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2006年2月17日 (金)

セルジュ・チェリビダッケ 5

今日は確定申告で税務署に行ってきて、
少し足を伸ばして、横浜にも寄ってきた。
カルロス・クライバーのベートーヴェンの「第7」
1982年5月3日のライブである。
遅くなってしまったが、やっと手に入れてきた。
聞くのが楽しみである。
それに先日から聞いているチェリビダッケのブルックナーたが、
これらに続いて、交響曲第5番と第9番を買ってきた。
ミュンヘンフィルとのライブでEMIのCDである。
これで残すところ、交響曲第7番とテ・デウム、
それにミサ曲第3番だけとなった。
しかし第7番はすでに買われてしまったようで、
私は安売りセールで買いたいと思っているので、
新たに入荷がなければ、今回は残念ながら手に入らない。
またいずれチャンスはあるだろう。

チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルによる
ドビュッシーの「海」と「イベリア」。
恐ろしく息の長い演奏で、ちょっとこれは…、
また改めて聞いてみたいと思う。少し慣れが必要だ。
チェリビダッケの指揮はある程度予想していても、
それを上回るスローテンポだと、さすがに戸惑う。
先日のブルックナーの交響曲第8番の第1楽章でも
同じようなことになったのだが。
しかし何回か聞いているうちに、
チェリビダッケの指揮棒がどんな動きをしているのか、
それが音の向こうに見えはじめると
もうそのときはチェリの魔術にはまっているという、
そういうタイプの演奏ではあると思う。
ドビュッシーの音楽にもそういう傾向はあるので。

同じくミュンヘンフィルでティーレマンが指揮をした
「海」を聞いたことがあるのだが、
そちらは完全なドイツ式の方法でほとんど豪快といえるような
そんな荒海を描き出していたが、それはそれで、
方法論はあくまでも表面的な形にすぎず、
ある意味ワーグナー的ともいえるのだろうが、
ティーレマンは聞いている人を音楽に引き込むという点では、
まさに天才的であった。
光が戯れる繊細で柔らかい海というのではなく、
暗い曇り空の元、まるで厳しい冬の海のような。
というのは、ちょっと書きすぎか?
いや、改めて聞きなおしてみると
もしかしたら印象も違うかもしれない。

「イベリア」の方が理解しやすいのかもしれない。
リズムに活気があり、情景がはっきりと見えるということか。
チェリビダッケの描き方は、色彩的だし、
ここではドイツ的な印象とも違う気がする。
しかしフランス人指揮者たちの繊細な感覚とも違うけれど。
ずっと濃厚だけど、でも厚ぼったさはそれほどなく、
この辺の独特な仕上がりはまさにチェリビダッケということか。
チェリビダッケは、テンポはとにかく遅いけど、
しかし細部の描き方や細かい表情、
音色にも極度にこだわりを見せるので、
遅いからといって、それが重いということでもなく、
押しつぶされるような鈍さは、これまで感じたことがない。
それはブルックナーのときもそうなのである。
しかしブルックナーに比べると
チェリのドビュッシーはもう少し聞いてみたい。

EMI 5 56520 2

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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