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2005年8月22日 (月)

バイロイト音楽祭2004

先日の続きで「ジークフリート」第3幕第3場について。

第1幕第2場のさすらい人(ウォータン)とミーメの問答で
「ノートゥングを鍛え上げられるのは、恐れを知らない英雄だけである」
「賭けに負けたミーメの頭は恐れを知らない男の手にわたしてやろう」と
ウォータンはミーメに答えるが、ミーメの不安の通り、
第1幕第3場でジークフリートはノートゥングを鍛え上げ、
さらに第2幕第3場でミーメを斬り倒す。
ジークフリートこそが、恐れを知らない英雄である。

ミーメはジークフリートに対して、大蛇の恐ろしさを教えるが、
第2幕第2場でジークフリートは、
大蛇(ファーフナー)に恐怖を感じない。
そしてウォータンは、第3幕第2場で、
ジークフリートに炎の恐ろしさを教えるが、全く相手にしないのである。
そして舞台は第3幕第3場へと移る。
魔の炎を越え、ブリュンヒルデを眠りから覚ましたジークフリートを
「勝利の英雄」とたたえる。

しかしジークフリートは、はじめて見る美しい女性に
どう接したらいいのかわからないという
「恐れ」を感じる。ここが面白い。
大蛇にも炎にも、「恐れ」というものが理解できなかった
ジークフリートが、はじめて感じとった
「戸惑い」、「不安」、「恐怖」は女性の存在だった。

そしてもうひとつ、それ以前のジークフリートは、
とにかくわがままで自分中心、
ウォータンに対しても失礼な態度であり、
はっきりいって、これで英雄と呼べるのか?
という、力ばかりの幼稚な存在だった。
しかしブリュンヒルデとの出会いで、
分別ある大人の男、真の英雄へと育つのである。
この辺には、「女性(妻)の存在が男を育てる」という
ワーグナー独特の思想がこめられていると思うが、
このジークフリートの変化(成長)を見ても、
第3幕第3場のフィナーレは
やはり重要な場面であると感じられる。

しかしその真の英雄が、「神々の黄昏」において、
再び極めて幼稚な展開を見せるのが、なんとも皮肉なことであり、
「(人間には)真の英雄などありえない」ということを言いたいのか、
ジークフリートは、ウォータンによって作り出された英雄であって、
意図的に作られたものの中に「真実なもの」などありえない
ということをいいたいのか、どちらにしても、
ニーベルングの指環の奥深さであり、極上の面白さである。

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