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2006年5月 1日 (月)

セルジュ・チェリビダッケ 11

チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲第7番(1971年6月8日の録音)。
第7番は晩年のミュンヘンフィルとのCDを持っていなくて、
そういう意味では、この1970年代の録音は私には貴重だし、
同時に新鮮な気持ちで聞けて、興味が尽きない。

チェリビダッケのブルックナーは、
基本的にいつも前向きな姿勢だし、
響きも明るく、すっきりとした青空のように、
はるか彼方まで透明な空気に満たされているような
そんな演奏なのだが、ここでの第7番でも第1楽章から、
その美しく、くっきりとした音楽にハッとさせられる。
また1970年代を中心とするこのシリーズの特長でもある、
緊張感と集中力、音楽の輪郭の明確さ、立体的造形、
これらの傾向は、ここでの演奏でも最高潮に達しているといえる。
第2楽章もまた素晴らしい。ひたすら美の追求。
表面的な部分にこだわりをもって聞き進むと
一方で精神性に対して希薄になってくるのだが、
それはいいとして、この美しさに感動することが何よりも大切だと
その辺はさすがにチェリビダッケ、究極の美意識である。
この第2楽章で、ひとつ疑問なのだが、
DGによるCDの表示は「ハース版」となっているのだが、
「ノヴァーク版」ではないのだろうか?
ハース版を使用しつつ、適宜打楽器を追加するという演奏もあるようなので、
チェリビダッケもそのタイプの演奏なのかもしれない。
第2楽章後半の盛り上がりは、かなり盛大なので心構えが必要?
後で詳しく聞きなおしてみたのだが、
ティンパニとシンバルによって演奏しており、トライアングルは採用せず、
やはり「ハース版に一部打楽器を追加」ということかもしれない。
ヴァント、朝比奈隆、カラヤン、ベーム、…、
「ハース版」にこだわっている指揮者も多い中で、
チェリビダッケは比較的「ノヴァーク版」嗜好のようだが、
この第7番では「ハース版」と表示で、珍しいとは思っていたのだが、
第2楽章での効果は、やはり「ノヴァーク版」の方向性のようである。
第7番の交響曲は、第3楽章以降後半が、比較的軽いというのが特長だが、
チェリビダッケも軽快にきびきびとした動きで爽快である。
特に終楽章のスピード感で、必要以上にしつこくしない、
最後も残響を引っ張らずに消えるように終わるフィナーレ、
こういうやり方は、ときどきチェリの演奏には見られて、印象的である。
この演奏の中心は、何といっても「アダージョ」楽章ということなのだろう。
しかしこの辺が、晩年のミュンヘンフィルとの演奏でどうなっているのか、
それは興味があり、やはり聞かずにはいられない。いずれ必ず。
チェリビダッケのブルックナーはどれもみな素晴らしいが、
この1971年の第7番は、特に気に入って、私はいいと思った。

DG 00289 477 5136

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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