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2006年12月31日 (日)

私が聞いた今年の名盤2006

みなさま、今年もお世話になりました。
「私が聞いた今年の名盤2006」決定です!
そしてさらに!
を選んでみました。
2007年もよろしくお願いします。


《金賞》
バルトーク 「かかし王子」組曲、管弦楽のための協奏曲
~ミヒャエル・ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団


《銀賞》
ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番 「レニングラード」
~マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


《銅賞》
ハイドン 交響曲 第82番 「熊」、ショスタコーヴィチ 交響曲 第15番
~クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団



《交響曲》
◎マーラー 交響曲 第6番~ズデニェク・マーツァル指揮チェコフィル
◎マーラー 交響曲 第7番~バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第2番、第12番、第3番、第14番
  ~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団

○ベートーヴェン 交響曲 第1、4、6番
  ~スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団


《管弦楽》
◎ホルスト 惑星~サイモン・ラトル指揮ベルリンフィル
○R.シュトラウス 英雄の生涯~ラトル指揮ベルリンフィル

《協奏曲》
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第1番
  ~クリスティアン・ツィメルマン、ラトル指揮ベルリンフィル
◎ブラームス ピアノ協奏曲 第2番
  ~ネルソン・フレイレ、シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


《室内楽》
該当なし

《器楽曲》

◎ベートーヴェン ピアノソナタ op.109-111~内田光子
◎チャイコフスキー 「四季(1月~6月)」~クリストフ・エッシェンバッハ

○シューマン 交響的練習曲、謝肉祭~ピエール・ローマン・エマール

《歌劇》
○ワーグナー 「パルジファル」~ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場

《声楽曲》
○モーツァルト レクイエム~ティーレマン指揮ミュンヘンフィル


《ライブ盤》
◎ベートーヴェン 交響曲 第7番~クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
◎ブラームス 交響曲 第2番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
◎バルトーク 管弦楽のための協奏曲~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
◎ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番~ヤンソンス指揮王立コンセルトヘボウ

○マーラー 交響曲 第4番~ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
○ブラームス 交響曲 第1、3、4番~ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団
○ベートーヴェン 交響曲 第3、4、8、9番~ハイティンク指揮ロンドン交響楽団
○ショスタコーヴィチ 交響曲 第15番~ザンデルリンク指揮ベルリンフィル

は特に大切に感じられる名盤です)

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バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、いよいよ「パルジファル」である。
アダム・フィッシャーの再登場は喜びだ。
来年じっくり聞くとして、今日は少しだけ。
2004年以降、ブーレーズのパルジファルばかりを聞いて、
先月も2005年のバイロイトにおける
ブーレーズ指揮の演奏を聞きまくってしまったので、
それぞれの幕で演奏時間が10分長い
アダム・フィッシャーのパルジファルをどう感じるのだろう?
というのは、正直不安もあったのだが、
さすがに素晴らしくて、緩んだ印象は全くない。
明確なブーレーズに比べると
遅いテンポは主導動機を曖昧な方向へと導きそうなのだが、
昨年までのクリアさは見事に踏襲して、
アダム・フィッシャーの豊かな音楽作りは、
2004年までのあの感動的なリングを思い出させる。
アダム・フィッシャーには続投してほしいのだが、
相変わらず、第3幕が終わると激しいブーイングで、
今後のことは、演出しだいということか?
2007年はパルジファルの上演が決まっている。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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ピエール・ローラン・エマール

モーツァルト生誕250年で盛り上がった2006年だが、
今年はシューマン・イヤー(没後150年)でもあり、
締めくくりのディスクとして、エマールのシューマンを聞くことにした。
2006年5月ウィーン・コンツェルトハウスでのライブ録音で
交響的練習曲と謝肉祭が収録されている。
まず音が美しく、作品がシューマンだと、
いつも以上に暖かみのある音色のようにも感じられて、
シューマンを弾いちゃったら、エマールも普通の人?
というような印象、それを歓迎したい気持ちと
同時に現代音楽でスタートしたエマールがどこへ向かうのか?
正直なところ、戸惑いもなくはない。
しかし交響的練習曲では、精妙に響きをコントロールして、
過剰に情熱的な盛り上がりをみせる演奏が多い中で、
エマールは最後まで冷静さを失わず
とことん端整な仕上がりにまとめていくところ、
この辺はエマールならではのシューマン像を感じて、私は大満足。
謝肉祭でも、ますますエマールの存在からかけ離れていくような
そういう作品であり、しかし圧倒的な鮮やかさと高速運動の快感、
この辺は極めてデジタルな印象もあり、楽しめる。
エマールだからこそのシューマンというものを堪能した。
ちょっと違う路線に行っちゃって驚きもあるが、
シューマンの作品としては、ユニークな部分もあるし、
結果的には、私は非常に喜んで聞かせてもらっている。
しかしエマールには、あんまり普通の人にはなってほしくないし、
また来年は、何か画期的な挑戦に取り組んでほしいものだ。

Warner Classics 2564 63426-2

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2006年12月30日 (土)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、今日は「トリスタンとイゾルデ」である。
ここでのペーター・シュナイダーの指揮は、
ファンにとっては、今年の目玉のひとつであると思う。
2005年の「ローエングリン」に続いて、
ペーター・シュナイダーの登場は、最高の喜び。
「トリスタンとイゾルデ」についていえば、
2005年の大植英次の録音は、私にとっては宝となっているが、
ここでシュナイダーの演奏を聞くとやはりさすがである。
大植英次のクリアな音楽と猛烈に突進する勢い、
それは最高の輝きで強烈な衝撃を与えられた。
しかしここでペーター・シュナイダーの豊かな表情を聞くと
去年の演奏は一本調子だったという印象もなくはない。
それぐらいにシュナイダーの指揮は、自由自在な手腕を発揮しており、
一方で指揮者の主張が全体を支配しているというような
気負っている部分、押し付けているところは全くなくて、
ある意味、淡々と仕事をこなして、歌手を支え、舞台の進行を支え、
ワーグナーの音楽を何よりもまず最高の状態に導くことに
すべてを捧げているような印象を受けるが、
結果として、ペーター・シュナイダーの存在は偉大なのである。
本当に感動的な演奏である!というのは、最初の印象であり、
年末の雑事に追われながらの鑑賞で、じっくりは来年になって、
時間をかけて聞いていきたいが、詳しくはまたいずれ。
歌手についても、最高のチームが実現されているように思うが、
私にとっては、何よりもロバート・ディーン・スミスのトリスタン。
そして今年からクルヴェナールを歌っているハルトムート・ウェルカー!
イゾルデのニーナ・ステメ、ブランゲーネのペトラ・ラング、
女性陣も豪華な顔ぶれで、挙げだしたら、きりがない。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月29日 (金)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、昨日で「ニーベルングの指環」が終わり、
今日は歌劇「さまよえるオランダ人」。
早く終わる。今日は早寝しよう!
明日はもう30日で門松をつけたり、大掃除をしないと…
先週も今週も現場で外にいる時間が長くて、
寒い中、ずっと立ちっぱなしでいると
知らぬうちに疲れがたまっているみたいで。

20061229b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」から
ダーラント:ヤーッコ・リュヘネン
オランダ人:ジョン・トムリンソン
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「さまよえるオランダ人」のクラウス・グートの演出について、
舩木篤也さんの解説があったのだが、
この話は何度も聞いて知っているのだけれど、
どうも時間が経つと忘れてしまって、
一方で非常に面白い演出なので、今回は少し書き記しておく。
この演出では、3人のゼンタが登場する。
いつも舞台にはゼンタの少女時代(パントマイムの子役)がいて、
そして本来のゼンタ、乳母のマリーがやはりゼンタと同じ服装で
どうもマリーは、年老いたゼンタを表しているらしい。
この物語は、少女時代のゼンタが思い描いているものなのか?
通常の舞台上のゼンタがオランダ人を想っての視線なのか?
一方で年老いたゼンタ(マリー)が昔を振り返るという視線なのか?
いろんな角度からの解釈が可能なのである。
画像にも示されている通り、ダーラントとオランダ人も同じ衣装であり、
オランダ人がゼンタの妄想であるならば、
オランダ人への想いは、父ダーラントへの想いなのであると。
この演奏では、初演時の「救済」の動機がない版を採用しており、
その点を舞台で表現しているのは、
最後にオランダ人を助けようとゼンタが、
屋外(本来の設定はで海)へ飛び出そうとするが、
扉が開かないという、それによって、
この物語は、すべてゼンタの妄想にすぎなかったのだと
そこにたどり着くのである。面白い!

オランダ人のこのプロダクションは2006年でいったん終わりだが、
非常に評判の演出だったようで、きっと近い将来、
再演されるのではないかと期待している。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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設計レポート~住宅A

20061229

朝から天気も快晴で、今日は予定通り、
1階床スラブのコンクリート打設。
これまでで最高のミキサー車7台。
地下工事の頃に比べるとずいぶん増えてきた。
年内の工事は終了。今日から正月の間、
コンクリートをじっくり養生させる。
年末、間に合って、よかった。
1階の床スラブができ上がると
段差を利用した空間構成が見えてくる。
複雑すぎて、施工者のみなさんを泣かせてしまった。
しかし努力していただいて、仕上がりはいい!

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2006年12月28日 (木)

設計レポート~住宅A

20061228

今日は朝から市の中間検査(2回目)だった。
昨日の段階で構造事務所による配筋検査もクリアしていたし、
特に問題なく、スムーズに終了した。
鉄筋のセットも型枠の準備も午前ですべて完了して、
あとは年内は、明日のスラブ・コンクリート打設を残すのみ。
いよいよだ。ここまで来て、少しホッとする。
工務店の社長と昼はラーメンを食べに行った。
日向山(泉区和泉町)の麺屋「いつき」。
私のお気に入りは、えび塩ラーメン。
おいしかった。

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2006年12月27日 (水)

設計レポート~住宅A

20061227b

午後は住宅Aの現場へ。
こちらも昨日の雨で予定が一日狂ってしまったのだが、
明日の中間検査(2回目)の前に
今日は構造事務所による配筋検査。
複雑で難しい配筋になっているが、
型枠工事も配筋工事も各業者さんががんばってくれていて、
大きな問題はなし。修正はその場で対応、すぐに完了。
今後の打ち合わせをして、和やかに終わった。
正直なところ、ホッとした。平和が一番。
明日が中間検査なので、気は抜けないけれど、
前日にチェックが入っているので、準備は万端である。

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設計レポート~住宅M

20061227a

今日は現場をまわって、一日外出だった。
いい天気で暖かく、すごしやすい日だったのだけど。
しかし昨日の大雨はかなりの不安材料で
午前中はまず住宅Mの現場へ。
不安は的中。敷地は水浸し。
外壁工事中の現場には痛手である。
今年の秋から冬にかけては、どうも天候に邪魔される。
現場を訪れたもうひとつの目的は、
特注サッシュが入ったのである。
納まりをよく検討して、現地調査を入念にしてくれたので、
開口部の木下地にピッタリはまっていた。
内装工事との関係があるので、
ガラスはまだ入っていないのだが。

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2006年12月26日 (火)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から歌劇「タンホイザー」
指揮はアンドレ・クリュイタンス(1905-1967)で
記録によるとこの年「タンホイザー」でバイロイトデビュー。
昨日までのカイルベルトのリング(ステレオ録音)の
当時にしては驚異的な迫力の音響で
それに比べるとこちらはいかにもモノラル録音、
音も小さいし、広がりもなく、がっかりしてしまう。
しかしそれも最初のうちである。
序曲を聞いているうちにすっかり引き込まれ、
こちらも重厚な響きにやはり圧倒!すごい。
この数年は、ティーレマンの「タンホイザー」を聞いてきたので、
特に2004年、2005年あたりのあの仕上がりを思ったら、
ちょっとした普通の名演では、私は驚かないのだけど、
このクリュイタンスの演奏を聞いて、やっぱり感動してしまって、
バイロイトは50年前も現在も変わらず特別なのである。
第3幕では、フィッシャー・ディースカウのウォルフラムにうっとり!
そしてウォルフガング・ヴィントガッセンは、
1955年はタンホイザーとジークフリートを掛け持ちしていたようで、
しかしあまりの素晴らしさに今回も夢中になってしまった。

ORFEO C643 043D

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月25日 (月)

バイロイト音楽祭2006

夜はFMで「バイロイト音楽祭2006」の放送を聞いている。
初日は「ラインの黄金」で終わりが早いので、
ゲストが登場して、対談である。出演者は
江川紹子(ジャーナリスト)
広渡勲(昭和音楽大学教授)
舩木篤也(音楽評論家)

その中で「ニーベルングの指環」の演出(衣装)に関して、
江川紹子さんからの素朴な質問。
ブリュンヒルデが「ワルキューレ」第3幕第3場の炎の山で眠りにつくシーン
「ワルキューレ」の終わりでは、真紅の衣装だったのに、
「ジークフリート」第3幕第3場でジークフリートが迎えに行くシーンでは、
オレンジ色の衣装に変わっているのが不思議であるって。
舩木篤也さんは、放送なので突っ込みをいれるのは控えて、
「時間がたっていますから」と簡単に話をそらしたが、
「ならば色あせているはず」と反論して、
バイロイト音楽祭が公開している画像で確認したが、
「時間の経過で色あせている」という印象もなくはないが、
この辺は難しく考える必要はないのでは。

20061225a  20061225b_1

バイロイト音楽祭のホームページより
ブリュンヒルデ役のリンダ・ワトソン
http://www.bayreuther-festspiele.de/

色の変化には、演出上の意図があると思う。
私は舞台を見ているわけではないので、本当のところはわからないけれど、
「ワルキューレ」では、ブリュンヒルデは9人のワルキューレの一員であり、
神々に属しているわけだが、ウォータンにそむいた罪で、神としての地位を失う。
よって次に登場する「ジークフリート」の第3幕では、
ブリュンヒルデではただの人間の女性である。
画像の通り、表情にも大きな違いがあり、
「ワルキューレ」では、まさに戦場を駆け巡る戦士。
「ジークフリート」では、ジークフリートへの愛に目覚めるまるで少女のような表情。
その辺のブリュンヒルデの心理状態なども色に反映されていると思う。
「ワルキューレ」では、ウォータンの真意を悟り、強い意志で行動して、
ワルキューレの戦士としての性格を真紅の衣装で表現。
それに対して「ジークフリート」では、オレンジ色の衣装に変わり、
印象も和らいで、模様も入っているようだが、コントラストを出していると思う。
現実的には、「いつ着替えたの?」「誰が着替えさせたの?」…
という問題もあるが、そういうのはくだらない疑問であり、
むしろ演出家の意図を汲み取ろうとすることの方が大切。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から楽劇「ジークフリート」
図面を描きながら、全三幕を一気に聞いてしまった。
ヨゼフ・カイルベルトの指揮による
昨日までに聞いた「ワルキューレ」も素晴らしかったが、
この「ジークフリート」は圧倒的で、感動しすぎて言葉もない。
すごい迫力で、力強く迫ってくる。重厚である。
「ニーベルングの指環」の解釈としては、
主導動機をいかに分析して、音楽の中で明らかにしていくか、
それは内容を理解する上で重要な手がかりとなり、
ひとつひとつ丁寧に解きほぐしていくような演奏もあるのだが、
カイルベルトは一方であまり神経質になりすぎずに
もっと音楽の流れに乗って、勢いよく
一気に語り聞かせてしまうような演奏である。
各場面をひとつずつ結び付けていくというよりは、
全部聞き終えた後に、いつのまにか
物語の全体像が頭の中に叩き込まれているような、
それにしても存在感の強い音、説得力ある響きである。
カイルベルトのワーグナーは、速いテンポで引き締まっており、
戦後バイロイトはここにはじまっているわけだが、
なぜかワーグナーというと膨張傾向の雄大なイメージがあって、
私はこういう凄まじく突き進むワーグナーが大好きである。
1960年代後半のカール・ベームのリングもそうであり、
真実の響きが聞こえてくるワーグナー演奏は偉大だ。
カイルベルトの「ジークフリート」は、すべてにおいて感動的なのだが、
第3幕のさすらい人(ウォータン)の制止を振り切って、
炎の山に上り詰め、深く眠るブリュンヒルデの元へ行く場面、
この辺の壮大な音楽、喜びに輝いて、情熱的な表現、
あまりの素晴らしさに夢中になって聞き入ってしまった。
ハンス・ホッター、ウォルフガング・ヴィントガッセン、
アストリッド・ヴァルナイなど、迫力の歌唱で歌手もすごい。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月24日 (日)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955の楽劇「ワルキューレ」
今日は第2幕と第3幕である。
図面を描きながら、時間が経つのが早いが、
あっという間に聞いてしまった。
最近はゆっくりパソコンに向かって、
CADで図面を描いているような余裕もなかったので、
いろいろな詳細図はすべて手書きのスケッチで対応していたが、
それらをCAD図面にしておかないといけないと思い、
今日は日曜で静かなので、少し作業を進めた。

カイルベルトの指揮は、何か精妙に描きこんでいくような表現とは違って、
骨太な造りで非常にストレートなところが、
こちらに率直に訴えかけてくるようなところがあり、
歴史的な重みを感じつつ、深い響きに吸い込まれてしまう。
美しく輝きに満ちた第2幕の前半、しっかりとした足取りであり、
しだいに混沌とした苦悩の響きへと変貌していくが、
フリッカに責められ、自らの意志に反して、
苛立ちのウォータンの心理状態、
この灰色の響きは渋く、感動的である。
第3幕もいい!「ワルキューレ」はやはり素晴らしい。
録音テープが一部、破損してしまったようで
残念ながら、モノラル音源に置き換えられている箇所もあるが、
この際、そんなことはどうでもいいという
音楽の圧倒的な勢い、迫力、戦後バイロイトの偉大な記録だ。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月23日 (土)

バイロイト音楽祭1955

今日から当分の間、年末年始、
ワーグナーにどっぷり浸ろうと思っている。
バイロイト音楽祭1955から「ワルキューレ」の第1幕。
今年大いに話題になったヨゼフ・カイルベルト指揮のライブ。
カイルベルトのリングはバイロイト音楽祭1952のものを持っているので、
その素晴らしさは知っていたが、今回はステレオ録音であり、
やはり感動の度合いは格段に違う。それは当たり前か。

これから聞こうと思っているCDは結構あり、
バイロイト音楽祭1955の「ワルキューレ」「ジークフリート」
これらはカイルベルト指揮の録音だが、他に1955年は、
アンドレ・クリュイタンス指揮の「タンホイザー」もある。
バイロイト音楽祭1959からマタチッチ指揮の「ローエングリン」が
最近CD化されて、ぜひ聞きたいのだが、まだ手に入れていない。
同じく今年、ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」が再発売されて、
ブーレーズのリングは昔から持っていたのだが、
新たにコンパクトなボックス仕様になって、
もしかしたら多少は音質も変わってくるのか?
新しく手に入れたので、ブーレーズのリングも近く聞こうと思っている。

そして来週は、いよいよバイロイト音楽祭2006の放送である。
新演出の「ニーベルングの指環」(指揮はクリスティアン・ティーレマン)
歌劇「さまよえるオランダ人」(マルク・アルブレヒト)
楽劇「トリスタンとイゾルデ」(ペーター・シュナイダー)
舞台神聖祭典劇「パルジファル」(アダム・フィッシャー)

今年は夏にバイロイト音楽祭1966のベーム指揮のリングを聞いたが、
私としては珍しく、それ以外にリングは聞かなくて、
というのは、今年からティーレマン指揮のリングがはじまるので、
それはわかっていて、ぐっと我慢して、これまで盛り上げてきたのである。
年末から復活であり、来年以降、また熱心に聞こう。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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落語のCD化

先日の三代目金馬さんに続いて、
もう一枚、落語のCD化をしておこうと。
八代目の林家正蔵。夏以降、録音をためておいたのだ。
「がまの油」「千両みかん」そして「牡丹燈籠~お札剥がし」。
「千両みかん」も怪談「牡丹燈籠」も夏の噺で
ちょっと季節外れなのだが、でも楽しんでいる。

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2006年12月22日 (金)

設計レポート~住宅A

今日は住宅Aの中間検査申請書を提出に横浜市役所へ。
配筋検査を終えて、年内にスラブコンクリートを打って、
正月の間、じっくり養生させたいということである。
型枠、配筋、そして型枠…、現在、急ピッチで作業が進んでいる。

帰りにインクジェットプリンターのインク6色パックを買ってきた。
年賀状!急がないと。そろそろである。

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2006年12月21日 (木)

現場、伊東豊雄そしてGAへ

20061221

今日は午前中、新宿のマンション304号室の改装工事の現場に行って、
内装の解体状況をみて、大工さんと工事の今後について話してきた。
午後は初台のオペラシティにまで足をのばして「伊東豊雄」展に。
この展覧会、話題になっているが、非常に面白かった。
岐阜県各務原市の市営斎場「瞑想の森」、
雑誌に発表されてから、私の大好きな作品だが、
コンクリートの型枠と鉄筋が原寸で展示されていて、
実際に現場で使用された型枠ベニヤが復元されて、
じっくり眺めてしまった。工事の様子もビデオ上映されている。
この展覧会は、おすすめである。
24日(日)までなので、もうあまり時間がないのだが、関心ある方はぜひ。
その後代々木へ移動して、GAギャラリーに。
「GA JAPAN 2006」の展示であり、
磯崎新、原広司、伊東豊雄、山本理顕、妹島和世、…
いまの流行か、抽象的な模型ばかりであまりぴんと来ない。
リアリティあふれていた「伊東豊雄」展とは、ギャップが大きい。
ギャラ間の「千葉学」展はまだ当分の間やっているので、
新年になってからまた行きたいと思う。

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2006年12月20日 (水)

落語のCD化

音楽のCD化は、ブーレーズのブルックナーで
年内は終了することにして、残りわずかの間、
落語をまとめておこうと思っている。
今取り込んだのが、三代目の三遊亭金馬で
「転宅」「お化け長屋」「目黒のさんま」である。
春、夏、秋とそれぞれの季節の噺で
金馬さんの録音をためておいたのだ。
声色の変化は実に鮮やかで、
情景が浮かぶ楽しい噺ばかりである。

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2006年12月19日 (火)

設計レポート~住宅A

20061219

このところ、ずっと住宅Mの現場に付きっ切りだったので、
住宅Aの方には、先週の基礎の捨てコン打ち以来なのだが、
今日の午後、少しだけ現場に寄って来た。進んでいた。
明日は基礎の耐圧盤コンクリートを打つので、
この時点でかなり配筋も終わっている。

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2006年12月18日 (月)

ザルツブルク音楽祭2001

ザルツブルク音楽祭2001からウィーンフィルの演奏会。
ピエール・ブーレーズの指揮によるブルックナーの交響曲第9番。
2001年7月29日ザルツブルク祝祭大劇場におけるライブ録音。

ブーレーズのブルックナーだが、かなり独特である。
響きの点で驚きの新しさに釘付けになる。
というのは最初のうちで、このクリアな音楽に心地よさを感じたら、
もうこれでなくてはならないって思い始めているのは、
ブーレーズの演奏ではいつものこと。
いわゆるブルックナーらしい音響効果と違って、
こういう響きが生まれてくるのだと、その点では、
同じウィーンフィルの演奏という点では、
アルノンクールのときと似ていて、
スタート地点はかなり違っているように思えて、
たどり着くところは、非常に近いのである。
スコアの見直しが行われて、まさに今、
そこで音が生み出されているというような
新鮮な感動に包まれる。

後ろの方で遠くに小さく聞こえている音、
しかしそれはきちんとはっきりこちらの耳に届いてきて、
それらが普段、普通の演奏では聞こえていないのか?
それとも聞こえているのだけれど、
こちらが意識していないだけなのか?
どちらかはわからないけれど、
ブーレーズならではの明晰な演奏によるもの
という、それだけは間違いない。
厳格なリズム管理もまた同じくである。

リズムといえば、スケルツォの楽章は非常に明快だが、
ここでは鳴りっぷりがいい大音響にそちらも魅力である。
CDで聞けるブーレーズは、レコード会社が作り出している音で
それらがブーレーズを象徴するイメージにもなっているけれど、
実際の会場で聞くブーレーズ、またこういった放送音源でも感じるのだが、
この指揮者は、作曲の意図によって要求されれば、
意外なほどにデカイ音を思い切りよく鳴らすのである。
ここでもウィーンフィルが豊かな響きの大洪水で
しかしそこで同時にしっかりコントロールされている音楽に
それこそがまさにブーレーズの存在感。最高である。
もちろんブルックナーといえば、そう!
ギュンター・ヴァント、朝比奈隆、オイゲン・ヨッフム、…
いわゆるブルックナーらしい演奏も私は大好きなのだが、
一方でこのブーレーズによって示された新境地、
こちらもまた、私とっては、究極のブルックナー鑑賞である。

CDR256

「ピエール・ブーレーズ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月17日 (日)

仕事、落語そしてブーレーズ

今日は日曜なので、電話もかかってこないし、
打ち合わせに呼び出されることもないし、
ゆっくり、じっくり考える時間があった。
住宅Mの工事スケジュールについて、私なりに考えてみた。
住宅Mの現場だが、これまで特別遅れているということはなかったし、
むしろずっと順調に来ているほうで、しかしすでに年末を迎えて、
新年になってからの展開を考えると非常に厳しい。
なんでだろう?少しもゆっくりしていることはないのに…
「いつ引っ越したい」という施主の希望、
「これまでの品質を保ち、今後の工事を進めていくと間に合わない」
という工務店からの要求、正直なところ、
私は間に入って、このところ困り果てている。
施主の都合もよくわかるので、契約上の日程もあるし、
当初の予定通りに引渡しができるようにしたいと思う。
しかし工務店にとっても、今回のいえづくりに対する強い思い入れがあって、
職人ひとりひとりにいたるまで、誇りあるこだわりの仕事をしているわけで、
そこで私が「こだわりより、期日を最優先してください」といってしまったら、
それは今日から仕事の質を落とせというようなもので、
職人に急げというのは、つまりはそういうことにつながると思うのだが、
この仕事に対する思い入れがなくなってしまうことが一番恐ろしいのである。
スケジュールを守り、表面的に整え、その場は乗りきったとしても、
結果的には、それは施主にとっての利益にはならないような、
そんな気もするのである。ではないだろうか?
どちらにしても両者の中間点、一致点、現実には妥協点だが、
それを導き出さなくてはならない。
私なりのスケジュール提案をまとめてみたので、
それで明日、工務店の社長と再び相談する。
その工程がどこまで実現されるかだ?

日曜日の夕方は、「ラジオ名人寄席」
古今亭志ん馬(六代目)の「町内の若い衆」
柳家小さん(五代目)の「三軒長屋」。
「町内の若い衆」の話は知っているぞって、
何となくリラックスして聞いていたら、うとうと寝てしまった。
なんということ!ハッと気付いたら、小さん師匠だった。
「三軒長屋」はあまり頭に入らなかった。

夜はザルツブルクのピエール・ブーレーズ。
ブルックナーの第9をパソコンに取り込んだ。
先ほど編集も終えて、明日CD-Rに焼く予定。

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2006年12月16日 (土)

激動の一週間、そして来週は

今週は月曜日、住宅Mの中間検査で
今日、中間検査済証が送られてきたが、
中間検査を終えて、仕上げの工程へと進み
材料が順に搬入されている。
毎日のように打ち合わせで、
まずは工務店で打ち合わせをして、
そして実際に現場に場所を移して、
状況を見ながら、最終打ち合わせというふうに。
昨日は特注サッシュの現場実測による打ち合わせで
今日も電気工事の配管、配線をひとつずつ確認しつつ、
すべて実際に決めて、これで電気工事開始。
朝9時に現場に入って、10時から電気の打ち合わせ、
話が終わったら、13時30分である。今日は昼抜き。
移動してばかりで、さすがに疲れてきている。
この前なんて、工務店で住設屋さんと会ったとき、
「あれ?先生ずいぶんお疲れですね。」とか言われてしまって、
よっぽどひどい顔をしていたのだろう。
というのは、その日は午前中、住宅Aの現場で
地下室以外の部分で基礎下の割栗、捨てコンクリ打ちを見て、
昼に帰ってきて、郵送しなければいけない書類をすぐに作って、
郵便局に出しに行って、そのまま急いで工務店へ
15時からサッシュと住設の打ち合わせ。
今週打ち合わせをしたので、来週はそれぞれが工事となる。
住宅Mは前半の山場、年末までが正念場で、
実際に動き始めているのだけれど、
今年もすでに2週間を切っており、年内にどこまでできるのか?
大工、それぞれの業者さんたちもかなりの焦りの様子である。
新年は最初の1週間は仕事にならないだろうし、
そうするとすぐに1月中旬で、厳しい。

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2006年12月15日 (金)

シュトゥットガルト放送交響楽団

シュトゥットガルト放送交響楽団の2005/2006シーズンから
2006年1月19, 20日のライブ録音で
ロジャー・ノリントン指揮によるマーラーの交響曲第5番。
今回も特長は、当時の演奏スタイルをよみがえらせて
編成の規模、楽器の配置、そして何より
弦楽器のノン・ヴィブラート奏法、注目の演奏である。
第1楽章の葬送行進曲がこんなにも軽やかに
しなやかに流れる演奏は聞いたことがない。
重々しく悲劇性を強調して、じっくり聞かせる
という、世間一般の主流に対して、
あえて真っ向から逆らっていくような印象もなくはない。
マーラーの中でも第5交響曲は、
昔から最も聞いているように思うのだが、
習慣とは恐ろしいもので、第1楽章では、
さすがに軽いかな?という感想も。
しかし第2楽章へと進み、中間部で静かに聞かせるところがあるが、
ノン・ヴィブラートによる素朴な響き、ノリントン独特な響きの構築、
すごくいい雰囲気を出していて、一気に引き込まれた。
第3楽章まで来るとすでにこの音色にはまっている。
舞曲のリズムをノリントンがいきいきと躍動させ、
基本的に全体を通して、響きが軽いのだけれど、
第3楽章の動きのある音楽にはぴったりである。
ここでもピリオド発想による素朴な音色が、
何とも素晴らしい世界を創造していて、最高だ。
他の演奏と少し違って聞こえてくるところもあるけれど、
本来の響きはこうなのだと目が覚めるようである。
これはノリントンによる音の鳴らし方であり、
スコア解釈におけるひとつの方法にすぎないのかもしれない。
しかしノリントンがオーケストラに与えるバランス感覚は、
私はすごく好きで、それでこのようにたくさん聞いているのだけれど、
珍しさや驚きだけでは決してない、いつもメッセージがあって、
それが不発に終わらないのが、ノリントンのすごさである。
話題になったノン・ヴィブラートによるアダージェットだが、
ここでもとにかく素朴な音色で自然な流れ、純粋な印象であり、
一般的な過剰なロマン性は完全消去されて、
かえって親しみをおぼえるし、音楽がすんなり入ってくる。
よくいわれる美しすぎて病的な世界、そういう空気は全く感じさせない。
終楽章も特に魅力的で自然の中にいるようなさわやかさ。
朝の目覚めのような気持ちよさで
ということは、人工的な部分がここにはなくて、
その意味でも本来の響きはこうなのだ!と説得力を感じる。
やはり私はノリントン支持だなあと
今回もすごく楽しませてもらった。
2006/2007のシーズンはブルックナーが入っていて、
マーラーの交響曲はお休みだが、続編を期待したい。
「復活」はすでに演奏しているので、
近くCDが登場するのかもしれない。

Hanssler CD 93.165

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2006年12月14日 (木)

携帯の機種変更

20061214

今までの携帯電話がかなり長く使っていたので、
年内には機種変更しようと思っていたのだけど、
このところとにかくつながりが悪くて、
他の人が話せているのに、自分だけがつながらない、
つながってもブツブツ切れる…ひどくなってしまって、
それで今日、午後時間を作って、
近所の家電量販店に機種変更をしに行ってきた。
私の携帯と父の携帯も2台いっぺんに。
「P903i」にしようと思っていたのだけど「品切れ」
「N903i」でもいいかな?って思ったのだが、
まだ新しいので高い。かなり…
父は「安いタイプでいいから」というと
最新の「903」の1/10の値段である。
考えてみると携帯は電話とメールぐらいで
それほどいろんな機能を使うわけでもないし、
「もったいないなあ…」って思い始めてしまって、
それで結局ちょっと古くなった「P902is」にしてしまった。
デザイン的には「P903i」に似ているので、これでいい!
しかしすると安い!充電器は別売り。
機種変更手数料は通話料に加算されるそうで、
ドコモ・ポイント利用の割引やその他にもサービスがあったみたいで、
2台機種変更して、今日支払ったのは、なんと1500円ほど。
正直なところ、今日は40000円ぐらい用意して行ったのだ。
こんなに安くできるのなら、もっと早く機種変更しておけばよかった。

写真のストラップは、先日買ってきた
箱根限定「金太郎キューピーさん」である。

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2006年12月13日 (水)

ベルリンフィル2000/2001

ベルナルト・ハイティンクの指揮でシューマンとブラームス。
2001年6月7日の演奏会である。
先日も書いたが、私のお気に入りの音源で
とにかく感動的で何ともいえない充実感に満たされる。
中途半端な記憶なのだが、たしか?
クルト・ザンデルリンクの代役として
ハイティンクが急遽、登場したという話を聞いたような?
しかしそれにしては、あまりにも完成度が高いし、
ハイティンクとベルリンフィルの信頼関係もあるけれど、
ベルリンフィルのすごさには驚かされる。
冒頭のシューマン「マンフレッド」序曲から
ベルリンフィルの熱い演奏、集中力、緊張感、
メロディーに隠れそうな内面的な表現の深まり、
内側から押し出してくるような力強さ、心に訴えかけてくる。
各楽器がいきいきと演奏しており、
ハイティンクは自発性をどんどん引き出して、
そして音楽としては、しっかり引き締めて、
自在にコントロールしているのであり、
何という素晴らしさであろう。
ハイティンクの魅力がここにすべて詰まっている。

続いてシューマンのチェロ協奏曲。リン・ハレルのソロ。
ハレルがしなやかな音楽性で表現の幅が大きく、
音色の美しさよりもここでも力強さ、内面的な激しさを感じ、
この緊迫感のあるシューマン、他では絶対に聞けない。
言葉では表せないライブならではの凄まじい演奏である。
リン・ハレルのアナウンスの後、アンコールに
シューマンの「トロイメライ」をチェロの独奏で。

後半はブラームスの交響曲第2番。
ハイティンクのブラームスはいろいろな録音があるけれど、
ベルリンフィルで聞けるというのはやはり喜び。
ブラームスの交響曲第2番といえば、私にとっては、
やはり最高はカルロス・クライバーのウィーンフィル1988年。
クライバー・ファンの方でいろいろこだわりがあると思うけれど、
私はクライバーで一番好きなのが、そのブラームス第2番である。
今回のハイティンクの演奏は、それに匹敵する素晴らしさで、
私にとっては、なぜか異常に盛り上がってしまった。
でもハイティンクはクライバーとは少し違っており、
渋くって、スタンダードで、しかしそこに魅力がある。
ハイティンクならではの安定感、いぶし銀のような貫禄、
しかしその集中力はただ者ではなく、一気に聞かされてしまう。
普通のブラームスなのに、無敵にすごい演奏。
1990年以降、アルノンクールやノリントンは
古楽の発想に基づいて、画期的な手法を提示し、
私もまたそれを楽しみ、大好きなのだけど、
一方でこのハイティンクの演奏を聞いてしまうと
表面的な解釈法に何の意味があるのか?というような
そんなことまで考えさせられる、ハイティンクという指揮者は偉大だ。
現在ここまで聞かせられる指揮者はそうはいない。
ヘルベルト・ブロムシュテットも似ているような気がするのだけど。

CDR254/255

「ベルナルト・ハイティンク」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月12日 (火)

現場を行ったり来たり

20061212

今日は14時から施主との打ち合わせで
午後は予定が入っていたのだが、
それ以外の時間帯は、外出は控えようと心に決めていのだけど、
いろいろ連絡が入ったり、結局は打ち合わせの前後、
現場を行ったりきたりして、一日中外出していた。
今週もまた、机に向かっている時間がない…
写真は住宅Aの地下室。型枠が取れたところ。
埋め戻しの準備中。隠してしまうのがもったいない。

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2006年12月11日 (月)

設計レポート~住宅M

20061211b

続いて住宅Mの現場へ移動。
午前の終わりに中間検査。
検査を終え、いよいよ外壁から
どんどん仕上げ工事に進む。
電気や水道、いろいろあるが、
そちらも中間検査が終わったら、
一気に準備することになっていて、これからである。
あと外壁材も今週前半に納品の予定。
サッシュはもう少しかかるのか?
ここから年末どこまでできるか、重要である。

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設計レポート~住宅A

20061211a

今日は午前中、住宅Mの中間検査で
でもその前に早めに出て、住宅Aの現場に寄ってみる。
外側のみ型枠をはずして、明日からは
埋め戻しや地下室がない部分の土工事がはじまる。
打放しのコンクリートと対面。はじめまして!

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2006年12月10日 (日)

第1471回N響定期公演

2002年10月のN響定期公演から
10月30日サントリーホールにおける
ウォルフガング・サヴァリッシュの指揮による演奏会。
前半がゲアハルト・オピッツのソロで
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。
そして後半がシューベルトのミサ曲第5番である。
渋いプログラムだが、何ともいえなく心に響いてくる。

オピッツのベートーヴェン!素晴らしい。さすがである。
しっかりとした重みのある響きで音楽に中身が詰まっていて、
音色も美しく、躍動感や迫力もみなぎって、これは名演だと思う。
かなり速いテンポで勢いがあり、しかし焦っている印象はなく、
熱情こもって弾きまくる部分と一方のロマンティックな抒情性とで
その対比が表現に幅を与えて、引き込まれてしまう。
第3楽章の決して止まらない推進力、パワーにも圧倒された。

そして後半のシューベルトのミサ曲は感動的である。
私はシューベルト好きなので、こういう作品はたまらないのだが、
サヴァリッシュの心のこもった表現、音楽の美しさに癒される。
最近はアルノンクールなどを中心にピリオド奏法による
シューベルトの交響曲やこれらの声楽作品も
ずいぶん聞く機会が増えてきているので、
挑戦的な姿勢に満ちているそれらの演奏に比べれば、
サヴァリッシュは長年続けてきたスタイルを貫いて、
特別なことは何もしていないのかもしれない。
しかしだからこそ、心に伝わるものもある。
サヴァリッシュの作品への深い愛情が、
音楽のすべてにおいて、感じられるのである。
関係ないけれど、年末の慌しいこの12月に
こういう声楽作品を聞いていると心が落ち着いてくる。

CDR252/253

「ウォルフガング・サヴァリッシュ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月 9日 (土)

ブーレーズのブルックナーが!

昨日の晩、ハイティンク指揮ベルリンフィルのライブ、
MDに録音してある音源をパソコンに取り込もうとして、
シューマンのマンフレッド序曲を入れたMDが、
何度入れなおしてもエラーが出てしまう。
えっ!なぜ?ショック。このMDは前半に
ザルツブルク音楽祭2001のブーレーズ指揮ウィーンフィル
ブルックナーの交響曲第9番が入っているのである。
すぐに下の部屋に行って、居間のステレオで確認してみた。
そっちでは正常に読み取れた。どういうこと?
私の部屋にあるステレオの方が新しいのだが…
昨日はあきらめて、別の音源をパソコンに取り込み、
サヴァリッシュ指揮の第1471回N響定期公演。

夕方現場から戻ってきて、先ほど実験をしてみた。
私の部屋のステレオはデジタル出力端子が付いていて、
デジタルのまま、パソコンに音を取り込んでいるのだが、
MDが読み取れないのだから、仕方ない。今回は特別。
居間のステレオを運んできて、二台並べて、
アナログだけど、ステレオをつなげて、
MDからMDへのダビングみたいな作業をしてみた。
アナログなので、その時点で音は変わってしまうかもしれない。
録音しなおした新しい方を聞いてみたけれど、音は悪くない。
ノイズも入っていないし、これでパソコンに取り込める。
今日はブーレーズのブルックナーを二回も聞いてしまった。
素晴らしい。夏頃にこの録音を一度聞きなおして、
そのときも少し書いたけど、ブーレーズはやはりいい!
このブルックナーはかなり独特ではあるけれど、
私はブーレーズのファンなので、聞きほれてしまった。

そしてハイティンクのマンフレッド序曲も復活!
これがまた最高の名演なのである。すごい!!
この演奏会は、続いてシューマンのチェロ協奏曲、
後半はブラームスの交響曲第2番。
私のお気に入りの音源で、近くCD化したい。
2001年6月のベルリンフィル定期演奏会である。

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設計レポート~新宿304号室

新宿区のマンションのリニューアル工事が今日着工。
工務店の社長、大工さんと一緒に現場へ。
とはいっても、今日はまず「車でどうやって行くか?」
「近くに駐車場はどこにあるか?」、近所に挨拶、
そして工事の内容を現場で説明などなど。
午後から解体工事でちょっと手をつけたが、
本格的には、来週の月曜日から。
しかしそれにしても今日は雨で寒かった。
2時過ぎまで現場にいて、帰りは小田急線でのんびり熟睡。

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2006年12月 8日 (金)

バイエルン放送交響楽団

クルト・ザンデルリンクの指揮による演奏会。
ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」
1994年11月4日ヘルクレスザールでの演奏。
これまた偉大な演奏である。すごい!
雄大な構えでザンデルリンクならではの巨大な存在、
それがしだいに勢いを増して、緊張感のある展開に、
巨匠の表現は、そういうところでは実に若々しい輝きを見せる。
ブルックナー独特の盛り上がりの後は、神聖な静寂が訪れるが、
精妙に音を作り、音楽の構造を明瞭にしつつ、深い響きである。
今度は親しみのメロディーが流れだし、
思った以上にザンデルリンクは豊かな表情で歌わせる。
とにかく素晴らしいのが、音楽の全体像と一方の細部に至るまでを
深い理解と解釈で掌握しており、たくさんの要素が見事にまとめられる
この辺はさすがに巨匠のブルックナーで感動した。
何という素晴らしさ。真剣に夢中になって聞き込んでしまった。
ザンデルリンクはブルックナーをかなり演奏していたと思うが、
実力あるバイエルン放送交響楽団で臨場感ある優秀な録音、
この演奏を今こうして聞けるのは喜びである。
残念なのは、演奏後の拍手が収録されていないこと。
会場と一緒に音楽の余韻を共有したかった。

Profil PH05020

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2006年12月 7日 (木)

設計レポート~住宅A

今日は午後から住宅Aの地下の壁コンクリートの打設。
昨日、型枠が組みあがった段階で、
実際に現場で見てもらって、電気工事の打ち合わせをして、
それが済んで、今日やっとコンクリートである。

20061207a

全体を見た写真だが、まだ地下工事なので、
ほんの少し見える程度だけど、しかしすでに壁が立ち上がっているので、
今回からミキサー車のコンクリートをポンプ車に移して圧送している。
コンクリート打設のこの風景は知っていたし、これまでにも見ていたが、
しかし自分の現場で間近に見るとなかなかの迫力である。

20061207b

やっと地下工事が完成である。
この後、地下室の上に乗らない部分の基礎工事が先なのだが、
続いて1階の工事へと進んでいく。

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2006年12月 6日 (水)

オトマール・スウィトナー 5

シューマン・イヤーの2006年であり、
(今年はシューマンの没後150年である)
今日はスウィトナーの渋い演奏で交響曲を聞く。
まだ東ドイツだった時代の録音でイメージは渋いのだが、
聞くと暖かみのある、心のこもったシューマンなのである。
1986年から1987年の録音であり、
東ベルリンにあるベルリン・シュターツカペレが渋い存在、
というのはこちらの勝手な先入観であり、
そして我々日本人にとっては、スウィトナーといえば、
何よりも「懐かしさ」であろうか。私にとってはそういう指揮者。
最後の来日となった1989年、私は幸運にも
N響とのドヴォルザークを実演で聞くことができた。
スウィトナーは引退してずいぶん長くなるけれど、
今でもお元気でいることを願っている。

交響曲第4番が初稿で演奏される機会が増えているが、
スウィトナーは珍しく第1番「春」を初稿で演奏している。
初稿というのは、1841年の初演の際の自筆譜で
その後出版された楽譜では、かなりの改定が加えられている。
現在の通常の版と比べるとやはり仕上がりが甘いような、
しかし明らかに違う響き、この表現が面白い。
出版の際にカットされてしまった部分も多く、
シューマンにとっては、蛇足なのかもしれないけれど、
聞いてしまうと何ともそれらが惜しく思えてきて、
この録音は貴重な機会である。

続いて第3番の「ライン」。おっとりとして、雄大な流れ。
例によってベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、
残響が長くて、スウィトナーのシリーズって独特の印象である。
暖かみのあるこの音色は、イエス・キリスト教会の響きによるものか?
こういうのんびりしたシューマンって、最近はそんなに聞かないし、
考えてみると早くも20年が経過しているわけであり、
少し前の時代という感想もそれほど間違っていなくて、
でもこの感覚を楽しめるならば、とにかく感動的なシューマンだ。
優しさに満たされた第3楽章から厳粛な第4楽章への展開、
この辺は特に最高の素晴らしさで胸がいっぱいになる。

DENON COCO-70496

交響曲第2番は、残響の長さがそれほど気にならなくて、
こちらの方が聞きやすいかも。演奏も素晴らしい。
スウィトナーならではのしっかりとした重みを感じつつ、
音楽そのものが発する躍動感、勢いと迫力。
スウィトナーの指揮では、この第2番が私は一番好きである。
この作品は演奏によっては、すごく控えめな響きをさせていたり、
第3楽章など感情を込めすぎて、停滞気味だったりもするのだが、
スウィトナーは音楽を前に進め、より肯定的に、強い推進力で
聞いているこちらもぐいぐい引き込まれていくのである。
内から生きる力があふれ出してくるような
ときにスウィトナーという人は、驚くような熱い演奏をする。

最後に交響曲第4番。こちらも素晴らしい!
さらに力強さは増して、音に勢いが、そして輝きだすのである。
スウィトナーだとゆったり音楽を鳴らすようなイメージもあって、
しかしその予想は見事に外れて、テンポも速く、気合が入っている。
第4番も正直驚いてしまうほどの感動的な名演だ。
発売当時の評価だと、初稿による第1番「春」が評判だったのだが、
私が聞いたところでは、圧倒的に第2番、第4番が優れていると思う。

DENON COCO-70497

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2006年12月 5日 (火)

設計レポート~住宅M

20061205

今週はあちこち出掛けていて、落ち着かない。
昨日も昼間外出して、夕方は工務店でサッシュの打ち合わせ。
戻って夜遅く、来週予定している住宅Mの中間検査申請書を作って、
今日はそれを出しに行ってきた。横浜まで。
母に頼まれた年賀状グッズをハンズで買って、
そのまますぐに住宅Mの現場へ直行。
電車で移動、最寄り駅から徒歩。
大工さんに呼ばれていたので現場で打ち合わせ。
その場で実寸を測って、いろいろ寸法を決めてきた。
画像はそのとき撮ってきた住宅Mの軸組み。
もう中間検査なので、金物もすべて付いているし、
耐力壁の構造用合板も張ったので、
家の形がだいぶはっきりしてきた。
帰りはしばらく歩いて、バスで戻ってきた。
日が暮れるのが早くて、着いたらすっかり真っ暗。

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2006年12月 4日 (月)

フィラデルフィア2005/2006

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスを利用して、
配信されているライブ音源を編集してCD化。
http://www.philorch.org
2005/2006シーズンのエッシェンバッハの指揮による
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏からいよいよ第9番。
配信されている音源は2006年5月20日の演奏である。

このベートーヴェン・チクルスでは交響曲全曲を通して明るい響きであり、
それがエッシェンバッハ時代のフィラデルフィア・サウンドなのだと、
しかしさすがに第9では、オーケストラ全員が深い共感によって
ひとつになっている感があり、聞けば聞くほどに感動的な演奏である。
この音色は、第3楽章以降、特に第4楽章の歓喜の響きにぴったりで
しかしその集中力と引き締まった音楽づくりで前半もやはりいい。
最初に聞いたときは、軽いなという印象もあったのだが、
軽いという表現も少し違っていて、動きのあるしなやかな音楽性、
音楽そのものを自在に操っているような印象、
この辺はエッシェンバッハの好みがよく現れているのである。
しかしハンブルク時代の重厚にして荘厳な音楽からは、
アメリカの新しい響きを得て、変貌を遂げているともいえるであろう。
でも今回は、エッシェンバッハの演奏にしては、
そんなに仕掛けが用意されているわけでもなく、
真正面から音楽に向き合っていることが伝わってくる。
もちろん細部までじっくりと作りこまれた表現ではあるのだが。

私の場合、第9は季節に関係なく、
正月でも春でも、夏でも、一年中聞きたいときに聞くのだが、
日本人の習慣にそって、年末に聞く第9もやはりいい。
もう12月である。年末の気分になってくる。

CDR251

「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月 3日 (日)

フィラデルフィア2005/2006

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスを利用して、
配信されているライブ音源を編集してCD化。
http://www.philorch.org
2005/2006シーズンのエッシェンバッハの指揮による
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏から今日は第7番と第8番。
配信されている音源は第7番が2006年3月14日、
第8番が2006年4月22日の演奏である。

今回も明るい音色で第7番ではゆったりと穏やかな印象だ。
伴奏パートがよく聞こえてきたり、面白い響かせ方、
斬新な解釈というほどでもないけれど、
よく考え抜かれた音作りですっかり引き込まれる。
でもそれらがひとり歩きして、勝手に主張することはないし、
どちらかといえば普遍的な傾向で、全体像においては、
そういう響きも聞こえてくるという程度。
画期的なものを目指しているのではなく、
第7というあの感動的な音楽でその喜びを分かち合おう!
というような、むしろ親しみをいだかせる演奏だ。
音構造を明確に響かせたいという意図があるのか、
すっきりと見通しのいい鳴らし方で、
いつも鳴らしっぷりのいいエッシェンバッハからすると
今回はずいぶん抑制がきいているのだが、
終楽章の後半に向かうにつれ、一気に高揚して、
激しく盛り上がるフィナーレには興奮した。
ここばかりは、こんなにも凄い演奏には出会ったことがない。
それまでがずっと穏やかに来ているだけに、
その爆発の効果といったら、驚異的である。

第8番は先日の「田園」に続いて、
フィラデルフィアの美音がよくいかされた演奏だと思う。
細かい理由を考える必要もなく、
このエッシェンバッハの演奏、私は好きだ。
作品そのものの透明感をいかしつつ、
内から噴出してくるエネルギー、その躍動感は見事で、
こちらも音楽を共有できる喜びは素晴らしい!
3月14日の第7番の前半プログラムも第8番だが、
この4月22日の公演では、第8番の後に
マーラーの「大地の歌」が演奏されたはずで
エッシェンバッハの「大地の歌」もぜひ聞いてみたいのだけど。
第8番が収録されているということは、
「大地の歌」も録音が存在するのか?
当初の発表では、バリトンがトマス・ハンプソンで
するとレコード会社との権利の問題も発生するのか?
レコード化や配信は無理なのか?非常に気になる。
エッシェンバッハはこの2005/2006シーズンで
ベートーヴェン以外の作品でメインとして取り上げたのは、
マーラーの交響曲第6番、「大地の歌」、
ブルックナーの第6番、サン・サーンスの「オルガン付」である。
マーラーの第6番に続いて、サン・サーンスはCDが出るようで、
ブルックナーの第6番や「大地の歌」は
ダウンロード・サービスの方に期待してしまう。
次回はいよいよ最後で第9だ。

CDR250

「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月 2日 (土)

ゼルキンのモーツァルト 4

ルドルフ・ゼルキンのモーツァルトで
今日はK.466とK.595のピアノ協奏曲。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団。
このシリーズも残りは名曲ばかり。
しかしちょっとここでのゼルキンは、
造形的には指が滑っているような印象も。
音は非常に美しく、そこはいつもながらうっとり。
ゼルキンならではというところでは、
どの音にも強い意志が感じられるというか、
どこかゴツゴツとして、武骨なまでの気迫、
特にニ短調の協奏曲など、若いときの演奏と変わらない
強い集中力と決意に満ちて、充実している。
そういう精神的な部分とより現実的な技巧との間に
ちょっとギャップが現れはじめていたのか?
そこが気になってしまうのは、何とも惜しいことである。
変ロ長調の最後のピアノ協奏曲などは、
まさに晩年のゼルキンにはぴったり
という作品のようにも思えるのだが、
こちらも細やかな表現でちょっと無理なアクセントが目立つ。
ゼルキンが意識的に行っている表情付けなのかもしれないが、
その仕上がり具合があまり自然な流れでないことが残念である。
でもこの曲でも内に秘められた力強さみたいなのが伝わってきて、
他の作品での弱音中心による音作りとはちょっと違って、
その点では全盛期のゼルキンを思わせる
聞く側には想い入れの強い演奏かもしれない。
このシリーズでは、今まであまり書かなかったが、
アバドとロンドン交響楽団の演奏もたいへんに素晴らしい。
特に今回はオーケストラの充実度は圧倒的で
優美な美しさと一方の厳しさ、緊張感の絶妙なバランスが見事であり
すっかり聞かされてしまう。アバドにとっても重要な録音といえよう。
次回はついに最後となって、K.467とK.488の愛すべき2曲。

DG 00289 477 5214

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2006年12月 1日 (金)

ちょっと箱根へ

今日はちょっと箱根へ行ってきた。
両親の年賀状用の写真を撮りに。
レイアウトや印刷は私がやることになる。
もう今日から12月である。そろそろ…。
今年こそは早めに準備しよう!
私のは自分で好きに自由になるので後にして、
まずは両親のから早めに手をつけておかないと。

もうひとつ、ずっと両親から、
(私の運転で)ドライブに行こうよ!って、
夏頃から言われ続けていたのである。
今年の夏は、珍しいことだけど、
二件の住宅設計が重なってしまって、
とてもそういう余裕はなかった。
秋になって着工すれば、自由になるから
と応えていたのだけど、実際はとてもとても。
途中から「京都に行こうよ!」というふうに話がふくらんで、
それはそれは、私だって行きたいのだけど、
やはり11月もなんだか余裕がなくて、
とても泊まりでなんて、家をあけられないなという具合で、
両親には「行ってきていいよ」と言ったのだが、
しかし私が忙しくしているのに、家にひとり置いて、
遊びに出かけてしまうのは悪いと思ったみたいで、
「京都はまたね」と延期。よく行くのである。
とにかく電話がかかってきたり、現場に出かけたり、
中間検査もあるし、一日中いなくなってしまうということができなくて、
でも今週は、その間にあって、ちょっとだけ平和になった。
12月はまた、年末だから、これからのことは見えないし、
行くなら今週だと、先週末から狙っていたのである。
でも月火と前半は雨だったので、今日は晴れて、
やっと行って来られた。よかった。

20061201a

写真は芦ノ湖を見下ろす山伏峠にて。
往きの東名では、雪で真っ白の富士山が見えたのだけど、
箱根に入って三国峠とか、有名な見晴らしのところでは、
富士山はすっかり雲の中に入ってしまった。

20061201b

夕方帰り道は、母のリクエストで
大磯の城山公園に寄った。
紅葉で有名なところらしいのだが、まだちょっと早いのか?
紅くなっているのはほんの一部。
紅葉もきれいだが、竹の緑が美しい。
写真は竹林を見上げて、紅いのが紅葉である。

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