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2007年1月 4日 (木)

バイロイト音楽祭1980

今年最初のワーグナーということで
ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
今日は楽劇「ラインの黄金」である。
いつ頃からリングを聞くようになったのか?
もう忘れてしまったが、90年代前半の頃のような
CDでは当時まだ新しかったレヴェインとメトロポリタン歌劇場。
年末のバイロイトの放送では、そのときは
バレンボイムの指揮、クプファー演出の時代で
カセットテープに録音しては、繰り返し聞いていた。
でも長大な指環を簡単に吸収できるはずもなく、
しかしこのブーレーズのCDと出会って、
あらゆるすべてがクリアであるこの演奏、
はじめて「ニーベルングの指環」を聞けたという気がした。
バレンボイムではじまり、ブーレーズで一歩進めたという
私にとっては特別な想いのある指環である。

ブーレーズの「ラインの黄金」は久しぶりだが、
今聞くとやはり軽いなという感想が出てくる。
これは録音の特徴でもあり、本当のところがどうなのか?
それはその場にいたわけではないので、わからない。
しかしこの何年かはアダム・フィッシャー指揮の
あの豊かな響きに慣れてきたので
そしてつい先週の年末に聞いたのが、
ティーレマン指揮の2006年のリングである。
それらと比べたら、やはりずいぶん大きな違いである。

記録という点で当時を振り返ってみると
1970年代の前半、ブーレーズの前年(1975)までは、
ホルスト・シュタインの指揮で上演されており、
1976年から1980年の5年間がブーレーズ。
1981年と1982年はお休みで
1983年はゲオルグ・ショルティの登場。
しかし結果的にはショルティは一年のみに終わって、
翌年1984年から1986年はペーター・シュナイダー。
このシュナイダーの登場も突然のことだったようだが、
これらの顔ぶれを見ても、ブーレーズの存在が
当時いかに画期的なことだったか?
1960年代後半に「パルジファル」を指揮していたので
ブーレーズのワーグナーに対しては
ある程度の予測や期待もあったのだろうけど、
しかしこのリングは衝撃として受け止められたに違いない。
クライバーがバイロイトにいたのもこの時期だし、
1975年にはハンス・ツェンダーが「パルジファル」を指揮
などという驚きの記録も残っていて、
1970年代中頃って、バイロイト音楽祭は、
かなり大胆な挑戦に思い切りよく取り組んで、
そして結果を残していたということが記録から伝わってくる。

ここでの演奏に話題を戻して、
第3場のニーベルング族の場面における演奏など、
鮮やかでますます冴え渡り、さすがにブーレーズである。
主導動機の描き方や各場面での特長の出し方、
メリハリがきいて、あらゆる要素を明瞭に扱って、
そのすべてに説得力が感じられるところ、
これはブーレーズ以外には考えられない、
やはり歴史に残る偉大なリングである。

PHILIPS 475 7960

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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