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2007年10月31日 (水)

私が聞いた今年の名盤2007

月末なので、今年の名盤の途中経過。
新譜をいろいろ買ってきてあるのだが、
下旬はずっと「パルジファル」を聞いてきたので、
最新盤はあまり聞けていないのだけれど、
その中ではポリーニのベートーヴェンを追加。


《交響曲》
◎ブラームス 交響曲第1番~ティーレマン指揮ミュンヘンフィル
◎ブラームス 交響曲第4番~ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団

○マーラー 交響曲第2番「復活」~ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
○マーラー 交響曲第4番~マーツァル指揮チェコフィル
○マーラー 交響曲第6番~エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管弦楽団

《管弦楽》
◎ニューイヤーコンサート2007~メータ指揮ウィーンフィル

《協奏曲》
今のところなし

《室内楽》
◎マーラー ピアノ四重奏曲~クリストフ・エッシェンバッハ

《器楽曲》
◎ベートーヴェン ディアベッリの主題による変奏曲
  ~アルフレッド・ブレンデル(2001年5月30日ライブ)
◎シューベルト ピアノ・ソナタ D.958~レイフ・オヴェ・アンスネス
◎チャイコフスキー 「四季(7月~12月)」~クリストフ・エッシェンバッハ

○ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 1-3 ~マウリツィオ・ポリーニ
○ベートーヴェン ピアノ・ソナタ「ハンマークラヴィーア」~内田光子

《歌劇》
◎ワーグナー 「ニーベルングの指環」名場面集
  ~ペーター・シュナイダー指揮シュターツカペレ・ドレスデン


《声楽曲》
○ブラームス ドイツ・レクイエム~ラトル指揮ベルリンフィル

《ライブ盤》
◎マーラー 交響曲第3番~ハイティンク指揮シカゴ交響楽団
◎ショスタコーヴィチ 交響曲第4番~ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団


は特に大切に感じられる名盤です)

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バイロイト音楽祭2006

20071031a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第2幕を聞いている。
クンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウス。
昨日も書いたけど、存在感のある歌で素晴らしい。
第2幕の前半では写真のような黒い衣装だが、
二重人格のクンドリーが聖杯騎士に仕えているときの服装か。

20071031b

花園の魔女たちの合唱の後、第2幕の後半で
クンドリーがパルジファルを誘惑する場面では
衣装も変えて、ピンク色の髪に変身するらしい。

魅惑的な音楽で劇的に盛り上がる第2幕だが、
ずいぶん堪能したので、いよいよ次は第3幕へと進みたい。
第3幕は再び厳粛な空間へと引き戻されるのである。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月30日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20071030a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第2幕を聞いている。
第2幕では、登場する順番に
クリングゾル、クンドリー、パルシファルと存在感があって、
特に前半、ジョン・ウェグナーのクリングゾルは素晴らしい。
クリストフ・シュリンゲンジーフのこの演出では、
クリングゾルが舞台の上を縦横無尽に行き来すると
どこかで聞いたか、読んだかした気がするのだが、
画像でも梯子を上って、高いところにいる。

20071030b

クリングゾルのジョン・ウェグナーと
クンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウス。
ヘルリツィウスも聞いていると、
ついブリュンヒルデを思い出してしまうような
心に響いてくる歌で感動的。
ヘルリツィウスがブリュンヒルデを歌っていたとき
そこで指揮していたのもアダム・フィッシャーであった。
本当に素晴らしい。引き締まっている。
そして第2幕の後半は、すべてを悟ったパルジファル。
圧倒的な迫力と緊張感で音楽も盛り上がる。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月29日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20071029

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞いている。
この画像も寺院における儀式のものではないかと思うのだが、
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では映像を多用して、
それで気が散って、音楽に集中できないということだそうで、
まさにその状況がこの写真であると思う。
グルネマンツはパルジファルに儀式の様子を見せるが、
パルジファルは全く理解できないという場面。
舞台の写真としてはカッコいいが、
極めて複雑に多様な要素が存在するわけで、
そしてそれがうまく整理されていないということがあるのだろう。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月28日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20071028

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞いている。
画像は場面転換後の寺院における儀式のものではないかと。
中央にアンフォルタスがいて、その左にパルジファル。
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では、
なぜかスーツ姿の黒人がいるし、他にも様々な人種が集合、
そして背後には地球上のありとあらゆる宗教者がいて、
日本からは神主さんも登場しているそうだが、
宗教上の解釈では、その辺が非常に反感を買ったようで、
今さらいうまでもなく、演出は評判が悪かったのだけど…
写真を見ても挑戦の多い演出であることはよくわかるのだが。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月27日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20071027a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞きはじめた。
厳粛な音楽とはあまりにもかけ離れた舞台。
アダム・フィッシャーの指揮は、精妙な表現を丁寧に進め、
こうして録音で音楽として鑑賞していると
その感動と実際の上演とのギャップにはとにかく驚かされる。
ゴミの山は毎年少しずつ整理されているようで、
かなり見られるようになったとのことだが、
でもこれでは、ゴミ屋敷の主がグルネマンツのようである。
ここでのグルネマンツの扱いってやはり問題あり?

20071027b

グルネマンツのローベルト・ホルと
パルジファルのアルフォンス・エーベルツ。
2006年の「パルジファル」はかなりの写真が公開されており、
今まで見ることのできなかった細部を確認できるのだが、
でも私には、それでもわからないことばかり。
なぜか白い毛皮をまとって、雪男のようなグルネマンツ。
ライオンのような鬣は何?足には水筒をぶらさげている?
後ろに紅い手形がたくさんつけられているが、
それはアンフォルタスの傷から出た血を意味するのだろう。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
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2007年10月26日 (金)

マウリツィオ・ポリーニ

ポリーニの最新盤でベートーヴェンのピアノ・ソナタ。
第1番から第3番の作品2の3曲。
2006年9月 ミュンヘンのヘルクレスザール
昨年秋の来日の直前に録音されたというのがこれである。
3曲とも非常に魅力的な存在だが、
特に第2番に私は強く惹かれた。面白い。楽しい。
近年のポリーニらしさがよく出た録音。
コンサートでの異常な集中力とは違って、
レコードでは軽めの音でリラックスしているのが特長だが、
音が美しく、立体感もあるし、何より快調だ。
楽器選びもおそらく最近のポリーニの好みが反映されて、
明るめでほどよく色彩があり、青空のように心は晴れわたる。
現在のポリーニは、音楽をより自由に開放しようと
親しみすら感じる、身近な存在へとなりつつあるのだが、
でも聞けば聞くほど、同時に緻密なコントロールがなされていて、
その辺こそが今のポリーニ、到達した境地なのだなと。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタも残り数曲であり、
ポリーニにはぜひ全集を完成させてほしいとは思うが、
でもその道のりは30年以上に及んでいるのであり、
それらをまとめたならば、録音としても演奏としても
あまりにもその間の変化が大きすぎると思う。
1975年から1977年にかけての後期ソナタ集にはじまり、
それから30年たった現在のポリーニが、
ベートーヴェンの初期のソナタを弾いている。
ピアノ・ソナタ全集を聞くというよりも
ポリーニの人生そのものを聞いているのである。
残りのソナタは、作品7、作品14、
作品31から第16番と第18番、作品49である。
ぜひ録音してほしいが、今弾きたいと思うものを弾いて、
できることならば、レコードとしても聞かせてほしいのである。
次回はウィーンフィルとのモーツァルトのピアノ協奏曲のようで
発売は来年だと思うが、楽しみにしよう!

DG 00289 477 6594

「マウリツィオ・ポリーニ」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月25日 (木)

カラヤンの1980年代 12

カラヤン指揮ベルリンフィルによる
ムソルグスキーの「展覧会の絵」
ラヴェルのボレロ、スペイン狂詩曲とで一枚。
1985年から1987年にかけての録音である。
私の年代だとはじめて買った「展覧会の絵」というのが、
カラヤンのこのCDなのだ。当時はまだ中学生。
たしか夏頃発売になって、小遣いをためて、
その年の終わりに買った記憶がある。
久しぶりに聞いてみている。
特にスペイン狂詩曲でグッと来てしまうのだが、
極めて色彩的で派手な音楽に
カラヤンは渋く抑制した響きを駆使して、
雰囲気のある独特のムードを演出する。
「展覧会の絵」も明るめの音色で
余分に力まず、しかし音は伸びやかに響きわたり、
なんて素晴らしい演奏であろう。
当時のカラヤンは、ウィーンフィルと密接で
ベルリンフィルとの不仲がささやかれ、
そういうのは噂の域の話かもしれないけれど、
でもレコードでは、貴重な録音を残してくれた。
このディスクも晩年のカラヤンの最高傑作のひとつ。

DG F35G 20136

「ヘルベルト・フォン・カラヤン」に関する記述はホームページにもございます
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2007年10月24日 (水)

マリインスキー劇場2001/2002

マリインスキー劇場管弦楽団のウィーン公演のライブ。
指揮はもちろんワレリー・ゲルギエフである。
2001年9月28日 ウィーン楽友協会大ホール
ワーグナーの「タンホイザー」序曲にはじまり、
メインはショスタコーヴィチの交響曲第8番。
ワーグナーとショスタコーヴィチを組み合わせるのって、
私にはいまいち理解ができないのだが、
ショスタコーヴィチは交響曲第15番でも
ワーグナーをいろいろと引用しているし、
向こうの人にしてみるとつながりがあるのか?
ゲルギエフもワーグナーにすごく熱心だし、
でもこの「タンホイザー」序曲がすごくいいのである。
明るい音色で驚くほどに柔らかい響きは心地よく、
ロシアのオーケストラでもこういう音が出せるから、
ゲルギエフとマリインスキー劇場は
圧倒的に人気があるのかもしれない。
その美しくしなやかな表現は、
ショスタコーヴィチの第1楽章にも引き継がれ、
ゲルギエフのショスタコーヴィチが魅力的なのは当たり前だけど、
だけどしかし、さすがに聞かされてしまう。
じっくりと感動的に聞かせる音楽に
ゲルギエフ特有の動きと高揚が存在して、これは最高だ。
第2楽章、第3楽章へと進むと一気に迫力が増して、
たたみ掛けるような勢いと追い詰められる緊迫感、
独特の興奮がみなぎって、この辺はゲルギエフなのか。
そして再び第4楽章はひたすら感動的に
明るい兆しが見えてくる第5楽章。
最後に救済の響きが用意されているところが
ワーグナー的なのだろうか?それは関係ない?
しかし何度聞いてもゲルギエフの存在感には圧倒される。

CDR324

「ワレリー・ゲルギエフ」に関する記述はホームページにもございます
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2007年10月23日 (火)

エリアフ・インバル 16

インバル指揮フランクフルト放送交響楽団による
シューマンの交響曲もこれで最後で今日は第4番。
後半に収録されている新ウィーン楽派の作品は、
シェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」である。
シューマンではゆったりとした音楽作りで
インバルの第4番は遅いんだ…というのは最初のうち、
表現はきびきびとスッキリ鳴らして、
とにかく響きが重くならないよう、音が濁らないように
それだけはすごく気にしているようである。
背景に隠れて消えてしまいそうな音も聞こえてくるし、
そういうところはすごくいいのだけれど、
もうちょっと力強く、迫ってくるような感覚、
音楽が自然と勢いづいて、盛り上がっていくような
そんな演奏がよかったかな…とは少し思ってしまった。
「ペレアスとメリザンド」は文句なしの素晴らしさ。
インバルは隅々まできれいに整理している印象で
この巨大な編成の交響詩が室内楽のように響いてくるから
インバル流であり、シャープな仕上がりであると思う。
響きのバランスは見事。音色も美しいし、最高だ。
もっと濃厚な表現が渦巻いてもいいのかな?とは思うけど、
わけのわからない長大さに陥っている演奏も多いので
そういうのに比べれば、こちらの方が大歓迎。
まずはたいへん聞きやすいし、音楽がよく入ってくる。
インバルの新ウィーン楽派は、私は好きである。

DENON COCO-70823

「エリアフ・インバル」に関する記述はホームページにもございます
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2007年10月22日 (月)

箱根はもう冬だった

両親からどっか行こう!とずっと頼まれ、
つまり私の運転で出掛けるのだが、
なかなか予定が合わなかったり、
天気が悪かったりで、今日やっと行ってきた。
といっても、秋になってしまったし、
夕方もどんどん早くなってきているので、
近いところで箱根へぶらっと。

20071022a

珍しくないのだけど、山伏峠からの芦ノ湖。
下界は晴れているのに、山の上は曇って、寒い。
もう景色は完全に冬だった…

20071022b

芦ノ湖の湖畔を通っていると
何度も鳥居をくぐって、
でも意外に行ったことがないのが箱根神社。
杉の巨木である。立派だった。

20071022c

そのまま湖畔へ降りていくと
ご存知の湖の中にある鳥居。
目の前にまで行けるので、今度行ってみてください。

湖尻から国道1号線を少し山の方に入って、
精進池のそばにある元箱根石仏・石塔群。
ちょっとマニアックながら、すごく面白かった。
保存整備記念館が精進池の横にあって、
「箱根は昔地獄だった」という展示をしている。
これがいい。お化け屋敷よりよっぽど恐い。

20071022d_2

精進池の横をしばらく歩いて、
国道の下の地下道を通り抜けると
磨崖仏(六道地蔵)に出る。

20071022e

岩に仏様が彫られていて、
それを囲う形でお堂がある。
外から見るとお堂が岩にめり込んでいるようで、
これは面白い。他にも周囲に史跡が点在。
ほとんどの車が目の前を素通りしているので、
これはぜひ一度見学していただくといいと思う。

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2007年10月21日 (日)

シューベルトの歌曲 6

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの
ザルツブルク音楽祭1977におけるライブ盤。
すべてシューベルトの歌曲によるリサイタルで
ここでのピアノはスヴャトスラフ・リヒテルである。
1977年8月29日 ザルツブルク祝祭小劇場
渋い選曲ながら、味わい深い、心の暖まる
私のお気に入り、宝物のようなディスクだ。
1977年ということでフィッシャー・ディースカウもリヒテルも
全盛期にあり、円熟の極み、何もかもが感動的。

前半9曲、後半9曲、さらに5曲が収録されており、
おそらくそれらは当日のアンコールであろう。
アンコールに関しては、それぞれの曲での拍手は省略されている。
耽溺D.715、歌人の持ち物D.832、悲しみD.772、流れD.565、
弔いの鐘D.871、夕べの情景D.650、ドナウ河の上でD.553、
舟人D.536、墓掘り人の郷愁D.842、以上が前半のプログラム。
「墓掘り人の郷愁」は様々な歌手が歌っているが、
リヒテルは無用に動かず、落ち着いた演奏で引き込まれる。
迫力ではない、内面的な広がり、大きさは圧倒的。
後半は、鳥たちD.691、窓辺にてD.878、星D.939、
漁師の歌D.881、娘の恋の立ち聞きD.698、さすらい人D.649、
ブルックの丘にてD.853、春にD.882、ヘリオポリスⅡD.754
後半は明るめに軽やかな作品が並んでいるが、
最後に盛り上がる「ヘリオポリスⅡ」は最高だ。
リヒテルのピアノは、「耽溺」、「舟人」、「漁師の歌」、
「ブルックの丘にて」など、鮮やかさと音楽の勢いが心地よく、
同時にフィッシャー・ディースカウの歌も魅力的に聞こえてくる。
「さすらい人」における音色の美しさも印象的。
アンコールは、夜咲きすみれD.752、独りずまいD.800、
ひめごとD.719、夜と夢D.827、白鳥の歌~別れD.957-7
名曲が並んでいる。「夜と夢」は大好きな曲でうれしい。

ORFEO C 334 931 B

「スヴャトスラフ・リヒテル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月20日 (土)

柳家喬太郎の落語会

柳家喬太郎が私の住んでいる地元に来てくれて、
今日は父と落語を聞きにいってきた。
第26回あさひ亭まねき寄席である。
開口一番は三遊亭時松。
そして柳家喬太郎と柳亭左龍が二席ずつ。
柳家喬太郎は本当に素晴らしい!面白い!
テレビにラジオ、CD、ネットでも話題の人だが、
やっぱり勢いが違う。とにかく笑わせる。
後半は古典だったが、巧い!名人!
以前から大ファンだったのだが、実際に聞いて、
ますますその個性的キャラにはまった!
三遊亭時松(二ツ目)も柳亭左龍もよかった。

今日は噺の題名(終演後に発表)を確認できなかったので
正確にはわからないのだが、内容はこんな感じ。

三遊亭時松
居候の若旦那が講釈師になるといって
長屋の衆を集めて、「真田三代記」の発表会を開くが、
いろんな話がごちゃ混ぜになってしまう。
生薬屋の若旦那ゆえに調合がうまい。
⇒ 五目講釈

柳家喬太郎
会社で新商品のネーミング会議をしているが、
日本の普通の夫婦とは?というので盛り上がり、
夫婦仲がよいのは変だとからかわれてしまう。
家に帰って、夫婦喧嘩を試みるが…
喬太郎の新作かと思ったら、調べてみたところ、
春風亭昇太の「夫婦に乾杯」という噺らしい。

柳亭左龍
けちな旦那が跡取りを決めるのに
三人の息子を呼び出して、
「自分の葬式をどうする?」とたずねる。
三人三様に答えて…
⇒ 片棒

柳亭左龍
奈良では鹿を神として大切にしているが、
正直者の豆腐屋さんが赤犬と間違えて鹿を殺してしまう。
名奉行の裁きの模様。
⇒ 鹿政談

柳家喬太郎
冬の寒い夜に店の番頭と小僧たちは、
あんまさんに酒を飲ませて、
体の火照ったあんまさんをこたつにして寝ようとする。
⇒ あんまのこたつ

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2007年10月19日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20071019

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」のリハーサル風景。
指揮する後姿はアダム・フィッシャー
クンドリのエヴェリン・ヘルリツィウス
パルジファルのアルフォンス・エーベルツ
http://www.bayreuther-festspiele.de/

去年のバイロイト音楽祭から「パルジファル」。
まずは一回、全体を通して。今日は第3幕。

アダム・フィッシャーの指揮は本当に素晴らしい。
ワーグナーを指揮させたら、現在最高の指揮者だ。
2006年の一番の注目はティーレマンの「指環」新演出。
そしてたいへんに評価が高かったのが、
ペーター・シュナイダーの「トリスタンとイゾルデ」である。
2006年のバイロイトは、どの演目も非常に質が高い。
しかし私の感想としては、最後に聞くこの「パルジファル」、
アダム・フィッシャーの「パルジファル」が最高であったように思う。
でもそれは音楽(録音)を聞いての感想であり、
実際の上演としては、ご存知の通り、
演出に関して、極めて厳しい批判が集まっているわけで。

第3幕の後半で寺院の場面での厳粛な音楽から
アンフォルタスの傷は癒え、平和の鳩が舞い降り、
明るい音楽へと転じて、感動的なフィナーレとなるが、
ブーレーズのときは、ちょっと速くて、流れすぎで、
それがすごくよかったのだけど、軽い印象があり、
偉大な作品の結末としてはあっさりしているような気がして、
その点、アダム・フィッシャーはじっくり聞かせてくれて、
これが普通かもしれないけど、やはりこちらの方がいいのかなと…
しかし終わると2006年も凄まじいブーイング。
もちろんそれはシュリンゲンジーフの演出に対して。
第2幕ではブーイングがなかったのだが、
第3幕では、きっちり意思表示しておかないとってこと?
音楽の充実感とのギャップには毎年驚かされ、
2004年からの「パルジファル」の録音は変なところで興味深い。
でもそれも今年で終わり、2007年で聞き納めである。

アダム・フィッシャーのワーグナーはこれからも聞き続けたい。
でもこの数年、バイロイトのライブ録音ばかり聞いているので、
他の歌劇場、オーケストラでワーグナーを聞くのはちょっと恐い。
2009年よりも先のことになるのか、
アダム・フィッシャーにはぜひバイロイトに戻ってきてほしい。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月18日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20071018

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」を指揮したアダム・フィッシャーのリハーサル。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

去年のバイロイト音楽祭から
最後の演目になるが、「パルジファル」を聞きはじめた。
まずは一回、全体を通して、今日は第1幕と第2幕。

アダム・フィッシャーの指揮が圧倒的に素晴らしい。
期待していたのだが、すごく感動した。
2004年、2005年と「パルジファル」はブーレーズの指揮で
速いテンポの流れる演奏にすっかり慣れていて、
普通のテンポ設定は久しぶりのような気がしてしまうのだけど、
ブーレーズの精妙さはオーケストラに受け継がれ、
ゆったりと響いているのに、集中力の持続と凝縮された表現に
夢中になって聞いてしまった。何て素晴らしい音楽だろう。
これは絶対に最高評価の「パルジファル」であると思う。
驚いたのは、第2幕で(演出に対する)ブーイングが起きない。
さすがに三年目で聴衆もシュリンゲンジーフの演出は無視して、
音楽のみに集中して、感動を分かち合ったということか?

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月17日 (水)

ウィーン芸術週間2000

サイモン・ラトル指揮ウィーンフィルによる
ベートーヴェンの第9の演奏会。
2000年5月7日ウィーン楽友協会大ホールでの録音。
EMIから発売されている交響曲全集よりも以前の演奏である。
最初に聞いたときは、新しいベートーヴェン像が創造されている
さすがにラトルは天才だ!って、すごく感じたのだが、
私もラトルをたくさん聞いているし、
ラトルの表現がスタンダードになりつつあるのか?
今はそんな奇抜な演奏には感じない。
むしろ堂々としてスケールの大きい立派なベートーヴェン。
あとそういえば、EMIの全集を聞いたとき、
この演奏よりもずっと斬新な発想を盛り込んでいるような気もしたので、
この2000年のライブは、ラトルとしては、
まっすぐにベートーヴェンと向き合っているのかもしれない。
ラトルの個性が爆発するよりも
ウィーンフィルの持ち味をより優先した演奏ともいえる。
しかし第4楽章は圧倒的な感動だ。
画期的な部分もあるし、そのエネルギーの発散はすごい。
音楽の喜びをこんなにもストレートに表現したものもない。
特にウィーン楽友協会合唱団も大活躍。
EMIの全集では、バーミンガムから合唱団を招いているので、
その辺の印象の違いも面白く、もしかしたら
EMI盤の方がやりたい放題かもしれないが。
その後、ラトルは2004年にもベルリンフィルと第9を演奏している。
そちらはさらに大きく変貌しており、またいずれ聞きたい。

CDR323

「サイモン・ラトル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月16日 (火)

ブラームスの歌曲 1

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
1950年1月に録音された四つの厳粛な歌。
昨日のシューマンの歌曲の余白に収める曲として見つけた。
こちらはヘルタ・クルストというピアニストの伴奏。
歌曲伴奏のピアニストは非常に興味あるのだが、
昨日のヴァイゼンボルンもこちらのクルストも
あまりに古すぎて知らないし、はじめて聞く。
当時のフィッシャー・ディースカウは、
ジェラルド・ムーアやこれらのピアニストと
よく共演していたようで録音が残されている。
このブラームスは、昨日のシューマンよりも
さらに若く、フィッシャー・ディースカウ25歳の録音。
響く低音が素晴らしく、引き締まって、
後年のフィッシャー・ディースカウとはかなり違う。
でもこちらも感動的な歌声だ。
一言一言に力が込められている。
ピアノはこもった音でかなり残念な印象。

iTunes CDR322

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2007年10月15日 (月)

シューマンの歌曲 3

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
1957年に録音されたシューマンの歌曲集。
ギュンター・ヴァイゼンボルンというピアニストの伴奏で
モノラル録音。音はクリアで聞きやすい。
ケルナーの詩による12の歌曲(作品35)を中心に
歌曲集「ミルテの花」などからも数曲。
作品35の歌曲は、おそらくそれぞれ単独では
これまでにも聞いていると思うのだが、
全12曲をまとめて聞くのははじめて。
なかなか渋くて聞けば聞くほど深い。
素晴らしい作品。こういうの大好きである。
フィッシャー・ディースカウはこのとき32歳だろうか。
強靭な声が響いてきて、無敵の歌声に感動。
時代で仕方ないが、ピアノの音が遠くて、
歌とピアノのバランスが悪く、残念である。

iTunes CDR322

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2007年10月14日 (日)

ベルリンフィル2006/2007

昨日に続き、今年2月にベルリンフィルで行われた
「ハイドン生誕275年」を記念するコンサート。
指揮はもちろんサイモン・ラトルである。
2月14日から17日にかけて収録された
交響曲第91番、第92番そして協奏交響曲。
iTunesからのダウンロード音源をCD-Rに焼く際に
私は実際のコンサートの演奏順で
第91番、協奏交響曲、第92番という曲順を採用した。
(EMIの通常CDは、協奏交響曲が最後に収められている)
交響曲が90番代に入って、あまり関係ないとは思うのだけど、
しかしよりスケール大きく、響きも厚みを増してきたような。
ラトルは室内楽的な緻密なアンサンブルを求めているし、
古楽的なアプローチは、素朴でシンプルなサウンドを生み出し、
だからこそ音楽に内在するエネルギーがより強調されるのだが、
ここではどちらかというと今までの普通のイメージというか、
普通って何?という疑問が出てくるのだけれど、
カラヤンやベームやヨッフムや…かつての名演と
それほど距離を感じない、そういう印象をもった。
あとそれには、ベルリンフィルの首席奏者たちが登場している
協奏交響曲の穏やかな空気、ゆったりとした時間、
その辺も鑑賞に大きな影響を与えているのかもしれない。
このシリーズの最後を飾るのは、
「オックスフォード」のニックネームで知られる第92番で、
特に終楽章はプレストの急速なテンポ設定で
集中力ある緊密な演奏は素晴らしい!

ラトルという人は、すごく演奏スタイルの変わる指揮者だし、
それはよい意味でも常に進化を続け、新鮮さを保ち、
アイデアの尽きない不思議な才能の持ち主なのであり、
だからこそモーツァルトの交響曲も録音に残してほしいのだけど。
まだその時期ではないという思いもあるのかもしれないが、
モーツァルトの後期の交響曲はこの数年でかなり取り上げていたし、
一部は幸い放送されているが、ぜひレコードにもまとめてほしい。
今のところ、その兆しはない…

iTunes CDR320/321

「サイモン・ラトル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月13日 (土)

ベルリンフィル2006/2007

今年の2月にサイモン・ラトルとベルリンフィルは、
「ハイドン生誕275年」を記念して、
交響曲第88番から第92番そして協奏交響曲という
オール・ハイドン・プログラムによる2回の演奏会を行った。
そのライブCDである。iTunesの方が大幅に安いので、
私はダウンロード音源をCD-Rに焼いて聞いている。
まずはCDの1枚目で2月8日から10日にかけての
第88番、第89番、第90番の3つの交響曲。
場合によっては、モーツァルトよりも
ハイドンの方が好きかもというぐらい
私はハイドンの交響曲が大好きで
でもそれほど多くを聞いているわけではないし、
詳しいわけでもなく、しかしここでの3曲は知っていた。
第88番は「V字」のニックネームで知られているし、
第89番は冒頭が「しょ、しょ、しょうじょうじ」、
第90番は終楽章の仕掛けの面白さでよく演奏される。
でも聞くとラトルとベルリンフィルはまた進化しているようで
以前のようなやたらと速い攻撃的な解釈は姿を消し、
今度はゆったりとして、穏やかな丸い響き、
そして表情付けはさらに念入りに間の取り方も個性的である。
面白い。今はじめて生まれてきたような新鮮な音楽。
ラトルはハイドンを繰り返し取り上げているのに
何でいつもこんなに新しい気持ちにさせてくれるのだろう。

第90番の交響曲を最初に知ったのは、
ガーディナーがウィーンフィルを指揮したライブ音源を聞いたときで、
終楽章で演奏が終わり、拍手がおこると
さらにフィナーレをもう一度!さらに!というふうに
会場が盛り上がっていくという仕掛けなのだが、
この曲をCDで普通に聞くとただ繰り返すだけで
何にも面白くなくて、そのことは以前にも書いたが、
その点今回はライブなので、拍手と会場の様子を収録してくれている。
笑いが起こる。楽しいのである。最高!
ご丁寧に拍手抜きの終楽章も収録してくれているが、
私はライブ好きなので、やはり会場の空気が感じられる方が好き。

iTunes CDR320/321

「サイモン・ラトル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月12日 (金)

黒川紀章 死去

建築家の黒川紀章、死去のニュースが流れた。
12日の朝、心不全のため。73歳。
黒川紀章といえば、やっぱり1970年代。
ニュースでも中銀カプセルタワービルが紹介されたが、
学生のとき、もちろん見に行ったけれど、
これぞメタボリズム。時代を映し出している。
福田康夫首相も「共生」という言葉を頻繁に使っているが、
「共生」といえば、黒川紀章の「共生の思想」である。
その後はガラスの円錐形を多用して、
1970年代のパワーはないのかな?って思っていたが、
昨年、六本木に国立新美術館が完成して、
ちょっと脚光を浴びて、今思えばよかったのだろう。
でもそこでつかんだ勢いをすべて選挙に向けてしまったのは、
正直いえば、私は残念に思う。
建築家は最後まで建築家であってほしかった。

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ダン・タイ・ソン 2004.10.30

ダン・タイ・ソンの2004年来日公演の演奏について。
2004年10月30日、紀尾井ホールでのリサイタル。
ダン・タイ・ソンは音が美しくて、といっても、
特殊な音が鳴り出すという人ではないと思うし、
混ざりものがないというか、楽器をいかすというか。
音楽の流れも魅力だと思う。
造りは自然だが、ライブということもあるし、
少し勢いがあったり、迫力も感じられたり、
だからといって、個性の押し付けはない。
前半のドビュッシー「映像」で最初に録音を聞いたときは、
細かいところでまだ自由にコントロールしきれていないかなと
何となく感じたのだが、でも繰り返して聞いてみると
気にならなくなったし、「動き」や「金色の魚」など、
ピアノの運動性が重要な作品でもその躍動感はまさに理想。
フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」ではさらに調子を上げて、
特にフーガの部分での圧倒的な集中力には感動した。
後半は絶好調でショパンの即興曲集はさすが。
内面にある、ある種のたくましさを引き出している点では
ルービンシュタインやポリーニのショパンにも通ずる。
骨格のしっかりとした力強いショパン演奏って、私の好みである。
スクリャービンもいい。豪快さと神秘の響きによる対比。
アンコールは、ダン・タイ・ソンの日本語による曲目紹介付で
スケルツォの第2番が演奏されるなんて、何て豪華な。
その内容もプログラムの延長にあって、充実であった。

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2007年10月11日 (木)

ダン・タイ・ソン 2004.10.30

ダン・タイ・ソンの来日公演をCD化している。
2004年10月30日、紀尾井ホールでの録音。
この演奏会はプログラムが魅力的で
なかなか通好みの選曲であり、そして楽しくもあり。
前半はドビュッシーの「映像」第1集と第2集、
そしてフランクの「前奏曲、コラールとフーガ」である。
これらは私の大好きな作品だ。
そして後半は、ショパンの4つの即興曲。
第4曲は有名な「幻想即興曲」である。
残りの3曲も地味な存在ながら、たいへんな名曲で
第3番の作品51の即興曲が私のお気に入り。
最後にスクリャービンのピアノ・ソナタ第5番。
アンコールも贅沢でバッハ作曲、ケンプ編曲による
フルート・ソナタからの「シチリアーナ」
ドビュッシーの「版画」から「雨の庭」
そして最後が大曲でショパンのスケルツォ第2番。
演奏については、明日詳しく書きたいと思う。

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2007年10月10日 (水)

シューベルトの歌曲 5

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
ゲーテの詩による歌曲(1960年録音)。
イェルク・デムスがピアノを弾いたディスクである。
デムスの演奏で現在入手できるものでは、
シューベルトについては、これで最後となる。
比較的初期の作品が多く収録されていて、
「海の静けさ」D.216、「さすらい人の夜の歌」D.224、
「最初の喪失」D.226、「月に寄せて」D.296、
「狩人の夕べの歌」D.368、「馭者クロノスに」D.369。
「海の静けさ」など、ここでの初期の歌曲が、
ゲーテの詩による歌曲としては有名らしいのだが、
どこかで聞いていると思うのだけど、
私はそれほど詳しくなかったので、今回じっくり聞いてみて、
シューベルトの作風は極めてシンプルなのだけど、
何とも味わい深い。これからは熱心に聞こう。
そして重要なのは「竪琴弾きの歌」D.478が
3曲(Ⅰ~Ⅲ)とも歌われ、素晴らしい。名曲だ。
「湖上にて」D.543、「ガニュメート」D.544、
「プロメテウス」D.674、「ミューズの子」D.764、
そして「さすらい人の夜の歌」D.768である。
「プロメテウス」D.674の迫力には感激した。
フィッシャー・ディースカウが若々しくて、力強い。
デムスの演奏について、歌曲集として聞くと
(「美しき水車小屋の娘」や「冬の旅」など)
それぞれの曲でムラが気になると書いたのだが、
このように各年代の様々な作品が入っていると
その点ではそれほど気にならない。
でも「ガニュメート」や「ミューズの子」といった
お馴染みの作品を聞くとさすがに古い印象もあるのか。

iTunes CDR317

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2007年10月 9日 (火)

シューマンの歌曲 2

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
歌曲集「詩人の恋」作品48(1965年録音)。
ピアノはイェルク・デムスである。
同じくデムスが弾いたシューベルト「冬の旅」と同時期の録音で
「詩人の恋」の方が一週間ほど早くなっている。
後のブレンデルのピアノによる録音(1985年)について、
フィッシャー・ディースカウの歌がモノトーンな印象だと書いたが、
こちらはずっと明るい声で、表現の幅も大きく、
ささやくような語りからたっぷりとした響きまで感情豊かである。
シューマンのロマンティックな音楽は、こちらの方が楽しめるか。
もちろん歌手の表現は、それがすべてではないのだが。
そういう特長を堪能できるのには、
デムスのピアノがかなり貢献して、魅力的であり、
シューベルトのときよりもずっといいのかもしれない。
デムスはシューマンの美しい響きを理想的に再現して、
繊細にとはいかないかもしれないけれど、
まさに五月の爽やかな空気、新緑の香りを感じるのである。
さりげない細やかさで気持ちのよいそよ風が吹いている。
デムスのピアノでは、他にリーダークライス(作品24)や
「ミルテの花」からの数曲などもあるようだが
残念ながら、iTunesにはないし、
DG(輸入盤)のリストでも、すでに廃盤になっているようで
いずれ再発売されるようであれば、ぜひ聞いてみたい。

iTunes CDR317

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2007年10月 8日 (月)

先輩の結婚式へ

建築設計事務所に勤務していた時代の先輩が
今日は結婚式で、朝から川越に行ってきた。
行くと他の先輩の方々も見えていて、
久しぶりにお会いできて、楽しい時間だった。
結婚式を挙げるということで、
責任感とか様々なことを自覚するのかな?
と出席するたびに感じるのだが、
幸福と引き換えにいろいろなことを背負うのだろうと…
それが人生?でも幸せそうな姿はうらやましい。

それは置いといて、目の前の満足を堪能。
今日は神社の結婚式場で
料理は和食の会席料理。
でも肉・魚料理などは、フレンチの調理法で。
すごくおいしかった。伊勢海老は最高だったし、
牛肉も焼き加減がちょうどよく、味も抜群。
料理も幸福に満たされていた。

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2007年10月 7日 (日)

シューマンの歌曲 1

シューマンの歌曲に足を踏み入れたのは、
歌曲集「詩人の恋」との出会いであり、
中学生の頃だったけど、楽譜を買ってきて、
ピアノの美しさは格別なので、よく弾いていた。
CDを最初に買ったのもやはり「詩人の恋」である。
ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
アルフレッド・ブレンデルがピアノを弾いた録音。
「詩人の恋」とリーダークライス(作品39)。
原点でもあると思うので久しぶりに出してみた。

ブレンデルのピアノが素晴らしい。
良くも悪くもこれはブレンデルの世界だ。
ブレンデルのシューマンの魅力は改めていうまでもなく、
美しく柔らかい響きは独特の余韻を生み出し、
光と影が創りだす奥行きのある音楽。
明るい作品では、躍動感あるリズムがいきいきと。
それに比べるとフィッシャー・ディースカウは、
1970年代の勢いはなくなっているのであり、
抑制のきいたモノトーンな歌唱である。
力みがなくなって、より自然な表現だとは思うのだが。
その辺を思うのであれば、ブレンデルの世界があって、
その中にフィッシャー・ディースカウがいるような。
70年代の圧倒的存在感による説得力に比べると
かなりの違いにも驚かされて、
でもより高みの境地に到達しているともいえるのであり、
捉えかたにもよるのであろうか。
どうもフィッシャー・ディースカウの歌がついた
ブレンデルのシューマンを聞いているような気がして、
私はブレンデルのピアノが大好きなので
仕方ないのだけれど…

PHILIPS 416 352-2

「アルフレッド・ブレンデル」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月 6日 (土)

シューベルトの歌曲 4

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
歌曲集「冬の旅」D.911(1965年録音)。
今日もピアノはイェルク・デムスである。
フィッシャー・ディースカウの歌はもう最高で
あの独特な優しい声にはうっとり。
同時に1960年代のフィッシャー・ディースカウは、
まだまだ若々しさがみなぎっており、
青白いような輝きを放って、何か思いつめたような緊迫感、
特に孤独感の表現には胸が締め付けられるようである。
後の再録音の方が、歌曲集としての
全体の統一感はあるのかもしれない。
こちらの方が、一曲一曲で豊かに感情を動かし、
バラつきはあるのかもしれないけれど、
それぞれの曲に強いメッセージがあるような気がする。
一曲ずつで全力投球なのであり、
全体を眺める余裕の解釈としては、
後の録音の方がさらに安定感が生まれていると思う。
でも1965年といえば、フィッシャー・ディースカウは40歳だろうか。
このときでなくてはならないという魅力も強く感じる。
イェルク・デムスのピアノは、昨日聞いた
「美しき水車小屋の娘」と基本的には同じであり、
表情豊かな心のこもった表現だと思うのだが、
気合の入った力強さにいいなって思っていると
それが空回りに終わることもあって、
ピアノに関しては、もうちょっと均質感がほしいところ。
それがあってこそ、歌手の表現の幅が
より豊かに伝わってくるわけで。
音色的にもちょっと古臭い印象がある。

iTunes CDR316

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2007年10月 5日 (金)

シューベルトの歌曲 3

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの歌で
歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795
1968年の録音でイェルク・デムスがピアノを弾いている。
このCDが発売されたのは2000年のことで
フィッシャー・ディースカウの75歳の記念として
初めてレコード化されたのである。
ジェラルド・ムーアとの歌曲全集の録音には、
「美しき水車小屋の娘」も含まれていたので
当時、発売が見合わされたそうだ。
ということで、1971年から72年にかけての再録音が
これまで一般的に有名だったのである。

フィッシャー・ディースカウの歌は、
第1曲「さすらい」からまさに!という感じで
さすがに第一人者の説得力は最高である。
フィッシャー・ディースカウは、1960年代を中心に
イェルク・デムスとベートーヴェン、ブラームス、
R.シュトラウス、シューマン、そしてこのシューベルトなど、
かなりの数の録音を残しているが、
ジェラルド・ムーアと比較されて、
デムスのピアノが劣っているという批評をよく見かける。
名ピアニストのイェルク・デムスだし、
そこまでひどいわけがないのだけれど、
でもちょっと思うのは、響きにムラがあるような気がして、
しかしそういう表現なのであり、
ならばそれがデムスの持ち味なのかもしれないし難しい。
現在の感覚からするとちょっと古臭い印象もあるのか?
フィッシャー・ディースカウとデムスによるシューベルトは、
1965年の「冬の旅」やゲーテの詩による歌曲など、
他にも出ているので、ぜひ聞いてみたいと思う。

iTunes CDR315

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2007年10月 4日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20071004a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第3幕を聞いている。
私はトリスタンのロバード・ディーン・スミスの大ファンで
この第3幕ですごくよかったところがあり、
第1場の最初のところでクルヴェナールに呼びかけて、
傷ついたトリスタンのその何とも痛々しい
細い声ながら、舞台に吸い込まれてしまう。
そして第2場でイゾルデが駆けつけてくるが、
最後の力を振り絞って、優しい声でイゾルデの名を呼ぶ。
感動的である。第3幕は素晴らしい。
長大な第3幕第1場で活躍するもうひとりが、
クルヴェナールのハルトムート・ウェルカーで
ウェルカーも私は大ファンなので、もう最高だ。

第3場の写真で右下に倒れているのは
クルヴェナールだと思うのだが、
何でスカートをはいているのだろう?
演出の意図があるのだろうか?
それとも何か別の理由?わからない。

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クルヴェナールのウェルカーの写真だが、
これを見るとスカートでもないような印象だけど…

2006年の「トリスタンとイゾルデ」は本当によかった。
今年は上演されなかったので、しばらく聞けなくなるが、
2008年は再演の予定で指揮もペーター・シュナイダーである。
ぜひともシュナイダーでもっと聞いてみたい!
昨年のバイロイト音楽祭も残すところ「パルジファル」のみとなった。
しばらく休んで今月末から来月はじめに聞きたいと思っている。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月 3日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20071003

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「トリスタンとイゾルデ」
いよいよ第3幕を聞きはじめた。
流れるように、急き立てるように
追い詰めていくような緊張感の演奏もあるのだが、
ペーター・シュナイダーの指揮は丁寧で余裕があり、
悲痛な前奏曲から恐ろしく感情がこもっている。
第1場のトリスタンが夢と現実の間で苦しみ、
光と闇が交互にうなされるような微妙な感覚、
とにかく感動的で聞き入ってしまう。
そして第3場の精妙に音が静かに遠のいて、
そこから優しい響きで「愛の死」に入っていくところ
何て美しく、素晴らしいのだろう。
ニーナ・ステメのイゾルデも最高だ!

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月 2日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20071002

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第2幕を聞いている。
写真は第3場の舞台でトリスタンはイゾルデに
「夜の国に自分と行くか」と
自らメロートの刀に飛び込み倒れる。深い傷を負う。
夜の国とは、死によって愛は永遠のものになるという
トリスタンもイゾルデも愛のために
ひたすら死に急ぐという…

2005年の大植英次指揮の録音を聞いたときにも
同じことを書いていると思うのだが、
この前の第2場(愛の二重唱)を中心にして
ワーグナーの全作品においても
「トリスタンとイゾルデ」第2幕は最も美しく、
何度聞いても感動的な音楽である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月 1日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20071001

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第2幕を聞きはじめた。
素晴らしい。ひたすら感動だ。
ペーター・シュナイダーの指揮は、
一段としなやかさが増して、無理なく自在である。
第1場から第2場の前半では、希望と喜びに満ちて、
今回の上演でも最も勢いのある音を響かせているが、
トリスタンとイゾルデのまわりは何も見えない
一途でがむしゃらの心理状態を思い切りよく表現。
そして第2場の半ばから有名な愛の二重唱へと進むと
まさに夢の世界にいるような感覚であり、
少し輪郭をぼやかして、うっとりの響きはとろけるようである。
ブランゲーネの警告が遠くから聞こえてくるが(見張りの歌)、
もはや耳には届かないという微妙な加減、
そして永遠の彼方に鳴り響いていくような管弦楽、
ペーター・シュナイダーが創り出した究極の境地である。
2006年の全公演においても最高の場面かもしれない。
ロバート・ディーン・スミスとニーナ・ステメの長大な二重唱で
歌が細かく入れ替わり、それが融合していくようなところでは
あまりの美しさに涙が出てきてしまう。
その後の第3場では一気に現実に呼び戻され、
夢を失って、大きな落胆と停滞の音楽、
その精妙さと透き通るような空気、緊張は緩まない。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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