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2013年5月25日 (土)

今日の風景から~大和市

昼から出掛けて、相鉄線で大和まで行き、
大和市深見の境川に沿った地域を歩いてきた。

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大和の駅からすぐのところ…繁華街を抜けた辺りで
大和市大和南1丁目にある大和天満宮。

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大和天満宮にお参り。

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大和市深見にある深見神社。
こちらにお参りするのは二度目。
「相模國十三座の内 延喜式内」としてあるが、
たいへん立派で…境内も広く、由緒ある神社。

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深見神社から北の方角に相鉄線の踏切を渡って…
石塔が集められていた。すぐ右側が相鉄の線路。
こちらから相鉄線が見えるということは、
車窓からもこの石塔群が見えるということか。

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左が地神塔で…右は庚申塔の文字塔。
庚申塔は安政七年二月吉日の造立。
1860年で安政年間の最後の年。干支は「庚申」。
3月18日からは、年号は「万延」となったそうだ。

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左側の石塔で四基並べられている。
左右の両端が庚申塔か。

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左にある庚申塔。寛政十年霜月の造立。1798年。
道標にもなっており、「東 神奈川道」「西 厚木道」が読める。
「相州深見 入村講中」ともあって、「入村」という地区のようだ。

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大和市深見にある八坂神社。

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八坂神社から北へしばらく歩いた場所に石塔群を発見。
猿田彦大神、庚申塔(帝釈天王庚申講中)、
双体道祖神、地神塔などが祀られている。

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森の中で階段の脇に「新井蔵之助の碑(深見学校跡)」。
明治12年創立の深見学校の初代校長であり、
後に明治33年には、二代大和村村長となった人だそうである。
この碑は、卒業生によって、大正7年に造立されている。

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田んぼに水が入って、田植えが済んだばかりであろうか?
正面に見えるのは、大和東高校である。

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さらに北へ進むと分かれ道のところに石塔群を見つけた。
中央にある文字塔は、地神塔である。

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右側にある石塔五基。庚申塔三基と道祖神など。

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三基の庚申塔であるが、左の庚申塔は、
「享保丙申元年十一月四日」と読めて、1716年の造立。
「奉納庚申供養」の下に三猿がいる。
中央の庚申塔は、「寛文十二壬子年二月吉日」とあり、
1672年の造立である。「庚申供養」の下にきれいな三猿。
右の庚申塔は、「元禄十七年二月吉日」とあり、1704年の造立。
元禄年間の最後の年だ。3月13日からは「宝永」となったらしい。

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境川に出た。正面に東名高速が見えてきた辺りで引き返す。

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境川の中島橋。対岸は横浜市で瀬谷区中屋敷1丁目である。

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境川に沿って、厚木街道にまで戻ってきたが、
「横浜家系ラーメン らっち家」で遅い昼食。
以前は「壱六家 瀬谷店」だったのだが、店が変わってしまって、
そうしたら…どういうことかというと…独立したそうなのである。
壱六家の頃からお気に入りの店だったのだけど、ここはおいしい!
店名が変わって、「多少、味も変わった」という感想も見かけるが、
まろやかスープであり、この感じは私の好みの味。また行こう!

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