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2007年7月23日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070723

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第1幕第2場の写真で
ジークフリートが姿を消して、代わりに旅人の姿をした
ウォータン(ファルク・シュトルックマン)が現れる場面。
この写真を見ると第1幕がどんな舞台なのか
というのがわかるのだが、これは「廃校になった学校」?
時間割表のようなものが壁にかかっていて、
一応ミーメがジークフリートに教育を施しているということか?
机の上に地球儀が置いてあり、
でもミーメは旅人ウォータンとの問答の中で
地下に住む種族、地上に住む種族、天上に住む種族と
それぞれ問いかけているので、ここにある地球儀が
ミーメには何の役にも立っていないということなのか?
机の上にいろいろなものがあって、意味ありげである。
ミーメがジークフリートを教育するという対立構造としては、
アルベリヒがハーゲンに「復讐」という英才教育に熱心なのであり、
その辺を明確にしたのが、ユルゲン・フリムの演出だった。

ティーレマンの指揮はよく鳴っていて、
たっぷりとした厚み、凄みのある音に包まれて、
これこそ待っていましたという理想的ワーグナー演奏を実現しているが、
一方で緻密な構成で編みこまれている主導動機の関係性
「ジークフリート」の室内楽的な要素にはあまり意識が行かない。
さすがティーレマンというような力強い大きな流れに
すべてが飲み込まれていく感じである。
この巨大さと迫力は絶対に失いたくないものではあるけれど、
しかし同時に主導動機をさらに精妙に扱って、
もっと全体の構成が明瞭に聞こえたらという
何とも贅沢な要求もしたくなってくる。
しかしそれについては、ティーレマンは年数を重ねて、
これからますます洗練されていくに違いない。
初年度(新演出)は無難に慣らし運転である。
今年(2007)はどんな展開があるのだろうか?

CDR288/289/290/291/292

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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