« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月31日 (土)

私が聞いた今年の名盤2005

音楽の友社による「レコードアカデミー賞2005」における金賞は
クレーメルのバッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」だそうだ。
やはりこれが来たかという印象ではあるが、
しかしながら私は未聴であり、クレーメルのファンなのに、
まだ買っていないというのはまずかった!

11月末の時点で途中経過をまとめたが、
12月は特に追加するものは見当たらず、
しかし《室内楽》が空欄になっていたので、
最も素晴らしかったものとして、
グリモーのシューマン&ブラームスのディスクから
トルルス・モルクとの共演による
ブラームスのチェロ・ソナタを取り上げたい。

《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第4番~クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィル
○マーラー 交響曲 第8番~サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団
○マーラー 交響曲 第8番~ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団
○チャイコフスキー 交響曲 第6番「悲愴」~ゲルギエフ指揮ウィーンフィル

《管弦楽》
○ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲、海~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
○モーツァルト ピアノ協奏曲 K.414&K.453
   ~ブレンデル マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団
○バルトーク ピアノ協奏曲 第1番-第3番
   ~ツィメルマン、アンスネス、グリモー ピエール・ブーレーズ指揮

《室内楽》
○ブラームス チェロ・ソナタ 第1番~トルルス・モルク、エレーヌ・グリモー

《器楽曲》
◎ショパン 夜想曲1-19~マウリツィオ・ポリーニ
○シューベルト ピアノ・ソナタ D.960~レイフ・オヴェ・アンスネス

《歌劇》
○ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
   ~アントニオ・パッパーノ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場

《声楽曲》
◎シューベルト 歌曲集「白鳥の歌」~マティアス・ゲルネ、ブレンデル
◎シューベルト 歌曲集「美しき水車の娘」~ボストリッジ、内田光子


《ライブ盤》
◎マーラー 交響曲 第5番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○マーラー 交響曲 第9番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ブルックナー 交響曲 第5番~マタチッチ指揮フランス国立管弦楽団
○マーラー 大地の歌~ジュリーニ指揮ウィーンフィル
○ショスタコーヴィチ 交響曲 第8番~ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団

(◎は特に大切に感じられる名盤です)



今年最後に入ってきたニュースとして、
カルロス・クライバーの1982年5月3日、
あの有名なベートーヴェン(交響曲 第4番)の後に演奏されたという
「交響曲 第7番」がCD化されるらしい。
海賊盤等でもこれまで一切出回っていなくて、
すごいのが来た!楽しみである。
世界中が再びクライバーに夢中になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月30日 (金)

バイロイト音楽祭2005

今日でバイロイトの放送は最終回であり、
いよいよ「パルジファル」である。
ブーレーズがバイロイトに登場するのも
今年で最後であり、注目の公演である。
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出だが、
今年もまた激しいブーイングを浴びて、
音だけ聞いていても、なかなかのスキャンダルだ。

ブーレーズの指揮は、昨年以上に主張がはっきりと
力強い音と前進する推進力で統率していたが、
きっと昨年の演奏と比べると特別変えているところはないのに
(ブーレーズはそういう指揮者である)
しかしいま今年の演奏を聞いて、より素晴らしく感じられるという
それはやはり演奏の魅力であり、ブーレーズの存在であると思う。
第3幕の後半でどんどんテンポを上げて、
流れるように音楽を完成させていくあたりは、
ブーレーズならではであり、今年も独特であった。

今後詳しく音楽を聞く前に、あえてここで
客観的なデータとして演奏時間を比較すると
テンポは昨年よりも速くなっているようだ。
2004年: 94分+61分+67分=約222分
2005年: 92分+59分+65分=約216分
おおよその数字だが、各幕で2分ずつ短い。
これらの前の最も新しい公演で
2001年のティーレマン指揮の演奏が、
たしか250分ぐらいだったと記憶している。
その前年2000年のエッシェンバッハ指揮の公演は放送されず、
詳しくはわからないのだが、かなりのスローテンポだったようで、
参考にハンブルクNDR交響楽団の2004年4月2日の演奏会で
第3幕(演奏会形式)の演奏時間を見ると約80分である。
ブーレーズはエッシェンバッハよりも15分早い!
バイロイトの記録の中ではっきり時間が出ているもので
おそらく最も長いと考えられるのが、
1986年のジェームズ・レヴァイン指揮の278分である。
ブーレーズの方がレヴァインよりも62分早い!
先日の真峰紀一郎さんのお話の中でも
「ブーレーズはエッシェンバッハより1時間早く終わります」
といっておられた。
ちょっと面白かったので、書いておくことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月29日 (木)

バイロイト音楽祭2005

年末ということで何かとあわただしく、
夜はひたすらバイロイト音楽祭であり、
最近はCDを聞く時間がないが、
今日の放送は歌劇「タンホイザー」。
ティーレマンの最後の「タンホイザー」である。
フィリップ・アルローの演出は、
今年の「ローエングリン」のように、何年かして、
また復活するという可能性もありそうだが、
ティーレマンは来年からリングなので、
指揮者は変わるだろう。
来年に大きなプロジェクトを控えているので、
「タンホイザー」のことはそれほど気にしていなかったが、
改めて今年が最後と思うとやはり残念である。
ティーレマンの「タンホイザー」の素晴らしさは圧倒的であり、
今年もまた完成度の高さと自信に満ちた安定感、
昨日の真峰紀一郎さんのお話ではないが、
やはりバイロイトでのティーレマンの存在は格別である!
「タンホイザー」において、ここまで深く、心の底から
吹き上がってくるような熱い感動を体験するということは、
そうはないであろう。陶酔の響きが存在している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月28日 (水)

バイロイト音楽祭2005

今日のバイロイト音楽祭の放送は、
「さまよえるオランダ人」なので、
時間も短く、ちょっと一息である。
音楽は11時半よりも前に終わるだろうということで。
その後、ゲスト出演が予定されていて、
詳しくは確認していなかったのだが、
評論家による今年の公演の講評かなと
話も楽しみにしていたのだが、そうしたら、
バイロイト祝祭管弦楽団のヴァイオリン奏者
真峰紀一郎さんがゲストだった。
普段はベルリン・ドイツ・オペラに所属しておられるが、
夏のバイロイトへの出演は、1973年からだそうである。
興味深い話ばかりで興奮してしまった。
1973年からということは、今回は話に出なかったが、
クライバーの「トリスタンとイゾルデ」でも弾いていた
ということだろうか?
もっともっとずっと話を聞いていたかった。
1983年のショルティの「指環」なども話題に上ったが、
やはり特に印象的だった話は、
今年は「ローエングリン」でペーター・シュナイダーが久々に登場し、
その成長ぶり、圧倒的な素晴らしさについて語られた。
そして最も人気があるティーレマンについてである。
来年はいよいよ新演出リングがはじまるので、
注目されているが、オーケストラのメンバーからも信頼され、
何より奏者たちが期待し、楽しみ、夢中になっているわけで、
やはりそれはそれは感動的なリングへと仕上がることであろう。
演出については、今のところ情報は
ないが…。
今年はリングがないので、やはり寂しいが、
しかしその分、来年への期待も高まり、
聞く側にとっても、今年のような休みの年は重要となろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月27日 (火)

エフゲニー・キーシン

キーシンの最新盤は、ロシアの作曲家を集めた作品集で、
スクリャービン、メトネル、ストラヴィンスキーを弾いている。
スクリャービンとストラヴィンスキーという組み合わせだと
ロシアの音楽でも近代的な響きをイメージするが、
ここでのスクリャービンはメトネルの存在に近く、
ショパンをイメージさせるロマンティックな音楽である。
ピアノ・ソナタ 第3番は10曲あるソナタの中でも
最も有名な方なのではないかと思うのだが、
アシュケナージの名盤やギレリスのライブしか聞いたことがなく、
(リヒテルの録音には出会ったことがない)
正直なところ、あまり詳しくはないのだが、
キーシンの演奏は今回も鮮やかでくっきりとして、
テキパキ聞かせるけれど、その余韻にもうっとりして、
ピアノの響きは想像できる最も美しい音色を聞かせ、
さすがにキーシン、最高である。
テクニックも音の美しさも解釈の素晴らしさも
作品をスケール大きくまとめ上げるこの実力、説得力、
ピアニストとしていま乗りに乗っているこの勢いとか充実感、
キーシンは圧倒的な存在であり、そういう演奏だ。
最初に弾かれた5つの前奏曲(作品15)も魅力的で
ここでのスクリャービンは、私にとっては理想の演奏。

続いてメトネルの「追憶のソナタ」へと進み、
このまま行くと最高に甘ったるいCDに仕上がるのかと
それを防ぐためにもキーシンは、
ストラヴィンスキーを最後にもってきたのか、
「ペトルーシュカ」からの3楽章が弾かれる。
この作品は大好きなので、私は聞けてうれしい。
キーシンだし、期待した。
でも私には、ちょっとイメージと違って、残念。
最高の名演であると思う。一般的には。
しかし私にとっては、やはり今回も
ポリーニの演奏でないとダメなようで、
これはあくまでも個人的な思いなのだが、
キーシンのファンの方には申し訳ないけれど、
この作品はやはりポリーニである。
ポリーニのファンの方たちは、きっと同じことをいうだろう。
ポリーニの90年代前半のライブが私にとっては究極で、
それにかわる演奏は今のところ存在しない。
しかしここでのストラヴィンスキーを聞いていると
キーシンにぜひプロコフィエフを聞かせてほしいと
そういう気持ちになってくる。
神童といわれていた頃(1980年代半ば)には、
プロコフィエフのソナタを第6番だったか?
レパートリーとしていたような気がするのだが、
ぜひ再び弾いてほしい。
ラフマニノフの前奏曲や練習曲「音の絵」を弾いて、
最後に堂々とプロコフィエフのソナタ第8番とか。
聞いてみたいと思いませんか?

RCA 82876-65389-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月26日 (月)

バイロイト音楽祭2005

年末恒例の今年のバイロイト音楽祭の放送がはじまった。
詳しくはいずれ改めてじっくり聞きなおしたいと思っているが、
今年の新演出「トリスタンとイゾルデ」を聞いて、少しだけ。

大植英次の指揮はいきいきとした表情を作り出して、
オーケストラがよく聞こえてくる。
音楽がすごくよく心に響いてくる。
そこを肯定的に聞くならば、本当に素晴らしい。
しかしその一方で歌とのバランスを考えると
オーケストラが目立ちすぎなのかもしれない。
ドイツだが、どこだったか?批評に書かれたという
例の「騒音と化したオーケストラ」というのは、
この印象のことをいっているのか?どうなのだろうか。
近年のバイロイトでティーレマンやアダム・フィッシャーの演奏を聞くと
オーケストラは同じくよく鳴っているが、
歌手と親密に寄り添って、歌を妨げたりはしないし、
必然的ともいえる調和の中にすべてが成立している。
今回の公演では、歌手は絶賛されている通り、
素晴らしい歌声が聞こえてくるが、
オーケストラに溶け込むどころか、
競い合っているような、張り合っているような、
なんだかそういう印象もなくはない。
というのが、第1幕であった。
でも、まあ新演出の初日の公演だし、
指揮者も歌手も気合が入って、
元気にやっているではないかとそういうのも思うのだが。

しかしその辺のバランスのことや声を張り上げていることも
後半に向かうにつれて気にならなくなって、
特に第3幕では、響きもしなやかになって、
勢いだけではない、精妙な表現が中心になって、感動的だった。
第3幕の充実は圧倒的だったと私は思う。
ワーグナーの音楽からキラキラと輝かしい音を引き出して、
夢見るような、ひたすらワーグナーに陶酔する時間、
ここに到達するなんて、やはりバイロイトである。
そこに大植英次の存在があるなんて、
同じ日本人であることを私は誇りに思う。
バイロイトでは久々の新しい「トリスタンとイゾルデ」ということもあるが、
(1980年代から90年代はずっとバレンボイムが指揮していた)
とにかく興奮する。新しい響きがある。
大植英次が指揮した今年の「トリスタンとイゾルデ」
私はこの録音を宝物としたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年12月25日 (日)

バイロイト音楽祭2005

いよいよ明日から今年のバイロイト音楽祭の放送がはじまる。
例年は12月25日からだが、今年は「ニーベルングの指環」が
お休みの年なので、26日からである。
明日は7月25日の開幕の公演から
大植英次指揮の新演出「トリスタンとイゾルデ」
その後公演順に「ローエングリン(7/26)」
「さまよえるオランダ人(7/27)」「タンホイザー(7/28)」
「パルジファル(7/29)」と続く。
今年は演奏時間の長い作品がないので、
すべて放送は午前1時で終了であり、ちょっと気が楽だ。
「パルジファル」は通常長い(250分程度)のだが、
今年もブーレーズの指揮は快速に昨年以上の速さで
第1幕が91分、第2幕が59分、第3幕が64分である。
最も神聖で厳粛に、美しい音楽が流れる作品なので、
どういう展開を聞くことができるのか注目だ。

今晩はどれかCDを一枚聞いて感想も書こうかと思っていたのだが、
明日からの一週間が一年で最も重要な日々であり、
風邪など絶対にひけないので!今日は早寝することにした。
明日から夜更かしの日々である。
全国のワグネリアンのみなさん、
寝不足に負けずにがんばりましょう!!
気合を入れて、ワーグナーに酔いしれます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年12月24日 (土)

落語のCD化 3

全く急いでいないのだけれど、
年末のうちに落語のCD化の第三弾である。
はまってしまった。
今回は三笑亭可楽で
「二番煎じ」「味噌蔵」「らくだ」
火事と喧嘩は江戸の華…ということで
「二番煎じ」は見回り(火の用心)の旦那衆の噺であり
「味噌蔵」もまた酒問屋の旦那でこちらはけちの噺だが、
私はどうも旦那の噺が好きみたいだ。すごくいい。
そして「らくだ」だが、これがまたひどい!
長屋の噺だが、とんでもない悪党の登場である。
しかし笑える。最高に笑える。

世間ではクリスマス・イブだが、
私はすっかり江戸時代にタイム・スリップしてしまっている。
空気が乾燥しているが、火にはお気をつけください。
そうしないと「邪魔でぁ邪魔でぁ~い、どきやがれ~い」と
火事見物の野次馬たちが集まってきてしまう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月23日 (金)

落語のCD化 2

父のリクエストでといいつつ
実際は私の方がすっかりはまってしまったが、
急がなくてもいいのだけれど、
年末のうちに落語のCD化の第二弾である。
今回は柳家小さんで
「饅頭こわい」「たらちね」「万金丹」
お馴染みの「饅頭こわい」だが、「たらちね」の方が面白い。
両方とも長屋の噺である。
そして「万金丹」だが、これは面白いのだが、
とんでもない悪党の噺。ひどい!!
しかしひどければひどいほどに笑ってしまう。
そこが落語であり、許されるところ。
落語は本当に素晴らしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月22日 (木)

クリストフ・エッシェンバッハ

エッシェンバッハの大ファンである私にとっては、
バルトーク「管弦楽のための協奏曲」は待望のディスクだが、
今回は音楽監督を務めているフィラデルフィア管弦楽団との
はじめての録音であり、ますます注目である。

「管弦楽のための協奏曲」への導入として
どういうカップリングがなされるのか、
その選曲が非常に興味深く、聞いてみるとますます感動的である。
ギデオン・クラインという作曲家の作品が収められているが、
最初にこのディスクの案内を見たときは、
知らない名前だったので、現代音楽かと思ったが、
チェコのユダヤ人作曲家であり、
収容所に送られ25歳で亡くなったそうである。
この「弦楽のためのパルティータ」は、
収容所生活の中で生み出された作品だそうだ。
マルティヌーの交響詩「リディツェ追悼」は、
チェコフィルのプログラムにはたまに載っているので知っていたが、
きちんと聞くのは今回がやはり初めてで、この作品もまた、
ナチスの迫害を受けたリディツェという村への追悼の作品である。
透明感のある美しい音楽で、そこに込められた深い悲しみや
明るい希望を取り戻したいという強い意志や
作曲者の思いが伝わる緊張感の高い作品で心に迫るものがある。
第二次世界大戦中にアメリカへ亡命したバルトークにちなんで、
(「管弦楽のための協奏曲」はそのアメリカ時代の最高傑作である)
関連性のある作品ばかりが集められているが、
そして同時にマルティヌーもクラインも非常に民族性の強い音楽で
バルトークの作品と並べたときに不思議なぐらいに溶け込んで、
その調和のとれた全体構成にも驚かされた。

エッシェンバッハ自身も戦争孤児であり、
幼年期に非常に苦労をしたという記事を読んだことがあるが、
エッシェンバッハが指揮者として認められたのが、
アメリカのヒューストン交響楽団においてであり、
その後ハンブルクやパリを中心に
ヨーロッパにおいてもスター指揮者の座に上り詰めて、
今回再びアメリカでフィラデルフィア管弦楽団との活動をはじめ、
最初にレコーディングしたのがバルトークというのも
これはエッシェンバッハの強いメッセージなのかもしれない。
マルティヌーの作品もギデオン・クラインの作品も
バルトークの音楽に深く共通性を見出すことができ、
そしてエッシェンバッハ自身もまたアメリカを通して
ここでバルトークへのアプローチを試みているのである。
心から素晴らしいディスクである。

ONDINE ODE 1072-5

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年12月21日 (水)

ズデニェク・マーツァル

今年のレコードアカデミー賞(交響曲部門)を受賞した
ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィルによる
マーラーの交響曲第3番を少し遅くなったが手に入れてきた。
さすがにEXTONだが、すごい迫力である。この広がり!
凄まじく感動的な音響である。
会場で生演奏を聞いているときのあの豊かな音色、
それがいま私だけのために演奏してくれているような
そんな贅沢な音楽体験がここに存在する。
左右が明瞭に分離して、各楽器がどの位置で奏されているのか、
左と右はもちろんだが、音に前と後ろがはっきり存在して、
そして普通には聞き逃しているどんなに細かい音も決して逃さない。
それにより音楽の表情やオーケストラの微妙な色彩の変化や
あらゆることがこの素晴らしい音響によって、こちらに伝わってくる。
こんなに空間を意識しながら聞ける鑑賞が実現するなんて、
EXTONならではであるが、本当にすごい。
演奏はもちろん素晴らしく、チェコフィルの音も美しく、
しかしそんな細かいことよりも
とにかくコンサートホールで響きを堪能して
感動して興奮しているあの感覚がここでよみがえる。
私にとっては、それに尽きると思うし、最高の幸せである。
レコード鑑賞と実演は基本的に別のものと思っているが、
しかしこれは錯覚なのか?両者が限りなく近づいている瞬間であると思う。
EXTONの超高音質はとにかく魅力だが、
その中でもマーツァルとチェコフィルの存在は格別だ!

EXTON OVCL-00219

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月20日 (火)

ウィーン交響楽団2004/2005

FM放送で今年春にウィーン楽友協会で行われた演奏会から
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ウィーン交響楽団の公演が放送された。
ルドルフ・ブフビンダーのソロによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と
後半はベートーヴェンの交響曲第7番というプログラムである。
演奏ももちろん素晴らしかったのだが、
解説がN響主席オーボエ奏者の茂木大輔さんで、
サヴァリッシュに関するお話がたいへんに興味深かった。
一昨年のサヴァリッシュ80歳の記念となった
ウィーンフィルとの来日が健康上の理由でキャンセルになり、
しかしその後、見事に復帰して、昨年秋はN響に来日して、
そして半年後、このウィーン交響楽団での名演ということになったのである。
サヴァリッシュはこの演奏で健康面でも自信を取り戻し、
今年も日本へ行きたいと急遽今シーズンのN響への出演が決まったそうである。
しかし残念ながら、今年の来日はかなわなかった。
N響のホームページでサヴァリッシュのメッセージが公開されていたが、
「再び日本へ行きたい」という強い思いが込められていた。
日本の音楽ファンもまたそれを願っている。
ぜひ元気になって、また来日してほしいものである。
N響といえば、これまではデュトワであり、現在はアシュケナージだが、
私にとっては、やはりそこにサヴァリッシュの名前がないと寂しいのである。
そしてもうひとりのN響の顔ヘルベルト・ブロムシュテットが、
来月(2006年1月)登場する。楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月19日 (月)

N響「第九演奏会」2005

12/14に行われたN響の第九演奏会の生中継を
その録音で早速に聞きなおしてみた。
放送を聞いていて非常に感動的な第九だったのだが、
やはり今年の第九演奏会では、
指揮でアシュケナージが登場しているので、
ファンとしては、例年以上に注目であり興奮する。

その場での印象は速めのテンポで
表現にも個性的な取り組みが様々に聞こえてきた気がしたのだが、
聞きなおすとやはりどっしりと重厚な深みのある音がしているし、
別に斬新さが際立つこともない、もっと真っ向勝負の真剣な演奏で
恒例とはいえ、やはりN響の第九を聞くとひとつの締めくくりである。
特に第3楽章の美しさにひかれた。
比較的明るい音色で暖かみや優しさに満ちているが、
聞いていて、アシュケナージが弾いている
ベートーヴェンのピアノ・ソナタを思い出してしまった。
アシュケナージらしいベートーヴェンである。

日本では師走といえば第九だが、
私はベートーヴェンの交響曲が大好きなので、
季節に関係なく、第九もよく聞いているが、
録音してあるライブ録音を聞きなおす作業については、
この第九で今年の締めくくりにしようかなと思っている。
この演奏が日本のコンサートファンにとって
ひとつの締めくくりになっているように
それにふさわしい名演であったのだ。
とは書いたのだが、今年のN響は例年と日程が違っており、
この後に年内の最後の定期公演でハイドンの「天地創造」がある。
指揮は広上淳一である。今度の日曜日が放送日だ。
そちらも楽しみにしている。

CDR189

いよいよ年末、FM放送の内容がそろそろ充実してきた。
今週はウィーンでの演奏会を特集している。
今日はグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラだったし
明日はサヴァリッシュ指揮のウィーン交響楽団だ。
そして来週は今年のザルツブルク音楽祭のようである。
さらに年末恒例の「バイロイト音楽祭」。
先ほどNHKのホームページを確認したが、
今年のバイロイト音楽祭の放送は26日からである。
「ニーベルングの指環」がお休みの年であり、
演目が少ないので寂しいが、
大植英次指揮の「トリスタンとイゾルデ」が26日に放送、
7月25日の初日を迎えたときと同じぐらいに
期待でいっぱいになり、緊張してくる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年12月17日 (土)

落語のCD化

今年は落語ブームだが、我が家では父がずっと好きなので、
NHKのラジオを録音しては、よく聞いている。
夏頃だったか?ドラマ「タイガー&ドラゴン」が、
まさに落語の世界を描いており、毎回が古典落語からの題材で
その辺から私もまた古典落語に興味をもち、
落語がかかっていると「これ何?」という感じで
いろいろ聞くようになった。
落語っていい!面白いし、気が和むし、幸せになる。
創作落語もいいが、古典落語の魅力は格別であり、
まさに人間の喜怒哀楽、あらゆるものがテーマとなって、
思っている以上に深く、奥行きのある世界である。
江戸のことを知らないと理解できない部分もあるので、
その辺は難しさもあるが、まあ、深く考えすぎずに
とにかく面白くて楽しいので、笑っていればいいらしい。
慣れてきたら、ちょっと調べたり、勉強すれば、
より世界は広がるのだと思う。

そういうことで、父がMDに録音した落語がいろいろあるが、
その中から特選!ということで、パソコンに取り込んで、
落語名作CDを作ってみた。
音楽とは違う、なかなか楽しいものができあがったと思う。
AM放送からの録音なので、AMノイズを少しカットしてみたり、
だいぶ聞きやすくなったし、なかなか満足の出来。
内容はというと三遊亭圓遊で「堀の内」「権助提灯」
そして柳家小さんで「粗忽長屋」「ろくろっ首」
約70分でCD一枚分である。
ご存知の方はお分かりと思うが、
古典落語の定番中の定番である。
有名な「饅頭こわい」や「二番煎じ」もあるし、
よく父は小さんの「たらちね」を聞いているが、
またいずれその辺をCDにしたら楽しいだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月16日 (金)

ウィーンフィル2005/2006

12月11日に行われた第4回定期演奏会。
指揮はズービン・メータである。
聞けば聞くほど素晴らしい。
ウィーンフィルのモーツァルト。
言葉では表現しづらいが、みなさんよくご存知の通り、
ウィーンフィルのモーツァルトは特別な音がする。
モーツァルトの音楽が素晴らしいわけで、
ベルリンフィルで聞いてもやっぱり魅力的だが、
しかし!ウィーンフィルのモーツァルトは違う。
違うのだから、それは仕方がない。

メータのモーツァルトは基本的には、
少々雄大な感じがするのだが、
しかしウィーンフィルの音を引き出すことに関しては、
さすがに歴史が長く、知り尽くしている。
本当に素晴らしいモーツァルトである。

モーツァルトの音楽は、私は大好きなのだが、
しかし好きだからといって、いつも聞いているわけではなく、
この数年は、どちらかというとあまり聞かずにきているのだが、
しかしこの演奏を聞いていたら、
来年の「モーツァルト・イヤー」の導入には最高であり、
これから聞くぞ!という気持ちになってきた。
モーツァルト・イヤーを楽しもう!

前半のオットー・ツィーカンの作品、
今回の演奏が世界初演となる
「ベートーヴェンのチェロ」も素晴らしい作品だった。
ハインリヒ・シフが独奏を務めている。
選曲に関しても、魅力的な演奏会である。

CDR187/188

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月15日 (木)

構造設計の偽造事件 7

昨日の証人喚問における姉歯元建築士の証言以来、
建築士の立場の低さがマスコミでクローズアップされているが、
それについては書きたいことがある。

私は親しく協力している工務店はあるが、
これまで不動産業者とは一切付き合ってこなかった。
世の中すべての不動産業者を否定するものではないが、
結局は今回の構造強度偽装問題のように
これに似たり寄ったりのようなことになるのである。
それがわかっているから、私はそうした「構造」の中に身をおかずに
完全に独立して建築活動をしてきた。
設計は何らかの圧力の下で行ってはならない。
独立して公正でなくてはならないのだ。
開発業者(不動産業者)と施工者(建設会社・工務店)の間に入って、
それらが組んでしまっては、結果的に行く先は、
もうみなさんお分かりの通りである。

まわりを見回して、日々数多くの建築がなされている。
それで「建築は儲かるでしょう」とよく言われる。
しかしそれらのほとんどが、建売住宅や今回のようなマンションで
ぜひ今度、機会があったら確認してみていただきたい。
要するにそういう「構造」の中に属して、
つまりは開発業者たちの指導下になくては、仕事がないのである。
ないといったら極端だが、限りなく少ないのが現状だと思う。
私はそういう「構造」には属さずに、よって個人的に営業もしているが、
個人では極めて仕事を取りにくいというのが現実である。

しかしこの「構造」だが、何もこれらの悪質開発業者のみならず、
これはもう今のこの「社会」全体の問題だと思う。
施主(建築主)が自分の建築に対して、
同様の圧力を加えてくることもあるからである。
以前の話だが、今でも思い出すだけで腹が立ってくるが、
こんなことがあった。
ひとつの敷地に姉妹で二軒の家を建てるという話で、
私はその妹の方から依頼を受けて話に参加していたのだが、
私が建築の構想を作り、工務店には資金計画を作ってもらい、
煮詰まってきたところで、初めてその姉妹がそろったのだが、
そうしたらその姉のほうが、とんでもない話だが、
要するに予算オーバーということで、設計・監理料に関して、
「あんた若いんだから、赤字でやりなさいよ」って、
一体何を言い出すのである?耳を疑った。
「何で知りもしないあなたのためにただでやらなきゃならないんですか」
頭にきたので、言い返してやった。
言い合いになったので、そこにいた工務店の社長が
「まあまあ」という形で治めたが、
しかし私はこんな人と仕事はできないと感じた。
こんな人たちと決して付き合えない。
しかしそういう場面になった場合に
私のように引き下がる(仕事から下りる)のか、
それとも「ごもっともです」といって、いい顔をして、
裏で鉄筋を抜くのか?どちらかなのだ。
よく考えてほしい。
建築は人と人との信頼の上に成り立ち
その信頼がない場合に偽造か手抜きが行われる。
私は「仕事は選ばないが、人は選ぶ」ことにしている。

その他いろいろな話はあるが、
とにかく世の中が価格競争になっているので、
まず人の足元を見てくるというのが常識になっている。
それが困る。無理難題が多い。
とても不可能な予算を提示されることもある。
「設計事務所はあんたのとこだけではないんだよ」というやつである。
そういう場合、仕方ないので、
「無理に今回やらなくてもいいんじゃないですか」と
自然に話が納まるようにするのか、
正規の見積(予算オーバー)を持っていって、
相手の方から断ってもらうか、どちらかである。
よく考えてほしい。ここでも。
その金額でも進んで仕事を引き受けてしまうところがでてくるのである。
やはりここでも、裏で鉄筋を抜いたり、手抜きをするか、
結局はそういうことなのだ。
やるか、やらないかである。

こんなことで私はこの何年かでずいぶん仕事を逃したし、
そして良心的にということでやっていると仕事がない。
それでさらに今回の構造強度偽装問題である。
一級建築士の信頼が失われた。
正直なところ、今のこの社会で、
私はこれからの未来に対して、極めて不安だ。
何も良いことを思い描けない。
もう年末だけど、来年は良い一年になってほしいと思う。
しかしこの今回の問題、これはこれだけでは済まされないであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月14日 (水)

構造設計の偽造事件 6

今日は朝から国会の国土交通委員会証人喚問だった。
「構造強度偽装問題」である。
建築に携わる者として、たいへん興味があったので、
その成り行きを見届けずにはいられず、ずっと見てしまった。
しかし衝撃的な展開があったわけでもないし、
新事実が発覚したわけでもなく、そして残念ながら
今回もすべての真実が究明されたわけでもないように思われる。

とはいえ午前の質疑で姉歯元建築士がついに公の場に姿を現し、
自らの口から多くが語られたということは大きな進展といえるだろう。
内容的には特別なことはないように思われるが、
実際に偽造を行った本人により事実確認が行われたということだと思う。
姉歯元建築士についてはすでに覚悟を決めて、
真実が語られていると信じたいが、事実解明はまだこれがはじまりであり、
しかしながら、姉歯元建築士が実際の現場において接点をもっているのは、
工事担当者レベルの話であり、本当の意味での背後関係は、
そこからは真実が出てこないのかもしれない。

午後の質疑では、ますます建築的な内容での事実究明からは遠ざかり、
その内容は耳をふさぎたくなるようなものだったのだが、
真実と偽証の間での微妙なニュアンスを多用して、
結局は二時間に及ぶ質疑を切り抜けてしまうという
人間の執念というか、ひたすらの忍耐というか、
恐ろしいものを見せられたような気がした。
木村建設の木村社長の途中からの
「聞こえない」「理解できない」という
ついには逃げ出してしまっているのに対して
それを追い詰めることのできないむなしさ。
木村建設東京支店元支店長についても、
偽証にならないギリギリの線での答弁をひたすら繰り返し、
ついには逃げ切ってしまったようにも思われる。

さらに驚きが最後の内河所長(総合経営研究所)への質疑であった。
業界ではカリスマだそうで、昭和8年生まれという高齢にもかかわらず、
現在も自ら陣頭指揮をとり、凄まじい人のようである。
とにかく弁が立つ。自分から出向いて説得し、
交渉、契約を成立させるそうである。
今日の証人喚問質疑でも、ああ言えば、こう言う、
何でも答えられる話術があり、頭もフル回転しているようだった。
しかし後半、さすがに疲れも見えはじめたのか、
民主党の馬渕澄夫議員の追及も見事で、
少しずつ崩れていっているようにも見受けられた。
しかし結果的には時間切れであり、追い詰めるにはいたらず、
逃げられてしまったようにも思われるが、
今後新たな追及はどういう展開があるのだろうか?
気になるところである。

今回の質疑では、マンションの話題からかなり遠ざかってしまった。
住民の間では、ますますの不安や怒りが募っていると思う。
マンション関連についても今後関係者の質疑が行われると思うが、
やはりそちらからも事実究明が行われないことには、
国民もまた怒りが治まらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月13日 (火)

ウィーンフィル2005/2006

日曜日(12/11)に行われた今シーズンのウィーンフィル
ズービン・メータ指揮の第4回定期演奏会だが、
なぜかすごく気に入ってしまい、早速に聞きなおしてみた。
詳しくはもう少しよく聞いてから書こうと思っているが、
どこがそんなにいいのか?というのは、
来年はモーツァルト・イヤーであり、
今シーズンは世界中でモーツァルト!という展開、
2006年1月27日のモーツァルトの250回目の誕生日に向けて
そろそろ本格的にモーツァルト一色という感じになってきたのか?
ウィーンフィルのこの定期演奏会でも、
モーツァルトの最初の交響曲(第1番)と最後の交響曲(第41番)
という興味深いプログラムである。
そういうタイムリーな内容に聞いているこちらも
少しずつモーツァルト・イヤーの気分が高まってきた!
というのも大きい。楽しもう!

メータのモーツァルトが最高であるとは思わない。
しかしウィーンフィルのモーツァルトは、やはりここでも
極上の響きであり、決して替えのきかない
ウィーンフィルのモーツァルトである。
こればかりは絶対にウィーンフィルだ。
そしてメータが引き出すウィーンフィルの音色だが、
ラトルやゲルギエフやメストや…
近年ウィーンフィルと急速に関係を深めている指揮者たちが、
自分の個性を発揮し、ウィーンフィルにも
画期的な新鮮さを見出してくれている中で、
それはたいへんに素晴らしいことではあるが、
しかしメータは昔からの懐かしいウィーンフィル
10年前、20年前と変わらないずっと大切にしてきた音を
思い出させてくれる貴重な指揮者であるように思うのである。
ウィーンフィルとすごく自然に接して、
押し付けることもないし、逆らうこともないし、
ウィーンフィルのそのままの音色を引き出せるのである。
こういう指揮者はそうはいなくて、メータなど、
今では数少ない存在である。
これは私の個人的な感想かもしれないが、
メータ指揮のウィーンフィルを聞くときって、
ラトルやゲルギエフのときとは何かが違う
ドキドキしたりワクワクしたり、そういう喜びがあるのである。
詳しくはまた改めて、近くもう一度。

明日は国会の証人喚問、注目だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月11日 (日)

NHK音楽祭2005(生中継)

今日の午後は、昨夜に続いて、
NHKホールからNHK音楽祭2005の生中継だった。
アラン・ギルバート指揮ハンブルクNDR交響楽団。
昨日は庄司紗矢香が登場して
ブラームスのヴァイオリン協奏曲だったり、
後半もR.シュトラウスの「ドンファン」や「ばらの騎士」組曲など
通も唸る(素晴らしい!)重厚なプログラムだったが、
今日は打って変わって「子供のためのプログラム」。
これがまた実に楽しい選曲で、
大人が聞いてもすっかり魅了されるのである。
司会がいて、子供向き解説付きのコンサートだったが、
その辺は聞いているといかにも子供のためのものであり、
しかしアラン・ギルバートもいろいろしゃべって、
これもまたこの手のコンサートの魅力である。
しかし演奏は充実してたいへんに素晴らしく、
私も大好きなハンブルクNDR交響楽団を堪能した。

これだけでもすごく満足で、今日はご機嫌だったのだが、
さらに!夜はウィーンフィルの定期演奏会の生中継。
ズービン・メータが登場である。
モーツァルトの交響曲第1番(最初)と第41番(最後)の間に
オーストリアの作曲家オットー・ツィーカンの最新作
今回の定期演奏会が世界初演となる
チェロとオーケストラのための3つの楽章
「ベートーヴェンのチェロ」という作品が演奏され、
この演奏会も、最高に感動的だった。
近年のウィーンフィルには、ラトルやゲルギエフ、
常連のヤンソンスやブーレーズ、小沢征爾など、
それに最近メンバー入りしたメストやガッティなど、
多彩な顔ぶれでそれだけでもワクワクしてしまうが、
やはりここでのメータやムーティなど
ウィーンフィルとの40年近い歴史を築いてきた
彼らの指揮でこれこそまさにウィーンフィルの音が鳴り出すと
何だか知らないけど無性にうれしくなってしまう。
ちょっとおじん臭いこと書いてしまうけど、
やはりムーティとメータは特別である。
そこにアバドの名前がないのが残念だけど、
もう10年になるので、それも慣れてしまった。
この演奏会は、また詳しく聞きなおして、
改めて感想などまとめたい。
本当に素晴らしかった。

生中継の放送中に中断があった
10月23日のバレンボイム指揮ウィーンフィル
今年の第2回定期演奏会は、
来年1月4日に再放送されるそうである。
今度は期待している。よかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月10日 (土)

NHK音楽祭2004

昨年のNHK音楽祭を順番に振り返ってきたが、
これでいよいよ最後の公演となり、
ズデネック・マカール指揮チェコフィルによる演奏会である。
前半にスメタナの「わが祖国」からブラニークが演奏され、
ベートーヴェンの第九の前の一曲としては、珍しい選曲だ。
チェコ人の主席指揮者を迎えたチェコフィルならではという作品。
このブラニークだけを取り出して聞くというのがはじめてなので、
この印象を言葉にするのは難しいが、
それより何より、正直な気持ちとして、
やはり「わが祖国」は全曲を通して聞きたく、
マカールとチェコフィルなら、なおさらそうなるわけで、
しかしこのようにすでに聞く機会もあるということは、
きっと近くレコーディングということになるに違いないと期待している。
以前から待っているのだけれど。

マカールとチェコフィルはたいへん注目している存在で、
今回ベートーヴェンの第九が聞けるとなれば、
それはそれは楽しみにしていたのだが、
この録音を聞く限り、まあそれほどでもなく、普通の第九である。
というのもマカールの指揮は、いつもながら極めて誠実で、
特別に個性的な主張をするというよりは、
職人的に淡々とベートーヴェンの音楽を築き上げていき、
驚きとか新鮮さとか、そういうタイプの演奏ではない。
もちろんそれはわかっていて、そんなものは望んでいないのだが、
しかし第九を聞いて、どう聞いても非常に充実した演奏で
チェコフィルによる立派な響きを堪能して、
しかし心にグッと来るもの、ずしりと響いてくるものがないのは、
ちょっと残念であり、何かが足りないのだろう。
マカールとチェコフィルの実力やその魅力が
ここで最大に発揮されているとは思わない。
日本の主催者のリクエストに応えて、
第九はすでによく知っている作品であり、
それをここで演奏したということなのだろう。

と書いてしまったので、一応調べてみたのだが、
やはりマカールとチェコフィルが、ここ数年で、
プラハで第九を演奏しているという記録はない。
(すべての情報をつかんでいる訳ではないが…)
やはりこの第九が彼らの最高の演奏ということではなさそうである。
今シーズン(2005/2006)のチェコフィルのプログラムを見ると
マカールの指揮によるベートーヴェンの交響曲は、
10月に第4番、そして1月に第3番が予定されている。
順番に交響曲を取り上げていき、それらの成果を積み上げて、
いずれまた「第九」ということになると思う。

CDR185/186

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 9日 (金)

今日から「光」

今日から電話もインターネットも「光」になった。
どうだろう?その速さは。
速すぎて、もうその違いはよく認識できない。
これまでのADSL(50M)も十分に速かったので、
ホームページの閲覧に関しては、
それほど速度の違いは認識できない。
しかし実際にはかなり速くなっているのだと思う。
例えば、ウィルスバスターのアップデートだが、
最新データのダウンロードなど、
一瞬すぎて、もうその時間はわからない。
以前はバーに表示される進行状況で確認できた。
この辺でやっと速度を認識することができた。
しかし私にとっては、すごく重要になってしまう
バルトーク・ラジオのMP3ファイル(54Mb)のダウンロードだが、
これが若干速くなった程度で、あまり効果が出ない。
ダウンロードのサービスを提供しているハンガリーのサーバーが、
こちらが要求する高速のデータ通信に対応できていないのだろう。
たまたま今日私が試した時間が混雑していたのか?
そんなことはないだろう。殺到しているとは思えない…。
ハンガリー時間で日中だったが。
今日からなので、これからだんだん効果が出てきたり
だったりするといいのだけれど。
とりあえず、「光」は素晴らしい!と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 7日 (水)

構造設計の偽造事件 5

また一週間で今回の事件の中心人物がずいぶん変わった。
先週はマンション販売会社「ヒューザー」の小嶋社長が、
過去の職歴から歌手デビューまで
とにかく何でもかんでもニュースになっていたが、
今週はまた変わり、本当の黒幕という感じで報道されているが、
姉歯建築士、木村建設などの親玉でもある
コンサルタント会社の総合経営研究所が的になっている。
しかし今日の国会参考人質疑では、
その中心人物である姉歯建築士と
総合経営研究所の内河所長が欠席して、
質疑を聞いていたが、真相究明については大した進展はない。

今回も詳しくは報道されないことをひとつ
ここで補足しておきたいと思う。
「計画変更」についてである。
一年半前の「隠蔽」疑惑についてだが、
構造設計に欠陥が見つかり、
それを「計画変更」で修正し、実際に建築された。
その流れについては、はっきりいって、
何も特別なことはなく、逆にいえば、
これはごく当たり前の毎日行われているような話であると思う。
決して「隠蔽」ではない。手続きに問題はない。
そこに悪意ある偽造を見抜けなかったことは残念であるが。
「計画変更」も審査があり、費用がかかるので、
決して進んでやりたいことではない。
私のような個人で活動して、物件も個人住宅のようなものであれば、
確認申請の前にしっかり隅々まで設計して、
出来上がったものを提出するので、
「計画変更」のような変更や申請手続きは避けるのだが、
このようにマンションやホテルの設計においては、
物件が巨大な規模であることもあり、
大手の設計事務所やゼネコン設計部のやり方だと
工事着工の日程も迫っていたりで
とりあえずの確認申請用の図面で確認を下ろし、
その後、工事の進行と共に計画を詳細に検討し、
コストやデザインの方針も煮詰めて、
最終的に確認図面と竣工図面の違いを
計画変更によって、届け出るのである。
適切な建築士の行う設計であるならば、
その確認申請用の図面というものが、
何も偽者ということではないので、それは付け加えておく。
これは偽造や悪意ある行為ではなく、
きちんとした倫理観に基づいて、適切な「完了検査」を受け、
そしてそれによって建築主に引き渡すという
よくある(といっていいのかわからないが)そういうプロセスなのである。
また工事中においても、建築主の様々に変化する希望や諸事情など、
そうした要求に設計者がしっかりと対応し、
確認機関に対しても、責任をもってそれを通告するという行為である。
今回の参考人質疑において、
質問議員がまさに「隠蔽」であると決め付けての追及で、
民間確認機関「日本ERI」も「イーホームズ」も
追い込まれているかのような印象を受けたので、
その点については、私は補足しておきたいなと感じた。

確認機関の答弁としては、審査は法的に適切に行われていると
一般の方には、正直それが責任逃れのようにも聞こえていると思うが、
私の建築的な知識からすると、現在の建築確認のシステムからいって
決して間違ったことを述べているのではなく、言い訳でもなく、
むしろこれが現状であるとも、そういう印象を受けた。
その現状のシステムを肯定するものではない。
今後改善しなくてはいけないところは改めなくてはならないだろう。
今回の「イーホームズ」藤田社長の答弁で、
法的に民間確認機関がどこまで踏み込めるのか、
その範囲についての説明を行って
「ご理解ください」という場面が多々あったが、
それについては、私も勉強になった箇所もあり、
民間機関は特定行政庁の指導下に成立しているので、
どこまで権限を発揮できるのか
というのは微妙なところでもあろう。
また設計の内容については、
確認申請を委託されている設計事務所が決定したものではなく、
建築主である施主によるものなので、
確認機関が設計者に対して変更を求めるという性格のものでもなく、
民間機関ならば、特にそれを言い出しづらいということもあるだろうし、
それは自治体が確認を下ろす場合においても変わらない。

あまり書きすぎると自分で自分の首を絞めるようなことになってしまうが、
しかし参考人質疑を聞いていて、
専門的に知らない議員が正義感に基づいて質問を行い、
日々法律(建築基準法)相手に生活している確認機関が、
その法律によって説明を行ったとき、
専門的に知らない一般の多くの人々は、
誤解をするというより、さらに議論がまた違う方向へと
勝手に一人歩きしてしまうのではないかと
その辺が気になったので、少し書いておくことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年12月 6日 (火)

年末の整理はそろそろ

パソコン(HD)の整理もあるが、
いろいろ片付けなければならない。
まだ12月もはじまったばかりなので、
年末の大掃除というと
ちょっと気が早いような気もするのだけれど、
書類やカタログ類など、自分の部屋以外にも
結構侵出しており、便利ということで、
和室のテーブルの上にいろいろと置いて、
またこれがいけないことに横積みで広がって、
かなりのスペースをとってしまっていたのだ。
もう冬なので、コタツを出すということで、
場所を作らなければならず、整理させられている。
なんだか、たいへんだ。12月である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 5日 (月)

バルトーク・ラジオ

バルトーク・ラジオでダウンロードしたMP3ファイルが
まだ全然聞けていないのに、
最近パソコンのHDにたまってしまって、
だいぶ大きくなってしまったので、
仕方なくCD-Rに焼いて、整理することにした。
素晴らしい音源が多すぎて!
とても全部は聞けないのだが、それにしても聞けていない。
ブダペストにおけるライブだけでなく、
ドイツの放送オーケストラを中心に
定期演奏会の生中継もかなり頻繁にある。
バイエルン、ハンブルク、フランクフルト、…。
日本においては、ほんの一部だけが、
FM放送で流れるだけなので、うれしいことである。
私にとっては、たいへん貴重な音源だ。
しかし残念。結構集めているのに、データとして、
記録として保存しているだけになってしまっている。
インターネットも高速時代になって、
大容量のデータをやり取りできるようになったが、
その高速・大容量にちょっとついていけていない…。

バルトーク・ラジオは、昼と夜に
ヨーロッパ内のコンサートライブが放送されるが、
(ハンガリーの)午前0時から朝の6時までは、
BBCと同じ内容の番組構成で、
プロムスのライブ音源などが放送されていて、
本当に素晴らしい内容である。
プログラムもBBCのホームページで詳細に確認できる。
基本的には、BBC交響楽団やBBCフィルハーモニック
などの演奏が中心のようだが、この3ヶ月ぐらいを振り返ると
オスロフィルやスウェーデン放送、デンマーク放送、フィンランド放送など、
北欧のオーケストラの演奏が比較的よく放送され、それも最高の喜び。
オスロフィルは現在アンドレ・プレヴィンが主席指揮者を努めているが、
ぜひ聞きたいのだけど、日本ではほとんど聞くチャンスがなく、
バルトーク・ラジオは、貴重なチャンスをくれている。

ぜひとも、またこれらの音源を聞いて、
感想なども書きたいとは思っている…。
しかしとりあえず、パソコン内から、
データを取り出さなくてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 4日 (日)

NHK音楽祭2004

マリス・ヤンソンスの指揮による
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。
2004年11月12日、NHKホールでの公演である。
2004年のNHK音楽祭で
みなさんいろいろ好みもあると思うが、
私の本命は、やはりマリス・ヤンソンスであった。
ずっとファンなのもので。
前半「ペトルーシュカ」は、同じ時期のアムステルダムでのライブが、
最近SACDで発売されたばかりだが(聞いたばかりである)、
こちらも最高に素晴らしい!
少し前のオスロフィルとの録音を出して比較してみるのも面白そうだが、
しかしこの深みがあって、細部までじっくり丁寧に描きこんで、
この全体に充実した幸福感に満たされている演奏を聞いてしまうと、
やはり現在のヤンソンスはちょっと違うぞ!と
圧倒的存在感にますます引き込まれてしまうのだ。
続いて後半のチャイコフスキー「悲愴」でも
ヤンソンスは感情に流されてしまうことはないし、
基本的にはいつも客観的で
スタイリッシュな造型感覚はここでも明確であり、
特別なことは何一つなく、自然な感覚、それが当然ともいうべき展開、
まっすぐ音楽に立ち向かっているということに尽きるのだが、
この深く心を動かされるのはなぜなのだろう?
バイエルン、アムステルダム、そしてウィーン、ベルリンと
世界中から現在最も必要とされている指揮者がヤンソンスだが、
その辺に理由があるのだろう。
ヤンソンスはそれができてしまうのである。

ウィーンフィル、ベルリンフィルに登場したヤンソンスは別格として、
私はバイエルン放送交響楽団とのコンビが最高だと思っているのだが、
もう一方のロイヤル・コンセルトヘボウも
ヤンソンスの登場でずいぶんよくなったと思う。
ロイヤル・コンセルトヘボウはもちろん世界でも超一流である。
その音色に独特な特長があって、
それが人気の秘訣でもあり、だけど私はそれほど好みではなく、
しかしヤンソンスの指揮で聞いて、その音色はもちろんこれまでどおりだし、
ヤンソンスが引き締めるところは締めて、あの見事なバランス感覚ゆえに、
集中力があって、音楽に強い平衡感が生み出された。
これからのロイヤル・コンセルトヘボウは聞かなければならない。 

CDR183/184

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

小林賢太郎「ポツネン」

kentaro

今日は私の小学校時代からの親友で
ラーメンズとして活動している小林賢太郎君の
今回はソロ公演「ポツネン」を観てきた。
いつもながら緻密な舞台で本当に感心してしまう。
楽屋を訪ねて伝えたのだが、
今までのラーメンズの二人公演や
プロデュース公演で劇団芝居もみな素晴らしかったのだが、
しかし今回は、特に私ははまってしまうものがあり、
面白いというのにとどまらず、
「感心した」というのが率直なところなのである。
言葉を巧みに操り、一瞬たりとも気を抜けない、
舞台上での彼の言葉や動きに釘付けになる演出は、
まさに圧倒される凝縮の空間であり、
劇場中が時間というものを忘れ、没頭していたと思う。
興奮の中、私が友人を絶賛すると、彼は
「今まで(21年間である)共有してきたものだからね」
といってくれた。わかる気がする。
本多劇場での公演は明日で終了であり、
「もう後半だね」といったら、
そうしたら、まだまだ全然で、12月の一ヶ月で全国をまわり、
最後に再び東京で12月31日までずっと連続だそうである。
たいへんだ!がんばってほしい!
体に気をつけて。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年12月 2日 (金)

構造設計の偽造事件 4

ニュースや新聞を読むかぎりでは、
その後大きな動きがあったわけではないが、
来週の姉歯建築士の国会参考人質疑が行われて、
そこで新しい事実が発覚するのか、
爆弾発言が出るのか、それが注目である。

しかし民間確認機関「イーホームズ」藤田社長の発言以来、
「日本ERI」が何かとニュースに名前が出るようになって、
決して良い内容ではないので、私は気が気ではない。
というのは、日本ERIに知っている方がいらして、
以前には、日本ERIでまとめた設計者(建築士)向けの
確認申請の手引書「目からウロコの確認申請」の出版の際に
編集の手伝いで3年ほどERIに関係していたのだ。
いろいろと勉強もさせてもらったし、ずいぶんお世話になった。
我々設計事務所だと建築確認を申請する側なのだが、
建築確認における審査というものを少し知ることができたと思う。
最近の世間の評価は厳しく、民放の一部の番組では、
「隠蔽した」というのにはじまり、かなり一方的な報道をしているけれど、
私が知る限り(もちろんすべてを知っているわけではない)、
ERIの確認検査員の方たちは、建築に対して非常にまじめに、
ひとつひとつの物件に対して、真摯に取り組んでいた。
建築というのは、敷地が違えば、条件も様々に異なっており、
建築的にも法律(建築基準法)的にも、
本当に一件ずつ全く異なってくるのである。
それらを過去の様々な案件に照らし合わせて、
検査員同士が勉強して、協議して、
それではじめて、確認が下りるのである。
すでにテレビでもいわれている通り、
確認の期間が非常に短いために難しいというのは事実だが、
毎日押し寄せてくる申請者(設計者)の接客に追われながら、
私の知っている方などは、暇を見つけては図面をチェックして、
申請者(建築主)の日程、予定に見合うように
毎日かなり遅くまで残業をしていたようである。
図面を審査するというのは、そういうことなのだ。
確認申請の頃には、その直後に工事の着工が控えているので、
どうしても日程の都合を合わせたいといわれれば、
確認検査員は、接客のない、ゆっくり時間の取れる休日に出勤して、
図面の審査をしていたりもした。
民放の番組などでは、自治体も民間も確認検査機関が、
偽造を見過ごしたということで、
悪に加担した一味みたいな捉え方をしているように思うけれど、
もちろん偽造を見抜けなかったことは最悪な展開ではあるが、
確認機関の検査員のすべてがそうということではないので
そこを強調しておきたい。
「ノーチェック」や「手抜き」などは最悪であり、
しかしそれは特殊なケースである。

12月(師走)に入ったが、何だか忙しくて、余裕がない。
(忙しいからといって、儲かっているわけではない)
今日もなんだが、ちっとも予定通りに進まない。
今年も時間がなくなってきたけれど、
ひとつひとつを順番にこなしているだけだ。
「ラーメン製作所」関係でいうと、
メニューの改定を頼まれているのだが、
まだ手もつけていない。ヤバイ!
この後、これからやろうと思っている。
日曜の午前中(営業前)に届けたいと思っているのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 1日 (木)

エレーヌ・グリモー Reflexions

エレーヌ・グリモーの最新盤で
今回はシューマンのピアノ協奏曲を中心に
妻クララ・シューマンの歌曲やブラームスのチェロ・ソナタ、
そして最後に独奏でブラームスのラプソディを弾くという
なんと凝っているアルバムだろう!素晴らしい選曲!
DGに登場して以来、最初のcredoから
グリモーは様々な企画に取り組んでいる。
今回は何とついにオッターと歌曲に挑戦したり、
チェロではトルルス・モルクまで呼んできてしまって、
曲のアイデアもこの豪華な顔ぶれも
こんなにも興味ひかれるディスクは最近では珍しい。

シューマンのピアノ協奏曲では、
前半に粗さみたいなものが気になったが、
次第に聞き進むうちに、それはそうではなくて、
グリモーはより情熱を奮い立たせ、
シューマンの音楽に大胆な起伏をもって、
立体的に歌い上げているのだ。
終楽章まで来るとその勢いと立ち上がる音の力強さに圧倒される。
そういえば、グリモーって、こういう演奏をする人だったのだ。
少し久しぶりな気もするし、今回はより自由に個性を発揮できているようである。
グリモーは昨年秋に東京でN響定期に出演して、シューマンを弾いたが、
それがこんな素晴らしい演奏につながるなんて、うれしいことである。
こちらはエサ・ペッカ・サロネン指揮シュターツカペレ・ドレスデン。

そしてオッターと共演したクララ・シューマンの歌曲。
このピアノの冴えは、完全に歌曲伴奏の域を超えている。
残念なのは、すぐに終わってしまうこと(笑)
もっとじっくりたくさん聞かせてほしい。
この素晴らしさであり、続編へと発展するに違いない。
そしてトルルス・モルクと共演したブラームスのチェロ・ソナタ第1番。
ちょっとグリモーは気合入りすぎか?
しかしトルルス・モルクを相手に音楽を引っ張って行っているのは、
完全にグリモーであり、ここでも大胆な展開が魅力的である。
ブラームスならではの密やかにささやくようなところでの
グリモーの音が美しくて、若き日のブラームスの
壊れてしまいそうな繊細な心がひしひしと伝わってきた。
グリモーがものすごい勢いで弾き続けているが、
トルルス・モルクのいつものしなやかで
デリケートな音色はここでも存在感があり、やっぱり最高である。
トルルス・モルクのチェロもまた、かなり自在に
非常に表現の幅が広く、この演奏は聞けば聞くほどに
抜けられなくなってしまうタイプの演奏だと思う。

最後に独奏でラプソディ。
これはもうグリモーの世界が目の前に広がって、
弾きまくっているぞ。グリモーだ!これがグリモーだ!

DG 00289 477 5892

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »