« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月30日 (土)

横浜の風景から 251

相鉄線で天王町まで行って、
つまりは東海道の保土ヶ谷宿からスタート。

20120630a

保土ヶ谷駅近くの「反則センター」交差点を曲がり
東富士見坂を上る。この坂が長くて、きつい。

20120630b1

東富士見坂を上りきった場所が月見台で
ここには道祖神で新道供養塔があった。

20120630b2

この新道供養塔には「嘉永六丑年」とあり、
1853年の造立。この年の干支は「癸丑」である。
そして「従是保土ヶ谷」ともあり、道標になっていて、
ここから先が保土ヶ谷宿ということだ。
現在も東富士見坂を下っていくと保土ヶ谷駅である。

20120630c1

しばらく歩いて、保土ヶ谷区仏向町にある栗之沢神社。
横浜新道のすぐ横で谷を下った場所である。

20120630c2

栗之沢神社はひっそりと小さな神社だが、何となくいい感じ。
というのは、地域の人々に大切にされているということか。

20120630d

横浜新道の藤塚インターを越えて、さらに歩き、
こちらはお馴染みの環状2号線「環2市沢上町」である。

左近山を通り抜け、旭区南本宿町に出て、
ラーメン三國家で食事をして、15時30分に帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月29日 (金)

今日の月は…月齢9.5

20120629

梅雨の合間の晴天で…月を見るのは久しぶり。
夏は晴れていても…すっきり青空というのは珍しいし、
かなり長い間、お目にかかっていなかったような。
18時19分に南の空高くに見えた月齢9.5の月。
今日の日の入りが19時01分でその少し前。
今後の暦を調べてみたが、7月4日が満月(月齢14.5)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月28日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 2

アムランの演奏でマックス・レーガーの作品を聞いている。
フモレスケ 作品20、バッハの主題による変奏曲とフーガ 作品81
テレマンの主題による変奏曲とフーガ 作品134
前半の2曲が1997年4月、テレマンは1998年4月の収録。
アムランがここでも圧倒的に鮮やかな演奏で感動的である。
レーガーの作品をこのようにまとめて聞ける機会というのは
そうはないのだけど、その点でもまずはうれしい企画であり、
保守的な作風でありながら…ところどころに20世紀的な響きも聞こえて
レーガーへの関心が高い私にとっては、夢中になってしまう演奏だ。
バッハの主題による変奏曲とフーガの方が新しい響きへの探求心が強く、
後年のテレマンの主題による変奏曲とフーガでは、古典的な音楽への
回帰が見られるというか…まさに変奏曲らしい手堅い作品。
しかし最後のフーガは複雑を極めて、その壮絶な盛り上がりは圧巻。

CDR763

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年6月27日 (水)

建築ジャーナルに掲載

このところ…ちょくちょくアンケートに答えては
私のコメントが雑誌に掲載されている。

建築ジャーナル 5月号
特集「建築家紹介サイトのつきあい方」
質問2 建築家紹介サイトの問題点ならびに改善点…
紹介サイトに限らず、企業が仲介している仕事は、
建築主とのかかわり方が難しく、その点からも
不特定多数を相手にしているような
「紹介サイト」の運営は極めて困難ではないか。
クレーム時の責任の所在など、
まさに設計事務所にとって不安材料であり、
積極的に参加できない理由でもある。

建築ジャーナル 7月号
特集「増える建築クレーム、どう対処するか」
「材料・仕上げ」
バルコニーの防水や外壁、室内の壁・天井などで、
塗装による仕上げを数多く採用してきたが、
工事監理の上では適切に施工されていると考えていても、
どうしても場所や条件によって、メーカー保証の年数以前に
亀裂や剥がれが発生することがある。そうした場合、
建設会社には無償でのメンテナンスを依頼することになるし、
また設計事務所としても信頼を失うことになって、悩みの種。
同様のことは左官仕上げにもいえ、そうしたことを避けようとすると、
クレームの出ない仕上げ材を探し続けることになる。
しかし手作業のない材料には質感などの味わいも生まれず、
結局のところ逃げはつまらない建築を作り出すことになって、
難しさを感じる。完璧な材料などない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月26日 (火)

現場レポート~リフォーム

20120626

住宅のリフォーム工事で埼玉県の現場が終了。
5月下旬から今日でちょうど一か月。
仕上がり具合を確認してきた。
フローリングがまもなく完成の写真である。
リフォームなので…今回はムク材ではなく、
建材メーカーの既製品を採用したが、
傷の付きにくそうな丈夫な材料で見た目もいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月25日 (月)

イーヴォ・ポゴレリチ 4

ポゴレリチによるショパンの24の前奏曲作品28を聞いている。
1989年10月にハンブルクのフリードリヒ・エーベルトハレで収録。
ポゴレリチならではの才能あふれる個性的解釈ではあるのだが、
いま聞くとそれほど変わってはいなくて、イメージよりはずっと普通…
個性的でもないように感じられてきて…というのは、奇をてらうというより
ポゴレリチの中できちんとした解答が見つかって、解決しているのであり、
響きの隅々にまで確信に満ちて、強い説得力を感じるのだ。
ゆっくりの曲で極端に遅いテンポで弾いている曲もあるのだが、
速い曲はより速く、技巧も鮮やかに快調に駆け抜けるので
メリハリが効いているのであって、速い曲が全体の構成を引き締めて
全24曲が有機的に結びつき、間延びするところはどこにもない。
この時点でポゴレリチの前奏曲集は見事に完成されているが、
しかし現在の彼が再びこの作品に挑んだなら…全く違った方向性が
見えてくることは間違いなく、だからこそ鬼才なのであり、
イーヴォ・ポゴレリチというピアニストから目が離せないのである。

DG POCG-9010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月24日 (日)

黒門亭の左吉・きく麿・小駒

以前にインターネット落語会で配信された
第1521回黒門亭からの三席を聞いている。
日曜日の第1部で「光る二ツ目の会92」
初音家左吉:鰻屋
林家きく麿:エスパー集団(特別エスパーロマン組)
金原亭小駒:千両みかん
平成22年5月23日に黒門亭で収録。
まずは左吉さんの「鰻屋」で…左吉さんって
よく今松師匠の会に出ているそうだけど、
この「鰻屋」を聞いていると…今松師匠が思い浮かぶ。
声の感じとか言葉遣いのニュアンスだと思うけど、
鰻屋の主人が特に今松風な仕上がりなのである。
そしてきく麿さんの「特別エスパーロマン組」だ。
この不思議ワールドがたまらなく好きで…
きく麿さんのほんわかした雰囲気が心地いい。
今回の「ロマン組」もそうだけど…いつもちょっと
変な集団が出てきて、きく麿さんの着眼点って、面白い!
「ロマン組」も聞けば聞くほど味わい深い変な集団。
小駒さんの「千両みかん」は、はじめて聞く型で
番頭さんが炎天下の江戸を彷徨う場面はなくて、
馴染みの八百屋さんから神田の田町へ行ったらいいと
真っ直ぐにみかん問屋の「万惣」へと向かう。
汗だくになって朦朧としている番頭さんが出てこないので
きれいな仕上がりというか…爽やかな印象の「千両みかん」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月23日 (土)

横浜の風景から 250

20120623

以前にもここでご紹介しているが、
旭区南本宿町にある切割神明社。
近くに行ったのでお参りしてきた。
空中に浮いているわけではないが、
高床式にも見えるこの様式は素敵!
屋根も美しいし、素晴らしい建築である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月22日 (金)

圓生百席 「真景累ヶ淵(八)」

「真景累ヶ淵」の続きで(八)「聖天山」を聞いている。
いよいよ圓生師匠の「真景累ヶ淵」もこれで完結。
新吉の悪党な振る舞いはますます増長しているが、
名主惣右衛門の殺害や後半の聖天山の場面も
いざとなると弱々しく…情けない…人間性の出るところで
土手の甚蔵やお賤の迫力に比べると小心者である。
甚蔵を聖天山に連れ出して、崖から突き落とし…
しかし殺し切れずに新吉に襲い掛かってくる結末は
最高の盛り上がりで圧倒されるのだけれど、
しかしもはや怪談噺という印象でもなくなり…
宗悦や豊志賀の怨念など…どこかへ消えてしまって、
その辺もあって、圓生師匠もこの「聖天山」で締めくくりとして
この続きは演じなかったということだそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月21日 (木)

落語につぶやき 164~白ざつま

先月の落語研究会で放送された
さん喬師匠による「白ざつま」を聞いてみた。
この噺ははじめてである。なかなか難しい。
上方の噺で「菊江の仏壇(きくえぶったん)」だが、
明治時代に初代三遊亭圓右が東京へ移し、その際に
菊江の着ている着物から「白ざつま」となったそうである。
登場人物としては、真面目で堅物の親父(大旦那)と
道楽者で家に寄りつかない若旦那と極めて明解だが、
この若旦那が、病で実家に戻っている女房のお若を避けるようにして、
お若は器量もいいし、評判のいい過ぎた女房で嫌いではないのに…
しかし他所の菊江という芸者の元へ通い続けて、どうもその辺の
真意が量りかねて、この若旦那という人が…とらえどころがない。
実際のところは、遠い昔のことなので…かわいい女房がいても
他所に女をかこっている…というのに尽きるようだが、
この辺が現代には通じなくなっているところでもあり、
出来の悪い自分(若旦那)に比べて、お若はあまりに立派すぎて、
何ひとつ不満はなかったとしても…一緒にいて、息が詰まる、
それで心の許せる…少しも飾らない菊江のところに逃げてしまった…
という設定でここでは語られるのだが、これはさん喬師匠の演出。
結局、若旦那に会えることなく、お若は息を引き取ってしまうので…
あまり後味のよい展開ではないし、菊江を仏壇に隠すサゲも
素直には笑っていられない…どうもしっくりこない結末で
この噺を聞かせるのは難しいだろうな…という珍しい噺である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月20日 (水)

南西ドイツ放送交響楽団

ミヒャエル・ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団で
マーラーの交響曲「大地の歌」を聞いている。
録音が少々複雑であり、ジークフリート・イェルザレムの歌う
第1,3,5楽章は1992年11月にハンス・ロスバウト・スタジオで収録、
それに対して、コルネリア・カリッシュの歌う第2,4,6楽章は
2002年11月にフライブルクのコンツェルトハウスでの録音という
時期もちょうど10年違うし、会場も別々とは何とも事情がありそうだが、
しかしレコードの仕上がりはというと…見事に統一感がなされており、
全く違和感がない。ここまで調整できるものかと…驚かされる。
でも演奏というか、その中身に注目すれば、違いは歴然として
1992年の演奏の方がいい意味で荒々しさ剥き出しなところがあり、
精妙さと細部の輝きでは、圧倒的に2002年の方が優れている。
ギーレンならではのドライな感覚は1992年の方が顕著な印象だが、
その点で昔の方がよかったというファンも多いのかもしれないけれど、
私としては、カリッシュとの2002年の演奏に強く惹かれた。
今日ではギーレンのマーラーといえば、その最高評価は
不動の存在であるように思えるけれど、過度に感情移入しないその姿勢、
作品に対する客観性を徹底して、常に一定な距離を保ち続ける…
その透明感とほどよく冷たさも感じられる音色が、この大地の歌の
孤独感の漂う音楽性、永遠の彼方を求める響きにぴったりなのである。
やはりギーレンという指揮者は、私はたまらなく好きなのであり、
ここでの大地の歌もひたすら感動してしまって…名演であると思う。

Hanssler CD 93.269

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2012年6月19日 (火)

アンドレ・プレヴィン 8

昨日はドヴォルザークの交響曲第7番と第8番を聞いたので
今日は続いて、序曲「謝肉祭」と交響曲第9番「新世界から」。
アンドレ・プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィルによる演奏。
1990年4月30日にUCLAのロイス・オーディトリウムで収録。
プレヴィンらしい…角の取れた音による普遍性に満ちた解釈であり、
どこか穏やかさも感じられる安定した造形は全体に平衡感が強く、
その点では刺激が少ないということもいえるのだろうけれど
細やかなところにまで美しい響きと研き抜かれた表現は魅力的である。
こちらもチェコ的な要素をことさら強調する演奏ではないが、
アメリカのオーケストラによる機能性あふれる輝かしいサウンドと
プレヴィンの落ち着きある音作りでドイツ的な方向性ともいえるのか…
それらが見事にブレンドされて、まさに聞かせ上手という仕上がりである。

CDR762

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2012年6月18日 (月)

シュトゥットガルト放送交響楽団

ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団で
ドヴォルザークの交響曲第7番と第8番を聞いている。
第7番が2010年4月20,24日、第8番が2010年9月30日に
シュトゥットガルトのリーダーハレ、ベートーヴェン・ザールで収録。
ノリントンのピュア・トーンによるドヴォルザークだが、
それほどピリオド奏法の仕上がりを意識させることはなく、
むしろ素朴で暖かみのある響きが何とも心地よく、これは最高だ!
チェコの自然を連想させるような透明な輝きも効果的であるし、
何よりノリントンの豊かな発想が生み出す表情に富んだ音楽が
ドヴォルザークの民俗性、舞曲的な音色にピッタリで私は好きである。
チェコの本場の演奏などとはずいぶん違っているけれど、
ノリントンはここでも…自らの信ずるところに従って、
独特な解釈をゼロから築き上げているのであり、
それは間違いなく大きな結果を出しているのであって、
いつもながら…私は支持するのである。素晴らしい!

Hanssler CD 93.277

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年6月17日 (日)

落語につぶやき 163~三人旅

昨日の黒門亭で聞いてきた小里ん師匠の「三人旅」。
場面は後半の「鶴屋善兵衛」から「おしくら」だったのだけど
「三人旅」は出発からいろいろな場面のある長い噺でもあり、
落語事典で調べ、全体を整理してみることにした。
無尽が当たり、その金を使う工夫はないかと相談の結果、
京見物に友達三人で旅に出ようと江戸を発つ。…「発端」
神奈川宿に入り、客引きに宿をすすめられるけれど
ひとりが義理のある宿に行くといいだし、去年の大山詣りで
粋な女が…今夜、自分のところへ忍んで来いと約束したが、
すっかり酔っぱらって寝込んでしまい、目覚めたら朝だった。
せっかくだから…そっと廊下を這っていったが、
夜暗いときに行くから「夜這い」で…朝這って行ってどうする。
お前は飯盛女にお膳を据えられたんだ。もっともその家が
「大米屋」といった。…「朝這い」「神奈川宿」
小田原の近くへ来るとひとりの足にマメができて、
馬子にすすめられて、三人は馬に乗る。
そのうちの一頭がビッコ馬で…コックリコックリお辞儀しながら
こういう馬は大人しいだろうというと一日一度は客を谷に放り込む。
そろそろ疳を出す…降ろせ降ろせと…そうこうしているうちに
小田原宿に着き、宿は「鶴屋善兵衛」だが、どこだかわからず、
字も読めず、困っているところへ鶴屋の客引きにうまくぶつかる。
ひとりが飯の前に風呂に入ってくると…今日はいい湯だ。
でも入り方が難しい。どう入るんだ?逆さに入る。…「鶴屋善兵衛」
その晩、おしくらを買おうということになった。「おしくら」とは
この土地の言葉で客を取る女のこと。ところが三人のところに
女が二人しかいないという。それでは年寄りの比丘尼さんでは…
ということになり、粋者あがりだが、亭主に死なれて比丘尼になった。
死んだ亭主がお前にそっくりだとひとりを騙して、比丘尼を押し付ける。
翌朝、宿を発つとき、他のふたりは女に油でも買えと小遣いをやるが
お前もやれとすすめられ、仕方なく比丘尼に…少ないがこれをやる。
油でも買って…毛がねえな…仏壇に灯明を上げてくれ。…「おしくら」
「祇園会(祇園祭)」はこの続きで三人旅の京見物だそうである。
三人は京都で女郎買いにこり出して、半月ばかりで…
懐はすっかり心細くなり、ふたりは江戸へ戻ってしまうが、
留吉だけが伯父さんのところに厄介になって、京都に残った。
そこからお馴染みの茶屋に上がって祇園祭の見物となり…
互いに京自慢、江戸自慢になって、大喧嘩となるわけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月16日 (土)

黒門亭で川柳・小里ん・小満ん

今日は小満ん師匠の「三十石」を聞きに黒門亭へ。
第1部には川柳師匠、第2部には小里ん師匠と
私的には…聞かねばならないうれしい顔付けである。
朝から気合いを入れて、黒門町で通しの一日。

第1部
林家扇兵衛:道具や
三遊亭司:粗忽長屋
古今亭菊輔:手話芋太郎~長短
ロケット団:漫才
川柳川柳:川柳のヰタ・セクスアリス


前座さんははじめての方と花どんさんの二人。
第1部は…メクリを見ると林家扇兵衛さんだった。
なるほど!体がすごく大きい方で…その存在感が
扇兵衛(横柄)ということか…木久扇一門である。
噺は「道具や」だけど…この与太郎は出会ったことがない。
新しいタイプの与太郎に…ちょっと気になる存在である。
続いて司さんが、地元蒲田での指名手配犯逮捕のニュースから
現場となったマンガ喫茶には野次馬の人だかりができて、
というところから「粗忽長屋」へ入っていく…これは実にいい展開!
そして菊輔師匠は圓菊一門の手話落語で「芋太郎」を披露。
こうなるわけだ…と納得した後で…噺は「長短」である。
短七さんの凄まじく威勢のいい感じが菊輔師匠に合うわけで
それに対して、長さんはじれったい…これぞ「長短」なわけだ。
仲入り後にロケット団が登場で、面白かった。さすが!
いつもの山形弁のネタに行くものと思っていたら…
今日は心理テストで三輪明宏や三島由紀夫が登場。
どこかで聞いているのかもしれないけれど…これは楽しい。
時事ネタ満載の爆笑の連続で…やっぱり人気者は違う!
第1部のトリは川柳師匠である。今日は昼間からバレ噺。
森鴎外にちなんで「川柳のヰタ・セクスアリス」。
圓生師匠から…人情噺とバレ噺は若いうちはやってはいけない
との教えだったそうで…若い者が人情噺を語っても説得力がない…
若い者がバレ噺を語ると生々しくていけません!というので
川柳師匠は81歳だから…もういいでしょ!って。笑。
この「ヰタ・セクスアリス」は有名な方だと思うのだけど
定席ではできないし、ましてや放送でなんてとんでもない!って、
こういうネタは黒門亭である。内容は生々しいので…書けません。
マクラというか…古典の艶笑小噺がいくつか聞けたのだけど、
「飯にするぞ!といって布団を引く長屋の新婚夫婦」であったり、
「三軒長屋でおかみさんが赤ちゃんにおっぱいないない」の噺、
「日本橋の老舗にんべんでは欠きかけの鰹節は売りません」とか
こういう小噺は、内容はどうであれ、貴重だなと思うのである。
それに旧約聖書にある「オナン地に漏らし」のオナニーの由来。

20120616a

20120616b

雨が降っていたが、時間もあったので湯島天神にお参り。
6月(水無月)は「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」だそうで
写真は「茅の輪くぐり」である。6月30日まで設置されている。

第2部
柳家花どん:真田小僧
柳家小里ん:三人旅~おしくら
天乃家白馬:替り目
柳家小満ん:三十石

第二部の開口一番は花どんさんで「真田小僧」なのだけど
なんと!きちんとオチまで。時間はいつもの15分である。
極端に早口ということではない。上手にまとめられているのだ。
親父から巻き上げた六文銭で…芋を買って「薩摩に落ちる」後半で
ちょっと慌ててしまったようだけど、完璧な出来である。お見事!
続いて小里ん師匠だが、トリの小満ん師匠「三十石」の前の噺を!
ということで「三人旅」である。第2部は「旅特集」ということになったのだ。
宿屋の鶴屋善兵衛を探して歩く場面から一泊して翌朝の出発まで
お馴染みの「おしくら」である。これが最高だった。小里ん師匠は素敵!
まさに旅の解放感…江戸っ子が調子に乗って羽目を外しているのだけど
旅先での悪戯は、多少は笑って済まされる…本当の悪事ではなく、
どこか憎めない…旅の語り草。その辺の悪さ加減が絶妙で…感動的。
小里ん師匠のこういう噺は本当に素晴らしい。圧倒的である。
続いて白馬さん。旅で続いてほしかったのだけど、残念…「替り目」。
ここで「祇園祭」とか、京都の情景ならば、最高だったのだけど。
そして今日のトリは「三十石」である。伊勢詣りから京都見物。
江戸っ子のふたり旅は、伏見街道を経て、伏見の京橋で寺田屋に。
宿屋で夕食を取った後、夜船で淀川を下り大阪へ。その一部始終である。
この噺は、船頭さんが櫓をこぎながら唄を歌って、その合間に
船の上での情景、ワイワイ大騒ぎの楽しいやり取りだが、
そこでは江戸弁・京都弁・大阪弁とあらゆる言葉が飛び交い、
登場人物も宿屋の主人がいれば、番頭もいるし、威勢のいい船頭さん、
客の方も乱暴な江戸っ子を中心に穏やかな大阪の商人も出てくれば、
お女中さんといっても89歳のおばあさんで…とにかく大勢でてきて、
本当にすごい噺である。この描き分けが、小満ん師匠は見事で!
ただただ感動してしまって、今年の上半期でも最高の一席であった。
夜明け近くで船の上も寝静まった頃、泥棒が五十両の金を盗み、
さっさと岸に上がって逃げてしまうのだが、そこで船頭が機転を利かせ、
船の向きを変え、上り船と見せかけて、その泥棒が再び乗り込んでくる…
小満ん師匠はきちんとサゲまで…本寸法の「三十石 夢の通い路」である。
「三人旅」も「三十石」も旅の噺はいい!って、大満足の一日であった

20120616c

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月15日 (金)

落語につぶやき 162~三十石

明日は黒門亭で小満ん師匠の「三十石」なので
この噺はしばらく聞いていないので…少しだけ予習。
といっても忘れているぐらいの方が面白いと思うので
聞くのはよしにして、あらすじの確認ぐらいにしておくか。
「三十石」は上方の噺だと思うのだけど、私は…
上方落語は聞かないので、知っているのは
圓生師匠の録音ぐらい。実演では聞いたことがない。
江戸っ子のふたりが京都から大阪への遊山旅で
伏見の船宿から夜船で淀川を下る。船宿の相部屋で
船待ちの情景と…乗船してからのワイワイ大騒ぎ…
楽しい噺である。旅の解放感と船の粋な味わいが魅力。
落語事典で調べてみると…名人橘家圓喬が東京へ移し、
五代目・六代目圓生が得意としていたとある。
現在ではオチは省略されるのかもしれないが、
「骨折り損のくたびれもうけ」を京阪の古いことわざで
「権兵衛コンニャクしんどが利」というそうで
船の上で五十両が盗まれて、犯人を捕まえると
盗んだのは蒟蒻屋の権兵衛で…金は無事に戻り、
五両を船頭に礼金として渡したので
「権兵衛コンニャク船頭が利」というオチだそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月14日 (木)

ルドルフ・ゼルキン 1

レーガーのバッハの主題による変奏曲とフーガを
今日はルドルフ・ゼルキンの名演で聞いている。
1984年6月19,20日にニューヨークのトロイ音楽ホールで収録。
後半はハイドンのピアノ・ソナタ第50番だが、こちらは
1985年5月15日と10月4日にヴァーモント州ギルフォードでの録音。
名ピアニストのルドルフ・ゼルキンだが、レーガーの権威だったそうで
それにしてもあまりにも素晴らしく、81歳の演奏とはとても思えない…
その精神力、集中力の持続、圧倒的鮮やかさと…偉大な演奏だ。
ピアノの音色も美しいし、技巧の衰えというものを全く感じさせない。
この深い感動はやはり巨匠ならではの奥行ある表現によるものだが、
しかし張りつめた緊張感と音楽における新鮮な輝き、感性…
若いピアニストが弾いているのではないかとつい思ってしまう…
全く隙のない…勢いに満ちて、晩年のゼルキンは実に充実していた。
ハイドンのピアノ・ソナタもまさに誠実な演奏で…魅力的である。

CDR761

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月13日 (水)

ギドン・クレーメル 4

クレーメルの独奏でシューマンとシベリウスのヴァイオリン協奏曲。
リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団との協演。
1982年6月25,26日にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
シューマンのヴァイオリン協奏曲は久しぶりに聞いたが、
こんなに斬新な印象、鋭敏な響きだったっけ?という
やはりクレーメルの独特な感性によるものなのではないかと。
そしてシベリウスは、鋭く厳しいクレーメルにはピッタリの作品で
実際に素晴らしい仕上がり…これこそが理想の名演であると思う。
クレーメルからの要求があったと思われるが、どちらの作品も
ムーティが極めて明瞭で力強い存在感ある響きを引き出しており、
フィルハーモニア管弦楽団が何ともいいな!という感想である。

CDR760

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月12日 (火)

落語につぶやき 161~碁どろ

寄席で毎日、必ず一度はかかるという泥棒の噺。
「どろ」がつく噺はいろいろあるが、思い出してみると…
「置き泥(夏どろ)」「釜どろ」「もぐら泥」「穴どろ」…
そして「碁どろ」という噺もある。「碁どろ」はちょっと珍しい。
ちなみに泥棒は、他にも「転宅」「出来心」「締め込み」
「だくだく」「芋俵」「鈴ヶ森」…にも登場するけれど、
今日は十代目馬生師匠の「碁どろ」を聞いている。
この噺は「碁将棋に凝ると親の死に目にも会えない」
というのにちなんでいるわけだが、裕福そうな旦那ふたりが
夢中になって碁を打っている様子は「笠碁」に似ていて、
その家に泥棒が入るのだけど、その泥棒がまた碁が大好きで
碁に夢中になっているので泥棒が入ったことにも気づかない…
碁石の音に誘われて、泥棒が碁盤を覗き込むようになった
という状況も気にならない…そこにいるのが泥棒だとわかっても
碁に気を取られて、わかっているのか…わかってないのか…
泥棒も早いこと逃げればいいのに…碁が気になって、
結局は三人そろって、碁を囲んで楽しく…という間抜けな噺。
噺の発端は、碁を打っていると煙草の火が落ちて、
絨毯が黒焦げになった…畳が焼けた…とそこにはじまり
とにかく碁に夢中で他のことは何にも見えないという噺である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月11日 (月)

エミール・ギレリス 3

ギレリスの演奏でショパンのピアノ・ソナタ第3番を聞いている。
後半はポロネーズで作品26(第1番と第2番)をラザール・ベルマン、
そして作品40(第3番と第4番)は再びギレリスの演奏である。
ギレリスは1978年9月にベルリンのイエス・キリスト教会で
ベルマンは1979年2月にミュンヘンのヘルクレス・ザールで収録。
ギレリスもベルマンも…まさにロシアのショパンで独特な仕上がりだ。
ソナタはかなりの個性的な解釈で…第1楽章は遅いテンポにより
ロマンティックな動きを封印して、静寂というより沈黙というべきか…
複雑な音楽構造を丁寧に…ひたすら精密に再現している。
それに対して第2楽章は、活発な動きを見せ、しかし軽やかさはなく、
重いということもないが、ギレリスならではの硬質な響きだ。
第3楽章は再び抑制された美意識に支配され、しかしここでの
美しい表情による音楽は極めて印象的。優しさに満ちている。
そして第4楽章…ここでは一気に外向きの表現へと変貌して、
力強いたくましく筋肉質な音色が特長。ギレリスならではといえる。
ポロネーズも暗く…孤独感の漂う演奏だが、こうした方向性が
曲想に合っているということもいえるのではないか。

DG 431 587-2

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年6月10日 (日)

横浜の風景から 249

昨日の梅雨入りで…今日は貴重な晴天だけど
久しぶりに歩きたいと地図も持たずに出掛けてきた。

20120610a

泉区和泉町の日枝神社だが、
ずっと和泉三家橋の架け替え工事だったけれど
まもなく終了であろう。ただいま鳥居は通行止め。

20120610b

泉区和泉町の田向橋(たむこうはし)にて
和泉川の上流方向を見ている。

20120610c

田向橋から少しだけ下流だが、大坪橋にて
同じく和泉川の上流方向を見ている。

20120610d

泉区和泉町の佐婆神社にお参り。

20120610e

いずみ中央から環状4号線に出て
九ツ家でラーメンの昼食。
ここははじめて入ってみたが、
麺はまさに家系の平打ち太麺だけど
スープは変わっていて、この味ははじめてだ。
しょう油の香りがしっかりで…野菜の酸味が少々。

20120610f

しばらく西に歩いて、境川に出た。
雨の後だけど、水はこのようにきれい。

20120610g

藤沢市高倉の諏訪神社。
この辺は上高倉という地区だそうだ。

20120610h

境川の下流方向を見ていて、戻って調べたら
ここは大和市下和田であった。

境川沿いから泉区上飯田町の柳明神社へ
瀬谷区阿久和南を経由して16時30分に帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 9日 (土)

圓生百席 「真景累ヶ淵(七)」

「真景累ヶ淵」の続きで(七)「お累の自害」を聞いている。
怪談噺で怖いとか…そういうことよりもお累さんがかわいそうで…
前作の「勘蔵の死」にて…千住の小塚原で兄の新五郎の亡霊に
遭遇して以来、新吉は取り憑かれてしまったのか…
これまでとは全く違う印象の冷酷な悪党となり、迫力も増し、
お累と子供への仕打ちは、聞いていて苦しいほどである。
ここでもやはり…怖いのは幽霊よりも生きている人間の方が
よほど惨忍で凄まじいことを仕出かすという…圓朝ならでは展開。
次回はいよいよ「聖天山」で圓生師匠の「真景累ヶ淵」は完結。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 8日 (金)

落語につぶやき 160~千早振る

今日は「日本の話芸」にて小三治師匠の
「千早振る」を見たので、この噺について少し。
百人一首の在原業平の歌の絵解きをしようと
ちはやふる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
ご隠居の大関竜田川が千早太夫に振られた話ではなく
本当の意味は、「ちはやふる」は「神」にかかる枕詞で
神の代にも聞いたことがないが、紅葉の龍田川は
唐紅のくくり染めのようである。
紅葉が水面に映り込んでいる様子を詠んで
その状況を大陸由来の鮮やかな紅でくくり染めに例え、
こんなにも美しい風景は神の時代にもなかっただろう…という。
この噺もオチについては、あまり面白くないのだが、
千早太夫の「千早」は吉原での源氏名なのであり、
それに対して「とは」が本名…つまりおとはさん。
いまではそんな名前の人はひとりもいないのだけれど
昔は…どうだろう戦前までは結構いたのではないかと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 7日 (木)

現場レポート~リフォーム

20120607

5月下旬に着工した埼玉県でのリフォーム工事だが、
いろいろスケジュールの都合で今日から再開!
解体してみて決まったことだけど、給水・給湯の
水道設備の配管をすべて新しくすることになり、
その状況を確認するために現場に行ってきた。
遠いので工務店の社長が運転するトラックに
便乗させてもらって、今日は砕いたコンクリートの
廃材を回収してくる目的もあって、山と積まれた…
大量の瓦礫(ガラ)を積み込む作業を手伝った!
久々に汗をかいての肉体労働は気持ちがいい!
なんて、そんな生易しいものではなく…
明日は体中が筋肉痛で動けなくなるかも。
でも今日は最初から手伝おうとその心づもりで行ったので、
大いに体を使って、いろいろチェックもできたし、
充実した一日であったと思う。21時過ぎに帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 6日 (水)

落語につぶやき 159~子ほめ

寄席でかからない日がないというお馴染みの「子ほめ」。
世辞を言えば、一杯飲める!と…隠居のところで
子供のほめ方を教わってきて、竹さんの家に行き、
生まれたばかりで寝ている赤ちゃんをほめようと
「時に竹さん、このお子さんはおいくつですか?」
「生まれて七日、今日がお七夜だよ。ひとつだよ。」
「よっ!ひとつとは大そうお若く見える。」
「ひとつで若けりゃ、いくつに見えるんだ?」
「どう見ても…半分でございます」というオチ。
または「どう見ても…ただでございます」というのもある。
面白くも何ともないオチなのだけど…
生まれた年を「ひとつ」とする「数え年」の習慣も
現在では完全に消滅してしまっているし、つまりは
このオチは通じなくなっているということだと思う。
でも本当はこの先があるようで…まだ聞いたことないけれど
横町の先生が、竹さんにちなんで歌を詠んでくれて
「竹の子(筍)は生まれながらに重ね着て」という上の句。
下の句は誰かに付けてもらいなさい…という粋な計らいで
そこで熊さんが下の句を詠もうとするのだけれど…大失敗。
本当はそういうサゲだということを聞いたことがある。
落語事典で調べてみたのだが、「竹の子」の短冊の話題は
ふれられていないし、つまりは相当の昔から
省略されるようになってしまったということであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 5日 (火)

リッカルド・シャイー 2

リッカルド・シャイー指揮ウィーンフィルによる
チャイコフスキーの交響曲第5番を聞いている。
1980年12月の収録でシャイーの初期の録音だが、
当時からたいへんに評価の高い演奏で…いま聞いても魅力的!
若さあふれる…表現意欲に満ちた力強い仕上がりだが、
しかし響きは透明感を保ち、スッキリと音楽の構造を聞かせる!
それはウィーンフィルの繊細な響きによるものなのか…
シャイーが緻密なコントロールを行った成果なのか…
よく行き届いたこのバランス感覚はこの演奏の特長であると思う。
シャイーがウィーンフィルを指揮した演奏って、この録音以降、
あまり思い浮かばないのだが、何か他にもあっただろうか?
旧西ドイツのベルリン放送交響楽団と活躍するようになり、
その後のロイヤル・コンセルトヘボウへとつながるのである。

CDR759

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年6月 4日 (月)

ギドン・クレーメル 3

クレーメルの独奏によるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。
マゼール指揮ベルリンフィルとの協演で1979年12月1-3日の収録。
カラヤンとのブラームスから三年後、本格的に西側での活動を開始。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は数多くの名演があるが、
このクレーメルの演奏はやはり格別であり、私のお気に入りである。
究極の美音を駆使しつつも…クレーメル独特の辛口な仕上がりで、
鋭く、激しく、厳しく、しかしチャイコフスキーの音楽は雄弁に歌われて、
こんなにも豊かな響きで聞こえてくるのだから、この上ない感動だ。
クレーメルについてはとにかく圧倒的なのだけど、そしてさらに
マゼールとベルリンフィルも実にシンフォニックな音色を聞かせており、
まさに隙のない求めるすべてのものが揃っているようで…完璧である。

CDR758

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年6月 3日 (日)

明日の月は…満月と月食

明日(6月4日)は月齢14.1で満月、そして部分月食である。
横浜(東京もほぼ同じ時間)での時間を調べてみると
18時42分が月の出で、18時59分に部分食がはじまる。
20時03分が食の最大となり、21時07分に終了。
南東の空で低い位置に部分月食が見えるだろう。
明日の天気は「晴時々曇」となっているが、晴れてほしい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 2日 (土)

6月2日の感想

20120602_3

少し前にNHK-BSで放送された
「ALWAYS 三丁目の夕日」を録画しておいたのだが、
ちょっとだけ観ようとしたら…結局は一気に
最後まで全部観てしまった。いい映画なので。
昭和33年というと…実際は知らないのだけれど
でもその情景もそこにいる人々も…実に魅力的!
細部へのこだわりは圧倒的に見事であり、
回顧好きの人間にとってはたまらない!
氷屋さんが冷蔵庫に氷を入れていくところなど
当時の様子を伝える貴重な場面だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 1日 (金)

エミール・ギレリス 2

エミール・ギレリスのブラームスで…
ピアノ協奏曲第1番を少し前に聞いたのだが、
今日は第2番で…久しぶりに聞くとこれが実にいい。
こちらもオイゲン・ヨッフム指揮ベルリンフィルとの協演で
1972年6月16,17日にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
第1番の3日後で…つまりは2曲を同時に録音したことになる。
後半は同じくブラームスの幻想曲集作品116だが、
1975年8月から9月にかけてフィンランドのトゥルクで収録。
独特の硬質なタッチで…仕上がりもまさにギレリス風だが、
引き締まった響きとは対称的にゆったりと大きな構えでもあり、
ブラームスの音楽を丁寧にひとつずつ解きほぐしていくところ、
何とも深みのある世界観で、やはり何度聞いても感動的だ。
そしてここでもオイゲン・ヨッフムが、ベルリンフィルから
心のこもった音色を引き出しており、とにかく最高!
ブラームス晩年の幻想曲集もギレリスのこの演奏が大好きで
昔から繰り返し聞いてきたが、いまでもやはりこれぞ究極盤である。

DG 435 588-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »