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2005年8月16日 (火)

第1523回N響定期公演

アシュケナージの音楽監督就任で
N響も少し変わるのかもしれない。
とはいっても、オーケストラは指揮者しだいで違う音を出すし、
すべてがアシュケナージに染まるということではない。
しかしながら年間10公演ほどをアシュケナージの指揮で聞くのなら、
その音で聞く機会が増えるということも事実であり、
つまりはそれによってオーケストラのイメージが形成されるであろう。
デュトワのときがまさにそうであったし、
現在もデュトワ指揮の年間3公演は以前からの音が復活する。

デュトワ時代のN響は徹底的に管理されて、
多少萎縮ぎみな中での見事にコントロールされた
整った響き、平衡感覚、バランス感覚が心地よかった。
勘違いのないように、私はデュトワ指揮のN響が好きである。
しかしここでアシュケナージ指揮の(得意の)R.シュトラウスを聞くと、
これがまた実に感動的で、これからにますます期待してしまう。
アシュケナージはN響を開放する。
響きを開放する。個性も開放する。心を開放する。
豊かな響きが鳴り出して、音は広がり、
角が取れて、音楽に奥行きが増す。
平面的ではない、大きく包み込まれるような大らかさがある。

私は「アルプス交響曲」が大好きだ。
R.シュトラウスの作品は何でも好きというのがあるけれど、
この壮大な絵巻は、不思議なぐらいに心にしみてくる。
アルプス交響曲における起承転結を人生にたとえることも多いが、
私は素直に、交響詩風に「アルプスでの一日」として
絵画的にこの作品を聞いている。
というのは、子供の頃から、よく父に連れられ、
山歩きをしてきたというのがあるかもしれない。
そんなにすごい(危険な)山は登ったことがないけれど、
日本でも北アルプスなどを思い浮かべれば、
多少は「アルプス交響曲」の情景を共有できるのではないか。
「山の一日、その情景、登山における心の移り変わり」である。
この作品は、R.シュトラウスの目を通して、
アルプスの風景、その自然の美しさ、厳しさ、優しさ、
輝き、透明感、底知れぬ暗さ、恐怖、不安、
描写と心理が一体に、あまりにも見事に描かれている。
登山の前半における希望に燃えて逸る心、
後半には激しい雷雨に襲われ、切迫した心理が描かれる。
最後は無事に登山を終えての感謝、
静かに日没を迎える光景、その雄大さが素晴らしい。
私は「アルプス交響曲」が大好きである。
アシュケナージの名演で今日も心が満たされた。

CDR159

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