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2011年12月 3日 (土)

黒門亭で清麿・小満ん・伯楽

今日は小満ん師匠の「富久」を聞きに黒門亭へ。
去年もちょうどこの時期に鈴本で師匠の「富久」を聞いていて、
どうしてももう一度聞きたくて、ひどい雨の中、決死の覚悟で!
黒門町の桂文楽から伝わる極めつけの「富久」である。
そして第2部のトリは伯楽師匠で…ネタも「お直し」。
こちらも素晴らしい。今日はいい噺が聞ける!
さらには…私は清麿師匠が大好きで…うれしい顔付けだ。
それにしても午前中の雨にはまいった。びっしょり濡れて…
にもかかわらず、第1部はかなりの盛況だったのには驚いた。

第1部
柳家いっぽん:道灌
古今亭ちよりん:やかん
天乃家白馬:初天神
夢月亭清麿:恐怖のタクシー
柳家小満ん:富久

前座さんは前回(11月第2週)に続いて、いっぽんさん。
第1部が「道灌」で…第2部は「寿限無」だったが、
前も書いていると思うけど、声が出て、それがよく通るので、
まずは恵まれているし、何より高座での度胸がありそうで、
これからが楽しみな存在だ。そして今日のネタでは「寿限無」で
高速な言立てだけど…バッチリで、迫力の展開で圧倒していたと思う。
「道灌」に続いて、「やかん」「初天神」とネタ的にはあらら…という感じだけど
でも「やかん」は結構久しぶりで、何だかとても新鮮に楽しめた。
知ったかぶりの先生(先に生まれて、先ず生きている)とのやり取りで、
「道灌」のご隠居さんと状況は似ているが、いっぽんさんに比べて、
ちよりんさんだと…やっぱりかわいらしい仕上がりなのである。
白馬さんが「初天神」。前座さんではよく聞いているけれど、
だいたい団子の蜜壺にチャポンまでが多い気がして、
今日はその後の凧上げでお父っつぁんが夢中になるところまで…
これもまた、意外に…かえってなかなか聞けないような、楽しい噺。
そして清麿師匠。前半のお喋りから…深い内容の貴重な話題が多いと
私はいつも思っているのだけど、実に味わい。たまらなく心地よい。
こういう話…私はやっぱり好きである。噺の方は新作だが、
営業で見事に契約をまとめてきた渡辺部長とそれを補佐する桃井。
そして三年前にリストラされた空気の読めない男…清武という
これまた…あらっという設定だけど、情景描写における
細やかな描き込みが何とも清麿師匠独特の語り口で絶品だ。
マニアックなのだろうけれど、それが魅力である。
仲入り後は江戸の年末の風景に戻って、小満ん師匠の「富久」。
好きな場面がいくつかあって、久蔵さんが長屋の自宅で酔って、
もし富くじが当たったら…というひとり妄想を喋るところ、
火事見舞いの帳付けで再び酔っ払うところもいいし、
ここが呑んで呑んで、そして食べて、最後はへべれけで
浅草鳥越見当が火事だと久蔵さんは起こされて、
そこで旦那が…そんなことはないけれど、万が一のときには
他に行ってくれるな。必ずここに戻ってくるのだよ…と
優しい言葉をかけて久蔵さんを送り出す場面、ここが感動的で
私的には一番好きなところか。この旦那が実にいい。
久蔵さんは浅草阿部川町へ勢いよく戻っていくのだが、
ここが…文楽師匠が小満ん師匠の語りの中に甦ってくるようで
最も高揚感のある場面である。火事の大混乱の中、
逃げてくる人とぶつかっては、その緊迫した空気が伝わってくる…
本当にすごいのだが、盛り上がった後には、火事で長屋が焼けて、
久蔵さんのひどく落胆して、悔しがって…愚痴をこぼすその様子に
ひとりの人間の感情の動きが浮かび上がってきて、噺が豊かに…
情景に色がついてくる辺りは、何とも素晴らしい。
「富久」という噺は本当に傑作だと思うのだけど、こうしていろいろと
思い出しながら書いていると…ますます熱くなってしまうのである。
オチに関して、大神宮様の御祓いと「町内にお払いをします」という
一年を終えるのに今年お世話になったお札を御祓いする…というのと
大晦日の掛取りで借金の支払いをするという…この掛け言葉に
ここにも年の暮、締めくくり的なものが感じられて、
久蔵さんは富くじのおかげで、これから幸せな年越しを迎えるわけだが、
実におめでたい…明るく…気持ちのいい…年末には欠かせない噺である。

20111203a

ちよりんさんがお見送り。

20111203b

外に出たら雨は上がっていて、晴れ間も見えて、
いつもながら、湯島天神にお参りしてきた。

20111203c

鳥居の横のイチョウの木だが、まだちょっと青いけれど
雨の後ですごくきれいだったので、写真を一枚。

第2部
柳家いっぽん:寿限無
林家久蔵:勘定板
柳家福治:転宅
金原亭伯楽:お直し

第2部の開口一番でいっぽんさん「寿限無」の後、
久蔵さんが楽しいお喋りと「勘定板」である。
些細な勘違いがとんでもないことを引き起こして、
ここでの田舎者って、この先どうなってしまうのだろう…という
「勘定板」という噺はすごい噺なのだが、でも言葉の違いで
こういう場面は、かつてはたくさんあったのであろう…と
いまの人はバカバカしく笑っているけれど、噺の方は真剣で
なかなか江戸の様子を伝えてくれている。
福治さんは「転宅」だった。こちらもお馴染みの噺だが、
そういえば、私の中では久しぶりかもしれない。
そして楽しかったのだ。落語の方にはよく出てくる
間抜けな泥棒だけど、こういっては失礼なのだが、
福治さんが似合いすぎで、その様子…上手すぎる。
それにしても面白かった。私的にはツボにはまって、
そして…福治さんも何回も聞いているけれど、
なんか今日の「転宅」で魅力を知ってしまったような…
ふと気付くときってあるけれど…それが今日の「転宅」なのである。
今日のトリは伯楽師匠の「お直し」。絶品だった。
マクラを長めに…昭和33年当時の思い出話であり、
伯楽師匠が学生だった頃の経験談で…吉原ではないけれど
横浜の赤線地帯の話題、赤線、青線、落語ではよく聞くが、
具体的にはどういうものだったのか、きちんと説明してくれて、
「お直し」という噺に深みや奥行きを与えてくれた。
現代人にとっては、実際のところ…あまり好ましい話題ではなく、
負の歴史というか、普通の人は避けようとしている部分ではないかと…
でも戦後の昭和33年まではたしかに存在していたものなのであり、
落語家が語る噺としても知識の域に限られてきているのであって、
つまりはあと少しもすれば、滅びゆく…忘れられるものなのであろうと。
しかし今日の伯楽師匠の噺を聞いていると、何とかして
語り継いでいかなくてはいけないのではないか…って
そういう気もしてきた。噺の方は志ん生師匠の「お直し」が
基本になっていると思うのだけど、伯楽師匠の説明だと
誰かに習ったというのではなく、記憶や経験を踏まえて
自分で創り上げた「お直し」であると…たしかにそうした仕上がりで
だからこそ…説得力がまるで違う…重みがあったのだ。
古今亭の噺家にとっては、まさに大ネタであると思うし、
師匠もなかなか掛ける場所がないといっていたけれど、
知識に終わらない…しっかり身のつまった「お直し」で
ぜひこれからも語り続けてほしいと思う。貴重な噺を聞けた。

20111203d

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