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2011年1月31日 (月)

村上春樹 「ノルウェイの森」

20110131

私はあまり読書家ではないので…
有名な作品を読んでいない…ということが多々あり、
お恥ずかしく…村上春樹も全く読んでいなかったのだが、
映画化で話題になっていることもあって、
書店の目立つ位置に山積みされている
「ノルウェイの森」を…読んでみるか!と
年末に(上)(下)まとめて買ってきたのだ。
鞄に入れて持ち歩き、待ち時間とか
ちょっとした時間に少しずつ読んでいたのだが、
今日の夕方、先ほど読み終えた。
最後の数十ページは、やることも放り出して
読み耽ってしまった。素晴らしい。

「僕は三十七歳で、…」という出だし、すべては回想にはじまり、
私と同じじゃないか…これは今読むべき本なのだ…と
何か不思議な時期というものを感じたけれど
実際に読み進めば、ワタナベの18歳から20歳の話で
しかし若い頃のワタナベに…時代のズレを感じつつも
物語に入り込めたという点で人の心をつかむものがあるのだろう。
登場人物はすべて…平凡とはいえない個性的な人々ばかりであるのだが、
自分が普通でないとわかっている点でよほど正常な人間なのであり、
普通であると思い込みながら、普通でないことに気付かないでいる人間、
社会で普通に生活していてもその方がよっぽど危険なのである…という
何が普通なのか…何が正常なのか…というのを非常に考えさせられた。

ワタナベは直子のことを想い続けながらも直子は死んでしまい…
直子はキズキの元へ…というところはさすがにショックであったが、
ワタナベには生きている緑という存在が残る…というところ
ものすごく深刻に悲劇的な物語だと思うのだけど
これからもずっと生きていくワタナベには、希望が与えられているような。
それは父の死によって、人生に解放が与えられる緑にとっても。
潤滑油としての存在であったレイコさんにとっても
新しい人生に向かって出発するという結末なのであり、
それは読者にとっても救済が与えられるということである。
ワタナベを中心に物語が進むけれど…他の登場人物の人生も
極めて緻密に同時進行で時間は進んでいるのであり、
凝縮された文章に味わったことのない充実を感じた。
ノーベル文学賞の有力候補といわれる村上春樹だが、
他の作品も読んでみよう。何を今さら…という感じなのだけど。

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2011年1月30日 (日)

落語につぶやき 83~落語地誌

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もう一冊、よく参照する本が
栗田彰著「落語地誌」(青蛙房)である。
去年の夏に刊行された本で、書店の平積みで
出たての本をすぐに気に入って、そのまま買ってきた。
この本も事典的な使い方で…読むというよりは、
落語の中で地名に出会うと調べてみるという感じである。
その地名が出てくる落語のフレーズ、噺のあらすじに加えて、
江戸時代の様子や現在の状況も紹介してくれている。
私は落語を聞いていて、場所や情景が気になる方なので
地名で落語を解説している本はすぐに買ってしまう。

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2011年1月29日 (土)

落語につぶやき 82~落語事典

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ついに来た!落語事典。
東大落語会編「増補 落語事典」(青蛙房)である。
ずっと欲しいと思っていたのだが、
普通の書店には置いていないということと
税込み価格で4935円という…高い!
これで珍しいネタも調べられる。
何しろ1260の噺が掲載されているのだから!
少し調べてみて、「指仙人」も「羽団扇」も
「鶯宿梅」も載っている…これはすごい…感激!

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2011年1月28日 (金)

落語につぶやき 81~誓願寺店

落語に出てくる貧しい長屋ということで
先日は「阿部川町」の長屋を扱ったけれど
もうひとつ「誓願寺店」もよく出てくるように思う。
「唐茄子屋政談」で徳さんが貧しい親子を助ける場所。
こちらも「落語地誌」(青蛙房)で調べると
「誓願寺店」は浅草の東本願寺の北東側で
旧浅草田島町(明治2年~昭和43年)、
現在の台東区西浅草2丁目内にあったそうである
徳さんは唐茄子を担いで本所達磨横町を出ているので
なるほどちょうどいい位置関係なのかなと思う。
でも唐茄子が重いといいながら…結構歩いているなと…
吾妻橋を渡って、浅草田圃の向こうに吉原を見て、
唐茄子屋の売り声の稽古をして、それで誓願寺店に至る。
ずいぶん歩いているではないか!

「井戸の茶碗」で千代田卜斎の住む長屋が
誓願寺店である場合も見うけられるけれど
浅草であるならば、細川様も吾妻橋の脇にあった細川屋敷か?
屑屋の清兵衛さんが休息する清正公様の位置関係もおかしくなってきて…
日本橋浜町の清正公様ということか?本来は芝白金の清正公様である。
つまり白金台にある覚林寺で通称「白金の清正公さま」。
やはり「井戸の茶碗」は、古今亭で演じられている芝白金の清正公様で
清正公様の脇にある長屋と白金の細川屋敷を行ったり来たりする…
という方が自然な印象ではなかろうか。でも志ん生さんがいっている
清兵衛さんが住んでいる場所で「麻布茗荷谷」という地名はないらしい。

話を「誓願寺店」に戻して、この誓願寺というお寺であるが、
関東大震災後に府中市に移転されたそうである。

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2011年1月27日 (木)

しばらく家事息子 9

入院中の母は、来週の前半には退院できるのではないかなと
期待しているわけなのだけど、土曜日の黒門亭はやめにしようかと…
行ってきてもいいよとはいわれたのだが、忙しく家のことを済ませて、
朝早く10時過ぎに御徒町まで行くのは、ちょっときつい。
何でそんなに早く!というのは、第1部が一之輔さんなので、
早く行かないと通し券が買えないだろうと…
私のお目当ては、もちろん左楽師匠の「明烏」なので
昼から出掛けて、第2部だけ聞くというのもあるけれど
東京まで行くので…もったいないということがあるので
また今後に期待することにして、今回はあきらめることに。
その代わりではあるが、交通費と木戸銭で結構うくので
ここでついに東大落語会編「落語事典」を注文してしまった!
ずっと欲しいと思っていたので、この機会に一冊。
昨日に続いて、「ご褒美」の第二弾。楽しみだ。

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2011年1月26日 (水)

しばらく家事息子 8

自分でいうのもなんだけど…毎日のくり返しを
きちんとよくやっているな…ということで
この辺でご褒美を!と…ご褒美でも何でもないけれど
外付けHDDを買ってきた。データはDVD-Rに保存して、
空き容量を作っては、最適化をして、軽くしていたのだが、
このところ最適化をしても空き容量が増えなくなってしまって、
音楽や落語の音源をパソコンで管理していると
基本的にデータが増える一方なのである。
実は年末に外付けHDDを買おうとYAMADA電機に行ったのだが、
来月(1月)は安売りでいくらに値下げします…という
予告価格が出ていたので、それならば急ぐものでもないか…と
結局、実際に買いに行ったのは、1月も下旬になってしまったのだが。
前回見たときには、なるべく安く、320GBで十分と思っていたのだけど
今日は思いきって、といっても1000円の違いしかなく…
500GBのHDDを購入。これでもう安心。本体HDも快適になった。
でも500GBと思って使いはじめるとここに落とし穴が!
使用可能な領域は465GBなのである。まあ…それでも十分だけど。

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2011年1月25日 (火)

落語につぶやき 80~怪談阿三の森

何か聞いたことのない噺…珍しい噺を聞きたいと
今日は志ん生師匠の「怪談阿三の森」である。
圓朝作品のリストにあるのだが、志ん生さんもいっているけれど
実話に基づいているようで…どうやら圓朝作ではないという記述も。
一席目は発端で「梅見団子」でのお三と阿部新十郎の出会いの場面で
二席目はいよいよ怪談になるのだが、死んだお三が幽霊となり、
新十郎の元へ通ってくるのだけど、蛇の姿になったお三を捕え、
雀の森に埋葬する。森はいつの間にか阿三の森と名前を変えて、
祠はお三様と呼ばれる…深川の阿三稲荷の由来である。
噺の印象は「牡丹灯籠」に似ているので、わかりやすい。

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2011年1月24日 (月)

落語につぶやき 79~阿部川町

「富久」に登場の幇間で久蔵さんが住んでいるのが
浅草の阿部川町で…大そう貧しい長屋のようだが、
「柳田格之進」の柳田親子も阿部川町なのである。
「落語地誌」(青蛙房)を読むと…新堀川に沿って
現在の台東区元浅草3丁目、4丁目の辺りで
町名の由来は、地主が駿河国阿部川から移住してきた
ということによるらしい。昭和11年まであったそうな。
江戸時代には、本当に貧民窟があったそうである。

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神奈川の建築家とつくる家

私のことを紹介して下さる本で
「神奈川の建築家とつくる家」(建築ジャーナル)だが、
当初は年末に発行の予定だったのが、
お知らせの通り、今月末ということに変更になって
そろそろだな!と楽しみにしていたのが…
そうしたら今日、最終レイアウトの確認ということで
内容的に全体を統一で若干変更になり、
再び印刷見本が、メールで送られてきたのだ。
一点、修正希望があり、打ち合わせをして、
発行は来月、2月下旬ぐらいかもしれないけれど
もうしばらくかかるようである。期待しよう!
またご案内しますので、ぜひご覧になってください。

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2011年1月23日 (日)

しばらく家事息子 7

まだ続いています。もうしばらくの間…
土日の退院というのはおそらくないと思うのだけど
それは週末で先生や看護師さんの数も減っているし、
支払いや何やら…事務機能も止まっているし、
それで木曜、金曜あたりに退院ということにならないと
また一週間またいじゃうな…ということになるのだが、
明日は月曜で新しい週が動くので、今週はどうだろう…
家事の件だが、本当に毎日、繰り返して同じことをしていると
一週間が早いというのもあるけれど、曜日の感覚がなくなり…
このところ、テレビも全然見ていないし、水曜日の「相棒」だけ、
この土日だって、週末という意識はなく、普段のままに
とはいえ、昨日、白鳳が千秋楽を待たずに
土曜日に優勝を決めた…ということぐらいは認識しているが、
その翌日だから日曜なのだけど、毎日変わらぬ普通の一日。

落語はちょこちょこと気晴らしに聞いているが、
音楽は全然聞いていない。しっかり落ち着いて聞ける環境、
それだけの時間が取れないということもある。
いま何となく思っていることで…余裕ができたら
昔から知ってはいるけれど、ちゃんとは聞いてこなかった
という存在で…やはり少し前の年代に目を向けるが、
イシュトヴァン・ケルテスとエルネスト・アンセルメを
じっくり聞いてみたいなとも考えているのだが、興味あり。

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2011年1月22日 (土)

落語につぶやき 78~かんしゃく

「かんしゃく」といえば、黒門町の桂文楽か。
噺は明治から大正の頃で大会社の社長のお屋敷が舞台。
落語というと長屋で庶民の生活風景というイメージであり、
こういう贅沢な邸宅での情景というのは珍しいが、
益田太郎冠者という方の当時の新作落語だそうである。
今以上に文楽師匠の頃には新作という印象が強かったと思うが、
文楽のネタの中では、やはり独特の存在であろう。
旦那の癇癪ぶりが、文楽師匠の芸風にピッタリではあるけれど。
この噺はちょっと変わっているな…と思うのは、
主人公は癇癪もちの旦那(社長)だが、中間で
奥様の静子さんが実家に帰ってしまうと
今度は静子さんの父親が中心となって、お説教がはじまり、
この父親がまた、おかみさんにガミガミうるさい場面もあるので
明治期の男はみな癇癪もちだったのか…というのを思うけれど
つまりは「癇癪男と静子さん」という…そういう感じであり、
場所がはっきり移動する場面転換の点で…何となくユニークである。
文楽師匠は噺を作っていく段階でモデルとなる人物を見つける
ということを大切にしていたようだが、ということは、
近くにこのような癇癪もちがいたということであろうか?
文楽師匠の名人芸にすっかり引き込まれてしまうのだが、
「かんしゃく」は小三治師匠の録音もあって、やはり素晴らしく!
小三治師匠から喜多八殿下にも受け継がれているのである。

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2011年1月21日 (金)

落語につぶやき 77~時そば

1月も今日から下席である。恐ろしく早い!
落語協会配信のインターネット落語会で
今回は雲助師匠の「勘定板」と小満ん師匠の「時そば」。
すぐに聞いた!正月二之席で1月14日の新宿末広亭。
小満ん師匠の「時そば」は録音をもっているのだが、
実演では聞いていないので、絵としては初めて観る。
ときどき上方の「時うどん」の型で…ふたりで食べる…
麺をそばにして「時そば」を演じる人もいるのだが、
正月にNHKで放送された寄席中継で
春風亭昇太さんも「時うどん」の「時そば」だったけど
見ていては、そちらの方が面白いと思う。
でもこうして小満ん師匠の「時そば」を見ていると
やっぱり江戸の粋な味わいはこっちなのではないか!
特別な味付けをしなくてもおいしいそばはおいしいのである。

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2011年1月20日 (木)

今日の怒り爆発!

お昼前、用事を済ませるのに車で出掛けて、
旭区善部町と泉区池の谷の区界の道で
神明台処分地に沿って通り抜けられる裏道があって、
よく利用するのだが、道幅が狭くて、途中何か所かに
すれ違いの待避所があり、この道を通る人は、
その辺はよく心得ているのだけど、今日も走っていたら、
向こうから年配の男性(60代~70代?)が運転する
自家用のワンボックスカーが入ってきてしまって、
仕事車ではなく、私用で運転しているという様子だが、
何で来ちゃうんだよ…という、止まってなくちゃダメじゃない!
そのじいさん、こちらに向かって、戻れ!と手で合図している。
何考えてんだよ!そっちの後ろに待避所があるんだから
自分が戻ればいいじゃないか…とそのまま止まっていたのだが、
時間がもったいないので…こちらがしばらくバックして、
そうしたらすれ違いの際に…こちらに向かって
明らかな罵声を吐き捨てて、通り抜けていったのである。はっ?
こちらが戻ったのだから、「悪いね」とか、そういうのはないのか!
信じられん。私はこう見えても…すごく短気なのである。
それを外に出さないので、穏やかそうな性格に見えるようだが…
実は違って、頭にきて、頭にきて、はらわた煮えくり返って、
そこで「このクソじじい!死ね!」とこちらも返してやったかというと…
それができないのである。私は外に出さないので…
できていれば、その場でスッキリしているのだろうけれど
できないから、その後ずっと、悶々として、苛々して、この調子。
いってやりたい!「バックもできないなら…運転免許証を返上しろ!」。

ふと思った。江戸っ子の啖呵って、憧れる!
そういえば「三方一両損」とか「大工調べ」とか
啖呵が鮮やかに決まった瞬間の快感、たまらないのだけど、
それができないゆえの憧れなのね。そうだったんだ。
「このクタバレ損ない!おととい死にやがれ!」

住宅街とか狭い道で譲り合いの運転って、
お互い知らない間柄でもそのときだけ分かりあえたみたいな…
すごく気持ちのいいものである。交通規則の前に運転マナーだ。
譲るときはいち早く、先に譲った方がいいし、
譲られたときには、それにしっかりと応えて、迅速に行動。
感謝の気持ちを伝える…運転の楽しさ。
それができない人がいるのだ。頑として譲らない。
そちらが譲らないから…こちらも譲れないのであり、喧嘩になる。
読者には申し訳ないけど、ブログにてストレス解消。これにて忘れます。

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2011年1月19日 (水)

落語につぶやき 76~御慶

今日は元気に落語を聞こう!ということで、
ネット上にある志ん朝師匠の「御慶」。
年の暮の12月28日に湯島天神の富くじを買って、
鶴一八四五番ではなく…鶴一五四八番である。
それが当たって、たまった家賃もすっかり払い、
おめでたく新年を迎えて、上下つけて、年始まわり。
御慶!ってくら!永日!っときた。べらぼうめ。
御慶!永日!てんで、こんちきしょう!
御慶!永日!てんだ、こんちきしょう!ハハハ。
こちらも年越しの正月ネタで今聞かないと。
この噺も実演では、まだ聞いたことがない。
「御慶」はきちんとやるとかなり長い噺なので
新年の独演会とか、寄席のトリでかかるのか?
「御慶」もよく聞かないとオチがわからないのだが、
「何をいってんだじゃないよ。御慶!ったんだよ。」
⇒ 「どこへ行ったんだよ!」と聞き違いで
「ああ、恵方詣りの帰りだい。」という。楽しい。

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2011年1月18日 (火)

しばらく家事息子 6

つい先ほど、病院の母が自分で電話をしてきて
昨日からの膿抜きの治療がうまくいって、
このまま治療を継続することで手術はなしということに。
とりあえずよかった。ひと安心。
今日の午後は、父が見舞いに行っているが、
明日はふたり揃って、顔を出す予定。

先週から…作って、食べて、食器を洗って、
その間に洗濯機をまわして、干して、取り込んで、
そしてまた作って、食べて、洗う…のくり返し。
その合間に午後、一時間ほど病院に行ってきたり、
自分の時間をゆっくり楽しむということがなくて…
よくお昼を食べた後など、パソコンの前で
居眠りが出たりすることもあるが、
そんな余裕もないので、夜は早寝してしまうという。

音楽もこの一週間、全然聞いていなかったのだが、
今日のFMはインゴ・メッツマッハーの指揮なので
機嫌よく聞いて、録音もして、楽しめた。
「火の鳥」全曲は特によかったけれど、
メッツマッハーという人は、音に色をしっかりと感じて、
音楽を創っていく中でその配色が実に見事だと。
絵画的に仕上げるというのとも少し違って…
メッツマッハーが音楽の中に見た色が、
音を通して、耳から、こちらの脳を刺激して、
目の前に色彩が鮮やかに広がるのである。

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2011年1月17日 (月)

しばらく家事息子 5

入院中の母であるが、すっかり元気になって、
まもなく退院できるかな?という様子だったので
今日は午後、見舞いに行って、夕方からは
関内ホールの「小満んの会」に行く予定にしていたのだが、
それが…実はそうはいかなくなってしまい…
今日の検査で…CT画像を見ると膿が消えていなくて…
その膿を取り除いてあげないといけない…
夕方から再び、処置をして、それでもダメならば
膿を取り除く手術をする必要があると…父も私もショック。
それで夕方から再び病院に行って、治療の説明を聞くことに。
着くとすでに処置は終わっていて、血や膿や…かなり出て、
それで痛みも取れたみたいで、その経過がよければ、
手術する必要はなくなるのだが、どうだろう…心配。
どちらにしてももうしばらくかかるということに。
今年は本当に…新年からわが家はたいへんだ。
年末年始は母もあんなに元気だったのに…
というか、今もお陰様でしっかり元気になっているのだけれど
その扁桃腺の後ろにたまっている膿が完全に取れなければいけない。
なので…今回は「小満んの会」には行っていません。残念。

今回は行けなかったけど…次回は3月17日(木)
第103回 横浜 柳家小満んの会
演目は「狸賽」「鴻池の犬」「うどんや」の三席です。

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2011年1月16日 (日)

落語につぶやき 75~歌る美・多ぼう

今日の午後、フジテレビで放送された
「ザ・ノンフィクション~おんな落語家への道」にて
歌る美さんと多ぼうさんの前座修業を見ていて、
芸の道は厳しいな…とたいへんにいい番組だった。
歌る多師匠は素敵な噺家さんで実に素晴らしいのだが、
自分にも厳しそうだし、もちろんお弟子さんの教育にも
それは高座を見ていれば、よく伝わってくる。
楽屋でのしくじりにお小言の権太楼師匠や
歌る美さんに稽古をつけている小里ん師匠も
芸に対する厳しい姿勢が高座によく表れているし、
見えないところでのそれだけの積み重ねがあってこそ
魅力的で人の心をつかむ素晴らしい噺家さんなのである。
歌る美さんも多ぼうさんも近いところで見ているので
客に対しては決して見せることのない血の滲む努力を
こうして番組を通して知ってしまうと…何ともいえない気分に。
私は前座さんが大好きでいつも熱心に聞き入っているのだが、
前座は番組の他、料金の他、開演時間の前、…であり、
よく全然聞いていない人もいるけれど、聞こうよ!という。
稽古して…稽古して…努力の上に成り立っている芸なので
こちらも心して聞かないといけない!と思うのである。
落語はもちろんそんなに堅苦しいものではないけれど
私にとっては、一席一席を大切にしていきたい。

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2011年1月15日 (土)

落語につぶやき 74~厄払い

わが家も厄を祓おうと「厄払い」を聞いている。
「厄払い」は年越しの正月ネタでこの時期かな?と。
この噺は、実演では聞いたことがない。
録音でちょっと聞いたことあっただけで
今日は小三治師匠の録音をきちんと聞いてみる。
与太郎が登場で「道具屋」「かぼちゃ屋」の年越し編。
口上があるところは「孝行糖」にも似ているか。
おじさんから紙に書いてもらった文句を間違える点では
「牛ほめ」にも似ているし、なるほどなるほど…楽しい。
でも与太郎というのは、本当に憎めないキャラで不思議。
あら、めでたいな!めでたいな!…面白すぎ。
落語を聞いていると救われる。これぞ「厄払い」。

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しばらく家事息子 4

もうしばらく火事息子は続く。
おっと、いけない。「家事息子」である。
これは落語ファン以外の方にはおわかりがないと思うが、
「火事息子」という噺があり、ではどういう噺なのかというと
「火事に喧嘩は江戸の華」とはいうけれど
質屋の若旦那は、なぜか子供の頃から火事と火消が大好きで
大人になって、町火消に入りたいという始末。
旦那(父親)は、ひとり息子が火消に入れないよう先回りして、
それが原因で…若旦那の道楽がはじまり、ついには勘当に。
ある日、店の近くで火事があり、蔵の目塗りをしようと
旦那に番頭、小僧で苦労しているが、そこに助けに来てくれた
全身入れ墨だらけの定火消…臥煙(がえん)とも呼ばれる…
威勢のいい若い衆が、窮地を救ってくれるという。
その臥煙の男こそが、勘当の若旦那であり、
火事が縁で親子の再会ができたといういい噺なのである。

とはいったものの…家事息子もたいへん。
みなさん、当たり前にやっているのでしょうが…
一日、追われて、ゆっくりする時間はない。
それに父とふたりで、男同士で生活していると
さすがに頭にくることもあって…親子でも
ずいぶん考え方や価値観に違いがあり、何というか…

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2011年1月14日 (金)

落語につぶやき 73~文七元結

年末に圓生師匠の圓生百席「文七元結」を聞いていて、
今までずっと聞き逃していた…という台詞に気付いたのだが、
吾妻橋で長兵衛が文七に五十両を与えるところで
女物の着物を着て、汚く貧しい風体の長兵衛が
何でこんな大金をもっているのか…その訳を説明して
胡散臭いと疑っている文七に対して、長兵衛がいった言葉…
「てめえの銭を取ったんじゃねえ。財布を見ろ。違ってるだろう。」
これは、財布の柄が違っていて、お前の掏られた五十両と
ここにある五十両は別のもの。掏ったのは俺じゃないよ…
盗んだものではないよ…という、そこを圓生師匠ははっきりと。
たしかに同じ五十両があるというのは、驚きの偶然であり、
長兵衛さんは、俺を疑うなよ!というわけである。
その後、小満ん師匠の「文七元結」を聞いてみたところ
やはり「財布の柄が違う」…つまり掏ったのは俺じゃないよ!
というので、長兵衛さんは同じ内容のことをいっていた。
今まで「文七元結」は何度も聞いているけれど
ここは聞き逃していた。さすが圓生百席…「目からウロコ」。
それで先日の黒門亭で常連さんたちにこの場面のことを話してみたところ
やはり同じように…どうもそっちには意識がいかないようで
小林さんに「よく聞いたね!」って、褒められてしまった。
今度「文七元結」を聞くときには、ここを注意してみようと思っている。
といっても今年の暮れのことか。新年のネタではないな…失礼。

いま確認してみたところ、志ん朝師匠もやっぱりいっている。
「おめえの取ったんじゃねえよ。財布が違うからよくわかんだろう。」
でもここはそんなには強調されていない印象。という点では…
古今亭の噺家さんには、現在もこの同じ型で演じられているのかも。

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2011年1月13日 (木)

しばらく家事息子 3

昨日作ったカレーは、飽きることもなく
結局、朝と昼で完食!三食続いてもおいしかった。
そして今日は…明日は金曜で卵が来る日なので
同じくたまってしまったものをワンパック全部…10個
ゆで卵にして、大好きな味付け玉子を作った。
よくラーメンの上にトッピングする味付け玉子である。
ご飯のおかずにすると何ともおいしい。私のお気に入り。
ポイントは上手に半熟に煮て、味が中にまで染みこむように。
冷蔵庫には、ほうれん草と春菊があって、
ほうれん草は茹でて、しっかり絞って、パックして保存。
春菊は、半分しか使えなかったのだが、
晩ご飯にうどんを作ったので、具にして食べた。
食材に関しては、食べたり、加工したり、まあまあ順調。

今日は布団を干そうかと思っていたのだが、
朝のうち、曇っていたので中止して、片づけて、掃除。
明日は朝から晴れてくれるといいのだが。

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2011年1月12日 (水)

落語につぶやき 72~柳田格之進

先日の黒門亭で常連さんたちとお喋りしていて
どうも納得のいかない(信じられない)ところが、
柳田格之進の娘でおきぬさんが、
憎むべき存在である万屋の番頭で徳兵衛と
後に夫婦になって幸せになるという展開、
これはないだろう…という意見。
一方でそういったハッピーエンドに終わってくれないと
とても正常な気持ちで帰れない…という意見。
全くその通りの重い噺である。内容が深い。
万屋での五十両紛失で疑いをかけられた柳田格之進だが、
おきぬさんは父のためにと自分は吉原に身を沈めて
五十両という金を用意する。もちろん盗んだということではない。
しかし柳田は、奉行の調べを受けるのは、主君に申し訳が立たず、
柳田の家名にも傷がつくと武士の面目から金を徳兵衛に渡す。
徳兵衛が柳田を疑うのは、幼いころより長年にわたって
一心に店のため身を捧げてきた自分であるのに
主人の万屋源兵衛はというと、昨日今日知りあったにすぎない
浪人者の柳田格之進をかばったことの嫉妬からなのである。
ここでの徳兵衛の描かれ方で…何とも皮肉屋であり、
了見の狭い…嫌味な存在である…というのは
柳田格之進の敵ともいう役柄であるからそうなるのだが、だからこそ、
最後におきぬさんと徳兵衛が夫婦になるというのは不快だ!
ということで…私はちょっと考えたのだが、徳兵衛というキャラを
軽く調子のよい…チャラチャラした感じには描かずに
とにかく堅物で真面目ゆえに遊びのない一途な男が
店のために脇目もふらずに金を探して、柳田を追いつめてしまった
という感じにしたらどうなのだろう…という。
すると柳田格之進と番頭徳兵衛の対立関係が成立せずに
噺として面白みに欠けるのかもしれないが、
しかし「柳田格之進」という噺は重厚な人情噺であり、
笑いは必要ないのである。堅物と堅物のぶつかり合いの噺。
というのはいかがであろうか?私の勝手な発想で失礼しました。

あともうひとつ…落語ファンの間で不可解なこととして
納得のいかない内容であるのが、その後、帰参の叶った柳田が、
金に困らない身分に出世したにもかかわらず、
おきぬさんを身請けしなかった…という、これはなぜ?
何よりも先に娘を請け出して、手元に戻さずにはいられないはずである。
ここが…本当の理由はわからないし、武士道というものも
現代人には到底理解のできない領域であるのだが、
一旦親子の縁を切って、吉原に身を売った娘なのであり、
他人となったものを身分のある柳田が身請けすることはできない。
とにかく理解不能な事柄ではあるが、そこが堅物の柳田格之進である。
ここだけは本来の設定をいじってはいけないのではないか…
というのを私は思うのだが、いかがなものであろう?
理解に苦しむような「武士道」というものがかつて存在したのであり、
すべてをぐっと堪え、どんな苦難をも受け入れる…
自らが犠牲となって人を立てる…というのが
「柳田の堪忍袋」という一席なのである。
というのは私の考えで…この噺は人それぞれの受け入れ方があるだろう。
様々な問いかけをしてくる…これが落語の深さである。

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しばらく家事息子 2

母が入院中で三人から二人になってしまうと
食材が残ってしまう。三人分買ってあったものが減らない。
うちの父は異常に「賞味期限」「消費期限」を気にする人で
食べるのと期限が来るのと追いかけっこだ。
冷蔵庫に消費期限が来たシチュー用の牛肉が!
そこで今日はカレーを作ることにした。
食べるだけ食べて、残ったら冷蔵庫で保存しておけばいい。

20110112a

ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ニンニクを少々、
昼食を食べた後、時間の合間に刻んでおいた。
炒めるのにオリーブオイルとバターもすでに入っている。

20110112b

18時になったので野菜を炒めはじめる。
ここで牛肉を投入!さらに炒める。
あとはお馴染みカレーの作り方だが、
19時までコトコト弱火で煮込んで、完成!

20110112c

自画自賛だが、実においしかった!
でも…見様見真似で作ったのだけど、
なぜか?母の作るカレーとは違う。
我が家の味ではなく…これは私の味だな。
このおいしいカレーを食べたい方!
お嫁に来て下さい。

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2011年1月11日 (火)

波乱の新年…しばらく家事息子

日曜日のブログにも書いたが、母が寝込んでしまい、
土曜日から喉が痛いといいだして、でもその日は元気にしていて、
具合が悪くなったのは、日曜の午後からのようだが、
昨日が祝日で休みというのが、間が悪かったのだけど
夕方には、喉というか扁桃腺が腫れて、熱も上がって、
今日は朝から掛かりつけの内科にすぐに行ったのだが、
そうしたら…これは風邪ではない…耳鼻咽喉科に行きなさいと
紹介状をもらって、こちらもよく利用しているのだが
横浜市の西部病院へ。車で20分ぐらいのところにある総合病院。
腫れているというのは、膿がたまっているということのようだが、
早速処置をしてくれて、今朝までは水も飲むのがたいへんだったのが
かなり楽になったらしい。しかし今週いっぱい入院になってしまった。
適切な治療をすれば、ずいぶん変わるというのも驚きだけど
その掛かりつけの内科のお医者さんが、判断が早かった…という
それからの動きが迅速だったので、よかったのかも。ありがたい。
昨日が普通の月曜日で診てもらっていたら…
ここまで大事にはならなかったのか?とも思うのだが、
昨日はそれほど悪い様子でもなく、しっかりしていたので
まあ、なるようにしかならないのか…仕方ない。
ということで、すでに昨日からやっているのだけど
食事と洗濯は私の担当で…しばらくの間は「家事息子」。
しかし母は、普段病気をしたことのない人なので…
さすがにショック。父と「たいへんなことになったね…」という。

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2011年1月10日 (月)

南西ドイツ放送交響楽団

ミヒャエル・ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団による
シューマンの交響曲第2番と第3番「ライン」。
第2番が2010年2月1,2日、第3番が2002年3月17-24日の録音。
これはすごい!ギーレンならではの辛口なシューマンだ。
響きは薄くて、音の構築をすべて明瞭に解析しないではいられないという
最初から最後まであらゆる要素が徹底して創り込まれており、
そのひとつひとつが明確な輪郭とともに主張している。
このマニアック度、私は好きである。面白い。夢中になる新鮮な感覚。
でもいわゆるシューマン好きの方には、拒否反応を示されることもあろう。
しかしそれにしてもギーレンの挑戦は続く。止まることの知らない人だ。
ジンマンの演奏も心地よかったのだけど…ギーレンの方が刺激的で
これまでに聞いたことのないシューマンを見事に聞かせていると思う。

Hanssler CD 93.259

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2011年1月 9日 (日)

黒門亭で小勝・小ゑん・小満ん

一月も第2週で…私にとっては今年最初の黒門亭になるが、
お目当ては小満ん師匠で、朝から御徒町…黒門町へ。
今日は第1部で小勝師匠、第2部は小ゑん師匠で
実に魅力的な顔付け。第2部の企画は「サゲまでやります」。

第1部
柳家さん市:金明竹
三遊亭歌扇:悋気の独楽
古今亭菊太楼:がまの油
三升家小勝:源平盛衰記
古今亭菊輔:禁酒番屋


前座さんはさん市さん。「金明竹」と「寿限無」。見事!
両方とも言立ての噺だが、鮮やかに決まって、
人物の描き分けや間のとり方にも余裕が漂っているし、
この仕上がりだと二ツ目も見えてくるかな…と思うのだが、
さん市さんはまだまだ先なのだ。それまでにネタも増えるだろう。
歌扇さんが「悋気の独楽」。大好きな噺である。定吉の大活躍。
菊太楼さんの「がまの油」がよかった!今日は言立て、口上、啖呵、
小勝師匠の「源平盛衰記」は講釈だし…早口の噺が続く。
がまの油売りは、素面での口上はまさにカッコいい!という
それが後半、一転して、酔っ払ったら、何が何だかわからない…
ぐずぐず状態の口上は面白くて、笑いまくった。最高!
仲入り後、小勝師匠は「源平盛衰記」だ。来た!
私は経験者なのでよくわかっているのだが、
「若干」は本当は「弱冠」であり、「弱冠」の由来、
続いて「二十歳(はたち)」の由来が来て、
今日はあの方、高座に上げられるぞ!と…予想は的中。
他人が上がっていると何と楽しい噺なのだろう。講釈の漫才だ。
「前はあなたでしたな…」とあれ以来、小勝師匠に覚えてもらっている。
第1部のトリは菊輔師匠の「禁酒番屋」だ。何度聞いても面白い噺。
ではあるのだが!小便屋の小便徳利は、ちょっと想像するだけでも恐ろしい。
といつも後半、ゾッとしながら聞いているのだけど、会場大いに盛り上がる。

第2部 サゲまでやります
柳家さん市:寿限無
鈴々舎馬桜:鮑のし
柳家小ゑん:雑俳
柳家小満ん:大工調べ

開口一番のさん市さん「寿限無」の後、馬桜師匠の「鮑のし」。
熨斗の根本の説明で、「鮑のひも」「鮑のむきかけ」は、
落語の面白さからすると付けたし的な感じになるのかもしれないが、
でも「鮑のし」はサゲまで行く方が、私的には好きである。
そして小ゑん師匠の「雑俳」…サゲまで行くと「雪てん」で
これが最高に面白かった。八五郎は意味不明な俳句を次々に
何でこんなにポンポン出てくるのだろう…という
黒門亭の常連さん仲間で、全員一致で「小ゑん師匠はすごい!」と。
最初から最後まで笑いっぱなしの面白さで…それは小ゑん師匠の
八五郎と御隠居のやり取りで描写の細やかさが圧倒的なのである。
本日のトリは小満ん師匠。元日から五日まで東洋館の正月興行に出演して
その後、新幹線に飛び乗って、昨日の晩まで京都に行っていたそうな。素敵!
でもちょっとお疲れだったのかな…というのが、今日の印象。
絶好調の小満ん師匠は、頬がしだいに紅潮してきて、
笑顔がキラキラ光って見えることがあって、今日は少し顔色悪かったような…
寒いし、風邪も流行っているみたいだし、ちょっと心配してしまった。
というのは、ただ今、うちの母が風邪ひきで…
今日も終わってすぐに帰ったのだけど、午後は寝込んでしまったようで。
みなさまも風邪にはお気を付け下さい。というのが、今年の落語の初日。
でも帰りにお見送りの小満ん師匠は…ニッコリ笑ってのご挨拶で
今年もよいスタートで実にうれしいこと。ありがとうございました。

20110109

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2011年1月 8日 (土)

エレーヌ・グリモー

グリモーの最新盤で2010年9月にベルリンで収録された
モーツァルトのピアノ・ソナタ イ短調 K.310、ベルクのピアノ・ソナタ、
リストのピアノ・ソナタ ロ短調、そしてバルトークのルーマニア民俗舞曲。
モーツァルトはちょっと違うな…という。私の好みからすると。
古典的な様式観には背を向けて、自由にロマン派傾向による解釈。
こういう大胆な飛躍は、モーツァルト自身は大いに喜ぶのかもしれないけれど
私にはちょっと付いていけない領域にまで踏み込んでいるグリモーを見た。
とは思ったものの…二度目に聞くとすっかり慣れているので
音楽には慣れが必要…そしてこれが、グリモーの表現しているところの
モーツァルトのベルク、リスト、バルトークとの「共鳴」なのかもしれない。
ベルクもまた、世紀末ウィーンの無調の一歩手前にある乾いた響きを
ぐっとグリモー側に引き寄せて、ロマンティックな歌はずっと聞きやすいのだが、
こちらは聞き進むにつれ、音が美しくて、引き込まれていった。
リストのソナタはさすがに素晴らしい。細かいところがよく描きこまれていて、
しかしそれがわざとらしい作り込みにはならずに…表情豊かに歌い、
ここはこういう感じに聞かせるといいのだという新鮮な発想に満ちている。
30分に及ぶ大曲において、気の緩む時間は全く存在しないし、
音楽を構成する集中力は見事な…グリモーはやはりただ者ではない。
後半の迫力に満ちた…音楽が立体的に立ち上がって聞こえてくる…
これはいい演奏を聞けたな…という満足感に包まれた。
バルトークのルーマニア民俗舞曲は、最近はよく聞けるけれど
私も大好きな作品で、グリモーも響きの創り方が魅力的だ。

DG 00289 477 8766

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2011年1月 7日 (金)

今日の月は…月齢2.7

20110107

「七草」の今日はぐっと寒くなったが、すごくいい天気で
夕方(17時12分)、南西の空に見えた月。「月齢2.7」。
ちょっと細めの三日月で、ずいぶんひっくり返っている。
寝そべっているところが面白くて…描く軌道もずいぶん変わる。
星座はそれほど見なくなってしまったが、
月の満ち欠けは大好きで、これも空のきれいな冬の楽しみ。

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2011年1月 6日 (木)

クン・ウー・パイク

昨年はブレンデルとペライアのブラームスで
一年を締めくくったような気がするので
今年もブラームスからはじめてみようと
今日は、クン・ウー・パイクの独奏で
エリアフ・インバル指揮チェコフィルによる
ブラームスのピアノ協奏曲第1番ニ短調op.15
2009年2月26-28日にルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホール。
後半は2009年7月26,27日にノイマルクトで収録された
創作主題による変奏曲op.21-1と主題と変奏op.18で
クン・ウー・パイクの独奏によるブラームス演奏である。
インバルの指揮によるチェコフィルが素晴らしい。
ドヴォルザーク・ホールの美しい響きに包まれて、
最初から圧倒的に感動的なブラームスである。
クン・ウー・パイクは、繊細で柔らかい音色と
力強く豪快な表現を適所に自在に弾きわけ、
冷静で客観的な解釈を示しつつも実にロマンティックである。
繊細で美しく歌うところで魅力的でもあるので
そちらの方向で全体を統一してくれたなら
どう仕上がっていたであろう…というのを望まなくもないのだが、
比較してしまうとやはりブレンデルの演奏は引き締まっているなと。
フォルテのところでピアノが豊かに鳴り響いている点でも
ブレンデルの方が余裕あって、懐深いとも感じられるので
クン・ウー・パイクは一方の繊細な輝きに惹かれるのである。
それにしてもチェコフィルは最高だ!極上のブラームス。

DG 7701/4763899

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2011年1月 5日 (水)

建築設計 作品ページの更新

すっかりブログ中心でホームページは放りっぱなしだが
建築設計の作品紹介のページで
最近の2物件とちょっと以前のものを更新した。
その以前のもの…というのが、ずっと気になっていたので
今年はまずこれからはじめよう!という。
しかしこれが、なかなかたいへんだったのは、
すべては久しぶりというのが原因で
作品写真で使うものって、大体決まっているのだが、
時間が空き過ぎて、探すのに苦労してしまい…
ようやくできたかと思ったら、それをサーバーにアップする
FTPソフトの使い方を忘れてしまって、さらにひと苦労。
やはりときどき更新作業はしていないといけない…
今後は気をつけることにして、ぜひご覧になってください。
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2011年1月 4日 (火)

横浜の風景から 147

正月気分もそろそろ抜けて、まちの様子も
通常に戻っていくのを感じるけれど
今日もまた…お決まりのコースでいつもの風景。

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瀬谷区阿久和南1丁目のお墓山。
阿久和安藤氏の代々の墓がある。

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阿久和南から泉区新橋町へ。
瀬谷柏尾道路から少し入って、
道祖神が立並ぶ分かれ道に。
左から二番目は双体道祖神である。

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新橋町から岡津町へ入り、
再び瀬谷柏尾道路から山の方へ入った不動堂。
急な階段を上ったところに不動堂がある。

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不動堂の裏には富士塚があり、
富士山を信仰する富士講の人々が築いた塚。

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左右に階段があり、ほとんど消えかかっているのだが…
頂上には石塔が祀られている。富士山の模様?

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帰り道に見返りながら…新橋町を眺める。

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2011年1月 3日 (月)

横浜の風景から 146~2011年正月

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瀬谷区宮沢4丁目の山王稲荷社。
六道の辻からすぐの場所にある。
和泉川の方へ下っていくのだが。

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江戸時代に宮沢地域を開拓した際に
工事の安全祈願など、最初に祀られた神社である。
宮沢神明社は地域が発展した後に祀られているので
神明社よりも山王稲荷社の方が古いのである。
左が山王社、右が稲荷社。

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本日の最終目的地である宮沢神明社。
こちらへは昨年の正月もお参りしているので
二年連続で参拝した。たいへん立派である。

20110103h2

地域でとれた野菜や米、酒などが奉納されており、
社殿や境内も素晴らしいのだが、
何より氏子の方々の神社へ想いが素敵だと思う。

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横浜の風景から 145~2011年正月

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松陽高校前にある庚申塔と馬頭観世音。
ここは泉区上飯田町の柳明神社へ通ずる「大石堂道」と
瀬谷区宮沢方面への「ほしのや道」との分岐点で
六道の辻まで「ほしのや道」を歩くことにした。

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瀬谷区宮沢4丁目の「六道の辻」。
「ほしのや道」から見た写真である。

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お馴染み「六道の辻」の正月風景。
近所の方々が正月の飾りやお供えをしている。

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横浜の風景から 144~2011年正月

正月三が日も今日で終わりだが、地元の新年詣りで
どこへ行こう?と考えていたのだけど、朝のうちは曇っていて、
寒そうな空だったので、あまり遠くへは行かないことにして…
お馴染みのいつものコースになってしまったが、
昼すぎには少し晴れて、楽しい散歩ができた。

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最初に瀬谷区宮沢の和泉川沿いを歩いて、
泉区和泉町を目指す。この辺は公園整備されていて、
ウォーキングコースにもなっており、今日も人は多い。

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泉区和泉町へ入り、農村風景が広がるが、
しばらく歩くとお地蔵様。六地蔵である。

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最初の目的地である日枝神社に到着。
鳥居に正月飾りがしてあった。

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日枝神社には何度も訪れているのだけど
しかし落ち着く。三家集落の中央に位置して、
近くには和泉川も流れているし、立地もいいのかも。

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日枝神社から新橋町方面に向かって、
少し歩いたところの庚申塔。

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2011年1月 2日 (日)

横浜の風景から 143~2011年正月

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今日は泉区和泉町の横根稲荷神社を目指す。
その近所でかつて富士塚があったという
現在はバス停に名前が残っているのみだが、
この辺はさすがに富士山の絶景ポイント。
今日も見事な富士山を拝めて、実におめでたい!

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そして「正一位横根稲荷神社」に到着。
立派な神社なのだが、思った以上に静か。

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正月はどう賑わうのか?という思いで
こちらを訪ねたのだが、意外と普段と変わらない。
人気のないひっそりとした雰囲気である。
というのも…農業地区にあって、近くに住宅がないからか?

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境内には、巴御前が化粧に使ったという
「巴御前ゆかりの横根感念井戸」がある。
現在も水は枯れていないようで、使えるみたい。

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横浜の風景から 142~2011年正月

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今日も元日に続き、朝一番は
旭区善部町の善部神明社にお参り。

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元日の方が参拝者は多いと思うのだが、
しかし今日も少しずつ訪れているようで
やっぱり正月の空気は何とも心地のよい。

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2011年1月 1日 (土)

横浜の風景から 141~2011年元旦

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善部神明社からねこ塚の後、少し散歩で
瀬谷区阿久和南に入り、中村の集落。
この写真もたびたび出しているが、
私のお気に入りの風景で「お墓山」である。

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そして瀬谷柏尾道路沿いの中村集落の入口で道祖神。
こちらもいつも通っている場所で以前の写真もあるのだが、
少し前に横の木を伐ったようで、見通しがよくなったので
正月飾りも付いているが、2011年元旦の風景。

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横浜の風景から 140~2011年元旦

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

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今年も地元の神社に初詣。
旭区善部町の善部神明社。
お正月元旦の風景である。

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普段は人気のない…静かな境内も
お正月は参拝者もあって、華やかな印象。
三が日だけ、祭壇が公開されており、
地元の神様に新年のご挨拶ができるのは
何とも清々しい一年のはじまりである。

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そして今年もまた…善部神明社から
すぐ近くにある「ねこ塚」を訪ねた。
毎年同じような写真を公開しているけれど
お昼前、いい天気だが、少し雲が出てきた。

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