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2006年6月30日 (金)

私が聞いた今年の名盤2006

月末なので「私の名盤」の途中経過だが、
今月はスクロヴァチェフスキのベートーヴェンを追加。
今回の第1番、第4番は特に気に入った。
ミスターSはマニアックな追っかけファンが増えている中、
実際のところはスーパースターというわけでもないし、
私はというとその中間的位置づけである。
スクロヴァチェフスキは、わりとよく聞いているけれど、
しかしミスターSだけというわけでもないし、
でもここでの第1番、第4番は、マニアックファンだけでなく、
多くの人々に受け入れられるであろう素晴らしい魅力を私は感じた。

《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第7番~バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ
○ショスタコーヴィチ 交響曲 第2番、第12番
   ~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団
○ベートーヴェン 交響曲 第1番、第4番
   ~スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団

《管弦楽》
○R.シュトラウス 英雄の生涯~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第1番
   ~クリスティアン・ツィメルマン、ラトル指揮ベルリンフィル
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第2番
   ~ネルソン・フレイレ、シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


《室内楽》
今のところなし

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ピアノソナタ op.109-111~内田光子
◎チャイコフスキー 「四季(1月~6月)」~クリストフ・エッシェンバッハ


《歌劇》
○ワーグナー 「パルジファル」~ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場

《声楽曲》
今のところなし

《ライブ盤》
◎ベートーヴェン 交響曲 第7番~クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
◎ブラームス 交響曲 第2番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団

○ブラームス 交響曲 第1、3、4番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団

は特に大切に感じられる名盤です)

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2006年6月29日 (木)

第1576回N響定期公演

9月のN響B定期だが、ご存知の通り、
指揮が予定されていた岩城宏之が亡くなってしまい、
その代役であるが、若杉弘と外山雄三が担当するそうである。
前半の武満徹、黛敏郎の作品を若杉弘、
そして後半の「春の祭典」を外山雄三が指揮する。
素晴らしいことだ。生前にゆかりの深かった
外山雄三、若杉弘、そしてNHK交響楽団によって、
きっと感動的な演奏が、亡き岩城宏之に捧げられると思う。
想いの込められたコンサートである。

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2006年6月28日 (水)

スクロヴァチェフスキのベト1+4

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
ザールブリュッケン放送交響楽団による
ベートーヴェンの交響曲全曲録音、
その第3弾で今回は第1番と第4番。
これまでの中でも最高の素晴らしさである!
暖かみのある音色、柔らかい木管楽器の表情、
そしてきびきびとした動き、勢いのあるリズム感覚、
こういうベートーヴェンは好きだ。
しかしそれにしても、スクロヴァチェフスキは若い!
この身のこなし、軽やかに振舞って、なんという生命力、
ダニエル・ハーディングにも決して負けていない!
ミスターSは80をすぎた巨匠である。
なんという気持ちのいいベートーヴェンだ。
こういう演奏こそ私は聞きたいと思う。
ザールブリュッケン放送交響楽団の印象というのは、
正直に書いてしまうと、「英雄」のときのように
とにかく勢いで突っ走ってしまうか、
そうでないとちょっと響きに硬さが見られることがあって、
CDで冷静に聞いているとそんなことばかりが気になってしまうのだが、
しかし今回の演奏では、オーケストラは変わったわけではないけれど、
仕上がりのバランスが非常によくて、
スクロヴァチェフスキが自らの目指すものにより要求している部分と
そしてよく知っている指揮者だからこその上手に引き出している部分と
それらが見事に一致していて、聞いていて楽しくって仕方ない!
ベートーヴェンの音楽は、聞く人にいつも元気を与えてくれるが、
この演奏には喜びと幸福、すぐ隣にある親しさが存在しているのである。

OEHMS OC 521

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2006年6月27日 (火)

バイロイト音楽祭2005

Fd2005b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

引き続きバイロイト音楽祭2005から「さまよえるオランダ人」。
第3幕でノルウェー船の船員の合唱とオランダ船の船員の合唱が
激しく交錯して最も盛り上がる場面、
突如嵐となり、オランダ船から不気味な合唱が響いてくる
ここの迫力や劇的な展開が大好きである。
クラウス・グートの演出では、すべてはゼンタの幻覚、妄想にすぎないと
オランダ人の姿をした人々が舞台にあふれてくるという展開だそうだが、
心理劇の謎解きの面白さが好評で、
これまで評価は高いという話だったのだが、
この録音では、演奏終了と同時に会場からブーイングが起きている。
それ以前はあまりブーイングの印象はないのだが、どうだったか?
舞台の写真を見て思うことは、「オランダ人」においても
場面で照明の変化はあるけれど、舞台は全体を通して共通で
それは2005年新演出の「トリスタンとイゾルデ」も同じだが、
さらに極端に簡素な舞台とミスマッチなクラシカルなデザイン、
その辺の視覚的な部分における聴衆の不満もきているのか?
ある程度、飽きもあるのだろう。
といって、シュリンゲンジーフの「パルジファル」における
「ゴミの山」的舞台も聴衆は拒否しているわけで、いろいろ難しい。
保守的なワグネリアンたちを唸らせるのは至難の業である。
フィリップ・アルロー演出の「タンホイザー」は
極度に色彩華やかな舞台だが、聴衆の反応はたいへんよいけれど、
しかしそれはティーレマンの音楽に酔いしれているからこそであり、
舞台に関しての反応はあまりよくわからない。
次回は「タンホイザー」を聞こうと思っているので、
そのときは音からいろいろと探ってみたいと思う。

CDR228/229

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月26日 (月)

バイロイト音楽祭2005

Fd2005a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

この週末から「さまよえるオランダ人」を聞いている。
2003年からのクラウス・グート演出
マルク・アルブレヒトの指揮によるオランダ人も2005年で3年目。
今年(2006)も同じくアルブレヒトの指揮で上演される予定。
私はマルク・アルブレヒトの指揮は、
最初の年からたいへん気に入っているのだが、
その方向性は基本的には変更もないような気がするし、
引き締まった音楽作り、舞台進行は一貫しているように感じられる。
よって劇的に成長したり、充実してきたという印象はないのだが、
それは一年目から高いレベルに達していたからということではないか。
しかし今回聞いていて、少し感じることは、
ドライな音色が特長ではあるのだが、
少し乾いた響きがしているという印象もあり、
今の私にはそれが気になった。
しかしそれは先ほどからも指摘している通り、
マルク・アルブレヒトが現在変わったというのではなくて、
今の私がたまたま感じること、一時的な好みの問題であると思う。
基本的には、端整に音楽を構築して、集中力も強く、
素晴らしいワーグナー演奏である。
この緊張感を持続しつつ、さらに豊かな音が響いてきたならば、
もっと巨大な陶酔というものが生まれるのかもしれない。
しかし作品はオランダ人であり、若いワーグナーによる新鮮な感覚、
特に今回の演出では、救済の存在しないバージョンでの上演だし、
過度に感動を増長させるよりもむしろコンパクトな全体像、
しっかりとした方向性がここに示されているとも感じる。
明確な解答が存在しているのであり、
これもまた非常に適切であると深く納得させられるのである。
マルク・アルブレヒトのオランダ人は、
今年もまた聞けるであろうし、私にとっては期待の存在だ。
この舞台もそろそろ完成なのだと思うが、
マルク・アルブレヒトのさらなる発展が見たい。

CDR228/229

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月24日 (土)

セルジュ・チェリビダッケ 12

ちょっと久しぶりになってしまったが、
チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲第8番(1976年11月23日の録音)。
素晴らしい!久しぶりに聞くチェリということもあるけれど、
ブルックナーの第8番はやはり感動的である。
晩年のミュンヘンフィル盤は、あまりに遅くてたいへんだが、
こちらはずっと普通の印象であり、
弦楽器に時折表れてくる繊細な表情
厳しく引き締まった管楽器の音色が独特である。
この研きぬかれた音作りは、シュトゥットガルト時代の特長である
といってよいのではないだろうか。
透明感と洗練された感覚にあふれるという点で
ブルックナーにしては、少々押しが弱いか?とも思うが、
第2楽章など、驚くほどに軽やかで、これがまた魅力だし、
強い集中力と凝縮された音の構築、音楽の勢い、
晩年の録音は、前半がちょっと緊張感に欠けるような気がするし、
そういう意味では、こちらの演奏は圧倒的な輝きがあって、
さすがに1970年代のチェリビダッケである。
しかし後半の楽章に関しては、その巨大さにおいては、
やはり晩年の録音であろう。あの深まりは途轍もないものがある。
こちらはむしろ引き締まった音楽が、最後まで貫かれている。

DG 00289 477 5136

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月23日 (金)

ロンドンフィル2004/2005

ロンドンフィルの自主制作ライブ盤から
クルト・マズア指揮のブリテン「戦争レクイエム」。
同じくマズアの指揮によるショスタコーヴィチの交響曲に続いて、
ロンドンフィル自主制作CDを買うのは、今回が2度目。
フランス国立管弦楽団とのクルト・マズアにすごく興味あるのだが、
もう一方のロンドンフィルとの活動もまたもちろん注目である。
しかし「戦争レクイエム」は聞いてはいるが、
正直なところ、それほどには詳しくないし、
比較をするほど聞き込んでいるわけでもないので、
たいしたことは書けない。
でもブリテンの美しい音楽は魅力であり、
ここでの演奏もたいへんに素晴らしくて気に入った。
クルト・マズアというと一般にはドイツもののイメージがあるが、
意外にレパートリーは多彩であり、ブリテンも面白い。
こういう演奏こそ、ぜひとも聞きたいものである。

LPO-0010

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2006年6月22日 (木)

横浜の風景から 5

20060622a

横浜市瀬谷区宮沢にある「六道の辻」というところ。
写真で見るとどうってことないのだけれど、
本当に6本の道がここで交わっている。
というのが面白いのだが、地域の史跡にも指定されている。
どうも写真に撮るとあまり魅力的に映らない?

20060622b

六道の辻のすぐ近所で一面のネギ畑。
夏も近いが、すくすく成長中のようで鮮やかな緑である。
畑って、美しい。きれいに整理されて植えられているから?
いや自然の力だ!畑だから自然じゃないか…
植物の力!生命の力!

ここへの行き方はこちらにお問い合わせください
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月21日 (水)

王立コンセルトヘボウ2005/2006

ロイヤル・コンセルトヘボウの自主制作ライブ盤から
マリス・ヤンソンスの指揮によるマーラーの交響曲第6番。
ヤンソンスの「悲劇的」は、ロンドン交響楽団とのライブもあるのだが、
短い間に同じ作品が続いて登場するとは、ちょっと驚きの展開。
でも今回はコンセルトヘボウでもあり、やはり注目である。
しかし冒頭から極めて快調なテンポ設定で、
音作りはこの上なくスタイリッシュ、ヤンソンスならではの清潔感というか、
基本的にはロンドン交響楽団のときと大きな変化はないと思われる。
ちょっと整理されすぎているという贅沢なことをいうが、
ヤンソンスのマーラーは独特の傾向があり、
濃厚で重くって、激しいマーラーを好む人には、ちょっと物足りないかも。
しかし今回は、RCOの自主制作の特長でもあるSACD仕様でもあり、
音質の点ではかなり魅力的で、迫力ある臨場感に包まれて、
聞き進むにつれて、その音の世界にすっかり魅了されてしまう。
コンセルトヘボウのマーラー演奏は非常に歴史があり、
代々の音楽監督が熱心に取り組んできているし、
独特の暖かみのある音、角のとれたブレンドされた響き、
期待通りの仕上がりにすっかり満足するのだが、
そこにこの透明感を持ち込んだのが、
ヤンソンスの存在であると私は思う。
部分ごとにクローズアップして聞くと、ちょっと流れすぎで、
どんどん通り過ぎていってしまうような印象もあるのだが、
しかし全体像で音楽を認識するならば、
この端整な仕上がりは見事としかいいようがなく、
気がつくと感動的なマーラーの音楽にのめり込んでいるのである。
終楽章の迫力の世界、鋭くこちらに迫ってくるが、
この辺も音質の素晴らしさは最大の武器だ!
マーラーの後にはもう何も聞きたくない!と思ってしまうのだけれど、
しかしここで収録されているヘンツェの新作
「夢の中のセバスチャン」もすっかり気に入ってしまった。
近年多くなっている、それほどに現代音楽の印象でない
響きやリズムやテンポ感を楽しめる音楽なのだが、
マーラーと並べても、全然違和感がない。

RCO 06001

「マリス・ヤンソンス」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月20日 (火)

マーラーの名盤たち

バーンスタインがアムステルダム・コンセルトヘボウを指揮した
マーラーの交響曲第9番である。有名な演奏。
やはりそこからはじめることにしよう。
ベルリンフィルに客演した際のさらに有名なライブが
その後にCD化されており、そちらを推す人もかなり多そうだけど、
私にとってのマーラーの第九は、
このコンセルトヘボウ盤にはじまっているのである。

バーンスタインの熱い演奏、感情がこもって、
その想いがあまりにも強すぎて、
聞き方によっては、やりすぎな演奏というイメージもあるのだが、
でもいま聞くと音楽の美しさは格別だし、
バーンスタインならではの作品への深い理解、
解釈の深さにとどまらず、音楽との一体感は、
やはり特別なものであると感じさせられる。
後半へ行くにつれ、圧倒的に素晴らしくて、
第3楽章など、晩年のバーンスタインにしては速いテンポであり、
躍動感や表現の鋭さ、エネルギッシュな高揚、
でもいま聞くとそんなに暑苦しい感じでもなく、
そして終楽章は、音楽はさらに隅々にまで感情がこもって、
音色は比較的明るく、バーンスタインはここで、
深刻さに沈んでいくよりは、開放されて、
より安らかな方向へと向かっていくのである。
最初にバーンスタインを聞いて、
それからいろいろたくさん聞いたけれど、
実はかなり、深刻な思いで接している演奏が多い中で、
バーンスタインはもっと前向きな結論を導き出しているということに
いまならば、気付くのである。この辺は印象が少し変わった。
マーラーが死に向き合って、苦しみの中で作曲された音楽に
決して人間を否定するのではない、生きることの素晴らしさ、
バーンスタインはマーラーの最後の音楽の中に
なおもまだ未来に光を求めていたマーラーの境地を
ここで見出しているのである。

DG F66G20061/2

「レナード・バーンスタイン」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月19日 (月)

バイロイト音楽祭1967

カール・ベーム指揮のニーベルングの指環を聞いてきたが、
今日はいよいよ「神々の黄昏」。
1967年のバイロイト音楽祭における録音である。
ストーリーの面白さでは「ラインの黄金」がいいし、
全体の充実感としては「ワルキューレ」、
さらに「ジークフリート」では緻密さが加わり、
しかし最後の「神々の黄昏」まで来ると
登場人物がずいぶん入れ替わってしまって、
ジークフリートは記憶を失って、裏切りや欺きに支配されるし、
第3幕では次々に登場人物が死んでいくという、
あまりよい話ではないし、まさに崩壊、没落が表現されているわけだが、
しかし音楽の素晴らしさでいったら「神々の黄昏」は圧倒的である。
ベームの指揮は、音楽の流れが非常にスムーズで、
また音の構造を極めて明瞭に響かせるので、とにかく心地よい。
しかし序幕から第1幕へと続く長大な前半の展開では、
その引き締まった音楽が、一方でちょっと淡々と流れているような
そういう印象もあり、ずっと聞いていると
たっぷりと鳴らしている演奏がちょっと恋しくなってくる。
しかしベームの素晴らしさは、やはり後半の盛り上げ、
圧倒的な緊張感による第3幕であろう。最高だ。
フィナーレの部分がまた特長的で、
長大な指環物語のエンディングにふさわしく雄大な演奏が多い中で、
ベームはあくまでもシンフォニックに一気に駆け上がっていくような
この辺がまさにベームならではであり、私ははまる。
無駄のない徹底的に切り詰めたワーグナーなので、
好みは分かれるだろう。でも本当にすごい迫力。力強さ。
歴史的瞬間が40年を経て、ここによみがえる。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月18日 (日)

ダニエル・ハーディング

今日の午後はFMで「ダニエル・ハーディング」の特集で
スウェーデン放送交響楽団とマーラー室内管弦楽団を指揮した
ふたつの演奏会が放送された。
ハーディングはその注目度もすごいが、
やはり聞くと本当に素晴らしくて、
このすぐに引き込まれてしまう感覚、
サイモン・ラトルに続いて、世界を征服するであろう。
「これからワーグナーに熱心に取り組んでいく」という
インタビュー記事だったか?あるのだが、
今日の冒頭の「パルジファル」前奏曲、
響きのコントロールが絶妙であり、感動的だった。
スウェーデン放送交響楽団の後半、モーツァルトのミサ曲や
マーラー室内管弦楽団とのピアノ協奏曲(ピアノはエマール)など、
ハーディングのモーツァルトがとにかく絶品なのだが、
これまでの活動からするとちょっと意外でもあるワーグナーも
ハーディングの指揮、解釈は非常にいいかもしれない。
この夏からバイロイトは、ティーレマン指揮の指環がはじまるが、
もしかすると20年後ぐらいに、ハーディングが
バイロイトで指環を振っていたりするのかもしれない。
いつの日か、バイロイトに聞きに行きたいと書いたが、
そのとき、はるかに貫禄のついたハーディングが、
指環を指揮していたらいいなと夢は広がる。
自分と同世代の指揮者ゆえに、
きっとこれから長い付き合いになると思うのだが、
ハーディングの無限の可能性の広がりには、
期待すべきことが多すぎて、まさに目が離せない。

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2006年6月17日 (土)

バイロイト音楽祭2005

このところずっと、あまり余裕がなかったので、
新譜のディスクやライブ録音は聞かなくて、
昔のCDを出して、気軽に楽しんでいたのだが、
カール・ベームの指環も「ジークフリート」まで来ているけれど、
ちょっと時間を見つけては、昨年のバイロイト音楽祭から
「さまよえるオランダ人」を聞き始めた。とりあえず一回目。
これから何回か、じっくり聞き込みたいと思う。
オランダ人はいろいろな演奏があるが、
やはりバイロイトの演奏は格別だ。
現在のマルク・アルブレヒトの演奏もこれで三年目であり、
かなり完成されてきている印象がある。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月16日 (金)

設計レポート

現在進んでいる新築住宅だが、
毎週一度は施主の家に打ち合わせに訪れていて、
車で10分、歩いても25分ぐらいで
近いからそれが可能なのである。
今日は朝から雨だったので車で行ったが、
いつもは30分前に家を出て、歩いていく。運動。
今回の設計はその近さ(地元感)がポイントである。
地元ではあるが、昔からの知り合いではない。
私がこの数年、地元向けに地道に行ってきた
建築の考え方を少しずつ発信していく宣伝活動を見てくださり、
それによって、設計依頼が来たのである。

今日は工務店の社長にも一緒に行ってもらい、
初顔合わせでご紹介した。
早くも工務店が登場しているが、
実はまだ実施設計をはじめたばかりである。
なんで、工事の見積りでもない今の段階で
もう工務店が出てくるの?と思う方もいると思うが、
これも今回の設計のポイントである。
地元感を大切にということだが、
施主は地元にある私の設計事務所に依頼して、
工務店も月村さんが親しいところを紹介してほしいと
施主、設計者、施工者の三者が、地元意識によって、
しっかり結びついて、仕事を進めていくのである。
私は基本設計の段階で概算見積を添付して提出しているのだが、
根拠のない見積りを出しても意味がないので、
案そのものは私の方で作っているが、
その時点で工務店に相談して、ある程度の金額の見込みを立て、
工事着工前の本見積りの際に開きが出ないようにしているのである。
また設計段階から、随時工務店との打ち合わせを行い、
コスト面や施工方法などの問題点も議論しつつ、それにより、
見積りから工事請負契約、着工へのスムーズな展開を期待している。
設計が終わって、それからはじめて見積もりというのでは、
出てきた金額が高くて、そこからコストダウン、…、
時間のロスも多いし、非常に苦労をして、
そして何より建築の質を保つことが難しくなってくる。

設計事務所と工務店の協力を癒着というふうに見る人もいると思うが、
そういう方々には、今回のような取り組みは理解されないであろう。
しかしこの地元感によるいえづくりは、
お互いの理解が生まれれば、非常に力なのである。
この地元感、どこまで可能なのか?ということだが、
本当にきめ細かなことを言い出すと
やはり横浜市内でないと無理になってしまうと思うのだが、
しかしわざわざ業務エリアを限定しているわけではないし、
仕事はケースバイケースで毎回ふさわしい対応をしているので、
同様な考え方と密度、充実度で
県内、そして都内へと発展していかなければと思っている。

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2006年6月15日 (木)

クリフォード・カーゾン

カーゾンが弾くモーツァルト。名盤の中の名盤である。
でもちょっと古い。1970年9月の録音。
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団と共演した
モーツァルトのピアノ協奏曲 ニ短調 K.466と変ロ長調 K.595。
ブリテンの指揮は、今日の感覚からすると非常にロマンティックで、
ウェットな響きが美しく、感情のこもった演奏である。
カーゾンのピアノが最高で、しっかりとした音楽が鳴っているけれど、
表現の中には優しさや気品に満ちた格調高さがあふれていて、
香りたつような、こういう演奏こそ究極であるといいたくなる。
何より弱音である。このデリケートなタッチは一体どうやって?
落ち着きがあり、まさに英国紳士による大人のモーツァルト。
細かいところまできれいに聞こえてきて、
非常に丁寧に表現されているのだけれど、
意外にニュアンスは豊かで、しかしそれらはあくまでも自然。
聞けば聞くほどに素晴らしい。
カーゾンは地味なイメージもあるわけだが、
しかし知る人は、その素晴らしさを高く讃えていて、
このブリテンとのモーツァルトやセルとのブラームス、
室内楽の録音も多く、どれも名演である。

DECCA 417 288-2

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2006年6月14日 (水)

岩城宏之 死去

6月13日に指揮者の岩城宏之が亡くなった。
今日はN響の定期公演だったのだが、
N響正指揮者として長年活躍した岩城宏之に
演奏会の冒頭、バッハのアリアが献奏された。
その美しさもあって、深い悲しみに包まれる。
日本の戦後の音楽界で常に先頭に立って、
最も重要な存在として、偉大な業績を成し遂げてきた。

日本のオーケストラをここまで鍛え上げてきた
そして膨大な数に及ぶ現代音楽の初演を行っている、など
岩城宏之の仕事ぶりは多く語られているが、
もうひとつ、エッセイなどの文筆活動も印象的である。
というのは、私がまだ中学生だった頃、
音楽に興味をもちはじめた時期に
岩城宏之のエッセイ集を読んで、
ルービンシュタインやリヒテル、カラヤンなど、
偉大な巨匠たちの芸術についてはもちろんのこと、
そして同時に生身の人間としての一面について、
岩城宏之はいろいろと知識や思い出を披露してくれた。
それによって、音楽や演奏家に対し、
より身近な存在として親しみを感じつつ、
音楽との距離感を一気に縮めてくれたと思う。

今年の秋にはN響の定期公演への出演も決まっていた。
N響創立80周年として、外山雄三、若杉弘、そして岩城宏之という
N響正指揮者であり、日本を代表する彼らがそろって出演するという、
素晴らしい企画が用意されていたのである。
特に岩城宏之は、武満徹、黛敏郎、
そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」を取り上げるという、
最高のプログラムであり、私は楽しみにしていたのだ。
そしてN響横浜定期演奏会もまた、
岩城宏之の指揮により同じプログラムで開かれるということなので、
ぜひ聞きたいと思って、気にしていたのである。
何とも残念だ。突然の死とはいえないのかもしれないが、
日本の音楽界における巨大な存在を失い、
これは大きなことであると思う。

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2006年6月13日 (火)

バイロイト音楽祭1966

昨日に続いて、今日もベームの指環より
バイロイト音楽祭1966の「ジークフリート」。
素晴らしい!この感動、聞きはじめると止まらない。
1967年の「ワルキューレ」に比べると
多少音質の点で劣っているという気もするが、
ここでもやはりこの緊迫感、一気に登りつめる感覚、
圧倒されてしまい、聞けば聞くほど、夢中にさせられる。
第1幕では、後半のジークフリートが粉々のノートゥングを鍛え上げ、
第2幕では、有名な「森のささやき」で夜明けから大蛇との格闘へ、
第3幕では、炎を乗り越え、ブリュンヒルデとの出会い、
このように各幕、暗から明へと発展していく展開だが、
その転換の鮮やかさ、鋭い切り口には、感動させられる。
ベームの統率力は凄まじい。
歌手も舞台も驚異的な集中力でまとめ上げられていく。
演奏があまりにもすごい勢いなので、
聞く我々も気を抜く余裕など全く存在しない。
これは奇跡的な素晴らしさによる究極の記録である。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月12日 (月)

バイロイト音楽祭1967

明日は工務店との打ち合わせがあるので、
今日は一日家にこもって、そこで使う図面を書いていた。
そういうときは、長大な作品がいい。
ということで、先日の「ラインの黄金」に続いて、
カール・ベーム指揮の「ワルキューレ」。
1967年のバイロイト音楽祭における録音である。

感動的な第1幕など、ワーグナーの雄大さ、
音楽の豊かさをより強調する演奏は多いと思うのだが、
ベームは全く逆の方法に向かっているような、
ロマンティックな情景や感情面での動きに流されず、
ひたすらの凝縮と緊張感、これが最高の感動を生み出すのである。
ベームの指環は、やはり偉大な存在だ。
後半の第3幕へ向かって、その求心力はどんどん強まっていくようで、
シンフォニックな響きは圧倒的な力強さを示し、
明快な造形が舞台全体に曖昧さなど存在しないことを伝えている。
ベーム特有の厳しさ、厳格さであり、あくまでも交響的なスタイルで、
劇的な盛り上がりを築いていることに、時間を忘れ引き込まれる。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月11日 (日)

COSTCOにはまる

噂には聞いていたコストコ!
昨日ついに連れて行ってもらった。
あれはすごい!人間のスケール感をはるかに超越。
店の規模だけでなく、商品の売り方。
肉の塊、パンの量、ピザ、ケーキの大きさ、デカイ!
とりあえず食品が魅力的に映ったが、
行く前に冷蔵庫を空っぽにしておかないと。
冷凍ものを買ってくると困りそうだったので、
パン(36個入り)とスイスロール(大2本)を買ってきた。
うちには多すぎるので、近所のお宅にさっそく半分お届け。
でも量で勝負かと、味はもっと大味かと思ったら、
意外においしかった。いや、かなりおいしかった。
もっと近くにあればいいのに…
私も会員になりたい!
昨日は多摩境に行ったのだが、
金沢シーサイドにしても、ちょっと遠い。
横浜の中央部に出店してくれないかな?
瀬谷区のあたりにぜひ!通っちゃうよ!

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2006年6月10日 (土)

ロンドン交響楽団2005/2006

ベルナルト・ハイティンクとロンドン交響楽団による
今シーズンのベートーヴェン・チクルスから
交響曲 第6番「田園」と第2番のライブ盤。
前回の第7番と同様だが、まず感じることが、
ハイティンクは巨匠であるけれど、
響きが大きくなることはないし、重くなることもないし、
実に新鮮な感覚なのである。
やはりここでの演奏を聞いても
それが今回のシリーズの特長といえるのだろう。
音楽の重量感に関しては全く意外であり、
ハイティンクならば、重そうなイメージもあるのだが、
非常にスッキリとした演奏で、細部までいきいきと
現在のハイティンクは音がよく聞こえていて、
それが我々にもしっかりと伝わってくるのを感じる。
ベーレンライター版を使用しているが、
リズムやアクセントの明快さは、
最近の傾向をハイティンクも積極的に取り入れており、
しかしそういうのが、極端になることがないのが、
ハイティンクならではの安心感である。
また同時に「田園」の終楽章など、響きは暖かく、美しいけれど、
繊細になりすぎることはなくて、むしろ元気に前進するあたり、
この辺はハイティンクの昔からの音楽なのかなと少し思ったりもする。
第2番では、より力強く、活気がみなぎっており、
その鋭さ、歯切れよさは今日的でもあるが、
ハイティンクの音楽もロンドン交響楽団の演奏も非常に素晴らしい。
第7番、第6番、第2番と聞いてきたが、
今のところ、私は第2番が特にお気に入りである。
次回はいよいよ「英雄」だそうなので、ますます期待は高まる。

LSO 0082

「ベルナルト・ハイティンク」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月 9日 (金)

NHK改革案(NHK-FMの将来は?)

竹中大臣の私的懇談会による報告書がまとめられ、
NHKの改革案として、NHK-FMの廃止を提案したそうな。
そんなこと、絶対に許せない!大反対!!
今回ばかりは、私は怒っている。かなり怒っている。
この怒り、止められない。

今日はN響の定期公演がFMで生中継されて、
準・メルクル指揮のシューマン・プログラムは素晴らしかったが、
それもあるので、N響について考えてみると
NHK交響楽団は、放送事業から分離されて、
独立したとしても、きっと存続可能であろう。
しかしこのようにFM生中継や教育テレビのN響アワー、
BSでの放送など、演奏を放送に乗せて、
日本中に伝える、誰でも聞くことができる、
それこそが放送オーケストラの存在の重要な意義なのである。
これからの時代にラジオで音楽を聞くというのも、
もしかしたら時代遅れになるのかもしれない。
しかしN響をはじめ、放送オーケストラは、
戦後、ラジオの音楽番組と密接に関係して、
これまで発展を成し遂げてきたのだ。
そうした重要な歴史を否定しようというのだろうか!

またNHK-FMがもし廃止されてしまったら、
秋のNHK音楽祭もその存在の意義が失われると思う。
ロンドンのBBCプロムスなどと同じく、放送と関係の深い音楽祭であり、
海外の著名なオーケストラが来日して、NHKホールで演奏し、
それが日本中に放送され、どこにいても、
たとえ東京にいなくても世界の一流の演奏を聞くことができる、
それがNHK音楽祭の重要な趣旨なのである。

すでにコメントを書き込んでくださった方もいるが、
年末のバイロイト音楽祭の放送も
NHK-FM放送における毎年の行事である。
1960年代にはすでにはじまっていたそうで、
私が生まれるずっと昔から、毎年必ず年末というと、
夏のバイロイト音楽祭の最新のライブに
日本中の熱烈なワグネリアンたちが耳を傾けていたのだ。
40年に及ぶ歴史が築かれているのである。
これが失われてしまったら、一体どうなってしまうのだ!
ワーグナーに限定するまでもないが、
日本の音楽界が、世界で取り残されてしまう。

NHK-FMの廃止は断固反対だ!
N響の定期公演や海外のコンサートの放送がなくなってしまうなんて、
考えただけでもそんなこと信じられず、悲しくなる。
文化や芸術を我々から奪おうとするなんて、
やはりおかしいと思う。
未来に大きな損失を及ぼすに違いない!
絶対に阻止しなくては!!

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2006年6月 8日 (木)

ハノーファーNDRフィルハーモニー

大植英次の指揮による楽劇「ワルキューレ」第1幕を聞いてきた。
ハノーファーNDRフィルハーモニーの東京公演である。
前半の「リエンツィ」序曲、ジークフリート牧歌から
ふくよかな響きと特に弦楽器のしなやかさに驚かされて、
大植英次のいう「バイロイトの音」というのはこれなんだなと
昨年の「トリスタンとイゾルデ」における響きがよみがえってきた。
バイロイトにおける体験がここに反映されているのだと思う。

後半の「ワルキューレ」第1幕がはじまると
歌手に釘付けになってしまった。
ロバート・ディーン・スミスのジークムント、
リオバ・ブラウンのジークリンデ、
クリストフ・シュテフィンガーのフンディング。
特にロバート・ディーン・スミス!もうここはバイロイトである。
2001年から2004年の4年間、ジークムントを歌っていた。
つまりここ数年、ロバート・ディーン・スミスのジークムントを
ずっと聞いてきたのだ。そして今日ついに会場で生の歌声を聞く。
感動的である。しびれてしまって、涙が出てきた。
指揮台の大植英次の左側にジークリンデとジークムント、
そして右側にはフンディング。
演奏会形式ではあるが、小さな動きをともなって、
完全に演じきっており、ロバート・ディーン・スミスの表情など、
まさにバイロイト音楽祭に発表されている写真そのもの。
第2場のフンディングとのやり取りなど、
お互いのセリフに反応しては、にらみ合い、
殴り合いがはじまるのではないかというような迫力と緊迫感。
ちょうど私の正面に立っているクリストフ・シュテフィンガーのフンディング
大きな体で美しく響きわたる低音に魅了された。感激!
舞台上で服装は通常の演奏会の姿だけれど、
歌手は奇妙な三角関係であり、
しかしその向こうで大植英次がひたすら指揮している姿には、
なんともいえない面白さであって、これぞ演奏会形式である。
フンディングのシュテフィンガーは、出番のない第1場、第3場では、
チェロの横に座って、上を向きつつ、
なんともうっとりと音楽を聞きこんでおり、
その表情があらわしているように
「ワルキューレ」第1幕とはそういう音楽なのである。
長大な第3場はジークムントとジークリンデの二重唱で
もう最高の気持ちでその恍惚の音楽に深く聞き入った。
トネリコの木からノートゥングを抜き取るところなど、
今日はコンサートだけど、楽劇の舞台が目に浮かぶようで、最高の喜び。
こんなにも感動的な音楽空間はこれまで体験したことがない。
やはりワーグナーである。これぞ指環である。
ちょうど今月メトロポリタン歌劇場が来日して、
ドミンゴが日本で最後となる同じくジークムントを歌うわけだが、
指揮がエッシェンバッハとなったことで、
私としてはすごくひかれるわけだけれど、
そういう大舞台(値段が高い)は、これから将来、
私自身がもっともっとワーグナーを深く知り、力をつけて、
それから観に行けばいいかと
今の私には、大植英次の指揮が重要なのであり、
演奏会形式というのが受け入れやすく、
そしてロバート・ディーン・スミスのジークムントを聞いた
ということが、これからの私の一生の宝なのである。

アンコールが2曲。まさに理想的な選曲。
「ワルキューレ」第3幕冒頭のワルキューレの騎行。
そして「神々の黄昏」第3幕のジークフリートの葬送行進曲。
ちょっとした「ニーベルングの指環」のハイライトを楽しませてもらったような、
私にとっては、最高のコンサートだった。
そしてやはりいつの日か、バイロイト音楽祭に観に行かなければと
真剣に思ったのである。ずっと憧れではあったが、
夢にしておくのではなくて、実現させなければならない。きっといつの日か。
ちなみに私、バイロイト祝祭劇場には行ったことがある。
大学生のとき、冬休みに訪ねたのだが…憧れの地。

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2006年6月 7日 (水)

バイロイト音楽祭1966

明日はハノーファーNDRフィルハーモニーの演奏会で
楽劇「ワルキューレ」第1幕(演奏会形式)を聞きに行くので、
今日はその前日ということで楽劇「ラインの黄金」を聞いている。
カール・ベーム指揮の「ニーベルングの指環」を
久しぶりに聞きたいと思っていたので、
今日から指環を順番に聞いていきたいと思う。
「ラインの黄金」と「ジークフリート」が1966年、
「ワルキューレ」と「神々の黄昏」が1967年、
それぞれベームがバイロイト音楽祭に出演した際の
歴史的な名演である。

ベームの指環は本当に感動的である。
久しぶりに聞いてみるとその凄まじさに改めて圧倒される。
もっと豊かな音がして、色彩的だったり、
鳴りっぷりのいいワーグナーはいくらでもあると思う。
ベームの演奏は渋い。引き締まった音で派手な部分がない。
しかしここまでの緊張感や真実の存在する音、
こういう演奏って他にあるだろうか。
心の底から込み上げてくる熱いもの。
ベームの演奏は、表面的には爽やかな音がしているのに
しかしなぜこんなにも音楽に没頭させられるのか、
この演奏の凄さ、それはそこにあり、
だからこそ40年経った現在も
最高の名演として決して輝きを失わないのである。
音は古い。1960年代の録音である。
しかし今、この興奮はまさに今のものであり、
新鮮な感覚、なんという強い光を放っているのか、
バイロイトの歴史におけるひとつの頂点、
それに立ち会える喜び、この録音は本当に貴重な財産である。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月 6日 (火)

フリードリヒ・グルダ

グルダが弾くベートーヴェンのピアノソナタ 第32番。
1967年に録音されたベートーヴェンのピアノソナタ全集は、
私にとって最高の演奏であるとずっと思い続けているのだが、
今日聞いているのはそれとは別の新しい録音であり、
1984年2月に収録されたCDである。
この演奏はCDの初期の時代に出回っていたが、
おそらく長らく廃盤になっており、ちょっと珍しいのではないかと思う。

グルダのベートーヴェンは本当に感動的だ。
後年になるほどグルダ節が聞こえる場合があるので、
その辺は好き嫌いが分かれると思うけど、
グルダが弾くモーツァルト、シューベルト、そしてベートーヴェンは、
最も正統的なスタイルを確保しつつ、同時にウィーンの香りが漂い、
自然で爽やかで、情熱的に躍動感に満ち、
音楽に対する深い愛情の込められた演奏である。
この1984年の演奏では、1967年に比べるとより表情豊かであり、
気合を入れるところでは、まさに力がこもって、
ベートーヴェンの音楽の厚み、重みを限界まで表現しようと
この演奏に対するグルダの強い意志が伝わってくる。
複雑に絡み合う主題の処理が見事で、
そこにいきいきとしたリズムが持ち込まれ、
グルダ的に解釈すれば、これはジャズのスイングでもあり、
グルダ節でもあり、少々個性的ではあるが、
私など、これこそグルダ!最高のベートーヴェンなのである。

ベートーヴェンの最後のピアノソナタの後に来る音楽は存在せず、
ならばグルダ自身の即興演奏となってしまうのか、
「冬の瞑想」は、昔聞いたときには、全く意味不明だったわけだけれど、
いまでは普通に聞けてしまったから、私も変わったのであり、
グルダのことを少し理解できたのであり、というのは、
有名な「コンチェルト・フォー・マイセルフ」の第3楽章で
グルダが即興で行うカデンツァの部分に似ていなくもない。

PHILIPS 412 114-2

「フリードリヒ・グルダ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月 5日 (月)

打ち合わせの一日

今日は朝から構造の打ち合わせで東京に出かけ、
はじまるのが遅れたのと長引いてしまったので、
終わると即行で横浜に戻ってきて、
そのまま施主のお宅に直行。再び打ち合わせ。
順調に運んだが、帰ってきたら18時であった。
お昼を食べる暇もなかったが、
建築に夢中になっていると空腹のことも気にならず、
がむしゃらな一日であった。充実である。
でも構造に関しては、「ここには壁がいる」「この柱は減らせる」
「ここには柱がいるけど、壁があれば、柱はいらない」などなど、
これからもう一度整理して、修正しなくてはいけない。

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2006年6月 3日 (土)

祖母の一周忌

今日は祖母の一周忌の法要で
朝から市川の方へ出かけていた。
しかし我が家は大失敗!
首都高湾岸線が、大井料金所付近から葛西までずっと渋滞。
遅刻してしまったのだ。最悪!
お寺は市川から松戸方面に行ったところなのだが、
横浜から出かけていく親戚も多くて、今日の渋滞はまずかった!
ぎりぎりに到着できた家族もあれば、
我が家のような遅刻してしまう…いけません!
以前は「車は時間が読めない」と早め早めに出かけていたのだが、
いつも順調に行って、早すぎてしまうことも多くて、
今日は完全に油断していた。反省。
改めてお仏壇にお参りに行きます。
その後、親戚とお食事だが、楽しいひととき。
しかしお寺にいる時間が短いと、
なんだか今日は食事に行ったみたいで、ますます反省!
やはり時間は早めに行動しないといけませんね。

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2006年6月 2日 (金)

アンドラーシュ・シフ 2

先日も話題にしたアンドラーシュ・シフのブラームス、
かなり以前のCDでピアノ協奏曲第1番だが、
思い出してみると急に聞きたくなってしまって、
久しぶりに出してきた。懐かしい。
たしかこれがシフの初めて買ったCDだったと思う。
ショルティの指揮によるウィーンフィル。

FMで聞いた海外のライブがすごく気に入ってしまって、
残念ながらこれは録音していたわけではないのだが、
それに比べ、このCDの印象は何か違って、
買ったときにまずそう感じたのだけど、
今改めて聞きなおしてみても、やはり同じことを思う。
シフの弾いているピアノは、ベーゼンドルファーだと思うのだけれど、
シフなのか、ベーゼンドルファーなのか、両方だとも思うが、
ピアノの音色がかなりくすんだ渋い色合いで、
艶やかな響きのウィーンフィルの音色とあわないのである。
ベルリンフィルだったら、ずいぶん違うと思うが、
ウィーンフィルの音が明るくて、透明感があって、
そこは完全にウィーンフィルのブラームスなので、
ちょっとシフのピアノは浮いてしまっている。

最近のシフに関しては、ベートーヴェンだろうとショパンだろうと
かなり広いレパートリーで深みのある世界を創造しているのだが、
どうもこの時期の演奏って、シフというと
当時は広くバッハのイメージがあったわけで、
そういう先入観はすでに関係ないとはいえ、
しかしどこか無理して重みのある迫力を出そうとしているような、
そんな印象も受ける。フォルテが汚いというか、際立ちすぎで、
もともとのシフの独特な繊細なタッチで
思い切ってそれでブラームスを弾ききってもよかったのではないかと。
シフの歌わせ方は美しく、その透明で澄み切った響きは格別なのだから、
そういう持ち味をもっといかしたブラームスにしてもよかったのでは。
重厚さが消えて、多少弱々しい印象もあるかもしれないけれど、
しかしそういうブラームスだって、きっといいに違いない。
この第1番は若々しいブラームスによる、
たいへんロマンティックな一面も音楽の中に存在しているのである。
ひたすら交響的な部分に関しては、ショルティに任せておけばよかった。
しかしそれではちぐはぐな仕上がりになってしまうかもしれない。
そういう意味では、ここでのショルティの指揮はより自然であり、
ショルティらしさがあふれているし、
ウィーンフィルのブラームスという点でも魅力的であると思う。
シフが今演奏したら、きっとまた違った展開があるに違いない。

DECCA 425 110-2

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2006年6月 1日 (木)

シューベルティアーデ2000

今日は2000年のシューベルティアーデ音楽祭から
トマス・ハンプソンによる歌曲集「冬の旅」
ピアノはウォルフラム・リーガーである。
2000年5月25日 ベツァウのホテルポストにおける録音

トマス・ハンプソンはいつもながら本当に素晴らしい。
そしてピアノのウォルフラム・リーガーも私は大好きである。
このふたりによる歌曲がいいのである。
以前にマーラーの歌曲集を聞いて、
そのとき以来、このデュオというといつも注目してきた。
ハンプソンは東京でサヴァリッシュのピアノで「冬の旅」を歌っているが、
こちらはシューベルティアーデ音楽祭ということで
その注目のウォルフラム・リーガーの伴奏だったから、
それはそれは聞けて喜びの録音であったのだ。
ハンプソンの歌声に感激するのはもちろんなのだが、
私はもともとピアノファンでもあったので、
リートを聞いて、ピアノが素晴らしいと、ますます喜びなのである。
グレイアム・ジョンソンやヘルムート・ドイチュは古くから有名だが、
いま最も活躍していて、よく名前を見かけるのは、
マルコム・マルティノーやこのウォルフラム・リーガーである。
イアン・ボストリッジと組んでいるジュリアス・ドレークもいい。
シェーファーやゲルネとの共演が多いエリック・シュナイダー。
トーマス・クヴァストホフの伴奏でユストゥス・ツァイエン。
それにクリスティアン・ゲルハーヘルの伴奏で登場する
ゲロルト・フーバーのピアノも素晴らしい。
こうやって挙げてみるとたくさんいるではないか。
リートにおけるもうひとつの楽しみである。

CDR227

「トマス・ハンプソン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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