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2012年10月14日 (日)

東京の風景から 4~はなし塚

浅草ことぶ季亭での柳家小満ん「おさらい会」の後、
まだ空は明るかったので、少し田原町方面に歩き、
台東区寿の周辺を散歩してきた。

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台東区寿2丁目の熊谷稲荷である。

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熊谷稲荷を訪ねたら、本法寺というお寺の境内で
ここは有名な「はなし塚」であった。
昭和16年だそうだけど、太平洋戦争へと向かう戦時下で
時局に合わないものとして、花柳界、酒、妾に関する噺、
そして郭噺など53の演目を禁演落語として、この場所に葬った。
落語の台本などが納められたそうである。

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この「はなし塚」を建立したのは、講談落語協会、小咄を作る会、
落語講談家一同、落語定席の席亭だそうで、塀に刻まれている…
寄贈者の名前がすごい!見ているだけで、うれしくなってしまう。

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落語協会、芸術協会、日本放送協会、ラジオ東京、日本文化放送、…

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小咄を作る会、落語研究会、上野鈴本演芸場、人形町末廣、
新宿末廣亭、上野本牧亭、池袋演芸場、浅草末廣亭、…
浅草にも末廣亭があったのだ!かつての人形町末廣は有名だけど…
川崎演芸場、麻布十番倶楽部というのもある。都家かつ江、…

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桂文治、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭円歌、
春風亭柳橋、桂小文治、春風亭柳好、
柳家小さん、鈴々舎馬風、翁家さん馬、
三遊亭圓遊、桂枝太郎、柳亭痴楽、
昔々亭桃太郎、柳家権太楼、林家正楽、
三遊亭百生、金原亭馬生、蝶花楼馬楽、柳家小せん、…
この塀がいつ建てられたのか?というのは不明だが、
昭和16年か…戦後まもなくか、禁演落語の復活記念など、
その時期だとすると時代的には…桂文治は八代目らしい。
文楽は黒門町で、志ん生は五代目だと思うのだけど、
円歌は二代目であろう。先代の「電話」の円歌だと思う。
二代目は芸風に合わないからと「圓」を使わなかったらしい。
小さんも目白の師匠ではなく四代目なのかも。
しかしすると柳家小三治の名前がなく、だとしたら五代目か?
馬風はもちろん先代の四代目。先代は録音でも聞いたことがない。
柳家権太楼も戦前・戦後に大活躍したという初代権太楼。
金原亭馬生は九代目で、お馴染み十代目ではないようだ。
蝶花楼馬楽は戦後に八代目正蔵を名乗る稲荷町ではないかと。

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三遊亭円歌、三遊亭圓生、林家正蔵、春風亭柳枝、
古今亭今輔、桂三木助、三笑亭可楽、三遊亭圓馬、
翁家さん馬、橘家圓蔵、三遊亭小圓朝、柳家つばめ、
雷門助六、三遊亭遊三、春風亭小柳枝、柳家小せん、
桂米丸、古今亭壽輔、桂伸治、…、大名跡が並ぶ!
圓生はお馴染みの六代目で柏木と思われるが、
正蔵は七代目で…つまり林家三平の父ではないかと。
古今亭今輔はどうやら五代目の「おばあさん」の今輔のようで
三木助は三代目、可楽は八代目であろう。この辺はお馴染み。
圓蔵だけど七代目か?とすると…戦後しばらくしてということに。
詳しくはわからないけれど、歴史を感じ、興味は尽きない。

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