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2006年8月17日 (木)

王立コンセルトヘボウ2005/2006

マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウによる
ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。
コンセルトヘボウの自主制作ライブ盤である。
今回は録音が素晴らしい。はじめから圧倒された。
このシリーズは最初の頃から聞いているが、
「新世界」や「英雄の生涯」、ブラームスの2番など、
SACDではあるけれど、音に迫力なくて、がっかりだったのだが、
最近はずいぶんよくなっていて、特に今回は最高の満足度。
レコードの価値は音質だけではないが、
その環境によって、音楽はずいぶん印象が異なってくるので、
演奏者の想いをどこまで伝えられるのか、
制作者(プロデューサー等)のこだわりはやはり重要である。

ショスタコーヴィチの交響曲は、この次の第8番が一番好きで、
それに比べて「レニングラード」は実はあまり好きではなく、
嫌いではないのだけれど、親しみなくて、
頻繁には聞いてこなかったのだが、
それはゲルギエフの演奏を聞いてはまらなかった
というのが大きいような気もしていて、でもここでついに!
すべてはヤンソンスの存在であり、今回はすっかり引き込まれた。
やはり私はヤンソンスのショスタコーヴィチが好みらしい。
例えば有名な第5番などでも、ゲルギエフ盤もよかったが、
ヤンソンスのクリアで徹底したコントロール、
この辺こそがムラヴィンスキーにつながるのかな?
と思ってしまうが、圧倒的にヤンソンスである。
ヤンソンスの解釈は熱いショスタコではないのだが、
でも夢中になってしまう強い力があって、
音楽は迫力とか、音がどれだけはじけているかではなくて、
集中力と緊張感の持続、音楽の全体にまで
どれだけ細かい配慮が行き届いているか、
それが重要なのだと思うのである。
これは私の好みの問題でもあると思うのだが。
ちなみにヤンソンスとの比較としてゲルギエフをあげたが、
別にゲルギエフ批判ということではなくて、
なぜならば私はゲルギエフの大ファンなので、
毎回そのときそのときで全然違う想いが生まれてきて、
感動も別の感動だったりするので、
それが音楽の素晴らしさなのである。

今回も感じるのだが、最近のヤンソンスは本当に隙がないと。
ショスタコーヴィチを聞くとやっぱりヤンソンスは、
マーラーよりもショスタコーヴィチなのかなって少し思ってしまう。
一方で、昨年ウィーンで取り上げたブラームスもすごかったし、
来日してNHK音楽祭でのベートーヴェンの第7番など、
ドイツものでも圧倒的存在感のある響きをさせる。
そしてお得意のシベリウスなど。ヤンソンスはいいな。

RCO 06002

「マリス・ヤンソンス」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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