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2005年7月31日 (日)

焼肉製作所 続報!

昨日も夕方から、焼肉製作所の件で
打ち合わせに行ってきたのだが、
用件は営業許可の申請で
保健所に提出する店舗の図面を届けたのだが、
そこで聞いてきた話である。

入口のところに新しい掲示板ができていて、
何のためのものかというと、
肉(ブロック)が入荷する際に
産地や銘柄、牛の固体番号(バーコード)が記載されている
ラベルが貼ってあるそうなのだが、
そのラベルを掲示して、その日店で出る肉について
情報開示をしようというものだそうだ。
焼肉屋によく行かれる方だったら、ご存知だと思うが、
そういうことをしている店はない。
日本中探しても、きっと他にはないだろう。
食べる側にとっては、食品の安全性が問われている現在に
自分の食べている肉の素性を知ることができるという、
これほど安心で確実なことはないのである。
言い方は悪いが、これで騙されるということはない。
そして店にとっては、品質を維持し続けなければならない
という、自分で自分の首を絞めるような
厳しい話なのだそうである。
しかしそれにあえて挑戦しようとしている。
これはもしかしたら、革命になるのかもしれない。
というのを、話を聞いて、私は感じた。

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2005年7月29日 (金)

ザルツブルク音楽祭2003

セミヨン・ビシュコフがウィーンフィルを指揮した演奏会。
この両者の組み合わせはちょっと珍しく、
夏のザルツブルクならではといった興味深いコンサート。
前半にはエフゲーニ・キーシンが、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を弾いて、
本当に素晴らしくて、こんなにも美しく、そして力強く、
そうは聞けない超名演である!
技術面でも、表現の点からも
これほどにバランスのとれた演奏はさすがにキーシンであり、
そして人の心をつかむ力は、圧倒的である。
バックのウィーンフィルも恐ろしく表情豊かであり、
とにかくこんなに感動的な演奏は、貴重な存在。
しかし今日は、キーシンについてではなく、
一方のビシュコフについて話題にしたいのである。

ドイツの放送オーケストラ大好きの私にとっては、
そう、ケルン放送交響楽団の主席指揮者がビシュコフであり、
たいへん注目している存在なのだ

ケルン放送交響楽団とのライブ録音で発売された、
R.シュトラウスの英雄の生涯、メタモルフォーゼン、
マーラーの交響曲第3番、ショスタコーヴィチの第8番
などは、とにかく素晴らしかった。
1980年代半ばか?ビシュコフが西側で活躍するようになって、
聞くようになってから、もうずいぶん長いのだが、
しかし最近の充実ぶりは、ちょっと比べ物にならないほどである。

そのビシュコフがウィーンフィルのコンサートに出演した。
後半はチャイコフスキーの交響曲第5番である。
これがまたすごい名演だ。
正直ここまですごいとは思わなかった!
ウィーンフィルがこんな音を出せるなんて!
というより、ウィーンフィルからこの音を引き出した
ビシュコフがすごい。
現在は、聞いているこちらも、
ゲルギエフの指揮するウィーンフィルのチャイコフスキーに
慣れてしまっているので、その強烈さは他に例がないわけではない。
しかしビシュコフのチャイコフスキーも圧倒的である。
ロシア出身のビシュコフにとっては当たり前なのだろうが、
強烈なロシア節がいきいきと濃厚に歌われ、
不思議なほどによく鳴り、豪快で力強いチャイコフスキー。
しかしウィーンフィルの本来の持ち味、
繊細さや透明感、きめ細かな表情づくりも失われず、
それらが見事にバランスを保ち、
音楽の中にブレンドされている。
そうした点でのオーケストラをコントロールする技、
勢いに乗るばかりでなく、
どこかで知的に制御する部分も兼ね備えられている、
そしてそれらが音楽の巨大な骨格にしっかり結びついている、
それらの点では、このチャイコフスキーは、ゲルギエフ以上かもしれない。
本当に感動的な演奏だ。
やはり夏のザルツブルクはいい。

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2005年7月28日 (木)

台風の後は暑く

台風7号が過ぎ去って、昨日今日とすごく暑い。
今日までで暑中見舞いのお手紙を出し終えた。
文面では、暑いということを書きながら、
梅雨明け後、比較的すごしやすい日が続いていたので、
暑中見舞いを出すタイミングを気にしてしまった。
しかし夜になると涼しくなって、
窓からの風が心地よいが、
最近はそのおかげで、きちんと眠れている。
8月もこのままがいいのだが、
寝苦しくって、寝不足続きはやはり堪える!

高校野球の神奈川県大会。
桐光学園が優勝したそうだ。
私の出身校は桐光ではなく「桐蔭」で、
同じ「桐」というだけでなく、キャンパスも近いのだが、
何か関係があるのか?特別そういう話は聞かないし、
ライバル校として、意識しているということもない。
しかし甲子園ということについていえば、
桐蔭がはじめて甲子園に行ったのは、
私も知らないほどの大昔であり、
その後も何度も行っている。
一方の桐光は歴史がないのである。
神奈川代表というと、いつも
横浜高校、横浜商業、横浜商大、といった「横浜…」
東海大相模とか「…相模原」みたいな、
それに日大藤沢、藤嶺藤沢などの「…藤沢」、
あとは私立で法政二や慶応など。
たまには違う高校が甲子園に行ってほしい!
ということで、桐光の優勝は「おめでとう!」である。
桐光って、ついに初めてじゃない?と思ったら、
3年ぶり二度目だそうだ。失礼しました。
なんだ…。結局強いところって決まっている。

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2005年7月26日 (火)

バイロイト音楽祭2004

今年のバイロイト音楽祭もいよいよはじまったが、
私の方は、この夏で、昨年のニーベルングの指環を
ラインの黄金から順番に聞いており、
先週からワルキューレだったのだが、
第3幕まで聞き終えて、充実感に浸っている。

ワルキューレはわかりやすく、親しみやすく、
というのは、各役柄の関係構造が明快であり、
第1幕はジークムントとジークリンデの愛の二重唱、
第3幕では、ウォータンとブリュンヒルデによる父娘の二重唱
が重要な場面となって、それぞれ見せ場になっているという、
音楽もストーリーも舞台の場面展開も理解しやすい作品なのである。
しかし慣れてしまうと、その明快さが逆に、
探求心を満たすという意味では、単純にも思えてくるのだが、
しかし聞いてみると、やはりとにかく最高に感動的なのだ。
第3幕の後半、ブリュンヒルデは父の真意を理解し、
しかしウォータンは娘を罰しなくてはならない、
ウォータンは優しい言葉をかけ、娘との別れをすませ、
眠りについたブリュンヒルデのまわりに
(真の英雄だけが乗り越えることが許される)魔の炎をかける。
ジークフリート第3幕につながる重要な場面である。
この充実度、密度の高さといったら、
こんなに素晴らしい音楽って、そうはない。

アダム・フィッシャーの指揮は、これで最後の年なのだが、
丹精に確実にまとめる、仕上げるというのをはるかに超越して
びっくりするぐらいに思い切りよく、ときに勢いよく駆け抜ける
このスッキリ感、後味のよさは印象的であった。
今年はニーベルングの指環はお休みで、
やはりリングがないバイロイトって、正直寂しくも感じられるのだが、
それゆえにすべての期待は、大植英次の活躍、
新演出の「トリスタンとイゾルデ」に集まっているといっていい。

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2005年7月25日 (月)

バイロイト音楽祭2005

バイロイト音楽祭2005の初日、
新演出「トリスタンとイゾルデ」
大植英次指揮の公演である。
いまウェブラジオで少し聞いている。
バイロイトの放送は、例年と同じく、
基本的には年末の放送でじっくり聞きたい。
しかし今回ばかりは、待ちきれなかった。
ドイツの放送局では、どこも生中継をしているようだ。
その中でもNDRが、比較的音がよさそうで、
いま、つないでいる。

大植英次は、かなり勢いよく、飛ばしているようだ。
音楽が全体をぐいぐい引っ張っていっているような印象。
とはいえ、ウェブラジオの音質なので、
詳しくはわからない。でもかなり速いと思う。
大植英次はバイロイトでも、情熱的な指揮ぶりで
正面から真っ向勝負で立ち向かっていっているようだ。

バイロイトの「トリスタンとイゾルデ」といえば、
60年代のベーム、1974年からはクライバーが指揮し、
80年代、90年代はバレンボイムが二つの演出をすべて指揮するなど、
このそうそうたる顔ぶれである。
そうした偉大な歴史の中で、
いま大植英次が指揮していると思うと、
これは本当にすごいことではないか。素晴らしい。

日本ではすでに26日になっているが、
0時17分頃だろうか、いま第一幕が終わった。
少しおいて(比較的静かに)拍手が起こり、
ブーイングは(ひとつも)ない。
しかし会場はかなりざわついている。
歌手たちに盛大なブラヴォーが送られた。

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2005年7月24日 (日)

バイロイト音楽祭2005

いよいよ明日7/25開幕である。

いま「情熱大陸」を見ていた。
大植英次の特集である。
今年のバイロイト初日の公演、
新演出の「トリスタンとイゾルデ」を指揮するのが、
大植英次である。
近年、ロスワイセ(ワルキューレ)役の小山由美や
フリッカ役の藤村実穂子の活躍が印象的であり、
バイロイトにおける日本人の存在が注目されているが、
ついに今年、明日である!
日本人指揮者が、バイロイト・デビューする。

緊張する。
「お前が緊張してどうする」って?
その通りなのだが、興奮するではないか。
ここに新しい歴史がはじまるであろう。
期待でいっぱいだ。

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2005年7月23日 (土)

今日は地震で

今日は実は、先月亡くなった祖母の四十九日法要で
朝から松戸市にあるお寺に行っていた。


午後、親戚と銀座にまで戻ってきて、
少し遅い昼の食事をしていたのだが、
そうしたら、4時半過ぎのことである。
揺れた!かなり大きい!
ビルの中にいたので、実際はたいしたことなかったのだが、
これだけ揺れたら、「4ぐらいだね」と。
直後に店員が慌てて部屋の様子を見に来たので、
やっぱりちょっと大きくて、珍しいことなのか?

店を出て、地下駐車場に行くための
エレベーターがなぜか「点検中」?
エスカレーターと階段で下りた。
後でわかったことだが、地震が原因での点検だった。

電車で来た叔父を有楽町駅まで送っていったところ、
JRのアナウンスで、山手線も京浜東北線も不通。
叔父は慌てて、車に引き返してきた。
そのまま一緒に横浜へ向かうことに。

驚き、ラジオのニュースを聞いてみたところ、
東京は「震度5弱」だというからビックリ。
それからがたいへんだった。
首都高の入口は、どこも全部閉鎖になっているし、
仕方なくそのまま、国道15号(第一京浜)で帰ってきたのだが、
品川、蒲田、川崎、鶴見、…、どこも渋滞なのである。
これは土曜の夕方だからなのか、それともやはり地震なのか?
すっかり遅くなってしまった。
震度5でこんなに苦労するのだから、
やはり震度7とか、それ以上だったら、
それはたいへんなことになるのだろう。
ということを少し思い知らされた一日であった。

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2005年7月22日 (金)

焼肉製作所の試食

昨日は帰りが遅くなってしまったので、
今日になっての報告なのだが、
松阪牛をたらふく食べてきた。
普段食べたことがない、というより、
今までの人生でお目にかかったことがないような、
贅沢な牛肉、それも「松坂牛」である。
これが牛肉の味というものなのか!
ならば普段食べているのは何?

「ラーメン製作所」というラーメン屋さん、
そして「焼肉製作所」という焼肉屋さんの
店の立ち上げを手伝っている。
名前の通り、オーナーは一緒である。
店の準備がほぼ終わり、
8月上旬の開店となりそうなのだが、
昨日はその「焼肉製作所」の試食会だったのだ。
試食というか、牛肉を食べたのである。
というか、これが本物の牛肉の味!
「松坂牛」はこんな味がするんだ!というのを(私が)知るために、
もう食べられませんというまで堪能させてもらったのである。

そんなにおいしい牛肉、特に「松坂牛」といったら、
普通はとても(高くて)食べられそうにないのだが、
その「焼肉製作所」のオーナーは、
おいしい牛肉を堪能してほしい!
多くの人にたくさん食べてほしい!
ということで、私のような庶民の十分に手の届く価格で
(みなさん、誰でも「松坂牛」を食べられると思います)
出してくれるという店のオープンをただいま準備中なのである。

味に自信があると「おいしければ自然に客は来る」ということで
オーナーは「特に宣伝広告はしない」と言っているのだが、
しかし、私は食べる側のひとりとして、
少しでも多くの人に食べてほしいし、
ぜひこのお店に行ってほしいと思うので、
私なりに少しずつ、みなさんにご紹介していきたいと思っている。
ラーメンの方も試作の初期段階でご馳走になっているのだが、
こちらも絶品で、また話題にしたいと思う。

開店情報や詳しい場所などについては、
改めてまたお知らせします。
事前に詳細を知りたいという方は、
ぜひご連絡ください。

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2005年7月20日 (水)

バイロイト音楽祭2004

だんだんと進歩してきたことは、
ラインの黄金を聞いて、面白いと感じるようになったのだ。
音楽はたいへんに美しいが、
話の内容はというと複雑で入ってきにくい。
神々と巨人族、神々とニーベルング族、
さらにはラインの乙女たちとニーベルング族(アルベリヒ)
そうした対立関係が、場面を変えて展開される。
ラインの黄金は、ワルキューレ以降の物語の
発端ともいうべき、なぜこうなったのか、というのが、
丁寧に細かく描き出されていく。
ワーグナーにとって、説明すべきことは多すぎて、
それが少々詰め込みすぎのように、
完全に言い尽くされていくのだ。
音楽を聞く方にとっては、内容が非常に多様である。
しかしそれを面白いと感じるようになったのは、
話の展開と音楽がやっと結びついてきて、
ワーグナーが表現した極めて必然的でもある
緻密にして同時に劇的でもある舞台設計を
そこに感じられるようになったのだ。
そうなるとラインの黄金は面白くて仕方ない。
なんと素晴らしい作品だ。
研きぬかれて、全く隙がない。
ワルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏へと
その充実度と高揚感は、それは圧倒的なものだが、
そこに展開される人間関係はむしろ単純でもあり、
話の方向性も明確に示されている。
実は意外に、一番わかりにくいのがラインの黄金であった。
しかしその謎がひとつひとつ解き明かされてきて、
突然に輝きだしたのだ。

そんなことを考えつつ、ワルキューレを聞きはじめ、
第1幕を聞いたのだが、やはり感動的である。
文句なしに。この陶酔感は他には存在しない。
毎年のことだが、この第1幕の終わりで
バイロイト祝祭劇場は異常な盛り上がりに包まれる。
こんなに直接的に高まった感情が共有されることもないであろう。
ニーベルングの指環の物語の高まりは、もっとずっと後のことだが、
感情的な興奮の頂点はここにあるのかもしれない。
というのも、ジークムントとジークリンデの出会いにより
ジークフリートという英雄が生まれるのである。
まさにそのすべてが集約される瞬間にいま立ち会っているのだ。

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2005年7月19日 (火)

バイロイト音楽祭2004

2004年のニーベルングの指環。
ラインの黄金から順番に聞いていきたい。

2000年にはじまったユルゲン・フリム演出のリングも
これでついに完結である。
最後の年は、批評でもいわれているとおり、
「アダム・フィッシャーの指揮が見違えるように素晴らしい!」と
迫ってくる音楽の力強さに圧倒され、
そしてある意味、気持ちのよいこの豪快さに、
ひとつの頂点がなされたという達成感があった。
2001年、ジュゼッペ・シノーポリの急死により、
急遽登場させられたアダム・フィッシャーであったが、
最初の年は、ワーグナーに対して、
長大な音楽、膨大な内容をもつリングという作品に対して、
そして混乱に陥った舞台に対して、とにかく誠実に向き合い、
そこから生み出される音楽もまた極めて律儀なもの、
職人に徹するという指揮者の姿に、
私などはたいへん好感をもったのだが、
その後のフィッシャーは、より個性を発揮しはじめ、
舞台全体を掌握し、自らの世界を創造していく
その急展開の変貌ぶりには正直驚かされたし、
高まる充実度に感動したのだ。
2001年の危機からわずか4年でここまでくるのって、
さすがはバイロイト音楽祭であり、
そこにいたアダム・フィッシャーの存在を忘れたくない。
この素晴らしいリングを聞いて、
もはやシノーポリとの比較など意味はなく、
アダム・フィッシャーの絶大なる存在感である。

今年2005年は、リングを終えたアダム・フィッシャーは、
残念ながらバイロイトから姿を消したが、
なんとザルツブルクで「コシ・ファン・トゥッテ」を指揮するという。
当初はフィリップ・ジョルダン(?)が予定されていた気がするが、
アダム・フィッシャーのための舞台はすでに用意されていた。
いつの日か、再びバイロイトに帰ってきてほしいと
そう願っている人は私だけではないであろう。

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2005年7月18日 (月)

N響定期公演2004/2005

今日は海の日である。
素晴らしい快晴になり、梅雨明けが発表された。
今年も暑い夏になりそうか?


先日の第1546回定期公演で
N響の2004/2005シーズンの定期公演もすべて終了した。
今年も一年間、熱心にFM生中継を聞いたので、
振り返っておきたいと思う。

N響ファンの間でも絶賛されていたのが、
やはりウォルフガング・サヴァリッシュの指揮した公演で、
私も以前からサヴァリッシュは大好きな指揮者であるし、
今年の公演もまた特に印象に残った。
第1525回公演のブラームスの交響曲第1番は、
今シーズンのベストであったと私は思っている。

またサヴァリッシュに続き登場したファビオ・ルイージ、
現在、私が最も注目している指揮者の一人である。
チャイコフスキーの「悲愴」(第1528回)は名演だった。
こちらも今シーズンで特に印象に残った公演である。
そして第1527回のドビュッシーの「海」も
色彩感と独特の力強さに説得力を感じた。

そして先日も少しふれた5月のパーヴォ・ヤルヴィ。
3回(第1541,1542,1543回)とも本当に素晴らしかった。
ショスタコーヴィチ、ラフマニノフ、圧倒的だった。
登場したソリストも豪華で、ヒラリー・ハーンにトルルス・モルク、
そしてアレクサンドル・ドラーゼがプロコフィエフを弾いて、
(なんとアンコールが同じくプロコフィエフのソナタ第7番~終楽章)
注目度からも実際の内容においても
最も充実した一ヶ月であったと思う。
パーヴォ・ヤルヴィはいま私の中では、
ものすごく評価が高い。

今シーズンからN響音楽監督に就任したアシュケナージ、
書くべきことはたくさんあるので、またにする。
他にも9月はおなじみのネルロ・サンティ。
12月にはシャルル・デュトワが登場したが、
残念ながら途中でキャンセルになってしまい、
しかしなんとルドルフ・バルシャイが代役するという不幸中の幸い、
そしてこれまた代役でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いた
セルゲイ・ハチャトゥリアンが素晴らしかった。
2月は注目のジャナンドレア・ノセダだが、
私はもう少し機会を探して、これからもっと聞いてみたいと思った。
ソリストを務めたレオニダス・カヴァコスはさすがである!
4月は準・メルクルの指揮で、ベートーヴェンのミサ・ソレムニス。
新境地を示してくれたし、確実にN響の顔となりつつある。
そして6月が先日のアンドレイ・ボレイコ。
この人も注目の存在だ。すごく活躍している指揮者である。
ネルソン・フレイレの登場も私にはうれしかった。

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2005年7月16日 (土)

第1451回N響定期公演

今年5月のN響定期公演で指揮をした
パーヴォ・ヤルヴィ
たいへんに素晴らしくて感動したのだが、
そのP.ヤルヴィがN響にはじめて登場したのが、
2002年1月の3回の定期公演であった。
その中でもN響との初共演となった
第1451回N響定期公演について。

前半のコダーイ、バルトークも最高だが、
ここで特に取り上げたいのが、
プロコフィエフの交響曲第5番。
この作品をはじめて聞いたのは大昔のこと、
プレヴィンがロサンゼルス・フィルを指揮したCDで
まだその頃、私は中学生だった。
ということで、この作品が好きになったのって、
正直な話、それからだいぶ後のことである。
デュトワのような鋭くシャープな感じも心地よいし、
アシュケナージもどちらかというとそっちの傾向で、
少し最近になって数年前に聞いた
ゲルギエフのイケイケ!爆発系の演奏にはとにかく興奮した。
素晴らしい作品である。
しかしながら、これまた振り返ってみると
プロコフィエフの交響曲を聞くのはすごく久しぶりのこと。
ここ数年、マーラーは相変わらずたくさん聞いているけれど、
その仕掛けに満ちた多様な音楽に聞き慣れていると、
今度はプロコフィエフの複雑な面白さに気づかされ、
今さら改めて、その驚きではまってしまった。
プロコフィエフの実験的挑戦心もすごい。
表面的には、丸く、優雅に、雄大な愛情に満ちているが、
ディテールはというと、斬新な発想で挑んでくる。
プロコフィエフの音楽で興奮の源ってそこから来るのだろう。
そういうのを教えてくれたのが、
P.ヤルヴィの解釈、彼のこの作品との付き合い方なのだ。
一方であんまりそういうのを感じさせない演奏もある。
でも今の私には、こちらの方が、エキサイティングであった。
今年のP.ヤルヴィについてもいずれぜひ取り上げたい。

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2005年7月15日 (金)

設計って何するの?

横浜市の地元地域で宣伝広告用に配布している
資料(vol.6)の印刷が今日仕上がってきた。
今回そこで書いたことは、
どうしてもこういう時代であり、
金額(1円でも安いということ)が
判断材料のすべてということになってしまいがちで、
そういう場合に、どうしても一般の方だと、
設計事務所っていったい何するの?
必要あるの?設計費用を省けないの?
というのを言われてしまい、
どうも設計って余分なものって思われているようなのだが、
設計事務所は建築設計でこんなことをするんだよ!
すると、こんないいことがあるんだよ!
というのを私なりにまとめてみた。
書き出すときりがないが、紙面に限界もあり、
簡単にまとめて説明するという程度になってしまったが、
あとはひとりひとりに直接ご説明して、
ご理解いただくしかない。
読んでみたいという方がいらっしゃいましたら、
ぜひご連絡ください。

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2005年7月14日 (木)

バイロイト音楽祭2004

この前は2004年新演出のパルジファルに関して、
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出を話題にしたので、
今日はブーレーズの指揮についてである。

ブーレーズの指揮するパルジファルは、
1970年バイロイトのライブ録音(DG盤)と同様、
今回もまた、私にとっては究極的な存在だ。
様々な批評や評論家が指摘の通り、
テンポや音楽の進行において、
1970年当時と驚くほど違いがなく、
確信に満ちた説得力には安心感すら漂っている。
我々がすでに知り尽くしてきた
ブーレーズのパルジファル像がここでも確認できるのだ。
しかしよく聞くと、やはり音の厚みや表現の深みは格段に違っており、
その辺は録音技術による印象の違いかもしれないが、
ブーレーズが再びバイロイトに登場して、
いまの演奏を聞けるということに、
やはり最高の喜びを感じるのである。
ブーレーズのワーグナーは、他と比べたら、
相変わらず響きは軽く、不思議なぐらいシャープな仕上がりだが、
しかし一方の音楽の重みにおいて、私は深く感動した。
演出の問題で、歌手が舞台上、
不本意な出来に終わったとの指摘もあるが、
バイロイトの場合、そうしたトラブルは、
翌年以降、確実に改善されていくことであろう。
今年2005年もブーレーズの指揮が決まっている。

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2005年7月12日 (火)

バイロイト音楽祭2004

今年もまもなく、バイロイトのシーズンである。
とはいっても、日本にいる私は、年末の放送を聞いているのだが…。
少しでもバイロイト気分を味わいたいと去年を振り返る。

ブーレーズの24年ぶり(バイロイトで)のパルジファルということで、
最高に期待して、待ちに待っての2004年だったわけだが、
演出に関して、おそらく最近では最高のブーイングであろうと思われる、
とにかく大混乱で、これはスキャンダルである。
シェロー演出のリングといい、ブーレーズの登場には、何かが起きる?
しかしかつてのシェローの演出が、
結果的には今日高く評価されているのに対して、
今回のクリストフ・シュリンゲンジーフによる演出の仕上がりは、
完成度の点でとてもそのレベルの話ではなかったそうだ。
音での鑑賞で、第3幕が終わったとたんに、
ものすごい「ブー」の嵐となり、
ブーレーズの指揮が徹底して研き抜かれていることもあり、
聞いているこちらは、その驚きのギャップに
かえって新鮮なものを感じてしまう。
そういう意味では、これもまた、歴史に残る一場面なのかもしれない。

ちょうど今、バイロイトは今年の音楽祭の直前を迎えているわけで、
一体どうなるのであろうか?
演出上は、大幅な改定が加えられている可能性が高い?
毎年確実に演出の質を上げていくのがバイロイト流だけど、
しかしシュリンゲンジーフには、いくら批判があるとはいえ、
この舞台(演出)が芸術作品である以上、
最初の思いを曲げずに貫き通してほしいものである。
とはいえ、この一年という時間は、あまりにも危険といえるであろう。
(評論家の)批判にさらされ、(保守的なワグネリアンに)軽蔑され、
そういうものに対して、自分を失うことなく、
信念を保ち続けることができるのであろうか?
様々な批評や感想を読む限り、
その信念すら、シュリンゲンジーフにあるのか?
というような悲惨な舞台だったそうなのだが、
もし信念があっての演出であるならば、
私などはつい応援したくなってしまう。
今年もまた、神聖なパルジファルと醜きブーイングとのギャップに
果てしなき挑戦への忍耐と苦悩を感じよう。

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2005年7月11日 (月)

ザルツブルク音楽祭1999

ウィーンフィルを指揮する予定だったブーレーズがキャンセルしてしまい、
なんと代役で登場したのがケント・ナガノだというから、興奮した。
もちろんブーレーズも聞きたいが、
ケント・ナガノがウィーンフィルからどんな音楽(大地の歌)を引き出すのか?
それは聞きものではないか!
放送を聞いて、当時ホームページに感想を書いたのだが、
ファン意識もあるし、ケント・ナガノは絶賛したのだけれど、
それに比べて、ウィーンフィルの演奏は、
「いまいち」みたいなことを書いてしまったのだが、
最近改めて聞いてみて、これは撤回しておかないと
って思ってしまったのである。
時間がたって、私の聞き方も少し変わってきたようだ。
ウィーンフィルは本当に素晴らしい。
聞いていて、音楽が心に迫ってくる感じ、
単に迫力があるとか、音がデカイとか、そういうことではない、
深みとか、音にしっかり中身が詰まっている
音の洪水が押し寄せてくる感じ。
濃厚でこの異様な色彩感、ホントにすごい。
まさにライブならではの不思議な高揚。
ミスとか傷とか、いろいろなくもない。
でもそんなことはもうどうでもよくなった。
というのをやっと最近思えるようになった私。

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2005年7月10日 (日)

ネルソン・フレイレ

ちょうど先週の日曜日、N響の定期公演にネルソン・フレイレが出演して、
午後のFM生中継でブラームスのピアノ協奏曲を堪能したのだが、
いつも絶賛しているけれど、本当にフレイレは最高だ。
フレイレのような大ベテランの名ピアニストが、
ここ数年、なぜ今になって?大ブレイクしているけれど、
間違いなく、いま一番面白いピアニストの一人だと思う。
CDもショパン、シューマンと来て、そして今回の新譜は再びショパン、
エチュードとソナタの組み合わせで続編だ。
テクニックとか表現の鋭さとか、そういう点に限ってしまうと
正直あまり冴えていないというか、あまいというか、緩い部分もあるし、
しかしフレイレの持ち味って、そういうとこではないと思うし、
いつもあったかい感じで、これがショパン?というような、
色とかもとにかく派手、しかしそれで聞きほれてしまう。
特にエチュードとか、ソナタの場合はさらに格別、
私とかは、ポリーニのショパンが基準になっているところがあるので、
今回もフレイレの弾く作品10のエチュードがはじまったとき、
う~ん、ちょっと…って一瞬思ってしまったけれど、
しかしさすがにネルソン・フレイレ、何?こんな弾き方するの?って
発見だらけの面白さに、夢中になって聞いてしまった。
そしてすぐに、こういうショパンもいいよ、ありだよ!って。
今回もまた結果的には、最高の評価をしてしまう。
ネルソン・フレイレ万歳!

DECCA 475 6617

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2005年7月 9日 (土)

今日からはじめます

なかなかホームページの更新が進まないため、
今日からブログをはじめることにしました。
いろいろ記録を残して行きたいと思います。
もちろん今後もホームページは続けます。
よろしくお願いします。

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