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2006年10月31日 (火)

私が聞いた今年の名盤2006

今月はちょっとした修正だが、
スクロヴァチェフスキの「田園」を追加。
月末なので、一応途中報告。


《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第6番~ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィル
◎マーラー 交響曲 第7番~バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第2番、第12番、第3番、第14番
   ~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団

○ベートーヴェン 交響曲 第1、4、6番
   ~スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団

《管弦楽》
◎ホルスト 惑星~サイモン・ラトル指揮ベルリンフィル
○R.シュトラウス 英雄の生涯~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第1番
   ~クリスティアン・ツィメルマン、ラトル指揮ベルリンフィル
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第2番
   ~ネルソン・フレイレ、シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


《室内楽》
今のところなし

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ピアノソナタ op.109-111~内田光子
◎チャイコフスキー 「四季(1月~6月)」~クリストフ・エッシェンバッハ


《歌劇》
○ワーグナー 「パルジファル」~ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場

《声楽曲》
○モーツァルト レクイエム~ティーレマン指揮ミュンヘンフィル

《ライブ盤》
◎ベートーヴェン 交響曲 第7番~クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
◎ブラームス 交響曲 第2番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番~ヤンソンス指揮王立コンセルトヘボウ

○マーラー 交響曲 第4番~ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
○ブラームス 交響曲 第1、3、4番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ベートーヴェン 交響曲 第3、9番~ハイティンク指揮ロンドン交響楽団

は特に大切に感じられる名盤です)

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設計レポート~住宅M

20061031

住宅Mの木造軸組みプレカットの打ち合わせで
お昼に工務店に出かけ、図面をチェックして、
それから工務店の社長と一緒に
お昼にラーメンを食べに行こう!ということで
いつもの4号家に出掛けたのだが、
残念ながら今日はお休み。
10日ぐらい前だったか、この前行ったときもお休みで、
ついてないなあ…あの味が懐かしくなってくる。
この前はその少し先にある麺屋「いつき」に行って、
そこもおいしくてよく行くのだが、
今日は別の新しい店を開拓。
でもちょっといまいちだった。
この近辺だったら、こってり家系なら「4号家」、
あっさり繊細な味なら「いつき」である。
最近はいつも同じ店ばかりに行っているけれど、
飽きが来ないというのが、おいしい証拠!
好みが合うということなのだけれど。

その後、基礎の鉄筋の配置がはじまった
住宅Mの現場に寄って来た。
これから基礎の立ち上がり部分の鉄筋がセットされるけど、
普通以上に強い基礎に設計してもらっているので、
実際に並べ始めると、なるほど丈夫そうだ!

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2006年10月30日 (月)

フィラデルフィア2005/2006

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスを利用して、
配信されているライブ音源を編集してCD化。
http://www.philorch.org
2005/2006シーズンのエッシェンバッハの指揮による
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏から今日は第3番。
配信されている音源は2005年12月6日のものである。

私は「英雄」が大好きで、でもどちらかというと、
ラトルやアバド、ノリントンなど、急速なテンポ設定がよくて、
その点からするとエッシェンバッハは雄大な感じ、
最初聞くと私の好みでは、ちょっと大味な印象もあったのだが、
実はこの感想、エッシェンバッハがハンブルクNDRで
「英雄」を取り上げたときのライブでも同じことを感じて、
でも今回はじっくり聞いて、フィラデルフィアのさすがの実力、
細やかな表情をいきいきと描き出して、音の輝きは圧倒的だが
そうした魅力に気付くとやはり何ともいえない心地よさに満たされる。
でもこれはオーケストラの傾向だと思うが、どちらかといえば、
表面的な部分で勝負したベートーヴェンであるとはいえよう。
少し前に聞いたハイティンクとロンドン交響楽団のライブだと
やはりかなり派手な音をさせるオーケストラだが、
雄大さと緻密さが見事に共存して、さらに深い精神性、
聴衆を没頭させる力強さ、そういうものがあった。
フィラデルフィアは、エンターテイメント的な喜びあふれる音楽体験、
その華麗さで聴衆を魅了する、その点においては断然優れているが、
どちらをとるかは、人それぞれの好みで変わってくるだろう。
どうもやはりアメリカのオーケストラは馴染みないのか?
エッシェンバッハとフィラデルフィアによるこのシリーズ、
さすがにずいぶん慣れてきているのだけれど。

CDR244

「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月28日 (土)

材木の展示会

20061028

今日は横浜市金沢区幸浦にある木材市場で
材木の展示会があって、土曜日でも見せてもらえるということで
住宅Mの施主と一緒に使用する丸太柱の見学に行ってきた。
お願いしている材木の問屋さんも
展示会に出店しているということもあって、
いろいろな材料を奥から出してきて、並べて見せてくれていて、
面白かったのは、様々な樹種のおがくずの臭いのかぎ分け、
それで木曽桧のおがくずをもらってきた。
あともうひとつのお土産!写真の丸太である。
イスにしようと思って。イスといっても置いて、そこに座るだけ。
テレビを見るのにちょうどいい高さ?
微妙に樹皮が残っていて、いい味出してる。
「邪魔なものもらってきて!」と怒られるかと思ったら、
母なんかは、「踏み台にもいいわね」と意外に好評だった。
丸太の横にあるのは、展示会の抽選の景品、
チキンラーメンである。帰ってきて、早速食べた!

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2006年10月27日 (金)

ベルリンフィル1989/1990

ベルリンフィルの自主制作CDから
1989年11月22日の「ベルリンの壁」開放記念のコンサート。
ダニエル・バレンボイムがピアノを弾き、指揮をして、
当時はSONYから出ていたと思うのだが、久々に復活である。
私は今回初めて聞くので、飛びついた!
バレンボイムはこの東西統一の喜びにベートーヴェンを取り上げ、
前半はピアノ協奏曲第1番、もちろんピアノはバレンボイム自身だが、
そして後半には、交響曲第7番が演奏されるという、
なんと魅力的な内容であろう!素晴らしい。
バレンボイムのピアノが美しい音で、粒がはっきりとして、
さらにじっくりと感情を込めて弾くので、かなり独特な
バレンボイムならではのベートーヴェンに仕上がっている。
80年代後半のバレンボイムはこういう演奏をしていたのだ。
そして一方の交響曲第7番、当時のバレンボイムは、
交響曲については、実に慎重で、CDも存在しなかったので、
この演奏はそれもあって、注目の的であったことを覚えている。
ピアノ協奏曲に比べると交響曲はスタンダードな印象であり、
まだその頃のバレンボイムは、ピアノならば好きに自由に振舞えるのだけれど、
指揮に関しては、そこまで行っていなかったのか?決してそんなことはないが、
何かここで特別なものを感じさせるということはない。
その後のバレンボイムが、指揮者として、
ますます充実した活動を深めていく中で、
ピアノに関してはあまり話題にのぼらなくなってしまう90年代、
指揮とピアノ、活動の中心が完全に逆転してしまうのだが、
後に制作されたベルリン・シュターツカペレとの交響曲全集、
やはりそちらの方が断然素晴らしく、名演であるように思われる。
しかしそれにしても、昨日聞いたラトルのマーラー、
今日のバレンボイムと1980年代のベルリンフィルは、
やはり現在のベルリンフィルとは、ずいぶん音が違うなあと
それは指揮者が同じで比較するときに際立ってくるのだけれど、
実際に聞くと大きな発見がある。

BPH 06 09

「ダニエル・バレンボイム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月26日 (木)

ベルリンフィル1987/1988

ベルリンフィルの自主制作CDから
1987年11月のサイモン・ラトルのベルリンフィル・デビュー。
マーラーの交響曲第6番である。
ラトルとベルリンフィルの歴史は、ここにはじまる。
カラヤン時代のベルリンフィルだ!
ラトルを招いたのもカラヤンだったというし。
最初から迫力のある音に圧倒される。
1980年代の放送用録音であり、
現在のような美しい音ではないけれど、
かえってそれがライブの生々しさのようにも感じられ、
この演奏が正規盤で聞けるなんて、夢のようである。
20年前のラトルは、ちょうど現在のハーディングのような存在で、
よい意味での荒々しさ、早くもここで、思うがままに進めていく
ラトルならではのマーラーに興奮する。すごい!
ベルリンフィルも熱演だ!
最初からこんなにもオーケストラを奮い立たせてしまう
ラトルの存在って、やはり特別なのだろう。
感動的なマーラーに私ははまった。
ラトルの第6番は、この後バーミンガム市交響楽団と
レコーディングして、そちらも最高の名演!
そして昨年春もウィーンフィルとベルリンフィルの合同演奏という
珍しい機会にこの第6番を取り上げて、
現在のラトルの素晴らしさといったら、それは例えようがないのだが、
しかしこの若き日の演奏も何ともいえなく大事にしたいと思えてくる!
こういうライブ盤は、本当に大切な存在で、大歓迎である。
これからもっと、いろいろ出てきてくれないだろうか。
終楽章はとにかくすごい!こんな演奏、生で聞いてみたい。
なるほど!奇跡のような記録である。

BPH 06 08

「サイモン・ラトル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月25日 (水)

フィラデルフィア2005/2006

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスを利用して、
配信されているライブ音源を編集してCD化。
http://www.philorch.org
2005/2006シーズンのエッシェンバッハの指揮による
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏から今日は第2番と第4番。
2005年11月18日から20日そして22日のプログラムであり、
配信されている音源は、最終日の22日のものである。
この日もベートーヴェンの交響曲の間に現代曲が演奏されたようだ。

エッシェンバッハとフィラデルフィアの音には、
この第2番と第4番が最もふさわしいようにも思えるのだけど、
明るい音色、優美な表情、すべてを肯定するように
まっしぐらに前進を続ける音楽、素晴らしい!
特に第2番の終楽章は魅力的で、
そして第4番の後半も持続する運動性、
決して止まらない!透明感あふれる高揚、
フィラデルフィア管弦楽団も見事だ!
ベートーヴェンの前半の交響曲を聞いてきたが、
盛り上がってきた。次はいよいよ英雄!

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「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月24日 (火)

ベームのモーツァルト 4

カール・ベーム指揮ベルリンフィルによる交響曲全集から、
今日は交響曲第26番K.184、第28番K.200~第30番K.202。
先日の第25番まで来て、いよいよだなあ!
という思いがこみ上げてきたのだが、
第28番、第29番とお馴染みの交響曲が続いて、
第25番のときに感じたのと同じ、あの充実感、
カール・ベームのモーツァルト!なんという素晴らしさ。
ここでもこれらの初期のスタイルの作品には
ちょっと立派すぎるのではないかというような、
あまりに端整で、ときに荘厳、偉大さを感じさせるさすがの貫禄だが、
とにかくやっぱり、このベームの全集が、これまでずっと
モーツァルト演奏の規範となっていることが納得できるのである。
凄まじい説得力。何も飾らず、無駄を排し、真実のみが存在する。
奥深く、内面から湧き上がってくるような感動。
そういえば、この時期のベームといえば、
バイロイトでリングや「トリスタンとイゾルデ」を指揮していたころ。
ワーグナーとモーツァルトでは、もちろん音も違うし、
迫力やスケール感も比べられないのだが、
しかしそこに存在する音楽の意味、突き詰めていく中で得られるもの、
なんら変わりないのである。
モーツァルトを聞きながら、今日はふと、
リングにおけるベームの凄まじい緊張感を思い出してしまった。
一見、不思議なことのようにも思うのだが、
いやこれは必然的なことなのだ。
そこにカール・ベームの存在があることがすべてなのである。

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2006年10月23日 (月)

フィラデルフィア2005/2006

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスを利用して、
配信されているライブ音源を自分なりに編集してCD化した。
http://www.philorch.org
昨シーズン2005/2006に行われた
エッシェンバッハの指揮によるベートーヴェンの交響曲全曲演奏、
これがこんなにも早く聞けるなんて、素晴らしいサービスがはじまった。
というより、おそらく聞けないだろう思っていたので、
驚きもあって、実にうれしいことである。
アメリカのオーケストラのライブ(アメリカの放送局の音源)は、
NHKでもほとんど放送されないので、
(サンフランシスコ交響楽団やメトロポリタン歌劇場は稀にある)
FM放送で流れるということもおそらくないし、
交響曲全集がCDで発売されるというのも、
近年のレコード業界の事情を考えると容易くはない。
エッシェンバッハ・マニアにとっては、
このサービスは貴重なチャンスであり、
今後の展開にも期待してしまう。

フィラデルフィア管弦楽団2005/2006は、
エッシェンバッハの指揮で9月22日~24日、27日と
ベートーヴェンの交響曲第1番と第5番を演奏した。
これがシーズン開幕のプログラムということになるのかもしれない。
当初の発表のとおりならば、デュティユーの作品が
ベートーヴェンの二曲の間に演奏されたのではないか。
配信されている音源は、第1番が9月27日、
第5番が9月24日ということである。

フィラデルフィア管弦楽団は明るい音色で
よく鳴っている、というよりも鳴りっぱなしというような、
活気のある演奏で、エッシェンバッハの元
いま最も勢いのあるオーケストラのひとつである。
よくいわれる「フィラデルフィア・サウンド」
これもオーマンディの後、ムーティ、サヴァリッシュと時代を経て、
伝統を尊重しつつも、すでに大きく変換していると思うけど、
しかしここで聞かれるベートーヴェンの響き、
それはまさしく輝かしい音色、独特の存在感を示していると思う。
アメリカのオーケストラということなのかもしれないけど。

エッシェンバッハの指揮はいつもどおり熱気を帯びており、
その運動性、楽想に応じて俊敏に対応する自由な発想、
ベートーヴェンの音楽を通して、
エッシェンバッハの存在がひしひしと伝わってくる。
これがファンにはたまらない。
でもここで感じられることは、もしかしたら、
これまでのハンブルク時代の音源に比べると
やはりフィラデルフィアとの活動は大きな影響を与えているのか、
エッシェンバッハもアメリカのオーケストラとともに
より新しい展開を向かえようとしているのかもしれない。
もちろんそれは、パリに行くときはパリならではの
ウィーンに行くときはウィーンならではの、という
毎回新しい出会いが音楽に新たな可能性、創造性を
与えているのだろうと思うのだが、
しかしそれにしても、フィラデルフィアとの活動は、
音の輝き、光に満ちた圧倒的な勢いと見逃せない。
ベートーヴェンの交響曲は、これから続くので、
あまり書きすぎるとネタがなくなってしまうので、
最初はこの辺にしておきたいと思う。

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「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月21日 (土)

横浜の風景から 9

20061021

先日は横浜市泉区にある中丸長屋門をご紹介したので、
今日は瀬谷区阿久和東にある大岡長屋門。
こちらは背後にある深い森も含めて、
長屋門公園という横浜市の公園施設として利用されている。
ここは工務店に打ち合わせに行くときにいつも通るので、
この風景にはたいへん親しみを感じている。
横浜市が整備しているので、長屋門の建物も美しい。
いつも人が訪れていて、地域でもかなり認知度が高いと思われる。
昔、子供の頃、この周辺は自転車で遊びにいける限界の場所で、
冒険をしているようなつもり、そんなワクワクした思いがあったのだが、
今では、別に特別なことはなく、当たり前に通っている。
子供と大人の行動範囲の違い、改めて実感してしまう。

ここへの行き方はこちらにお問い合わせください
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月20日 (金)

第1421回N響定期公演

2000年12月のN響定期公演から
11月30日NHKホールにおける
シャルル・デュトワの指揮による演奏会。
録音してあるのは、前半のアイネ・クライネ・ナハトムジーク
後半のストラヴィンスキー「春の祭典」である。
デュトワの「春の祭典」というと、有名なのは、
N響初登場のときの1987年の演奏だろうか。
その後1997年そしてこの2000年に取り上げている。
デュトワの「春の祭典」は最高!なんだけど、
残念ながらこの演奏、あまり録音がよくない。
こちらの録音環境も当時は今一だったのだが、
それだけでなく、このこもった音、スカッとしない響き、
これはNHKの収録段階での要因もあると思う。
専門的なことはわからないが、
この日は前半がモーツァルトのセレナード、
R.シュトラウスの「町人貴族」という感じで、
室内楽のような編成の作品が並び、
後半は一気に膨れ上がって、巨大な編成の「春の祭典」と
マイク・セッティングが難しかったのか?わからないけど。

アイネ・クライネ・ナハトムジークは美しい演奏で
デュトワならではのシャープな感覚、見通しのよい音楽づくり、
平衡感、全体のバランス、透明な響き、…
ハッとするような瞬間も多々あるのだけれど、
しかしこの演奏も微笑まないモーツァルトで
その点に関しては、デュトワのモーツァルトはどうなのかな?
というのは、少しだけ思ってしまった。

春の祭典はさすがにデュトワである。
と思わせる説得力。完成度の高さ。
こうあるべきだという、デュトワの中でしっかり完結している
その密度の高さ、こういう仕上がりはそうはない。
でも先ほどから書いている通り、この録音、
音がスッキリしていないのである。残念。
デュトワの春の祭典といえば、モントリオールとの名盤があるが、
でも現在のデュトワで聞いてみたいではないか!!
最近のデュトワは、最新録音(新譜)がなくなってしまい、
こういうライブ音源に頼るしかないのだが、
そうすると確実なところでは、やはりN響か。
2000年のライブから、すでに時間もたっているし、
また取り上げてもらえないだろうか。
次回の来日(2007年1月)では、
サン・サーンスやチャイコフスキー「悲愴」、
オール・プロコフィエフなどが予定されている。
ちなみにモーツァルトの交響曲「ハフナー」もあり、
そこではモーツァルトが微笑むのか?注目である。

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「シャルル・デュトワ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月19日 (木)

フランス国立管弦楽団2005/2006

クルト・マズア指揮フランス国立管弦楽団による
ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。
今年5月18日 パリのシャンゼリゼ劇場でのライブである。
この音源はFMでも放送されて録音してあるのだが、
ラジオ・フランスの正規音源によってCD化されたので、
私はクルト・マズアが指揮するフランス国立管弦楽団に
すごく注目しているので、ぜひ持っておきたいと買ってきた。
今年の夏にヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウの
同じ交響曲「レニングラード」を聞いたが、
徹底してスタイリッシュにまとめているヤンソンスに比べ、
クルト・マズアはよい意味で、味のある演奏。
感情がこもって、派手なところは派手だし、
お祭り騒ぎのところもあるし、音に体温が感じられて、
マズアらしくて、すごくいい!すぐに気に入った。
クルト・マズアはニューヨークフィル時代にも
「レニングラード」を録音していて、そちらは持っていないが、
ショスタコーヴィチは、他にもいろいろ録音しているのだろうか?
ライプツィヒ・ゲヴァントハウスの時代に録音を残しているか?
近年はこの他にもロンドンフィルとの第1番、第5番のライブもある。
それは以前、発売と同時に買ってきて、たいへん気に入っている。

少し前までは、「レニングラード」はあまり馴染みなかったのだが、
ヤンソンス、ゲルギエフ、今回はマズアと最近続けて聞いて、
その前にはケルン放送交響楽団のライブでビシュコフ盤もあるのだが、
さすがに強い共感をもって聞けるようになった。
今回のフランス国立管弦楽団の演奏も本当に魅力的である。

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2006年10月18日 (水)

ベームのモーツァルト 3

カール・ベーム指揮ベルリンフィルによる交響曲全集から、
今日は交響曲第17番K.129、第19番K.132~第21番K.134、
第22番K.162、第23番K.181~第25番K.183、第27番K.199。
交響曲も20番台になって、この辺まで来ると急に面白くなってくる。
第24番は以前にブロムシュテットがN響で取り上げていて、
聞いているので、知っている曲はやはり印象が違う。
そして第25番は有名なト短調。
このカール・ベームの第25番が最高に素晴らしくて感動!
最近の急速な演奏とは、全く違ったスピード感覚で、遅いのだが、
引き締まって、格調高く、この安定感、渋いが深い味わい。
やっぱりベームのモーツァルトは格別である。
初期の交響曲でこんなに雄大な貫禄が必要なのか?
というのはあるけれど、これぞ偉大な芸術作品である。
なんて素晴らしいんだ!正直なところ、
これまでの本当に初期の交響曲だと、
作品の完成度も若いモーツァルト少年ということもあるし、
その音楽を知らないので、このベームの全集の価値というのも、
あんまり実感できなかったというのが現実で、
しかしこのように有名作品になってくるとはまってしまう。
全盛期のカール・ベームの凄まじい集中力と
それにしっかり応えるさすがはベルリンフィル!
今さら言うまでもないが、名演だ!本物である。

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2006年10月17日 (火)

ロンドン交響楽団2005/2006

ベルナルト・ハイティンクとロンドン交響楽団による
2005/2006シーズンのベートーヴェン・チクルスから
交響曲第5番と第1番。2006年4月のライブ。
第5番からはじまるが、今回も感動的な演奏。
第1楽章は、細部に焦点を当てて、勢いよりも
思っていた以上に丁寧、緻密に音楽を扱っている印象で、
1980年代のアムステルダム・コンセルトヘボウとの演奏では、
ハイティンク自身が、この第1楽章では、スピードと力強さ、
極限まで緊張して演奏しなければならないと
そのようなことを言っていたと思うのだけど、
今回は非常に端整で、何よりクリアな響きである。
その点では、ある程度予想と違った展開に驚いたのだが、
第2楽章以降がさらに個性的で断然素晴らしい。
流れるような第2楽章は、かつて聞いたことのないような躍動感。
そして終楽章など、圧倒される。ティンパニが大活躍。
おそらくハイティンクのこれまでのすべての演奏の中でも
こんなにも若々しく、いきいきと前進する音楽はなかったと思う。
今回のシリーズでも特に名演である。
拍手(聴衆の反応)はカットされているが、それが何とも残念。
最高に盛り上がって、興奮の中、
会場の聴衆と一緒に拍手を贈りたかった。

続いて第1番。第5の第4楽章の後に来ると
何とも穏やかな印象を受けるが、
こちらもまた、第2楽章以降が非常に刺激的である。
第2楽章のテンポ設定が速くて、リズムが躍動する。
ハイティンクの新しいベートーヴェンも後半に来て、
巨匠がいま取り組んでいること、それも次第に見えてきたし、
何より音楽がどんどん入ってきて、輝いて感じられる。
ハイティンクが長年積み上げてきた重厚感、
そこに画期的な鮮やかさが加わって、
こんなにも見事なベートーヴェンはそうは聞けない。
このベートーヴェン・チクルス、CDにおいては、
第4番、第8番で完成するが、同時に発売になったので、
実はすでに手元にある。近く聞きたいが、楽しみである。

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「ベルナルト・ハイティンク」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月16日 (月)

ロサンゼルスフィル2005/2006

今年1月、エサ・ペッカ・サロネンの指揮で
はげ山の一夜、中国の不思議な役人、春の祭典
という、なんと魅力的な選曲であろう!
よく確認しないで聞き始めたのだが、
はげ山の一夜は原典版だった。
一般的なR.コルサコフによる編曲版と比べると
ムソルグスキー自身の原典版はかなり荒々しい印象で、
しかしアバド指揮ベルリンフィルのときよりも
ずっとしなやかな響き、音色もまろやかに
リズム処理も気持ちいいまでの軽やかさがあって、
サロネンの好み、センスがよく伝わってくる。
このディスクはSACD仕様となっているが、
録音が素晴らしい。そのまろやかな音色、
美しくブレンドされた響き、全体が無理のない豊かな空間、
広がりある魅力的な録音が、音楽の印象に
影響を与えている部分も多いと思う。
中国の不思議な役人は、サロネンはN響でも取り上げているけれど、
健康的に明るい響きを基調として、おどろおどろしくならないのである。
でもそれによって不満はおきないし、もちろん迫力や色彩感は抜群で
サロネンって、独特のバランス感覚の持ち主だと思う。
同じ方向性で全体に統一感を生み出しつつ、春の祭典へ。
角がとれた美しい音響、本当によく響きがブレンドされている。
攻撃的な部分は全くないし、聞いていて、楽しくなってしまう。
サロネンの春の祭典、私は好きだ。たいへん気に入った。
こういう楽天的な春の祭典もいいではないか。
野蛮な感じはないし、爽やかにまとめ上げている。
カッコいい!ロサンゼルスフィルも巧い!!

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2006年10月15日 (日)

ポリーニの室内楽

今日はサントリーホールへ
「ルツェルン音楽祭 東京 2006」における
ルツェルン祝祭チェンバー・フェストⅡを聞いてきた。
ルツェルン祝祭管弦楽団のトップ奏者たち
つまり世界の第一線で活躍する名手たちによる室内楽、
ザビーネ・マイヤーを中心にモーツァルトのクラリネット五重奏曲、
後半はポリーニが登場して、ブラームスのピアノ五重奏曲である。
しかし会場へ行くと、そういえば今回の席、遠かったのだ。
1階席のかなり後ろの方で、正直なところ、
演奏に関して、あまり詳しいことはわからない…
モーツァルトがはじまるとザビーネ・マイヤーの美しい音色、
暖かみのある豊かな響きが聞こえてくるのだが、
やはりサントリーホールの大ホールはちょっと大きいのでは…って。
音が飛んでいってしまう感じ。一所懸命聞かないと!
もっと小さな会場で近くで聞けたなら、どんなによかっただろう。
緻密にして、繊細な室内楽の細やかな表情をもっと身近に聞きたかった。
でもモーツァルト・イヤーの今年にザビーネ・マイヤーで
クラリネット五重奏曲を聞けたのは、これは財産だ!

演奏については、あんまり細かいことは書けないので、
ならば雰囲気を楽しもうということで、
今回も会場の中央でポリーニの奥さんや調律のファブリーニ氏、
どこかで見ている有名人たちが、和やかに鑑賞していた。
クラウディオ・アバドも一緒に聞くのではないかと
登場するか!?って、気にしていたのだが、
その中央の一群の中には、現れなかった。残念。
休憩時間には、演奏を終えたばかりの
ヴァレンティン・エルベン(アルバン・ベルク四重奏団のチェロ奏者)が現れて、
ポリーニの奥さんが拍手を贈って、楽しそうに会話していたのには、
なんとも微笑ましい光景で、そういう場を共有していたということだけでも
ついうれしくなってしまう。こういう演奏家と一緒に聞くコンサート、
ブーレーズ・フェスティバルやポリーニ・プロジェクトなど
そのへんでもよく見られた光景なのだが、
音楽を一緒に楽しみながら、会場も奏者も一体になって作っていこうという
本当に素晴らしいことであると思う。会場に行かないと味わえないという。

だけど、ちょっとここで、ひとつ。
休憩時間に後半のブラームスで演奏する
コ-リャ・ブラッハーとウォルフラム・クリストが、
舞台上でのイスの配置を確認しに現れたのだが、
そうしたら、私の横に座っている若いカップル、
そこで出た言葉、「あのジジイ、偉そうにしてるよ」
何を言い出すのだ!かの偉大なウォルフラム・クリストにである。
ひとりだけではない、後ろに座っている年輩の夫婦も
似たようなことをコソコソ話し合っていた。
ウォルフラム・クリストといえば、ベルリンフィルの元主席ヴィオラ奏者、
カラヤン時代から90年代のアバド時代に、
ベルリンフィルの中心的存在として、楽団を支えた人である。
たしかに遠くから見れば、そんな風貌でもあるのだが、
しかし知らないということは恐ろしいものである。
芸術家を相手にめったなことはいうべきでない!
演奏家に対して、そんな失礼な見方をしていて、
そこから生まれてくる音楽を心から楽しめるものだろうか。
そういう奴らに聞く資格はないと思うけど。
ちょっと腹が立ったので、書かずにはいられない。

後半のブラームス、すごくよかった。
さっきも書いたとおり、細かいことはよくわからないのだが、
音が遠く感じられて、第1楽章では
音空間に慣れるのに必死になって終わってしまったけど、
第2楽章以降、じっくり味わって、感動しながら聞いていた。
ポリーニの深みのある低音に今を感じて、
これを聞けたから、私は今日はもう大満足。
強い緊張感でぐいぐいもっていくかと思うと
一方で大きく開放(安らぎ)して、
その音楽の振幅、広がりにすっかりまいってしまった。
弦楽器も熱演でよかったと思う。
特にチェロのマリオ・ブルネロ。
前半のモーツァルトにおけるヴァレンティン・エルベンもよかったし、
音楽をしっかり支える低音という点でも
私はチェロの音色にひかれるのか?
もちろん全員が素晴らしかった。
さすがにルツェルンのアバド・チームのメンバーである。

後半にはブラームスの第3楽章がアンコールでもう一度演奏されて、
それがまた感動的だった。本番もよかったけど、さらにまたすごく、
演奏を無事に終え、アンコールということで
よりリラックスして臨んでいるのか、しかしそれがまた、
迫力や集中力や音の輝きを生み出し、
本当に素晴らしい演奏。最高!
こういう室内楽コンサートはまたぜひ機会を作ってほしい。
ポリーニ・プロジェクトの歌曲もよかったし、
ぜひ今後も企画していただきたいものである。
梶本さん、よろしくお願いします。

「マウリツィオ・ポリーニ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月14日 (土)

ウィーンフィル2005/2006

ムーティ指揮ウィーンフィルの昨年の来日公演。
2005年10月11日 サントリーホールからの生中継を録音したもの。
現在のウィーンフィルの指揮者陣を眺めていて、
昔から変わらない顔ぶれ、そこにうれしさを感じてしまうのが、
私の場合は、やはりムーティとメータである。
コンサート前半は、シューベルトの「ロザムンデ」序曲と
モーツァルトの交響曲「ハフナー」で
ウィーンフィルが最も得意としている作品を堪能、
ムーティー・カラーのウィーンフィルであり、
力強く駆け抜けるスタイル、この爽快感はやはりムーティ。
でもムーティのシューベルト、モーツァルトは
ある程度の濃厚さがあり、音には厚みも増して、
軽快さよりも深み、スタンダードな選曲だけどスリリングである。

後半はラヴェルのスペイン狂詩曲とファリャの「三角帽子」組曲で
もうすっかり聞かされてしまう。最高である。
さすがムーティという独特の世界があって、うっとりだ。
ウィーンフィルの音だと、ちょっと絵画的傾向が強すぎる
という印象もあるのだけれど、そこはライブだし、
こうなったら、とことん濃厚な方が、
ムーティの魅力も伝わってくるというもの。
続いてアンコールにヴェルディの「運命の力」序曲で
ますますムーティは絶好調という、
本当に素晴らしい演奏会。
特に後半のストーリー展開は感動的で、私ははまった。

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2006年10月13日 (金)

オーケストラ ベスト10

今日の朝日新聞朝刊の記事で
フランスの月刊音楽誌「音楽の世界」がまとめたという
ヨーロッパのベストオーケストラが発表された。
英仏独伊などの音楽誌やラジオ局の評論家による投票で
上位10のオーケストラは以下の通りである。

1. ウィーンフィル 86点
2. ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 85点
3. ベルリンフィル 79点
4. ロンドン交響楽団 55点
5. シュターツカペレ・ドレスデン 48点
6. バイエルン放送交響楽団 47点
7. ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 37点
8. サンクトペテルブルクフィル 31点
9. チェコフィル 12点
10.フィルハーモニア管弦楽団 9点

新聞のコメントでは、第2位に入った
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団に注目している。
それもそのはずである。ベルリンフィルよりも人気があった。
投票した評論家たちの選考基準はわからないが、
これはマリス・ヤンソンスの存在感であろう!
ヤンソンスとの絶好調の活動ぶりや自主制作CDの販売など、
活躍の度合いは目覚しい。日本でも目立っている。
ヤンソンスの存在という意味でバイエルン放送交響楽団も
第6位に入っていて、それをみても明らか。

イギリスのオーケストラでは上位にロンドン交響楽団が入っていて、
私も大好きなオーケストラだが、自主制作CDという点では、
早くから最も熱心に取り組んできたし、親しみや普及率、
その辺も評価されているのではないかと思われる。

意外なのは、北欧のオーケストラがひとつも入っていない。
5年後だったなら、ダニエル・ハーディングの活躍があれば、
スウェーデン放送交響楽団が入ったかもしれない。
一方で10年前に投票を行っていれば、
サイモン・ラトルの存在でバーミンガム市交響楽団が
入ったかもしれないのである。どうだろうか?
逆にいえば、チェコフィルがこういう投票に入るのは驚き。
私はズデニェク・マーツァル指揮チェコフィルが大好きなので、
この数年、チェコフィルはわりと聞いてきたのだけれど、
こんなに広い評価があるとは思わなかった。
サンクトペテルブルクフィルもそうである。
あんまり聞かないので、正直なところイメージできない。
この辺が入るのであれば、イスラエルフィルが来てもいいはず。
メータの指揮するイスラエルフィルは素晴らしい。

そこで私も選んでみることにした。(現在の主席指揮者)
1. ベルリンフィル(サイモン・ラトル)
2. ウィーンフィル
3. バイエルン放送交響楽団(マリス・ヤンソンス)
4. シュトゥットガルト放送交響楽団(ロジャー・ノリントン)
5. ハンブルクNDR交響楽団(クリストフ・フォン・ドホナーニ)
6. ロンドン交響楽団(コリン・デイヴィス)
7. スウェーデン放送交響楽団(マンフレッド・ホーネック)
8. シュターツカペレ・ドレスデン(ファビオ・ルイージ)
9. ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(マリス・ヤンソンス)
10.フランス国立管弦楽団(クルト・マズア)

私の好みだけど、当然のことながら、
まずCDで聞けるということが大きく影響してくる。
あとはFM放送、自主制作盤、ライブ盤など、
聞くチャンスが多ければ、やはり親しみをおぼえるようになる。

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2006年10月12日 (木)

横浜の風景から 8

20061012

朝から住宅Mの現場に出かけて、
往きは工務店の社長に迎えに来てもらって、
軽トラに乗っかっていったのだが、
(荷台じゃないですよ。助手席。)
昼前まで現場にいて、帰りはのんびり歩いて戻ってきた。
だいたい50分ぐらい。道はよく知っているので、
天気もいいし、よい運動である。ちょっと暑かった。
その途中にある泉区新橋の中丸長屋門。
横浜市の史跡にも指定されて、看板が立っているが、
こちらの長屋門、人が住んでいらして、使われているのである。
前に阿久和川が流れていて、周辺はきれいに整備されている。

ここへの行き方はこちらにお問い合わせください
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年10月11日 (水)

設計レポート 今週は

連休明けから、いよいよ工事が動き始めて、
昨日(10/10)は住宅Mの遣り方工事。

20061011_1

遣り方(やりかた)とは、土工事、基礎工事に先立ち、
壁、柱の中心線(通り芯)や高さを表示。
建物の外周と内部の中心線上に縄を張って、
建物の位置を確認することである。

まずは敷地の外周の寸法を正確に出して、
配置図に記したデータ(測量図による)を確認。
あと建物の外周位置が押さえられたら、
隣地境界線との距離や周囲との関係をチェック。
朝から行って、日が西に傾くまで、敷地にいた。
とはいっても、眺めているだけで、
聞かれると答え、要所でチェックし、
あとは大工さんと楽しく雑談。
暑かった。日に焼けた。

今日(10/11)は午前中、住宅AのRC工事の打ち合わせ。
型枠工事と鉄筋工事の業者さんが、
構造図を把握しきれないという…。
何で…?指摘されて確認してみると、
構造図に高さが入っていないではないか!
RC工事が重要になるので、高さ関係はすべて、
RCの躯体にあわせて設定していたのだが、
その辺は意匠図にはきちんと表現してあるのだけれど、
RC工事の業者さんたちは構造図しか見ないから…
そしてなぜか?構造図に高さが入っていないのに、
各階の床面高さ(FL)、つまり躯体ではなく、
仕上げ面の高さ、中途半端な数字は書いてある。何で?
それで業者さんたちは、この変な数字は何を意味するのか?
というので、大混乱に陥っていたそうな…
構造図はもちろん、工務店の社長とチェックしていたのだが、
わかっている人が見るとそういうとこに意識が行かないのである。
仕方ないので、午後早速戻って、私の方で
高さ関係をすべてまとめなおして、夕方までにFAXした。
今までは意味不明な中途半端な数字が悩ませていたわけだけれど、
それらは全部きれいな数字に直って、今度はスッキリしたと思う。
これで一気に進んでくれるといいのだけれど。

明日(10/12)から住宅Mの根切り工事。
現状は造成工事によって、地盤面が下がってしまっているけれど、
掘った土を移動させて、設計GLに地面の高さを修正していくので、
それを明日また確認に行く予定。

そして金曜日(10/13)、今度は住宅Aの遣り方。
ふたつの物件が完全に同時進行してしまっている。
そちらも見に行く。今週は外出ばかりでバタバタ。
図面とかいろいろあるのだけれど、全然進んでない…。

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2006年10月10日 (火)

東京建築散歩20061009

昨日の東京建築散歩の後編。

20061010a

MIKIMOTO Ginza 2(伊東豊雄)

ミキモトに寄ってみた。
以前に来たとき
は、昼間明るいときだったので、
夕方だと表情が変わって、興味深い。

20061010b

数寄屋橋交差点まで来ると、
エルメス(レンゾ・ピアノ)から光がもれていて、
いい感じなので、写真を撮ってみた。
こちらも夕方から夜の建築である。

20061010c

近寄ってみて、ガラスブロックの表情はこんな感じ。
贅沢。さすがにここまでやるととにかくすごい。

岸和郎が内装を担当したという
ライカ銀座店に行ってみたのだが、
残念ながら催し中で入ることはできなかった。
またいずれ寄ってみたい。

20061010d

ふたたび戻ってミキモト。執念深いか?
さらに時間は経過して、夜景である。

20061010e

ミキモトも夕方から夜の方が面白い。
って、私は思う。

20061010f

有楽町に来ているので、
東京国際フォーラム(ラファエル・ヴィニオリ)に寄って、
夜の写真を撮ってみた。
ガラス棟を下から見上げる。

20061010g

ガラス棟を上るとこんな感じ。
私は何度も上っているが、相変わらず人がいない。

20061010h

上に行ったときの空間の広がり、
構造の迫力はすごいものがある。
見晴らしもいいし、ここはおすすめ!
でも高所恐怖症の人には向かない。

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2006年10月 9日 (月)

東京建築散歩20061009

同じ設計事務所出身の先輩と
東京へ建築見学に行ってきた。

20061009a

八丁堀中條不燃木ビル(石井和紘)

先月の新建築に発表された作品。
師の設計による最新作なので、
見ておかなければと早速行ってみたのだが、感想は難しい。
石井さんの近年の建築における取り組み、
CO2問題を考えるとき、建築に木材を積極的に活用すべき、
という強い使命感、それはよく知っているが、
現在の私には、そういった発想が欠落しているので、
正直なところ、うまいコメントは見つからない。
中央区八丁堀という都会のど真ん中で、
鉄骨造の建物を木材(不燃処理済)でくるむなんてアイデア、
とても出てくるものではないのである。

宝町まで歩いて、都営浅草線で浅草へ。

20061009b

東京消防庁日本堤消防署二天門出張所庁舎(難波和彦)

浅草寺の真横である。
二天門に面して、何てすごい敷地だ!

20061009c

難波さんらしい作品。
鉄製ルーバーで覆われている。

20061009d

浅草寺に久しぶりに来た。
祝日なので、すごい人出。

20061009e

雷門。
外人が多い。さすがに浅草。

銀座線で銀座へ移動。

伊東豊雄のミキモトの近くで
変わった建築発見!
カフェがあり、お茶しよう!(休憩)ということで
中に入ってみる。

20061009f_1

SPAZIO BRERA GINZA
建物を紹介するパンフレットが置いてあって、
そうしたら黒川紀章の設計だった。

20061009g_1

22本の列柱が天井の一点に集まる構造、
ということで最上階の10階に行ってみた。
面白い。楽しかった。銀座1丁目。

つづく

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2006年10月 7日 (土)

スクロヴァチェフスキのベト5+6

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
ザールブリュッケン放送交響楽団による
ベートーヴェンの交響曲全曲録音で第5番と第6番。
スクロヴァチェフスキはN響でも第5を取り上げているので、
その感動的な名演は私も大切にしていて、
演奏も知っているので、今回もよく入ってくるが、
緊張感あふれる第1楽章から本当に素晴らしい。
オーケストラの響きの薄さが気にならないでもないが、
きめ細かい表情まで、見通しのよい音楽が実現されている。
テンポ設定は全体に速めだし、それぞれはあっさりしていて、
何か特別に感情を込める音楽づくりをしているわけではないのだが、
しかし聞けば聞くほどに感動的なベートーヴェンは、
さすが巨匠スクロヴァチェフスキの演奏である。
ところどころ荒業で豪快にもっていくところもあるけれど、
その辺は慣れている人にはツボであり、
知らない人にとっては、驚きの仕掛けにも感じられることだろう。
弦楽器のシャリシャリした音、ある意味たいへん生々しいのだが、
このシリーズでいつも気になってしまうのだけど、
しかし終楽章の盛り上がりには文句なしに圧倒される。

そして後半は「田園」である。
こちらがまたさらに素晴らしい演奏。
同じ時期に作曲された2つの交響曲だが、
音楽の方向性は全く異なり、しかしこれらを並べるのがいい!
この「田園」は魅力的である。なんと楽しく、心地よいことか。
軽やかな足取りではじまり、響きも美しい。
ザールブリュッケン放送交響楽団の明るい音色には、
こういう作品の方が合うのかもしれない。
描写的な表現は用いずにあくまでも交響曲として扱っている。
この辺にスクロヴァチェフスキの意図が伝わってくるし、
第2楽章などでは、隅々まで丁寧に精妙な表現を行って、
しかしそれで流れを失うことはないし、
絵画ではない、純粋な音楽鑑賞としての「田園」に
改めて新鮮な喜びを感じつつ、どんどん引き込まれていくのである。
「田園」もこのシリーズにおける特に傑作として、
ファンはもちろんのこと、多くの人に支持されるに違いない。
この「田園」は聞いてほしいと思う。
第5ではどこか危うかったザールブリュッケン放送交響楽団だが、
「田園」では見違えるような精緻な演奏を展開している。

OEHMS OC 523

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2006年10月 6日 (金)

ゼルキンのモーツァルト 2

ルドルフ・ゼルキンのモーツァルトで
引き続きK.450とK.482のピアノ協奏曲。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団。
このディスクは、当時から名盤と評価が高かったのだが、
本当に素晴らしい。感動である。
このシリーズで最高傑作なのではないか。
なんという美しさ。ピアノの音色の美しさもあるし、
音楽が例えようもなく優美な表情をたたえ、
魅力的な弱音が細やかな動きを見せる。
ゼルキンはこの上なくコンディションがよかったのではないか!
K.450における天国的な優しさ、軽やかさ、
そしてK.482では、これはロマン派の音楽って思ってしまうほどに
心に染入る美しい世界が広がる。
ゼルキンはゆっくりなテンポで丁寧に歌って、
時間でいうとおそらく最長タイムを記録しているのではないかと
限界にまで音楽を掘り下げ、ひとつひとつの表情を作り上げていく。
ゼルキンのピアノのスタイルに合わせて、
アバドの指揮も非常にロマンティックで、
21世紀の現在からすれば、早くも少し前の時代という
そんな印象もあるのだけれど、やはりいい!

続いてK.456とK.491のディスク。
ゼルキンの最後の録音というと1988年のK.451だと思うが、
アバドがロンドン交響楽団を離れてしまったために
K.451のみがヨーロッパ室内管弦楽団との録音であり、
実際にはK.449とK.537「戴冠式」が
ウィーンフィルで録音される予定だったのだが、
ゼルキンのキャンセルで急遽代役で登場した
マリア・ジョアオ・ピレシュの演奏で録音され、
そのピレシュ盤もたいへん魅力的な名盤だが、
当時ゼルキンの最後に発売されたのが、
このK.456とK.491の一枚だったと記憶している。
K.456が1986年11月の録音であり、最晩年の演奏だが、
実にいきいきとしたテンポ感、そしてその鮮やかさに驚かされる。
ピアノは最高に美しい音がしていて、老いている印象などない。
ゼルキンは快調だ。このK.456の演奏も私は好きである。
そしてK.491が1985年10月の演奏。
モーツァルトの数少ない短調の作品(ハ短調)であり、
作品本来の緊張感を維持しながらも、
落ち着きのある穏やかな表情が特長、
しかしそれにしても、こちらもとにかく美しい演奏で、
晩年のルドルフ・ゼルキンがいかに美音を奏でていたことか。
このディスクは録音も優秀なのか、
細やかな表現でも全く曖昧な部分が存在せず、
その点に関しては高齢から来る技巧的な弱さもないし、
ルドルフ・ゼルキンが最晩年も充実の演奏を持続して、
本当に素晴らしい録音を残してくれたと
感謝の気持ちでいっぱいになる。
最後の楽章は、巨匠の気迫、貫禄の迫力だ。
次第に後期のピアノ協奏曲に進んできたが、
まだまだこれからであり、楽しみである。

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2006年10月 5日 (木)

ベームのモーツァルト 2

夜寝る前にモーツァルトである。
カール・ベーム指揮ベルリンフィルによる交響曲全集から、
今日は交響曲第11番K.84、第12番K.110、
他に番号のついていないK.75、K.95-97の交響曲。
初期のモーツァルトは、どれがどの曲なのか?
特徴をつかむという点では、どれも似ていて、
天才だとはいえ、さすがに少年モーツァルトの作品だから、
やっぱり中期以降だな、などと思ってしまうが、
しかしK番号にして100番前後まで来ると急に充実してきた。
すでにどっしりとした荘厳な構えというような作品も登場して、
この辺はすべて4楽章構成をとっており、
つまり第3楽章にメヌエットの楽章を配置するウィーン・スタイルである。
それに対して、3楽章形式の交響曲はイタリア・スタイルだそうだ。
モーツァルトの作品を聞いていて、
一般にそれはだいたい中期以降の作品であるが、
これらの初期の交響曲に慣れてきたというのもあると思うけど、
どんどん魅力的に聞こえてくる。やはりモーツァルト。
これから聞き進むのが楽しみになってきた。

続いて交響曲第13番~第16番と第18番。
K.112,114,124,128,130の交響曲5曲。
もうこの辺は、完全にモーツァルトの音楽で、この充実感は幸せ。
かなりシンフォニックな響きがしていて、立派な構え、
初期のモーツァルトなんて意識はどこかへ行ってしまったが、
もしかしたらそれはカール・ベームとベルリンフィルの演奏なのかもしれない。
ベームは、初期の交響曲も後期の作品を演奏するのと変わらず、
同じ価値観や見事な構成感で描き出しており、
交響曲全集としての全体の統一や安定感、そこに漂う貫禄、
さすがに1960年代のカール・ベームの存在である。
でも一方では、この均質感が、各作品における様式、
モーツァルトの成長ぶりを伝える妨げをしているような気もするのだけど。
どれもみな優れていると感じさせる一方でみんな同じというような…。
アルノンクールなどの初期交響曲集は聞いていないので、
演奏によっては、もっとそれぞれの作品や時代によって
違いが出るものなのだろうか?

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2006年10月 4日 (水)

トラツォムに不参加

来年夏に予定されているトラツォム演奏会、
企画の詳細が明らかになってきたのだが、
次回は参加しないことにした。
理由はふたつ。
会場が変更になるのである。
ホールの予約はまだこれからなので、
正式決定ではないが、
これまで長年使用してきたホールでなくなるのなら、
私は参加しないという意向は伝えてあったので、
「知っている会場でないと弾かない」
まるでポリーニのようだが(笑)
ピアノは自分の楽器を使用するわけにはいかないので、
慣れないホール環境、そして弾きなれない楽器では、
とても自信がもてなくて、勇気がない。
あと地元のホールだからこそ、便利さもあって、
これまで参加してきたので、ちょっと遠くなるので、
思い切ってこの辺で演奏にも距離をおくのはいい機会。

もうひとつの理由は、新しい会場のピアノが、
スタインウェイ製でないのである。
国産のピアノで最新型のコンサートグランドのようではあるが。
「楽器を選ぶ」というあたり、まるでミケランジェリのようである(笑)
でもこれまで参加してきた楽しみのひとつは、
スタインウェイの音色で演奏したいということだった。
そうでないならば、別に自宅のピアノで演奏しているのと変わらない。
我が家のピアノはアップライト・ピアノではあるけれど。

実は来年に向けて、ある程度方向を決めて、
すでに練習をはじめていた。少しずつ。
これまでと全く方向を変えて、ロシア・プログラム。
ラフマニノフの練習曲集「音の絵」から
スクリャービンの前奏曲を4曲ほど。
そして締めくくりにチャイコフスキー「四季」から。
自分で言うのもなんだけど、なかなかいい選曲で、
よくまとまっている。いずれにとっておこう。

それで「不参加」というのを決めたら、
急に気持ちが楽になってしまい、
弾きたくなったのは、モーツァルトなのである。
今年はモーツァルト・イヤーで誰もが弾いていて、私もまた。
練習をはじめたのは、ソナタ 変ロ長調 K.570。
モーツァルトは音が美しい。
無駄がなく、しかもユーモアにあふれ。
しかしモーツァルトって、指使いが難しい。
間違えるとそこで止まってしまう。
きちんと考えて、自分の指にあった型を決めなければいけない。
ミケランジェリのモーツァルトは、かなり独特な運指法だったそうだが、
その演奏に強いこだわりをもっていたと書いてある。
指の運動性にミケランジェリ流の哲学(ルール)があり、
それを貫くためにも、モーツァルトという点では、
かなり強引な指使いで弾いていたとそんな証言もある。
ポリーニはもっと合理性を追求しているのだと思うけど、
指使いに関しては、本当にすごいなとやはりこだわりが感じられる。
話によるとギレリスも自分の運指法があったそうな。
モーツァルトを弾いているとその辺のことを強く意識するのである。
なぜかベートーヴェンを弾いているとき以上に。

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2006年10月 3日 (火)

ゼルキンのモーツァルト 1

カール・ベームのモーツァルト交響曲全集と同じく、
生誕250年を記念したコレクターズ・エディションで
ルドルフ・ゼルキンによるピアノ協奏曲集である。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団。
(K.451のみヨーロッパ室内管弦楽団)
このシリーズはルドルフ・ゼルキンの死去によって、
残念ながら全集は完成しなかったが、
主要な作品はほぼ残してくれている。
私はK.271「ジュノム」とK.453の一枚は、
実は当時から持っていたのだが、
しかし初期のCDは、1枚3500円というような値段で、
他にも聞いてみたかったけど、
とても買い揃えるというようなことはできなかったのだ。
しかし今回、モーツァルト・イヤーということで、
これらの名盤が復活してくれて、しかも手軽な値段で
そのすべてをそろえることができ、うれしい!
1枚目(K.246, K.414, K.451)から順番に聞きはじめ、
今日はその、実は昔から慣れ親しんでいる
K.271「ジュノム」とK.453のディスク。
改めて聞いてみると思っていた以上に
晩年のルドルフ・ゼルキンのモーツァルトは、
全体に弱音を中心にした音楽づくりで、
モーツァルトの音楽に最高の優しさをこめて、
独特の穏やかさ、安らぎの世界を創造している。
「ジュノム」では、ゼルキンならではの無骨さ、
ゴツゴツした感触もところどころで聞かれ、
それが音楽に緊張感を与えているが、
でもそれはほんの一部の表情であり、
やはり全体はモーツァルトの柔軟さを最大限に引き出そうと
巨匠の芸風もあって、かえってそれがユニークにも感じられる。
最近の若手ピアニストなどによる鮮やかな切り口で
攻撃的ともいえる勢いある演奏とは、ずいぶんと異なっている。
そして続くK.453だが、さらに感動的。やはり名演!
ついこの前、ポリーニの新譜を聞いたばかりで、
ポリーニは極度に繊細な音で透明感を全面に出していたが、
ルドルフ・ゼルキンは、もっと芯のある響き、
一音一音がしっかり鳴って、貫禄すら感じられる余裕の世界、
しかし表情は豊かにまさに微笑みのモーツァルトで最高である。
ルドルフ・ゼルキンのピアノは、もちろん美しい音色で、
それも魅力ではあるのだけれど、もっとそれよりも
何かぎこちなさみたいな、独特な味わいがあって、
そこを好きにならなければ、この演奏の素晴らしさには
たどり着けないのかもしれない。
という点では、現在の流行、演奏スタイルからすると
好みは分かれると思うし、しかし私は、
長くルドルフ・ゼルキンのピアノに親しんでいるので、
こうしてモーツァルトを聞いていると本当に幸せな気持ちになる。

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2006年10月 2日 (月)

ベームのモーツァルト 1

モーツァルト・イヤーも残りわずかとなってきた。
今年はモーツァルト生誕250年にあたり、
しかしモーツァルトの誕生日は1月27日で
実際は今年始まってすぐに250回目の誕生日を迎え、
新年早々に世界中でお祝いをして盛り上がったというわけだが、
夏のザルツブルク音楽祭では、
モーツァルトの全オペラ作品が上演されたり、
今年いっぱい(12月5日がモーツァルトの命日である)は
モーツァルト一色という感じである。
秋になって、さらに続々とモーツァルトの名盤が登場している。
カール・ベーム指揮ベルリンフィルによる
有名なモーツァルト交響曲全集(1959-1969)が、
新しいボックス仕様(コレクターズ・エディション)で再発売され、
以前から欲しいと思っていたのだが、
モーツァルト・イヤーを満喫しよう!ということで買ってきた。
最初の第1番の交響曲K.16から順番に聞きはじめた。
第1番はよく知っている。あとは、25番は有名だし、
28番、29番、31番「パリ」、32番、…、以降は聞く機会は多い。
でも初期の時代の交響曲は、私にとっては、
本当にどれもはじめて聞く曲ばかり。
今回、きちっと調べてみると、いくつか抜けている番号があって、
一方で番号のついていない交響曲も結構たくさんあるということ。
番号のついている交響曲で第10番K.74まで聞いてみた。
どれも明るく楽しいが、どれがどの曲?というのは難しくて、
全体で聞き流してしまうという傾向は仕方ないのか。
モーツァルト研究家ではないので…。
しかし元気をもらって、幸せな気持ちにしてくれるのは、
作曲年代に関係なく、モーツァルトの音楽の特長である。

DG 00289 477 6134

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2006年10月 1日 (日)

設計レポート 地鎮祭

20061001

今日は昼から住宅Mの地鎮祭。
朝から時々雨が降っていて、
でも敷地へ着くと雨はやんで一安心。
途中からまた雨が少し降り出してしまったが、
しかし無事に地鎮祭は行うことができた。
その後夕方には、雨は本降りになってしまって、
予定通り行えて本当によかった。

先日と同じ宮司さんなので、勝手は同じで、
続いたこともあったので、順調だったのだが、
お供え物にする海のもの、山のもの、畑のもの、
地鎮祭で神様が召し上がったわけだけど、
いろいろなやり方があるのかもしれないが、
参加者で少しずついただいて帰った。
神様のお下がりということで、
清めを行って、神様と同じものを食べることで、
みんなが安全や幸福を共有しようということだそうである。
山のものから果物をいただいて帰ってきた。
こちらの工事もまもなく着工である。

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