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2006年3月29日 (水)

セルジュ・チェリビダッケ 7

チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルによる
ブルックナーの交響曲第9番。
1995年9月の録音で、翌年には亡くなっているわけだから、
詳しいことはわからないが、より最後に近い演奏であると思われる。
このブルックナーもつい先日の第5番と同様に
晩年のこれらの記録の中では、特に素晴らしいものといえるのではないか。
冒頭はゆったりとはじまる音楽なので、それほどにはわからないのだが、
しかし第1楽章の途中あたりから、
もうかつて聞いたことのないような遅いテンポになって、
ひたすら永遠を目指しているような信じられない時間の流れだが、
だけど、このテンポ設定、なぜか全く気にならないのである。
という意味では、この曲もまた
チェリの芸術がピッタリと合致する作品なのであり、
もう遅ければ遅いほどに美しさが増していくような
とにかくすごい演奏である。偉大な存在である。
音楽の広がり、深さ、その大きさに包み込まれるような感覚は格別だが、
ただ意味なく膨れ上がっていくような印象はなく、
それはここでも恐ろしいまでのチェリビダッケの集中力と
すべてを自分の領域に導いていく魔術であり、
細部の掘り下げや響きを操るこの特殊な能力は、
やはりチェリビダッケ以外には考えられない。
ふと普段聞いているブルックナーの9番のことを思うと
この彼方への連なりは、ときに底なし沼にはまっているようなものなのだが、
しかし気づくと、そこは神聖であり、荘厳であり、宇宙であり、
西欧人にとってはまさに神の存在なのだと思うが、
そうした宗教感がなくとも、この響きには、
何か偉大なものを感じずにはいられない。
永遠の彼方にある第3楽章後半の明るい光に包まれて、
幸福へと開放されていくこの安らかさ、
これまで聞いてきたあらゆるブルックナーにおいても
最も感動したフィナーレなのではないかと感じさせられる。
チェリビダッケが最後に到達した境地をここに感じることができる。

EMI 5 56699 2

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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