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2006年7月22日 (土)

マリス・ヤンソンス

ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団による
ショスタコーヴィチの交響曲第3番と第14番。
EMIはわずかの間に第14番を2枚も発売するという
ラトルとヤンソンス、EMIの東西横綱のような印象であり、
オーケストラもベルリンフィルとバイエルン放送交響楽団だから、
これはたいへん興味深い迫力ある優勝決定戦である。
実際ヤンソンスのシリーズは、今回のディスクで千秋楽。
ショスタコーヴィチ生誕100年を記念して、交響曲全集が完成。

前半の第3番から、素晴らしい。感動である。
こんなに盛り上がっているのは私だけ?
第3番の交響曲を聞くのは久しぶりだ。
そしてヤンソンスのショスタコーヴィチが私にはよくあう。
ショスタコーヴィチの音楽は結構よく聞いているのだけれど、
でも正直なところ、心から好きなわけではない。
音楽に接する喜びよりももっと何か興味が先行しているという。
でもヤンソンスの指揮だと違う。それはいつもそうだから。
ヤンソンスのショスタコーヴィチは、私にとって、
ある程度の快適な領域、響きの心地よさ、
そこまでもっていってくれる。ヤンソンスぐらいだ。
録音がいい。素晴らしい臨場感、迫力。
ヤンソンスのショスタコーヴィチって、
近年のゲルギエフやロストロポーヴィチの熱演と比べると
ある程度、表面的な世界で勝負しているような印象もあるのだけれど、
それもあって、以前は少々押しが弱いのかな?
などと思っていた時期もあったのだが、交響曲全集も後半に来て、
最近のバイエルン放送交響楽団との録音は、
どれも非常に密度が高くて、このタイプの演奏なら、
ヤンソンスは究極のショスタコーヴィチに達しているのではないかと
私は思うのである。まさに今回の演奏は、
完成された達成感に全体が支配されて、全くの隙がない。
第14番も感動的である。この作品はあまり好きではなかったのだが、
魅力を教えてくれたのは、ラトルとヤンソンス。
響きの透明感や柔軟性だったらラトルである。
ヤンソンスはもっと緊張感が強くて、研き抜かれているが、
でも堅苦しい不快感は一切存在しなくて、
この思い切りのよさ、音楽の勢いにも惹かれる。
今年はやたらとショスタコーヴィチを聞く機会が多いのだが、
でもそういう中にあってもこの演奏は最上の名演に属すると思う。
第14番も私的には、ヤンソンスに軍配だ。
音の中に感じられるリアリティは、ラトル以上に思われる。

EMI 3 56830 2

「マリス・ヤンソンス」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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