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2006年7月31日 (月)

私が聞いた今年の名盤2006

月末なので「私の名盤」の途中経過だが、
マーツァルのマーラーとハイティンクの「英雄」ライブを追加。
あとヤンソンスのショスタコーヴィチだけど、
第3番、第14番を加えて、今年聞いたものは最高の感動である。
まだ7月にして、今年も半分残っているのに、
ちょっと選びすぎだが、まあ、いっか。


《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第7番~バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第2番、第12番、第3番、第14番
   ~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団

○マーラー 交響曲 第6番~ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィル
○ベートーヴェン 交響曲 第1番、第4番
   ~スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団

《管弦楽》
○R.シュトラウス 英雄の生涯~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第1番
   ~クリスティアン・ツィメルマン、ラトル指揮ベルリンフィル
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第2番
   ~ネルソン・フレイレ、シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


《室内楽》
今のところなし

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ピアノソナタ op.109-111~内田光子
◎チャイコフスキー 「四季(1月~6月)」~クリストフ・エッシェンバッハ


《歌劇》
○ワーグナー 「パルジファル」~ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場

《声楽曲》
今のところなし

《ライブ盤》
◎ベートーヴェン 交響曲 第7番~クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
◎ブラームス 交響曲 第2番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団

○ブラームス 交響曲 第1、3、4番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ベートーヴェン 交響曲 第3番 「英雄」~ハイティンク指揮ロンドン交響楽団

は特に大切に感じられる名盤です)

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2006年7月29日 (土)

設計レポート

新しくはじまった新築住宅だが、
施主を工務店に紹介、今回もここからスタートである。
「地元の人が集まって、力あわせていえづくりする」
今回もこの取り組みができそうであり、
施主、設計者、施工者の三者が顔を合わせるところから。
住宅づくりに関する考え方を語り合うという場ではあるが、
堅く考えずにいろいろ雑談して、これから仕事をしていく中で、
最初に親しくなってもらおうという、そういう時間であった。

午後は準備してあった平面計画を見てもらい、
気に入ってくれて、方向性は定まった。
うまくまとまっていたので、いいんじゃないかな
とは、思っていたのだが、これでいよいよ設計がはじまる。
こっちの住宅も楽しくなってきた。

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2006年7月28日 (金)

ベルリンフィル2005/2006

マーツァルとチェコフィルによるマーラー「悲劇的」
早速二回目を聞いているが、感動である。
私的には、後半へと聞き進むにつれ、
どんどん引き込まれていくのだが、いかがだろうか。
EXTONは、90年代のノイマン&チェコフィルによる
マーラーの交響曲をSACDで再発売していくようで
たいへん期待している。今月は「巨人」である。

今週のFMは、ベルリンフィル2005/2006から
5つの演奏会が放送された。
月火は、ラトル指揮の期待のライブだったのだが、
ショスタコーヴィチもR.シュトラウス「英雄の生涯」も
すでにこのライブがCDで発売されているので、
ちょっと気を抜いてしまったが、
水曜日はデイヴィッド・ジンマンが登場して、素晴らしい。
エマニュエル・アックスがソロを務める「皇帝」は、
アックスのピアノはもちろん魅力なのだが、
一方で話題のジンマンによるベートーヴェンということを思うと
特別な印象はそれほどなくて、意外に普通である。
そんなに真剣に聞き込んでいたわけではないので、
もしかしたら、じっくり聞くと違うのかもしれないが、
いずれ時間をかけて聞いてみたいと思う。
それに比べるとシューマン「ライン」はさすがであった。

木曜日は、再びラトル。「ヨハネ受難曲」である。
でも残念ながら時間の関係で抜粋による放送。
ラトルの「ヨハネ受難曲」は全曲聞きたかった。
抜粋というのは気に入らないのだが、
2002年の録音(全曲)をもっているので、
いずれゆっくり比較などしてみたい。

そして今日はネーメ・ヤルヴィが登場。
今年のワルトビューネ・コンサートである。
ネーメ・ヤルヴィとベルリンフィルというのは、初めて聞いた。
「シェエラザード」に「ペール・ギュント」という
まあポピュラーな内容だが、たいへん楽しく、会場も興奮状態。
ヤルヴィ親子は、私は以前から大ファンなので、
今日の演奏会は、私にとってもうれしくって、
会場の空気を感じつつ、満喫した。
今度はぜひフィルハーモニーで定期演奏会を指揮して、
ショスタコーヴィチでも取り上げてくれたら、ますますうれしい。

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2006年7月27日 (木)

ズデニェク・マーツァル

ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィルによる
マーラーの交響曲第6番「悲劇的」。
今回も録音がすごい。聞こえる聞こえる!
隅々まで何もかもが聞こえてくるし、
私はSACDを2チャンネルの環境で聞いているのだが、
そこに存在する空間って、コンサートホールの音響である。
舞台裏から聞こえてくる打楽器群など、
非常に仕掛けの多い作品だが、この奥行き感は感動的。
EXTONのCDは、いつも録音のことばかりほめて申し訳ないが、
しかしそれにしてもこの臨場感って、
本当の演奏会に行っているような喜びが得られるのである。

この前に聞いたヤンソンスの「悲劇的」も
勢いがあって、非常に快適に流れる演奏だったのだが、
このマーツァルの演奏も第1楽章から快調に進む。
でもこちらの方が、かなり起伏が激しい印象を受ける。
それはより感情的に表現しているからなのか、
それとも録音の素晴らしさによる音響効果なのか?
もちろん相乗効果ではあるのだけれど、熱くなる!
この演奏では第2楽章が通常通りスケルツォの楽章となっていて、
最近はかえってこの演奏順が珍しくなってきているような気もするのだけれど、
第1楽章から第2楽章のスケルツォへとなだれ込む感じ、
この感覚が私は好きである。たいへんに心地よく、好ましい。
第2楽章の迫力も相当だ。これは名演だ。すごい!
後半の第3楽章(アンダンテの楽章)から第4楽章への調和も素晴らしい。
その印象を言葉で書き記そうという試み、
もうそんなことバカバカしくなってしまう
(所詮無理!私の言葉なんて、たかが知れてる)
第6番は数多く聞いてきたが、この演奏はその中でも最高だ。
長大な第4楽章も緩急、強弱を自在にコントロールして、
同時に形式的な部分、音楽の構造的な部分も
こんなにもバランスよく、演出に優れている演奏はない。
マーツァルの音楽をまとめ上げていく力は驚異的だ。
正直ここまで来るとは思っていなかった。
職人的な部分と音楽を聞かせてしまうより人間的な魅力、
それらをあわせもって、ズデニェク・マーツァルという指揮者は、
もっとスター的存在に輝かしく評価されるべきである。
写真(ジャケット)の顔が恐すぎる!
でも見方によってはカッコいい!渋い!
ズデニェク・マーツァルとチェコフィルの時代は、
マーラーの交響曲第5番にはじまったのだが、
その後、昨年の交響曲第3番、こちらも超名演、
そして今回の第6番と来て、このままどんどん進むのであろう。
次回作も大いに期待している。

EXTON OVCL-00245

「ズデニェク・マーツァル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月26日 (水)

設計レポート

20060726

新しくはじまった住宅の計画である。
今回も何枚も手書きの平面を書いて、
少しずつ修正していって、大きな違いはないのだが、
そういう変化の過程を経て、とりあえずまとまった。
今度の週末に見てもらう予定。
今回の仕事も地元の施主といつもの工務店そして私、
近い人ばかりが集まってのいえづくりであり、
密度の高い仕事に仕上げていきたいと思っている。
さらに今回の特長は、オール電化生活が最大の目標。
また両隣が接近している敷地でもあるので、
中央に光庭を設けて、家の中心を開放的に、
そして採光が難しい部屋を光庭に面して配置して、
光も風も通り抜ける快適空間が実現するよう試みた。
いろいろ変化するかもしれないけど、ここからスタート。

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2006年7月25日 (火)

セルジュ・チェリビダッケ 15

バイロイト音楽祭2006は今日開幕である。
初日は「オランダ人」。新演出「リング」は明日から。
ティーレマンには「これはカイルベルトではないか!」という
そんなリングを期待しているのだが、どうなるのだろう?

昨日に続いて、チェリビダッケのベートーヴェン、
交響曲第7番(1989.1.20)と第8番(1995.1.4)。
ミュンヘンフィルとのライブ録音である。
この第7番は超名演だ。特に素晴らしい。
今回も遅いのだけれど、ここでのテンポ設定というのは、
通常に比べてどうこうというよりも、
明らかに他では聞いたことのない
チェリビダッケならではの響き、音色が聞こえてくるのである。
発見に満ちている。こういうのもありなのかと。
遅くないのだ。これはこれで完璧にまで完成されている。
私もカルロス・クライバーの第7が最高だと思っている。
そう思っている人って多いだろう。
クライバーの後で聞いたら、きっと時間が止まっているような
そんな錯覚をしてしまうに違いない。
しかしチェリの世界を受け入れている人にとって、
こんなにも明確な形でチェリを感じられる演奏もなくて、
私にとっては、この第7は特にお気に入りの名演だ。
歳をとったからテンポが遅くなってしまったというのではない
明らかにスローテンポによって音楽を構築していこうという
チェリビダッケの意図がしっかりと伝わってくる。
そういう意味でも、響きの隅々にいたるまで集中力の強い
チェリのライブ盤の中でも最も成功した演奏といえるのではないか。
他では聞いたことがないと書いたのだけれど、
終楽章の印象などは、もしかしたら
晩年のバーンスタインの演奏などは近いのかもしれない。
しかしベームの第7(晩年のライブ)とは、ちょっと違っている気がする。
チェリの音は、ここでも非常に明るく、美の極致である。
なのだが、音の美しさという点では、
第8交響曲へと進むとさらにすごい。
1995年というと最晩年の録音だけど、
チェリビダッケとミュンヘンフィルのスタイルは、
ますます研きがかかって、輝きは増している。
力強く、豪快な響きも圧倒的で、それについては、
チェリは最後までチェリビダッケであり続けたのだなと
説得力のある音楽に触れて、心から感動した。
やっぱりベートーヴェンは最高だ。
夏こそベートーヴェンを聞こう!えっ、暑い?
エネルギーをもらいます。元気になります。

EMI 5 56841 2

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月24日 (月)

セルジュ・チェリビダッケ 14

チェリビダッケがシュトゥットガルト放送交響楽団を指揮した
ブルックナーの交響曲をしばらく聞いていたのだが、
今日は久々にミュンヘンフィルとのベートーヴェンである。
交響曲第3番「英雄」(1987年4月の録音)
チェリ晩年のミュンヘンフィルとの演奏では、
ブルックナーなどは、超スローテンポにひたすら感動してしまうのだが、
ベートーヴェンだとさすがにちょっと遅いかなと
というのも少し前にハイティンクの「英雄」を聞いたばかりで
ハイティンクが最近の流行の快速な演奏というわけではないのだが、
しかしチェリに比べれば、やはり快活で勢いがあって、速く感じられる。
そんなことを思ってみたのだが、しかしそれは最初だけ。
チェリの世界にはまってくると、その素晴らしさといったら、
やはり何とも形容しがたい深い感動が存在して、
表現にしても響きにしても、これは魔術的である。
1987年の演奏なので、実際はそんなに遅いというわけでもないのだが、
雄大な広がりがあり、穏やかな進行で、緊張感や集中力については、
それほど厳しさを追求している印象でもなく、
しかし第2楽章などは、壮絶な高揚が存在しているし、
終楽章の変奏曲における表現も圧倒的!
明るい音色を基本にして、輝きに満ちて、
素晴らしいベートーヴェンだ。
いつからこんなにチェリ信仰にはまってしまったのだろう。
以前はミュンヘンフィルとの演奏は、はっきり遅いと感じたのである。
でも最近は、すぐに慣れてしまって、それが心地よく、
チェリの芸術表現を強く支持してしまう。
テンポ設定の幅を受け入れられて、
より細やかにその深まりも理解できるようになったということなのだろう。

EMI 5 56839 2

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月22日 (土)

マリス・ヤンソンス

ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団による
ショスタコーヴィチの交響曲第3番と第14番。
EMIはわずかの間に第14番を2枚も発売するという
ラトルとヤンソンス、EMIの東西横綱のような印象であり、
オーケストラもベルリンフィルとバイエルン放送交響楽団だから、
これはたいへん興味深い迫力ある優勝決定戦である。
実際ヤンソンスのシリーズは、今回のディスクで千秋楽。
ショスタコーヴィチ生誕100年を記念して、交響曲全集が完成。

前半の第3番から、素晴らしい。感動である。
こんなに盛り上がっているのは私だけ?
第3番の交響曲を聞くのは久しぶりだ。
そしてヤンソンスのショスタコーヴィチが私にはよくあう。
ショスタコーヴィチの音楽は結構よく聞いているのだけれど、
でも正直なところ、心から好きなわけではない。
音楽に接する喜びよりももっと何か興味が先行しているという。
でもヤンソンスの指揮だと違う。それはいつもそうだから。
ヤンソンスのショスタコーヴィチは、私にとって、
ある程度の快適な領域、響きの心地よさ、
そこまでもっていってくれる。ヤンソンスぐらいだ。
録音がいい。素晴らしい臨場感、迫力。
ヤンソンスのショスタコーヴィチって、
近年のゲルギエフやロストロポーヴィチの熱演と比べると
ある程度、表面的な世界で勝負しているような印象もあるのだけれど、
それもあって、以前は少々押しが弱いのかな?
などと思っていた時期もあったのだが、交響曲全集も後半に来て、
最近のバイエルン放送交響楽団との録音は、
どれも非常に密度が高くて、このタイプの演奏なら、
ヤンソンスは究極のショスタコーヴィチに達しているのではないかと
私は思うのである。まさに今回の演奏は、
完成された達成感に全体が支配されて、全くの隙がない。
第14番も感動的である。この作品はあまり好きではなかったのだが、
魅力を教えてくれたのは、ラトルとヤンソンス。
響きの透明感や柔軟性だったらラトルである。
ヤンソンスはもっと緊張感が強くて、研き抜かれているが、
でも堅苦しい不快感は一切存在しなくて、
この思い切りのよさ、音楽の勢いにも惹かれる。
今年はやたらとショスタコーヴィチを聞く機会が多いのだが、
でもそういう中にあってもこの演奏は最上の名演に属すると思う。
第14番も私的には、ヤンソンスに軍配だ。
音の中に感じられるリアリティは、ラトル以上に思われる。

EMI 3 56830 2

「マリス・ヤンソンス」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月21日 (金)

チョン・ミョンフン

フランス国立放送フィルハーモニーとの
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲。
私は最初の頃からこの第二組曲が異常に好きで
その後はさらに発展して、全曲版でないと物足りないのだが、
今回のミョンフン盤は久しぶりの全曲版録音ではないだろうか?
いま最も面白いミョンフンとフランス国立放送フィルの組み合わせ
というのも魅力だし、実際に演奏も素晴らしい。
録音もよくて、臨場感と迫力で聞かされてしまう。
最初聞くとちょっと音色が明るいなって、気になるのだが、
しかし慣れれば、ますます感動的であり、
この演奏はこれから大切にしていきたいと思う。
チョン・ミョンフンは、バスティーユ・オペラの時代には、
メシアンなどに加え、通常の作品、有名な曲も録音していたのだが、
最近はどうも作品に偏りがあるし、録音も減っているし、
それは残念なことだが、今回ようやくラヴェルの作品が来て、
せっかくフランス国立放送フィルハーモニーと大活躍なわけだから、
ぜひドビュッシーやもちろんラヴェルの続編もだけど、
聞かせてほしいと思う。そう思いませんか?

DGの指揮者陣では、ミハイル・プレトニョフが、
最近ベートーヴェンの交響曲を録音したとの情報があり、
歌手と合唱の名前があることから、第9が含まれているようで、
交響曲全集になるのか?詳細はわからないが、
一方のチョン・ミョンフンにはブラームスあたりに取り組んでもらったら、
私などは注目して、ぜひとも聞いてみたいのだけれど。
もちろんフランス国立放送フィルハーモニーでお願いしたい。
というのもブラームスはすでに取り上げているので、
かなりリアリティがあって、市場的にもまあまあ売れるに違いない。
どちらにしても、チョン・ミョンフンは今後も注目の存在である。

DG 00289 477 5706

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2006年7月20日 (木)

材木の見学

20060720

現在設計中の住宅で
鉄筋コンクリート打放しのリビングに
一本だけ木造の柱があるのだが、
コンクリートの空間に唯一の木造柱であり、
どういう扱いをすべきか?というのが重要になり、
今日、倉庫街にある問屋さんというか
材木を扱っている巨大な倉庫に見学に行ってきた。
私の設計では、内装用の木材は
岩手県の材木店から仕入れているのだが、
一本だけ特別な木造柱ということで、
よいものがないか、問い合わせたのだが、
もちろん岩手県には豊富に木材があるのだけれど、
さすがに構造柱を(一本だけ)運搬したのでは、
材木よりも運搬賃のほうが高くなってしまい、
それで地場(横浜)でということで、わざわざ探してくれて、
扱っている市内の材木店を紹介してくれたのである。
木はとにかく見ないとわからないので、
工務店の社長と一緒に案内してもらった。
いいのが見つかった!
でも発注はまだずいぶん先のことになるので、
それまでこの木材が残っているの?ということがあるのだけれど、
その点を材木屋さんが、うまくやってくれるそうなのである。
お世話になります。感謝いたします。
とにかく巨大な倉庫に連れて行ってもらって、
問屋なので工務店の社長でもなかなか行かないような場所だが、
いい材木があるよ!ということで、今日は有意義な一日になった。
せっかく紹介してくれた材木店と問屋さんなので、
今後、よい仕事の流れが生まれてくるといいと思うのだが。

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2006年7月19日 (水)

アンドレイ・ガヴリーロフ

3日続けて、グリーグ「抒情小曲集」である。
今日はアンドレイ・ガヴリーロフの演奏。
ガヴリーロフも音が美しい。そして弾力のあるリズム感。
ちょっと巧すぎて、豪快に鮮やかだったりするので、
速い曲だと、参りました!という感じなのだが、
ガヴリーロフも素晴らしいピアニストである。
最近はあまり聞かなくなってしまったが、どうしているのだろう?
しかしそれにしても、リヒテル、アンスネス、ガヴリーロフと
たいへん選曲が魅力的で、ピアニストの持ち味も出て、
好みも反映されて、それぞれの情景が描き出される。
抒情小曲集にはいろいろな曲があって、
選曲によって、多彩なストーリーが生まれてくるのだけれど、
目の前にどんな風景が広がるのか?それは最大の興味であろう。
ガヴリーロフの演奏には、風景の中に人がいるということが感じられ、
そういう点では、より感情豊かな作品が選ばれ、
演奏もまた、感情のこもった起伏の大きい表現であるのだと思う。

DG 437 522-2

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2006年7月18日 (火)

レイフ・オヴェ・アンスネス

昨日のリヒテルによるグリーグ「抒情小曲集」に続いて、
今日はレイフ・オヴェ・アンスネスによる演奏を聞く。
この演奏では、アンスネスがグリーグの家(グリーグ博物館)を訪ね、
グリーグが当時使用していたお気に入りのピアノ
1892年製スタインウェイを弾いて録音されている。
この演奏も独特な味わいがある。
コンサートホールで最新のスタインウェイでは決して得られない
何というか懐かしさ、親しみ、愛情のこもった表現、
グリーグの作曲部屋で演奏しているようなのだが、
音との距離感が素晴らしくて、聞いていて、
自分のために弾いてくれているような、
そんな喜びが得られるのである。
アンスネスは、現在の最高のピアニストのひとりと思っているのだが、
テクニックでもスケールでも、もっと巨大な作品で
圧倒的な実力を発揮するということはよく知っているが、
こういう小品集でもすっかり聞かされてしまう。
グリーグの音楽の魅力でもあるのだけれど。
私は普段、マーラーやブルックナーやワーグナーの楽劇など、
そういう作品ばかり聞いているような印象があると思うのだが、
グリーグの抒情小曲集や歌曲が大好きなのである。
もちろんペール・ギュントやピアノ協奏曲はいうまでもなく。

EMI 5 57296 2

「レイフ・オヴェ・アンスネス」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月17日 (月)

スヴャトスラフ・リヒテル

自分で弾くためにグリーグの抒情小曲集を調べたくて、
リヒテルのCDを取り出して、久々にかけたのだが、
晩年のリヒテルの美しい音にすっかり魅了されて、
結局は全部、最後まで聞いてしまった。
最後の来日のリヒテルを人見記念講堂で聞いたのだが、
そのときも最初にグリーグを何曲か弾いていたし、
同じときの別の演奏会ではすべてグリーグという日もあって、
当時のリヒテルは抒情小曲集を気に入って、
盛んに取り上げていたようである。
1993年10月のギリシャでのライブ盤が残っている。
今日はそれを聞いている。
音が美しい。とにかく美しい。うっとりである。
リヒテルのような巨匠がグリーグのかわいらしい小品を弾いて、
何で突然グリーグなのか?という意外性もあるし、
実際の印象はかなり頑固で武骨な仕上がりのような気もするのだけれど、
しかしリヒテルが弾くとそこに独特な世界が広がって、
深く雄大に奥行きが感じられるから、やっぱり全然違う。
リヒテルといえば、強靭なテクニックと圧倒的なパワーというイメージがあり、
もちろんある程度の時期から、選曲も演奏も変わっていたのだが、
この晩年のグリーグでは、はっきりと全く別の世界が存在していて、
力が抜けて、軽やかな音色、抒情小曲集では色彩も豊かに
一方の透明感に関しては、北欧の音楽ならではだけど、
晩年のリヒテルの安らぎの演奏に引き込まれる。

STR 33353

「スヴャトスラフ・リヒテル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月16日 (日)

篠原一男 死去

昨日はギャラ間のスティーヴン・ホール展に行って、
いつも親しくしていただいている先輩と会場で待ち合わせ、
その後、赤坂見附まで散歩して、飲んできたのだが、
青山一丁目から赤坂見附に至る懐かしい場所を歩いて、
話も楽しく盛り上がったのである。
いろいろと話したのだが、仕事のこと、建築のこと、…
もちろんまじめに建築談義しているのだけれど(笑)
たまたま話の流れの中でふと「篠原一男」のことが話題に出て、
虫の知らせだったのか?今朝の朝刊を見てびっくり、
昨日篠原一男が亡くなった。81歳だそうである。
以前に松本にある浮世絵美術館に行ったことがあって、
大胆に幾何学的なモチーフを取り入れて、
荒々しくもきりりと引き締まった空間に感動したことを思い出す。

スティーヴン・ホール展に行くということで
昨日は一応「勉強」で出かけたのだが、
今日、明日は、仕事をするぞ!
世間は三連休のようだけど、最近仕事があまりはかどっていないので、
世の中、静かなうちに少しでも進めておかないと…。

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2006年7月15日 (土)

ロンドン交響楽団2005/2006

ベルナルト・ハイティンクとロンドン交響楽団による
今シーズンのベートーヴェン・チクルスから
交響曲第3番「英雄」と「レオノーレ」序曲第2番のライブ盤。
今回のこのシリーズは、ハイティンクの新しい展開というか、
今を聞くという新鮮さが特長のように思えるのだが、
「英雄」にしてやっと、まさにハイティンクらしい
腰の低いどっしりとした響きと雄大な音楽作りで実に素晴らしい!
「英雄」に関しては、最近の新解釈による積極的な演奏だと、
とにかく速いテンポで突き進むというのが増えているのだが、
ハイティンクは自分らしさを失わずに
これまで積み上げてきた演奏スタイルを重んじて、
ここで感じられる安心感や信頼の響きはやはり大切である。
しかしティンパニが非常によく聞こえて、
ここでもリズムの扱いが音楽に大きな役割を果たしているのだけれど、
その辺は、ハイティンクも近年のベートーヴェン解釈の傾向を
熱心に研究しているのであり、よいものは積極的に取り入れるという
明瞭に聞こえてくる緻密なアンサンブルもあるけれど、
ここは21世紀のハイティンク、まさに現在を感じ、魅力であろう。
細部まで非常に丁寧に配慮が行き届いて、クリアに聞こえてくる部分と
一方で重厚な存在感、まさに深みと濃密さによる内面からの迫力、
これらが不思議な一体感をなし、バランス感覚が見事なのだが、
この辺はやはり、ハイティンクの経験と熟練の技であるに違いない。
「英雄」などは特に、ハイティンクはこれまで数え切れないぐらいに
多くの場で指揮してきていると思うのだが、
それらすべての偉大な業績の上に
この演奏が存在しているということを私は強く感じる。
ハイティンクはもちろん今後もベートーヴェンを演奏し続けると思うが、
今回のロンドン交響楽団とのチクルスは、
巨匠の音楽人生における、やはりひとつの大きな区切りとなり、
芸術の完成をここに録音として残しておこうという
もしかしたら強い決意が込められているのかもしれない。
ここでの「英雄」でその思いがはっきりと伝わってきた。
指揮者とオーケストラ、そしてCD制作における作り手たちの
情熱とこだわりの結晶でもあると感じられる。
次回は早くも第九だそうで、すでにアナウンスされているが、
発売と同時に早速聞きたいと思う。

LSO 0080

「ベルナルト・ハイティンク」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月14日 (金)

クラウディオ・アバド

アバドの期待の新譜で早速購入してきた。
ベルクとストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲。
アバド時代のベルリンフィルでコンサートマスターを務めていた
コ-リャ・ブラッハーが独奏、そしてマーラー室内管弦楽団による
まさに隅々までアバドのこだわりに満ちた、
これは楽しみなディスクである。
独奏者の存在で聞くというよりは、
全体のアンサンブルが魅力なのであり、
ソリストもオーケストラも音楽に参加している全員が
お互いの音を聞きあって、室内楽のような緻密さを築きあげていく
アバドが目指している究極の演奏がここにあるわけだが、
でもベルクの協奏曲を聞いていると、
ちょっと何かが足りないような、心に響いてくるものがない。
ベルクのこの作品は大好きなのだが、
独奏が前に出るというよりは、全体の調和なので、
アバドならではのよく音が聞こえる、精妙さは抜群なのだが、
ある程度の客観性や抑制された響きだからこその透明感、
しかしどこか押さえつけられているような印象がある。
一方、ストラヴィンスキーはすごくいい!
全員がいきいきと自発的に、音に勢いがあって、
音楽が輝いて、心にぐっと響いてきた。
もともとそういう作品でもあるのだけれど、
独奏とアンサンブルの掛け合いにも聞き入ってしまう。
時代的には新しい作品だが、
どちらも古典的な様式感を大切にしている作品であり、
いまアバドでストラヴィンスキーを聞けるなんて、
やはりこれは喜びである。

DG 476 3069

「クラウディオ・アバド」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月13日 (木)

横浜の風景から 6

20060713

昨日は横浜市役所へ行ってきたので、
実際は建築の審査は別のビルなのだが、
何気なく歩いていて、ちょっと狭い通りへと近道したのだけれど、
そういえば!この辺、あれがあるではないか!と。
正面を見たら、あった!偶然とはすごいのだけれど、
よく友人とも話すのだが、「建築が呼んでいる!」って
石井和紘の設計による「同世代の橋」である。
ここへは私は何度も足を運んでいる。
横浜の関内周辺に行くとつい寄ってしまうのである。
でもここ数年では、ちょっと久しぶりだ。
もう何年も行っていなかった。
石井和紘建築研究所にいたときに
私が(趣味で)この建築に足を運んでいることもあったので、
当時「同世代の橋」をリニューアルするという話になって、
建設会社への対応をしたことを思い出す。
それからまた10年近くが経っていると思うのだが、
外観のデザイン、つまり石井和紘と同世代の建築家たちによる
デザインのモチーフの集合体は、現在も健在だった。
中央にサイコロの模様があるのだが、
これは石井和紘の初期の代表作「54の窓」からの引用である。
時代の移り変わりは感じるものの、しかしこの力強さは何なのか?

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2006年7月12日 (水)

市役所で事前相談

いま取り組んでいる新築住宅に関して
構造事務所の担当の方が構造の計画について、
今週はじめに役所(構造係)へ事前相談に行ってくださったのだが、
そこでいろいろな指摘があったようで、
意匠の審査についても早めに行かれた方がいいですよ!と
今日慌てて、私も市役所(意匠審査係)へ事前相談に行ってきた。
法的に特殊な設計をしているつもりはなかったのだが、
たしかに複雑な空間構成にしているのは事実で
つまり構造的には、そんなに容易い建物ではないと
そういうことだそうなのである。
昨日の晩、寝る前にもう一度、建築基準法の基準をチェックして、
今朝は食事も喉を通らず(大袈裟!)、緊張しながら、
朝から市役所へと出掛けた。
しかし意匠審査の方に空間構成を説明して、
法的にもクリアしていることをお話しすると
やはり特別それに問題があるわけではなく、
心配していた点については、意匠的には、
それほど問題とすべき事柄ではなかったのだ。
断面図で空間構成を話したところ、
それを見て、役所の方が「面白いですね!」といってくださり、
かえって機嫌よく、少し安心したのである。
しかし一方で、建築確認については、
どちらかというと構造の審査の方が、ウエイトが大きくなってしまって、
構造事務所には、非常にお世話になってしまう。
戻ってすぐに何卒よろしくと電話してしまった。
より豊かな空間を創造したいと日々努力しているわけだが、
そういう空間を現実にしてくれるのは「構造」なのである。
今日そのことを改めて認識。
そしてひとつの建物についても、意匠と構造の見解の違いで
ここまで判断が大きく変わってしまうものなのだと
それも今日はじめて思い知らされた。
設計の基準としては、意匠審査の項目ばかりを気にして、
それをクリアしていれば大丈夫とつい考えてしまうのだが、
構造については、構造事務所に頼りすぎなのであり、
もっと構造設計にも配慮しつつ、建築を考えていかなければと
反省!そしてこれからますます勉強である。

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2006年7月11日 (火)

ザルツブルク音楽祭2001

ピエール・ブーレーズがウィーンフィルを指揮した
ブルックナーの交響曲第9番である。
第8番に続いて第9番もCD化されるものと思っていたが、
その願いは叶っていないので、ファンにとっては、
たいへん貴重な演奏であるといえる。
ブーレーズは昨年、ウィーンフィルで第7番を取り上げていて、
できることなら、ぜひブルックナーの後期の交響曲は、
みな録音してほしいと思ってしまうけど、
ブーレーズの音楽に対する厳しい姿勢によって、
そう簡単には実現しないということなのだろう。
この演奏、当時聞いたときには、
かなり乾いた響きのような印象もあって、
ブーレーズのドライに音楽に取り組んでいくところが、
ブルックナーの作品だとさすがにどうかと思うところもあって、
そのままにしてあったのだが、今聞くとなかなか素晴らしくて、
ブーレーズが仕込んだ仕掛けもたくさん聞こえてくるし、
ウィーンフィルの音色もさすがで魅力はたくさん見つかる。
発見も多く、マーラーを通り越して、
たまにバルトークのような響きも聞こえてくるから、
やはりこれはブーレーズならではだ。
リズム処理とか、明快というか、厳格さの極みのようで、
普通はそこに音楽の深みを感じ取るのだろうけど、
ブーレーズだから、ここで明らかになってくるのは、
音楽の設計図とか、バランスの均衡、響きの調和。
この演奏はこれからじっくり聞き込みたいと思う。
そういえば、この前半に演奏されたのが、
バルトークの4つの小品であった。
バルトークとブルックナーの間に必然性を与えられるというのも
やはりブーレーズならではということなのだろう。

「ピエール・ブーレーズ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月10日 (月)

今週も打ち合わせの月曜日

今週もまた打ち合わせの月曜日である。
最近運動不足で極端に外出も減っているので、
いつも通り、往復歩いて、しかし今日は暑かった!
午後2時にはじまって、話がはずむので楽しいのだけれど、
今日は終わったら6時で、帰りは涼しく、夕方は気持ちいい。
しかし戻ると早速、別の件で工務店に問い合わせして、
その件について、夜も電話で連絡、忙しい。
でも今日からはじまった月9ドラマで伊東美咲は観た!

今日は時間がなかったのだけれど、音楽は聞いていない。
でも今週は、FMで「シュヴェツィンゲン音楽祭2006」の特集で
今晩はフランク・ペーター・ツィンマーマンの演奏会。
本来ならば、絶対にはずせずに、真剣に聞くのだけれど、
すべてバッハのヴァイオリン・ソナタという内容で、
ただ流していただけで、この辺に私の好みが出てしまう。
バッハはあまり聞かないのである。
無伴奏ヴァイオリン・ソナタならば聞くのだが。
でも明日からは注目だ!
クリスティーネ・シェーファーのリサイタル。
ピアノはエリック・シュナイダー。素晴らしい!
そして水曜と木曜でハインリヒ・シフによる
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲演奏会。
ピアノがマルティン・ヘルムヒェンだというから楽しみ。
昨年N響でブラームスのピアノ協奏曲を弾いたのは記憶に新しい。
今日は余裕なかったけれど、明日はゆったりといきたい。

来週は月曜が祝日であり、
次回の打ち合わせは月曜日でないのである。
打ち合わせの月曜日は、今週でちょっとお休み。
最近ちょっと疲れているのか、午前中に元気が出なかったり、
それか午後になって睡魔に襲われ、どうしようもなかったり、
結局それでまた、夜になって、妙に気合が入ってきて、
寝るのが遅くなってしまうという悪循環が続いていて、
たまには早く寝よう。思い切って、何もしないで早寝します。

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2006年7月 8日 (土)

我が家の防犯対策 2

20060708_1

前回この話題を取り上げたのって4月12日のことで、
庭に砂利を敷き詰めておくと、
歩いたときにザクザク踏みしめる音がして、
防犯対策には効果的であると書いたのだが、
その後、毎月少しずつ砂利を買ってきては敷いて、
最近やっと完成したのである。
表面にまいている砂利は、
袋に入っているときは少々赤みがかかっていて、
でもご覧の通り、乾くと白くなって、なかなかよい印象である。
この作業は3月にはじめて、毎月一回買ってきては敷いて、
これまで5回まいたことになるのだが、
つまり砂利の袋を10袋もまいて、やっとこの通りである。
砂利をまくのって、かなりの量がいるのだ。それに重い。
水分を含んで売っているので、ますます重く感じるのだけれど。

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2006年7月 7日 (金)

セルジュ・チェリビダッケ 13

チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲シリーズもついに第9番。
(1974年4月5日の録音)
演奏時間だけ見るとチェリにしてはすごく速いのかな?と思うが、
聞いてみるとそれほどでもなく、じっくりとさすがに描きこまれている。
引き締まった音楽づくりと金管が吼えまくるところなど
この当時のチェリならではというのを感じる。
テンポ設定が比較的普通というところで
チェリ風な特殊なブルックナーを聞いている感覚はなくて、
純粋に作品の素晴らしさ、美しさに感動して聞くことができた。
でも何となく、チェリ晩年のあの雄大で、
すべて何もかもが包まれてしまうようなところを思うと、
こちらはよく動き回り、テキパキと処理されている分、
音楽の大きさはそれほどには感じられない。
ブルックナーの第9ともなると、やはり晩年の演奏の方が、
深さ、永遠の彼方に鳴り響いていく感覚、
その辺でミュンヘンフィルとの演奏は私にとって特別である。

DG 00289 477 5136

「セルジュ・チェリビダッケ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年7月 6日 (木)

今日も落語は聞いてる

昨日の晩(深夜)ラジオで古今亭志ん生の落語が放送されて、
タイマー録音をしておいて、今日になって聞いたのだけど、
志ん生さんは、やっぱり最高だ!
今回は「藁人形」と「たぬき」である。
志ん生さんのお声を聞いていると
「藁人形」はどうも晩年の高座での録音のようで
かなり枯れていて、ゆったりとした印象が独特。
噺の内容がまた、騙されて、恨みがこもって
後半は暗く、恐ろしい展開だったりするのだけれど、
しかし最後のところでまさにストンと軽やかに落ちてしまう
この辺の芸風は、志ん生さん、すごい!
逆に「たぬき」の方は、若い時代の録音のようで
たまに聞き逃してしまうほどの早口、
張りのある声とテンポ感が見事で、これまた独特。
うちにはやはり志ん生さんの若いときの録音と思われる
「三枚起請」もあるのだけれど、
速くて聞き取れないぐらいに突き進んでいく。
でももうちょっと後の時代の録音の方が、
奥行きというか、味わい深さがあるのか?
とか生意気に思ってみたりするのだけれど、
「たぬき」は明るくって楽しい、いい噺である。

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2006年7月 5日 (水)

落語は聞いてる

今日もいろいろバタバタしていたのと
新しい仕事のことを考え出すと緊張感もあって、
すっかり心に余裕がなくて、音楽を聞こうという気持ちにならない。
本当は余裕があって、音楽が流れているぐらいの方が、
私の場合は、仕事の効率も上がるのである。
ちょっとこの数日、完全にプレッシャーに負けているということか、
難しい仕事をいかに成功に導くかは、
やはり協力体制と信頼関係である。

でも一方で落語は何となく、いつも聞いている。
よく父が家の中でかけているというのもあるし、
笑いは最大の癒しであり、元気の素であり、やはり落語である!
柳家小さんのこっけい噺、落とし噺など、何度も何度も聞いているので、
ほとんど暗唱しているぐらいだけど、
といって、もちろん私が落語を話せるわけではない。
でも何度聞いても、全部知っているのに、
それでも笑って、笑って、やっぱりいい!

昨日の夜(深夜)はラジオで三笑亭可楽の「笠碁」が放送されたが、
タイマー録音しておいたのだけれど、今日聞いてみて、素晴らしい!
三笑亭可楽の酒と喧嘩の噺は最高なのだが、
今日の「笠碁」もすごくよかった。

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2006年7月 4日 (火)

電話の火曜日

昨日の夜は帰りが遅くなってしまって、
メールのチェックもまた遅くなってしまったのだが、
構造事務所から問い合わせなど、連絡事項が入っていて、
朝からスケッチを書いてFAXしてはじまった。
そこから今日は電話の一日である。
構造事務所と電話で打ち合わせして、
それともちょっと関連するのだけれど、
次に先輩の建築家に電話、いろいろ教わって、雑談もして、
そこで他の先輩の話題が出てきて、
みな昔勤めていた設計事務所の時代の仲間でもあるのだが、
そのもうひとりの先輩に電話してみて、仕事上の雑談、
久しぶりでもあるのだが、いろいろ話してしまった。
その前後も今日は一日、夜まで電話してばかり。
たとえ電話でも、人と話すというのは、
それだけで元気になったり、緊張したり、刺激があるわけで、
なんだか充実した時間を過ごしていたような気になってしまう。
しかし電話をしていて、口は動いていても、手は動いていない。

ちょっと忙しさもあるけれど、
心に余裕がないというのが正直なところか、
また最近、音楽を聞いていない。
やはり音楽を聞くというのは、心に余裕のある証なのか?
それに緊張状態だと、音楽が入ってこないというのがあり、
あまり聞こうという気にならないのである。

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2006年7月 3日 (月)

打ち合わせの月曜日

最近毎週月曜日は施主と定例打ち合わせのようになっている。
アイランドのキッチンをどう納めるか、いろいろ検討していたのだが、
今日準備していった案に、実はあまり気に入らない部分もあったのだけれど、
話の中でそれでいいではないか!というアイデアが出てきて、
一応うまくまとまった。今後も密度は上げていくけれど、
今のところでは、とりあえずここまでつめておけば十分だろう。
打ち合わせの後もそのまま出かけてしまい、
今日は帰ったのが遅くて、ちょっと疲れた。
心地よい疲労感ではあるが、とにかく寝て、体を休めよう。
まだ決まったわけではないけれど、
もしかしたら、もう一件、住宅の仕事が始まるかもしれなくて、
そちらは急ぎでもあり、同時に2件が進行ということも、
手がないので、ちょっと厳しいが、やるしかない!
またローコスト住宅でもあり、かなり挑戦だ。
しかし今のところ、内装の仕様に関しては、
私の仕様は私が決めているものであり、
それについて、仕様を落とすつもりはなく、
とにかくそれを貫いて、挑戦し続けようと思っている。
親しい工務店に話を聞いてもらい、その辺の決意を伝えて、
やりぬくということについてきてくれるか?と聞いてみたところ、
工務店の社長も厳しさは感じていると思うのだが、
その辺は一切見せずに、がんばってみようよ!といってくれて
ちょっと安心したというか、元気も出てきた。
仕事をまとめていく中では、施主、設計者、施工者とが、
三方一両損みたいな、それぞれ難題を抱えて挑んでいくことになるが、
でき上がったときには、気付くと三方が一両ずつ得していた
というような、きっとそれぞれが喜び、満足しているというふうに
これから努力してもっていこうと考えている。
まあ正直、何とかなるぞ!という、
大丈夫そうだとは思っているので、がんばります。

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2006年7月 1日 (土)

バイエルン放送交響楽団2003/2004

リッカルド・ムーティの指揮による演奏会。
2004年3月26日 ミュンヘン・ヘルクレスザール
ムーティはバイエルン放送交響楽団に毎シーズン登場しているようで、
その録音がよく放送され、私もいくつか持っているが、
今回はイタリア・プログラムである。
前半がマルトゥッチのピアノ協奏曲第2番(ピアノ:ゲアハルト・オピッツ)
後半はヴェルディの歌劇「マクベス」からのバレエ音楽
そしてレスピーギの交響詩「ローマの松」。
この演奏会の少し後でウィーン芸術週間2004でも
ムーティはウィーンフィルと同じようなプログラムを取り上げており、
ヴェルディの「運命の力」序曲や「シチリア島の夕べの祈り」バレエ音楽
後半はブゾーニの「トゥーランドット」組曲
そしてレスピーギの交響詩「ローマの祭り」
アンコールにはマルトゥッチの「ノットゥルノ」が演奏されるという
とにかく素晴らしい演奏会だったのだが、
ムーティはこういう作品だと最高だ。
他にいない。ムーティだからこそという印象である。

マルトゥッチのピアノ協奏曲はこの演奏ではじめて聞いたのだが、
ショパン風というか、途中ラフマニノフの響きがするところもあるし、
弾いているのがオピッツだからかもしれないけれど、
音の厚みはシューマンのような感じもあって、
そういえば、全体はサン・サーンスのピアノ協奏曲のような…
特にこうだというのがないのだが、ロマンティックな協奏曲である。
あまりメジャーじゃないので、なかなか聞くチャンスはないけれど、
マルトゥッチはもっと聞いてみたい作曲家ではある。
何しろマルトゥッチをはじめて知ったのは、
ムーティがウィーンフィルで「ノットゥルノ」を演奏したときだったのだ。
イタリアでは有名な作曲家だそうである。
でも知らない人は多いであろう。
イタリアオペラ界の重鎮ネルロ・サンティも
N響の定期公演でマルトゥッチの作品を取り上げており、
イタリア人にとっては、大切な作曲家のようだ。

そしてヴェルディの「マクベス」からのバレエ音楽。
これがまたたいへん魅力的な曲。
ムーティの指揮が冴えている。
私はオペラの分野でもワーグナーはあれだけ聞いているのに
実はヴェルディはほとんど聞かないので、
しかしムーティの指揮でこのように鮮烈な演奏で
華麗なる金管の響きが炸裂して、
ヴェルディならではのダイナミックな強弱、
こういう演奏に魅せられると
ヴェルディも聞きたいな!という気持ちになってくる。
まさにムーティの技にすっかりはまっているわけである。

そして最後にレスピーギの「ローマの松」。
これは昔からムーティといえばというような作品だが、
いうまでもなく、最高!感動的である。
ウィーンフィルとの「ローマの祭り」も何だかすごかった。
今ではこういう言葉が素直に出てくるのだけれど、
実は昔、最初の頃は、こういう絵画的な作品、
過剰に華やかだったり、表面的な効果が目立つ作品、
レスピーギのローマの三部作とか、
R.コルサコフの「シェエラザード」とか、
あまり好まなかったのだが、いつからなのか、
知らぬうちに当たり前のように聞くようになってしまって、
今ではすっかり大好きなのである。
しかしそれにしても、ムーティのレスピーギは格別だ!

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