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2005年10月24日 (月)

ノリントンのマーラー「巨人」

ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
による新譜、マーラーの交響曲第1番「巨人」である。
かなりユニークなことになってるのかと
私の場合、ノリントンファン(マニア)なので、
なんでもOK!的なところがあるのだが、
しかしマーラーなので、今回ばかりは覚悟して臨んだのだが、
これはいいぞ!って、かえってそれの方が驚きの
心から素晴らしい、こうあるべきだというマーラーであった。
やはり今回もいろいろ仕掛けはあるし、考え抜かれているが、
それが目立ってしまうのではなく、
むしろマーラーの様々な音楽的長所が、
より効果的に浮かび上がってきて、
透明感のある響き、本当に美しく、爽やかに、
そして何より立体的に奥行きの感じられる音楽には驚かされた。

アルノンクールがブルックナーをやるときによく言っている
「本来の響きを取り戻したい」というような
ノリントンはマーラーでまさにそれをやってくれて、
きれいに洗い流されたようで、清潔感が漂っている。
リズム処理など、かなり際立たせて、
舞曲風な音楽など、本当に踊りだしているが、
俗っぽくなることもないし、下品な響きは皆無で、
とにかく「こうあるべき」というすごい説得力を感じる。
納得してしまった。さすがにノリントン。
マーラーでもやってくれる。
ノリントンがマーラーをやるというと
何となく先入観で誤解されていそうなので、
もう一度書くけれど、むしろ原点に戻って、
スコアにも忠実な結果だと思うし、
音楽の感動においては、懐かしさみたいな親しみだってある。

そういえば、ノリントン自身がここで解説を加えているが、
弦楽器のノンビブラートについて、
マーラー、ブルックナーの時代においても、
当時のオーケストラは、現在ほどには
ビブラートを多用していなかったそうである。
そういう意味でもここでのノリントンの意図するところは、
マーラーが実際に聞いたであろう響きを再現する
ということに尽きるらしい。
しかしこの説明が、ここでの演奏を聞けば聞くほどに
説得力を帯びてくるところに素晴らしさがある。

もうひとつの再現でもある第2楽章の「花の章」について、
花の章はラトルのCDで聞いていたのだが、
ラトルの場合は、楽章間に盛り込むことはせず、
「巨人」を聞く前にその関連性は指摘しながらも
独立した作品のように扱っていたが、
ここでのノリントンは、完全に第2楽章に復活させている。
でも正直なところ、私にとっては、まだあまりなじめてなく、
第3楽章で「スケルツォ」の楽章が出てくると
「やっと戻った」という印象で、ちょっとホッとしたのが現実だった。
これについては、もう少し回数を重ねないと(私は)無理そうだ。

Hanssler CD 93.137

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