピアノ・ソナタと
堂々としたスケール感が魅力の作品22という選曲。
快適な流れで、なんて気持ちのいい演奏なのだろう。
清潔感のある音楽で、その透明度と美しい音色が、
演奏の基本であり、核となっている。実に素晴らしい。
どこを聞いても鮮やかで、くっきりと青い空が広がる。
そういう中で作品49の自由なアレンジは興味深い。

ONDINE ODE1280-2D

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2017年11月16日 (木)

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス

ヘルベルト・ブロムシュテットの指揮による
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は、交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
2014年12月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
速いテンポできびきびと動きの軽やかさも特長である。
ピリオド奏法も取り入れられ、素朴であり、シンプルに
歴史の中で大袈裟に偉大さの強調されてきた響きを
ここでまさにリセット、驚くほどに新鮮、実に瑞々しい。
ベートーヴェンの緻密な書法を鮮やかに描き出して、
しかしそれが目立って、そこに関心が行くのではなく、
何よりも音楽の喜びにあふれ、ひたすら感動である。
ブロムシュテットは大好きだけど、この全集は最高。
何度聞いてもベートーヴェンの交響曲は素晴らしい。

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小満ん語録~むこう地

先日の小満んの会にまつわる師匠の一句で
「むこう地」とは、どこなのか?上総房総であろう。
冬霞で見えるような、見えないような房総半島の情景。
江戸湾、明治の代なら東京湾か、寒くなるこの時期に
海上には霧が発生して、品川で迎える朝の景色である。
つまり「居残り佐平次」だ。明治の頃の東海道品川宿は
街道の東側、海っ縁に旅籠屋が並び、どの部屋からも
海のむこうに房総の山並みが眺められたことであろう。
「品川心中」にも出てくるけれど、桟橋付の旅籠があり、
部屋のすぐ下には、波が打ち寄せていたのである。
佐平次の無銭遊興が発覚して、行燈部屋に移るのは、
この後のこと。品川の居残りもこう読めば風情がある。

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2017年11月15日 (水)

ズービン・メータ 17

ズービン・メータの指揮によるイスラエル・フィルの演奏で
プッチーニの歌劇「ボエーム」、昨日の続きで第3幕と第4幕。
1999年1,2,7月にテル・アヴィヴのマン・オーディトリウムで収録。
第3幕は、病の影が忍び寄るミミに冷たく厳しい冬の情景だが、
メータの音はちょっとたっぷり鳴っている印象か。響きも明るく、
イスラエル・フィルの音にやはり色彩があるので。透明感では、
モノトーンな感じでもここは効果が上がる。この後の春の場面で
第4幕との関係でも対比や変化が欲しかったところではある。
音だけで聞いているので、余計にそう感じるのかもしれないが、
しかしよく歌われて、音楽が作りだす空気と情感は素晴らしい。
それにしても「ボエーム」のこの後半の流れは、感動的である。
第4幕でコッリーネが外套に別れを告げる場面は有名だが、
芸術家仲間たちのロドルフォとミミへの友情にも心打たれる。
そしてふたりきりになって、ミミはロドルフォに想いを伝えるが、
出会った頃の幸福を振り返り、音楽では第1幕のその場面が
回想され、プッチーニの描き出すその微妙な色合いが見事で
オペラの人気作だけど、やはり傑作だ。最高の名場面である。
ミミの死で悲劇の結末だけど、この作品には、歌劇によくある
裏切りや憎しみが存在せず、ロドルフォとミミのふたりの愛が
すべての人によって祝福されているところが珍しい。ちなみに
この歌劇「ボエーム」には、ワーグナーの楽劇からの引用が
所々あると私は思っているのだが、メータはそこを聞かせず。

DECCA 464 060-2

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2017年11月14日 (火)

ズービン・メータ 16

ズービン・メータの指揮によるイスラエル・フィルの演奏で
プッチーニの歌劇「ボエーム」で、前半の第1幕と第2幕。
1999年1,2,7月にテル・アヴィヴのマン・オーディトリウムで収録。
メータらしいゆったりとした音楽作りで心地よい世界が広がる。
鋭くきびきびと緊張感をもって進めていく演奏も私は好きだが、
その逆を行く描き方ゆえに豊かに奥行きのある深い響きで
パリの芸術家たちの貧しい中にも夢に向かって生きている、
その雰囲気が伝わってきて、共感のある感動は素晴らしい。
前半はただただ希望に向かって歌うロドルフォとミミであり、
なんて魅力的なことであろうか。アンドレア・ボッチェッリの
ロドルフォで話題になったCDだが、何とも酔いしれる感じ。
毎年、秋冬の季節に「ボエーム」を聞いているが、満喫中。
明日はこの後半で、第3幕と第4幕を聞きたいと思う。

DECCA 464 060-2

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2017年11月13日 (月)

第288回 柳家小満んの会

出掛けるときに快晴だったので、雨の予報は知っていたが
すっかり傘のことは忘れてしまって、案の定、終演時には
降っていたのである。しかし横浜に戻ってくると雨は止んで、
今日は付いていた。日本橋の今年の締めくくりの会である。

柳亭市若:孝行糖
柳家小満ん:居酒屋
柳家小満ん:九段目
柳家小満ん:居残り佐平次

今回は「のようなもの」の三席か?私の勝手な関連付けで
「居酒屋」の「鮟鱇のようなもの」という台詞は有名であり、
「のようなもの」を注文して、小憎さんを困らせるのだが、
「九段目」では、針医の先生が素人芝居の代役に呼ばれ、
「のようなもの」である。そして「居残り」、芝の勝っつぁんに
「見かけねえが若い衆か?」と「若い衆のようなものです」って、
佐平次は答える。まあ偶然だが、ちょっとした共通項は面白い。
「居酒屋」で、番頭鍋を食べたいと言い出した後、小憎さんと
流行り歌の「まっくろけ~のけ」を唄って、洒落を言い合うサゲ。
これがオチという感じでもなかったが、寄席の「居酒屋」だと、
番頭鍋を一人前注文すると「番頭は半人前です」といった、
そういうサゲを聞くので、この流行り歌の場面ははじめてで、
きっと古くは、たっぷり本寸法でこういう展開があったのだろう。
二席目は「九段目」である。この噺は、圓生百席の録音を昔、
聞いたことがあったのだが、なんだかよくわからなかったので、
どうも苦手のイメージで、今回もよくわからないのではないかと
心配があったのだが、やはり難しい。というのもこの忠臣蔵で
九段目というところが、よくわからないというのが大きいか。
他の場面だって知らないが、四段目や五段目、それに七段目、
落語の方ではよく聞いているので、何となくは知っている。
知っている気がしているだけで、知ったかぶりの領域だが、
親しみあるかないかでは大きな違い。九段目については、
正直なところ、登場人物も馴染みがないし、よくわからない。
その一方で素人芝居の情景については、よく落語で聞いて、
わかっている気がする。理解はその程度か。ここではむしろ、
導入のオチに関係してくる煙草の蘊蓄の方が面白かった。
刻み煙草だが、細く切ることを賃粉切りといい、江戸時代の
特に細かく刻んだもの(0.1mm)を「こすり」といったそうである。
上等なものは、よく煙草の方から火を呼ぶというけれど、軽く、
綿のような仕上がりだったのではないか。代役の針医の先生、
内職で賃粉切りの細かい仕事をしており、それがオチに絡む。
仲入り後、「居残り佐平次」である。文楽師匠の提案をヒントに
小満ん師匠が作り上げた新オチで、ちょっとした話題である。
ご祝儀の稼ぎが減ってしまったと他の若い衆たちからの苦情で、
旦那が居残りさんに灸を据えると佐平次を呼び出すが、結局、
着物から帯、小遣いまでせびられて、悠々と店を出ていって、
「灸を据えるといったじゃないですか!」と店の者たちの追及に
「下駄の裏に灸を据えてやった」というのがオチである。これは、
箒を逆さまに立てておく、というのに似ていて、長居の厄介者を
追い出すお呪いである。従来は「御強(おこわ)にかけやがって」
「旦那の頭が胡麻塩ですから」だか、この相対間男が語源の
「騙す」の意味での「御強にかける」が全く通じなくなっており、
文楽師匠が「下駄に灸を据える」のオチを提案したそうだが、
圓生師匠に却下されてしまって、それを小満ん師匠がずっと
温めてきたのであり、師匠の想いを実現させたオチである。
私はこのオチが好きで、聞いていても自然な仕上がりがいい。
でもひとつ残念なのが、佐平次が店から出て、追いかけてきた
若い衆に「俺は居残りを商売にしている佐平次というものだ。
お前もこの仕事を続けていくのなら、名前ぐらい覚えておけ」と
佐平次の正体を明かす場面がないのである。ちょっと惜しい。
でもこの旦那もいい人で、佐平次のこれまでの働きを評価して、
店も繁盛したからと借金を棒引きにしてやると、人柄のよさで
噺の印象は何ともいい。三大極悪噺だけれども爽快であった。
ということで、ちょうど来週、20日(月)は横浜の小満んの会、
「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席。会場は吉野町である。

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2017年11月12日 (日)

アルバン・ベルク四重奏団 36

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はブラームスの作品で
弦楽四重奏曲 第3番 変ロ長調 作品67である。
1977年10月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
圧倒的な切れ味鋭さと輝きの音色でとにかく素晴らしい。
凝縮された音楽で作曲技法の極致みたいな印象だが、
こうした作品でのアルバン・ベルク四重奏団の冴えは
一段と魅力的で、同じことを1992年の再録音のときも
書いたような気がする。作品51の二曲も傑作だが、
ブラームスの三曲の弦楽四重奏曲は偉大な存在だ。
私はアルバン・ベルク四重奏団の演奏が好きである。

Warner 2564 69606-7

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