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2006年9月30日 (土)

私が聞いた今年の名盤2006

今年も残すところ3ヶ月だが、途中経過。
そろそろ出揃っているのか?それとも
さらにこれからすごいのが控えているのか?


《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第6番~ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィル
◎マーラー 交響曲 第7番~バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第2番、第12番、第3番、第14番
   ~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団

○ベートーヴェン 交響曲 第1番、第4番
   ~スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団

《管弦楽》
◎ホルスト 惑星~サイモン・ラトル指揮ベルリンフィル
○R.シュトラウス 英雄の生涯~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第1番
   ~クリスティアン・ツィメルマン、ラトル指揮ベルリンフィル
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第2番
   ~ネルソン・フレイレ、シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


《室内楽》
今のところなし

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ピアノソナタ op.109-111~内田光子
◎チャイコフスキー 「四季(1月~6月)」~クリストフ・エッシェンバッハ


《歌劇》
○ワーグナー 「パルジファル」~ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場

《声楽曲》
○モーツァルト レクイエム~ティーレマン指揮ミュンヘンフィル

《ライブ盤》
◎ベートーヴェン 交響曲 第7番~クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
◎ブラームス 交響曲 第2番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番~ヤンソンス指揮王立コンセルトヘボウ

○マーラー 交響曲 第4番~ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
○ブラームス 交響曲 第1、3、4番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ベートーヴェン 交響曲 第3、9番~ハイティンク指揮ロンドン交響楽団

は特に大切に感じられる名盤です)

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2006年9月29日 (金)

第1487回N響定期公演

2003年5月のN響定期公演から
5月16日NHKホールにおける
作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの指揮による演奏会。
メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」にはじまり、
続いて自作自演ということになるが、
ペンデレツキのヴァイオリン協奏曲第2番「メタモルフォーゼン」
(ヴァイオリン独奏はシャンタル・ジュイエ)
後半メインはベートーヴェンの交響曲第7番である。
ペンデレツキのヴァイオリン協奏曲第2番は、
同じく作曲者の指揮でムターもレコーディングしており、
20世紀のヴァイオリン協奏曲においては
たいへん重要な作品なのかもしれない。
しかし現代音楽好きの私もペンデレツキはそれほど興味なくて、
とはいえ作曲者自身の指揮で聞けるという機会も少ないと思うし、
N響に登場ということで録音しておいたのだが、
この作品、今回じっくり聞いてみると素晴らしい作品である。
現代ではあるが、難しいという印象はなく、
しかし聞いているとこの響き、次第に癖になってきて、
ということは、やはり魅力あふれる作品であるに違いない。
実際にはそんなにはチャンスがないけれど、
今後もぜひ聞いていきたいと思う。

そして後半のベートーヴェンの第7交響曲。
ペンデレツキのベートーヴェンなんて、
正直なところ、期待していなかったのだが、
これが非常に名演で、実に感動的なベートーヴェンである。
ペンデレツキは作曲と同時に指揮もかなり行っており、
北ドイツ放送交響楽団(ハンブルクNDR交響楽団)や
ウィーン交響楽団を指揮している録音を聞いたこともあるが、
かなり厚みのある音を引き出す人で
メンデルスゾーンだとちょっと重いのだが、
しかしベートーヴェンでは、この重量感が非常にいい!
そして同時にいきいきとしたテンポ感、リズム感覚も魅力的で、
この第7は、録音を残しておいて、本当によかった。
やっぱり第7はいつ聞いても素晴らしい。

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2006年9月28日 (木)

設計レポート 地鎮祭

20060928

今日は朝から住宅Aの地鎮祭。
昨日までが雨だったので心配したのだが、
快晴で暑いぐらい、日頃の行いがいい!
私ではなく、お施主さん、工務店、…、みんなが。

地鎮祭とは、その土地の神を鎮め、
土地を利用するお許しをいただく、
土地を清めたり、工事の安全を祈願する儀式だが、
神様をお迎えしているので、
こういう写真を載せるのがいいことかどうか?
というのは、少し思ったのだけれど、
ネット上で様々に地鎮祭の報告がなされているので、
まあ、いいのかなと、今日の地鎮祭はこのように行われました。

「土地の神を鎮める」…心当たりあります。
というのは、古い家の解体工事を先日まで行っていたのだが、
みなさん、よくご存知の通り、敷地内に重機を運び込んで、
家を壊して、コンクリートの基礎を破壊して、
土中にある様々な配管、マスなどを掘り出し、取り除いて、
そういう作業をしていると、すっかり地面は荒れ狂い…
というふうになってしまうのである。
土地の神様はお怒りになったに違いない。
ということで、今日の地鎮祭でそのこともお許しいただいた。
10月から半年間、工事が無事に、順調に進みますように、
みんなでお祈りした。おめでとうございます。

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2006年9月27日 (水)

王立コンセルトヘボウ2004/2005

ロイヤル・コンセルトヘボウの2005年6月のライブで
マリス・ヤンソンス指揮によるシベリウスの交響曲第2番。
このディスクが発売になったのは少し前で、
私はシベリウスが大好きなのになぜ買うのが遅くなったのかというと
この前後にヤンソンスのシベリウスの録音というのはいろいろあって、
2004年4月に第1番の交響曲をバイエルン放送交響楽団で
そして2005年3月にはウィーンフィルの定期演奏会でも指揮して、
さらに5月には、ベルリンフィルで第2番の交響曲。
その一ヶ月後のコンセルトヘボウでのライブがこの演奏なのである。
あまりにいろいろあるので、何となく後回しになっていたのだが、
しかしその後発売のマーラーそしてショスタコーヴィチの名演で
急に興味がシベリウスに行ってしまった。
でもショスタコーヴィチ「レニングラード」の快演と比べると
演奏のことよりも主に録音だが、少し気になってしまう。
このシリーズ(RCO自主制作)はずっとこういう感じだったのだが、
マイクの位置が遠いのか、会場の間接音が多くて、
今ひとつ迫力に欠けるというか、リアリティが薄い。
ショスタコーヴィチはかなりよかったので、
もしかしたら今後改善されていくのかもしれないが、
今回のシベリウスもちょっと残念な印象。
オーケストラは魅力全開な演奏を行っていると思うが、
木質系の響きというか、暖色の味わいで
この音を好きな人ってすごく多いのだけど、
シベリウスに向くのか?というと、すべて好みの問題だが、
私などは、バイエルン放送交響楽団の方がいいだろう、とか
ベルリンフィルだともっと面白い、というような、
ちょっと思ってしまった。
会場で聞いている聴衆はすごくよかったのかもしれない。
しかしCD(SACD仕様)で聞いたときに
その同じ興奮を共有できるかというと、今回は不満が残る。
会場で聞くのと同じ感動っていうのは、無論不可能ではあるけれど、
しかし最近は録音技術、音響技術はかなり高度に発展しているし、
こういったライブ盤は、作り手のこだわりもあって、
実際に聞きにいっているような喜びを共有できる
そんな素晴らしいディスクもかなり出てきている。
そういう中にあっては、ヤンソンスのシベリウスは、
ぜひともさらなる感動をもって、受け止めたかった。

RCO 05005

「マリス・ヤンソンス」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月26日 (火)

シュトゥットガルト放送交響楽団

シュトゥットガルト放送交響楽団の2005/2006シーズンから
2005年9月22, 23日のライブ録音で
ロジャー・ノリントン指揮によるマーラーの交響曲第4番。
これは面白い!素晴らしい演奏。生まれ変わる音楽。
前回の「巨人」以上に、私ははまった!すごい!
音色や響きに関しては、当時の演奏スタイルを再現するという
ブルーノ・ワルターが1938年にウィーンフィルを指揮した
マーラーの交響曲第9番の録音を参照して、
ノリントンのここでのこだわりが詳しく述べられているが、
その辺は、ノリントンを熱心に聞いている人には、
すでに予想のとおりであり、ごく自然のことのようにも思えるのだけれど、
作品への解説、各楽章における表題性、ストーリーの再構築、
これを読むととにかく面白くて、興味が出て、
もう聞かずにはいられないのである。
ノリントンの創造性、発想の豊かさには感動する。
そして聞いてみると、そのすべてを実際の音として、
音楽として、確認できるのだ。今回は特に傑作である。
表現という意味では、かなりユニークな解釈のようでもあり、
木管楽器の表情付けなど、大胆に装飾的なのだが、
しかしノリントンの説明を読んでも感じられるとおり、
これが特別に造り上げられたものというのではなくて、
むしろスコアにある音を率直に表現する、
マーラーの指示を忠実に再現する、
それに尽きるのではないかという気がしてくる。
つまりは説得力があって、魅力ある音楽であり、
これが楽しい、気持ちいい、美しい…ということでもあるのだが。
ラトルのマーラーが、かなりマニエリスムに偏っており、
それはマーラーが記した譜面上の指示に極端に忠実である結果なのだと
そういう指摘もあるのだが、その点については、
ノリントンはさらに上を行く、圧倒的な効果をあげており、
マーラーの音楽の本質がここにあるのだと
そのことに気づかされるのである。
ノリントンのマーラー、だんだん盛り上がってきた。
まだまだこれからである。

Hanssler CD-NR 93.164

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2006年9月25日 (月)

設計レポート 確認済証

9月14日に提出した住宅Mの確認申請、
先週金曜日(22日)の日付で確認が下り、
今日確認済証を受け取ってきた。
こちらは木造住宅で、構造審査はなしだが、
消防同意ありの物件なので、
確認申請書が所轄の消防署にまわっている間、
その分だけ通常長く時間がかかるのだが、
土日祝日を除いて、なんと6日間!
最高に順調なスケジュールで審査してくれた。
非常にありがたく、感謝いたします。
今度の日曜日(大安)が地鎮祭で
その後、いよいよ着工となるが、
おかげさまで予定通り、いや、今のところ、
それ以上に快調なペースである。
何事もギリギリ、遅れがちとなりやすいが、
余裕をもってスタートできるということは大切である。

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2006年9月23日 (土)

シュトゥットガルト放送交響楽団

ジュリーニは1998年には引退しているが、
その少し前の1996年9月20日
シュトゥットガルト放送交響楽団へ客演した際の
ブルックナーの交響曲第9番が登場した。
シュトゥットガルト放送交響楽団のブルックナー第9は、
チェリビダッケ、ヴァント、ライトナーと今回で4枚目である。
多くの録音が残されていて、私も熱心に聞いてきたが、
もっと古いのでは、シューリヒト盤も存在しているようだ。
またジュリーニ指揮のブルックナー第9も
最初に買ったのは1980年代のウィーンフィルとの演奏、
そしてその後、1970年代のシカゴ交響楽団とのCDも出て、
今回で3枚目となる。最晩年の録音ということでどうなるのか?
発売前から非常に話題になっていたことは、
晩年のジュリーニというと、スローテンポの音楽づくりが顕著で
しかしこの1996年の演奏では、ウィーンフィル盤よりもかなり早く、
さらには20年前のシカゴ盤よりも早いという、
いわゆるジュリーニのイメージからすると注目の存在なのである。
でも聞いてみると、時間が短いからといって、
スピードが速いのか?というと、そういうことはなくて、
ジュリーニ独特のゆったりとしたスケール感、
作品がブルックナーでもあるし、豊かな響きが会場に鳴りきって、
あといつも話題に上る歌謡性だろうか、そこはジュリーニである。
でも一方で、演奏時間が短縮されているというのは、
無駄のない音楽づくり、いや、ジュリーニの場合、
どんな表現にも、決して無駄というものは存在しないのだけれど、
必要以上に歌を際立たせたり、間をとったり、
そういうことはなくなっているというのがいえるかもしれない。
多くの人がジュリーニのウィーンフィル盤はいい!っていうし、
私も格別な想いがあるのだが、ウィーンフィルのあの美しさに比べると
こちらの方が渋く、よりスタンダードに戻って、
むしろブルックナーの本質、素朴さなどが感じられるかもしれない。
そしてシュトゥットガルト放送交響楽団の存在でもあるが、
ノリントン時代を迎えるのはさらに後のことで、
まさにドイツの本流を直進するような、興味深い録音である。

Hanssler CD 93.186

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2006年9月22日 (金)

ミュンヘンフィル2005/2006

今年2月のミュンヘンフィルの演奏会から
ティーレマンの指揮によるモーツァルトのレクイエム。
DGがライブレコーディングを行って、
ちなみにこの日の前半のプログラムは、
ペーター・ルジツカとベルクの作品だったらしい。
ティーレマンについては、先入観もちすぎ、
イメージしすぎ、期待しすぎ!というのがあるのだけれど、
モーツァルトのCDが出るなんて、少し意外な展開だった。
これまたモーツァルト・イヤーのおかげ。
でも冒頭から、こちらの勝手なイメージは見事に外れて、
足取りは軽く、テンポもすいすいと速い。
ティーレマンは重厚で、雄大なスケールという…
先入観にとらわれてはダメだ。
しかしそれも最初のうち。やはりティーレマン!どんどん快調に
すべてはティーレマンの思い通りにそのペースにはめられていく。
しっかりと音を鳴らして、充実した低音の上に音楽が築かれていくのは、
ベートーヴェンだって、ブラームスだって、ワーグナー、ブルックナー、…
ティーレマンの音楽に対する姿勢、自分のスタイルは変わらない。
そういうはっきりとした主張こそ魅力であり、求めているのである。
ミュンヘンフィルのモーツァルト演奏は素晴らしくて、
繊細な表情、透明感のある輝き、明るさ、音の美しさは理想である。
そこにティーレマンがときに劇的な味付けを行い、
とても今風とはいえない、典型的な巨匠風の歌いまわしを行ったり、
でもそこにこそ、ティーレマンの個性が明確に示されており、
この辺は慣れで、普段からどれだけ聞いているかもあるけれど、
後半に向かっていくにつれ、深い感動にどっぷりはまってしまう。
今年はモーツァルトの音楽に触れる機会は特別多いし、
今日の画期的な解釈による新たなる名演も多く生まれると思うのだが、
そういう中で、ティーレマンはどちらかといえば懐古的でもあるけれど、
しかしこれほどまでに心に深くしみてくる演奏もないと思うし、
さすがであり、結果的には今年のベスト・モーツァルトであると、
私個人的には、そう感じたのである。
それにしても、間の取り方!空白における緊張感、呼吸、
こればっかりはティーレマンはすごくて、虜になってしまう。

DG 00289 477 5797

「クリスティアン・ティーレマン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月21日 (木)

ロンドン交響楽団1979/1980

BBCのライブ盤で1979年10月30日
エフゲニ・スヴェトラーノフがロンドン交響楽団を指揮した
ショスタコーヴィチの交響曲第8番である。
なぜか?私には非常に興味深いライブで
聞かずにはいられなかった。マニアック!
というのは、私はショスタコの第8番が大好きだということ。
そしてロンドン交響楽団にソ連の指揮者が登場しているということ。
同じ時期には、BBC交響楽団の主席指揮者を
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが務めていたし、
当時イギリスとソ連の間に何か関わりがあったのだろうか?
結構すごい演奏である!それはすぐわかる。
でもそれをここで表現するのは、正直難しい。
音はソ連の響きである。完全に。鳴らし方が。
ムラヴィンスキーとかのライブのイメージか?
厳しく、堅く、骨太なショスタコーヴィチ。
スヴェトラーノフも1990年代の晩年に
N響に頻繁に登場していたときのイメージとはかなり異なる。
硬質な響きで吼える! 弱音では暗く、悲痛な。
今ほどでもないかもしれないが、
西側でもショスタコーヴィチは演奏されていたと思うけど、
でも第8番は比較的珍しかったであろうし、
イギリスのオーケストラが演奏しているわけで、
この響きを聞けば、スヴェトラーノフがいかに影響を与えたか、
オーケストラに指導力を発揮したかがよくわかる。
重い。心にのしかかってくる…。

BBCL 4189-2

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2006年9月20日 (水)

第1422回N響定期公演

2000年12月のN響定期公演から
12月6日サントリーホールにおける
シャルル・デュトワ指揮の演奏会。
前半がラヴェルの「高雅にして感傷的なワルツ」
そしてストラヴィンスキーの「3楽章の交響曲」。
後半がトルルス・モルクのソロで
ドヴォルザークのチェロ協奏曲という
今でも強く印象に残っている素晴らしい演奏会である。
デュトワ得意のラヴェルとストラヴィンスキーということで
前半にこういった精妙な響きによる独特な色彩、
そしてリズムが鮮やかな「3楽章の交響曲」をもってくるあたり、
デュトワのセンスが大好きで、魅力的なプログラミングである。
そして後半メインに協奏曲が来てしまって、
トルルス・モルクが登場するあたり、最高だ!
といっても、当時の私は、実は、
トルルス・モルクはまだあまり聞いたことがなくて、
この演奏を聞いて、一気にファンになったのである。
そういう意味でも、この演奏会は記憶に残っている。
北欧の演奏家ということで先入観をもってしまうのもどうかと思うが、
しかしその音色には独特の繊細さが感じられるし、
透明な響きでドヴォルザークを歌い上げて、
なんとも感動的な演奏だ。こういうの好き!
そしてデュトワのドヴォルザークがまたいい!
民族色とか、チェコ風とか、そういうのからはかけ離れているか?
しかしそのスッキリして、響きを徹底してコントロールするあたり、
デュトワは本当に素晴らしい指揮者である。
今でも年に一ヶ月はN響を訪れているが、
音楽監督の時代には、たくさんの演奏を残してくれた。
ファンにとっては、そのすべてが貴重な録音である。
今後も少しずつ、大切に聞いていきたい。
ちなみにトルルス・モルクのアンコ-ルは、
カタロニア民謡「鳥の歌」であった。

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「シャルル・デュトワ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月19日 (火)

ポリーニのモーツァルト1990

さらにモーツァルトのピアノ協奏曲を
ポリーニのライブ録音から今日はニ短調K.466を聞いている。
1990年2月4日 ザルツブルク・モーツァルト週間での演奏。
ミヒャエル・ギーレン指揮ウィーンフィル。
これは本当にすごい演奏で、はじめの頃など、
あまりの厳しさ、その緊張感からか
聞いていて、心の余裕というものが一切存在しない
なんか息苦しくなるような、激しい迫力、
これがモーツァルトなのか?という、
ポリーニなんて、ベートーヴェンの「熱情」を弾いているような
まるでそんな、押しつぶされてしまいそうな圧迫感があり、
凄まじい印象に叩きのめされてしまったのだった。
ギーレンがまた辛口のモーツァルトなのである。
でも今聞くと、ポリーニのこの、とにかく弾きまくっている感じ、
これがいいのである。ポリーニなのである。
ピアノの音の存在感、音楽は巨大な輝きを放って、
何か、普通の常識なんて、はるかに超越した境地、
超人的なピアノに圧倒されて、それに尽きるのである。
この演奏も当時FM放送で聞いていたのだが、
正直なところ、その頃はまだわからないことの方が多かった。
でも今思うのは、ポリーニの1980年代後半から90年代にいたる
これらの演奏、当時のポリーニが私は一番好きみたいである。
とにかく圧倒されたいのかもしれない。
圧倒されてこそ、ポリーニなのである。
というのは、私の個人的な好みではあるが、
みなさん、いかがだろうか?

記録によるとこの演奏の後、ギーレン指揮ウィーンフィルは、
モーツァルトの交響曲第39番K.543を演奏している。
残念ながらその録音はないが、
今では私は、たいへんなギーレンファンなので、
興味深い!聞いてみたい!!
ギーレンがウィーンフィルを指揮している
というのも非常に珍しいのではないか。

FKM-CDR-52

「マウリツィオ・ポリーニ」に関する記述はホームページにもございます
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2006年9月18日 (月)

ポリーニのモーツァルト1999

ポリーニの1990年の演奏でK.595の協奏曲を聞いたが、
すると聞きたくなるのは1999年のベルリンフィルとのライブである。
1999年2月18日 指揮はクラウディオ・アバド。
この演奏は、FM放送を聞いて、当時HPにも感想を書いたのだが、
改めて聞いてみるとポリーニならではのモーツァルトに興奮する。
しかし音が美しい!超立体的な音楽づくりで
緊張ある一瞬一瞬は、やはりポリーニ!
この日の演奏でもポリーニのピアノは鳴りまくっている。
モーツァルトだって考えれば、鳴ればいいというものでもないのだが、
ポリーニを聞きたければ、こうでなくては!
モーツァルトにしては、異色かもしれない。
力強さ、迫力、ときに音楽の輪郭がはっきりしすぎて、
モーツァルト特有の優美な感覚など、一切排除して、
ゴツゴツしていたり、かなり硬質な肌触りでもあるが、
この勢い、圧倒的な存在感、ポリーニは快調である。
全体に歌いながら弾いていて、
演奏に没頭しているこの凝縮度、私には理想に思える。
演奏への迷いや音楽との距離感など皆無である。
思いっきりモーツァルト!ではなくて、
「思いっきりポリーニ!」である。完全に。
この辺では、はっきりいって、好みのわかれるところ。
しかしポリーニファンにとっては、
これらのライブは、とにかくひとつひとつが宝物。
こういっていいものかわからないが、
ライブでレコーディングと関係ないときの演奏の方が、
ポリーニは常識以上ともいえる豪快さで音楽に向かっており、
その圧倒される迫力、この感じを知ってしまったら、
やはりポリーニ以外には考えられない。
究極の存在。というわけでマニアが多い。
K.595の協奏曲については、この後、
2003年のザルツブルク・モーツァルト週間でも演奏している。
そちらはピエール・ブーレーズ指揮ウィーンフィルと共演。
ご存知の方も多いであろう。

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2006年9月16日 (土)

ポリーニのモーツァルト1990

ポリーニのモーツァルト最新盤(K.453,467)を聞いて、
K.467については、他にシャイーと共演したライブもあるのだが、
聞きたくなってしまって、久々に出してみた。
1990年12月20日 ロイヤル・コンセルトヘボウとの演奏である。
この録音は、当時FMで放送されて、聞いていたのだが、
ポリーニが演奏したK.467とK.595のピアノ協奏曲の他に
何か演奏されたのか?というのは完全に忘れてしまった。
しかし素晴らしい!私はこの演奏が好きだ!
ポリーニのピアノはすごくよく鳴っていて、
音に勢いがあって、まさに隙がない!
立体的な響き、これぞポリーニだ。
速いテンポで指は自由自在に動き回る。
ポリーニは間違いなく深く作品に没頭して、
いい意味で客観性よりもひたすらに音楽を表現している。
驚異的な集中力、技巧的にも精神的にも最も充実していた時期。
常にしっかりとした響き、一点の曇りもない明瞭さ、
ときにはベートーヴェン級の迫力で弾き進んでいくけれど、
音は美しく、強く輝き、モーツァルトの音楽が微笑んでいる。
最高だ!洗練よりも喜び、興奮、感動に満ちた音楽である。

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2006年9月15日 (金)

ポリーニのモーツァルト

やはりポリーニの新譜から聞き始めた。
ご存知の通り、私はポリーニの熱烈ファンなのだが、
しかし正直なところ、ポリーニのモーツァルトは聞くのが怖い。
協奏曲に関しては、これまでにも時々聞くチャンスがあったのだが、
ポリーニは録音に関しては極めて慎重で、
実際に演奏を聞くと、どう聞くべきか?というのは難しくて、
他の方はわからないけど、私にとっては、
ポリーニを聞くのなら、他の作品をという気持ちもある。
この私でも、モーツァルトを聞くのなら、
ルプーやペライアの方がいいなと思ってしまうぐらいで、
しかし今年はモーツァルト・イヤーでもあり、
ついに!というか、昨年5月にライブレコーディングされ、
ウィーンフィルとの共演という、最高の条件がそろっているわけだが、
ポリーニのモーツァルト、ピアノ協奏曲(K.453,467)が登場した。
若いときのカール・ベームとの共演以来のことで、
途中にもアバドやブーレーズと弾いていたことを考えると、
何でこれまで続編が出なかったのだろう?
というのが不思議に思えてならない。
モーツァルト・イヤーのおかげということか。

ポリーニならではの硬質なタッチは健在で、
音の美しさ、その輝きは、いつもながら極上の素晴らしさである。
しかし気になるのが、ポリーニは恐ろしく抑制をきかせた演奏で
モーツァルトの作品を扱うのに慎重を極めているということが
こちらにはっきり伝わってきてしまうこと。
これって、ポリーニの音楽だろうか?って、私などは思ってしまう。
他の方はそうでもないかもしれないけれど。
(K.453の第2楽章は、ポリーニのピアノはよく鳴っている)
表情は実に細やかで、この上なくよく描きこまれているのだけれど、
しかしモーツァルトの音楽が微笑みかけてくれることはない。
それもやはり戸惑いなくは聞けないのだが、
かつて聞いたことのないような透明感、そこは白銀の世界であり、
色彩や光の陰影、そしてそれによって生じる音の温度差、
そういうものが存在しなくて、徹底して均質さを求めるところ、
ポリーニのモーツァルトは独特であると私は思う。
でも同時に、やはり私はポリーニが好きなのだなあ
と思ってしまうのは、こういう音を出したいポリーニの想いも
一方で実によくわかってしまうのだ。
これはまさしくポリーニの音だから。
その距離感、それを埋めることができないので、
私はポリーニのモーツァルトを聞くのが怖い。
最後に拍手が収録されているが、
もっとライブの感覚、臨場感を優先して、
(それではレコードにならなくなってしまうけど)
ポリーニもより開放されて、自由度の高い、
興に乗った演奏、その場限りの音楽との出会い、
ポリーニのライブ演奏とはそれが魅力だと思うのだが、だとしたら、
また少し違ったモーツァルトを聞かせてくれたと思う。

K.467におけるシャリーノのカデンツァだが、これは素晴らしい。
これぞポリーニならではであり、特に第3楽章のは聞きもので
今回の演奏で最も興奮した瞬間である。
この第3楽章が、私は一番好きなのかもしれない。鮮やかさ!
昔の演奏でシャイー指揮コンセルトヘボウとのライブがあるが、
そこでもやはりK.467の第3楽章におけるスピード感、
即興性をともなった盛り上がり、勢いで駆け抜け、
跳ね回っているような快活さ、魅力的だった。
それから時間を経て、現在のポリーニはより成熟した
ずっと大人のモーツァルトを聞かせてくれている。

DG 00289 477 5795

「マウリツィオ・ポリーニ」に関する記述はホームページにもございます
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2006年9月14日 (木)

設計レポート 確認申請

さらに今日は、次の確認申請を出してきた。
お盆あたりから準備してきた住宅M。
確認申請のための図面はそろったけど、
工事のための図面という点では、
まだまだ全然足りなくて、ということで、
これからも図面描きの作業は続くのだけど、
しかしとりあえず確認を出せた!というので
すごく精神的には開放された。

ホッとして、タワーレコードに寄ったところ、
新譜がいろいろ出ていたので、いくつか買い込んできた。
まずはポリーニのモーツァルト、ピアノ協奏曲
同じくモーツァルトだが、ティーレマンのレクイエム
スクロヴァチェフスキのベートーヴェンの続編(5,6)
次にライブ盤だが、ジュリーニのブルックナー第9
(シュトゥットガルト放送交響楽団との1996年のライブ)
BBCのライブ音源でスヴェトラーノフ指揮ロンドン交響楽団による
ショスタコーヴィチの交響曲第8番(1979年のライブ)。
いろいろ出ていたが、欲しいものは数多く、
とりあえずまず手に取ったのは、以上の5点。
順番に少しずつ聞いていきたいと思う。

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2006年9月13日 (水)

バイロイト音楽祭2005

20060913a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3幕第3場から幕切れの場面である。
ヴェーヌスが現れ、タンホイザー、ヴェーヌス、
そしてウォルフラムの三重唱となるが、
ウォルフラムが「エリーザベト!」と叫ぶと
タンホイザーは狂気から目覚め、
ヴェーヌスベルクの情景も姿を消す。
エリーザベトの葬列を見て、ウォルフラムが叫んだのだ。
「聖なるエリーザベトよ、わがために乞え!」と
エリーザベトの横でタンホイザーもまた命を落とす。
ローマ法王がタンホイザーに与えた杖に葉が出て、花が咲き、
タンホイザーは救済された、というフィナーレの場面である。

20060913b

ウォルフラム役のロマン・トレケル。
カッコいいではないか!騎士ということでカツラをかぶっている。
第3幕は、ウォルフラムが歌う有名な「夕星の歌」もあるが、
ウォルフラムの活躍、ロマン・トレケルの歌にしびれてしまう。
第3幕前半の厳粛にして美しい音楽、
背後にローマ巡礼の合唱(序曲に登場するテーマ)が遠くに響き、
マリア像の前にひざまずくエリーザベトを見守るウォルフラム、
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックスではないが、
ダメな主役のタンホイザー(英雄としての傾向は最も低い)に比べて、
陰で真の主役はウォルフラムではないのか?というような、
ロマン・トレケルのウォルフラムは圧倒的な評価を得ていたようだ。

惜しまれつつティーレマン指揮の「タンホイザー」は完結したが、
これからの5年間は指環であり、さらなる圧倒的感動が期待できると思う。
バイロイト音楽祭2005を日程の順に聞いてきたが、
残すところ7月29日の「パルジファル」のみとなった。
「パルジファル」もまた、ブーレーズ指揮による最後の上演であり、
ブーレーズのバイロイトにおける最後の夏ということで、
注目して、気合を入れて聞きたいと思う。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月12日 (火)

バイロイト音楽祭2005

20060912

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3幕第3場からタンホイザーとウォルフラムのやり取りの中で
タンホイザーはローマでのこと(許しを得ることはできなかった)を語り、
「ヴェーヌスよ、お前のところに行くのだ!」というと
突如、ヴェーヌスベルクの情景が現れ、という場面だが、
そんなこと舞台では現実的に不可能なわけで、
フィリップ・アルローの演出では、照明(色彩)で表現しているようだ。
その間、音楽は艶やかに活気を帯びて、
ヴェーヌスベルクの音楽を奏でている。
ローマ語りの音楽とのコントラストは鮮やかで、
第3場の音楽の流れ、後半はエリーザベトの葬礼、
さらにタンホイザーの救済という展開だが、感動的である。
重低音を基本としながら、華麗な高音を自由自在に操って、
ティーレマンの「タンホイザー」は、とにかく最高!
白い衣装(巡礼の衣装)をまとっているのがタンホイザーのグールド、
一方の黒尽くめの衣装が、ウォルフラムのロマン・トレケルである。
真紅の衣装は、ヴェーヌス役のユディト・ネーメト。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月11日 (月)

設計レポート 確認済証

今日は朝から市役所へ確認済証の受け取りに。
8月11日に申請を出して、意匠の審査は21日に完了、
その後、構造の審査、空間構成の複雑さもあって、
(意匠的には議論なし。しかし構造的には難解なのか?)
そちらはかなり難しかったようだが、
しかし結果的に9月8日の日付で確認済証、
11日にそれをいただいてきたので、
順調といえば、理想的に運んだと思う。
民間機関だったら、それも大いに可能だと思うのだが、
市役所に提出してなので、こちらも努力したし、
役所も最短で対応してくださった。

今週の後半から既存建物の解体工事がはじまるので、
午後は工務店の社長とご近所の挨拶まわりをする約束をしていたので、
市役所を出るとそのまま工務店へ直行。
打ち合わせをしてから、昼ごはんということで
社長とちょくちょく食べに行く日向山の「4号家」さんに。
ラーメン(普通盛)に煮玉子をトッピング。
今日はお腹もすいていたので、
スープの最後の一滴までおいしかった。
それから現地を訪ねて、工事の挨拶まわり。
施主に確認済証をお渡しすると、喜んでくれた。
引越し前に確認が下りて本当によかったと思う。
安心してもらえて、私もまたホッとした。

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2006年9月 9日 (土)

設計レポート 食事会

現在設計中の住宅Mについて、
来週中に確認申請を出したいということで
書類関係をそろえて、今日は判子をもらってきた。
印鑑を押してもらいつつ、食事会をしようということで
立場にある「梅の花」で遅いお昼の豆腐会席。
部屋でゆっくり食事ができる。
「梅の花」はご存知の方も多いと思うが、
豆腐尽くし、湯葉尽くしだけど、
豆腐ばかりを出されているという印象はなく、
一方でコースという点においては、
「魚、肉、…」という内容ではないのだが、
そこで物足りなさを感じることはない。
和食の調理法の多様性、様々な形に応用される自由な発想、
また豆腐という食材の可能性を実感できるのである。

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2006年9月 8日 (金)

バイロイト音楽祭2005

20060908

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2005年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」の第2幕。
第2幕第4場の舞台写真は8月12日にも一度取り上げたのだが、
そちらの画像は、どういう場面かというと、おそらく、
領主ヘルマンが歌合戦の開幕を宣言して、
タンホイザーが勝利した場合には、エリーザベトを彼に与えると
観衆の前で語っている場面だと思うのだが、
今回のは、その後、歌合戦が進み、
タンホイザーがヴェーヌスベルクでのことを暴露して、
場内が混乱に陥る場面?の前後のようで、
エリーザベトに動きがある様子をみると、
タンホイザーに戦いを挑む騎士たちを止めに入って、
タンホイザーの命乞いをしているところか?
推測の域で、詳しくはわからないのだが、
フィリップ・アルローの派手な色彩が強烈な個性を放っている。
歌の殿堂に関しては、原色を多用しているのが特徴であり、
中央の青い柱、これはなんなのだろうか?
どういう意味があるのだろうか?興味深い。

第1幕のときにも書いたのだが、
スティーヴン・グールドのタンホイザー!
ウォルフラムなどが純愛の美しさを賛美する一方で、
タンホイザーは愛の歓楽をたたえ、ついにはヴェーヌスを
ヴェーヌスベルクにいたことを自白してしまうところ、
威勢のいい声を張り上げて歌っているグールド、
ここを聞くとジークフリートが楽しみでならない。
ミーメとのやり取りから楽劇「ジークフリート」第1幕第3場の
有名な鍛冶の歌、きっと素晴らしいに違いない。早く聞きたい。

第4場の歌の殿堂における歌合戦の場面は、
時間にして50分ほどでほとんど第2幕の大半を占めているが、
とにかく感動的で、迫力ある力強い音に包まれ、
第2幕の最後など、音が止むまで待てず、
会場全員が熱い想いで自然に拍手が起こるところなど、
録音を聞いているだけでも、一緒に興奮してしまい、
いかに素晴らしかったかが伝わってくる。

次はいよいよ第3幕。
ティーレマンの「タンホイザー」もついにこれで完結だ。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月 7日 (木)

設計レポート 今週の話

今週はいろいろとあって、出ていることも多く、
するとなかなか手を動かせないのだが、
今日は一日こもって、少し作業を進めることができた。

月曜日は、工務店の社長とA邸の見積書をお持ちした。
以前に私が作成した概算見積書を提出しているが、
その後に要望のあった追加分を考慮するのと
工務店側からの希望で多少金額を調整している項目もあり、
結果的に少し金額は上がっているのだが、
その点をよくご説明して、快く了承してくださり、
昨日、工事請負契約を無事に済ませることができた。
工事請負契約とは、施主と工務店の間で交わされる契約である。
私も監理者ということで契約の中に登場するので、
署名・捺印をして、立ち会ってきた。
いよいよ!という感じである。
設計から施工へ、私も設計者から監理者へと変身!
来週後半から、既存の住宅の解体工事がはじまる。

また工事の契約とちょうど重なってくれたのだが、
昨日のお昼に、構造事務所が連絡をくれて、
確認申請の構造審査が無事に終了したそうで、
まもなく確認も下りそうだ。あとは連絡待ちである。

もう一方のM邸だが、こちらも来週あたり(間に合うのか?)
確認申請を出そうとただいま準備中である。
こちらはスケジュールが厳しいので、
まずは確認申請を出して、その審査中に
いろいろ工事用の追加図面を工務店に提出するという、
工務店とはよく話し合いができているので、
図面は後から追っかける形で大丈夫なようになっているのだが、
工事が着工して、それで詳細関係が追っかけていく
というような展開になると思うのだけど、
いつもの工務店なので、その点は安心。
というようなやり方でも、文句を言わずに受けてくれるので、
本当にありがたく、多くの点で助けていただいているのである。
何かと協力してくださって、本当に感謝しています。

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2006年9月 6日 (水)

林家彦六の怪談噺

昨日の晩、タイマーで録音しておいた
ラジオ深夜便の「演芸特選」
林家彦六(八代目 林家正蔵)による「牡丹燈籠」
有名な怪談「牡丹燈籠」から「お札剥がし」の場面、
早速に聞いてみた。素晴らしい!
落語の怪談噺はいろいろあるけれど、
幽霊のこっけいな展開で面白いというのも多いのだが、
この「牡丹燈籠」は三遊亭圓朝作の本格的な怪談。
何が恐ろしいかといったら、人間の残酷さ、醜い心、
リアルな描写ほど、恐ろしさがある。
笑いがない、こういう真剣な怪談ははじめて聞いたのだが、
彦六の正蔵さん、見事!はまってしまう。
八代目正蔵は、芝居噺と怪談噺を得意にしていたというが、
芝居噺の「中村仲蔵」を聞いて以来、大好きになってしまい、
そして今回、怪談の「牡丹燈籠」である。
最晩年の八代目林家正蔵は海老名家に「正蔵」の名跡を返上し、
初代「林家彦六」を名乗って、しかしその翌年には、
86歳で亡くなってしまっている。
今日は「彦六」時代の録音だそうで、ということは、
86歳の録音ということであろう。
しかしその声の張り、独特な声色、緊張感、迫力、
素晴らしくって、感動してしまう。ますますはまる。
もう夏は終わりだが、怪談噺、ぜひもっと聞いてみたい!
放送では、もう今年はないのかな?来年の夏かな?

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2006年9月 5日 (火)

バイロイト音楽祭2005

20060905

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨日に続くがティーレマンが指揮する序曲、
何度聞いても感動的である。
序曲に続いて、ヴェーヌスベルクの場面だが、
濃厚な音楽が流れて、ティーレマンの指揮は、
どっしりとした重厚な響き、まさにドイツ的な音作り、
そして同時に一方の高音の美しさを際立たせ、
なんとも艶やかな感触、細かな部分も芸が細かく、
こういう演奏ができる人はなかなかいない。
バレンボイムのCDが同じような印象もあって、
私は大好きな名演なのだが、
2002年以降、毎年ティーレマンの録音を聞いてきて、
さすがに慣れというのもあるし、4年間の積み重ねで
やはりティーレマンこそが最高であると思ってしまう。

ヴェーヌスベルクが崩れ去り、
ワルトブルクの山麓の場面(画像)へと進んで、
このフィリップ・アルロー演出の舞台は色彩が美しく、
非常に印象的な舞台である。
ウォルフラムがタンホイザーに語りかける場面。
ティーレマンの人気もあるし、このプロダクションは
失敗が少なかったのではないかと思うのだが、
2005年の公演でいったん終了である。非常に残念だ。
音で聞く限り、あまりの素晴らしさもあって、
いつまでもずっと聞き続けていたいというような気持ちになる。

ここでタンホイザーを歌っていたスティーヴン・グールドは、
今年(2006)からニーベルングの指環に登場して、
楽劇「ジークフリート」と「神々の黄昏」に出演、
ジークフリートを歌っているようなので、注目である。
グールドは2004年、2005年にタンホイザーを歌って、
今年一気にジークフリートに抜擢されて、
これから世界のワーグナー上演において、
中心的な存在となっていくのかもしれない。
第1幕第2場のヴェーヌスとのやり取りで
威勢よく歌い上げているところなどを聞くと
ジークフリート役にも期待が高まり、早く聞いてみたい。

(第2幕へとつづく)

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月 4日 (月)

バイロイト音楽祭2005

20060904

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

約60分の第1幕のうち、14分ほどが序曲であり、
非常に長いのだが、ティーレマンは暗闇の中で、
ひたすら序曲を堪能させるという演出で、
その充実の音楽は圧倒的である。
例えば1980年代のウォルフガング・ワーグナー演出の舞台では、
序曲の段階で舞台はすでに明るくなっており、
巡礼のテーマの際には、ローマ巡礼の人々が行進し、
ヴェーヌスのテーマへと突入するとバレエが乱舞するという、
音楽と舞台が一体に序曲が物語への導入であった。
しかしティーレマンは、ここは音楽だけを聞かせたいと
そのこだわりといったらさすがで、自信に満ち溢れた演奏である。
ティーレマンの指揮によるタンホイザー序曲はとにかくすごい。
そしてこの2005年の上演で感じたことは、
それ以前に比べ、多少テンポが速めに設定されており、
ある程度、勢いに任せる、深く没頭するあまり、
冷静な展開は根本から拒否しているのだが、
これ以上はないという熱い心を込めて、
下手にそんなことをしたら、
全体像がめちゃめちゃになりそうなのだが、
そこがティーレマンのすごいところ、尋常ではなく、
深く地の底からわきあがってくるような熱い感動、
序曲から熱狂的に会場全体を導いていく。
ティーレマンのその場主義的な異常な盛り上がりに
見事にひとつになってついていくバイロイト祝祭管弦楽団、
奇跡的な深まりを実現させて、
他では絶対に聞けない序曲である。
今日は冒頭の序曲について。つづく。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年9月 2日 (土)

プロムス2003

久しぶりにライブ音源のコレクションから
プロムス2003におけるマーラー室内管弦楽団の演奏会。
指揮は注目の若手アラン・ギルバートである。
(2003.8.3 ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール)
録音してあるのは、レイフ・オヴェ・アンスネスが登場した
モーツァルトのピアノ協奏曲K.271「ジュノム」を中心に
前半、ラヴェルの組曲「クープランの墓」、
そしてアンコールで演奏された「フィガロの結婚」序曲。
ちなみにこの日の後半のプログラムは、
メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」であった。
ラヴェルでは、もうちょっと表情豊かな方が好みかな
と少し思ってみたりもするのだが、シャープさが売り物なのか、
最後までまっすぐに走り続けるような演奏。
音色づくりについても、比較的淡白な印象がある。
しかし続くモーツァルトになるとたいへんに魅力的。
演奏は同じく鋭い切り口で古楽奏法を取り入れている点でも
ますますシンプルな方向へと向かっていくのだが、
細やかな表現は鮮やかに、いきいきとした活気あるモーツァルト。
それにアンスネスのピアノがもう絶品だ。
私はアンスネスが大好きで、今回も強くひかれた。
音が美しいし、自然な表現がいい。素晴らしい!
ピアノの運動性がなんとも気持ちよくて、
とにかくいつもこれ以上なく快適な音楽を聞かせてくれる。
レイフ・オヴェ・アンスネスは、一押しのピアニストである!
「フィガロの結婚」序曲もよかった。マーラー室内管弦楽団は、
ダニエル・ハーディングによって、鍛え上げられているが、
特にモーツァルトの演奏で、圧倒的な実力を示す!

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2006年9月 1日 (金)

ロンドン交響楽団2005/2006

ベルナルト・ハイティンクとロンドン交響楽団による
2005/2006シーズンのベートーヴェン・チクルスから
いよいよ第九の登場である。2006年4月のライブ。
聞き終わってみると最高に感動的な第九だ。
第3楽章以降の後半における充実ぶりは圧倒的である。
前半は打楽器の扱いやリズムの処理、響きのバランスなど
まさに近年の新解釈を取り入れているという
しかし私などは、それがハイティンクらしい音楽なのか
というと、どこかイメージと違ってきている部分もあり、
今回の第九でも、安心よりは新しさを発見してしまうのだけど、
重厚な深みよりも細部に光を当てた今日的なベートーヴェンである。
でも引き締まった音楽の構築は、ますます冴え渡っているし、
ハイティンクのベートーヴェンは昔から定評があるが、
厳格で格調高い演奏は、やはり別格の存在だ。
第2楽章も緊張感が持続して、厳しいまでに徹底された表現、
求心力が強く、気の緩む時間など存在しない。
しかしそれが、第3楽章で一気に開放されるのである。
なんという美しさ。表面的な美意識に彩られるのではなく、
ハイティンクならではの心に響いてくる音作り。
そして終楽章まで行くと、何にも特別なことはやっていない、
しかしその音楽は絶対的な力をもって、すべてはひとつに、
不思議なぐらいに音楽との一体感を与えてくれるのである。
後半へ上り詰めていくほど、なんともいえない感動に包まれて、
ハイティンクのすごいところは、自分の主張よりも
ひたすらベートーヴェンの偉大さを伝えることに
すべてを捧げているような、これこそ巨匠の現在、
いつの間にか、第九の音楽そのものに引き込まれているのである。
素晴らしい演奏だ。これぞ第九の名演!
次回は交響曲第1番と第5番だそうである。期待!

LSO 0092

「ベルナルト・ハイティンク」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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