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2006年10月 4日 (水)

トラツォムに不参加

来年夏に予定されているトラツォム演奏会、
企画の詳細が明らかになってきたのだが、
次回は参加しないことにした。
理由はふたつ。
会場が変更になるのである。
ホールの予約はまだこれからなので、
正式決定ではないが、
これまで長年使用してきたホールでなくなるのなら、
私は参加しないという意向は伝えてあったので、
「知っている会場でないと弾かない」
まるでポリーニのようだが(笑)
ピアノは自分の楽器を使用するわけにはいかないので、
慣れないホール環境、そして弾きなれない楽器では、
とても自信がもてなくて、勇気がない。
あと地元のホールだからこそ、便利さもあって、
これまで参加してきたので、ちょっと遠くなるので、
思い切ってこの辺で演奏にも距離をおくのはいい機会。

もうひとつの理由は、新しい会場のピアノが、
スタインウェイ製でないのである。
国産のピアノで最新型のコンサートグランドのようではあるが。
「楽器を選ぶ」というあたり、まるでミケランジェリのようである(笑)
でもこれまで参加してきた楽しみのひとつは、
スタインウェイの音色で演奏したいということだった。
そうでないならば、別に自宅のピアノで演奏しているのと変わらない。
我が家のピアノはアップライト・ピアノではあるけれど。

実は来年に向けて、ある程度方向を決めて、
すでに練習をはじめていた。少しずつ。
これまでと全く方向を変えて、ロシア・プログラム。
ラフマニノフの練習曲集「音の絵」から
スクリャービンの前奏曲を4曲ほど。
そして締めくくりにチャイコフスキー「四季」から。
自分で言うのもなんだけど、なかなかいい選曲で、
よくまとまっている。いずれにとっておこう。

それで「不参加」というのを決めたら、
急に気持ちが楽になってしまい、
弾きたくなったのは、モーツァルトなのである。
今年はモーツァルト・イヤーで誰もが弾いていて、私もまた。
練習をはじめたのは、ソナタ 変ロ長調 K.570。
モーツァルトは音が美しい。
無駄がなく、しかもユーモアにあふれ。
しかしモーツァルトって、指使いが難しい。
間違えるとそこで止まってしまう。
きちんと考えて、自分の指にあった型を決めなければいけない。
ミケランジェリのモーツァルトは、かなり独特な運指法だったそうだが、
その演奏に強いこだわりをもっていたと書いてある。
指の運動性にミケランジェリ流の哲学(ルール)があり、
それを貫くためにも、モーツァルトという点では、
かなり強引な指使いで弾いていたとそんな証言もある。
ポリーニはもっと合理性を追求しているのだと思うけど、
指使いに関しては、本当にすごいなとやはりこだわりが感じられる。
話によるとギレリスも自分の運指法があったそうな。
モーツァルトを弾いているとその辺のことを強く意識するのである。
なぜかベートーヴェンを弾いているとき以上に。

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