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2006年11月28日 (火)

ベルリンフィル1997+1999

ベルリンフィルの自主制作CDから
クルト・ザンデルリンクの指揮による演奏会。
最初がハイドンの交響曲第82番「熊」である。
1997年6月9日のライブで、これは素晴らしい!
ザンデルリンクのハイドン、最高だ!
正直なところ、もっと遅くって、雄大で、のんびりなのかと思った。
意外にきびきびとして、活気あふれる演奏。
もちろんザンデルリンクならではのしっかりとした構え
腰の低い安定感、大きさや広がりもあるのだけれど、
細やかにいきいきとさらには軽やかさだって感じられるのだから、
何という素晴らしいハイドン!感動である。
流行のピリオド奏法ではないが、
印象は明らかに1970年代風(ベーム、ヨッフム?)だけど、
最近の刺激的なハイドンに全く負けてない
新鮮さ、輝き、すっかり引き込まれる魅力にあふれている。
音楽は発想や表面的なテクニック(解釈)ではなくって、
誠実に向き合い、音の意味を真摯に探求し続けることが
いかに重要なことか、それを物語っているようだ。
創り込んでいるような表情付け、響きの効果はないが、
聞いていて不思議と心の暖まるハイドンである。

そして後半はショスタコーヴィチの交響曲第15番。
こちらは1999年3月16日のライブである。
よく覚えているが、この日の前半は、
ブレンデルのソロでシューマンのピアノ協奏曲だった。
ショスタコーヴィチはさすがなんだけど、感動的な名演である。
このディスクは録音が素晴らしくて、それも魅力のひとつだ。
ショスタコーヴィチ最後の交響曲は静寂の時間が長く続くが、
精妙さと持続する集中力、演奏者はもちろんのこと、
聞いているこちらも気の緩みというのが存在しなくて、
最後まで引きつけられる、こういう演奏こそ、ぜひ聞きたい!
会場全体の緊張感は見事だが、しかしこの演奏の特長は、
それほどには堅苦しさはなく、暗すぎず、深刻すぎず、
ザンデルリンクとこの響きの出会いは、
やはりベルリンフィルの存在の大きさなのか?

今回のベルリンフィルの自主制作シリーズ、
ラトル、バレンボイム、アバド、ザンデルリンクと聞いてきたが、
私が手に入れたのは、今のところこれですべてだけど、
ラトルのマーラーもよかったが、やはり何といっても、
最高はザンデルリンクである!はまってしまう。

関係ないのだが、ショスタコーヴィチの交響曲第15番は引用だらけで、
ロッシーニ、ワーグナー、ラフマニノフ、ハイドン、…、
特に第4楽章では、「神々の黄昏」から
ジークフリートの葬送のモチーフが引用されている。
そろそろリングが聞きたくなってきた。

BPH 06 11

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