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2007年8月31日 (金)

私が聞いた今年の名盤2007

月末なので、今年の名盤の途中経過。
ビシュコフとWDR交響楽団による新しいショスタコーヴィチだが、
第4番と第11番を聞いて最高だ。特に第11番!
ここでは第4番が新しいので、そちらを取り上げた。
あとエッシェンバッハのチャイコフスキーも大好き。


《交響曲》
◎ブラームス 交響曲第1番~ティーレマン指揮ミュンヘンフィル
◎ブラームス 交響曲第4番~ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団
◎ショスタコーヴィチ 交響曲第4番~ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団

○マーラー 交響曲第2番「復活」~ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
○マーラー 交響曲第4番~マーツァル指揮チェコフィル
○マーラー 交響曲第6番~エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管弦楽団

《管弦楽》
◎ニューイヤーコンサート2007~メータ指揮ウィーンフィル

《協奏曲》
今のところなし

《室内楽》
◎マーラー ピアノ四重奏曲~クリストフ・エッシェンバッハ

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ディアベッリの主題による変奏曲
  ~アルフレッド・ブレンデル(2001年5月30日ライブ)
◎シューベルト ピアノ・ソナタ D.958~レイフ・オヴェ・アンスネス
◎チャイコフスキー 「四季(7月~12月)」~クリストフ・エッシェンバッハ


《歌劇》
◎ワーグナー 「ニーベルングの指環」名場面集
  ~ペーター・シュナイダー指揮シュターツカペレ・ドレスデン


《声楽曲》
○ブラームス ドイツ・レクイエム~ラトル指揮ベルリンフィル

《ライブ盤》
◎マーラー 交響曲第3番~ハイティンク指揮シカゴ交響楽団

は特に大切に感じられる名盤です)

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2007年8月30日 (木)

オトマール・スウィトナー 7

スウィトナーのベートーヴェン交響曲全集から
昨日に続いて、今日は交響曲第4番と第5番。
第4番のこの演奏は久しぶりに聞いているけれど、
今の感覚からするとやはりテンポが遅い。
しかし内からあふれ出る躍動感、運動性、
スピード感覚に関係なく、気持ちのいいベートーヴェンである。
明るい音色も作品にぴったりですごくいい。
そして第5番だが、こちらははじめて聞いているが、
第1楽章の柔らかい弦の表情にはちょっと驚いた。
激しい演奏は他にいくらでもあるが、
こんなにも細かい動きがしなやかなのは聞いたことなくて、
斬新さは求めないけれど、すごく新鮮な気持ちである。
第3楽章などでも、スウィトナーは
立体的な音響を構築しようというのではないのだけれど、
極めて音楽的な方法で、結果として、
空間の奥行きが豊かに表現されているのは素晴らしい。
第3楽章のスケルツォを繰り返しているのはこの演奏の特徴。
ノリントンもスケルツォで反復を採用しているが、
スウィトナーのこの時期には珍しかったのかも?

DENON COCQ-83984/9

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2007年8月29日 (水)

ホタルノヒカリ

20070829

水曜日の夜は「ホタルノヒカリ」である。
今週も綾瀬はるか、かわいい!
なんてかわいいのでしょう!
でも面白すぎる。笑いすぎ…
今日の干物っぷりはまたすごかった。
いくらジャージでもあれはないんじゃないの?
という…穴あいてるし、切れてるし…
という…それで会社に行っちゃうの?まさか!
鍵を落としてしまう時点でまずいんだけど…
ついにマコト君は逃げ出した。
マコト君は受け止められないけど、
部長は大人だから違うんだなあ…

画像は日本テレビのホームページより
http://www.ntv.co.jp/himono/

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バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の概要が発表されている。
http://www.bayreuther-festspiele.de/
来年は新演出の「パルジファル」が登場で
以前の発表の通り、ステファン・ハーハイム演出、
指揮はダニエレ・ガッティである。
ガッティの登場は楽しみだ。今から興奮!
そしてクリストフ・マルターラー演出による
「トリスタンとイゾルデ」が復活する。
指揮は来年もペーター・シュナイダー。
これもうれしい。シュナイダーが残ってくれた。
シュナイダー指揮の2006年の録音を
これから聞こうと思っているので、期待が高まる。
「マイスタージンガー」と「ニーベルングの指環」は
現在のチームで行くらしい。よかった。
でも来年は久々に重厚である。
すべてワーグナー後期の作品。
調べてみたら1996年と1997年以来のこと。

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オトマール・スウィトナー 6

スウィトナーのベートーヴェン交響曲全集。
デジタル録音による最初の交響曲全集として有名であり、
演奏はもちろんベルリン・シュターツカペレである。
優秀な録音も好評で1980年代には人気の演奏だった。
実は父が「田園」と第4&第8の二枚を持っていて、
今も我が家にあるのだが(当時1枚3300円だった)、
かなり値段も下がって、さらには序曲も収録されて、
全集が出ているので、新たに買ってしまった。
懐かしいベートーヴェンである。

交響曲第1番、第2番、「プロメテウスの創造物」序曲。
第3番「英雄」、「エグモント」序曲、「コリオラン」序曲を聞いた。
暖かい音色、角のとれた優しい響き、穏やかな流れ、
その音楽の大きさにふれて、感動的なベートーヴェンである。
古きよき時代のいかにも1970年代風の演奏だが、
でも今聞くと、それがすごくよくって、心地よくて、幸福な時間。
アバド、ラトル、ノリントン、パーヴォ・ヤルヴィで聞ける
あの刺激的な感覚はない。全くない。
でもこういうのもいいではないか。改めてそう感じたり。
正直なところ、1980年代の当時は物足りない部分もあった。
しかし今聞くと、すごく自然に受け入れられるのって、
私もそれだけ変わったということか。
テンポやリズム、アクセント、現在の感覚からすると
「英雄」などを聞くと、かえって驚いてしまうほど、
何で?って思うほどにすべてが丸く、変化をつけない。
でもそれがいい。表面的な演奏解釈ではないのだ。
心で響かせ、心で感じる。そういうベートーヴェン。

DENON COCQ-83984/9

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2007年8月28日 (火)

カラヤンの1980年代 10

1980年代のカラヤンで有名なのが
ホルストの「惑星」である(1981年1月録音)。
演奏はベルリンフィルであり、
カラヤンのいいところばかりが凝縮されて、
不思議なぐらいに美しい響きに満たされる。
独特の美観が隅々にまで浸透しており、
カラヤンらしさがあまり前面に出てくると
強引に音楽を進めていくところは
ときにあまり好ましくも感じられないのだが、
ここでは無理な主張は影を潜めて、
実に説得力のある「惑星」である。
1980年代のデジタル録音による一連の演奏の中でも
精妙なコントロールが冴え渡り、傑出した名盤だ。
ウィーンフィルとの1961年の「惑星」が昔から有名で
いわゆる一般的な「惑星」のイメージとは、
この辺にルーツがあるのではないかと思うのだが、
1981年のこの録音でもまさに「惑星」を堪能できる。
というのを今改めて感じるのも
ノリントンとシュトゥットガルト放送交響楽団の「惑星」では、
強くイギリスの音楽ということを意識させられたし、
同じベルリンフィルの演奏でもラトルの指揮だと
やはり独特の音楽観が伝わってきて、かえって新鮮な感覚。
純粋なイギリスの演奏というのでも
コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団の名演に感動した。
カラヤンとベルリンフィルというイギリス的要素の遠いところで
「惑星」の音楽に存在する幻想世界や神秘性、そして憧れ、
それらを表現して、音楽を通して感じる、
その理想の姿がここにあると思う。

DG 439 011-2

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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バイロイト音楽祭2006

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バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第3幕を聞いてきた。
ついに第3幕第3場である。さらなる悲劇が。
グンターもハーゲンの剣に倒れ、
グートルーネもまた、すべてを悟り、
グンターの遺骸の上に倒れる。
ニーベルングの呪いによるものなのか?
そしてブリュンヒルデの自己犠牲。
ここもティーレマンの盛り上げがすごい!
力強い響きに圧倒される。
リンダ・ワトソンも存在感がある。

20070828b

すべては炎に包まれ、ライン河の氾濫に飲み込まれる。
「ニーベルングの指環」のフィナーレである。
ティーレマンのリング、一年目だが、素晴らしかった。
これから5年間(残り4年)でどうなっていくのだろうか。
より大胆にそしてますます洗練されていくと思う。
2007年のバイロイト、年末の放送が待ち遠しい。
9月は続いて、バイロイト音楽祭2006から
楽劇「トリスタンとイゾルデ」を聞く予定である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月27日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070827a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第3幕を聞いている。
第2場では、ハーゲンの陰謀により
ジークフリートは記憶を取り戻す薬を飲んで、
これまでのすべてを語りだす。
回想とともに楽劇「ジークフリート」の音楽がよみがえり、
私はここが大好きである。
2004年のアダム・フィッシャー指揮のときには、
その透明感と丁寧な音作りが印象的だったのだが、
今回のティーレマンも最高の美しい響きを引き出して、
より表情も豊かにやはり感動的だ。素晴らしい。

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そしてこの語りは、グンターへの偽り、裏切りの告白であり、
ハーゲンはジークフリートの背に槍を突き刺す。
写真はその場面である。

ジークフリートはブリュンヒルデに告別の言葉を述べて息絶える。
そのシーンだが、やはり思ったとおり、
スティーヴン・グールドの透明な歌声が悲しみを誘う。
続いてジークフリートの葬送行進曲。
ティーレマンは、管弦楽のみの部分では思い切った豪快さで
ここも一気に盛り上げ、派手に大袈裟な迫力である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月26日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070826a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「ニーベルングの指環」も
いよいよ「神々の黄昏」第3幕を聞きはじめた。
第3幕の前奏曲では冒頭「角笛の動機」が鳴り響き、
音楽は静かに「ラインの乙女たちの水の戯れの動機」が登場して、
楽劇「ラインの黄金」の冒頭が思い出されてくる。
これまで長大な指環の物語を聞いてきて、
「ラインの黄金」の入口が何とも懐かしいような、
長い道のりを経て、ついにここまで来たか…という
いつもそういう想いになる。

20070826b_2

第1場では、音楽の通り、ラインの乙女たちが登場して
ジークフリートに指環を還すよう勧めるが、それを拒否する。
ラインの乙女たちが胸を出して(という衣装)みっともない。
中途半端である。ここももっとデザイン的に
しっかりとした方向性を示せないのか?
一方でラインの黄金を奪われ、乙女たちも
すっかり没落してしまっているという状況を表現したいのか?
しかしこういった表面的小細工はあまり意味がないと思う。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
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2007年8月25日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070825a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞いてきた。
盛り上がった後で第5場は再び緻密な音楽になり、
ここでハーゲンの陰謀によりそそのかされて
ブリュンヒルデはジークフリートの弱点を告白してしまう。
いよいよ「ニーベルングの指環」も大詰めである。
続いて「神々の黄昏」第3幕へ進みたいと思う。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
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2007年8月24日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070824a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞いている。
第1場のハーゲンの夢は消え、夜明けの間奏曲の後、
第2場からはジークフリートやグンター、ブリュンヒルデも登場。
ジークフリートとグートルーネ、そしてグンターとブリュンヒルデ、
二組の結婚式が行われると家臣たちが集まってくる。
「ニーベルングの指環」ではじめて合唱団が登場し、
最高に盛り上がる場面である。ここが素晴らしい!
ティーレマンは、一気に音楽を開放して、
鳴りっぷりもいいし、合唱の迫力も圧倒的で
この辺の展開はさすがに喜ばせてくれる。

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目の前のジークフリートにブリュンヒルデはショックを受ける。
ジークフリートは記憶を失い、ブリュンヒルデを見ても反応がない。
そして指には、奪われた指環がある。

しかしジークフリートのこのボロ服は何とかならないのだろうか。
楽劇「ジークフリート」で森の中を駆け回ったり、
ミーメとのやり取りや大蛇との格闘など、
その辺では、この服装はちょうどよかったけど、
「神々の黄昏」でここまで来ると、ちょっと浮いている。
というのは、集まった家臣は正装をしている。
ハーゲンや後ろにいる兵士は制服だろうか?
何でそういう中でジークフリートだけこうなの?
統一の衣装で最後まで行くならば、
全体の流れでどう展開していくか?を考慮して、
衣装のデザインを決めるべきだと思うけど。
第1幕でジークフリートはギービヒ家を訪れ、
そこで飲み物(実は記憶を失う毒薬)を振舞われ、
その辺で何か衣装にも一工夫が加わればいいのに。
上に羽織る立派なコートとか。
グンターとの兄弟の契りを結ぶシーンで
何かその証として、グンターが身に着けるものを差し出すとか。
鎧を着けると第3幕でハーゲンの槍が刺さらなくなってしまうので、
槍が突き刺さる衣装か、それとも装飾に限定される?
「ジークフリートの衣装はそのままである」というような
ワーグナーのト書きはあるのだろうか?
でも東京リング(キース・ウォーナー演出)では、
ジークフリートは途中で、スーパーマンのトレーナーの上に
ジャケットを羽織っていた(楽劇「ジークフリート」第2幕第3場)。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月23日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070823a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞きはじめた。
「憎悪の動機」で不気味な前奏曲に続き、
写真の第1場へと進むが、私はこの場面が大好きで、
槍を抱き眠っているハーゲンの夢に父アルベリヒが出てきて、
息子に神々への復讐と指環の奪還を告げる。
ユルゲン・フリム演出の前のプロダクションで
2003年と2004年に歌っていた
ハルトムート・ウェルカーのアルベリヒではまってしまった。
2006年はアンドルー・ショアが歌っている。
この後、派手に盛り上がる第2幕の前にあって、
第1場のグロテスクな印象はかえって魅力的。

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「ジークフリート」第2幕第1場で、
まるでコオロギだったアルベリヒだけど
写真では、こちらはそれほどでもないが、
しかしかなりすごい風貌である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月22日 (水)

ホタルノヒカリ

20070822c

水曜日の夜は「ホタルノヒカリ」である。
綾瀬はるか、かわいい!
なんてかわいいのでしょう!
今週はダイエットに挑戦ということだったのだが、
初日は計画をするだけで終わり(まるで小学生?)、
明日から明日から…って結局何にもできずに
でも高野部長(藤木直人)の指摘の通り、
外でがんばっている分、家では干物をしているわけで
どこかで発散するというか、両極端で平衡を保つ?
何となくそういうところは理解できるのである。
どっかで発散しなくては、生きていけないよ!
というところで来週をお楽しみ。


画像は日本テレビのホームページより
http://www.ntv.co.jp/himono/

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バイロイト音楽祭2006

20070822a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第1幕第3場(後半)はブリュンヒルデの元に
再びジークフリートが登場。
しかし隠れ頭巾でグンターの姿に変えて、
舞台上でも頭巾をかぶっているし、
第2場でグンターが着ていた
白いコートのようなものをまとっている。
この姿はちょっと恐い…
頭巾をかぶって、ブリュンヒルデを追い掛け回している光景は、
さらに恐ろしいのだけど…

20070822b_3

実際にジークフリートが布をかぶっているが、
毒薬で記憶を失っているジークフリートには、
もはやブリュンヒルデの姿は見えないということも
ここで表現しているのかもしれない。
ユルゲン・フリムの演出(2000-2004)ではどうだったのか
確認してみたのだが、この場面の写真は公開されていなかった。
今年の舞台でも変更はなく、同じ芝居が採用されている。

ワーグナーはいろいろ考えながら聞くと面白し、
すごく深いのだけど、さすがにこの暑さにまいっているのか、
あまり頭が働いていない…
序幕と第1幕はずいぶん聞いたので、この辺で第2幕へ。

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2007年8月21日 (火)

バイロイト音楽祭2006

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バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞いている。
第1幕第3場は、再び序幕の舞台に戻って、
ブリュンヒルデがいる岩山の場面である。
第3場では、ワルキューレの一人ワルトラウテが、
ブリュンヒルデに指環をラインの乙女たちに返すよう
説得にやってくる。写真はその場面。
後ろに写っているワルトラウテは2006年も藤村実穂子である。
藤村実穂子は今年もエルダとワルトラウテを歌っているはず。

CDR297/298/299/300

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「住宅A」その後

20070821a

今日は住宅Aに行ってきた。
お盆をはさんで、毎日暑いし、
少ししか時間が経っていないのに、
ずいぶん久しぶりのような気がして、
暑さで頭がボーっとしているのかも。
2歳のお孫さんが遊びに来ていて、
まだ私のことを覚えていてくれた。
「忘れるわけない」って言ってくれるけど、
どんどん成長しちゃうので、そのスピードからすると
ホントに忘れられてしまいそうな気がして…
遊んでくれた。何てかわいいのでしょう。
私が設計した家の中をちっちゃな女の子が、
あっちこっちと連れまわして、案内してくれる。

庭につけた人感式センサーの照明が調子悪くて、
夕方薄暗くなるまでいて、点灯の具合を確認してきた。
いろいろ調整はしてみたのだけど、
こんな反応の仕方では、防犯とか警告灯の役割をしないので
戻って状況を連絡して、一度点検してもらうように手配した。
まさかこの暑さでダメになっちゃったということはないと思うし…

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2007年8月20日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070820a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞いている。
長いのでゆっくりとしたペースで繰り返している。
ティーレマンも比較的抑え気味に進めているのかな?
って、最初は思ったのだが、よく聞くと
そうした表現が美しい響きを創りだしているし、
序幕後半の「ジークフリートのラインの旅」に向かって、
ひとつの山場を築いて、かなり盛り上がるし、
また第1幕も第3場のブリュンヒルデの場面へと
徐々に緊張感を高めていく、決して平坦な演奏ではなかった。
演奏する側にとっても聞く側にとっても
ティーレマンは物語の聞かせ方をよく心得ているという
その辺の采配もさすがなのだろう。
第1幕第1場と第2場のギービヒ家の場面って、
派手な「ラインの旅」の後にあって、
何となく地味な印象もあるのだが、
主導動機の扱いも細かく動くし、
聞けば聞くほど、面白さの見つかるところである。

20070820b_3

写真は第1幕第1場と第2場のギービヒ家の場面である。
中央にいるグンター、ハーゲンそしてジークフリートを
大きく写しているのがこの写真。

CDR297/298/299/300

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月19日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070819a_2  20070819b_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞きはじめた。
写真左は第1幕第1場、右が第1幕第2場である。
ギービヒ家の第1幕での登場人物。
グンター、ハーゲン、グートルーネに
第2場ではジークフリートが加わる。
グンターの衣装が興味深い。
第1場では頭に王冠を乗せているが、
しかし何となく僧侶のようなイメージで
それが第2場になると真っ白な制服?
どういう意味があるのだろうか?
ジークフリートと兄弟の契りを交わすので
真っ白でそこに偽りがないという証なのか?
グンターはアレクサンダー・マルコ・ブールメスター。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
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2007年8月18日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070818a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」序幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「神々の黄昏」
2時間にも及ぶ序幕と第1幕をCD化中。
写真は序幕の前半で3人のノルン。
もつれてしまった運命の綱が、
ノルンの衣装の一部になっているようで面白い。
序幕の舞台全体の写真が公開されていないのだが、
おそらく「ジークフリート」の第3幕とほとんど同じ。

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序幕の後半でジークフリートとブリュンヒルデ。
「ジークフリート」第3幕の続きだ。
音楽は最も感動的で盛り上がるところである。

CDR297/298/299/300

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月17日 (金)

カラヤンの1980年代 9

昨日に続いて、カラヤンのモーツァルト。
交響曲第29番、第39番(1987年2,9月録音)。
こちらはベルリンフィルの演奏である。
このCDは発売と同時に買ったのだが、
当時はレヴァインがウィーンフィルと
圧倒的に新鮮な交響曲全集を進行中で
アルノンクールやブリュッヘンは、これって新解釈?という…
ピリオド奏法はまだ一部の特別な存在だったわけで、
そういう中でもこのカラヤンの演奏は、
何となく古めかしくて、重いモーツァルトだなって感じたのだが、
いま聞くと正直なところ、全く違う感想が出てきて、
天国のカラヤンに申し訳ない…
そんなに重いというイメージはなくなった。
柔らかい表情と細やかな動き、より自由度が増して、
でもそういう言葉が出てくる段階で、
やはりカラヤンはお歳を召していらしたのかもしれない。
現在の演奏との大きな違いは、メヌエットの楽章(第3楽章)が
恐ろしく遅いテンポ設定で、その辺は巨匠スタイル。
しかしベームもそうだったし、バーンスタインもどちらかといえば。
ショルティは違っていたかも。最後まで溌剌としていた。
ギュンター・ヴァントもきちっとして、引き締まっていた。
ここでのカラヤンは、優しさとモーツァルトへの愛情がにじみ出て、
ゆったりとした大きさと丸みを帯びた音楽。
でも第39番などもすごくバランスのとれた全体設計で
晩年のカラヤンによる幸福に満ちたモーツァルト。
ベルリンフィルにしては、ちょっと緩い響きのような気もするのだが、
カラヤンを中心に心をひとつにして、音楽の喜びにあふれている。
これよりもちょうど10年ぐらい前の1970年代後半にも
カラヤンはベルリンフィルとモーツァルトの後期交響曲を録音し、
そちらはずっとカラヤン的な演奏で、比べたら
ずいぶん違うんじゃないかと思うのだが、
こちらは晩年のカラヤンで、実に味わい深い演奏である。
久しぶりに聞いてみて、すごく感激した。

DG F32G 20209

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月16日 (木)

カラヤンの1980年代 8

ウィーンフィルとの録音でチャイコフスキーを聞いたので、
続いて同じくウィーンフィルの演奏による
モーツァルトのレクイエム(1986年5,6月録音)。
このディスクが発売された当時、私にとっての
最初に買ったレクイエムのCDであり、
ウィーンフィルの美しい響きも感動的だし、
モーツァルトの透明な音楽は、
格別のお気に入りの一枚であった。
カラヤンの音楽は力強く、独特の迫力と緊張感で
しかしウィーンフィルの魅力とはすごいもので
そこに繊細な表情と流麗さを兼ね備えて、
これは晩年のカラヤンを代表する名盤であると思う。
モーツァルトのレクイエムは、悲しく、優しく、
すごく勇気を与えてくれるような大きさもあり、
遠く無限の彼方に響いていくような深さ、広がり、
特殊な雰囲気の漂う音楽である。
晩年のカラヤンの少ない動きによる指揮ではあるが
オーケストラも合唱も奮い立たされて、
激しく感情のこもった音楽が生み出されていく、
聞いていて、そんな情景が思い浮かぶようである。

DG F35G 20104

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月15日 (水)

ホタルノヒカリ

20070815

お盆の真ん中でお参りにということで
夕方から家族で親戚の家にお邪魔していた。
晩御飯をご馳走になって、9時40分ごろあちらを出て、
ちょうど10時に帰ってきた。
毎週水曜日の夜は「ホタルノヒカリ」である。
少しはじまっていたけど…
今週も綾瀬はるか、かわいい!
なんてかわいいのでしょう!
でも何となく、綾瀬はるか、ぽっちゃりしてるね。
セリフの中にも「太ったな」などの(部長の)発言があり、
どうも衣装でもわざわざそう見える工夫をしているみたい。
雨宮蛍は普段からかなりどんくさいのだが…
それで来週はダイエットをするという展開のようである。
家で干物女をしているときは、ノーメイクの印象で
外に出たときにすごくきれいに変身して、
でもどっちもかわいいので、いいなあ…


画像は日本テレビのホームページより
http://www.ntv.co.jp/himono/

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ウィーンフィル2005/2006

2005/2006シーズンからバレンボイムの指揮による
第2回定期演奏会、その後半プログラム。
前半にモーツァルトのピアノ協奏曲を弾き振り、
そして後半がラヴェルのこれらの4作品という
ベルリンフィルでも同様の演奏を行っている。
実は今年はじめにベルリンでの録音を聞いてみた。
ラヴェルに関しては、ベルリンフィルとウィーンフィルで
全く同じ作品で聞き比べができるという企画である。
でもずいぶん違う。同じバレンボイムの指揮なのに。
ベルリンフィルはかなりモノトーンな仕上がりで
こちらのウィーンフィルは、派手な色彩に圧倒される。
スペイン狂詩曲の第4曲やボレロの後半など、
バレンボイムは思い切って、勢いに任せて、
スピードに乗って突っ走り、大胆に盛り上げている。
ベルリンフィルでは、そういうことはなかった。
その分、引き締まって、格調の高い演奏ではあったのだが。
さらにはスペイン狂詩曲の第3曲や
道化師の朝の歌における中間部など、
ウィーンフィルだとかなり雰囲気があって、
目の前に情景が広がり、それはストレートに魅力的。
ウィーンフィルのラヴェルも今では特に珍しくないが、
でもバレンボイムの味付けで非常に面白いことになっている。

CDR295/296

「ダニエル・バレンボイム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月14日 (火)

ウィーンフィル2005/2006

ウィーンフィルの2005/2006シーズンから
第2回定期演奏会(2005.10.23 ウィーン楽友協会大ホール)。
指揮はダニエル・バレンボイムである。
前半がバレンボイムの弾き振りでモーツァルトのピアノ協奏曲K.482。
そして後半がラヴェルのスペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、
亡き王女のためのパヴァーヌ、ボレロというプログラムである。
まずは前半のモーツァルトから、バレンボイムのピアノが美しい。
こればかりは、毎回ながら、さすがだな!という感じである。
本当にきれいな音がしていて、最高のモーツァルトだ。
しかし弾き振りの特徴でもあるかもしれないが、
バレンボイムのピアノは、精妙に完璧というのではなく、
どちらかというと音楽に乗って、演奏を楽しんでいるような。
バレンボイムがソリストであり、指揮者であり、
オーケストラと対話しつつ弾いているわけで、
そうなるのも自然な成り行きかもしれないが、
モーツァルトの音楽がいきいきと微笑み、
聞いていて、心から幸せな気持ちにしてくれる。
あまり細かいことを考えたりはせずに
モーツァルトの素晴らしい音楽を楽しむだけ。
それこそが理想でもあるのかもしれないが。

CDR295/296

「ダニエル・バレンボイム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月13日 (月)

カラヤンの1980年代 7

カラヤンの晩年のチャイコフスキーから
交響曲第4番に続いて今日は第5番。
久しぶり(十数年ぶり?)に聞いているが、
いま聞くとずいぶん感想が違ってしまった…
(以前はあまりよいとは思っていなかった。)
テンポが遅いし、勢い、迫力はいまひとつなのだけど、
ここで聞くべきは、カラヤンの表現なのであり、
細部まで入念に濃厚な描きこみが行われている。
カラヤン色が強く、好みは分かれると思うが、
音楽への強い想いが伝わってくるし、
今の私には感動的な名演だ。
ウィーンフィルも非常に細やかな演奏をしており、
第2楽章など、繊細な表情も美しい。
あえて型をやぶり、歌いすぎな部分もあるのだけれど、
でもそれが心に響いてきて、なんて素晴らしい!

DG F35G 50073

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月12日 (日)

カラヤンの1980年代 6

カラヤンの晩年のチャイコフスキーで
ウィーンフィルを指揮した「悲愴」を聞いたので、
今日は続いて第4番を出してきた。
この1984年のチャイコフスキーの交響曲録音では、
「悲愴」が抜きん出て名演であり、比べると
第4番、第5番はそれほどでもないような印象なのだが、
久しぶりに聞くと頭にあるイメージよりは
ずっといい演奏のようにも感じられて、
しかし何となく思ってしまうのだけど、
カラヤンの老いをウィーンフィルが気迫で
必死にカバーしようとしているような…
第1楽章など壮絶な迫力なのだが、
力で押すのが、どうも一本調子な仕上がりであり、
ウィーンフィルは気合を見せているけれど、
肝心のカラヤンがそれについていけていないような。
という点では、第3楽章のピチカートと管楽器の掛け合いなど
かわいらしくて、そういう方がいいのである。
第4楽章も壮大な盛り上がりで、そこは素晴らしいのだが、
どうもウィーンフィルの音色がいつもの美しさではない。

DG F35G 21036

この数年後にウィーンフィルは、
ドホナーニと第4番を再録音しており、
当時、私のお気に入りのCDだったのだが、
久しぶりに聞いてみたくなってきた。

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
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2007年8月11日 (土)

ゲオルグ・ショルティ 5

ショルティのマーラー交響曲全集から
交響曲第5番(1970年3月の録音)。
1960年代のショルティはロンドン交響楽団と
マーラーの交響曲をレコーディングしていたのだが、
この第5番がシカゴとの最初のマーラー録音となったそうである。
そして1990年には同じくシカゴ交響楽団と再録音しており、
この機会に久しぶりに聞いてみようと思っているのだが、
さらには1997年のチューリヒ・トーンハレでの
最後の演奏会もCD化されるようで
まだ買っていないが、そちらもぜひ聞いてみたい。

この演奏、1970年ということを考えると
驚異的なクリアさで、まずは衝撃である。
ステレオ効果の左右の分離という点では、
ちょっとわざとらしい感じもあるのだが、
しかし打楽器の明瞭さ、低音の攻めて来る迫力、
吼える金管などを聞くとこれは本物である。
ということでショルティのメリハリのきいた表現、
立体的な造形構築、厳しく追い込んでいく緊迫感、
そしてシカゴ交響楽団の輝きに満ちたサウンド、
演奏の方向性が録音でさらに強調されるのだが、
音楽への想いがしっかりと伝わってくる。
1970年だから、37年前になるのだけど、
この躍動して、今鳴り響いているような感覚、
ショルティの音楽は驚くほどに新鮮である。
終楽章での強引な盛り上げ方もショルティ流であり、
しかしその興奮といったら、とにかく凄まじい。
こちらの想いには関係なく、ほとんど無理やりに
絶対に感動させられる恐るべき説得力である。

DECCA 430 804-2

「ゲオルグ・ショルティ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月10日 (金)

シュトゥットガルト放送交響楽団

シュトゥットガルト放送交響楽団の2005/2006シーズンから
2006年7月5-7日のライブ録音で
ロジャー・ノリントンの指揮によるマーラーの「復活」。
今回も面白い。軽やかに流れるように。
激しい第1楽章では、その素朴さでちょっと軽い印象だが、
細やかな表現は、発見に満ちている。
ノリントン自らの言葉にもあるように
マーラーがスコアに残した膨大な指示を
ここで完璧なまでに再現を試みているようで
突然テンポが駆け足になったり、表情を荒げたりもするのだが、
それが本来の姿であるということは、
これが信頼のできる結果なのである。
ノリントンが創りだす響きの性質上、
重みや迫力はあまり感じられないのだが、
スケルツォの楽章(第3楽章)が非常に心地よい。
速いテンポで一気に走り抜ける。それは爽やかでもある。
「復活」はやはり、長大な終楽章が重要だと思うのだが、
ここでも感じることは、やはり素朴な響きである。
暖色系の音色で角の取れた音楽づくり。
メリハリはきいているし、極めて変化に富んだ表現だが、
鋭くシャープに切り込んでいく感じではない。
ノリントンが実践してきた音楽なのであり、
それを「復活」という作品にあてはめたときに
すぐに受け入れられる人と戸惑いをおぼえる人で
もしかしたら分かれるのかもしれない。
私はすっかり慣れているので、普通に聞いているけれど、
でも思った以上に、それは田園的、牧歌的な仕上がりであった。

しかしこれらの印象が、CD制作上で
ある程度作られたものなのではないのかと…
今回はSACD仕様なので、かなりの奥行きが存在するが、
一方で音が弱く遠いという気がしてならない。
この「復活」のライブは以前にFMで放送されて、
その録音を残してあるので、聞き比べてみた。
かなり違う。通常の放送録音の方がストレート。
音響としては平面的なのかもしれないが、
音そのものがこちらに届いてくるという点では、
聞く側もそれをずっと受け入れやすいのである。
どうなのだろう。好みの問題かもしれないし。
ノリントンの「復活」は、FM放送の音源によって
そのうち改めてCD化しようと思う。
今回のSACDも悪くはないので、誤解のないように。

Hanssler SACD 93.166

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2007年8月 9日 (木)

ケルンWDR交響楽団2001/2002

昨日に続いてセミヨン・ビシュコフのショスタコーヴィチ。
今日は交響曲第11番「1905年」である。
2001年11月の録音で演奏はケルンWDR交響楽団。
実はもう20年ぐらい昔になるのだが、
はじめて買ったビシュコフのCDが、
ベルリンフィルとのこの交響曲第11番であった。
今回のはビシュコフの再録音になるのだが、
それもあって、何となく懐かしい感じがする。
でも聞きはじめるとそんな思い出はどうでもよくなって、
何だか凄まじいリアルな音響に一気に目が覚める。
昨日の第4番と同じく、こちらも録音が最高だ!
いや、こちらの方がさらに上を行く仕上がり。
金管の音色など、会場で本物を聞いている印象。
もちろん打楽器も重々しく暗く鳴り響く様子は異常な現実味。
この作品は、交響詩のような情景描写が有名だが、
すごい迫力である。正直驚いた。
内容としては重く深刻な背景があるのだが、
この時期のショスタコーヴィチの交響曲は
どれだけの演奏効果が上がるかで
実力が試されるようなところもあって、
しかしそれにしてもすごいことになっている。
カッコよすぎる!第2楽章の民衆が銃殺されて、
その後、突如に訪れる静寂の復活、
何という鮮やかさ、その切れ味、圧倒!
第3楽章も静寂の表現が美しく、
透明な中に絶望感が広がり、これがあるからこそ、
終楽章への高揚が一段と凄まじくなるのである。
第4楽章がまた激しく、厳しく、追い詰められる。
最後まで興奮がやまない、すごすぎる…
フィナーレの鐘の場面、連れて行かれてしまう…

AVIE AV2062

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2007年8月 8日 (水)

ホタルノヒカリ

20070808

毎週水曜日の夜は「ホタルノヒカリ」。
恒例のを早速。綾瀬はるか、かわいい!
なんてかわいいのでしょう!
今週も面白かったのだけど、
相変わらず変な独り言が笑える。
でも生活ぶりは干物女でも
確実に毎週、少しずつ干物女でなくなっていく…
成長してないようで成長している!

画像は日本テレビのホームページより
http://www.ntv.co.jp/himono/

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ケルンWDR交響楽団2005/2006

セミヨン・ビシュコフの指揮による
ショスタコーヴィチの交響曲第4番。
ビシュコフとWDR交響楽団のコンビはかなり好きである。
今回は第4番なので、期待して聞きはじめた。
録音が素晴らしくて、力強い迫力にいきなり圧倒される。
ビシュコフのショスタコーヴィチは重く、
そして同時に鋭く、厳しく、緊迫感が張り詰めて感動的だ。
オーケストラを自在に操り、輝きの響きも美しい。
交響曲第4番は非常に多様な要素が存在し、
ときに混沌として、支離滅裂的な様相が面白いのだが、
ビシュコフはそういう作品の特徴を鮮やかに表現して、
説得力を感じるし、完成度の高い演奏であると思う。
この交響曲は、ラトルの演奏を聞いてはまったのだが、
その後もチョン・ミョンフンやゲルギエフ、インバル、プレヴィン…
作品が好きなので、どれもみんなお気に入りなのだが、
今回のビシュコフ盤はその中でも特にいい!
それにしてもケルンWDR交響楽団がすごい。
本当にすごい演奏である。ここまで鮮やかに音にするなんて!
ドイツの放送オケのレベルの高さには、
いつもながら圧倒されるばかりである。

AVIE AV2114

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2007年8月 7日 (火)

ピエール・ローラン・エマール

聞くのが遅くなってしまったが、
エマールによるラヴェルとカーターの作品集。
超絶技巧をテーマにした一枚であろうか。
丸ごとラヴェルの作品にしてほしかったのだけれど
後半がカーターということで、これはこれで面白いし、
エマールならではの企画といえるであろう。

ラヴェルの「夜のガスパール」は名演だ!
エマールなので、音楽を徹底的にクリアにして、
聞いていると、一音たりとも妥協しない
あらゆるすべての音が絶妙なバランスの中で
恐るべき明瞭さで響いてくるのだけど、
そういうタイプの演奏って、ラヴェルの音楽が
まるでリストの作品のように聞こえたりもするのだが、
(ミケランジェリもそうだったし、ポゴレリチも筋肉質な演奏)
しかしエマールは、繊細な弱音が優しい表情で、
同時にそれは冴え渡り、本当に素晴らしい音色である。
ヴラド・ペルルミュテールやパスカル・ロジェのように
フランス人がフランス人っぽく弾くと
柔らかい表現で霧に包まれているような印象もあるのだが、
エマールもそういった方向性を示しつつも同時に
まるでイタリア人のようなくっきりとした音楽、輝きもあわせもって
これまで聞いてきた中でもこんなにしっくり来た演奏はない。
正確さや明瞭さも際立っているので、音の組み合わせ方など、
ハッとする新鮮な瞬間(こうだったの!)も多々ある。
カーターも面白かった。エマールでないとこうはいかない。

Warner Classics 2564 62160-2

「ピエール・ローラン・エマール」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月 6日 (月)

フィラデルフィア管弦楽団2005/2006

クリストフ・エッシェンバッハのチャイコフスキー。
フィラデルフィア管弦楽団を指揮した交響曲第4番と
ピアノ独奏による「四季」の続編は7月から12月。
交響曲は2006年3月、「四季」は同じく11月の録音である。

交響曲第4番は、エッシェンバッハがプロムスに登場して、
BBC交響楽団を指揮したライブを持っていて、
それを聞いているので(かなり気に入っている)、
だいたいイメージはできていたのだが、
スローテンポではじまり、壮大な音楽が展開され、
でもそれは遅いのではなく、とにかく入念な描きこみであり、
特に今回は繊細な歌わせ方が印象的だ。
冒頭の運命の動機から暗く、陰鬱であり、モノトーン、
それが音楽の進行とともに少しずつ、ほんの少しずつである、
明るい光が見えてきて、色づいてくる感じ、
この集中力と持続される緊張感はすごいと思うのだが、
これぞ!エッシェンバッハ・ワールドである。
第2楽章へと進み、再び超スローテンポで
限りなく感傷的な音楽、ここまで来ると完全に引き込まれていて、
音楽との一体感に満たされるこの幸福、素晴らしい!
あとはフィナーレに向かって、ひたすら高揚していく音楽。
第4番とはそういう交響曲なのであり、
チャイコフスキーが作り出した
圧倒的な演奏効果を忠実に表現しているわけだが、
エッシェンバッハは極めて創造豊かな音楽ではあるけれど、
それが作為的に響くことはないし、
でもその演出の巧さには毎度ながら脱帽である。

そして後半はエッシェンバッハのピアノ。
もう最高!私は大好きなので、たまらない。
オーケストラのときとは、また少し違う世界観を感じるが、
エッシェンバッハはピアノを弾いているときも
独特のバランス感があって、絶妙な感じがいい。
すごく軽い響きで力が抜けているのだけれど、
弾力があっていきいきと躍動するし、
透明感で消えてしまうような繊細さ、
しかしそこに広がる深い世界は濃密でさえある。
スコアにある音符を極めて平坦に再現しているようで
聞いているこちらには立体的に聞こえてくるのだから不思議だ。
今回の中では11月の「トロイカ」が最も有名だが、
とにかくリズミカルに最後まで軽妙、
最高にお洒落な感じなのだが、リズムを際立たせることで
ギリギリのバランス感を楽しんでいる。
その微妙な力加減といったら!どうやったらこうなるわけ?
ロシアのピアニストが描き出す豪快さはここには全く存在しない。
そして12月の「クリスマス」。最高の愛情が注ぎ込まれて、
音楽は優しい表情で、私たちを幸せにしてくれる。

ONDINE ODE 1104-5

「クリストフ・エッシェンバッハ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年8月 5日 (日)

デンマーク国立交響楽団2003/2004

サラステの指揮によるニールセンの「不滅」、
その余白に収めたのが、同じシーズンの演奏会から
アンドラーシュ・シフの弾き振りによる
モーツァルトのピアノ協奏曲変ロ長調K.595
そしてアンコールに演奏されたシューベルトの楽興の時第3番
(2004.4.8 コペンハーゲン デンマーク放送コンサートホール)

まずデンマーク国立交響楽団の透明な響きが清々しくて
こういうモーツァルトは最高だ。気持ちいい。
爽やかな風が吹き抜けていく。ふと気付くと
この夏の蒸し暑い不愉快さ、忘れさせてくれている。
シフのモーツァルトは今さらいうまでもなく絶品で
しかし最初に感じたのは、音楽が落ち着いて、
丁寧に一音一音を大切に響かせるので、
もっと躍動感があって、走ったり止まったり、
明暗もくっきり、色付けがあってもいいのではないかと
そういうことも思ってみたのだが、
でも聞けば聞くほどに引き込まれる
何という美しい音色!香り立つような歌心で
やはりシフの魅力的なモーツァルトに夢中にさせられた。

CDR293/294

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2007年8月 4日 (土)

デンマーク国立交響楽団2003/2004

先日に続いて、ユッカ・ペッカ・サラステの指揮による
デンマーク国立交響楽団の演奏会から
後半のプログラムでニールセンの交響曲第4番「不滅」。
この交響曲はニールセンの6つの交響曲の中でも
最も有名で演奏される機会も多い作品だと思うのだが、
私は久しぶりに聞いて、それほど詳しくもないのだけど、
改めて非常に複雑な音楽であり、
明るく楽しげに響いたかと思うと、
ニールセン独特の悩みこんでしまうような世界に迷い込んで
変化に富んで、面白い交響曲である。
ティンパニが左右に配置されているようで音響効果も印象的に
聞けば聞くほど、興味が出てくる作品である。
デンマーク国立交響楽団にとっては、
ニールセンはいわゆるお国ものであり、
最も得意とするところなのだろうけど、
でもどこを取っても鮮やかに決まっているし、
やはり自信にあふれた演奏というのは違う!

CDR293/294

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2007年8月 3日 (金)

バイロイト音楽祭2007

今年のバイロイト音楽祭も昨日の「パルジファル」で
全演目一回目の公演が終わったはずである。
ネットラジオで生中継を聞くこともできるのだが、
年末のFM放送を新鮮な気持ちで聞くことにして、
私はそれまで待つことにしたのだ。
でも気になる関心は抑えられないので、
情報として、いろいろな記事を読んでは楽しんでいる。

カタリーナ・ワーグナーによる新演出
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、
すでに書いているけれど、演出は不評。
こういう展開だと、来年以降どう改善していくか?
カタリーナは切ることが出来ないので、
セバスティアン・ヴァイグレを切るという展開にならないことを祈る。

ファビオ・ルイージの直前のキャンセルで
「タンホイザー」はかなり混乱したようだが、
クリストフ・ウルリヒ・マイアーで見事に乗り切ったらしい。
中途半端によそから指揮者を連れてくるよりも
アシスタントとはいえ、舞台を知り尽くしている
マイアーの起用は正解だったようだ。
しかし知名度がないという点は明らかなので、
それで会場の聴衆が納得するのか?
という指摘はずいぶんあった。
でもその一方で土壇場になって起用される恐ろしさ、
それは容易に想像できるけれど、
無事にこなすことができれば、暖かく迎えられる。
バイロイトでもそういうことは大いにあって、
結果的にかなりの好印象につながった。
勢いはあるけれど、響きが雑という指摘も見られるが、
音楽祭期間中、公演を繰り返していれば、
きっと見違えるように素晴らしくなるに違いない。
演奏しているのは、バイロイト祝祭管弦楽団である!

ティーレマンのリングは、昨年以上という評判。
でもドルストの演出については、
今年はブーイングも出たらしい。
2006年のあの異常な喝采ぶりは、
やはりティーレマンに対してだったのか…
ジークムントのエントリク・ウォトリヒが降板して、
第2サイクルからロバート・ディーン・スミスが歌うらしい。
ロバート・ディーン・スミスのジークムントはいい!

そして最後に「パルジファル」。
シュリンゲンジーフの舞台は、今回もブーイングで
でも今さらそういうのが話題にならなくなってきているのは
少しずつ改善(舞台の上を整理)されてきているのと
さすがに毎年見てきて慣れてきた…というのと
あとは、今年で終わりだから…というのと、そんなところか。
2004年のあの大騒ぎ(大スキャンダル)はすごかったけれど、
早いもので、今年で4年目だ。演出が悪評でも
いままで耐えてこられたのは、ブーレーズの存在があったのと
それをアダム・フィッシャーが上手に受け継いで、
音楽面での充実が舞台を支えてきたということか。

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「住宅A」その後

20070803a

引越ししてからあっという間に一ヶ月以上がすぎているが、
7月は雨ばかりで外構工事がうまく進まず、
門扉やフェンスなど、少しずつは出来上がっていたのだが、
今週やっと晴れて、今日、道路境界に木が植えられた。

20070803b

最終的に玄関まわりはこんな感じ。
思った以上に立派に仕上がった。気に入っている。
建物の木造部分に使用した外壁材を外構にも利用している。

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2007年8月 2日 (木)

デンマーク国立交響楽団2003/2004

デンマーク国立交響楽団はデンマーク放送協会の所属で
以前はデンマーク放送交響楽団と呼ばれていたが、
CDもそれほど多くないので、なかなか聞く機会がない。
ということで放送音源がすごく重要である。
今回はユッカ・ペッカ・サラステの指揮による演奏会。
ニールセンの2つの交響曲の間に
マーラーのリュッケルトの詩による5つの歌曲。
独唱はボー・スコウフスのバリトン。魅力的!
(2003.9.12 コペンハーゲン デンマーク放送コンサートホール)

ニールセンの交響曲で私が最もよく聞いて大好きなのが、
交響曲第5番である。実は他はあまり聞かない。
ブロムシュテットがN響でニールセンをよく指揮しているし、
録音は熱心に集めている。興味あるので。
ここでサラステは、交響曲第2番と第4番を取り上げてくれた。
それぞれ「四つの気質」と「不滅」というニックネームがついている。
比較的よく演奏される2曲ではあるけれど、
この機会にじっくり聞いてみたい。
今日は前半プログラムで第2番からはじめたが、
夏に聞くには最適であり、爽やか。気持ちいい。
「四つの気質」という名前の由来だけど、
4つの楽章がそれぞれ異なる性格を表現しており、
変化あるし、面白い交響曲である。

しかしそれ以上に圧倒されるのがマーラーだ。
デンマーク国立交響楽団の独特の音色だが、
不思議なぐらいに透明で明るい光に満たされている。
最高である。ボー・スコウフスもいいし。
バーンスタインやテンシュテットのマーラーからは、
あまりにかけ離れて、ほとんど別世界だけど、
こういうマーラーも私はいいと思う。
サラステは結構マーラーを取り上げている。
2004年にはN響でも交響曲第6番を演奏したし。

CDR293/294

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2007年8月 1日 (水)

ホタルノヒカリ

20070801

水曜日の夜は「ホタルノヒカリ」。
今週も書きます。綾瀬はるか、かわいい!
なんてかわいいのでしょう!
干物でも、何でもいい。綾瀬はるかなら。
でもここでの特徴:変な独り言が多い…
あまりにドジで、見てるこちらがつらくなる…
激しくドタバタだけど、楽しいドラマ。


画像は日本テレビのホームページより
http://www.ntv.co.jp/himono/

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