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2005年11月 7日 (月)

永野英樹 2004.2.1

今日聞いたのは、2004年2月1日、
浜離宮朝日ホールで行われた
永野英樹のピアノリサイタルである。
この演奏会は、バッハ(B)からコンテンポラリー(C)へ
というテーマだったと思うのだが、
プログラミングが素晴らしくて、
バッハの「イタリア協奏曲」にはじまり、
ベリオ、ブーレーズ、ブラームスというふうに
すべてがBの作曲家による作品に統一され、
バッハ、ロマン派のブラームス、
そして現代のベリオ、ブーレーズというように、
テーマに沿って、こんなにうまい選曲が可能なのだ!
と驚かされたのである。
さらにはアンコールで、コンテンポラリー(C)ではない
Cのショパン(Chopin)によるノクターン(作品27-1)が演奏されて
なんと考えられた作品の構成だ!と感嘆するばかり。
私はこういう凝った演奏会が大好きだ。

さすがに永野英樹でベリオとブーレーズは圧倒されるばかり。
ベリオはピアノのためのソナタ、ブーレーズは12のノタシオンである。
現代曲で難曲になるほど、鮮やかさに研きがかかるのは、
ひたすら現代に積極的なポリーニをはじめ、エマールなど、
こういったピアニストに共通するところで、
それらに比べると最初のバッハが、何か異質な感触のような気がして、
デジタル信号のように明快に、硬質な音色でバリバリ弾き進むような、
同じようにピアノで弾いても、ブレンデルのように暖かく心のこもったリズム感や
アンドラーシュ・シフのようにデリケートな感性で作品を大切に扱っていたり、
それに究極はグレン・グールドだろうが、
グールドは決して現代音楽的(デジタル)ではないし、
そういったピアニストたちと比較するのって、私が間違っているのだろうか?
しかし最初はそうも感じたのだが、やはり永野英樹の強靭なテクニック、
作品に鋭く踏み込んでいく独特の切れ味、
何だか聞いているうちに、すっかり取り込まれてしまって、
第3楽章の一気に駆け抜けていくところなど、極めて爽快な感覚である。
ベリオ、ブーレーズでの一発で引き込まれてしまうのに比べて、
バッハだと、時間がかかってしまうというのは、
聞く側にとっては、その辺がやはり永野英樹なのだということなのだろう。

ブーレーズのノタシオンの後、ブラームスのピアノソナタ第1番が演奏され、
ここでも面白いのが、ブラームスならば、後期の作品に
シェーンベルクのちょっと手前にまで行っている作品もあるのに、
あえて若い時代の作品で、これまた豪快に音楽の雄大な広がりを見事に再現して、
ここでは余計なことは考えずに、変な先入観にも影響されないで、
すっかりブラームスの濃厚な音楽を堪能していればよかった。
しかしやはり永野英樹の鮮やかなテクニックは冴え渡っていて、
ブラームスの複雑な書法が隅々にまで捉えられていて、
これは感動的なブラームスである。素晴らしかった。
やはり知性と感情と冷静さと情熱と
しっかりとしたバランスが構築されている演奏は最強である。

CDR175/176

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