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2006年2月 4日 (土)

バイロイト音楽祭2005

2act

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今日は第2幕を聞いているが、大植英次指揮の演奏については、
もうくどいぐらいに書いているけれど、私はかなりはまっていて、
ドイツの批評家たちが何と書こうが、
この「トリスタンとイゾルデ」は私の宝物である。

第2幕の舞台写真を見ると、基本的に部屋の様子はそれほど変わりないが、
ここでは天井があり、照明がついている。
先日の写真で第1幕のときは天井もなく、上は闇という感じだった。
第3幕では再び天井はなく、照明もなく、闇となっている。
その点を少し考えてみたい。

第1幕について、ワーグナーの台本では、
船の上という設定になっているが、それで天井がない、
というのが単純な理解だけれど、そんな簡単なものでもなく、
同時にイゾルデの心理状態の不安定を闇に表現しているのか?
第1幕第1場では、マルケ王に嫁がなくてはならない未来を憎み、
「上陸したくない」「嵐が来て沈没してしまえばいい」という。
第1幕第3場から第4場においては、
イゾルデはブランゲーネに毒薬を預け、
想いを寄せながらも仇であるトリスタンを殺し、
自分もまた毒薬を飲んで死ぬと決意して、
ブランゲーネに別れを告げる。
また第2幕でトリスタンは死(永遠の愛)を「夜の国」と表現しているので、
その点で第1幕後半の二人が死のうとする場面が闇というのも納得である。

そして第2幕であるが、愛の酒(ほれ薬)の力を借りているとはいえ、
ここでトリスタンとイゾルデが愛し合っているのは事実であり、
それが現実であるという点で、天井から照明をあびているのか。
第2幕第2場で愛の絶頂の中、トリスタンは「死のう」と叫ぶ。
そして第3場でメロートの陰謀により、二人の密会は明るみになり、
ここでトリスタンは、「夜の国に自分と行くか?」とイゾルデにたずねる。
そしてトリスタンは、メロートの刀に自ら飛び込み、重傷を負う。
つまり死のうとして、夜の国、愛の世界に行こうとしているのである。
実際に第3幕では、再び天井と照明がなくなって、闇になるが、
明から暗に行くという点での第2幕は「明」なのかもしれない。
第3幕では、トリスタンは重傷に倒れ、夢と現実の間をさまよい、
トリスタンの死の後、追うようにイゾルデもまた、
幕切れ「愛の死」で夜の国に旅たつ。
つまり舞台もまた、死を表す闇なのか、天井の照明はない。
第3幕については、また詳しく第3幕を聞くときに。

第1幕「暗」 ⇒ 第2幕「明」 ⇒ 第3幕「暗」という流れであり、
第1幕「夢(憧れ)」 ⇒ 第2幕「現実そして発覚」 ⇒ 第3幕「夢(さまよい)」
第1幕「死」 ⇒ 第2幕「生」 ⇒ 第3幕「死(夜の国そして愛は永遠)」
という、物語の流れを、変化のないほぼ同じ舞台上において、
天井と照明が表現しているのかと写真からそんな想像をしているが、
深読みしすぎなのか?もっとそこには違う狙いがあるのか?
実際のところはわからない。でもこの写真は、
飾りの少ない殺風景な舞台だけど、
いろいろと面白い想像を提供してくれた。

しかし第2幕は本当に素晴らしい。やはり最高である。
その美しさ、陶酔感、熱狂的な盛り上がり、永遠に続く高揚感、
引き込まれる。感動的である。熱くなる。

CDR198/199/200

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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