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2005年11月30日 (水)

私が聞いた今年の名盤2005

12月に入ると音楽の友社による
今年の「レコードアカデミー賞」も発表になるが、
それよりも前に11月末現在の
今年の私のお気に入りディスクをまとめてみた。
最終的な結果は12月末にもう一度。

《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第4番~クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィル
○マーラー 交響曲 第8番~サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団
○マーラー 交響曲 第8番~ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団
○チャイコフスキー 交響曲 第6番「悲愴」~ゲルギエフ指揮ウィーンフィル

《管弦楽》
○ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲、海~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
○モーツァルト ピアノ協奏曲 K.414&K.453
   ~ブレンデル マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団
○バルトーク ピアノ協奏曲 第1番-第3番
   ~ツィメルマン、アンスネス、グリモー ピエール・ブーレーズ指揮

《室内楽》
なし

《器楽曲》
◎ショパン 夜想曲1-19~マウリツィオ・ポリーニ
○シューベルト ピアノ・ソナタ D.960~レイフ・オヴェ・アンスネス

《歌劇》
○ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
   ~アントニオ・パッパーノ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場

《声楽曲》
◎シューベルト 歌曲集「白鳥の歌」~マティアス・ゲルネ、ブレンデル
◎シューベルト 歌曲集「美しき水車の娘」~ボストリッジ、内田光子


《ライブ盤》
◎マーラー 交響曲 第5番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○マーラー 交響曲 第9番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ブルックナー 交響曲 第5番~マタチッチ指揮フランス国立管弦楽団
○マーラー 大地の歌~ジュリーニ指揮ウィーンフィル
○ショスタコーヴィチ 交響曲 第8番~ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団


(◎は特に大切に感じられる名盤です)

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2005年11月29日 (火)

構造設計の偽造事件 3

先週と今週とで、事件の真相そして責任の追及の矛先が変わってきた。
先週は構造計算書の偽造を実際に行った問題の建築士に
世間の関心が集中していたが、今週に入って、
マンションを販売した開発業者の動向へと注目が移っている。
このあたりも想定どおりであり、これだけの問題に、
建築主たるマンション開発会社が関与していないとは考えにくい。
今回の一件について、建築士ではないが、
同じ建築業界で長年生きてきた方と雑談したのだが、
やはり共通の見解(これはすぐに思うこと)として
構造強度を低く計算する、そして特に「鉄筋を抜く」などということは、
通常の場合、建築士として、自ら進んでするとはとても思えないのである。
なぜならば、設計者としては、何のメリットもないのだ。リスクだけが残る。
ならばどうして行われたのか?
何らかの圧力があったとしか思えないのである。
すでに話は出ているが、「仕事を出さなくする」とのプレッシャーをかけ、
そして一度手を染めてしまえば、もう抜け出せない。
しかし誤解のないように、普通の建築士、普通の人間ならば、
構造強度の偽造など、そんな危険を伴なう話、人の命に関わる話、
まず絶対にやらないのである。
これは極めて特殊なケースである。
しかし聞くところ、今回のようなマンション開発をはじめ、
一部の利益追求型の開発行為においては、
このような違法行為も少なからず行われていると聞く。
そういうこともあるので、以前から指摘している通り、
今後の展開が恐ろしくもあり、注目し続けなくてはならないのである。
マスコミも「これは氷山の一角か?」としているが、
もしこの話題がこれから簡単に消えていくようであるならば、
それはどこかでこの問題が抹殺されているとしか思えないのである。

今日の午後、衆議院の国土交通委員会参考人質疑は、
想像を絶する衝撃な展開に驚きを隠せなかった。
私は外出していたので、車の中で聞いていたのだが、
聞いていて、ゾッとした。
内容については、お聞きになってのとおりなのだが、
深く突き詰めていくと、今後建築業界全体に対して、
多大な影響を及ぼし、波紋を広げ、
これまでに築き上げられてきた「建築」というものが
その根源から音を立てて崩れ去ってもおかしくない
そんなことをここに感じ取ったのである。

民間確認検査機関の「イーホームズ」藤田社長の口からは、
なんと「日本ERI」の名前もあがってきた。
私はERIにはよく存じ上げている方もいらして、
ERIは早速記者会見で「事実無根である」と反論しているが、
今回問題になっている確認検査の手順について、
それについては、民間も自治体も共通に、
様々な不備があったのは事実で、今後改善すべきことはある。
しかしひとつどうしてもいいたいのが、
今回の一件については、このように、
これまでまじめに建築に取り組み、
真剣に建築に関わってきた人々に
多大な迷惑を及ぼしているのである。
最大の被害者は、構造偽造マンションの住民である。
しかしこの問題は、関係者だけにはとどまらず、
すでに社会全体に大きな影響を及ぼし始めているということを
ここで指摘しておきたいのである。
また今後の展開により取り上げたい。

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2005年11月28日 (月)

王立コンセルトヘボウ2004/2005

先週はマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団を聞いたが、
今日はヤンソンスが主席指揮者を務めているもうひとつのオーケストラ、
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との最新ライブ、
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」
ラフマニノフの交響的舞曲を聞いている。
これはSACD仕様で音に広がりや奥行きがあり、より柔軟な響きで、
コンセルトヘボウの音色には魅力的かもしれない。
やはりバイエルン放送交響楽団の機能的な演奏とは違い、
独特の音色と暖かさが伝わってきて、こちらも素晴らしい。
これはぜひ大切に聞いていきたいが、
しかしストラヴィンスキーで「ペトルーシュカ」
そしてこれからもし「春の祭典」とかいったら、
やはりバイエルン放送交響楽団で
切れ味鋭く聞いてみたいという気持ちもある。
味があるのは、おそらくこちらだと思うが。

そして後半がラフマニノフのシンフォニック・ダンス。
私の大好きな作品なので、ヤンソンスの演奏を聞けるのはうれしい。
素晴らしい音楽である。最高だ!
でもちょっと響きが明るいかも。
もう少し闇がほしいところで、そんなモノトーンな世界に
たまに光が差して、その輝きがたまらないのだが。
しかしこのいろんな色があって、基本的に暖色系の音作りは、
やはりロイヤル・コンセルトヘボウならではなので、
これはこれで楽しまなければならない。
その辺は、好みだろうか。
この作品は、ヤンソンス指揮ベルリンフィルで聞いてみたい気がする。
うん、それがいい。ベルリンフィルだったら、う~ん、たまらないと思う。
今シーズンのベルリンフィルでは何を取り上げるのだったっけ?
ということで調べてみたら、まもなく登場である。
12/7,8,9でウェーバー、ヒンデミット(ウェーバーの主題による交響的変容)、
そしてブルックナー(交響曲第3番)であった。
今年はドイツものだ。

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2005年11月27日 (日)

ドナウ・アルトミュール2000

今日は午後からFM放送で
ハンブルク国立歌劇場の2004年の新演出公演から
ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」を聞いていた。
「フィデリオ」は少し久しぶりでたいへんに素晴らしかった。
インゴ・メッツマッハーの指揮によるベートーヴェンは最高だ!
メッツマッハーはすごく興味ある存在なのだが、
しかし残念ながら聞く機会が少ない。
これまで聞いたメッツマッハーの指揮による演奏は
どれもみな素晴らしかったのだが、
作品がいろいろだったりもして、
まだ私の中で「メッツマッハーの指揮はこうだ」というのが、
よく見つかっていない。
しかし今日の「フィデリオ」は重要な公演であったと思う。
いずれまたじっくり聞きなおしたいと思う。

夜になって聞いているのは、
ドナウ・アルトミュール・サマー・コンサート2000から
クリスティーヌ・シェーファーの歌曲リサイタルである。
ピアノはエリック・シュナイダー。
シューベルトの「ファウスト」を題材にした歌曲。
ウェーベルンの歌曲そしてウォルフのスペイン歌曲集から。
美しい演奏だ。選曲がシェーファーならではというか、
深く奥行きのある世界で引き込まれてしまう。

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2005年11月25日 (金)

構造設計の偽造事件 2

その後の一週間でやはり予想どおりに
たいへんなことになってきた。
当初発表された物件だけではなかったし、
東京、神奈川だけにとどまらず全国に広がり、
民間の建築確認検査機関以外にも
自治体で下ろした確認にも偽造の物件が見つかった。
問題になっている開発業者(この場合の建築主)のひとつは、
早速「民事再生手続き」で姿を消し、
当初はマンション購入者の被害額を補償するといっていた業者も
国の公的資金導入がなければ、破産するといい出している。
とんでもないことになってきたとの印象もあるが、
はっきりいって、これはほんの序章にすぎないと思う。
これからである。成り行きが恐ろしい。
最初から責任のなすりあいをしていたが、
今度はいかに逃げるかを探っているのではないか。

ひとつ気になるニュースがあった。
「建築確認の手続きの見直しを検討する」だそうである。
新聞やテレビでは報じられないことをひとつ取り上げたい。
もしそうなれば、かなりやりにくくなると思う。
やりにくいというのが、建築確認が面倒になるということもあるが、
それは我々設計事務所を中心に建築関係者にとっての話であり、
問題になっているような「ノーチェック」で通ってしまったというのは、
もちろんあってはならないことで、
建築確認のシステム自体が意味のないことになってしまう。
そこは当然見直すことになろう。
しかし一方でそうなると、審査が慎重になったり、
つまりは時間がかかるようになって、すると順番待ちになってしまう。
一般の方は、ご存じないと思うが、
通常の木造住宅のような物件は、確認期間は7日間、
それ以外の今回のマンションのような物件は21日間と
建築基準法で定められている。
実際にその日程で確認が下りることは極めて難しいことだが、
自治体の場合には、その期限の前後に
「定められた日数で確認が下りない」旨を書面で連絡してくる。
(これもそう定められている)
民間の確認機関の場合には、民と民の話であり、契約の内容によるので、
最初に日程を打ち合わせ、それに従って審査に入ることになる。
つまり自治体だと、日程がつかめないということがあり、
民間機関の場合には、費用は高いが
日程はしっかり守ってくれるということなのだ。
本来、審査料が高いのになぜ民間確認機関に確認を出すのか、
それはここにある。「ノーチャック」だからではないのである。
ホテルの場合には、オープンの日が決まっている。
マンションの場合には、入居の日が決まっている。
予約や販売が絡んでおり、日程の厳守は最重要課題になる。
また一般の方にも関係する話として、住宅の場合にも、
建て替えや引越しの日程など、
確認がスムーズに行かないと予定が立たなくなってしまう。
建て替え中の期間には、一時転居しないといけないわけで、
引越しの時期も関係してくるし、転居先の家賃など、難しいことも多い。
確認が下りないと着工の目途も立たず、
工務店にとっても無駄な負担が増えてくるので、
全体的に建築コストのアップということに結びつくであろう

建築関係者だけでなくて、建築主(施主)にとっても得なことはなく、
私がいう「やりにくくなる」はこれなのである。
これから非常に混乱すると思う。社会に対する影響も大きいと思う。
確認の手続きと工事着工の準備は至難の業になるであろう。
心ない不正によって、社会全体が迷惑をこうむっているのである。

この話題については、今後も成り行きを見て、
様々に問題を指摘していきたいと思う。

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2005年11月24日 (木)

ラーメン製作所 試食

今日は午後から「ラーメン製作所」で試食だった。
「冬季限定」ラーメンを開発中である。
寒くなってきたので、12月から出そう!という感じで。
冬といえば、「鍋」「すき焼き」である。
そう!「鍋」と「すき焼き」のラーメンを開発中。
しかし麺に関しては難しい。
ますます熱くなり、麺は伸びやすく、
さらには食べるスピードも落ちるので
麺の茹で加減はこれからの課題。
固茹でにしても、すぐに食べられないということになってしまうし。
試食後、のせる具についてもいろいろ研究会・討論会をして、
すると「しゃぶしゃぶ」もいけるではないかという展開になった。
実際はその中でどれが商品化されるのか、わからないが、
来週あたり、もう一度、最終的な試食をするそうだ。

夜聞いていているのは、
昨日のヤンソンスのショスタコーヴィチの感動の続きで、
同じくバイエルン放送交響楽団を指揮したディスクから
交響曲第13番「バビ・ヤール」である。
私は基本的にはあまりショスタコーヴィチは好きではないのだが、
しかし第10番以降の交響曲は圧倒的に充実していて、
実際は結構好んで聞いているかも。
一番好きなのは第8番の交響曲である。
それにこの数年、第4番の面白さにはまってしまっているので、
それはサイモン・ラトルやチョン・ミュンフンにはじまり、
去年はゲルギエフ盤が出て、その後のヤンソンス盤も素晴らしかったし、
思った以上にショスタコーヴィチは頻繁に聞いているではないか。
ヤンソンスのショスタコーヴィチは、
昨日もオーケストラの響きのバランスが素晴らしかったと書いたが、
かなりスタイリッシュな印象で、偏っている感じがなく、
私にとっては安心して聞けるショスタコーヴィチである。
バイエルン放送交響楽団の超巧い快調な演奏も魅力だし、
まもなく第12番も続いて出るようなので、これは期待だ!

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2005年11月23日 (水)

バイエルン放送交響楽団

今日は横浜みなとみらいホールで
マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の
横浜公演を聞いてきた。最高だった!

前半がチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番
春のラン・ランに続いて、今年二度目。
今回は、イェフィム・ブロンフマン。
驚いた。すごい音だった。
こんな音は聞いたことがない。
いろんなピアニストを聞いてきたが、
本当に初めての体験だった。
今回の私の席もあるのかもしれないけれど、
その迫力に圧倒されてしまい、
オーケストラのことは放り出して、
ひたすらブロンフマンに釘付けになってしまった。
私が今回聞いた席は、中央の比較的前の方で、
ちょうどまっすぐの目線の先がブロンフマンの腰の辺りである。
オーケストラだって、よく鳴っているのに、
巨大なフォルテにかき消されることがなく、
ピアノがはっきりと聞こえてきて、そしてどの音も美しい。
アンコールに応えて、熱演の後にさらに2曲も
ブラームスのピアノ・ソナタ 第3番のスケルツォ楽章と
そしてブロンフマンお得意のスカルラッティのソナタであった。

後半はショスタコーヴィチの交響曲第5番。
私はヤンソンスの大ファンなので、
ついにお目にかかれて、今日は幸せ。
バイエルン放送交響楽団で聞けたということもうれしい。
以前からよく書いているが、
私はドイツの放送オーケストラを熱心に聞いていて、
その中でもバイエルン放送交響楽団は
ナンバーワンの実力であるとよくいわれるけれど、
実際に聞いてみるとまさにその通りの圧倒的感動であった。
これまでにハンブルク、ライプツィヒ、シュトゥットガルトと
順番に聞いてきたが、やはり間違いなく今日が最高であると思う。

ヤンソンスはずいぶんCDで聞いているので、
以前から思っていたことだが、
実演で聞いても、本当にバランスのよい音作りで、
ショスタコーヴィチでもオーケストラ全員が巨大な音を出しても、
隅々まできれいに音楽がスッキリと聞こえてきた。
よく聞こえるというのももちろんだが、
さらにオーケストラをまとめるという点においても、
独特のバランス感覚で、素晴らしい音響を生み出して
ショスタコーヴィチの作品ということもあり、
より効果的に聞こえて、印象的だった。

オーケストラもアンコールが2曲。
はじめにグリーグの「ペール・ギュント」からソルヴェーグの歌。
ずっとロシアの音楽で来て、
そう!ヤンソンスがもう一方で得意としている北欧の音楽。
さらに続きストラヴィンスキー「火の鳥」組曲から
カスチェイ王の魔の踊り。
「火の鳥」は今回の日本ツアーでもレパートリーに入っていて、
すごい迫力の中、鮮やかに決まる音楽は快感だった。
今日は音楽体験においては、今年最高の一日だったと思う。

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2005年11月21日 (月)

バイロイト音楽祭2004

2004年のバイロイト音楽祭も最後の演目
「さまよえるオランダ人」である。
クラウス・グートの演出に関して
この上演では「ゼンタの救済」がない、それによって
「すべてはゼンタの幻想にすぎなかった」という演出が現れたのだろう
幻想では救済のしようがないということで
それについては以前に書いたが、
しかしワーグナーのヒロインでは、
エリーザベト、イゾルデ、ブリュンヒルデ、…、いろいろ出てくるが、
その中でも「オランダ人」のゼンタは、ちょっと変わっている。
この勝手な思い込みや自分のことしか見えていない部分で、
ここでの演出のように心理劇みたいな展開も生まれてくるのだろう。
「パルジファル」のクンドリーもまた、その強烈さでは負けていないが。

マルク・アルブレヒトの指揮はきびきびしていて、私は好きだが、
でもそれゆえに、オーケストラの響きが、
ちょっと肉薄のような印象も受ける。
豊かな響きではなく、どちらかといえば脂肪分の少ないワーグナー。
この肉薄で機能的によく動き回るワーグナー演奏は、
非常に今日的な感じを受けるが、
保守的なワグネリアンならば一言いいたいだろうけど、
しかしマルク・アルブレヒトのことって、あまり問題にならない。
というよりもこの演目は順調のようである。
クラウス・グートの演出が評価高いからではないか。
演出がこけなければ、これで(このまま)行こうというようなことになりそうだ。
今年の「トリスタンとイゾルデ」だが、まだ聞いていないのでわからないが、
しかし演出に批判が集まらなければ、
大植英次の指揮でそのままだった気がする。
来年は「指環」の新演出も控えており、
例年以上に練習不足での上演が余儀なくされる
その意味でもバイロイト経験の豊かなペーター・シュナイダーが選ばれた
という説明もよくわかるが、しかしアダム・フィッシャーも
バイロイトの音響に慣れるまでには時間がかかったそうだし、
あのティーレマンでさえも「タンホイザー」の新演出の年(2002)には、
オーケストラに対して、結構批判に近い意見もあったと記憶している。
今ではもう誰もティーレマンの悪口なんていいそうにないし、
とにかく大植英次の指揮が聞けないのは本当に悲しいことである。
それも今年のバイロイトの放送をまだ聞いていないというので
そういう思いが強くなってしまうのだが、
しかしウェブラジオ(音質的には厳しい環境)で聞いた限りでは、
私はかなり楽しみにしている。
どちらにしても日本の「年末バイロイト」はまもなくである。

マルク・アルブレヒトの「オランダ人」は来年も聞ける予定なので、
2003年も2004年も素晴らしかったし、このままの好調で進んでほしい。

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2005年11月20日 (日)

ウィーンフィル2005/2006

今日はウィーンフィルの定期演奏会の生中継である。
小沢征爾指揮でブルックナーの交響曲第9番とテ・デウム。
未完の第9番だが、そのまま休憩なしに
テ・デウムへと続くそうで、素晴らしい内容である。
しかし事故がおきた。残念。
ウィーンフィルの生中継、どうも今年は不調だ。
前回のバレンボイム指揮の演奏会に続き、
今日は、なんと回線の不具合でモノラル放送なのである。
衛星回線ではなく、ヨーロッパ内でのトラブルだそうだ。
おそらく今回も日本だけではなく、
ヨーロッパ中で同じような現象がおきているのだろう。
第2楽章が終わり、テ・デウムの合唱やソリストが入場して、
第3楽章から後半は復旧してステレオになった。
今日のは本当に残念であった。
オーストリア放送協会が収録した録音を期待して、
ぜひ再放送をよろしくお願いします。

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2005年11月19日 (土)

構造設計の偽造事件

マンションやホテルの構造設計に関する
偽造事件が問題になっているが、
こういう事件って、本当に困る。
問題の設計事務所は構造設計事務所である。
これで設計事務所の社会的信頼というものも失われてしまうだろう。
一級建築士の信頼もまた同じことである。
まじめにやっているこちらとしては、本当に迷惑以外の何物でもない。
まじめな人って、損ばかりである。
といって、私は悪に手を染めるような勇気すらないのだが。
まじめにやっていると金は逃げていくし、
今回わかったことだが、この問題の設計事務所のように
悪に加担しているようなところには、
その悪すらとがめる暇もないほどに、仕事が忙しいそうだ。
私はこうして、その愚痴をブログに書き込む時間も十分にもっている。

これまでは欠陥建築や違法建築など、
施工者(建設会社や工務店)が問題になることが多かったし、
今年前半の話題は、リフォーム詐欺だったが、
設計事務所や一級建築士は、社会的信頼の高い資格であると
私もまたそれを誇りにして、活動してきた。
どちらかというとそういう悪に立ち向かい、
こらしめるのが使命であるとそう思っていた。
しかし世の中の一級建築士はどうもそういう人ばかりではないようである。

まあ正直なところ、一番悪いのは、
この問題の設計事務所に仕事を出している開発業者なんだと思うが、
そういうことをここに書くから、私のところに仕事が来なくなってしまって、
しかし私は悪に手を染めてまで、建築を続けようとは思わないので、
もうはっきり書くことにする。
そして一番悲劇なのが、今まで騙され続けて、
これらの問題のマンションに住んできた人たちである。
自壊の恐れもありという判定結果が出たが、
すぐにということもないのだろうけれど、
地震やちょっとしたきっかけで全壊の可能性も高いのでは。
住めたものではないと思う。
今年春のJR西日本の脱線事故のときのマンションと同じく、
耐震改修とかそんな問題ではなく、
もうこの建物には住めないと思う。
どこがどう保証するのだろうか?

あともうひとつ、これがはじめであり、きっと国土交通省から
各民間確認機関に調査命令が出ていると思うが、
これから似たようなのが続々と出てくると思う。
これは社会の問題である。
問題の建築士がテレビのインタビューに応えて、
(明らかにテレビ映りを意識した服装をしているが)
反省の色も見られず、不気味な笑みを浮かべているかのようで、
それを見ていると社会への警告のようにすら感じられてくる。

民間の建築確認機関への批判も高まると思うが、
私は別に擁護しているわけではないけれど、
これだけの規模のマンションやホテルというと
構造計算書は電話帳ぐらいの厚みになってしまうのである。
それを精密にひとつひとつ検証していたら、
どれだけ時間があっても足りないほどのものなのである。
それを限られた時間の中で、設計者以外の人間が確認するわけだから、
あってはならないことだけど、見落としや勘違いも生まれてくると思う。
そういう意味でも設計者(建築士)が
やはり決して誤ってはならない性格のものなのである。

私はこれまでどおり、まじめで地道な活動を続けるのみだが、
注意してよく成り行きを見届けたいと思う。

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2005年11月18日 (金)

ザルツブルク音楽祭1995

今ではお馴染みの「プロジェクト・ポリーニ」が、
はじめて行われたのがザルツブルク音楽祭1995。
全5夜のシリーズから第4夜の録音が残されている。
1995年8月25日、モーツァルテウム大ホール。
これは以前にカセットテープからMDに移してあったものを
今回パソコンにデジタル入力してCD-Rに焼きなおした。

ここではシューベルトの合唱曲(アーノルド・シェーンベルク合唱団)や
歌曲(マルヤナ・リポヴシェクやミヒャエル・シャーデ)
もちろんピアノ伴奏をポリーニが担当し、
とにかく美しい演奏で深く奥行きの感じられる世界である。
ここで取り上げられた作品がほぼ同じ形で、
ポリーニ・プロジェクト2002東京(第4夜)でも演奏されて、
私はこのザルツブルクでの演奏を聞きこんでいたので、
東京でも特に選んで聞きに行った。
伴奏するポリーニ、歌手や合唱団とコラヴォレートするポリーニ
こうした演奏に出会えるのはたいへんに少ないことでもあり、
しかしポリーニはいつもと変わらず
絶妙のピアノを聞かせてくれて感動的である。
実際に紀尾井ホールで聞いてきたすぐ後に
この録音を聞きなおしたときには、
さすがに実演の感動には負けてしまって、
「今の方が(2002年の演奏の方が)全然いい!」って思ってしまったが、
時間もたって、この録音を聞いてみると
やはり本当に素晴らしく、貴重な記録だと思う。

前半のシューベルトに対して、後半は新ウィーン楽派とブーレーズ。
シェーンベルクの無伴奏合唱の後、
ベルクのクラリネットとピアノのための4つの小品を
アラン・ダミアンとポリーニが演奏。
これまた最高に感動的だ。
ポリーニの深い音色、立体的な響きに聞き入ってしまう。
そしてアラン・ダミアンの演奏が続き、
ブーレーズの「二重の影の対話」。
これらの作品は、今回の来日で
ポリーニ・プロジェクトⅡで取り上げられた。

ポリーニはこれらの作品を
ザルツブルク、ニューヨーク、ローマ、東京、
次はウィーンのようだが、熱心に取り上げているし、
時代を超えて様々な作品を
このような多様なアーティストたちと共に
今度はレコードにおいて
「プロジェクト・ポリーニ」を企画してもらえないかと
ずっと願っているのだが、いつの日か実現しないのだろうか?
知られていない作品も多いが、素晴らしい音楽と演奏である。

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2005年11月17日 (木)

シューベルトの歌曲

私はものすごくシューベルト好きだが、
秋も深まって、夜長になってくると
シューベルトの歌曲は季節にぴったり、心にしみるのである。
そこでちょっと異色なのだが、
アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとトマス・クヴァストホフ
そしてクラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団による
オーケストラ伴奏によるシューベルト歌曲を久しぶりに聞いてみた。
このディスクは面白いのである。
ブリテン、ブラームス、レーガー、ベルリオーズ、
リスト、ウェーベルン、オッフェンバックによる
オーケストラ編曲による歌曲である。
まあ、正直なところ、やはり原曲のピアノ伴奏による演奏が最高なので、
なにもオーケストラで聞かなくてもいいよ!
ていってしまったら何もはじまらないが、
でも興味深いのは、シューベルト以降の作曲家たちが、
こんなにもたくさんの作曲家たちが、シューベルトの歌曲に注目して、
熱心に編曲に取り組んでいるということ、
後の作曲家たちがシューベルトに対して、
どんな想いをもっていたのか、どのようにシューベルトを捉えていたのか、
というのが伝わってくるのである。
この中では、私の好みでは、ウェーベルンによる編曲が最も美しく、
時代を超えて、同じウィーン楽派に所属するわけだし、
やはり通ずるものがあるのか、感動的である。
一方でベルリオーズやオッフェンバックなどは、
そこに独特の情緒を盛り込んでおり、何か少し違うが、
しかしそこを聞くべきなのだろう。面白いが…。
ベルリオーズなどはさすがにベルリオーズである。

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2005年11月15日 (火)

スクロヴァチェフスキの新譜

昨日「ラーメン製作所」に食べに来てくれた先輩が、
食べた感想や店のことをブログで取り上げてくれた。
「の」乃字 diary:http://blog.livedoor.jp/mono130/
うれしいことである!本当にありがとうございます。
プリントアウトして、オーナーに届けたいと思う。
ぜひまた食べに来てください!今度は焼肉?


スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの新譜
ベートーヴェンの交響曲第2番、そして第3番「英雄」
ザールブリュッケン放送交響楽団である。
これは楽しみにしていた。早速買った!
スクロヴァチェフスキは日本ではかなりファンが多いし、
メジャーだけれども、しかしオーケストラのことを考えると
これは相当に渋い!マニアックだと思うのだが。
しかし以前から書いているが、
私はドイツの放送オーケストラが大好きで
注目しているので、これは聞かずにはいられない。
ドイツの放送オーケストラによる
新しいベートーヴェンの交響曲全集のスタートである。

素晴らしい!そしてなかなかユニークでもあって楽しめる。
巨匠スクロヴァチェフスキだが、歳を重ねて、
ますます若返っていくタイプの指揮者である。
リズム感やアクセント付け、
音楽を大胆にテキパキと整理していくところ
いきいきとしたスピード感でこの歯切れのよさ、魅力的である。
オーケストラの響きは、少々低音が薄かったり、
弦楽器がシャリシャリした感じの音をさせているが、
その辺はドイツの地方オケであり、これもまた味だ。

しかし「英雄」がはじまると一変。
優美な第2番にちょっとしたスパイスで刺激を与えていたのに
「英雄」は冒頭から重厚なパンチを食らわして、すごい。
ずしりと響いてくる。なんだろうこれは?
こういうベートーヴェンはいい!
荒っぽかったり、少々乱暴なもって行き方もするけれど、
しかしオーケストラからこれだけの情熱を引き出して、
全員がフルパワーでがむしゃらにベートーヴェンを演奏して、
これがライブでないのだから、すごい気合だ!
感動的な「英雄」である。これは本当に素晴らしい。
次はもう「第9」が出るという情報もあったけど、
これからの展開が楽しみである。

OEHMS OC 522

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2005年11月14日 (月)

NHK音楽祭2004

今日は設計事務所に勤めていたときの先輩が、
わざわざ川越から「ラーメン製作所」に食べに来てくれて、
ご案内してきた。遠くからでうれしいことである。
ラーメンと餃子を食べていただいたのだが、
喜んでいただけたみたいで、私もうれしい。
そして近くにある「田谷の洞窟」にも行ってきたが、
この洞窟は、かなり深くて、すごいのである。
ラーメンを食べに来てくれた方たちを
何度かお連れしているのだが、
みなさん、洞窟に入ってよかったと喜ばれる。


今日聞いたのは昨年のNHK音楽祭の録音から
ヤコフ・クライツベルク指揮ウィーン交響楽団による
シューベルトの交響曲第8番「グレイト」
2004年10月31日、NHKホールである。
クライツベルクは、ヨーロッパでかなり活躍していることを知っているが、
実際に演奏を聞くのは、今回がはじめてである。
その響きに慣れてくるとかなり雄弁な感じで、
まだこれだけでは、とてもすべてはわからないが、注目の指揮者だ。
ウィーンというとどうしてもウィーンフィルの存在が浮かび、
シューベルトの交響曲ならば、私はやはりカール・ベームだけど、
ウィーンフィルはかなり独特な音色で個性を発揮していて、
こちらはもう一方の名門ウィーン交響楽団だが、
「シンフォニカー」という通り、クライツベルクの指揮でも
非常にシンフォニックな印象である。
アンコールはJ.シュトラウスのワルツ「春の声」であった。
さすがにウィーンだけれど、こちらもシンフォニックな音楽。
前半のモーツァルト「ジュピター」も録音してあるので、
いずれ改めて聞くのを今から楽しみにしている。

CDR177

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2005年11月13日 (日)

ポリーニの昔の録音から

先日ポリーニのリサイタルを聞いてきたので、
その直後って、どうしてもいろいろ聞きたくなってしまうのだが、
CD(DG盤)が発売されていない作品を聞きたいという
そういう贅沢な気持ちはなかなか抑えられないもので、
昔のカセットテープ時代の録音を
以前にMDに移してあったものがあり、
それらを久しぶりに聞いてみた。これがいい!
ポリーニのライブ盤は結構出回っているので、
わざわざMDに入れ直したのって、数はないのだが、
とにかくカセットテープの時代なので、
音はひどいものではあるけれど、
しかしポリーニの演奏は、今も昔も素晴らしい!
80年代後半から90年代半ばの録音である。
懐かしさもある。なんといっても、
中学時代にはじまり、学生のときに聞いていたものだから、
当時の録音していた時期の興奮、感動の新鮮さ、
いろんなことがよみがえってくる。
詳しくは、じっくりと聞いて、また今度書きたいと思う。

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2005年11月12日 (土)

ラーメン製作所で食事

今日は親戚の家族がラーメン製作所に食べに来てくれて、
我が家からも母と私が一緒に食べに行ってきた。
私は最近登場した「塩ラーメン」を食べてみて、
「塩」が大好きなので、すごくおいしくて気に入った。

ラーメンのタレが「塩」味だが、
スープは「中華そば・ソフト・ノーマル・ハード」から「ハード」を選択。
以前からいろいろ試して、議論してきたのだが、
「最初の一口、途中、麺を食べ終わったとき、最後の一滴」と
スープの味(印象)がどう変化するのか?
もちろん変わらないほうがいいわけだが、
繊細なスープだと、どうしてもそれが難しく、
濃厚なスープの方が、変化が出にくいということになるが、
店のオーナーもその辺をかなり追及して、いろいろ取り組んできていて、
今回の「塩」に関しては、最後の一滴まで、
味が崩れることがなく、大成功だった。
この「塩ラーメン」もぜひ多くの方に食べていただきたいものである。

「塩」は私が食べたいと盛んにリクエストしていたのだが、
みそラーメン好きのお客さんもやはり多いようで、望む声もあり、
この勢いで「みそラーメン」も開発中という話もあるが、
どうなるのだろうか?

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2005年11月10日 (木)

ブレンデルのモーツァルト

来年のモーツァルト・イヤーに向けて、
ブレンデルのピアノ協奏曲の最新録音が登場!
K.414とK.453の二曲が収録されている。
かわいらしいこれらの協奏曲を
ブレンデルが愛情を込めて大切に弾いている。

昨晩はサントリー・ホールで、
ポリーニのあの透明でつややか
きらきらと輝くショパンを聞いていたので、
ついさっきまで、このモーツァルトを聞きはじめるまで、
頭の中にはショパンの音楽が流れていたのだが、
ブレンデルのモーツァルト!全く違う響きに驚き、
同じピアノ、同じスタインウェイなのになぜこんなに違うの?
って、わかっていながらもやっぱりそこに面白さがある。
でもこちらも極上に美しい演奏。上品で格調高い。
一音一音しっかりと確実に鳴らしているが、
ここでのブレンデルは、不思議なぐらいに力が抜けていて、
角が取れて、丸い音色、なんと素晴らしい!
巨匠ゆえにのモーツァルトっていってしまえば簡単だけど、
いやちょっと違う。ゆったりと風格のある演奏だが、
実に爽やかだし、モーツァルトの躍動感は決して失わず、
ブレンデルは運動性ではなく、
表情豊かな柔軟な発想によってそれを表現している。
ブレンデルの現在の音は、比較的モノトーンな印象ながらも
光の微妙なニュアンス、その加減の調整は絶妙である。
新緑の緑ではないが、その香りが漂ってくるようなモーツァルト。
そしてK.453へと進むと、さらに表情付けは多様になり、
音楽も大きさをもち、色合いも複雑になった。
ブレンデルはもう最高だ!ワクワクさせてくれる。
そしてこのシリーズの特長でもある
チャールズ・マッケラス指揮によるスコットランド室内管弦楽団。
今回も絶品のモーツァルトを聞かせてくれた。

モーツァルト・イヤーに先立って、
この気品あふれるブレンデルの演奏は、
これから様々に登場してくるであろうモーツァルト演奏の中でも
おそらく最高の美しさを誇る名演として称えられると思う。
ブレンデルは協奏曲か、それともピアノ・ソナタか、
もう一枚ぐらい披露してくれるのだろうか?期待したい。

PHILIPS 475 6930

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2005年11月 9日 (水)

ポリーニ ピアノ・リサイタル

マウリツィオ・ポリーニのリサイタルに行ってきた。
サントリー・ホールでショパン・プログラムである。
ホームページに感想などを書いたので、
ぜひご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2005年11月 8日 (火)

バイロイト音楽祭2004

バイロイト2004年の最後の演目
「さまよえるオランダ人」の一回目を聞き始めた。
ちょうど今、第二幕に入って、
紡ぎ歌の場面を聞いているところである。

ここでのクラウス・グートの演出というのが、
詳しくは覚えていないのだが、
すべてはゼンタの幻想であった
つまりはオランダ人などいなかったという
そういう結末に導いていたというのを聞いた気がするのだけれど、
(よって全体は同じ舞台、ダーラントの家の広間で展開される)
心理劇に仕上がって、この演出は最初の年から好評のようである。
たしか憧れのオランダ人の存在を
ゼンタは父ダーラントに重ね合わせたというような展開だったと思う。
しかしオランダ人の存在を心の中の幻影としてしまうなんて、
かなり大胆な演出だと思うのだが、
それがドイツの保守的なワグネリアンたちに受け入れられるというのも、
この「さまよえるオランダ人」のかなり特殊なストーリー展開ゆえにだと思う。
ゼンタがいかなる心理状態だったのかというのは、
かなり理解に苦しむところがある。
会ったこともない、さまよえるオランダ人の肖像画に対して、
自分こそがオランダ人を救い出すのだと勝手に思い込んで、
その執着ぶりは、常識的に考えて、ちょっと変わった人である。
しかしそれゆえに、ここでのクラウス・グートの演出が出てきて、
ピッタリはまってしまうということなのか。
私は演出の表面的な報告のみしか知らないので、
もっと奥深いものがあってのことかもしれない。
しかしひとついえることは、オランダ人は幻想の中での存在だったので、
この舞台の最後の場面では、ゼンタの救済はないのである。
初演版による上演で、当初はゼンタの後追いにより
オランダ人が救済されるというのがなかったそうだが、
この初版での上演を正当化する意味でも、
ここでのクラウス・グートの演出が登場してきたということなのであろう。
詳しくはまた今後じっくり聞き進む中で考えてみたい。

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2005年11月 7日 (月)

永野英樹 2004.2.1

今日聞いたのは、2004年2月1日、
浜離宮朝日ホールで行われた
永野英樹のピアノリサイタルである。
この演奏会は、バッハ(B)からコンテンポラリー(C)へ
というテーマだったと思うのだが、
プログラミングが素晴らしくて、
バッハの「イタリア協奏曲」にはじまり、
ベリオ、ブーレーズ、ブラームスというふうに
すべてがBの作曲家による作品に統一され、
バッハ、ロマン派のブラームス、
そして現代のベリオ、ブーレーズというように、
テーマに沿って、こんなにうまい選曲が可能なのだ!
と驚かされたのである。
さらにはアンコールで、コンテンポラリー(C)ではない
Cのショパン(Chopin)によるノクターン(作品27-1)が演奏されて
なんと考えられた作品の構成だ!と感嘆するばかり。
私はこういう凝った演奏会が大好きだ。

さすがに永野英樹でベリオとブーレーズは圧倒されるばかり。
ベリオはピアノのためのソナタ、ブーレーズは12のノタシオンである。
現代曲で難曲になるほど、鮮やかさに研きがかかるのは、
ひたすら現代に積極的なポリーニをはじめ、エマールなど、
こういったピアニストに共通するところで、
それらに比べると最初のバッハが、何か異質な感触のような気がして、
デジタル信号のように明快に、硬質な音色でバリバリ弾き進むような、
同じようにピアノで弾いても、ブレンデルのように暖かく心のこもったリズム感や
アンドラーシュ・シフのようにデリケートな感性で作品を大切に扱っていたり、
それに究極はグレン・グールドだろうが、
グールドは決して現代音楽的(デジタル)ではないし、
そういったピアニストたちと比較するのって、私が間違っているのだろうか?
しかし最初はそうも感じたのだが、やはり永野英樹の強靭なテクニック、
作品に鋭く踏み込んでいく独特の切れ味、
何だか聞いているうちに、すっかり取り込まれてしまって、
第3楽章の一気に駆け抜けていくところなど、極めて爽快な感覚である。
ベリオ、ブーレーズでの一発で引き込まれてしまうのに比べて、
バッハだと、時間がかかってしまうというのは、
聞く側にとっては、その辺がやはり永野英樹なのだということなのだろう。

ブーレーズのノタシオンの後、ブラームスのピアノソナタ第1番が演奏され、
ここでも面白いのが、ブラームスならば、後期の作品に
シェーンベルクのちょっと手前にまで行っている作品もあるのに、
あえて若い時代の作品で、これまた豪快に音楽の雄大な広がりを見事に再現して、
ここでは余計なことは考えずに、変な先入観にも影響されないで、
すっかりブラームスの濃厚な音楽を堪能していればよかった。
しかしやはり永野英樹の鮮やかなテクニックは冴え渡っていて、
ブラームスの複雑な書法が隅々にまで捉えられていて、
これは感動的なブラームスである。素晴らしかった。
やはり知性と感情と冷静さと情熱と
しっかりとしたバランスが構築されている演奏は最強である。

CDR175/176

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2005年11月 5日 (土)

武満徹の「系図(1992)」

以前に新聞の記事の中に「プレゼント」というのを見つけて、
日本のオーケストラの支援活動を行っているという
アフィニス文化財団による「Affinis Sound Report No.30」
特集 創立記念を迎える日本のオーケストラ
ということで、面白そうだったので、申し込んでおいたのだ。
そうしたら、見事抽選に当たって、今日送られてきた。

高関健の指揮による群馬交響楽団(創立60周年)の演奏で、
石井眞木作曲の交響詩「幻影と死」。この作品は素晴らしい!
ジャン・フルネの指揮で東京都交響楽団(創立40周年)による
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲。
おなじみの巨匠ジャン・フルネの登場だが、
今年1月のライブ(第600回記念祝典定期演奏会)で最新の演奏だ。
ジャン・フルネはすでに90を超えていると思うが、
来日して指揮をしているだけでもすごいと思うけど、
得意のフランス音楽なので、独特の趣がある。
飯守泰次郎指揮東京シティ・フィル(創立30周年)による
ベートーヴェンの交響曲第8番。ベーレンライター版だそうである。
これらの三団体によるライブ演奏が収録されていた。

そして創立とは関係ないのだが、最後に
沼尻竜典指揮オール・ジャパン・シンフォニー・オーケストラによる
武満徹の「系図」-若い人たちのための音楽詩(1992)
素晴らしい!美しい!久しぶりに聞いて感動した。
武満徹のこの作品は以前に聞いたことがあって、
たしかNHKの教育テレビで映像作品としても観た気がするのだが、
晩年の作品、そしてこれがニューヨーク・フィル委嘱作品でもあるなど
武満徹が亡くなった頃、よく演奏されていたが、
たまたまCDをもらったので、今回じっくり聞かせてもらって、
本当に素晴らしく、魅力的であり、うっとりしてしまう音楽である。
武満徹は今ももちろんよく演奏されて、聞く機会もあるが、
しかしどうしても、例えば「弦楽のためのレクイエム」など、
武満徹を象徴するような作品となっていて、
初期の作品の方が、なんとなく一般的にはふれる機会が多そうだ。
もちろん注意して探していれば、そんなこともないのだろうけれど。
今回「系図」を聞いて、晩年の武満徹、
ここでの解説では、後期様式と説明されているが、
そちらの作品ももっと聞いてみたいと改めて思ったのである。

Affinis FPCD4428

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2005年11月 4日 (金)

ノリントンのシューマン

ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団による
2004年9月に行われた「シューマンとメンデルスゾーン」
それぞれの交響曲を組み合わせて行われたコンサートから
シューマンの交響曲全4曲が登場した。

今回もノリントンは快調!である。
ところどころ面白い表現もあるが、
解釈としてはそれほどには極端なこともなく、
テンポもせかせかせずに、どちらかといえばゆったりだし
やはり特長は、なんといってもその響きだろう。
今回ももちろん古楽の方向性を貫いているので、
音そのものは非常に素朴で、飾り気ないのだが、
しかしその印象は、驚くほど刺激的なのが
さすがにノリントンの存在である。
純粋な響きを追求しているので、その透明感は格別だが、
見通しがよくて、各楽器のいろいろな動きが見えてくる。
考えてみると、シューマンのオーケストレーションって、
こういう仕上がり方をすることって、普通はなくて、
そこはノリントンの研究と創造と鍛錬の賜物なのだ。
いつものノリントンサウンドなので、
つい当たり前のように感じてしまうけれど、
シューマンでこれだけスッキリした響きを聞くのって、
極めて稀であり、それを忘れてはならなかった。

シュトゥットガルト放送交響楽団という
モダンオーケストラで「なぜ古楽奏法を追求するのか?」
という問いに対して、ノリントンは、
「ただ美しい音を求めていたら、そこにたどり着いただけ」
というようなことをいつも言っているが、
結果的に音の構成とか、全く濁りのない澄んだ音が鳴り出して、
和音の響きなど、スコアの上にある音符が初めて奏でられて、
それを耳にしてしまったというような感覚、そんな喜びがあって、
極端なことをいってしまえば、シューマンを演奏する
他のあらゆる演奏が、長年をかけて、
いかに濁った響きで、音楽そのものを汚してしまったか、
というようなことまでも考えさせられてしまうのだ。
交響曲第3番「ライン」で、特に考えさせられる。
特別に奇抜な表現は取り入れられてないが、
音そのものに対しての純粋な感動である。

という感じで順番に来たのだが、
最後の第4番が、ビックリである。
これが同じ曲なの?という感じで、
全く違った響きだし、解釈も衝撃的新感覚である。
テンポも自由に変幻自在。
楽器の扱いも面白くて、ノリントンって、発明家である。
聞いているほうもだが、この音楽を提示された
オーケストラが一番驚いたのではないだろうか。
ほとんどゼロから全く新しい音楽を作り直していくみたいな、
丁寧な作業をひとつひとつ指揮者と取り組み、
そういう積み重ねの苦労が、ここに見事に実を結んでいる。
これだけでも聞く価値あると思う。
なんだか、いろいろ考えながら聞いていたのだが、
響きの違いにばかり気をとられていたけれど、
最近演奏の機会が増えてきてもいる
原典版にある表現を取り入れてもいるようだ。
ご存知の通り、第4番の交響曲は、
実はシューマンの最初の交響曲であり、
現在、通常演奏されているのは、後年改定された版なのである。
特に表記はないのだが、これは原典版であろう。
音の鳴らし方がかなり違っているので、
それがスコアの違いによるものなのか、
解釈(ノリントンの各パートへの指示)によるものなのか、
一回聞いただけではちょっと判断がつきにくい。
私の勉強不足だが、この原典版というのは、
CDを持っていないので、確認できなくて、
ガーディナーの演奏が有名であり、
以前N響でサヴァリッシュも取り上げていたし、
今年春のケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団でも
原典版を用いた演奏であった。
もう少し研究してみたいと思う。

Hanssler CD 93.160, CD 93.161

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2005年11月 3日 (木)

ギーレンのバルトーク

ミヒャエル・ギーレンの指揮によるバルトーク。
私はギーレンが大好きで、最近のはほとんど聞いているが、
でもどうなのだろう。バルトークは今回がはじめてだ。
マーラーや新ウィーン楽派や少し前だとブルックナーなど、
ドイツ・オーストリアの作品が中心だったので、
今回はちょっと色合いが違って、すごく新鮮で、楽しみに聞いた。
でもギーレンがバルトークをやらないはずもなく、
これまで聞けなかったことのほうが、
考えてみると意外な気もしてくる。
コントロールされている印象もあるけれど、
録音が素晴らしくて、迫力があって、
すごく豊かな響きで、期待通りに大満足である。
「4つの小品」は他にそれほど演奏もないので、
自動的にブーレーズ盤との比較になるけれど、
ロマンティックに情景が広がるような趣きのある作品なので、
ブーレーズの方がもっとデジタル的な演奏だったか?
(今回確認してないが、そんな気がするのだけれど、自信ない)
ここでのギーレンのほうが、色彩的にきらきら光って、
うっとりと雰囲気に引き込まれるような演奏である。

そして意外なのが、続くヴァイオリン協奏曲第1番。
これまたロマンティックによく歌い込まれていて、
ゆったりと広がりのある音楽ですごく魅力的。
これまでの印象だと、もっと引き締まった曲で、
聞くこちらもすごい緊張とか集中とか、
そういうのを虐げられて聞くような印象もあったのだが、
美しい音楽で、これまた風景があるではないか!
正直なところ、私は第2番の方が親しんでいるので、
この第1番は、より前衛的で、現代音楽的に扱えば、
かなりデジタル信号のような響きになってもおかしくなくて、
てっきりギーレンなら、そうなるだろうと、
覚悟して聞き始めたのに、印象は違って、
大好きである!この演奏。
なんだか、楽しい。こんなのはじめて。

そしてメインの「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽」。
この曲が私は大好きで、すごく楽しみに聞いた。
さすがに作品の傾向もあるので、ずっとドライな感覚になるが、
しかし冷たい響きではないし、むしろ体温の感じられる音作り、
響きも美しいし、かなり有機的なバルトークである。
第2楽章に進むと、テンポをゆっくりめにして、
鮮やかに明快に、さすがに本領発揮!
しかしここでもいきいきとしたリズム感で、
現代音楽的に前衛に走ることもなく、
民族色で野性味を強調するでもなく、
いかにもギーレン的でいいではないか!
しかしこの比較的明るく、暖色系の音作りで、
明確だけれど、音楽に角はなく、印象は丸く、
この辺がギーレンの現在を伝えているのだろう。
ギーレンの耳は、音楽をよく聞いている。
そしてよく聞こえているようで、それは我々にとっても同じことであり、
音楽が聞こえてくるのである。素晴らしいバルトークだ!

Hanssler CD 93.127

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2005年11月 2日 (水)

ウィーンフィル1998/1999

サイモン・ラトルの指揮による第5回定期演奏会。
1999年2月21日ウィーン楽友協会大ホールである。
前半がラヴェルのマ・メール・ロアとラ・ヴァルス、
後半がベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。

さすがにラトルだ!という表情豊かな演奏で、
ラヴェルなど、その幸福な響きに飲み込まれてしまいそうだが、
圧倒的なのは後半のベートーヴェン「英雄」。
これは当時、聞いたとき、衝撃的だった。
本当にすごい演奏で、最初聞いたとき、
とにかく快速なテンポと前のめりにあおってあおって、
その攻撃的な展開にビックリしたのだ。
ラトルのベートーヴェン交響曲全集よりも前の演奏で、
アバド(ベルリンフィル)やノリントン(シュトゥットガルト)など
今となってみれば、超特急の演奏はその後いくつも出てきたので、
しだいにこれが当たり前のような、
かえってそういう感覚も生まれつつあるのだが、
しかし最初は、一体ラトルは何をやりだすの?という、
喧嘩売ってるんじゃないか?聴衆に?いやベートーヴェンに!
しかしその鮮烈な印象、聞いているこちらは熱くなって、
ベートーヴェンの音楽に内在する生命力、
熱い血が煮えたぎっているような緊張感、
一瞬一瞬にかける集中力、
こんな表現を生み出せるのはラトルしかいない!と
結局はこれほど感動した英雄はなかったというぐらい、
作品に対する認識がすっかり変わってしまったのだ。
そういうところがラトルならではの体験であり、
私にとっては、ラトルに求めているのはそれなのである。
ご存知の通り、ウィーンフィルのベートーヴェンは、
最高に素晴らしい極上の響きだ。
もしこの演奏が、ウィーンフィルでなかったら、
とんでもないことになってしまっていたかも。
というのを考えるだけでも、面白くなってしまう。
それもまた興味深い展開があるのかもしれないが。
今年の夏にはラトルはベルリンフィルと「英雄」を取り上げ、
ベルリンフィルならば、間違いはないと思うが、
これもぜひ聞いてみたい!放送して欲しい!
今から期待している。

CDR173/174

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2005年11月 1日 (火)

ポリーニのシンポジウム

今日はポリーニのシンポジウム
「ノーノを語る」に行ってきた。
会場は東京オペラシティコンサートホールである。

たいへん興味深い内容だった。
というのは、最近の私は、
ずいぶん現代音楽から遠ざかってしまっていて
そのことを実感し、久しぶりにいい刺激だったのである。
ブーレーズ、シュトックハウゼン、
そして今日のテーマでもある作曲家ルイジ・ノーノ。
学生だったころは、熱心にいろいろな現代作品を聞いて、
ノーノの作品も主なものはいくつかCDを持っているが、
それらで知ってはいるので、昔の記憶がずいぶん役立った。
というより、今日の話はすごく面白かった。
考えてみると、正直な話、ノーノの作品は
10年ぐらい聞いていないかもしれない。
クレーメルの演奏によるノーノの晩年の作品など、
かなり難解であった。今聞いたらどうだろう?
久しぶりに聞いてみたくなった。

ノーノの作品で音響技術を数多く手がけてきた
アンドレ・リヒャルト氏が「プロメテオ」について語ってくれ、
建築家レンゾ・ピアノが提案した空間の話があったが、
これについては、私の場合、建築の知識として、
一応知ってはいたし、今日の説明でいろいろ思い出して、
たいへん面白かった。
また磯崎新の設計によるルイジ・ノーノの墓も知っていたが、
ここでその話題に出会えるなんて、ちょっとうれしい。

後半はルイジ・ノーノに関するインタビューを中心とした
「海の航跡」というドキュメンタリーフィルムの上映だった。
アバドとポリーニが登場し、素晴らしい内容と美しい映像だった。
興味深い内容ばかりだったが、マーラーの作品について、
「巨人」の第1楽章冒頭の響きが、ノーノのお気に入りだったそうで、
「この世で最初の音が発見されたばかりのような要素が含まれている」
だそうである。その通りである。
そしてアバドのマーラーへの執着ぶりは知ってのとおりだが、
なんとそれをノーノと共有していたそうなのである。
これは驚きであり、面白かった!

このように話題はいろいろあり、書き出すときりがないが、
今日はもう遅くなってしまったので、この辺で。

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