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2006年12月29日 (金)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、昨日で「ニーベルングの指環」が終わり、
今日は歌劇「さまよえるオランダ人」。
早く終わる。今日は早寝しよう!
明日はもう30日で門松をつけたり、大掃除をしないと…
先週も今週も現場で外にいる時間が長くて、
寒い中、ずっと立ちっぱなしでいると
知らぬうちに疲れがたまっているみたいで。

20061229b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」から
ダーラント:ヤーッコ・リュヘネン
オランダ人:ジョン・トムリンソン
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「さまよえるオランダ人」のクラウス・グートの演出について、
舩木篤也さんの解説があったのだが、
この話は何度も聞いて知っているのだけれど、
どうも時間が経つと忘れてしまって、
一方で非常に面白い演出なので、今回は少し書き記しておく。
この演出では、3人のゼンタが登場する。
いつも舞台にはゼンタの少女時代(パントマイムの子役)がいて、
そして本来のゼンタ、乳母のマリーがやはりゼンタと同じ服装で
どうもマリーは、年老いたゼンタを表しているらしい。
この物語は、少女時代のゼンタが思い描いているものなのか?
通常の舞台上のゼンタがオランダ人を想っての視線なのか?
一方で年老いたゼンタ(マリー)が昔を振り返るという視線なのか?
いろんな角度からの解釈が可能なのである。
画像にも示されている通り、ダーラントとオランダ人も同じ衣装であり、
オランダ人がゼンタの妄想であるならば、
オランダ人への想いは、父ダーラントへの想いなのであると。
この演奏では、初演時の「救済」の動機がない版を採用しており、
その点を舞台で表現しているのは、
最後にオランダ人を助けようとゼンタが、
屋外(本来の設定はで海)へ飛び出そうとするが、
扉が開かないという、それによって、
この物語は、すべてゼンタの妄想にすぎなかったのだと
そこにたどり着くのである。面白い!

オランダ人のこのプロダクションは2006年でいったん終わりだが、
非常に評判の演出だったようで、きっと近い将来、
再演されるのではないかと期待している。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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