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2005年10月28日 (金)

ポリーニのノクターン集

今日は横浜に出る用事があって、
やっとポリーニのノクターン集を買ってきた。
早速聞いてみたのだが、これは…、
その素晴らしさはわかっていたけれど、
予想以上にはまってしまった。
期待していた以上に、もっともっとさらに
私はひき込まれ、夢中にさせてくれるショパンだった。

ポリーニの現在を聞き、喜びで満たされる。
この何年かでシューマンもよかったし、
熱情や悲愴やみなそれぞれ最高だったのだが、
私的には、それら以上に今回のノクターンにはひかれるものがある。
いままで私の中では、あくまでも私の好みで、お気に入りで、
ポリーニの究極は、ドビュッシーのエチュード集だったのだが、
ここでのノクターンを聞いて、さらに上のような気がしてくる。

相当に快速なテンポなのだが、速いという印象がない。
これが不思議。しかしポリーニのショパンはこうなのだ。
なめらかに流れて、しかし造形は今回も立体的な音楽、
バラードのときに聞いたような迫力や力強さや
しっかりとした響きを聞いているような気がするのだけれど、
よく聞くと力を込めているようなところは全くなくて、
本当に不思議なのだが、これがポリーニのショパンである。
微妙なところで絶妙の調和が保たれているが、
ポリーニ好きの人は、それを知っていて、
それを求め、そこを聞き、確認できると安心するという、
その辺が合わない人には、おそらく合わないのだろう。

CDを聞いての印象だが、ここでのピアノの音色が、
私が知っている、まさに現在のポリーニそのもので、
ちょっとカラフルだな…って(私は)思うときもあるのだが、
そういうものも含めて、すごくいい。
装飾音の処理がまさにポリーニ的であり、
音色と密接に関連して、独特の印象がある。
ポリーニならではの鮮やかでくっきりとした音色だけれど、
今回はノクターンということで、
ときに優しくそっと語り掛けてくるようなところもあって、
そういうときの感じ、この印象、思わずため息がもれてしまうが、
みんな、うっとりして聞いているのだろう。
本当に絶妙な部分を完璧に再現してくれるポリーニ、
究極である。究極のノクターン、究極のショパンだ。
好みもあるので、人それぞれだろうけど、
しかしこのノクターンは、とにかく私は最高の言葉を贈りたい。

前半の6曲、作品9と作品15だが、
近年のポリーニでは、あまり弾いている姿がイメージできなくて、
正直、聞くのがちょっと恐かったが、
これが意外によかった。まあ、当たり前である。
考えてみると、例えば作品15などは、
ゆったりのいわゆる夜想曲風の音楽に
中間部の(激しい)音楽がはさまれていて、
その辺の形式的な部分は、後期の作品に比べたら、
極端というか、ずっとはっきりしているので、
ポリーニが弾くと、それがまたさらに際立ってくるので、
面白いのである。かなり特徴的である。

作品27の2曲はポリーニのお得意の作品だし、
これはいうまでもなく、私にとっては、
このノクターン集の中心的存在であり、
そして前半最後の作品32あたりで
ポリーニ独特の前に突き進む勢いのある迫力が出てきて、
後半、いよいよ力強く押していくのかと思いきや、
作品48や作品55など、実演とは違って、
非常に穏やかにゆったりとした広がりをもって、
思いを抑え、感情をひっそりと心にしまっていくような
なんともいえない静寂の美しさがあり、
今回は夜想曲なのだということを思い出す。
そして作品62ですべてが完成する。
(作品72-1もいい。決しておまけではない格調高い演奏。)

今回の来日では、いつもより多めに
ノクターンが演奏されるが、楽しみである。
実演とCDではかなり印象も異なってくると思うが、
その辺も期待しつつ、待ち遠しい。

DG 00289 477 5718

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