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2005年8月26日 (金)

バイロイト音楽祭2004

引き続き「ジークフリート」の第2幕を聞いている。
ここまで来ると「ニーベルングの指環」も
いよいよ後半へ向かうなって、いつも感じる。
この第2幕がなぜか昔から大好きで、
森の情景、特に夜明けの場面
つまり「森のささやき」がお気に入りなのは間違いないが、
しかしここでのジークフリートは、
大蛇(ファーフナー)を殺し、そのすぐ後、ミーメを殺して、
よくもまあ、次々と…って、笑ってしまうが、
しかし実際、生きるか死ぬかの展開だし、
とはいっても、これまで自分を育ててくれたミーメをあっさり殺して、
それも何の躊躇もなく、これで「真の英雄」なのだろうか?
って思ってしまうが、まあ物語である。
先に仕掛けたのはミーメだって?そうだし。

それはいいとして、今日は演奏について。
アダム・フィッシャーのリングは本当に素晴らしい。
まあ、様々な批評の通り、良くなったというのが正しい。
2001年のときは手探り状態だったと思う。いま思えば。
2001年から2004年まで、毎年3サイクル、
3×4=12で、バイロイトで計12サイクル指揮したことになる。
その間、他にもマンハイムとウィーンで指揮しているそうで、
アダム・フィッシャーのこの数年は、
おそらく朝にも晩にもリングとの生活だったに違いない。
と書いたら、他にも様々なコンサートをこなしているわけで、
そんなことはないって、怒られてしまうかもしれないが、
しかしリングがいかに重要な位置を占めていたかということは、
容易に想像のできることである。

本当にずいぶん変わったという印象がある。
例えばこの「ジークフリート」第2幕。
2001年のときは、82分ぐらいだったように記憶している。
演出上の問題でシノーポリのテンポ設定を引き継いでいるのか?
そういうことがあるのかどうかはわからないが、
2002年は80分だったか?2003年の段階で79分弱?
そしてこの2004年の演奏では76分50秒ほど。
早くなっている。しかしそういう印象はない。
というよりも、手馴れた、無駄がなくなった
というのが正しいのだろう。とにかく迷いがない。
音楽もテキストも舞台進行もそこに存在するあらゆるものが
すべて完全にアダム・フィッシャーの指揮とひとつに
作品が血となり肉となり、不思議なぐらいに
自然に合理的に展開されているのである。
バイロイトのリングはワーグナーの頂点だと思っているが、
いまその最高の音楽を聞いているという実感がここにはある。

参考までにやはり同様に顕著な「ワルキューレ」の第3幕。
それ以前までは77分、76分程度だったのだが、
2004年の公演では、72分30秒だった。
勢いが違う。音楽に流れがあり、その流れはきわめて自然だ。

CDR161/162/163/164/165

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コメント

A.フィッシャーは過去5年にリングを23サイクルやってます。来年1月にウイーンでもう一度やって一段落です。

2001年バイロイトデビューの数日前にマンハイムで「黄昏」を聴きましたが、第一幕はバイロイトより5分以上短い演奏でした。独特のピットの構造のため、歌手とあわせるのに苦労していたようです。3年目くらいからは大分慣れてきたようですが。

ところで来年の指揮者が発表になったようですね。フィッシャーは「パルジファル」ですが、残念ながら大植は1年限りで「トリスタン」はシュナイダーだそうです。

投稿: さゆり | 2005年8月28日 (日) 08:36

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