カラヤンの1960年代 26
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルによる
ワーグナーの「ニーベルングの指環」から
楽劇「神々の黄昏」~第3幕を聞いている。
1969年10,12月、1970年1月に
ベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
ジークフリートには勢いがあり、ラインの乙女たちは、
黄金の不在を嘆く苦しみの心情に支配されながらも
響きはこの上なく美しく、カラヤンはメリハリを効かせ、
つまり呪いのかけられた指環だが、ジークフリートは
意気揚々と返還を拒絶するのである。力がみなぎり、
輝きの歌声を聞かせるジークフリートにふれては、
この先の悲劇的な展開との対比も鮮やかである。
ヘルゲ・ブリリオートのジークリートは素晴らしい。
記憶が蘇り、かつての武功を口にしてしまうのだが、
カラヤンが描き出す透明感のある情景において、
ブリュンヒルデとの記憶は後悔の念を引き出して、
ハーゲンに槍を突き立てられ、瀕死の状況にあり、
ジークフリートはそれにふさわしく、弱い声を出す。
音楽もまた合わせて、思い切って、抑制傾向で、
ジークフリートの死の場面で、こうした仕上がりは、
カラヤンのリアリティの追及で実に特長的である。
ジークフリートの葬送となるが、荘厳な響きだが、
偉大さを称える音色から英雄を失ったことでの
深い悲しみへと色合いは変化していくのであり、
葬送行進曲のわずかな間にもこれだけのものが、
詰め込まれ、こんなにも深い響きはないのである。
後半では、「ブリュンヒルデの自己犠牲」となるが、
ヘルガ・デルネシュが素晴らしく、カラヤンによる
綿密な指示にもよると思うが、精妙な音楽に乗り、
まさにカラヤンの魔法の音色に極上に歌わされ、
その感動に聞く人も酔いしれる。この第3幕は、
ワーグナーの演奏史でも究極の仕上がりであり、
楽劇「神々の黄昏」の全体が、最上の名演だ。
指環の物語の終盤で、最高の幸福に包まれた。
DG 457 780-2


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