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2006年2月 8日 (水)

セルジュ・チェリビダッケ 3

チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルによる
ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。
EMIがCD化したミュンヘンフィルとの録音の中では、
比較的早い時期のものといえるのか?
1988年10月のライブ録音である。
チェリビダッケの晩年の演奏スタイルには変わりないが、
しかしその密度において、より高い集中力も感じられ、
スケルツォの楽章では、驚きのいきいきとした表現であり、
1980年代の録音だからこそなのかと少し考えなくもない。
冒頭から極上の美しさであり、これまでに聞いてきた中でも
最高のブルックナー、感動的な演奏である。
やはりチェリビダッケだ!これこそである。

ブルックナーの第4番「ロマンティック」は通常に演奏されると
だいたい65分から68分の演奏時間となるのだが、
少し前のエッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の演奏、
これもライブ録音だが、それが73分ほどかけてじっくり表現しており、
聞くとこれまた最高の美しさに心奪われるのだが、そのとき、
ここでの美の追求、かなり徹底して研きぬかれた表情創りが行われているが、
これはチェリビダッケに通ずるものがあると何となく感じていたのだけれど、
チェリビダッケの演奏では、なんと79分であり、究極である。
しかし先ほども書いたが、第1楽章や第3楽章では、
それほどテンポが遅いという印象はなく、
まあ、実際はかなり遅いのだけれど、
特にここで際立って個性的なのは、第2楽章と第4楽章である。
細部へのこだわりがすごいし、不思議なほどに豊かな響きがして、
音楽はまるで生まれ変わったような、これは美の極致である。
私はギュンター・ヴァントのブルックナーが大好きで、
しかしチェリビダッケと比べるとずいぶん違うのだが、
ヴァントや朝比奈隆、そしてチェリビダッケは、
1990年代にブルックナー指揮者として有名だったけれど、
ヴァントと朝比奈隆が深く内面に精神性を求めていったのに対して、
ある意味、チェリビダッケは、ひたすら表面にこだわっている。
といっていいのか、いや違うといわれてしまうかもしれないけど、
響きも明るく、つややかな音色で、角もとれて、
宇宙的に雄大に膨れ上がっていく存在、
包み込まれるような幸福感、やはりチェリビダッケはすごいと思う。
どうなのだろうか?ヴァントとチェリビダッケ、
ブルックナー・ファンならどちらか選べよ!と迫られてしまうのか、
いや、私はブルックナー好きなので、
どちらのブルックナーを聞いても、最高の感動である。

EMI 5 56690 2

先ほど、少しふれたエッシェンバッハのブルックナーだが、
以前にちょっと興味深かったことがあり、
北ドイツ放送交響楽団(ハンブルクNDR交響楽団)といえばギュンター・ヴァント、
晩年のヴァントが最後までブルックナーを熱心に指揮し続けていたその当時、
ちょうどNDR交響楽団の主席指揮者だったのがエッシェンバッハであり、
エッシェンバッハもまたブルックナーを取り上げて、
残念ながらヴァントが亡くなったが、その追悼の演奏会で
ブルックナーを指揮したのもエッシェンバッハであった。
ヴァントとエッシェンバッハは、先ほども書いたが、
かなり方向性の違うブルックナーであり、
それをハンブルクのファンたちは、どう感じていたのか?
余計なお世話かもしれないけど、遠く日本から私は、
そのことが気になってしかたなかったのである。
その後のエッシェンバッハは、スローテンポを駆使して、
徹底的に練り上げられた表現で、チェリビダッケ的ともいえる
美の追求をひたすら実践しているのである。

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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