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2013年11月18日 (月)

第119回 柳家小満んの会

昨日に続いて、小満ん師匠を聞きに行く。
横浜の柳家小満んの会で関内ホールへ。
今日は出掛けるのが遅くなってしまったので、
「おはな商店」のラーメンは我慢して、そのまま会場へ。
寄り道しなかったので、到着はいつもの時間だ。

三遊亭わん丈:やかん
柳家小満ん:お七
柳家小満ん:陸奥間違い
柳家小満ん:宿屋の富


今回は「陸奥間違い」と「宿屋の富」が、おめでたい噺という…
しかし「お七」は特にそうした噺でもなく…ここでの三席の共通項は
素直に「間違い」なのかも…って。八百屋の娘でお七は、火事を出せば、
再び吉三に会えるのではないかと大罪を犯してしまう…考え違いである。
穴山家の奉公人で中間の千助は、書状を携えて使者に立つが、
同じ「陸奥守」でも届け先を間違えてしまい、大騒動を引き起こす。
宿屋に二十日も逗留している客が大ぼらを吹くが、主人はすっかり信じて、
全くの見当違いであり、さらには当たるはずのない富くじが当たってしまう…
これもまた、とんでもない大誤算で春が来た!みんな「間違い」が元?
昔の柳亭痴楽による「八百屋お七」は有名で、私も聞いたことはあるのだが、
もちろん録音である…小満ん師匠の場合、爆笑王の痴楽師匠のような
漫談のような仕上がりにはならないであろうと…するとどんな感じに?
どこへ向かうの?というのは、たいへんに興味があったのだが、
そこはやはり!師匠には師匠の演じ方、スタイルがあって、
小満ん師匠ならではの「お七」にまとめ上げられていた。
笑いどころはたくさんで…しかしそこはクスクスっと込み上げ笑い、
地噺の語りはおちゃらけている感じはあるけれど、あくまでも品はよく!
バカバカしい噺といってはいけないけれど、少々くだらない内容も
小満ん師匠がお喋りすると素敵に輝いてしまうのだから…マジックだ。
つまらない些細な事柄に命が吹き込まれる瞬間に立ち会ってしまったら…
それは惚れ惚れとして…まさか「八百屋お七」で感動してしまうとは、
これもまた今日の「間違い」のはじまりである。他の噺家が手を出さない…
現代には通用しないような噺を…決して変えてしまうことはなく、
わかりやすく…新鮮に仕立て直してしまうのは、師匠は本当にお見事だ。
小満んの会では、珍品ともいえる…そうした噺にいくらも出会ってきたけれど、
今日の「お七」もお宝コレクションにリスト入りである。ファンにはたまらない!
話が長くなってしまったが、師匠が下さる小満んの会のご案内ハガキで
「お七」に関して、様々な別名があると…ひと通り、今日の噺で聞けたような。
お七はたいへんに美しい娘であったのだが、どういうふうに美しかったのか?
江戸時代の美人の条件を説明していく…ここはそのまま「八百屋お七」か。
火事で本郷の家が焼けてしまい、お七は駒込の吉祥寺に預けられ、
そこで役者にも勝るいい男の寺小姓の吉三といい仲になる。
家も新築され、お七は呼び戻されるが、吉三に逢いたくてたまらず
火事になれば、再び会えるのではないかと火をつける。
付け火は大罪であり、鈴ヶ森で火炙りの刑に処せられるが、
その後、鈴ヶ森には、夜な夜なお七の幽霊が出たという…「お七の幽霊」。
お七は火によって死んだので…吉三も後を追い、せめて火を鎮めようと
大川に身を投げて死ぬ。十万億土のあの世で再会する二人…
抱き合うとジューって音がしたが、水が火を消したともいわれるし、
お七と吉三で、七と三を合わせると十だとも…「お七の十」。
ひとつ面白いことを教えてもらい…「八百屋お七」は覗きからくりが有名で
落語では「くしゃみ講釈」で出てくるので、その辺は知っていたが、
「あ、それ~お寺さんは駒込の吉祥寺~そら、かったん」の「かったん」、
覗きからくりの箱を覗いて、場面が変わるのに絵がカタンと切り替わる…
その音だったのだ。覗きからくりなんて、見たことないので…いまさら納得。
続いて…「陸奥間違い」である。二日連続で聞けたので、理解も深まった!
前半の武士の身分制度の話題で…石高や米を換金する札差の存在、
下級武士は札差から恒久的な借金生活で…貧しい暮らしであった…など、
噺の導入となる解説部分は、わかりやすく、よりシンプルに再構成されていた…
という気がするのだけど、本当のところはわからない。でもよく頭に入った。
「三方めでたい」のそれぞれが出世して、褒美をもらう…という幸福感、
鮮やかな解決で…結論の清々しさももちろん感動的なのだが、今日の高座で
新たにひとつ気付いたことでは、穴山小左衛門が「陸奥間違い」の大失態に
お咎めもなく、むしろ伊達家からの恩情を受けてよいとの沙汰であり、
そこで喜びの涙を流すのだが、それは命が助かったからでもなく、
大金を受け取れるからでもなく…下級武士である自分のような者のために
将軍や老中、幕府の錚々たるお歴々が、義に厚いお裁きをして下さったこと、
そのことへの感謝から出た涙であり、この噺の清潔感はそこにあったのだ。
ふと思い出すのだが、師匠のこの噺の最初の一言が「武士道」であった。
武士の真っ直ぐな心掛け、清らかさがこの噺で最も大切なところであったのだと。
心洗われる気持ちのいい仲入りを過ごした後、今年の会の締めくくりは、
「宿屋の富」である。こちらは明るく、楽しく、朗らかに…千両の大出世。
無一文から千両を手に入れ、落ちぶれた宿屋も持ちかえす…おめでたい!
憧れの噺であろう!富くじの偉大さは、現代の宝くじなど、足元にも及ばない…
それぐらいの迫力が伝わってくるのだけど、江戸っ子の夢が凝縮されている。
しかし小満ん師匠の…ここでの宿屋に泊る無一文は、言葉も訛る田舎者で
それというのは、江戸の旅籠は馬喰町に集中しており、地方から出てきた者が、
公事をはじめ、金の工面など、長らく滞在していたのが馬喰町であったのだ。
無一文の泊り客が地方出身者という設定には、そうした意味がある。
そして馬喰町から近い…小伝馬町と人形町のちょうど中間に位置するが、
椙森神社といえば富くじであり、落語では「宿屋の富」で知られている。
一方で「富久」や「御慶」など、湯島天神の富くじとしている噺もあり、
馬喰町に近い土地柄で椙森神社というのにも…こちらも重要な意味がある。
江戸の人々には、もちろんそれらは当り前のことであったのだろうけれど、
時代も変わり、すべては歴史上の話題となってしまった現在にあっては、
落語の情景で、当時の様子を知ることができるのだ。その辺もなかなか深い!
小満ん師匠の「宿屋の富」は3月の棚卸しの会でも聞いて、二度目であり、
半年ちょっと過ぎたのだけど、知っている…という安心感もあったし、
私も余裕をもって楽しめて、すごくよかったのだ。何とも幸せな満足感。
何しろ付止めの千両が当たってしまう…腰が抜けて、体はガタガタ震えだし…
という壮大なスケールのおめでたさ。大袈裟なほど、それはそれは贅沢である。
ということで…次回は新年、1月20日(月)第120回 横浜 柳家小満んの会
演目は「武助馬」「孝女お里」「按摩の炬燵」の三席。楽しみである!
三遊亭圓朝作「操競女学校」から「孝女お里の伝」。いきなり大ネタ!

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