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2005年9月30日 (金)

ラーメン製作所 3種類のスープ

今日は少し久しぶりになってしまったのだが、
ラーメンを食べてきた。
といっても、試食なので、素ラーメンである。
2種類のスープの比較をするために中身は麺とネギだけ。
具はない。でもおいしい。
時間がなかったので、残念ながら
一時間ぐらいしかいられなかったのだが、
早速食べて、いろいろ話をしてきた。

先日も書いたが、タレが白と黒の2種類あり、
今回からスープが3種類となって、
実際に店で好きに選べるとすると
今後は6種類の分類からということになると思う。
今日出されたのは、タレは黒で、
普通の店でいう「しょうゆラーメン」に近いと思うのだが、
スープの方が「ソフト・ノーマル・ハード」というふうに、
(呼び方は決定してないが、現在は仮にそう呼んでいる)
今日はそのうちの「ノーマル」と「ハード」を試食した。
「ソフト」は従来型であり、今までに食べてきたもの。
この「ソフト」というのが、開店当初からの基準になっているのだが、
ソフトと呼ぶように、この店のラーメンは本当にまろやかで、
リピーターの方にはそれが好評なわけである。

年輩の方たちにもすごく喜んでもらえるというラーメンなのだ。
しかしながら一方で、30代から40代のラーメンを食べなれている人、
特にとんこつラーメン、横浜の家系ラーメンを好んでいる人、
しょっぱくって、油ギトギトが好きな人たちには、
「食べたことのない味」「こういうラーメンは知らない」と
不思議な感覚というか、正直「わからない」というような
そういう感想を残していく人もいたそうなのである。
そこでオーナーもいろいろ日々研究しているようだが、
今回「ハード」というスープが登場したのだ。
そこまででなくてもいいという人には中間で「ノーマル」もある。

「ソフト・ノーマル・ハード」といっているが、
味の濃さや油の量ではなく、
ダシをとっている材料の種類も違うし、
そのブレンド方法も異なって、
3回通って、好みのスープを探してくださいという話なのだ。
私は新しいスープの出現で、「こっちがいい!」という方なのだが、
リピーターの中には、新しいのを食べたときに、
「前の方がいい」という人もいたようで、
こればかりは好き嫌い、好みである。
でもとんこつ好きの人、家系専門の人は、
「ハード」を頼めば、文句なし、満足してもらえると思う。

「白・黒」×「ソフト・ノーマル・ハード」
ということで、ちょっとわけがわからなくなってきていると思う。
数多く食べている私でもそうなのだから、
普通に来たお客さんにとっては、
何のことやら、さっぱりわからないだろう。
もう少し様子を見て、どちらにしても
解説するものを店内に掲示しようという話にはなっている。
その辺を来週あたり詳しく相談して作ると思うので、
またつづきの報告はしたいと思う。

話は変わるが、つい最近、芸能人らしき人が食べに来たらしい。
女優なのか、タレントなのか、アイドルなのか、
お忍びのようで、詳しくはわからなかったようだが、
20歳前後のかわいい女の子だったらしい。
というか、情報はそこまで。
帽子を深々とかぶり、芸能人独特の存在を消しているような、
そんな印象だったそうだ。
というか、普通の人にとっては、かえってそれが新鮮なものなのだが。
昨日この話を電話で聞いたので、
早速往きに色紙とマジックを買って行った。
備えあれば憂いなしである。
少しずつではあるが、このように人が集まりつつある。

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2005年9月29日 (木)

トリスタンとイゾルデ

昨日のつづきで「トリスタンとイゾルデ」の第3幕。
感動的だ!素晴らしい!
パッパーノの指揮には、悲痛な響きの前奏曲から
とにかく苦悩の中の強い切迫感が漂っており、
作品の悲劇性を伝え、雰囲気たっぷりである。
昨日の印象もまだ残っているのだろうか?
この素晴らしい音楽が、今日は実によく心に響いてくる。
おそらく次に聞くときには、だいぶ印象も異なって、
感動はさらに深まることであろう。
実は今回のこのCDには、3枚組みの通常CDのほかに
DVD audioがボーナス盤としてついている。
今は一回目なので通常のCDで聞いているが、
次はDVDで聞き比べようと思っており、
実際にDVDの方が、臨場感によって格段に音質は素晴らしく、
それでさらに理解も深まることと思う。楽しみである。

今回の「トリスタンとイゾルデ」の幕ごとのタイムは、
第1幕:78.57、第2幕:73.54、第3幕:73.38
となっており、時間だけで見るとかなり速いが、
今年のバイロイトにおける大植英次指揮の演奏に
近いのではないかと思う(正式な時間はまだ知らない)。
しかし様々な記事の通り、大植英次の方は厳しい批評にさらされ、
「騒音と化した」とまでいわれてしまったが、
これも正式な聞き比べはまだだが、
パッパーノの指揮は本当に自由自在で、
歌や場面ごとの表現の変化に敏感に反応し、
起伏は大きく、デリケートな弱音から劇的な展開まで
本当に素晴らしい仕上がりだ。
大植英次の方は、その点、音はよく鳴ったのだと思うが、
オペラ的には一本調子な部分があったり、
歌手や舞台に対する配慮もまだまだ足りなかったのであろう。
しかしまだ結果も見ぬままに、一年で降板というのは悔しすぎる。
今年は「トリスタンとイゾルデ」を聞く機会が多い。
年末のバイロイトの放送が待ち遠しい。早く聞きたい。
批評はどうであれ、やはり自分の耳で確かめないと
納得できないのである。

EMI 5 58006 2

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2005年9月28日 (水)

トリスタンとイゾルデ

修理からステレオが戻ってきた。
ということで、以前からずっと待っていた
「トリスタンとイゾルデ」を聞きはじめた。
プラシド・ドミンゴとニーナ・シュテンメ
アントニオ・パッパーノ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場である。
このCDを買ってきて、少ししてステレオを修理に出してしまったので、
今日やっと聞けるまでに結局一ヶ月近く置いてしまった。
何とももったいないことをしている。
注目すべきドミンゴのトリスタン、
バイロイトでも活躍のシュテンメによるイゾルデ、
そしてアントニオ・パッパーノの初のワーグナー全曲盤である。

In Memory of Carlos Kleiber 1930-2004
という表記があり、思わずぐっときてしまった。
クライバーの死から一年である。
「トリスタンとイゾルデ」といえば、クライバーかもしれない。
ファンにとっては、やはりそうである。
そしてクライバーとの共演も多かったドミンゴにとって、
特別な気持ちでこの演奏を捧げたに違いない。

現在の最高のメンバーによる「トリスタンとイゾルデ」だと思うのだが、
オーケストラの響きは、私の最近の基準に比べて、
ずいぶんと違っており、驚きであった。
音だけとはいわず、表現についてもいえることである。
いつの間にか、耳が完全にバイロイト専門になっている。
やはりこれは中毒みたいなものなのだ。
たまに他の演奏も聞かないとこれはヤバイ!
パッパーノは以前にバイロイトで
「ローエングリン」を三年間指揮していたので、
今も何となくそのイメージが残っているのだが、
何となく違う気がするのである。

しかしトリスタンとイゾルデがお互いに呼び合うようなシーンでは、
やはりうっとりしてしまうようなところもあり、
ドミンゴの存在感って、格別なのだろうか?
ドミンゴがいるだけで、何かが違ってくるのかも?
というのは第1幕よりも第2幕へ進むにつれ、
どんどん美しい響きに、デリケートに描き込まれていく気がして、
このしなやかな音楽が自在に操られ、感動が押し寄せてくる。
ワーグナーの愛の表現の頂点、究極なものが、
この第2幕において描かれていると思うが、
今回も素晴らしくて、ドミンゴ、シュテンメ、ブラヴォー!である。
今日は二人の愛が絶頂に達したところで、この第2幕までである。
明日、第3幕を聞こうと思う。

EMI 5 58006 2

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2005年9月27日 (火)

アダム・フィッシャー 生中継

今日ソニーから連絡があって、
修理に出していたステレオが、
やっと工場から戻ってきたみたいだ。
明日は朝から工務店に行って、
先週終わった改修工事の請求書を作ってもらい、
施主に届けようと思っていて、
そのまま足を伸ばして、横浜まで行って、
ステレオを引き取ってこよう
と思っている。
こんなに時間がかかってしまうとは思わなかったので、
他の部屋のステレオを自分の部屋に移動したりしなかったので、
CDやMDを使えなくて、少し寂しい思いをしていた。
CDはたまにパソコンに入れて、聞いたりはしていたのだが、
でもその間、バルトーク・ラジオからダウンロードした
MP3の音源にはずいぶん楽しませてもらった。
昨日の夜に行われたアダム・フィッシャー指揮の生中継、
バルトーク没後60周年記念の演奏会も
今日早速ダウンロードした。
現地時間で19時30分にはじまるコンサートなので、
当然日本では夜中であり、このダウンロードサービスは本当に助かる。
もちろんバルトークの作品が取り上げられ、
ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:デジュー・ラーンキ)と
歌劇「青ひげ公の城」である。
バルトーク好きの私にはたまらない!
また改めてじっくり聞きたいと思っている。

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2005年9月26日 (月)

NDRフィルハーモニー2003/2004

バルトーク・ラジオ(Web Radio)で最近だけで二回も
ハノーバーNDRフィルハーモニーのコンサートが放送され、
指揮はもちろん大植英次だが、もしかして?
ハンガリーで大植英次ブームが起きているのか?
それともたまたま続いただけなのか?
しかしこのバルトーク・ラジオでも
今年のバイロイト音楽祭の初日
大植英次指揮の「トリスタンとイゾルデ」は生中継されたので、
「大植をもっと聞きたい!」という声が殺到したのかも?
なんて考えているのは、意識しすぎなのか?
しかしここでの二公演(いずれも2003/2004から)は、
たしか日本では放送されていなかったと思うので、
喜んで早速聞いてみたのである。

2003年12月11日の公演。
前半はブラームスのピアノ協奏曲第2番で、
ピアノはネルソン・ゲルナーである。
ネルソン・ゲルナーといえば、知っているぞ。
昨年秋のファビオ・ルイージ指揮のN響定期公演に出演して、
ラフマニノフのピアノ協奏曲を弾いていた。
すごく印象に残っている。
それよりさらに一年前の演奏だが、素晴らしい。
ここでもスケールの大きいブラームスで、
粗さもあるけれど、決めるところを決めて、
音楽がいきいきと流れ、立ち止まらない。
楽観的すぎるかもしれないけれど、
ライブだし、これもまたいいではないか!
ついピアノばかりを聞いてしまったので、
あまりオーケストラのことを思わなかったのだが、
おそらく好サポートということなのだろう。
アンコールに間奏曲(作品118-2)が演奏されて、
この曲は本当に名曲である。大好きな作品だ。

この日の後半は、ワーグナーのリエンツィ序曲と
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲。
このオーケストラは、ちょっと繊細さに欠けるところがあり、
響きに透明感とか、ここでというところで
もっと光り輝いてくるような、音色のメリハリがほしいのだが、
しかし勢いだけはすごくて、
圧倒するような力強さが、ひしひしと伝わってくる。
こういうところこそ、まさに大植英次の存在であると
いろいろ聞いているうちにわかってきたのだが、
今回もそんなことを考えていた。
まさにドイツのオーケストラという感じの太い響き、
そして骨格をがっしりと組み上げるような演奏で、
「ダフニスとクロエ」など、えっ?という感じの
フランス的要素の欠落が甚だしいのだが、
大植英次がこういった作品を次々と取り上げているからこそ、
レパートリーの幅が広がり、聴衆を獲得し、
オーケストラへの評価とつながっているのだろう。
今後の課題とはいわずに
課題に取り組んでいるところを聞くべきである。

2003年9月25日の公演。
ベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲にはじまり、
ポール・メイエの独奏で
前半はモーツァルトのクラリネット協奏曲である。
こういう作品だと、すごくいい!本当に素晴らしい。
手堅く決めて、正攻法で作品の魅力を伝えてもらった。
モーツァルトが美しい響きで、この軽やかさにも少し驚いた。
ポール・メイエに引っ張られた部分が大きいのだろうか?
いや、オーケストラものびのびと優雅な響きを奏でている。
できるではないか!この快活さである!

後半はベルリオーズの「幻想交響曲」。
この演奏会はいい。「幻想」も最高だ!
また骨太で、勢いで突っ走るのかと思ったら、そうではなかった。
弱音も効いているし、表現の幅が格段に大きくて、
歌わせ方もしなやかに弾力ある音楽作りである。
幻想交響曲にもっと色彩を求める人もいるだろうが、
私はこのぐらいでもよくって、むしろそれで
シンフォニックな傾向が強調されている気もするし、
堪能した。こういうライブはもっともっと聞きたい。
後半の盛り上がりも感動的だった。
さすが大植英次である。興奮させてくれる。

Bartok Radio MP3

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2005年9月25日 (日)

ラーメン製作所 今日は宣伝

今日の午後は、FM放送で
N響定期公演の生中継をゆっくり聞いた。
今月はアシュケナージの指揮である。
いずれまた録音をじっくり聞いて感想を書きたいと思うが、
今日は「ラーメン製作所」の宣伝をしたい。

20050901

ご案内します。
「ラーメン製作所・焼肉製作所」
場所は横浜市栄区の田谷。
田谷の交差点にある白い看板の建物です。
入り口が二つあり、左が「焼肉製作所」、
右が「ラーメン製作所」となっています。
車で行く場合、国道1号線の原宿交差点を
大船方面に曲がり、田谷の交差点。
電車の場合には、JR大船駅から、
たくさんバスが出ていて、田谷のバス停で下車し
降りたら目の前がお店になっています。
ぜひいらしてください。

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2005年9月23日 (金)

セルジュ・チェリビダッケ

チェリビダッケが晩年にミュンヘンフィルを指揮して
ライブ収録されたワーグナーの管弦楽作品集を聞いている。

チェリビダッケのシュトゥットガルト時代(1970年代)の録音を
悪く言う人って少ないと思うが、
それはあのこだわりに満ちた響きで
まだテンポもそれほどには遅くなく、
ということで、それはすごいのである。
しかし1980年代になって、ミュンヘンフィルでの活躍がはじまり、
晩年の超スローテンポの音楽となると、
それはやはり限られた信奉者のみのための
というのは、そう思われても仕方ない。
私も以前はきつかった。
今でもテンポに関しては、遅いよりは速いほうがいい。
しかしチェリビダッケは特別、別格である。
そう思い始めたのはいつからか?
気づくとある段階から、全くの別世界にいて、
超スローテンポだが、それを遅いと感じることはもうない。
だってこれだけのものを詰め込むのには、時間が必要である。
ここでのジークフリート牧歌は、こだわりの表現の宝庫であり、
研き抜かれた美しさだけではない、
音楽への様々な愛情の形が、表情豊かに描かれている。
全体が与える印象というのは、非常に妥当なのである。
しかしこのテンポで他の指揮者だったならば、
とんでもないことになるに違いない。
聞いている人の全員がだれて、退屈して、
演奏会として崩壊してしまうだろう。
この音楽が許されるのは、チェリビダッケのみなのだ。

チェリビダッケの音を言葉で評するのって、
非常に難しい。
やはり遅かった晩年のバーンスタイン、
とことん感情的に思い入れが過ぎて、
音楽に時間がかかってしまったのである。
チェリビダッケは違う。
スローテンポの中で造形には異常なほどにこだわりを見せ、
格調高くもあり、壮麗な音響を会場に響かせて、
そんなに簡単に言ってしまってはいけないような気もするのだが、
感情表現と別のところで独自の世界観を築いている。
ここでの「タンホイザー」序曲を聞くと、
響きの徹底したコントロールに仰天してしまう。
チェリビダッケの頭の中にあるイメージ、
造形や響きや色彩や、確固たるイメージがそこにあって、
それが演奏の隅々にまで、表現されつくされていると思う。
チェリビダッケのイメージどおりに、
忠実に完璧に演奏したミュンヘンフィルもすごいのだが、
その背後にある膨大なリハーサル、練習に費やした時間、
そして指揮者の要求に応えるべく、その集中力の高さ、
それを思うとここでこの偉大な芸術がなされたことに
その尊さに心から感謝の気持ちでいっぱいになる。

チェリビダッケは自らの死後に発表されるべく、
晩年に数多くの録音を残してくれたが、
これらの録音群は、ものすごい価値を含んでおり、
本当に貴重な記録であるといつも考えさせられる。

EMI 5 56524 2

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2005年9月21日 (水)

ウィーンフィル1993/1994

1993年12月、サイモン・ラトルが
ウィーンフィルの定期演奏会にはじめて出演したのがこのときで、
そこで取り上げたのが、マーラーの交響曲第9番であった。
その演奏会ライブはEMIからCD化されており、
バーミンガム市交響楽団とその後のベルリンフィルによって
マーラーの交響曲全集が進められていたラトルのシリーズでは、
第九だけがウィーンフィルであり、特徴的である。
しかしこれが、私にとっては納得のいかないCDなのだ。
ちょっと今日は、改めてじっくり聞きなおしているのだが、
やはり残念ながら、物足りない。音質の点で特にである。
録音がもっと優れていて、迫力もあって、
ラトルならではのディテールが精妙に聞こえてくれば、
印象は全く違っていたと思う。
しかしそれだけでもないようで、
ラトルの表現もどちらかというと中途半端である。
この第九は残念だ。

マーラーの第九というと、やはり、
ついこだわりをもって、理想の演奏を求めてしまう。
聞くこちらにとっても、それだけの心構えをもって臨むのである。
そしてラトルのマーラーの素晴らしさは改めていうまでもなく、
それゆえに常に納得の完成度でなくては、満足できないのだ。
ラトルのマーラーは、残念ながら「大地の歌」だけ、
現在手に入らないのだが(輸入盤はちょうど在庫切れなのだろう)、
番号がついている交響曲はすべて聞いている。
今年はじめに発売された「千人の交響曲」で全集が完成した。
最近はベルリンフィルとの録音になり、
クック版による第10番、そしてその後の第5番は、
圧倒的な素晴らしさであり、
ラトルは現在を代表するマーラーのスペシャリストであると思う。
最後を飾る第8番「千人の交響曲」では、
バーミンガム市交響楽団に復活するという心憎い演出もあり、
とにかく最高の感動である。これ以上はない。
そう思うと、やはりこの第九は納得の出来とはいえないのである。
いずれ再録音ということにもなると思うが、私はそれを熱望する。

ラトルのマーラーをはじめて聞いたのは、第7番であった。
深刻さから開放されるような新しい感覚に虜になった。
第3番や第6番が特に私のお気に入りである。
ディテールの描きこみがとにかく克明で、
徹底したこだわりに満ちている。
第4番も独特なテンポ設定と思い切った表情作りで
かなりユニークな印象にまで、
ラトルならではのコントロールを聞くことができるのだが、
それが逸脱してしまうことはないし、
むしろ説得力があって、気づいたらうっとりとしているのである。
そしてまだ最近の第5番、第8番では、
ここに頂点を極めたという達成感を
全編にわたって感じることができる。
ぜひ第九を何とかしてほしい。
普通に望むならベルリンフィルとの再録音であろうが、
ウィーンフィルで再びチャレンジするというのもいいと思う。
ウィーンフィルが実力を出し切ったときのその魅力というのは、
他のどんなオーケストラでも太刀打ちできないものがあるではないか。
現在のラトルならば、きっとやってくれるに違いない。

EMI 5 56580 2

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2005年9月20日 (火)

アスコーナ音楽週間2004

今週のFM放送は「アスコーナ音楽週間2004」の特集である。
今日はユーリ・テミルカノフ指揮サンクトペテルブルク・フィルの演奏会。
テミルカノフはそれほど興味があるわけではないのだが、
前半に注目のヴァイオリニスト「庄司紗矢香」が登場して、
大好きなプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏するので、
録音しつつ、喜んで聞いていた。庄司紗矢香は素晴らしい!
しかし日本の若手ヴァイオリニストって、すごいではないか!
五嶋みどり、諏訪内晶子、樫本大進、庄司紗矢香、
そしてご存知!五嶋龍である。
私は聞いたことないのだが、木嶋真優もすごいそうだし。

しかしながら後半のチャイコフスキー交響曲第5番がはじまると
仕事の電話が入ってしまって、録音しているのでいいのだが、
考えごとをはじめたら、音楽は入ってこなくなってしまった。
今夜は、ゆっくりCDでも聞こうかなと思っていたのだが、
その後もいろいろ考えごとは続いたので、
音楽を聞く気分でもなくなってしまい、
今度はテレビで映画「黄泉がえり」を観始めてしまった。
「黄泉がえり」は以前も観て、話は知っているのに、
でも面白くて、何となく最後まで観てしまった。
考えごとは続いていたので、こういうときって、
話を知っている映画を観ながらはちょうどいい。

ということで、何かCDを聞いたら、
感想をここに書きたいと思っていたのだが、
結果はこの通りである。
今日録音したアスコーナ音楽週間のライブは、
いずれ改めてじっくり聞きたいと思う。
CDを聞くといっても、実は、
修理に出したコンポがまだ戻ってこなくて、
相変わらずパソコンでの鑑賞なのである。
そろそろ戻ってきてほしい!
コンポを修理に出したため、ずっとお預けになっているCDがあり、
戻ってきたら早速聞こうと思って、楽しみに待っているのだが、
それは「トリスタンとイゾルデ」の最新盤、
ドミンゴ、シュテンメ、藤村実穂子も歌っている、
アントニオ・パッパーノ指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場
による「トリスタンとイゾルデ」なのである。
ワグネリアンにとっては、今年最高の期待のディスクだ!
もうちょっとお預け。

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2005年9月19日 (月)

アレクシス・ワイセンベルク

私は以前からワイセンベルクにたいへん興味があって、
壮絶なテクニックでものすごいスピードで駆け抜ける演奏、
作品によっては、それが全く意味不明な結果に終わっていたり、
そういうこともあるのだが、しかしワイセンベルクという人は、
自分のスタイルがあって、それを徹底的に貫いている
というところに、独特の魅力が感じられるのである。

もう昔の話だが、リサイタルを聞きにいったこともある。
オーチャード・ホールだった。
しかしその日の演奏会は残念なことに
ワイセンベルクの体調不良によって、
途中で中止となってしまった。
CDで聞くあの壮絶なテクニックを披露するピアニストが、
冒頭のシューベルトのピアノソナタ「幻想」の第1楽章で
ミスを連発し、というより、ボロボロの演奏で、
和音のコントロールなども全くできていなくて、
第1楽章の終わりまでたどり着かなかったのである。
本当にショックだった。ものすごい辛い体験だった。
思い描いていたイメージとのギャップ。
もちろん本人は、自身の演奏に耐え難い苦痛を味わっている。
その姿を目の当たりにしている聴衆にとっての重さ。
それ以来、ワイセンベルクの話題を耳にしたことがない。
ピアニストとしての来日は、そのときが最後だと思う。
現在の消息を知っている方がいたら、教えてほしい。
しかしその後も私は、かつての録音などで
ワイセンベルクを今も追い続けている。

カラヤンと共演している有名な録音、
チャイコフスキーとラフマニノフのピアノ協奏曲。
しかしこれは、私にとってはわからない。
一時期のカラヤンがワイセンベルクをたびたび起用して、
演奏会や録音を数多く残していることはよく知られているが、
カラヤンの方向性とワイセンベルクのピアノって、
どこに互いが惹かれる部分を感じていたのか、
それをここに見つけることが私にはできないのだ。
カラヤンのチャイコフスキー(ピアノ協奏曲)は、
リヒテルとの録音、ベルマンとの録音、
そして最晩年のキーシンとの録音というふうに、
これらは最高の名演でカラヤンの最重要なレパートリーである。
キーシンとの演奏は、当時NHKで映像も流れたが、
本当に感動的で、涙があふれてくるぐらいに
心がいっぱいに満たされたのだった。
ここでの演奏もカラヤンは壮大なスケールで
まさにカラヤン美学による究極的オーケストラコントロールで
独特なロマンティシズムを創造している。
しかしワイセンベルクは、全く別の世界に
自分の存在価値を見出しており、
この演奏はここでのカラヤンにはふさわしくない。
ワイセンベルクの硬質なピアノ、
圧倒的に鮮やかな切れ味の鋭さ、突進する勢い、力強さ、
このピアノには、カラヤンは重すぎる。
ラフマニノフとなるとその方向性の違いは、
さらに顕著となる。なぜなんだ?
ワイセンベルクのラフマニノフは素晴らしい。
独奏による前奏曲集や80年代のピアノソナタ、
協奏曲でも第3番(ジョルジュ・プレートル指揮)は、
違和感は全く感じられず、ワイセンベルクは、
自らの世界を明確に力強く主張している。

ワイセンベルクは、もっともっと探求しなくてはならない。
ラフマニノフの終楽章で少し気づきはじめたことがある。
全盛期のカラヤンとベルリンフィルがあまりにも素晴らしすぎる。
オーケストラに耳を奪われてしまうのである。
その意味でワイセンベルクのピアノは、
この音作りだと、少し分が悪い。
一方でチャイコフスキーはパリ管弦楽団である。
カラヤンにしては、普段と勝手が違うのか?
その辺で聞く側としては、新たな迷いが生まれるのか?

EMI 5 85706 2

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2005年9月17日 (土)

ブダペスト祝祭管弦楽団 2005.1.13

今日もバルトーク・ラジオからダウンロードした音源だが、
イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団の演奏会ライブ。
前半がベートーヴェンの交響曲第2番、
後半がマーラーの交響曲第6番というプログラムである。
つい先日もここで話題に取り上げたが、
イヴァン・フィッシャー指揮のマーラー交響曲第6番は、
この夏にすでにCDが発売されていて、私も早速聞いたが、
このライブはCDよりも一ヶ月ほど前の録音である。
演奏会を済ませた後、レコーディングに臨んだということだ。
しかし第1楽章の冒頭から、ビックリ!テンポが遅い。
より重く、壮大さを強調しているかのような演奏である。
CDでは第1楽章の繰り返しを行っているが(反復ありで22.23)、
こちらのライブでは繰り返しを省略して19分30秒ほどである。
時間的にも2分ぐらい長くなっていそうだが、
聞いてみて、明らかに印象が違う。
CDの合計タイムは78.49となっているが、
楽章間のロスタイムがあるにせよ、
第1楽章の反復なしでこちらのライブの方が長いのである。

演奏会では重厚な内容をたっぷりと濃厚に表現し、
CD制作では、よりスタイリッシュな仕上がりを目指したのだと思う。
演奏会の後、何らかの反省があったのか、方向転換をしたのか、
それが指揮者の意向なのか、レコード会社の意向なのか、
その辺はわからない。
しかし聴衆を会場に入れての演奏会とレコード制作とでは、
やはり基本的に目指すところが違うのであろう。
この違いを比較することはあまりよろしくないと思う。
CDもたいへん素晴らしく、大満足だった。
しかしこちらもやはり演奏会の空気は魅力であり、
マーラーの交響曲を情熱的に表現されると
感動しないわけにはいられない。
終楽章の後半では、勢いをあげて、
その高揚感は素晴らしく、熱くなる!

バルトーク・ラジオの高音質配信はたいへんにうれしいが、
やはりハンガリー国内のライブ音源を聞けるということが、
たいへん貴重な機会であると思う。
つまり私の興味の範囲においては、
アダム・フィッシャー指揮ハンガリー放送交響楽団
イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団
という、フィッシャー兄弟のライブは注目である。
なぜか二人ともそろってマーラーに熱心なようで、
それもまたうれしいことだ。
そしてレコーディングについても
イヴァン・フィッシャーのこのマーラーのシリーズは、
ぜひ続編を期待したいし、できることなら全集を目指してほしい。
アダム・フィッシャーもCDでいろいろ聞いてみたいが、
マーラーの企画があったなら、ぜひ情報をよろしくお願いします。
(角笛はデンマークで録音しています)

Bartok Radio MP3

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2005年9月16日 (金)

ベルリンフィル2003/2004

ベルリンフィルの2003/2004のシーズンから
マリス・ヤンソンス指揮の演奏会。
2004年6月9日 ベルリンのフィルハーモニー。
この日の演奏は、以前FM放送で
後半のワディム・レーピンをソリストに迎えた
ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲、
そしてリストの交響詩「前奏曲」のみ放送されたのだが、
今回バルトーク・ラジオ(Web Radio)ですべてが放送され、
前半に演奏されたフランクの交響曲も聞くことができた。
ヤンソンスの大ファンである私にとってはうれしい~!

何となく全体に同じような色合いの作品が並べられている印象だが、
後半最後のリストの「前奏曲」は派手派手だとしても、
フランクとドヴォルザークの協奏曲で
地味な感じのプログラムである。
しかしこれがまたいいのだ。
ヤンソンスにすっかり聞かされてしまう。
なぜだろう?心に響いてくる。
解釈者としてのヤンソンスって、
特別なことをするわけでもないし、
むしろとことん普通に徹する人で、
世間で新しい流行が出てきても、全く流されない。
おそらく手法とか、表面的な効果ではないのだろう。
ヤンソンスには伝えたいことがたくさんあって、
聞いている人が、ただそれを受け取ったということなのである。
音楽は表現であり、そこに行き着くのだ。
それに比べると、現在の音楽界って、
斬新な解釈とか、驚きを与える新しさ、
「売れるパフォーマンス」「話題性のあるなし?」
形やスタイルに片寄りがちなのかもしれない。
斬新な解釈に驚き、新鮮さを感じる演奏は私も大好きである。
しかし一方でヤンソンスのような指揮者の存在は大切であり、
迷わされない確かなものを聞き分ける耳を持ちたいと思う。
ふと、そういうことに気づかせてくれる演奏であった。

Bartok Radio MP3

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2005年9月15日 (木)

アンナ・ネトレプコ

今年のザルツブルク音楽祭の最大の話題
それはネトレプコの「椿姫」(ヴェルディ)
前評判どおりになって、
すべての話題をもっていってしまったようだが、
その「椿姫」がCDでまもなく出る。
ザルツブルクのライブ録音かと思ったが、
もしかしたら、それに先駆けて収録していたのか?
詳細については記述がない。

ネトレプコの人気、それはすごい!
http://www.annanetrebko.com/
がホームページのアドレスである。
ファンが群がっているに違いない。
特に男性ファン?
私もオペラ・アリア集を持っている。
アバド指揮マーラー室内管弦楽団がバックを務め、
ヴェルディ「椿姫」、ベルリーニ、ドニゼッティ、
そしてヴェルディ「オテロ」~柳の歌、アヴェ・マリア、
アンコールにプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」~私のお父さん
これは去年の夏に発売されたCDである。
私はクラウディオ・アバドの大ファンなので、
一挙両得!ともいうべき、絶好のディスクで買った!

私は正直なところ、ヴェルディのオペラはほとんど聞かない。
嫌いではないんだけど、なぜかというと、
ワーグナーに時間をかけているので、
これ以上余裕がない!というのが本当のところである。
でもヴェルディ、プッチーニはやっぱり聞かないと!
とはいつも思っている。「聞かず嫌い」の要素は多分にあるが。

そこでこの「椿姫」であるが、書いてあることがまたすごい
クライバー盤と並ぶ「不朽の名盤」だそうだ。
そこまで書いてあるとつい聞かずにいられなくなってしまう。
ということで、気になってきたので、
今日はネトレプコのアリア集をちょっと聞いてみた。
このアリア集は、相手役や合唱も含めて
オペラの中のシーンを完全に抜き出してきて、
違和感なく自然にオペラの中に入っていけて、
有名アリアを聞かされているというよりも、
名場面を楽しんでいるという感覚で聞けるのが素晴らしい。
この辺のまとめ方って、さすがにアバド!
やっぱりこの中では「オテロ」かな?
ネトレプコの話題でアバドをほめてしまうが、
こだわりの逸品ともいうべき伴奏をしている。
心打たれる静寂の美しさ、深い祈りに感動する。

DG 00289 474 8002

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2005年9月14日 (水)

ピエール・ブーレーズ

昨日は寝る前に
ジュリーニ指揮ベルリンフィルによる
マーラーの「大地の歌」のCDを出して、
久しぶりに聞いてみた。
先日も話題にしたが、
ザルツブルク音楽祭1987の
ジュリーニ指揮の大地の歌、
こちらはオーケストラがウィーンフィルで
そのライブ盤が発売されたが、
感動的な名演で本当に美しい演奏である。
しかしベルリンフィルのDG盤を聞くと、
またこちらはこちらで素晴らしく、
どちらも甲乙つけがたい。
ウィーンフィルの透明感に対して、
さすがにベルリンフィルの充実のサウンド、
たっぷりと鳴って、しっかりとした響き、
完成度の高い、やはりこれは名演だ。
カラヤン時代後期のベルリンフィル、
80年代を代表する重要な録音だと思う。

DG F35G21015

この型番に注目してほしい。
最初に発売したときの番号である。
当時CDは3,500円だったのだ。
一枚のCDを買うのにたいへんな苦労があった。
中学生だった私が、特に選んで買ってきた
ジュリーニ指揮の「大地の歌」である。

昨日はグリモーのCDを聞いたが、
グリモーつながりで今日はバルトークのピアノ協奏曲。
こちらも同じく今年のはじめに発売されたディスクである。
ブーレーズを中心に3曲のピアノ協奏曲を
3人のピアニストがそれぞれ担当して、オーケストラも別々
というちょっと変わった面白いディスクである。
でもここで登場する3人のピアニスト、
ツィメルマン、アンスネス、そしてグリモーは
とにかく素晴らしくって、魅力的な演奏だ。
ツィメルマン(第1番)がさすがで、メカニックは極致の鮮やかさだし、
結構ドライな感触なのだが、いきいき弾いて、楽しい。
さりげなく表情が豊かだったりして、
ツィメルマンは本当にセンスのある人である。
アンスネス(第2番)がはじまると、ツィメルマンに比べて
音色もストレートだし、まっすぐなのだが、
ベルリンフィルとのバランスもよく、さらに一体感があって、
こうなると「ブーレーズのバルトークはいいな~」って
やはり思ってしまう。さすがブーレーズである!
オーケストラがすごい!いろんな音が聞こえてくる。
ベルリンフィルの実力か?これは普段と違うところ。
ブーレーズの作品への理解の深さもだけど、
このオーケストラの完成度の高さは間違いなく究極だ。
そしてグリモー(第3番)になると、
また少し印象が変わって、色彩がカラフルになる。
このディスクは、全体に統一された仕上がりとなるよう
かなり気を使って、音色が調整されているようだが、
ツィメルマンのクリスタルな音色(無色透明)、
アンスネスの弾力ある運動性中心の音作り(モノトーン)と比べると
グリモーは改めて驚くけど、色鮮やかだ。
表情も豊かで、ブーレーズの大きな存在に支えられて、
じっくりと丁寧に音楽を作っている。
ブーレーズにしては、角の取れた丸い印象(優しさが伝わってくる)で、
前衛的な感覚の薄い、珍しいバルトークかも。
作品がそういう方向へ向かっているということもあるのだが。
このディスクは聞いていて、本当に楽しい。

DG 00289 477 5330

もう一枚。ブーレーズを聞こう。
同じ頃発売されたマーラーの歌曲集。
こちらはウィーンフィルである。
バルトークと似ているのは、作品によって別の歌手が登場して、
クヴァストホフ、ウルマナ、オッターという
なんと豪華な顔ぶれなのだろう!
ブーレーズの80歳を記念して、
様々なアーティスト、オーケストラが祝福するという企画なのである。
ブーレーズのマーラーの素晴らしさは改めていうまでもなく、
しかし本当に幸福な時間である!
歌曲ということもあるのか、交響曲に比べると
ずっと自由に音楽の表情を楽しむかのような表現である。

DG 00289 477 5329

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2005年9月13日 (火)

エレーヌ・グリモー

最近少し音楽を聞いていない。
というのは、自分の部屋にあるコンポが、
MDの書き込みエラーが出るようなってしまい、
先週から修理に出してしまったのだ。
修理の内容と見積りの連絡が来たので、
今週末あたりには戻ってくるかもしれないが、
いまはときどきCDをパソコンに入れて、
ヘッドフォンを差し込んで聞いているぐらいである。
MDに録音してあるライブ音源はしばらくお休みしている。

昨日のFM放送で今年のグリモーの来日から
7月5日のサントリーホールでのリサイタルが放送されたが、
その印象もあって、今日は早速に、
今年はじめに発売されたCDを改めて出してみた。
選曲はコンサートと全く同じショパンとラフマニノフである。
二人の作曲家による「ピアノ・ソナタ 第2番」。
このライブは、別のコンポでしっかり録音してあるので、
また改めてじっくり聞きたいと思っているが、
今日はCDを聞いての感想である。

やはり思ったとおりで、CDの方がずっと落ち着いている。
ショパンだとしっとりした響きや弱音をじっくり聞きこむシーンもあったり、
昨日聞いたライブは、もっと迫力があって、
豪快だったり、これはライブゆえになのか、
私は良いほうに受け取ったが、荒々しさみたいな、
ギリギリに追い込んでいったときの緊迫感みたいなものが
大きく伝わってきたように思う。
やはりCDでスタジオ録音だと、
冷静さを保って、音楽としっかり向き合って、
自らとも対話しているような印象があるが、
コンサートだと、そこに聴衆の存在が分け入って、
表現の方向がしっかり客席に向かい、
伝えようという思いも高まって、主張に力強さも出てくるし、
演奏者は自分の存在をかき消して、
ひたすら音楽を聴衆にぶつけるという勢いも感じられるのである。
どちらがいいということではなく、
私はどちらもそれぞれ好きであるし、この印象の違いは、
はっきりいえば、別のものといってもいいのだろう。
グリモーに限らず、それはポリーニの場合でも、
ブレンデルもルプーも、ペライアでもそうである。

でもここでひとつ思うことは、
実際グリモーはコンサートでの演奏活動を通して、
CDの録音時に比べ、少しずつ変わってきているのかもしれない。
もちろんサントリーホールのような大ホールであるという
その会場ごとの演奏環境も影響しているかもしれないが、
聴衆とのコミュニケーションを重ね、
表現は明らかに幅を広げ、発展してきているというのを感じる。
グリモーは、レコード会社の販売戦略もあると思うが、
まず最初に録音を行って、それで世界中をまわって、
実際に聴衆の前でそのレパートリーを披露してきた。
これもまた、どちらがいいということではない。
テクニックや緻密に描きこんでいる全体の安定感、
それは明らかにCDの方が完成度が高く、
ライブは勢いに任せ、突き進んでいるという印象もある。
しかし聴衆はそれを目の当たりにして、
理由などない本能的な部分で興奮するということもあるのだ。

今日はグリモーのショパンとラフマニノフをCDで鑑賞したが、
この一方のライブ録音をいずれ改めて聞いてみて、
そのときまた、いろいろなことを発見できると思う。
グリモーはDGと契約して以来、
熱心にレコーディングに取り組んでくれているが、
選曲もいいし、演奏も魅力的だし、
私は注目して、応援している。

DG 00289 477 5325

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2005年9月12日 (月)

ラーメン製作所 今日は試食

昨日は衆議院選挙で
開票速報を夜遅くまでずっと見てしまったが、
これで重要な結果が出たように思うけれど、
その先どうなっていくのかが気になるところである。
小泉総理は「郵政民営化を問う」として争点を絞り込み、
その結果、今回の投票結果をみていると、
国民もそれに応え審判を下したということなのだろう。
郵政民営化法案は近く可決されると思う。
その先政治はどう動いていくのだろうか?
我々の生活はどうなるのだろうか?
それの方が知りたいし、教えてほしいのだが、
今年の夏の郵政解散による郵政総選挙はこれで決着した。

「郵便局」のことを考えてしまうと
あまり滅多なことはいえなくなってしまうのだが、
世の中全般の流れとしては、
民営化できるものは民営化したほうがいいと思うし、
「改革」は進めるべきだと思う。
しかし今日からはじまる4年間、
「痛み」をさらに我々国民に強いられるのなら、
それは正直ちょっと堪えているのだが…。厳しい。
未来に希望をもてる社会を取り戻してほしい。


今日はラーメン製作所でさらに新メニューということで
昼が終わった時間に呼ばれていってきた。
開発好きなオーナーで、豊富なメニューは魅力だが、
しかし出すのもたいへんだけど、
客にとってもメニューが目移りしてしまって、
たいへんである。って、思うんだけど。

今回はラーメンのタレの改良型であり、
すでに店の味となっている今までのタレもそのまま続けるので、
新メニューで出そうということになっている。
しかし新しいタレでラーメンを食べてみると、
今回の方がさらによくって、私はこちらの方が好みかもしれない。
思い切って新しいタレにしてしまっても、
その方がいいんじゃないかと思ってしまうが、
現在の味になじんでリピーターになっている客も多いので、
突然予告なしに変えてしまうのも混乱をまねくし、
様子を伺い、慎重に状況を見極める必要があるということである。
結局のところ、どういった出し方をするのか、
今日の段階では、結果を聞けなかったが、
いままでのメニューで2種類のタレから選択するのか、
新メニュー(新しいネーミング)が登場するのか、
しかし新メニューはどうしても定着するのに時間がかかるので、
せっかくの新しい味をなかなか知ってもらえないのでは残念であり、
少し検討が必要のようである。どうなるのだろうか?
でも何らかの形ですぐにも店に出るのだろう。
また改めてご報告したい。

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2005年9月 8日 (木)

キッシンゲンの夏 1998

ハンガリーのバルトーク・ラジオ(Web Radio)
Bartok Radio:http://real1.radio.hu/bartok/index.htm
からダウンロードしたMP3音源で
イルジ・ビエロフラーヴェク指揮BBC交響楽団による
ブラームスの交響曲第1番 である。
1998年7月3日 キッシンゲンのレゲンテンバウ大ホール
ビエロフラーヴェクのイメージというと
どうしてもチェコのオーケストラ、チェコフィルなど、
そういう演奏を思い出してしまうが、
ここでは珍しくBBC交響楽団で、
ちょっと興味ひかれて、早速聞いてみた。
これは当たった!面白かった。
なかなかいい。大満足である。名演だ。

BBC交響楽団にビエロフラーヴェクなんて、
本当に面白い組み合わせだと思って、
何となくBBC交響楽団のホームページにアクセスしてみたところ、
そうしたら、知らないのは私だけだった。恥ずかしい。
2006年7月(プロムス2006 ファーストナイト)から
ビエロフラーヴェクが主席指揮者に就任するようなのである。
そうなんだ。イギリスのオーケストラにチェコ人なんて、
ちょっと不思議な感じ。というのはきっと偏見なのだろう。
ヨーロッパはどんどん国境が薄れて、国籍にとらわれず、
適材適所な人選が次々となされていくのだろう。
それによってオーケストラが活性化されたり、
新しい響きによって、聴衆も新鮮な喜びを感じるのである。
「イルジ・ビエロフラーヴェク指揮BBC交響楽団」
という演奏に出会うチャンスが増えるのかもしれない。
注目して楽しみに待ちたいと思う。

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2005年9月 7日 (水)

イヴァン・フィッシャー 新譜

20050907

台風が過ぎ去った後、今日の夕焼けである。

イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団による
マーラーの交響曲第6番の新譜。

私はとにかくマーラーが大好きで、
一年中聞いているが、いや、正確にいうと、
ワーグナーを聞いているとき以外はマーラーを聞いている、
いや、もっと正確にいわなければならない、
ワーグナーを聞いているとき以外で、
ベートーヴェンやシューベルトやブルックナーを
聞いていないときはいつも、…、まあ、いいや、
とにかく一年を通して、しょっちゅうマーラーを聞いているのだが、
ここ数年、この交響曲第6番が好きで好きでたまらない。
マーラーの交響曲は第1番から第9番まで、そして大地の歌も
みなそれぞれ魅力的で、どれが一番とはいいにくいほどに
私にとってはすべてが大切な作品なのだが、
その中でもこの第6番が、このところの私には、
特に聞きたい作品であり、聞くたびに幸福で満たされる。
マーラーの作品の中でも最も濃厚でストレート、
巨大な全体像の中に交響曲としての構成が
きわめて明確にカラフルな色彩で示されており、最高に面白い。
仕掛け好きなマーラーの中にあっても、
特に実験の多い作品で、それがことごとく鮮やかに決まって、
演奏効果は絶大、こんなに充実の音楽ってそうはない。
音楽に身をゆだねれば、自然に素直に感動が押し寄せてくる。

イヴァン・フィッシャーのマーラーは今回はじめて聞いたが、
今日的なスピード感覚で、明るい音色は肯定的であり、
よく流れ、常に前を向いている音楽作りは心地よい。
テンシュテットの重量級の演奏や
ラトルのような徹底して描きこみを行っている演奏に比べると
やや軽いというか、考え込む瞬間が少なくて、
その辺が現代的というか新感覚といいたくなってしまうのだが、
私はイヴァン・フィッシャーの指揮はたいへんに気に入った。
マーラーの皮肉や屈折を誇張しない表現であり、
その点では、全体に整ったフォルムで、
確固たる自らの美意識に基づいて音楽が構築されているのを感じる。

最近よく話題になる中間楽章の演奏順だが、
第二楽章をアンダンテ、第三楽章をスケルツォで演奏している。
イヴァン・フィッシャーもこの解釈だ。
これが標準になっていくのか?
はっきりいって、はじめの頃はかなり抵抗があった。
美しいアンダンテの楽章が、高らかと盛り上がって、
静かに終わった後、終楽章の不吉な響きへと向かわずに、
再びスケルツォの楽章に戻ってしまうような展開、
かなり変!おかしいと思ったものだ。拍子抜け。
メジャーなところで最初に話題になったのが80年代のラトル。
最近はヤンソンス、昨年のアバド、そしてメータまでこれで、
今年の春のラトルの演奏でもやはりこの解釈であった。
何だか、いろいろ聞いているうちに
さすがに慣れてしまった。こっちの順番も。
あんまりこういうのは嫌だが、
どちらでも気にせずに聞けるようになってしまった。
この新解釈を取り入れて演奏するのが、
今的みたいなところがあるのだろう。
もしブーレーズがいま指揮するならば、
やはり楽章の順を入れ換えて演奏するだろうか?
どうなんだろう?

CHANNEL CLASSICS CCS 22998

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2005年9月 6日 (火)

ラーメン製作所 今日は宣伝

今日は午後、焼肉製作所に顔を出してきた。
母が友人にここのキムチをお土産にしたいということで
先日から頼んであったのだが、
キムチとカクテキを買ってきたのである。
食べた人がお持ち帰りをしたいというリクエストが多く、
ラーメン製作所では餃子がよく出て、
焼肉製作所ではこのキムチとカクテキが人気だそうだ。
私もキムチは大好きだが、ここのは本当においしい。
食べた人はみんなそう言うので、大丈夫だと思う。
カクテキの方は、私はこの夏に初めて食べてみたのだが、
カクテキもまたすごくおいしい。


それで話していたのだが、
明日は台風の影響で一日雨だと思うし、
もしかしたら風も強くなって、
ひどい天気になるんじゃないかと心配しているが、
朝から台風だったら、休むんですか?と聞いてみたら、
それでも店は開けるそうである。台風でも。
雨にも負けず、風にも負けずだそうだ。
というより、明日のスープの準備は、
もう今日の段階で下ごしらえをしているみたいで、
当然店はやるそうなのである。
でももし台風だったら、やはり客はぐっと減ってしまうだろう。
来なくなっちゃうかもしれないとますます心配だ。
そこで今日は宣伝です。ご案内します。

ラーメン製作所焼肉製作所
場所は横浜市栄区の田谷。
田谷の交差点にある白い看板の建物である。
入り口が二つあり、左が「焼肉製作所」、
右が「ラーメン製作所」となっている。
車で行く場合、国道1号線の原宿交差点を
大船方面に曲がり、田谷の交差点である。
電車の場合には、JR大船駅から、
たくさんバスが出ており、田谷のバス停下車で
降りたら目の前がそこである。


20050902

写真はつけ麺だ。もちろんこれは初公開。
冷つけ麺と温つけ麺の二種類がある。
さすがに最近は涼しくなってきたので、
温つけ麺の方が多く出るようになってきたようである。
私は温つけ麺の方にはまったのだが、
8月はさすがに暑くて、冷つけ麺の方がよく出ていた。

夜も遅くなって、雨が強くなってきた。
明日は台風だったら、さすがに無理かもしれないけど、
ぜひみなさん、今度食べに行ってみてください。
ラーメンもおいしいです。

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2005年9月 5日 (月)

マウリツィオ・ポリーニ 2003.12.6

ポリーニのパリでのリサイタルが
ハンガリーのバルトーク・ラジオ(Web Radio)で放送された。
Bartok Radio:http://real1.radio.hu/bartok/index.htm
このバルトーク・ラジオ、私も最近注目するようになったのだが、
通常のライブ放送も他に比べたいへんに音がよく、
半年前までさかのぼって聞くことができて、
さらになんと!MP3(128kbps)ファイルを一週間分、
いつでもダウンロードできるのである。
十分に楽しめる音質であり、魅力的なサービスだ!
このポリーニの音源もMP3をダウンロードして聞いた。

2003年12月6日、パリのシテ・ド・ラ・ミュジークでのリサイタル。
この音源は、以前NHK-FMで一部が放送されたが、
全体を聞くのは今回がはじめてでうれしい機会である。
ショパンの前奏曲(作品45)とバラード全曲、
後半がドビュッシーの前奏曲集第二巻
アンコールは、さらにドビュッシーで「沈める寺」に「西風の見たもの」
そしてショパンのエチュード(作品25-1)とスケルツォ(作品39)。
ポリーニのうなり声がしっかり収録されていて、
会場で聞いている感覚を思い出させてくれるのは、
やはりライブ録音に限るのである。
いつもながら力強くて、迫力のある演奏だ。
前半のショパンは、少し硬い気がするが、
録音のせいかもしれないし、
しかしテクニックの面で快調ではないようだ。
ポリーニが最高の演奏をするときって、
ポリーニ自身も聴衆も全体がひとつに集中して、
音楽に没頭するような濃縮された時間を感じるが、
ここでのポリーニはショパンの演奏と格闘しているし、
聴衆は舞台との距離感を必死に模索している。
とはいっても、こんなに素晴らしいショパンは他では聞けない。
やはりポリーニならではの感動である。

後半のドビュッシーも前半のショパンと同様だが、
こちらは作品を次々と一気に弾き進んでいくこともあって、
曲の間にあまり間をおかず、全体をひとつに、
それによって集中力が途切れることはなく、
後半へ行くほどに、さらに作品への一体感が深まって、
ポリーニのドビュッシーは、やはり私にとっては格別だ。
しかしこの前奏曲集第二巻は、
ポリーニ・プロジェクト2002の東京での録音や
その後のルツェルン音楽祭2004のライブなど
いくつか録音を聞くことができ、
これがポリーニのベストだとは思わない。

アンコールもよかった。特にショパンである。
ポリーニがアンコールで弾く作品25-1のエチュードが大好きである。
この色彩感と躍動感、これだけはポリーニ以外にはありえない。
そしてスケルツォ、これもポリーニのアンコールの定番で、
この日一番素晴らしい演奏だったのではないか。
圧倒的である。迫力、輝き、完成度、心から感動。
こんなに素晴らしいスケルツォを聞いたら、
それもアンコールの最後にである。
会場で聞いた人は、その興奮で
この日はなかなか眠れなかったに違いない。

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2005年9月 3日 (土)

ウィーンフィル2004/2005

先日、サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルの
今年の新譜について書いたが、
HMVのホームページで
さらにまた新しい情報が出ている。
R.シュトラウスの「英雄の生涯」である。
日程的に今年の年末に間に合うのか?
それとも新年最初の新譜となるのか?
どちらだろう?その頃またにぎわうと思う。

ニコラウス・アルノンクール指揮による
ウィーンフィルのヴェルディ「レクイエム」ライブ盤。
2004年12月7日ウィーン楽友協会大ホール。
素晴らしい!私好みのディスクだ。
いま絶好調のアルノンクール、面白い!
ウィーンフィルをアルノンクールが指揮しているというのもいい。
そしてまた、作品がヴェルディということが、話題の的。
昔から古楽ファンでアルノンクールを追いかけてきた人には、
今日のロマン派に熱心なアルノンクールには、
いろいろな思いがあると思う。
さらには「私はヴェルディこそ!」という人には、
やはり様々な意見をこの演奏にお持ちだと思う。
しかし私はこの路線のアルノンクールがいい。
今回もすぐに気に入ってしまって、
ウィーンフィルを指揮しているときのアルノンクールって、
特に魅力的で本当に惹かれるものがあるのだ。
ブルックナーもそうだし、ドヴォルザークもそう。
SACDで音がすごくいい。それもいいのかも。
しかし録音の豊かさとは対照的に
非常に厳粛なヴェルディでオペラ的な傾向は存在しない。
残響も抑え、かなり新鮮な響きを引き出している。
大音響で豪快なイメージのヴェルディはどこかへ行ってしまったが、
わざとらしさもないし、意図的な演出もないし、
自然な流れが心地よくって、時間を感じなかった。

BMG 82876 61244 2

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