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2006年8月 4日 (金)

ジャンルカ・カシオーリ

ジャンルカ・カシオーリによるショパン・アルバムである。
もうだいぶ前に買って来たのだが、その日の晩に早速聞いて、
今日やっと2回目(続けてそのまま3回目)を聞いてみた。
金曜の夜、ショパンの音楽で幸せな気持ちに。
しかし仕事はずっと続けており、
図面描きの単純作業になっているので、
やっと音楽を聞こうかなという気持ちになった。

カシオーリのショパンという意外性に興味ひかれるが、
最初に聞くとかなり個性的な表情づくりであり、
まずその印象が大きくて、驚かされる。
しかしその後、聞き続けていると
相変わらず何という巧さ!これは驚異的である。
音の均質感、そしてそれを思い切って破壊する強烈なアクセント、
鮮やかなリズム処理、いくらでも速度を上げられる指の運動性、
音楽はどこまでも澄み切っており、その透明な輝きに
聞けば聞くほど、感嘆のため息がもれる。
スケルツォ全曲を中心に軍隊ポロネーズ、ノクターン、
ワルツ、子守歌、即興曲、幻想即興曲というふうに
後半はポピュラー曲ばかりが集められているけれど、
これがまた、カシオーリは非常に凝った趣向であり、
ノクターンなどは、Karol Mikuliという人による
独特の装飾による演奏で興味深い。
こだわりに満ちていて、さすがである。
私としては原曲のノクターンの方が好きだが、
こういうのが存在しているということは知らなかったので、
カシオーリのここでの試みは、たいへん面白く聞かせてもらった。
またポロネーズであるが、イタリアつながりということだけど
ミケランジェリの弾く作品22の華麗なる大ポロネーズが思い出されて、
不思議な感覚になる。アクセントによるものか?
個性的な表情づくりということだが

中音域や通常の伴奏の中にも不思議なメロディーが生み出されて、
これは深い研究の成果であり、努力の上に成り立っているけれど
それを可能にする圧倒的なテクニック、天才的発想に
カシオーリというピアニストの底知れぬ大きさを感じたのであった。

DECCA 476 702-9

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コメント

初めまして、実は数年前から月村様のサイトを拝見しているものです。私自身もクラシック音楽が好きなので、月村様のコメントは興味深く見ております。

カシオーリというピアニストは、以前ブーレーズのヴェーベルン全集でその存在を知りましたが、今回レーベルを移籍した上、ショパンを選ぶというところはやや意外でした。是非聴いてみようかと思います。

ところで、夜想曲の記述について補足させて頂きますと、カール・ミクリというのは、ショパンの弟子の一人です。文中、彼による「独特の装飾」と書いておられますが、これは正確ではありません。正しくは「彼が保管していた、ショパン自身による装飾が書き込まれた異稿による演奏」ということになります。
「異稿」というと、決定稿に劣るような印象がありますが、ショパンの場合、むしろ「実際の演奏例」のようなところがあります。ショパンは、自作を演奏するときは、しばしば装飾を入れたり、パッセージを変えたりするなどの即興的な改変を行い、同じ演奏を二度としなかったといわれています。弟子たちが持っていた楽譜には、そうした彼自身による改変の書き込みが多数残されており、様々なヴァージョンが存在しているのです。
最近の演奏では、そうした異稿を採用するのが増えてきています。ご興味がもしおありでしたら、こうした演奏を聴いてみるのも面白いかも知れません。

投稿: 叔夜 | 2006年8月 6日 (日) 00:58

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