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2011年3月31日 (木)

ジョン・エリオット・ガーディナー 2

今日もモーツァルトのピアノ協奏曲だが、
マルコム・ビルソンのフォルテピアノ
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏で
ニ短調K.466とハ長調K.467を聞いている。
1986年4月 ロンドンのセント・ジョーンズ・スミス・スクエアで収録。
特にニ短調に関しては、現代のピアノでモダン・オーケストラというと
より劇的にロマンティックな音色が響きだすけれど、
こちらはあくまでも素朴でそれゆえに緊迫感は凄まじいものがある。
セピア色の仕上がりが何とも心地よいのだが、
シャープで明解な展開は現代人にはぴったりだし、
古い響きのようで新鮮な感覚が備わっているところに魅力を感じる。
私の大好きなハ長調の協奏曲であるが、有名な第2楽章も
やはりテンポは速めで流れるように進み、これがまた最高なのである!

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2011年3月30日 (水)

ウラディーミル・アシュケナージ 4

1978年のアシュケナージでモーツァルトを聞いている。
フィルハーモニア管弦楽団を弾き振りして
1978年6月に収録のK.459とK.482のピアノ協奏曲。
やはりモーツァルトの音楽というのは、こういうときこそ
何とも癒しと救いのある音色で素晴らしい。感動的だ。
アシュケナージのピアノは極上の美しさであり、
まさに理想というべき仕上がり。表情は豊かだが、
洗練された感覚と何よりもその上品さ。完璧である。
変ホ長調K.482は、モーツァルトのピアノ協奏曲でも
非常に規模の大きい作品だが、第2楽章の美しさも格別で
聞きごたえのある…これこそ本当の傑作という作品。
この曲はルドルフ・ゼルキンの演奏が私は好きなのだが、
アシュケナージも魅力的であり、名演である!

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2011年3月29日 (火)

横浜の風景から 155~保土ヶ谷宿 2

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東海道保土ヶ谷宿の松並木で一里塚である。
明治以降の宿場制度の廃止で
松並木も一里塚も消滅してしまったが、
保土ヶ谷宿松並木の復元事業で再現されたそうだ。

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一里塚から今井川を渡って、瀬戸ヶ谷町に入り、
外川神社があった。草鞋などの旅道具が飾られているが、
東海道での安全を祈願して、旅人が立ち寄ったのだろう。

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外川神社は、保土ヶ谷宿内の羽州湯殿山の講中が、
湯殿・月山・羽黒の三山の霊場を参拝し、明治2年に
羽黒山麓の外川仙人大権現を勧請したものだそうである。
小児の虫封じと航海安全にご利益があるという。

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現在の国道1号線から「岩崎ガード」の先で
東海道の旧道に入り、昔は今井川の流れが違っていたそうだが、
「元町橋」という橋が架かっていたという…バス亭の名前に残っており、
そこには鳥居が何重にも重なる正一位稲荷大明神が祀られている。

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お稲荷さんの入口でバス亭のすぐ横には庚申塔があった。

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横浜の風景から 154~保土ヶ谷宿 1

東海道の保土ヶ谷宿を歩く。
今回は国道1号線沿いのみ。

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保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目の本陣跡。
小田原北条氏の家臣苅部豊前守康則の子孫で
苅部家が代々の本陣を務めていたが、
明治3年に軽部姓に改称して、現在もいらっしゃるようだ。

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少し歩いて、脇本陣の水屋跡。現在は消防署である。
寛政12年(1800)には37軒、天保13年(1842)には69軒と
びっしりと旅籠屋が並んでいたそうである。
今では旅館もないし、全くそうした面影がないのも不思議。

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旅籠屋「本金子屋」跡。
それらしい風情を残すのはこの建物のみである。
天保年間の規模で建坪79坪、間口7間×奥行11間半、
部屋数は13だというから、現在の旅館、ホテルと比べると
それほど大きくはなかったような…

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横浜の風景から 153

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保土ヶ谷区西久保町にある杉山神社。
旧東海道ではないが、現在の東海道(国道1号線)沿いにある。

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社殿の奥には、様々な石塔が集められており、
こちらの二基は庚申塔。その右には道祖神があった。

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そしてこちらも中央が庚申塔。
右には堅牢地神塔がある。

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杉山神社の隣には、金厳山安楽寺があり、
その境内にも庚申塔が祀られていた。

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2011年3月28日 (月)

横浜から歩いて帰ると…

今日は神奈川県庁に設計事務所の年次報告書を
提出に行ってきた。もっと早く出すつもりだったのだけど
震災があって、いろいろなことが起こったので
何となく後まわしになり、月末ギリギリになってしまった。

それで今回の大震災を経験して、ひとつ考えていたのが
3月11日の地震の日に東京の杉並から横浜へ
たいへんな苦労をして帰ってきたので
まずは横浜の中心部から自宅まで歩いて帰った場合の
道のりや時間…そしてどれくらい疲れるのか?
一度、実際に歩いて、感覚をつかんでおこうと
今日は天気もいいし、実行してみることにした。
横浜の関内・桜木町周辺で大震災に遭遇したとして
鉄道などの交通網が麻痺し、徒歩による帰宅を余儀なくされたと想定。
コースはいくつかあるのだが、なるべく高低差のないルートで
相鉄線沿線の国道16号を歩くのは、ちょっと遠まわりの気もするので
今日は保土ヶ谷駅を経由して、保土ヶ谷区今井町から
旭区南本宿町へ至るコースを採用してみた。

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神奈川県庁を11時35分に出発。

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すぐにお馴染みの開港記念会館。

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そしてこちらは、横浜銀行協会。

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桜木町へ近づくが、神奈川県立歴史博物館。

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弁天橋からみなとみらい地区を見る。ここで12時。
大岡川の水のすぐそばにまで下りていけるのだが、
でも津波が来たらと思うと恐ろしい。
海の近くだが、こういった運河には、高波は来ないのか?
でもこの辺だと水位の変化はありそうな気がする。

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高島町に向かってしばらく歩き、そこからは国道1号線を行くが、
京急の戸部をすぎて、写真は「浜松町」の交差点。12時30分。
ここから国道16号線の八王子街道が分かれる。
相鉄線に沿っても行けるのだが、今日はそのまま東海道を進む。

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保土ヶ谷駅の東口である。税務署の反対側。13時を少し過ぎた。

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東海道の保土ヶ谷宿でいろいろな史跡を見ることができたのだが、
そちらは後ほどレポートすることにして、写真は「岩崎ガード」で
歩道橋の上から歩いてきた東海道をふり返る。13時35分。
この少し先で1号線からは離れ、旧東海道の方へ入っていくが、
「元町ガード」でJR東海道線の下をくぐり、二俣川方面を目指す。
保土ヶ谷区法泉、境木町、今井町、旭区桐が作、南本宿町…
あとは慣れている地元地域へと近づくのでもう安心だ。

保土ヶ谷宿でいろいろ寄り道をしたり…
南本宿の横浜家系「三國家」でラーメンを食べて、
同じく南本宿の和菓子屋さん「寿々木」で土産の桜餅を買ったり…
だいぶ遅れてしまったが、なんと帰宅したのは15時45分。
時間がかかった。4時間超。携帯の歩数計は25620歩。約18km。
しかし3月11日は同じ時間で32000歩ほどだったので
今日はだいぶ物見遊山に時間を費やしてしまった。
結構疲れたが、大体の距離感はつかめた。
今度はぜひ横浜西口から国道16号を歩くコースを試してみたい。

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2011年3月27日 (日)

落語につぶやき 89~矢橋船

昨日の黒門亭で…柳家一琴さんで聞いてきた
「矢橋船(やばせぶね)」という噺。
もちろんはじめて聞く噺だったし、珍しいのでは。
一琴さんの兄弟子で続いて登場した福治さんも
知らない噺で「何という噺?」って聞いたそうな。
帰って、早速に落語事典で調べてみたところ、
上方噺の「東の旅」シリーズのひとつだそうである。
乗合船に様々な人が乗り込むのだが、その中に
スズメを籠に入れた鳥さしがいて、大きな鳥籠を持ち込み、
実は昨日は、ここがよく聞き取れなかったのだが、
二人連れのお侍は、家宝の刀「小烏丸」紛失で
お役目で方々を探し回っているのであり、
そこで…もうひとり船に乗っているお侍の腰のものに注目して、
船中で刀を拝見したいと…騒ぎを起こしたのであった。
当然ながら断られ、ならば無理にもとひったくり、
それで刀が鳥さしの籠に当って、バリバリと壊れ、
中のスズメは逃げ出すが、そろって刀の上に止まったのであり、
というのは、刀の中身は竹光だった…というオチで。
これは噺の後半部分で…実際の中身は、船の上でのやり取りで
色問答、無理問答という言葉遊びが面白い。この噺は好き!

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2011年3月26日 (土)

黒門亭で小満ん・一琴・世之介

震災後、はじめて東京へ。正直なところ、東京へ行って、
大きな余震が来るなど…帰れなくなる不安はあるけれど
そうともいっていられないので、何かあったら…の覚悟はして
朝から御徒町へ…黒門町へ出掛けてきた。毎度の黒門亭。
お目当てはもちろん小満ん師匠!そして世之介師匠である。
結果的には何もなく…無事に健やかな一日を過ごせて、
鉄道も通常の休日ダイヤで…いつもの時間で予定通りに動けた。


第1部
柳亭市助:転失気
柳家ろべえ:もぐら泥
柳家小満ん:長屋の花見
鏡味仙志郎:太神楽曲芸
橘家蔵之助:短命


今日ははじめての前座さん。めくりも「開口一番」で
「柳亭市馬の弟子で市助と申します」と聞くまで、わからなかった。
市也さんの「転失気」も聞いているが、市馬一門のこの噺はいい。
そしてろべえさんが「もぐら泥」。面白すぎ。この噺も好きだ。
「やる気がない」という師匠の喜多八殿下の芸風が見事に受け継がれ、
そして噺に入るといきなり元気になる!という、ここも殿下の存在を感じるし、
間抜けな泥棒は、喜多八師匠の得意技だが、ろべえさんも似合いすぎ。
後半に出てくる酔っ払いのデレデレ具合も絶品で…これはよかった!
続いて小満ん師匠。「梅は咲いたか…桜はまだか…」で季節のマクラを軽く…
そして「長屋の衆はこれで全員か?」ときて…あらっ「長屋の花見」だ。
正直…最初は…なんだ「長屋の花見」か…残念だな…
なんて思ってみたのだけれど、これが素晴らしい。本当に目からウロコ。
感動してしまった。まさか「長屋の花見」で感動するなんて…
今までに何度もこの噺は聞いているけれど、こういう気持ちははじめて。
お酒でない「お茶け」で茶柱が立って、小満ん師匠だとその続きがあり、
(大家さん)お前さんは風流だから、一句詠んでおくれ…と
すると早速「長屋中、歯を食いしばって、花見かな」という。
さらに六ちゃんだったかな?腹の具合が悪い…と
遅れてきたので、駆け付け三杯、お茶けをラッパ飲みというところでサゲ。
もしかしたら、これが「長屋の花見」の本寸法?貴重な噺を聞けたような。
小満ん師匠が普通の噺をやるときは、オチなど、いつも何か発見がある!
仲入り後は、太神楽の仙志郎さんが今日はおひとりで登場。
傘回しと棒の上に茶碗を積み上げるお馴染みの芸なのだが、
太神楽を黒門亭の距離感で見るとこれが感動!こちらも驚きの体験。
私は一番前にいるので、頭の上で傘がくるくる回っているのだが、
すべて竹でできている和傘の上を玉や升や茶碗が回り、
音とかその伝わってくる空気の感じが実に気持ちよくて、
やはり歴史ある伝統芸能というのは素晴らしいなと。
太神楽に挑んでいる仙志郎さんがカッコよかった!
第1部のトリは蔵之助師匠。圓蔵一門の明るい芸風。
楽しいマクラで客の心をつかんでしまうのだが、「短命」でニンマリ。

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第1部と第2部の間に湯島天神にお参り。
合格のお礼参りも済んでか…梅祭りも終わってか…
ちょっと静かな湯島天神の境内。でも今日は結婚式が行われていた。

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天神様にお願いするのは少し違うのかもしれないけれど
世の中に平和な日々が戻ってくることをつい願ってしまう。


第2部
柳亭市助:小町~道灌
柳家一琴:矢橋船
柳家福治:茶の湯
金原亭世之介:明烏


市助さん、今日の二席目でご隠居を訪ねる八つぁんだが、
書画の話になって、「小町」である。これは「道灌」の前半。
小野小町については軽く扱って、本題の太田道灌公が登場したが、
最初の粗茶の部分を完全にカットして、「小町」と「道灌」をバランスよく、
時計は確認しなかったが、持ち時間にきちんとはまっていたと思うけど、
物語の構成力というか…おっ!できるぞ!という、期待の前座さんである。
続いて一琴さんが、これは聞いたことのない噺。全く知らない。
琵琶湖の東側(矢橋)から西側(大津)へ
陸で歩くと三里だけれど、船で渡れば一里の距離であると
乗合船に様々な人が乗り込むのだが、色問答や、無理問答…
言葉遊びの面白さで…これはいい噺。情景が目に浮かぶ。
後半、お侍がひと騒動で騒ぎになるのだが、賑やかだ。
この後に出てきた福治さんが、私は知ったかぶりはしないので…
何という噺?と一琴さんに聞いてみたら「矢橋船」だと教えてくれたって。
なるほど。というので知ったかぶりはよくないというマクラになり、
小三治師匠の話題も出たけれど、ネット流出厳禁ネタで…笑
噺の方は「茶の湯」へ。楽しい。長閑な時間が流れる。
根岸の里という「風流だな…」のイメージが心地よさなのか。
そして今日のトリは世之介師匠。相変わらず毒舌が冴えわたり、
放射能ネタ、被災地慰問の話題でマクラからブッタ斬り!
かなりの過激トークだが、そんなのは慣れているので
世之介師匠に痺れてしまう。暗いときほど、笑うと元気になる。
久しぶりにたくさん笑った。思いっきり笑えるというのは貴重なこと。
世之介師匠の「明烏」は以前に聞いたことがあって、
その点では、それほど期待していない部分もあったのだが、
これがどうしたことか…世之介師匠の作り込んでいる若旦那が
おかしくおかしくて…思い出すと前もこうだったと思うのだけど
今日ははじめて聞くような新鮮な喜びで最高の満足感。
キャラの味付けで少々スパイスを利かせるのだが、
人間というものがここまであからさまに描かれると
「明烏」という噺は、その人間模様は深いなって。
とにかく笑いの力で元気が出た。やっぱり落語はすごい!
明るく笑顔で前を向いていれば、きっと足は前に進んでいく!


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2011年3月25日 (金)

スヴャトスラフ・リヒテル 1

今日はスヴャトスラフ・リヒテルのベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第30番から第32番の3曲を聞いている。
晩年に録音されたもので1991年10月に
ドイツのルートヴィヒスブルク、オルデンスザールで収録。
これらの作品は、同時期のライブ録音も残されているが、
PHILIPSからのこの演奏はスタジオ収録のようでもあり、
といって、ミスタッチや音のムラはそのままの状態で
明らかに放送録音とは別のものだが、
どういう経緯で収録されて、レコードとして
発売されるようになったのかは不明である。
でも第32番では、客席での咳の音、
演奏後の拍手も聞こえ…表記はないがライブ録音だ。
基本は軽めの音色で…肩の力の抜けた
いかにも晩年のリヒテルらしい演奏だが、
技巧的にも集中力の点でも衰えを知らない…
とはいえ、若いときの驚異的な凝縮度ではなく、
逆らえない衰えを表現と音楽の深まりで克服している。
リヒテルならではの厳しい姿勢が貫かれ…
剛柔を自在に弾き分けた陰影ある響きは見事だ。
近づきがたいような偉大さを示しつつ…
聞けば聞くほどに引き込まれていくのは、
やはりリヒテルという演奏家の凄みなのであり、
ベートーヴェンの素晴らしい音楽とともに感動的である。

PHILIPS PHCP-5119

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2011年3月24日 (木)

人体に影響がないのなら…

すべての発端は巨大地震だが、
津波が来て、原発事故が起きて、
停電するようになり、ガソリンや食料不足、
ひとつずつ立ち向かおうとすると
新たな問題にぶち当たる…
そしていま…野菜が出荷停止になり、
水が飲めなくなるのではという危機感。
これから先…一体、何が起きる!

発表される数値やその単位については、
正直なところ、よくわからないが、
しかし健康被害が想定される規定値の
はるかにはるかに小さい量の数値である。
ただちに人体への影響はないという。
しかし食べるな…飲むな…という。
枝野さんが発表している数値やコメントが
すべて真実であるとして、嘘偽りはないと思うけど
人体に影響がないのなら…そんなに微量な数値は
検出されなければいいのに…体に関係ないわけでしょ。
計測する機器の精度がよすぎるのではないか…
もちろん細かいところまで正確に出る計測器は素晴らしい。
しかし結果、それによって、必要以上の不安を与え、
社会に混乱を引き起こすことになる。さすがにそろそろ疲れた。
「検出されました。でも健康には問題ありません。」
といわれて、本当かよ!?って、むしろ疑いたくなる。
隠蔽されるよりはいいけれど、恐怖心を煽っているだけのような…
原子力発電は欠かせないエネルギーであると
誰もが理解を示しつつあるような状況にきていたが、
やはり問題が発生したときにその中身を知らなさ過ぎることは
今となっては反省することばかりなのである。
基本的には非常に警戒しないといけない段階にあると心得ているけれど
実際のところ、どれほどの恐怖にさらされているのか…
それもわからないし、全くイメージのできないところで
大変な事故が起きているということが、最大の危機なのだ。

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2011年3月23日 (水)

緊急地震速報の空振り

今朝は地震が続いて、嫌な感じであったが、
午前中、出掛ける用事があったので
その後、余震はおさまってくれて、ひと安心。

どうしても慣れることはできない緊急地震速報。
まあ、慣れていい種類のものではないのだが、
鳴るとドキッとして、これから地震が来るのか?って、
恐怖が襲ってくる。今朝も鳴った。携帯が唸った。
テレビやラジオでは、たまに試験放送があったので
どういうものなのか、少しは知っていたが、
携帯でのエリアメールによる緊急地震速報は、
今回の地震でその存在を知るようになった気がする。
しかし肝心の3月11日には来なかった。
M9.0の巨大地震は何の前触れもなく…であったし、
(テレビとラジオでは緊急地震速報が流れたらしい)
その後、携帯電話は全くつながらなくなってしまったので…
携帯の履歴を振り返ると3月12日以降に届いているが、
緊急地震速報は震度4以上が見込まれる地域に
警報を出すものだそうで、幸いにもそれ以降、
巨大な揺れというのは感じられていないのだが、
するとそれは、緊急地震速報の「空振り」というそうだけど
気象庁によると…あまりに地震が多すぎて、
二か所の震源による別の地震情報が重なって、
誤って、警報が出されるということもあったという。
11日から21日に出された37回の警報のうち
実に17回が「空振り」に終わったそうだ。
しかし警報というのは、注意を促がすものであって、
現在のような状況下では、警戒に警戒を重ねて、
それで身の安全が確保されるのであり、
「空振り」だからといって、怒る者はいない。
むしろ無事に済めば、ホッとするのである。
本来は…警報を出して、緊急事態が発生しなければ、
今後への油断につながる訳で、この種の情報は
正確さは不可欠ではあるけれど…いまは「空振り」でもいいから
新たな被害が広がらないことを祈るのみなのである。

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2011年3月22日 (火)

石巻市 サン・ファン館の被害

早いもので…もう15年ほど昔になってしまったが、
石井和紘建築研究所に勤めていた頃、
入りたての頃に…当時、竣工したばかりだったのが、
「宮城県慶長使節船ミュージアム」だった。
完成してしまったので、私は関わることができなかったが、
雑誌の表紙を飾ったり…「サン・ファン」の愛称で
石井さんの代表作のひとつであると素晴らしかった。
「サン・ファン」とは、復元された慶長使節船
サン・ファン・バウティスタ号を展示する博物館であり、
その復元船を取り囲む形で建築が配置されているのである。
つまり船はドックの中で海の上に浮かんでいるのであり、
展示棟はその海面近くで船に寄り添う形で
建築と地形そして海との関係性が最大の魅力であった。
それが今回の津波被害である。気になっていた。
石巻市の地震と津波の被害はどうなのか…
正直恐かったので…ふれずにいたのだが、
「慶長使節船ミュージアム」のサイトを確認したところ…
「船をとりまくドック棟展示室は津波により壊滅いたしました。」
とある。職員の方々は無事に避難されているそうで
サン・ファン・バウティスタ号も一部破損した程度らしい。
http://www.santjuan.or.jp/

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河北新報社のサイトに写真を見つけた。
船の無事を伝える記事なので展示棟に関しては
この写真ではあまりわからないのだが、
元々地震の多い地域なので、地震への配慮もされているし、
台風による強風・高波にも対応できる建築ではあった。
しかし数メートルという大津波が押し寄せたというのだから…
強化ガラスを突き破り、あっという間に水没してしまったのかも…
なんということだ。残念な気持ちや悲しさを通り越して、
なぜこんなにもつらい試練が与えられるのだろう…という。
しかし無事であったサン・ファン・バウティスタ号は
復興のシンボルであり、石巻の方々は
力強い新たな一歩を踏み出しているともある。
逆に元気をもらっているようでは申し訳ないが、
この感動をエネルギーにして、前に進もう!

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2011年3月21日 (月)

今日は再び部屋の片付け

今日は雨で少し寒い一日だったが
先週に続いて、部屋の片付けをしていた。
地震で物が倒れたり…落ちたり…崩れたりして…
そういうことのないような部屋にきちんと整理しようと
しかし平日はなかなか時間も取れなかったので
三連休の最後の日、今日はちょっと真剣に。
でも自分の中ではいろいろやったのだけど…
結果的には、今のところかえって散らかっている印象も。
整理はできているのだが、収納するための箱を用意して、
それにしっかり納めることで地震対策である。
その辺は時間をかけて取り組んでいこう。

この三連休は停電もなく、余震も少なかったし、
少しだけ平穏な生活を取り戻したようにも感じられるが、
それが明日以降、どうなっていくのか…注目である。
引き続き、節電であり、危機意識を忘れてはいけないが、
地震の前の元に戻し、先のことを考えはじめなければ…

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2011年3月20日 (日)

車のいない三連休の日曜日

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横浜市の戸塚と瀬谷を結ぶ瀬谷柏尾道路である。
瀬谷区阿久和南の「湘南泉病院入口」付近にて。
車が少ない。いくら三連休の日曜日といっても
普段は車の多い道なので、これは驚きの光景だ。
ガソリン不足でみんな車の使用を控えている。
素晴らしい!私もなるべく歩いている。

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横浜の風景から 152

外を歩くと気晴らしになるので、昼から出掛けてきた。
暖かいよい天気だったが、夜からは雨になるらしい。

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瀬谷区阿久和南1丁目のお墓山。
江戸時代の旗本で阿久和安藤氏の墓所になっているのだが、
地震による墓石の倒壊はなかったようで…よかった。

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お馴染みの風景だけど…お墓山である。
子供の頃から親しんでいるので…癒される。

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しばらく歩いて…泉区新橋町の横山長屋門。
新橋町では、横山家と中丸家の長屋門が有名で
両家とも現在も住まわれているので、
外から少しだけ見せていただいている。
本当に素晴らしい長屋門でつい寄ってしまう。

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横の上り坂から見下ろすことができるのだが、
このように非常に立派で…その規模にも驚かされる。

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2011年3月19日 (土)

地震から一週間が過ぎて

昨日の午後で地震発生から一週間が過ぎたが、
地震が起きた後は、東京から横浜へ帰るので必死で
いつになっても電車が走らない…それはなぜ?
当然、何も情報は入ってこなかったから
余震のことも知らずに歩いていたのだけど
実際の被害状況が分かったのは、翌朝のことで
そのことの大きさを理解してから
今日で一週間ということになる。

その後、原発事故で騒ぎが拡大して、
日曜日の晩には、計画停電の実施を発表。
鉄道が運休になってしまって、再び交通の混乱。
街ではガソリン不足、食料不足、…、様々な問題が噴出して、
この一週間は、とても集中できずに…
何も手につかず、時間が経ってしまったような気がする。

とにかく平常に戻さなくては…
今後も様々な障害が続くわけだけど
それを理由に逃げていてはいけないなと…

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2011年3月18日 (金)

今日の街の風景

お昼の前後で外出したのだが、
いつもなら車で行くところも歩くことにして…
30分歩けば、かなりの遠くまで行けるのである。

昼間の交通渋滞は見られないが、
ガソリンスタンドの給油待ちの車の列は深刻だ。

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横浜市泉区緑園7丁目にあるEssoのスタンドだが、
どこまで列が続くかというと…

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写真は旭区に入って、柏町の柏保育園の周辺だが、
この先、坂の下の「柏町」の交差点まで。

地域外の方にはイメージできないと思うけど
とにかく長い列で…これまでは見たこともないような光景。

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こちらは旭区さちが丘の「桃源台」交差点にあるENEOSのスタンドで
どこまで列が続くかというと…

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写真は「善部小学校入口」交差点の付近だが、
この先、善部小学校の下で牛丼の「すき家」まで続く。

ガソリン事情も解消されると聞いているけれど
しばらくの間、車の使用は控えよう。
これも節電と同じく心をひとつにしての協力が大切。
配達や…仕事で車が欠かせない人たちへの譲り合いとか。

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2011年3月17日 (木)

そして米の流通は…

近所のお馴染みの米屋さんの話で
被災地優先ということで、問屋に米が入ってこない。
いまある米は大切に食べてください…というのが火曜日の話。
でも今朝のニュースで備蓄米は十分に確保しているという。
もちろん被災地に米や食料品を送ることが最重要だが、
だからといって、都心や関東地方から食べるものがなくなるか…
というとそんなことはないのだと思う。
いまは震災の混乱から一時的に流通が乱れているだけで
きっと解消されていくと思う。買い占めは意味がないのだ。
やはり惑わされずに落ち着いて行動して、
この際、のんびりと構えていることも重要なのかも。

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久しぶりのパン

昨日、近所のコンビニに行ったときに
パンのコーナーでヤマザキのコッペパンと
ジャムパン、焼きそばパン、玉子のクリームパン、
菓子パンのみだが、思った以上に数多く並んでいたので
種類をバラバラに両親と私で3個だけ買ってきた。
今朝は一週間ぶりにパンを食べることができた。
物は少しずつ流通しているので、買い占めをしなければ、
少しでも多くの人に行きわたるのだと思う。
都内のスーパーでの買い占め主婦の映像を見たが、
徳光さんが「キャベツ3つ買ってどうするの?」と
呆れ顔をしていたのが印象的だった。同感。
駅前のスーパーで相鉄ローゼンだけど
夕方の停電時に休業して、その間に品物を入荷させて、
停電終了後の店の再開には、物が並んだという話を聞く。
そこにも結果的に客が殺到したそうだが…
不安がないといったらウソだけど、いまは惑わされずに
とにかく普段通りに戻すということが大切な気がする。

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2011年3月16日 (水)

近所の震災被害

今日もお昼すぎに少し大きな余震があったが、
様子を見て、静かになったので、
近所のコンビニに用足しに出掛けて
いつものコースで善部神明社に
一日も早く元の生活を取り戻せますようにと
お参りに行ってきたのだが、そこでの写真である。

20110316a

灯籠が倒れ、バラバラに壊れてしまっている。
氏子の方がすでに状況を調べに来て、
片付けをされた後のようだが、やはり地震の力は凄まじい。

20110316b

灯籠は頭が重いので…一番弱いところに
地震の水平力が集中してしまうのだが、
このように完全に折れてしまっている。
見たところそれほど古くはないようで
石が風化している様子もないし、
とにかく地震の脅威は想像以上のものがある。

20110316c

反対側の灯籠が無事で、元は同じように配置されていたと思うのだが、
もしかしたら地震で一基が倒れ、ぶつかった衝撃で破損したのかもしれない。
寺や神社で大きな地震に遭遇した際には、こうした石塔からは
速やかに離れることが重要であるのかもしれない。
子供たちが遊び場にしているようなこともあるので
こうした危険性は、ぜひとも知っておいてほしいことである。

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2011年3月15日 (火)

横浜の震災被害

今日は横浜市役所の建築道路課に事前相談に行く予定を組んでいたので
行けるのだろうか?帰ってこられるのだろうか…といろいろ不安を感じつつも
夜遅くなってもいいと覚悟した上で…昼から出掛けてみたのだが、
交通事情は解消されていて、スムーズに予定をこなすことができ、
こんな状況の中にもひとつ仕事を進めることができて有意義な一日だった。
その道中で偶然に見付けた非常にショックな写真である。

20110315a

横浜スタジアムのすぐ近くで繁華街のビルであるが、
今回の震災で大きな打撃を受けた鉄筋コンクリート造の建物。
表面の仕上げ材が剥がれ落ちているが、事態はさらに深刻。

20110315b

鉄筋コンクリートの壁が「×」にひび割れるせん断破壊を起こしている。
両側の柱については、破壊は生じていないが、もうもたない…
おそらくかなり古い建物だと思うけど、鉄筋がシングル配筋だし、
壁も薄いし、柱でもたせて、壁で支えているわけではないのだろうけれど、
しかしコンクリートの壁厚が薄いような。柱の帯筋が見えているので
コンクリートのかぶり厚が確保されていないということも考えられる。
柱で横力を支え切れなくなったので、間の壁に破壊が生じたのだろう。
各階のコンクリートの打ち継ぎも割れているというか…
梁や床スラブとの壁の一体化がうまくいっていないことも。
今回は震度5クラスの地震だけど、さらに巨大な地震に遭遇したり
次に大きな余震が来たら、4階から7階については、完全につぶれるかも。
倒壊の恐れありということだと思うが、このビルの前は、現在は通行制限が。
この地震が落ち着いたら、近く解体ということになるだろう。
もしこの下を歩いていたら、とても助からない。恐ろしい。

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2011年3月14日 (月)

今回の地震で思うこと

報道では、津波被害を伝える映像が多く流れている気がするが、
津波に流され、無残に崩れる木造住宅の姿はショックである。
建築に関わるものとして、あの映像を見てしまうと…
ものづくりへの意欲を失うというか…理想や夢を失うというか…
がっくりきてしまい、すっかり力が入らなくなってしまった。
阪神・淡路大震災のときは、まだ学生だったのだが、
倒壊した建物を目の当たりに構造系の先生方が
同じように肩を落としていたことを思い出す。
その気持ち、いまならば、痛いほどよくわかるのである。
関東大震災以降、建築界は、地震の度に学んだ教訓を積み上げ、
新しい建築づくりに役立ててきたわけだが、
今回の「マグニチュード9.0」という想定外の巨大地震に
その自然の脅威にあまりにも無力な人間の存在…
これからの建築づくり、都市づくりにどう向き合っていけばいいのか…

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計画停電と今日の一日

計画停電のグループ分けに関して
昨日の夜の段階では、横浜市は第4グループだと
それが朝起きてみたら、私のいる旭区は第2グループで
そしてこれも昨晩の段階でわかっていたのだが、
東京の中心部を除いて、鉄道がどこも運休で
横浜に関しては、完全に足止めではないか…

停電で工場の生産も止まるし、食品も品薄になることが考えられるが
昼前にパンと牛乳がないというので、父と車でスーパーに出掛けたのだけど
もう遅いだろう…とは分かっていたものの、様子を知るためにも…
まずはひどい道路渋滞。なぜか瀬谷方面に向かう車が走っていない。
こちらは逆方向だったので大丈夫だったが、ガソリンのこともあるけれど
これでは車は足にならないということである。今後、解消されるのか…
スーパーでは、牛乳は全くなく、代わりに「野菜生活」を買って、
パンもなし。そば・うどん・ラーメンの麺類もなし。米も売り切れ。
菓子類も品薄で…いざというとき腹を満たしてくれる煎餅やクッキーを購入。
おそらく流通経路が確保できていなくて、一時的な現象であり、
品物はいずれ来ると思うのだが。しかし考えてみると…
同区内にあるタカナシ乳業も房総や北海道の牛乳を扱っていたら
横浜へは届かずに…生産が止まるということも考えられるのか?
戸塚区に山崎製パンの工場があるけれど、原材料がなくては…

午後は仕事を進めていたのだが、切りのいいところまで終わらせて
夕方からの停電に備えて、16時の明るいときに入浴を済ませてしまった。
これも少しは節電になっているのか?晩ご飯も17時30分より…
結果的には、18時20分からの今日の計画停電を免れたのだが、
よく考えて、時間を気にして、効率よく生活しないといけない。
日中に停電のときには、引き続き、部屋の片付けをしようと思っているのだけど
夕方から暗くなっての停電は、まだ寒いということもあるし、
いっそ寝てしまう方がいいのかも…電気が止まると何も使えない。
わが家のトイレは、水を流すのもリモコン式なので
今朝、電源を抜いて実験してみたところ、やっぱり流れない…
というので、急遽手動で流す方法を調べて、それはすぐわかったが、
ガスといっても給湯設備も電気を利用、電話もコンセントにつながっているし、
ありとあらゆるものが電気を利用して作動しているのである。
明日以降、どうなっていくのか…鉄道の運休はちょっと厳しい状況だ。

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2011年3月13日 (日)

地震による部屋の片付け

仕事もしている自分の部屋だが、
今回の地震で棚から物が落ちたり
並べてあったものが無残に崩れたり
建築に関わっていながら何という弱い部屋だろう。
わかっていたのだ。大きな地震が来たら
ぐちゃぐちゃになる物の置き方、並べ方だった。
以前から直さないといけない…とは思いながらも
まだいいや…地震は来ないだろう…という
安易な考えと先送り主義であったことは大いに反省。
昨日の午後、一応整理して、確認し終えたのだが、
まだ余震も続き、いつ大きな地震が来るかわからない状況で
何とか地震に耐えうる部屋にしようと思いきった片付けをはじめた。
となると…いろいろ物を移動し、すると埃がたまりにたまって、
掃除機で吸って、きれいに雑巾で拭いて、いらないものは処分。
大掃除をはじめた。今日もがんばったけれど、しばらくの間、これを続けて、
掃除をしやすく、物の移動もしやすい…地震にも強い部屋に改造しようと
今回の経験を忘れずに部屋作りに取り組んでいくことを心に誓ったのである。

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2011年3月12日 (土)

杉並から横浜へ…遠かった

昨日(3月11日)のことです。
見せていただいた新築住宅を失礼して
建築士仲間とワイワイ感想を話しながら
久我山駅の商店街にまで戻ってきたのだが、
揺れているような…地震かな?
そうしたらどんどん揺れは大きくなり、
電信柱が波打って、建物がガサガサ音を立て、
商店の中にいた人が外へ逃げてくる。
交差点の真ん中で立ち尽くし、呆然として…
揺れが止まらない。どころか…ますます大きくなる。
そのときは冷静に状況を見つめていたのだが、
後から思い出すと…恐ろしい。ものすごい光景だった。

電車も止まったので、喫茶店に入っていたのだが、
一度大きな余震があり、落ち着かずに
外の状況を知るためにも駅へ行ってみた。
井の頭線は止まったままで、再開のめどは立たず…
一緒にいた埼玉県在住の方々は地図を調べ、
歩いて帰ることに。私はどうしよう…
ひとり待ってみたのだが、寒いし、どうしようもないので
とりあえず小田急線を目指そう。歩いている間に
電車の運行も再開するかもしれない。

井の頭線久我山駅を16時30分に出発。
神田川沿いに歩いて、隣駅の富士見ヶ丘まで。
南へ向かう道があったので、曲がってしばらく進むと
広い通りにぶつかった。中央道だ。勘を頼りに。
勘といっても全く土地勘のない場所である。
しかし標識で「環八通り」が出たので、そっちへ行けばいい。
環八へ出たので後はひたすら小田急を目指し真っ直ぐ進む。
京王線を越えて、小田急の線路に出たのは18時。
駅へ行ってみると「祖師ヶ谷大蔵」だった。
やはり小田急は運転再開していない。
とりあえず線路沿いに歩く。
成城学園前・喜多見・狛江・和泉多摩川
それぞれ駅へ寄っては、運転の状況を見る。
途中公衆電話から家に電話を入れたが、
JRは終日運転見合わせを発表したと。どうする…
和泉多摩川で多摩川を渡るのに線路から離れたが、
登戸・向ケ丘遊園は通過して、生田で駅に寄ってみる。
この辺で小田急の運転再開は見込めないと覚悟したのだが
読売ランド前・百合ヶ丘・そして新百合ヶ丘へ到着。20時20分。
幸いにもバスが走っていることはわかっていたので
小田急はあきらめ…とにかく距離的に近い場所へ向かう手段を。
20年前に桐蔭生だった記憶を必死にたどる。
新百合ヶ丘からあざみ野行の東急バスに乗り、もみの木台で降りると
桐蔭学園まで歩いて行ける。真っ暗で誰もいない桐蔭キャンパス。
鉄神社の前にあるバスターミナルへ行くとすぐに青葉台行が来た。
ここからはバスを乗り継いで…青葉台から若葉台行が運休で
十日市場までしか行けなかったけど、市営バスの若葉台行に乗り換え、
時間が22時だったので、終バスの時間が気になるのであり、
若葉台中央までは行かずに霧が丘高校前で降りると
ここで三ツ境行と十日市場行が分かれるバス亭なのだが
幸いにもすぐに相鉄バスの三ツ境行が来た。あとは安心。
三ツ境には22時15分に到着。ここからはもう歩いて帰れるのだが、
駅へ寄ってみると相鉄は時速15㎞で運転再開しているとのことだったので
ひと駅ながら…寒さと疲労で厳しかったので希望ヶ丘まで乗ることにした。
余震があったとのことですぐには来なかったけれど、22時40分に帰宅。

20110312

地図上の
周辺が出発点の久我山で
地図の一番下の
が終着点のわが家付近である。
この距離をこの状況下で帰宅できたことは奇跡に近い。
久我山から新百合ヶ丘までで携帯の歩数計は31000歩を超えていた。
そこからはバスに助けてもらったけど、運もよかった。
この行動力については、自分を褒めてあげたいと思う。
23時になって、やっと温かい晩御飯にありつけた。
しかし建物の中にいると度々余震が襲ってくる。
興奮もあって、なかなか寝られない夜であった。

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2011年3月11日 (金)

新築住宅の見学会

今日は杉並区の井の頭線久我山というところへ
昔一緒に働いていた先輩の設計による新築住宅の見学会。
metis (筒井紀博空間工房)
12時に家を出て、13時30分には久我山へ。
相鉄・小田急・京王井の頭線を乗り継いで
往きは順調に行けたのだが…

20110311a

20110311b

20110311c


すごくいい住宅で、空間めぐりは楽しく、
写真もたくさん撮ってきたのだが、
実に有意義な見学会だったのだが…
この直後に発生の巨大地震の恐怖で
記憶が飛んでしまった。

この後のことは、明日申し上げることにいたします。
つづく

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2011年3月10日 (木)

落語につぶやき 88~野晒し

今日は時間がなくなってしまい…
落語を一席聞いたら寝てしまいます。
何を聞こうかな…とは思ったのだけど
この前も志ん橋師匠で聞いてきた「野晒し」。
「野晒し」が聞きたいではないか…
明るく楽しい気持ちになって、そのまま寝ちゃおうと。
ということで今日は小三治師匠の「野晒し」。
志ん橋師匠のは、志ん朝師匠から伝わる「野晒し」だと思うけど
小三治師匠も基本は変わらないようだけど、ずいぶん印象は違って、
独特な語り口がいいなあ…という。癒される。骨釣れるか?骨!
面白すぎ。向島に行って、釣り場での大騒ぎはやっぱり楽しい。
夜になって、八つぁんのところを訪ねてくるのは、乙な年増ではなく…
お前は一体なんだ?あっしは幇間(たいこ)で。さっきのは馬の骨だった。
「野晒し」はオチが難しいんだけど、馬は死ぬと皮が太鼓の革になるという。

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2011年3月 9日 (水)

アンドレ・プレヴィン 2

アンドレ・プレヴィンがウィーンフィルを指揮した
メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」。
1986年2月にウィーン楽友協会で収録。
1980年代のこの時期にプレヴィンは
ウィーンフィルの定期演奏会に毎年のように出演して
同時にレコードの制作も行っていたのだが、
最近はあまり…ウィーンフィルは指揮していないようで…
80年代後半にR.シュトラウスの作品を多数録音しているが、
このメンデルスゾーンの後に続いてはじまった企画である。
当時は名演としてよく知られたディスクだったのだが、
やはりウィーンフィルの恐ろしく繊細な表現に感動する。
特に弦楽器の細やかな表情付けは圧倒的だ。
でもその頃から気になっていたのだけれど、
素晴らしい弦楽器に管楽器が加わると
何となくぼやけた音色に聞こえてしまって、
演奏は見事だけど、録音はいまひとつの印象も。
しかしウィーンフィルの角のとれた柔らかい響きは独特であり、
そうした特長をよく伝えた録音であることもいえるのかも。
プレヴィンが目指しているものも柔軟で色彩豊かな音楽なので。

PHILIPS 420 161-2

「アンドレ・プレヴィン」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2011年3月 8日 (火)

神奈川の建築家とつくる家

20110308_3

私のことを紹介して下さっている本で
「神奈川の建築家とつくる家」について
発行元の建築ジャーナル社のページができた。
⇒ 建築ジャーナルへ
先日、近所の本屋をのぞいてみたが、まだなかったけれど
ネット上では、楽天ブックスが扱っている。
⇒ 楽天ブックスへ
また紀伊國屋書店BookWebにもあった。
⇒ 紀伊國屋書店BookWebへ
amazonでは、やはりまだ出てこない。
神奈川県内の34人の建築家が五十音順に紹介されていて
私は「つ」で19番。ぜひご覧になってください。

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2011年3月 7日 (月)

圓生百席 「汲みたて」

土曜日に黒門亭で志ん弥師匠の「汲みたて」を聞いてきたが、
すごくよかったので…すると「汲みたて」という噺を聞きたくて
今日は圓生百席からの長講一席を聞いている。
圓生師匠は「汲みたて」は音曲噺であると
後半の船遊びの場面で鳴りものに合わせて唄を披露。
ここで長屋の衆が、船で追いかけてきて、太鼓や鐘で
ガチャガチャ大騒ぎをして邪魔をするのだが、
ここでの録音では、実際に噺に合わせて音を収録している。
圓生師匠の芸談でもいっているけれど…通常の高座では、
「ガチャガチャ」は声で説明するだけであり、
本物の音を吹き込んでいるのは、こうしたレコードならではだと。
そういえば…「汲みたて」の船遊びって、夏の涼みに行くのである。
今回の志ん弥師匠のでは、季節に合わせて「花見」に行くと
春の設定になっていて、そこもすごくよかったのだ。
落語の季節感は、最高の楽しみだと思う。

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2011年3月 6日 (日)

落語につぶやき 87~夏の医者

昨日の黒門亭で菊龍師匠の「ちしゃ医者」を聞いて
この噺ははじめてだが、落語事典によると
元は上方噺で…東京では四代目柳家小さんが、
三代目三遊亭圓馬に教わり演じていたという。
そこで「ちしゃ」って何?ということになるのだけれど
「食べられる葉っぱ…」ってそれぐらいしかわからないが、
これも落語事典によると…ちしゃは野菜の一種で
昔は肥汲み屋がお礼に野菜をもってきたという。
それで耳の遠いお婆さんが、「医者」と「ちしゃ」を聞き違えて
「ちしゃ」をもらおうと駕籠の中を探っていたら
中にはなんと「医者」が乗っていたという…なるほど。

常連の小林さんによると「ちしゃ」は「夏の医者」で出てくるよ…
ということなので今日は久々に「夏の医者」を聞いている。
もちろんこの噺は六代目の三遊亭圓生師匠だ。
出てきた!病気の父っつぁまがちしゃの胡麻和えを食べて
父っつぁまは、えかく好物だで…夏のちしゃは腹へさわることあるだ。
そんなにでかくやったから、ものあたりだ。
なるほど!田舎では胡麻和えにして食べるのだ。
その後、ウワバミが「夏の医者は腹にさわる」というのがオチ。
「医者」と「ちしゃ」を掛けるところは、「ちしゃ医者」と共通である。

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2011年3月 5日 (土)

黒門亭で志ん丸・志ん橋・志ん弥

今日は三月の第一週。どうも暖かくならないが…
というより今朝などは寒かったけれど、がんばって朝から黒門亭へ。
いや、それほどがんばることもなく、楽しく毎度の御徒町へ。
お目当ては大好きな志ん橋師匠で…そして志ん弥師匠も!
第1部のトリは志ん丸さんなので、志ん橋・志ん丸で親子会だ。
ネタ出しされているのも「お茶汲み」「汲みたて」とうれしい噺が聞ける。

第1部
柳家さん市:初天神
初音家左吉:狸札
三遊亭多歌介:長屋の花見
古今亭菊龍:ちしゃ医者
古今亭志ん丸:お茶汲み


前座さんはさん市さん。先月も聞いて、最近よく会うが、
さん市さんは上手い。人物描写がいきいきと表情豊かで
そして第2部は「金明竹」だけど、言立てもバッチリ!
続いて左吉さん。えっ、「たぬき」…それも「札」。
前座ネタじゃん…とはいえ、狸がかわいくて、きちんとオチが付いた。
左吉さんって、爽やかで…噺の仕上がりもいつも清潔な印象が残る。
多歌介さんは、季節ネタということで「長屋の花見」。春が来た。
お酒ではないお茶け…長屋の衆は拒否している。
それに大家さんに結構いろいろ歯向って!面白い。
仲入り後、菊龍師匠が…これははじめて聞く噺。知らない。
「ちしゃ医者」だった。演目だけ知っているような…珍しい。
菊龍師匠もいいなあ。やっぱり人物描写が魅力的で噺も面白くなる。
そして志ん丸さん。すごくよかった。「お茶汲み」も実演ははじめて。
長屋の風景もいいし、女郎買いで花魁や若い衆や廓の描写、
この噺は登場人物が多いけれど、それぞれがしっかり描きこまれて、
場面ごとにきっちり絵が変わっていくし、お見事でした!
実は花粉症でかなり大変とのことで…マクラでは自虐的に御謙遜だったけど
噺の完成度は、聞いているこちらにとっては大満足の大喜びの出来。

20110305a

第2部
柳家さん市:金明竹
蜃気楼龍玉:親子酒
古今亭志ん橋:野ざらし
古今亭志ん弥:汲みたて

開口一番、さん市さんの「金明竹」が鮮やかに決まって、
続いて弥助さん…ではなく龍玉さんが登場。
真打昇進してからは、今日がはじめてだ。
ネタはお馴染みの「親子酒」だけど、たっぷり、じっくりで
酒飲みの場面はやっぱり上手い!芸が細かい…所作も丁寧に。
喋っていない…見せる場面に重点が置かれているので
その辺はこちらもきちんと受け止めないとこの魅力はわからない。
不思議なのだけど、真打になって、一気に本格派の貫禄が漂って…
志ん橋師匠はバカの番付から釣りの話題…来た!「野ざらし」。
師匠の「野ざらし」は二度目である。でも聞けば聞くほど…深い。
好きなのは扇子を使って、釣竿に巻き付けられた糸をほどくところ。
本当に絵が広がって、竿の先から糸が伸びて、先に針が付いている…
見えるのである。志ん朝師匠から伝わる緻密な芸のこだわりだが、
志ん橋師匠の「野ざらし」は、楽しいと同時に感動の域に来ている!
後半のバカ騒ぎは、パッと明るく、この賑やかさを見ていると
「愛宕山」を聞いてみたい!って思ったのだが、ぜひお願いします。
そして今日のトリは志ん弥師匠の「汲みたて」。カッコいい!
志ん弥師匠は素敵!こちらの噺も長屋の衆がそろって出演で
そのわいわいのやり取りが見事に絵になって、稽古の師匠も色っぽいし、
与太郎の抜けている姿もこれもまた実に与太郎なのであり、素晴らしい。
「汲みたて」はなかなか聞けないけれど、噺の展開にも変化があって、
面白いし、いい!すっかりはまってしまった。

20110305b

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2011年3月 4日 (金)

キース・ジャレット 4

今日も先週に続き、1971年のキース・ジャレット。
マンフレッド・アイヒャーのプロデュースによる
ECMの録音から「Ruta And Daitya」というアルバム。
これはいい!面白い。実験に満ちた響きに興奮する。
ドラム・パーカッションのジャック・デジョネットと共演だが、
キース・ジャレットもピアノ・電子ピアノ・オルガン・フルートと
楽器を様々に弾きわけて…実に多様な音色。
民俗音楽を積極的に取り入れるようになるのが特長的だが、
同時にエレクトリックなサウンドを多用するのは、
マイルス・デイヴィスの影響のようである。
いうまでもなくキース・ジャレットにとって
ピアノ・ソロという表現スタイルは極めて重要なわけだが、
ここでのジャック・デジョネットが加わるという…
可能性は大いに広がって、心に響いてくるもの…
シンプルに動きの抑制された音楽の中にも
力強いものが感じられ、本当に素晴らしい。感動的だ。

CDR663

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2011年3月 3日 (木)

オッターとメルヴィン・タン

昨日はマルコム・ビルソンによるモーツァルトを聞いたが、
久々だとフォルテピアノの音色があまりに心地よかったので
今日もモーツァルトとハイドンを聞くことにした。
メルヴィン・タンによるフォルテピアノの演奏である。
アンネ・ゾフィー・フォン・オッターと共演した歌曲集。
1994年9月にストックホルムで収録されたもの。
実に魅力的!モダン楽器もいいのだけれど
こうして聞いているとモーツァルトやハイドンは
ピリオド楽器の方がいいのでは…とつい思ってしまう。
やはりフォルテピアノの音量って小さくて
ピアノが遠くから優しく聞こえてくる感じで
歌とピアノのバランスが通常の歌曲とは全く違うが、
オッターの歌がメルヴィン・タンのピアノにまさに寄り添い、
室内楽的というか…小さな空間での贅沢な味わいである。
鑑賞しているこちらも音楽に吸い込まれていくような
この感覚は古典様式における独特なものなのだろう。
ハイドンのカンタータ「ナクソスのアリアンナ」は
オペラ的な雰囲気で表現の幅も拡大する…最高!

ARCHIV 447 106-2

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2011年3月 2日 (水)

ジョン・エリオット・ガーディナー 1

今日はモーツァルトのピアノ協奏曲で
ハ短調K.491と変ロ長調K.595を聞いている。
マルコム・ビルソンのフォルテピアノ
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏である。
1988年5月 ロンドンのセント・ジョーンズ・スミス・スクエアで収録。
1980年代から90年代という…古楽演奏が一気に盛んになった時期で
ニコラウス・アルノンクール、ロジャー・ノリントン、
フランツ・ブリュッヘン、トン・コープマン、クリストファー・ホグウッド、
そしてこのジョン・エリオット・ガーディナーであるが、
こういった人たちの大活躍で古楽演奏が広く一般に知られるようになった。
私がはじめて買ったのが、このガーディナーのモーツァルトだったのである。
素朴で柔らかい響きながら、非常に躍動感あふれる音楽を聞かせていて
古い音色を復活させようとしているのに…むしろ新しい…発見に満ちている。
マルコム・ビルソンの解釈、表現が素晴らしいのだが、
なにしろフォルテピアノは音量が小さいので、オーケストラとの一体感は、
通常のピアノ協奏曲のイメージとは全く別のものである。
ソリストが目立って聞こえることはなく、奏者全員が寄り添って
ひとつになって音楽を創り上げていくという…素晴らしい。
それが何とも心地よく、協奏曲の華やかさとは違って、
モーツァルトの音楽そのものに深く踏み込んでいくような…実に感動的だ。

ARCHIV 427 652-2

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2011年3月 1日 (火)

今日の大笑い(失敗談)

振り込み先が三菱東京UFJ銀行になっていて
私は口座をもっていないので…そこで
その銀行に行って振り込むと振込手数料が安くなるという
それで…仕事に使っている口座は横浜銀行なので
最寄り駅の横浜銀行にて、振り込み分の現金を引き出して
駅の反対側に三菱東京UFJ銀行のATMコーナーがあるので
そこに直行すると…ATMコーナーでは現金の振り込みはできない。
現金振り込みは支店に行かなければいけないのだ。
すると…三菱東京UFJ銀行は隣駅に行かなければならない…
散歩がてら20分くらいかけて、歩いて行った。
隣駅支店に入り、入金の列に並ぶ。名前や金額、いろいろ打ちこんで
いざとなったら、10万円以上は振り込みできない…窓口へ。なに!
仕方なく…銀行で案内をしているおじさんに聞いてみると
「残高のある銀行カードをいま持っています?」
「三菱東京はないんです。」「どこの銀行でもかまいませんよ。」
「他行から振り込むと手数料高くなりませんか?」
「カードで振り込めば315円だけど…窓口に行くと525円ですから。」
なんと三菱東京UFJ銀行で横浜銀行のカードを入れて、振り込みできた。
それなら横浜銀行から入金すればよかったの?…これは誤りのようで
横浜銀行から三菱東京UFJへでは、他行への振り込みなので
やはり最初の考えの通り、手数料は高いらしい。
三菱東京UFJ銀行にわざわざ行ったのは正解だったようで
支店間での送金なので手数料は安く済んだ。
そこで救いだったのは、提携銀行のカードならば使えたということ。
三菱東京UFJ銀行のカードを持っていれば、さらに安く済んだのだろう。
しかしそうなると…さっき下した現金が手元に残った。
結局そのまま横浜銀行の隣駅支店に行って、再び戻したのである。
出したり、入れたり、肝心なのは現金いらずで済んでしまったり…
一体、何をやっているのだろう。通帳にそのやり取りが記録された。

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