横浜の風景から 154~保土ヶ谷宿 1
東海道の保土ヶ谷宿を歩く。
今回は国道1号線沿いのみ。
保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目の本陣跡。
小田原北条氏の家臣苅部豊前守康則の子孫で
苅部家が代々の本陣を務めていたが、
明治3年に軽部姓に改称して、現在もいらっしゃるようだ。
少し歩いて、脇本陣の水屋跡。現在は消防署である。
寛政12年(1800)には37軒、天保13年(1842)には69軒と
びっしりと旅籠屋が並んでいたそうである。
今では旅館もないし、全くそうした面影がないのも不思議。
旅籠屋「本金子屋」跡。
それらしい風情を残すのはこの建物のみである。
天保年間の規模で建坪79坪、間口7間×奥行11間半、
部屋数は13だというから、現在の旅館、ホテルと比べると
それほど大きくはなかったような…
| 固定リンク
コメント