« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年4月30日 (水)

ミシェル・ベロフ 1

ミシェル・ベロフによるドビュッシーの全曲録音から
版画、映像 第1集・第2集、忘れられた映像、
喜びの島、マスクを聞いている。版画と映像は、
1996年6月24-27日、11月25,26日にフランクフルト、
喜びの島とマスクは、1997年4月23,24日に
ハノーファーのベートーヴェンザールで収録されている。
この録音の直前ともいえるのだが、版画と映像については、
1996年3月の来日で、紀尾井ホールで実演を聞いている。
そのときの演奏を細かく覚えているわけではないが、懐かしい。
ベロフのドビュッシーといえば、それはもう魅力的なのだが、
力強い表現に関しては、ちょっと硬さがあるようにも感じられて、
その点では、やはり弱音における柔らかさと余韻が素晴らしい。

DENON COCO-73138

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月29日 (火)

小満ん語録~羽衣

落語の「羽衣」は、師匠で二度お聞きしているが、
噺の方も有名な羽衣伝説(羽衣の松)によるけれど、
菊池寛の短編小説にも同じく「羽衣」があるそうだ。
読んでみたいと思って、青空文庫をあたってみたのだが、
さすがになく、教えていただいたところで、その特長を。
漁師の白龍がもてるらしい。すっかり女に飽きている。
しかし天女に出会ってみると、今までにないタイプ。
焼餅は焼かないし、炊事、洗濯もできないし、退屈。
結局は飽きてしまう。天女は戻って行ってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月28日 (月)

芥川龍之介「二つの手紙」

三遊亭圓朝作「因果塚の由来」を調べはじめて、
江戸から明治の「離魂病」について、たいへん興味をもち、
つまりは心理学における「ドッペルゲンガー」のことなのだが、
芥川龍之介の短編小説で「二つの手紙」に描かれているという。
「青空文庫」でネット上にすぐに見つかるので…早速読んでみた。
ドッペルゲンガーを見たという男からの警察署長への手紙であり、
一般的に見れば、精神的に病んでいる者の書いたもの…という、
まわりくどくて、被害妄想の一方的な見方であり、客観性に欠けると
しかしそれは、重厚な文体であり、恐るべき説得力に満ちていて、
引き込まれてしまうのである。警察署長は取り合わなかったようだが、
読み進むうちに…真実はどこにあるのかが見えなくなってくる。
手紙を書いたこの男にとっては、そのすべてが真実であるからだ。
ドッペルゲンガーについて、語り尽くされており、大正六年とあるが、
この時代に芥川龍之介がこれだけの資料を揃えていたのは驚き。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月27日 (日)

ルーズヴェルト・ゲーム

池井戸潤原作のドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」がはじまった。
制作も配役も「半沢直樹」をかなり意識したそうで、面白い。
倍返し的な後半一気に巻き返す展開が今回も痛快だけど、
このルーズヴェルト・ゲームという…土壇場の大逆転というのが、
今作での特長のようだ。舞台は精密機械部品のメーカーであり、
社会人野球が絡んでいるところで、ヒューマンな仕上がりか。
その辺がドラマファンの心をどう掴むのか?好みは分かれるか?
でもとりあえずは期待通りの面白さで、日曜の夜の楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月26日 (土)

小満ん語録~離魂病

小満ん師匠にお聞きした「お若伊之助」に関する話を
まとめているのだが、ここで出てくる離魂病というのは、
ドイツの「もうひとりの自分を見てしまう現象」というので
ドッペルゲンガーがそれのわけだけど、中国にもあるそうで
どうやら「唐代伝奇集」の中の話のようだ。記録しておく。
遠くに離れた二人の娘の話で、寝たきりとなった娘が、
離れて暮らすもう一人の自分の話を聞き、起き出して、
最後に一体化してハッピーエンドとなる…という話らしい。
圓朝の「因果塚の由来」そのものではないか!納得。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月25日 (金)

4月25日 タワーレコード横浜

今日、タワーレコードの横浜店が再オープン。
岡田屋モアーズにあったタワーレコードが、
去年の夏頃だったか?閉店して、それ以来、
すっかりオンライン専門になってしまい、すると
ポイントもたくさん付くし、クーポン券も配られて、
今後もオンラインがいいのかな…とは思っているが、
しかし今度の新店舗が、ビブレの地下だというのだから
驚きである。だってそこはHMVがあった場所ではないか。
私が中学生だった頃には、輸入盤を買おうと思うと
銀座の山野楽器に行くか、秋葉原の石丸電気に行くか、
東京へ行かないと…なかなか手に入らないものだった。
それが高校生のときに横浜ビブレにHMVができて、
横浜でも輸入盤を手に入れることができるようになった。
その後は渋谷のタワーレコードが、品揃えがよくて、
横浜にもオープンしたので、ますます便利になったのだが、
その一方で、横浜HMVはいつの間にか消えてしまった。
横浜にはじめてできたビブレのHMVに…今度はそこに
タワーレコードが入るというのだから、なんだか複雑。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月24日 (木)

4月24日の感想

今日も特にネタはないのだが…ヘリの音がうるさい。
オバマ大統領の来日で、昨日の晩から飛びっぱなし。
空からも警戒ということだろう。民間のヘリではなくて、
米軍か自衛隊か?そんな感じのヘリの音だ。
それにしても普段から…この辺はうるさくて。
厚木の飛行場が近いのと横須賀と横田の中間で
戦闘機や軍の輸送機やいつも飛んでいる。
そのオバマ大統領だけど、昨日の銀座の寿司屋さん、
「すきやばし次郎」だそうだ。おまかせで三万円から。
寿司は大好きなので、たとえランチで1500円でも
築地や御徒町で、おいしいのが食べたいのだけど、
土日でネタを落としていたりすると…その店には
二度と行かないが、三万円の寿司って、どんなだろう。
ずっと先まで予約でいっぱいだそうで、三万円か…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月23日 (水)

4月23日の感想

特にネタもなく…体調も思わしくなく…困ったもの。
咳はだいぶ止まったのだが、今度は鼻が詰まって、
鼻の具合が悪いと頭が重い。喉の痛みはなくなった。
体温に関して、昨日、一時的に37.6度まで上がったのだが、
今日の夕方は36.4度で平熱である。でもこの体のだるさ…
やっぱり調子悪いな…という印象。そろそろ復活しなければ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月22日 (火)

4月22日の感想

今日は誕生日で、いくつになったのか?なんて、
みっともなくていえないのだが、週末からの風邪っぴきで、
ついに朝から、近所の内科に行ってきた。薬をもらいに。
こういうとこが厄年なのか。体調が悪いと盛り上がらない。
夜は「喬太郎迎賓館」を見た。喜多八師匠が出るので。
歌武蔵さんと三人でやっている「落語教育委員会」だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月21日 (月)

4月21日の感想

少し前から咳が出ていたのだが、喉が痛くなって、
具合が悪い。風邪をひくと必ず咳に来るのである。
寝ているときは、咳も止まるので、今日は早寝しよう。
寒暖の激しい季節であり、みなさんもお気を付け下さい。
ちょっと寝不足が祟って、体調管理が甘かった。反省。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月20日 (日)

落語につぶやき 236~人情八百屋

昨日、小燕枝師匠で聞いてきた「人情八百屋」だが、
忘れないうちにあらすじを記録しておきたいと思う。

霊岸島の元浜町で、八百屋さんが売れ残った茄子を
長屋のおかみさんに二十文で売ろうとしているが、
これしかないので、八文の分だけくれと頼まれた。
親切な八百屋は、八文で全部差し上げましょうといい、
すると奥から子供が出てきて、生の茄子を食べはじめた。
大工の亭主は患って、ずっと寝込んでおり、子供たちに
三日も何も食べさせていないという。訳を聞いた八百屋は、
自分の弁当の残りを子供たちに与え、一日の売り上げを
すべてその親子に置いてきた。五日ほどが過ぎて、
八百屋のかみさんは、子供たちに着物を繕ったからと
届けてほしいと再び霊岸島の裏長屋を訪ねてみる。
するとそこは空き家になっており、隣に様子を聞いてみると
火消しの鉄五郎の家に案内された。あの晩、因業大家に
八百屋からもらった金はすべて、たまった家賃で、
巻き上げられてしまったという。八百屋さんに申し訳ないと…
亭主は首を吊り、女房も舌を噛み切って、死んでしまった。
長屋の衆は、腹に据えかねて、大家の家を叩き壊し、
張り倒した。町役人が間に入り、その場は収まったが、
残された子供たちを火消しの夫婦が預かっているという。
八百屋の平助は、子供たちを自分のところで引き取りたいと…
鉄五郎も五日の間、一緒にいて、情が湧いたから、そればかりは
堪忍してほしいと頼むのだが、乱暴な火消しの家で育つより
八百屋さんのところの方が、子供たちのためだと女房に諭され、
手放すことを決める。帰っていく平助と子供たちを見送り、
鉄五郎はしみじみと…八百屋さんに育ててもらった方が
子供たちのためだ…俺の商売は火消し。躾けはできねえ。
躾けと火付けを掛けた火消しにちなんでのオチである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月19日 (土)

黒門亭で左橋・扇生・小燕枝

実は久しぶりの黒門亭。先月は行かなかったので。
今日は大好きな小燕枝師匠なので、逃さずに来た。
噺も珍しい「人情八百屋」をネタ出しなので…注目!

第2部
柳亭こみち:悋気の独楽
初音家左橋:火焔太鼓
桂扇生:野ざらし
柳亭小燕枝:人情八百屋

4月から第2部の出演が4人となり、変わったなとは思っていたのだが、
前座さんの高座は第1部のみとなって、第2部は二ツ目のこみちさんから。
何となく…やはり前座さんの一席は、前に欲しいな…という印象だったが、
まあ、すぐに慣れるだろう。今日の高座返しは三遊亭しあわせさん。
こみちさんは自身の体験も踏まえて、嫉妬のマクラから「悋気の独楽」。
かわいいながら小生意気な定吉が絶品。一方のお妾さんに関しては、
女性の噺家ならではで、その色っぽさがリアルなところはいいところ。
逆に噺の中でそこが際立って聞こえてきてしまうところはデメリットか。
このところ毎日来ている旦那が、今日も来たと女中から聞いて、思わず、
「今日も来たのかい?」って、実は嫌々、不快な表情、ここは欲しかった。
旦那に対しても「このところ毎日で、お宅の方は大丈夫なんですか?」って、
少々嫌味な台詞を入れるのも…裏表のあるお妾さんなのであって、
その辺の描写でより面白くなるのだが、今日のお妾さんは裏のない性格。
続いて、左橋師匠が「火焔太鼓」。古今亭のスタンダードな「火焔太鼓」では。
心地のよいテンポ感で…あまり心地よすぎると記憶が遠のいてしまって…
仲入り後、続いて扇生師匠の「野ざらし」だが、明るい芸風と華やかさが、
「野ざらし」の賑やかなところにぴったりで、歯切れのよさはお見事であった。
でも…向島に着いて、先に来ている釣り人が、威勢のいい江戸っ子であり、
ここは風流人の多少ご隠居ぐらいの穏やかさの方が、八つぁんとの対比で
そのちぐはぐなやりとりが際立ってくると思うのだけど、それは私の感想。
水をかき回して、顎を釣って、針を外して、歌う…前半の盛り上がるところまで。
トリは小燕枝師匠の「人情八百屋」。ここまで感動したのは、実に久しぶり!
演目が発表になったときに…知らない噺ではあったので、調べてみたのだが、
「唐茄子屋政談」に似ていて、誓願寺店のおかみさんが助けられるそちらと
こちらの「人情八百屋」では、霊岸島の元浜町を舞台にして、やはり長屋だが、
病の亭主とおかみさんは死んでしまうのである。その後の展開が噺の中心で、
類似の設定については不明だが、元は浪曲、さらに元は講談との記述もある。
「唐茄子屋政談」もそうだけど、なぜ子供を残して、ふたりは死んでしまうのか?
江戸の頃には、わが子のことよりもそれ以上に…恩人への感謝の気持ちが重く、
それが踏みにじられたときの申し訳なさで、命を絶って、詫びるのだ。その辺が
まずは現代人には理解不能。ご恩は大切だとしても、子供を置き去りにして、
どうして自分だけが死ねるのか?残していく子供たちへの想いはないのか?
その疑問に関しては、これは私の勝手な考えだけど、当時は流行り病や
火事で燃えれば、江戸は跡形もなく、命は、実にはかないものであった。
親が死んで、子供が残されても、その子は長屋の者たちがきちんと育てる…
そして歳になれば、奉公先を見つけて、ひとりで生きていかれるだけの
道を付けてやるというか、ここでも実際に、長屋の火消し夫婦が面倒を見て、
心の優しい八百屋の夫婦に引き取られていくのだ。そういえば、書いていて
いま思い出したのだけど、流行り病で親が死に、育ての親への恩を果たす…
というのでは、全くその状況が噺の「肝潰し」でも描かれているではないか。
つまりはあったのだろう。親が死に、引き取られ、育ての親への恩が生まれる。
ここでの夫婦が、残していく子供たちに何の心配もなかった…とはいわないが、
それ以上に窮地を助けてくれた八百屋さんへの恩が重かった…というのは、
江戸ならではのこと、昔の人々の心を理解してあげないといけないのだろう。
でも実際、それは、現代人には不可能か。あまりにも考え方が違い過ぎる。
その点では、あくまでも噺なのであり、それも遠い、遠い昔話なのである。
しかし小燕枝師匠は素敵だった。丁寧でおっとり、姿勢の低い八百屋さんと
逆に荒っぽく、これぞ江戸っ子という火消しの鉄五郎。その対比の鮮やかさ。
オチは、八百屋の平助さんに引き取られていく子供たちを見送って、
鉄五郎はしみじみと…八百屋さんに育ててもらった方が子供たちのためだ…
だって俺の商売は火消し。躾け(火付け)はできねえ。この一席は宝物!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月18日 (金)

4月18日の感想~森下由来

江東区が出している森下のマップに面白い記事を見つけて、
この辺りの西側に庄内藩酒井左衛門尉の下屋敷があり、
屋敷内に深い森があったことから「森下」となったそうである。
ちなみに「深川」の由来は…というと、現在の深川一帯は、
慶長年間には、葦の茂る三角州で、住人もいなかったが、
深川八郎右衛門が移り住んで、開拓に着手したという。
家康の命により八郎右衛門の姓を採って「深川村」となった。
開拓の功により、その後、深川村の名主となったそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月17日 (木)

小満ん語録~江戸水運

江戸の塩は、行徳の塩浜で作られていたそうである。
当時は船で運んでいたので、そのための経路として、
人工的に造られた川が、江戸川と中川を結ぶ船堀川、
そして中川から大川(隅田川)への小名木川であった。
大川からは箱崎川を進み、小網町で荷揚げされる。
箱崎川から稲荷堀へ入る場所を行徳河岸といったそうだけど
それは行徳の村人が荷揚場として河岸を借りていたからであり、
荷物はそこに到着して、江戸に流通していたことがわかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月16日 (水)

落語につぶやき 235~雁風呂

「雁風呂」に出てくる淀屋辰五郎について。
中之島の開拓を手掛けたのは、淀屋の初代である。
江戸の初期。その後、代を重ね、米相場で儲け、
巨万の富を築いた。それでここに登場するのが、
通称「淀屋辰五郎」であり、淀屋の五代目である。
宝永二年(1705)幕府の命によりついに闕所となった。
一般には、贅沢が目に余るということになっているが、
諸大名への莫大な貸し付けが本当の理由とされる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月15日 (火)

今日の月は…赤い月

20140415a

まずは丹沢に沈む夕日だが、18時00分の西の空。
アメリカなどで、皆既月食が観測されたそうだけど、
こちらは東の空に部分月食の月の出が見られるそうで、
それに合わせて、夕方、高台の場所に出掛けてみた。

20140415b1

18時35分に瀬谷区阿久和南3丁目にて。
やっと東の空に姿を現した月齢15.3の満月。
上の方が少し欠けているようにも見えるが、
色が異常に赤いのは、月食の影響なのか?

20140415b2

18時39分、月食はほとんど終わりのようだけど、
オレンジ色の月は少々気味が悪く、しかし興奮した!
今年はもう一度、10月8日も皆既月食が見られるらしい。
楽しみだ。よく覚えておこう!この後は見事な満月を堪能!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月14日 (月)

今日の月は…月齢14.3

20140414

少し気温が下がって、空もスッキリ晴れわたり、
夕方、東の空にほとんど満月の月(月齢14.3)が見えた。
17時58分で、日の入り(18時13分)の15分前である。
暦の上では、明日15日が満月(月齢15.3)だ。
月の満ち欠けを追っかけるのって、本当に楽しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月13日 (日)

4月13日の感想~中川船番所

今日は小満ん師匠のお供で中川船番所資料館に行ってきた。
行徳の塩浜で塩が作られていたのだが、それを江戸へ運ぶのに
中川から大川(隅田川)を水運で結ぶ運河として造られたのが、
小名木川である。その入口に設けられたのが、中川船番所。
江戸の物流と江東区の歴史だが、勉強になったし、面白かった。
その後、どじょうを食べよう!ということで高橋の「伊せ喜」に
案内してくださったのだが、店がない。その場で調べてみると
閉店して、マンションに建て替えられてしまっていた。そんな!
老舗がなくなっちゃった…という、何とも残念な結果だが、
じゃあ、「みの家」ということで、森下に戻って、桜鍋の老舗。
馬刺しとお鍋を堪能。おいしかった。なんて素敵なお店なの!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月12日 (土)

マウリツィオ・ポリーニ 5

ポリーニの最新盤でブラームスのピアノ協奏曲第2番を聞いたが、
今日はアバド指揮ベルリンフィルとの協演で1995年の演奏である。
1995年12月にベルリン・フィルハーモニーの大ホールでライブ収録。
ポリーニの2度目の録音となるが、久しぶりに改めて聞いてみると
やはりこちらも素晴らしい。その力強さと豪快さで圧倒的な仕上がりだ。
音楽がブラームスなので、重厚でどっしりとした響きは深みあるけれど
この時期のポリーニは、音楽の構造をどこまでもクリアに響かせて、
それは確信に満ちたテクニックの上に成り立っている点で、結果的に
ヴィルトゥオーゾ的な方向性も見うけられるのである。それは悪くない。
でもポリーニの個性が強いという一面もあるのか、ファンは歓迎だが、
今日の演奏の方が、よりたっぷりブラームスという印象であろう。
1976年の最初の録音も好きだが、3種ともそれぞれに魅力的だ。

DG 453 505-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月11日 (金)

落語研究会 入船亭扇遊

桜でお花見の季節は終わってしまったけれど、
以前に落語研究会で放送されたものから
今日は扇遊師匠の「百年目」を聞いている。
今年は実演では「百年目」は聞けなかった。
それよりも「長屋の花見」も聞いていないか…
「長屋の花見」を聞いていないぐらいだから、
「花見の仇討」だって、聞いていない。
扇遊師匠は本寸法を丁寧に55分の高座。
素晴らしい。やはり「百年目」は最高だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日の月は…月齢11.3

20140411

春霞で青空が広がるのもすっかり減ってしまったが、
今日は夕方、すっきり晴れて、きれいな月が見えて、
17時44分に東の空高く、月齢11.3の月である。
来週の火曜日で15日が満月(月齢15.3)だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月10日 (木)

南西ドイツ放送交響楽団

シルヴァン・カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団による
ベートーヴェンの交響曲シリーズを収録順に聞いている。
今日は交響曲第5番ハ短調と第6番ヘ長調「田園」で、
第5番が2003年11月29日にフライブルクのコンツェルトハウス、
第6番が2007年1月23,24日にエッセン・フィルハーモニーで収録。
南西ドイツ放送交響楽団の音色は、ギーレンのときも同じだと思うが、
しかしカンブルランの音作りはさらにさらに明るく、輝きに満ちて、
感動的なベートーヴェンだ。かなり歯切れがよく、隅々にまで明快。
どっしりとしたドイツ的な響きではない。極めて現代的な感覚で
デジタルな仕上がりではあると思う。なんて素晴らしいのだろう!
この新しい響きに大興奮。ベートーヴェン好きにはたまらない。

GLOR GC11461

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 9日 (水)

ホルヘ・ボレット 5

ホルヘ・ボレットによるリストの作品集を聞いている。
今日はリスト編曲によるシューベルトの歌曲集。
「ます」「聞け、聞け、ひばりを」「水の上で歌う」「魔王」の他、
歌曲集「美しい水車小屋の娘」や「白鳥の歌」から「住み処」、
そして「冬の旅」からは「菩提樹」「郵便馬車」…などである。
1981年11月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
後半は、ゲオルグ・ショルティ指揮ロンドンフィルとの協演で
リストが管弦楽を追加したシューベルトの幻想曲「さすらい人」。
1986年7月にウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール。
ホルヘ・ボレットを表現するのに…今さらという感じではあるが、
華麗の極みだ。緩急も強弱もあらゆるものが自在に奏でられ、
それは作品が求めているものでもあり、この上なく自然体。

DECCA 467 801-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 8日 (火)

マウリツィオ・ポリーニ

ポリーニの最新盤が届いたばかりだが、早速に聞いている。
クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンとの協演で
ブラームスのピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品83である。
2013年1月25日にドレスデンのゼンパーオーパーでライブ収録。
3度目の録音となるが、過去の2種類とは明らかに違ってきていると…
集中力に満ちた凝縮の表現は、多少影を潜めているのであり、
その点で、印象としてはより自然体に力が抜けて、余裕も存在しているし、
遊びもある自由な仕上がりである。そうした音楽性、方向性が、結果として、
深い陰影と大胆な立体感を生み出しているのは、今日のポリーニならではで
その豊かさを楽しみ、感動とともに音楽に受け入れることができた。
若い頃のポリーニと違うのは、音が細いのと…コントロールにバラつきがあり、
その辺は気になってしまうのだが、でも美しさと輝きを引き出すのでは、
現在の方が大きな効果を生み出して、やはり魅力的であることは間違いない。
ティーレマンの指揮によるシュターツカペレ・ドレスデンも最高のブラームスだが、
今回はポリーニの演奏に引き込まれてしまったので、独奏にそれだけの力がある。
大体20年間隔だが、ブラームスのピアノ協奏曲に関しては、3度ずつの録音と
シューマンの幻想曲やショパンの練習曲、それにベートーヴェンの後期のソナタも
ぜひとも現在のポリーニによる録音を残してほしいのだが、願いを叶えてほしい。

DG 479 2384

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 7日 (月)

落語につぶやき 234~因果塚由来

昨日、小満ん師匠の「お若伊之助」を聞いてきたのだが、
この噺は三遊亭圓朝作「因果塚の由来」の前半部分である。
さらに後半の展開も少しだけ聞けたので、記録しておきたい。
圓朝師匠のサゲに関して、重要になるのが「離魂病」である。
調べてみると「夢遊病のこと」と出てくるが、それとは違って、
「魂が肉体から離れ、もう一人の全く同じ姿の人が現れる」
ともあり、こちらの方である。同じ姿の二人に分離してしまい、
それぞれは、何事もなく別々に暮らしているのだが、
分かれた二人が再会してしまうと、手が触れた途端、
分身は消え、残ったものも死んでしまう…それが離魂病である。
「因果塚の由来」後半で、お若はどうなるのか?を記しておく。

お若は伊之助に化けた狸の子を産み、生まれてきたのは、
双子の兄妹であった。子供をそれぞれ別々なところへ縁付けて、
自分は出家する。しかしそれでも伊之助への想いを絶ちきれず、
駆け落ちして、神奈川へ。男の子をもうけた。息子は十八になり、
根岸の叔父の元へ一言謝りに行きたいと伊之助と出掛けるが、
そこには離魂した元のお若が病で寝ており、分身のお若は消え、
元のお若も死んでしまう。すべての原因は自分にあると
伊之助もまた自害。さらには、お若が生んだ双子の兄妹であるが、
不思議な縁で、二人は惹かれあい、道ならぬ仲で心中をする。
いっぺんに四人の身内を亡くし、残された息子は仏門に入り、
後に谷中に因果塚を建立した。その由来がこの噺である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 6日 (日)

柳家小満ん「在庫棚卸し」

今日は小満ん師匠の棚卸しで、お馴染みの荒木町へ。
4月上旬ということもあり、桜はちょっと終わりつつあるが、
「百年目」が聞きたい!って、実は先月から思っていたのだけど、
残念ながら、お預け。去年、たばこと塩の博物館の落語会で
師匠は演じられていて、行っておけばよかったって…今さら。
まあ、それはいいとして、でも今回も非常によかったのだ。
特に「お若伊之助」については、目からウロコ的に楽しめて、
自分でも驚きである。嫌いな噺だったので。その辺は後で詳しく。

柳家小満ん「在庫棚卸し」第16回
柳家小満ん:雁風呂
柳家小満ん:茶碗割
柳家小満ん:お若伊之助

昨日は三河へ行っていたと…今日の午前中に戻ってこられたのか?
話の様子では、そんな印象だったのだけど、そこで遠州掛川の情景である。
名を残すというのはたいへんで、商人の方では、紀伊国屋文左衛門、
と来たときに…「雁風呂」って、頭に浮かんで、自分でいうのもなんだけど、
よく当たったって思うのだが、続いて、中之島と淀屋橋で知られる大坂の淀屋、
闕所になった淀屋辰五郎の話題、さらには水戸黄門と来れば「雁風呂」である。
2011年3月の日本橋の小満んの会で、この「雁風呂」が演じられており、
そのときの録音をよく聞いているので、入り方で気付いたのだと思うのだが。
この噺もかなり渋い噺といえるのだろうけれど、こういうのこそ、味わいである。
小満ん師匠のこういった噺は大好きなので、面白いし、大いに楽しめる。
やはりその辺は、演じ方しだいで、説明的な部分がどこまで伝わるかだ。
「雁風呂」の絵解き、謎解きと…それを上方言葉で演らなくてはならない難しさ、
おそらく…厄介な噺だよ!といわれるのではないかと。私は好きな噺である。
いや、でも小満ん師匠で聞けるならいいのだが、他所では遠慮かもしれない。
続いては「茶碗割」が来た。この噺も大好きで、横浜での録音をよく聞いている。
2009年5月の小満んの会で演じられており、日本橋の会はその少し前であろう。
尾崎紅葉作で小満ん師匠が落語にした…というのは、以前から知っていたのだが、
今日のお話だと、尾崎紅葉自身も泉鏡花らとともに、自作を演じたそうである。
おそらく講談のような仕上がりか?その辺の様子も記録に残っているらしい。
元々は大坂の噺だったのを…江戸に移して、情景や設定の調整は師匠による。
かなりドキドキハラハラする噺で、その緊張感、最初の衝撃はすごいと思うのだが、
何度聞いても面白いのである。質両替商の小松屋喜右衛門で起きた事件が、
狂言作家によって芝居に仕立てられ、それが上演されて、大評判という…
噺の中でも芝居小屋の風景が出てくるのだが、まさに芝居を見ているような、
実に絵になる情景である。この「茶碗割」は本当に魅力的で、もっとどんどんと
いろいろなところで演じられて、広く知られてほしいと思うのだが、いかがであろう。
仲入り後は「お若伊之助」である。三遊亭圓朝の作による「因果塚の由来」だが、
後半でそちらの展開なのか、小満ん師匠の工夫によるものか…そこがいい。
実はこの「お若伊之助」という噺が嫌いだった。志ん生師匠の録音を聞いて、
根岸に移り住んだ後の場面だけど、お若のところへ訪ねてくる伊之助を、
鉄砲で撃ち殺すと狸が化けていたという…それでお若は狸の子を産むのであり、
その辺が嫌いな理由か、とにかく嫌なので、それ以来、聞いたことがなくて、
志ん朝師匠の録音があることも知っているけれど、敬遠していたのである。
でも今回の噺の結末、圓朝師匠の本来のサゲだそうだが、それは離魂病。
ひとりの人間が思いつめることによって、ふたりに分かれてしまい、つまりは
その分身は思いを叶えて、別々に暮らすという…しかしながら、何かの拍子に
分かれたふたりが再会してしまうと、手が触れた途端、分身は消えてしまって、
残った者も心臓が止まり死んでしまう…それが離魂病である。これは明治の話。
西洋から「ドッペルゲンガー」の言葉や考え方が入ってきて、日本的に解釈し、
離魂という病として、信じられていた…ということだと思うのだが、この手の話題は、
圓朝師匠は、いろいろな形で落語に盛り込んでいるので、神経とか、魂とか、
時代の流行であろう。最先端の話題を巧みに取り込むという…これぞ圓朝噺。
お若は男の子と女の子の双子の兄妹を生み、表には出せぬ子として、
別々に他所へ縁付けられる。その後も伊之助への想いが絶ちきれず、
結局はふたりで駆け落ちをし、神奈川の方で暮らして、男の子をもうけたが、
息子が十八になったときに、心配をかけた根岸の叔父のところへ謝りに行こうと
しかしそこには、離魂したお若の元の方が病で寝ており、訪ねてきた分身は消え、
元のお若も死んでしまう。伊之助も後を追って、首を吊った。またお若の子供で
双子の兄妹も不思議な縁で惹かれ合い、道ならぬ仲のふたりは心中をしたと。
残ったお若の息子は、仏門に入り、谷中に因果塚を建てる…それで由来である。
お若の元へ通っていたのは狸だが、あまり狸というのは強調されず、この後半、
後の噺を簡単に付け加えるだけで、全く違う印象に聞こえてきたのである。
すごく面白かった。こんなにも面白く聞けるなんて、それが一番の驚きだった。
この離魂病という…まさに圓朝の明治の時代ならではの話題かもしれないが、
この辺は、実に興味深く思えて、これから「お若伊之助」は熱心に聞いてみるか!
ということで…次回の「棚卸し」は5月5日(月)である。もちろん予約済!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 5日 (土)

4月5日の感想

明日が四谷の荒木町で小満ん師匠の会なので
今日は遠出をするのはよしにして、大人しくして、
夜は音楽CDを聞こうと思っていたのだが、
土曜の晩は毎週BS放送で寅さんをやっていて、
両親が見ていて、つい見はじめると最後まで見てしまう。
その後はフジで、恒例の「世にも奇妙な物語」に
「あまちゃん」以来の能年玲奈が出ていると思い出して、
途中から付けたのだが、間に合ったのだけど…
あまり面白くない。続いての「ラストシネマ」の方が、
物語の展開は読めてしまったが、飽きずに見られた。
脚本という点では、寅さんの「男はつらいよ」って、
本当にたくさん、落語の要素が詰まっている。
山田洋次が落語に精通しているのは有名だけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 4日 (金)

横浜の風景から 358

20140404

大雨の後で、風も強く、青空が広がって、
夕方、太陽が丹沢の山々の後ろに沈んだ後の
瀬谷区阿久和東の小金山からの富士山である。
春になって、すっかり空も霞んできているので、
これからの夏の間は、富士山とも暫しのお別れだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 3日 (木)

小満ん語録~水売り

「水屋の富」で知られる水屋さんという商売があったのだが、
江戸の水事情については、とても簡単には説明しきれないのだけど、
小石川上水、神田上水、玉川上水…と湧水を江戸府内に引っぱって、
飲料水を確保していたのである。その水道が引かれていない地域には、
水屋さんが飲み水を運んで、売って歩いていた。その水屋とは別に
水売りという商売も存在していたそうである。上水井戸の水は温く、
夏場など、掘り抜き井戸の冷たい水は、たいへんに貴重であった。
そのよく冷えた水を売って歩いたのが水売りで、銀色の錫の器で
少し砂糖の甘みを加えるなどして、涼しさを提供していたのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 2日 (水)

横浜の風景から 357~桜満開

住宅のメンテナンス工事で、朝から現場を見に行って、
その帰りにちょっと寄り道をして…また桜を見てきた。

20140402a1

20140402a2

泉区緑園4丁目で、緑園都市の「四季の径」の桜。
四季の径の下は相鉄いずみ野線が通っている。

20140402b1

20140402b2

泉区岡津町で岡津高校の桜である。
現在は、岡津高校とはいわないのだが、
「横浜緑園総合高校」とかいうらしい。

20140402c1

20140402c2

泉区岡津町の三嶋神社にお参り。

20140402c3

三嶋神社の境内にある御神燈だが、
これまであまり気にしていなかったのだけど、
「安政三辰九月吉日」とある。江戸後期の1856年。
安政三年というのは、安政の大地震(1855)の翌年だ。
この地震に関連して建てられたのは間違いないだろう。

20140402d

泉区岡津町の富士塚にて、塚を覆っているのは桜だ。
少し淋しい咲き方ではあるが、もちろん満開である。

20140402e1

20140402e2

20140402e3

帰り道で、泉区新橋町の中丸家長屋門の桜も満開。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 1日 (火)

横浜の風景から 356~桜満開

こちらはもう少し先かと思っていたのだが、
この数日の暖かさもあって、桜は一気に満開。
先週の後半に開花して、それからが早かった。

20140401a1

20140401a2

近所の善部第二公園の桜である。

20140401b1

20140401b2

20140401b3

そして善部町公園の桜。素晴らしい。

20140401c

このところ、家に籠もりがちで、運動不足。
歩きたくなってしまって、和泉町の日枝神社まで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »