2020年1月26日 (日)

1月26日の感想

まもなくブログの記事数が6000になり、
気にしているのだが、これが5997番目。
1月末だとは思っていたが、今週半ばかと。


大河ドラマの「麒麟がくる」が、先週はじまって、
第1回の視聴率は好調だったそうだけど、
あまり面白いとは思わなかった。私的には、
「いだてん」ロスであり、第2回はどうなるか?

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2020年1月25日 (土)

キース・ジャレット 32

1981年のキース・ジャレットを聞いている。
ブレゲンツでのソロ・コンサートのライブ録音で
1981年5月28日にフェストシュピールハウス。
後半の演奏とアンコールが収録されているのかと。
ソロ・コンサートも聞き続けていると驚かなくなるが、
その点では、有名なケルン・コンサートなど衝撃で
全く出会ったことのない興奮があったのであろう。
より多様に研き抜かれていく過程をここで聞ける。
美しい旋律にはじまり、ジャズ的な躍動が加わり、
即興による流れの亀裂が音楽に変化をもたらして、
混沌とした時間が存在し、そこから抜け出す瞬間、
スッキリと晴れ渡る輝きの素晴らしさは感動的だ。
キース・ジャレットの強さと集中力は圧倒的である。

ECM 1227-1229 279 4570

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「脂がのっているとなぜおいしいのか?」
脂だけではおいしくなく、しっとりとした食感を与え、
おいしさを増す。脂は旨味、甘みを増強させる。
効率のいいエネルギー源でもあり、有益だという
信号が脳に届き、幸福感が得られる。1810年に
マグロが大量にとれ、それまで脂の多い部位は、
腐れやすいために捨てられていたが、トロを使う
まぐろ鍋(ねぎま鍋)が作られるようになった。


「なぜ新聞に4コマ漫画があるのか?」
漫画そのものが、新聞からはじまったものである。
記事の挿絵とは別に面白い絵を載せるようになった。
娯楽性の高い漫画を載せて、女性や子供も新聞を
見るようになった。連載されたのは、時空を越えて
旅をする「正チャンの冒険」で、正チャン帽の由来。
関東大震災の後、人々のすさんだ心を和ませた。


「鍾乳洞ってなに?」
鍾乳石が垂れ下がっている洞窟のことである。
石灰岩が元で、サンゴや貝の死骸に含まれている
炭酸カルシウムが積もったもの。酸性の雨が降り、
石灰石が溶けて、垂れながら固まったのが鍾乳石。

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2020年1月24日 (金)

イゴール・レヴィット 3

イゴール・レヴィットによるベートーヴェンで
ディアベッリの主題による33の変奏曲 作品120
2015年1,2月にベルリンのフンクハウスで収録。
ピアノ・ソナタ全集を聞こうとしているが、録音順に
後期のソナタから聞いて、そこでまたちょっと脱線で、
今日はディアベッリの主題による変奏曲を聞いている。
バッハとジェフスキーが一緒に収録された変奏曲集。
前のめりに勢いのある表現ではじまり、力強い響きで
作品の諧謔性は実に楽しく、しかしそれが先に進み、
しだいに深まりを見せ、神秘の境地まで達するのは、
いつもながら感動的だ。それを経て、最後の最後に
モーツァルトの世界が現れる仕掛けだけど、そこは、
レヴィットは若々しい表現でいきいきと好感がもてる。
昨日も聞いたレーガーの作品やブラームスの変奏曲も
素晴らしいのだけど、やはりベートーヴェンは偉大だ。

SONY 88875060962

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2020年1月23日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 19

マルク・アンドレ・アムランでレーガーの変奏曲集。
バッハの主題による変奏曲とフーガ 作品81
5つのフモレスケ 作品20
1997年4月にブリストルの聖ジョージ教会、
テレマンの主題による変奏曲とフーガ 作品134
1998年4月にブリストルの聖ジョージ教会で収録。
バッハの変奏曲の方には、ゼルキンの録音があり、
そしてテレマンは、ホルヘ・ボレットが弾いているが、
この2曲を一気に聞かせてくれるのは貴重なことだ。
レーガーの深い響きと厳格な構築性は感動的で、
アムランのシャープで圧倒的に鮮やかな響きが
そこに加わるのだから、奇跡のような仕上がりだ。
傑作だけど、なかなか聞けないこうした作品を
1990年代のアムランは、熱心に録音していた。
要求を出したレコード会社もすごいし、宝である。

hyperion CDA66996

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2020年1月22日 (水)

ヴァレリー・アファナシエフ 18

ヴァレリー・アファナシエフの1985年のライブで
シューベルトのピアノ・ソナタ 変ロ長調 D.960
1985年7月にロッケンハウス音楽祭で収録。
シューベルトの変ロ長調の最後のピアノ・ソナタは
アファナシエフの代名詞のように昔から有名であり、
3種類の録音が存在しているが、私はこの演奏が
たいへん好きである。音楽の流れが自然であり、
柔らかく繊細な表情が美しい。この少し前の頃に
クレーメルと一緒にアファナシエフが西側に登場し、
ECMによって収録されたこの演奏で、広く世界に
知られるようになったのではないか。名演である。
アファナシエフにしては標準的ともいえるのだが、
独特な揺らぎはすでに存在して、絶妙である。

ECM 462 707-2

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2020年1月21日 (火)

キース・ジャレット 31

1980年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのInvocationsでソロ・アルバム。
1980年10月にオットーベウーレン修道院で収録。
パイプ・オルガンとソプラノ・サックスを即興演奏して、
修道院内での音響空間が素晴らしい。感動的だ。
後に「Book of Ways」という1986年にライブ収録の
ハープシコードのアルバムが出て、そちらは以前に、
興味をもって聞いたのだが、あまり気に入らなかった。
しかしこちらは全く印象も違って、すごく惹かれたので、
どうも私はオルガンが好きらしい。はじめて知った。
立ち会った修道院の関係者も驚いたことであろう。
このオルガンでこんな音楽が生み出されるのかと。

CDR962

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2020年1月20日 (月)

東京の風景から 107~神田明神

黒門亭の後、外神田の方面に歩いて、
正月なので神田明神にお参りしてきた。


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お茶の水から帰ろうかとも思ったのだが、
東京駅での乗り換えが面倒な気がして、
秋葉原へ出たところ、オタクにメイドで、
大きな荷物を引っ張る外国人もいるし、
街は大混雑。夕方の秋葉原はたいへん。

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2020年1月19日 (日)

黒門亭で菊丸・馬石・小ゑん

小ゑん師匠が出演で昼から黒門亭へ。
馬石さんと菊丸師匠で顔付けもよく、
13時45分頃には満員札止めに。


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寄席は二十日までが正月である。

第2部
春風亭枝次:子ほめ
柳家やなぎ:時そば
古今亭菊丸:井戸の茶碗
隅田川馬石:安兵衛狐
柳家小ゑん:片棒


やなぎさんが札幌で食べた味噌ラーメンとチャーハン、
餃子のセットの話題からはじまって、この語り口が
喬太郎師匠にそっくりで、食べ物のマクラだと噺は
「時そば」だが、そのイメージがあるものだから、
さん喬師匠より喬太郎風味付けの「時そば」である。
出汁は鰹節を奢らずに豚骨だというし、そばなのに
そば粉は使ってないという。世間ではほうとうという。
菊丸師匠がたっぷり「井戸の茶碗」。清兵衛と卜斎、
それに高木佐久左衛門と屑屋と武士、その武士も
浪々の身ながら武士の誇りをもつ侍、真っ直ぐで
清々しい若侍と実に明快に描き分けられているので、
素晴らしい「井戸の茶碗」だ。仲入り前にトリネタ。
馬石さんの「安兵衛狐」は二度目だ。すごく楽しい。
決して面白い噺ではないと思うのだけど、実にいい。
長屋の人物関係や源兵衛さんと安兵衛さんの関係、
分かりにくいところも多いのだけど、馬石さんの噺は
以前の印象に比べて、分かりやすくなっていたので、
かなり練り上げられて、すると味のある噺である。
全く別設定ながら「野ざらし」に似ているところが
多々あって、何か関係があるのだろうか?興味ある。
「野ざらし」も鼻の圓遊以前の江戸風のときには、
陰気で不気味な噺だったというし、その空気感は
こちらには残っていて、江戸風というのが好みかも。
墓見酒ってのも乙だね、というのが、何より乙である。
小ゑん師匠の「片棒」は以前に聞いたことがあって、
大好きである。それ以来、聞いたことはなかったので、
また聞いてみたいと思っていたので、今日は大満足。
金、銀、鉄と息子たちが弔いのプレゼンをするのだが、
小ゑんワールドは、「お前が頼りだよ」の鉄であった。
葬り方だが「鳥葬」という、調べたら、これはチベットの
埋葬法であるらしい。鉄が恒例のオタクキャラであり、
話している相手と目を合わせられないという、爆笑。
お馴染みの「片棒」で、普通の「片棒」なのだけど、
やはりそこには小ゑん師匠の工夫が詰まっていて、
古典もいいのである。一味違って、実に新鮮だった。

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2020年1月18日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「スーツの襟の穴はなに?」
スーツの元々は、軍服に由来する服であり、
襟の穴は軍服の第1ボタンである。フロックコートを
貴族が着るようになり、詰め襟を寝かせて、それが
現在の襟の元となった。19世紀になると昼の正装は
モーニングコートで、社交界では燕尾服を着用して、
さらに襟が完全に寝ているラウンジスーツができた。
イギリスでは、軍服の名残として、襟の穴を残して、
現在では、花を刺す穴としても利用されている。


「なぜ日本語ではなく国語なのか?」
江戸時代には、300近くの藩に分かれ、場所により、
言葉も様々であった。統一する言葉がなく、明治になり、
一つの国として中央政府が全国を統治するようになって、
標準語が必要となった。それを学ぶ学問を国語とした。
都のあった京都の言葉とするか、東京の言葉とするか、
長く議論が分かれていたが、明治37年、ついに決着し、
東京の教養のある人々の言葉を標準語とするとされた。


「水滴のぽちゃんというのは何の音?」
イギリスのケンブリッジ大学で発見された研究によると
「ぽ」と「ちゃん」である。水滴が落ちて、水面がへこみ、
気泡ができて、水面から切り離されるときに音がする。
そのときに水柱が立ち、再び水滴が落ちて、音がする。
二度の音が鳴り、それが「ぽちゃん」と聞こえている。

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