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2014年1月13日 (月)

第265回 柳家小満んの会

成人の日の祝日開催で小満んの会へ日本橋に行ってきた。
昼から出掛けて、その前にお茶の水から神田明神にお参り。
万世橋から神田を経由し、麺屋武蔵神山で早すぎる夕食。
夕食というよりもほとんどおやつの時間だが、それから…
ゆっくり歩いて、日本橋に15時30分に着いてしまって、
銀座線の三越前できれいなトイレに寄って、余裕があるので
日本橋をいろいろ散策してきた。浮世小路の福徳稲荷、
祝日で休みも多いが、橋の近くに鶴屋吉信、魚河岸の跡、
はんぺんの神茂、佃煮の日本橋鮒佐。鮒佐は営業していた。
などなど。早く着きすぎて、歩いていると外は風が冷たい。

三遊亭しあわせ:子ほめ
柳家小満ん:権助提灯
柳家小満ん:三味線栗毛
柳家小満ん:碁盤割

小満ん師匠は大好きなので、いつもいいのだけど、
それにしても今日は素晴らしかった。「碁盤割」は約60分。
50分の長講というのは、以前にも何度か聞いているけれど、
一時間近く…というのは、はじめてだ。実に丁寧に細やかに
「碁盤割」というのは、そう!「柳田格之進」のことである。
今回のテーマは「嫉妬」ということであろう。悋気、焼き餅…
「悋気は女の慎むところ」というけれど、ここで登場のおかみさん…
焼き餅が大嫌いで、鮭も焼かずに煮て食べる。そしてお妾さんもまた
同じく焼き餅が大嫌い。というので、互いに競い合って、焼かない。
間に挟まれて、夜道を彷徨う旦那と権助…「権助提灯」だ。
「碁盤割」では、旦那が昨日今日知り合った柳田の肩をもち、
番頭の徳兵衛が男の嫉妬から…紛失の五十両を探して回る。
柳田格之進の潔癖さゆえに大きな間違いが起こる。
ならば「三味線栗毛」はどの辺が?ということなのだが、
按摩の錦木が、金さえあれば高い身分に付くこともできると
嫉妬とまでいわなくても夢を抱いているのであり、その想いが通じて
最高位の「検校」の位にまで上り詰めるというおめでたい噺。
酒井雅楽頭の三男で大塚の下屋敷に遠ざけられていた角三郎もまた
父の死によって、家督を継ぐことになり、酒井雅楽頭を名乗るようになる…
「三味線栗毛」のとんでもない出世物語は正月にふさわしいのである!
一席目はお馴染みの「権助提灯」だが、西北の風で火事の心配…
冬場は聞く機会の多い噺である。しかしこれがまた実によかったのだ。
何でいいのだろう?って、特別な演出があるわけでもないし、
聞いているときは淡々と進んでしまって、でもそれが味わい深くて…
後で考えてみると…権助のキャラ、強烈な田舎訛りのその様子で
大いに笑いを取る…という、そうした「権助提灯」も多いように思うのだが、
小満ん師匠はそれほどに権助の存在を強調するわけではなくて、
あくまでもおかみさんとお妾さんの間に挟まれ、翻弄されている旦那を
横からじっと観察している。呆れたり、ときに小馬鹿にしたり、そしてまた
的確な指摘をして、旦那は見事に取っちめられる…その可笑しさ、
これが「権助提灯」の本来あるべき姿か!なんて気付かされるのである。
二席目は「三味線栗毛」で久しぶりに聞いて、思い返してみると…
実演ではあまり聞いていない気もするのだが、これがまた面白かったのだ。
こんなに面白い噺だったっけ?って、目からウロコ的な印象もあったけど、
酒井雅楽頭の三男で部屋住みであった角三郎が、家督を継ぐことになる…
それがどの位の大きな出世であったのか?同じことは按摩の錦木にもいえ、
出世の度合い、そのイメージが、小満ん師匠の語りには、かなり具体的に
こちらに伝わってきたのであり、その華やかさが格段に違っていたのである。
このおめでたさは正月ならではという…気持ちも高揚する一席であった!
仲入り後は長講「柳田格之進」で、小満ん師匠の過去の記録を見て、
どうも正月にこの噺をやることが多そうで…一度どこかで聞いてみたいと
ずっと憧れていたのだが、ついに実現した。あっという間の一時間で
なんて素晴らしいのだろう。演者によって、結論への導き方が違ってくるのだが、
今回、一番感動したところが、湯島の切通しでの番頭と柳田の再会であり、
番頭の徳兵衛から…無くなっていた五十両の金が出たことを知らされ、
柳田が「今日のなんと吉日である」と喜ぶ場面。正確な台詞はわからないのだが、
昨日までは罪人の疑いを掛けられ、肩身の狭い思いで江戸を歩いていた…
しかし今日からは晴れて、大手を振って歩くことができると。ここでの言葉は、
小満ん師匠のオリジナルなのではないかと…これまで聞いたことがない。
帰参が叶い、江戸留守居役に復帰することができたのだが、いくら出世したとしても
紛失の五十両の件により気持ちが晴れることは一度としてなかったと…その心情を
真っ直ぐに語っている。金が出ることで今度こそ、柳田は本当の意味で救われると…
その晴々とした気持ちがしっかりと伝わってきた。実に心に響く誠心誠意な言葉である。
また柳田が頑なに奉行の調べを断った件、それは主君に申し訳が立たないからであり、
柳田の家名にも傷がつく…誓って盗んだものでなく、調べれば金はいずれ出るであろう…
しかし一度受けた汚名は決して拭い去れるものではない…ひとつひとつの言葉に
柳田格之進という人の正しく清らかな人柄が表れている。そして気になる結論だが、
吉原に身を売ったおきぬさんだが、朋友に頼み、金を都合してもらい、その後すぐに
身請けをしたそうである。誰一人として傷つくものがないように…これは師匠の演出。
また落語ファンの間で不評の…番頭の徳兵衛とおきぬさんが夫婦になる件、
これも今回は省かれていた。やはりその成り行きは不自然ということか?
しかしこの碁盤割の一件以後、柳田と万屋源兵衛はますます付き合いが深まったと
そのことは付け加えられていた。あまり碁に夢中になりすぎないようにと
以後(囲碁?)気をつけようと誓いが立てられて…である。深く感動したところで…
来週の月曜日(1月20日)は、第120回 横浜 柳家小満んの会だ。
演目は「武助馬」「孝女お里」「按摩の炬燵」の三席。一週間後が待ち遠しい。

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