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2006年12月18日 (月)

ザルツブルク音楽祭2001

ザルツブルク音楽祭2001からウィーンフィルの演奏会。
ピエール・ブーレーズの指揮によるブルックナーの交響曲第9番。
2001年7月29日ザルツブルク祝祭大劇場におけるライブ録音。

ブーレーズのブルックナーだが、かなり独特である。
響きの点で驚きの新しさに釘付けになる。
というのは最初のうちで、このクリアな音楽に心地よさを感じたら、
もうこれでなくてはならないって思い始めているのは、
ブーレーズの演奏ではいつものこと。
いわゆるブルックナーらしい音響効果と違って、
こういう響きが生まれてくるのだと、その点では、
同じウィーンフィルの演奏という点では、
アルノンクールのときと似ていて、
スタート地点はかなり違っているように思えて、
たどり着くところは、非常に近いのである。
スコアの見直しが行われて、まさに今、
そこで音が生み出されているというような
新鮮な感動に包まれる。

後ろの方で遠くに小さく聞こえている音、
しかしそれはきちんとはっきりこちらの耳に届いてきて、
それらが普段、普通の演奏では聞こえていないのか?
それとも聞こえているのだけれど、
こちらが意識していないだけなのか?
どちらかはわからないけれど、
ブーレーズならではの明晰な演奏によるもの
という、それだけは間違いない。
厳格なリズム管理もまた同じくである。

リズムといえば、スケルツォの楽章は非常に明快だが、
ここでは鳴りっぷりがいい大音響にそちらも魅力である。
CDで聞けるブーレーズは、レコード会社が作り出している音で
それらがブーレーズを象徴するイメージにもなっているけれど、
実際の会場で聞くブーレーズ、またこういった放送音源でも感じるのだが、
この指揮者は、作曲の意図によって要求されれば、
意外なほどにデカイ音を思い切りよく鳴らすのである。
ここでもウィーンフィルが豊かな響きの大洪水で
しかしそこで同時にしっかりコントロールされている音楽に
それこそがまさにブーレーズの存在感。最高である。
もちろんブルックナーといえば、そう!
ギュンター・ヴァント、朝比奈隆、オイゲン・ヨッフム、…
いわゆるブルックナーらしい演奏も私は大好きなのだが、
一方でこのブーレーズによって示された新境地、
こちらもまた、私とっては、究極のブルックナー鑑賞である。

CDR256

「ピエール・ブーレーズ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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