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2006年2月26日 (日)

サイモン・ラトル

ショスタコーヴィチとプロコフィエフの
それぞれヴァイオリン協奏曲第1番。
独奏はサラ・チャンである。
サラ・チャンのCDを買うのははじめてで、
ラトル指揮ベルリンフィルの存在にひかれて買ってきた。
ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番が大好きで、
これはヴァイオリンだからというよりも
どちらかというとショスタコーヴィチの音楽として好きなようで、
同じような感じで以前に五嶋みどりのCDを買ってきたときも
アバド指揮ベルリンフィルが聞きたかったからなのだ。
今回もラトルとベルリンフィルがどんな演奏をするのか、
それは特に注目である。

でも何となく違う。少し驚かされる。
ラトルといえば、勢いがあって、力にあふれて、
音楽の「喜び」があふれ出てくるような
いつもそんな感じがあるけれど、
今回は軽やかな立ち振る舞いでしなやかに
鳴りっぷりのよさではなく、
ひとつひとつの音が見通しよくて、何かが違う。
ラトルは非常に柔軟な人で
作品とか共演者とか、オーケストラの違いによって
演奏スタイルも自在に変えられるという、
特に近年は、そうした傾向が顕著である気もしていて、
この演奏が、何かそういう特徴を示しているものなのか?

ショスタコーヴィチのこの作品は、誰がやっても、
勢いよく盛り上がって、駆け抜ける作品である。
そしてショスタコーヴィチの音楽そのものに
並々ならぬ力強さが備わっている。
そういうある程度一般的に通っている傾向に対して、
何か新しいものを探そうとしているのか?
第4楽章まで来るとはっきりそうした問題意識へと
私の関心は向けられた。
プロコフィエフについてもそうである。
とにかく発散というものがなくて、室内楽のような、
力の方向性が常に内面的なものへと向いており、
不思議な透明感が漂っている。
プロコフィエフのあの色彩的な印象ではなく、
これまで聞いたことのないような、何か新しいものである。

ショスタコーヴィチについては、この演奏会の前後に
交響曲第1番と第14番が演奏されているようなので、
もしそれらを聞く機会を得られれば、
もっと何かに気づき、教えられるかもしれない。
このCDはもうちょっと聞き込んでみないとわからないことも多く、
やはりラトルは面白くって、目が離せない。

EMI 3 46053 2

「サイモン・ラトル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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