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2005年11月21日 (月)

バイロイト音楽祭2004

2004年のバイロイト音楽祭も最後の演目
「さまよえるオランダ人」である。
クラウス・グートの演出に関して
この上演では「ゼンタの救済」がない、それによって
「すべてはゼンタの幻想にすぎなかった」という演出が現れたのだろう
幻想では救済のしようがないということで
それについては以前に書いたが、
しかしワーグナーのヒロインでは、
エリーザベト、イゾルデ、ブリュンヒルデ、…、いろいろ出てくるが、
その中でも「オランダ人」のゼンタは、ちょっと変わっている。
この勝手な思い込みや自分のことしか見えていない部分で、
ここでの演出のように心理劇みたいな展開も生まれてくるのだろう。
「パルジファル」のクンドリーもまた、その強烈さでは負けていないが。

マルク・アルブレヒトの指揮はきびきびしていて、私は好きだが、
でもそれゆえに、オーケストラの響きが、
ちょっと肉薄のような印象も受ける。
豊かな響きではなく、どちらかといえば脂肪分の少ないワーグナー。
この肉薄で機能的によく動き回るワーグナー演奏は、
非常に今日的な感じを受けるが、
保守的なワグネリアンならば一言いいたいだろうけど、
しかしマルク・アルブレヒトのことって、あまり問題にならない。
というよりもこの演目は順調のようである。
クラウス・グートの演出が評価高いからではないか。
演出がこけなければ、これで(このまま)行こうというようなことになりそうだ。
今年の「トリスタンとイゾルデ」だが、まだ聞いていないのでわからないが、
しかし演出に批判が集まらなければ、
大植英次の指揮でそのままだった気がする。
来年は「指環」の新演出も控えており、
例年以上に練習不足での上演が余儀なくされる
その意味でもバイロイト経験の豊かなペーター・シュナイダーが選ばれた
という説明もよくわかるが、しかしアダム・フィッシャーも
バイロイトの音響に慣れるまでには時間がかかったそうだし、
あのティーレマンでさえも「タンホイザー」の新演出の年(2002)には、
オーケストラに対して、結構批判に近い意見もあったと記憶している。
今ではもう誰もティーレマンの悪口なんていいそうにないし、
とにかく大植英次の指揮が聞けないのは本当に悲しいことである。
それも今年のバイロイトの放送をまだ聞いていないというので
そういう思いが強くなってしまうのだが、
しかしウェブラジオ(音質的には厳しい環境)で聞いた限りでは、
私はかなり楽しみにしている。
どちらにしても日本の「年末バイロイト」はまもなくである。

マルク・アルブレヒトの「オランダ人」は来年も聞ける予定なので、
2003年も2004年も素晴らしかったし、このままの好調で進んでほしい。

CDR180/181

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