« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月30日 (月)

ギドン・クレーメル 6

昨日に続いて、ギドン・クレーメルのバッハを聞いている。
1980年の録音による無伴奏ヴァイオリン・パルティータで、
第1番が3月23-29日、第2番と第3番が6月14-16日に
ハールレムのルター教会で収録されている。感動的である。
下手に触れると怪我をしそうな鋭さで、緊張に満ちた響き、
ひとつひとつの音が心に突き刺さってくるような衝撃だ。
34年前ということになるけれど、これは発売の当初は、
驚きをもって、迎えられたのではないか。保守的なファンには、
拒絶があったとしてもおかしくない。緩急に関して、より大きく
変化が付けられており、急速な楽章の荒々しいまでの激しさ、
力強さに比べ、その後に来る安らぎの楽章での救いの響き、
今さらいうまでもなく、やはりこれこそ歴史に残る名演である。

DECCA 478 4609

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月29日 (日)

ギドン・クレーメル 5

今日と明日でギドン・クレーメルのバッハを聞こうと思う。
クレーメルは一枚目に無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、
そして二枚目に無伴奏ヴァイオリン・パルティータを入れて、
今日はソナタの方である。第1番が1980年3月23-29日、
第2番と第3番が1980年2月5,6日にハールレムの
ルター教会で収録されている。有名な演奏だが、素晴らしい。
私は、バッハはほとんど聞かないのだが、今回は珍しいことで
しかしこの無伴奏ヴァイオリンに関しては、偉大な作品だと思う。
やはり一番は、なんといっても絶対にナタン・ミルシテインだが、
クレーメルの演奏も最高である。厳しく、鋭く、激しく、…って、
よく表現されるが、クレーメルのバッハは、やはり美しい。
たしかに辛口だと思うけど、だからこそ心に響いてくるという。

DECCA 478 4609

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月28日 (土)

南西ドイツ放送交響楽団

シルヴァン・カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲シリーズを収録順に聞いていきたい。
今日は交響曲第6番で、1998年1月16-23日に
フライブルクのコンツェルトハウスで収録されている。
深まりを求めるブルックナーではない。輝きのサウンドである。
明るく、透明、徹底して研き抜かれた音作りで貫かれている。
カンブルランだと、なるほど、こういう解決法になるのかと…
これからブルックナーの交響曲を順に楽しみである。

GLOR GC09241

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月27日 (金)

オスロ・フィル 1999/2000

マリス・ヤンソンス指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団による
ブラームスの交響曲全曲を収録順に聞いてきた。今日は…
1999/2000シーズンの演奏から交響曲第1番のライブ録音。
1999年10月21,22日にオスロ・コンサートホールで収録。
そして後半は、ヨーゼフ・ヨアヒムの「ハムレット」序曲。
2000年2月6日にオスロ・コンサートホールで収録。
発売と同時に買ったので、聞くのは十年以上の久しぶりか。
放送用ライブ録音といった仕上がりで、あまり高音質ではなく、
音の特徴として、オーケストラの響きも美しい音色とはいいがたい。
しかしそれが、かえって生々しく、この現実感はむしろ好印象か。
表面的な美しさではない、ヤンソンスの力のこもった表現、迫力、
熱いものが伝わってくる。15年経っても、ヤンソンスはそれほど、
変わっていないのではないかと思うけど、オスロ時代も実にいい。
ヨアヒムの序曲は極めて珍品だが、面白いし、演奏も素晴らしい。

SIMAX PSC1206

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月26日 (木)

ホルヘ・ボレット 11

ホルヘ・ボレットによるリストの作品集を聞いている。
今日は2つの演奏会用練習曲、3つの演奏会用練習曲、
そして最後に収録されている「ドン・ジョヴァンニ」の回想は、
1978年12月にキングズウェイ・ホールでの演奏。
そして練習曲の後で、コンソレーション(全6曲)は、
1985年3月にロンドンのセント・バーナバス教会で収録。
1978年というと一連の録音の中では、早い時期のものだが、
それもあるのか…ボレットの演奏がますますヴィルトゥオーゾで
同時にこの上なく自由自在。強弱も緩急も実にしなやかで
ここに存在するあらゆるものが華麗だ。なんて素晴らしい。
リストの演奏会用練習曲は、大好きなのだが、作品も偉大で、
そしてこのボレットの演奏は、格別に魅力的なのである。
少し時間が過ぎて、コンソレーションは、1985年というと
超絶技巧練習曲集と同じときの録音のようであるが、
より枯れた印象もあり、それがまた美しく、感動的である。

DECCA 467 801-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月25日 (水)

小満ん語録~侍の刀

小満ん師匠にお聞きした江戸の話。

アメリカでは、護身用にピストルをもって、危険が迫ったら、
すぐに撃つのであるが、江戸の侍のもつ刀というのは、
そういうものではなく、いざ、戦のときのためのものであり、
そして小刀はというと、自分の腹を斬るためのものであった。
もしも刀を抜いたなら…お家が潰れるかもしれないのであり、
自分が命を落とすどころではない…家来や奉公人に至るまで
路頭に迷うことになる。だから刀は、抜くわけがないのである。

そういう話を聞くと、よく侍は、この無礼者!って、すぐに斬り、
死人に口なしで、斬られた町人は、斬られ損だっていうけれど、
決してそんなことはなくて、誰を斬ろうとも…人の命を奪えば、
それは大事になるのであり、江戸の侍にとっての刀とは、
単なる武器ではなかったと…それで魂といわれるのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月24日 (火)

落語につぶやき 242~油を売る

馬生師匠がゲストで「喬太郎迎賓館」を見ていたら、
噺は「茶金」で、江戸っ子の油屋さんが出てくるけれど、
「油を売る」の語源。いまは「さぼっている」というような…
正確には「無駄話をして、時間を潰して、仕事を怠ける」
という意味だそうだけど、油は粘性が高く、油桶から
柄杓で客の器に移すのに、雫が途切れず、時間がかかる。
その間、客を相手に世間話をして、時間をつないだ。
それで仕事をしながら、無駄話をして、手が止まっている…
というような状況を「油を売る」というようになったのである。
そう考えるとそれほど悪い意味でもないようだ。本当は。
来週の「喬太郎迎賓館」のゲストは小ゑん師匠。楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月23日 (月)

今日からしばらく家事息子

「火事息子」ではなく、家事息子です。
母が白内障の目の手術で、土曜日まで入院で
その間、家のことはすべてやらなければならない。
中間で一度、父と見舞いに行こうといっているのだが、
その他、外出の予定は入れず、引きこもる予定。
家を開けられないので、緊急の用事が入らないよう
無事に今週が過ぎますようにと祈るばかり。
そしてこういうときは早寝しようかとそれに限る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月22日 (日)

6月22日の感想

雨の日曜日で、外出せずにいたのだが、
何となく一日が終わってしまった気がする。
これではいけないと…夜になって、真剣に
小満ん師匠からお聞きした話を活字化していたのだが、
しだいに集中してきたのはいいのだけど、ふと気づいて、
ブログの更新を考えていなかった。つまりネタがない。
それはそれで…そういう日曜日だったということで。
「ルーズヴェルト・ゲーム」が最終回。逆転・復活だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月21日 (土)

昌平童夢寄席で小ゑん・わさび

お仲間から小ゑん師匠の会があると教えていただいて、
外神田の昌平幼稚園で行われる童夢寄席に行ってきた。
神田明神下から湯島方面へ向かうお馴染みの土地柄だが、
昌平とは、神田川に架かる昌平橋にちなんでの名前であろうと
地名として、昌平という町名があったのか、その辺はわからないが、
要するにわかりやすくいうと…秋葉原である。末広町にも近い。
実はその前に御徒町から黒門町へ…黒門亭の7月の番組表を
貰いに行ってきたのだが、黒門町はなんて落ち着く場所であり、
それから末広町を通って、待ち合わせの秋葉原駅へ向かうと…
アイドルオタクの街というべきか…ものすごい拒絶反応で、
私はダメだ。無理。15年ぐらい前までのパソコンオタクの街、
そんな印象の頃は、平気で秋葉原へ行けたのだが、変わった。
会場は昌平小学校、昌平幼稚園、図書館の建物の中だが、
そのまわりはというと…パソコン関連の店はまだいいとして、
メイドとそれを取り囲むオタクがウロウロしていて、かなり怪しい。
落語に助けを求め、急ぎ逃げ込んだ。そんなに恐くないけれど。

柳家わさび:動物園
柳家小ゑん:ほっとけない娘
柳家わさび:ちりとてちん
柳家小ゑん:アキバぞめき

小ゑん師匠の他にゲストあり…と書いてあったのだが、
わさびさんであった。小満ん師匠の孫弟子さんで、もちろん応援。
地元の人が集まる地域寄席で、この雰囲気はかなり久しぶりだが、
わさびさんが学校寄席の話題で落語入門のマクラから。つまり…
上下の説明やオチに関する。わかりやすいお馴染みの入り方だけど、
これが久々に聞くと…かなり面白い。そして噺は「動物園」であった。
小ゑん師匠の一席目は、やはりなんといっても…ここ秋葉原に関する
マニアック・マクラから入るのだが、若い女の子の中にオタクが多いと。
歴史マニアの「歴女」、このところ流行の「リケ女」…理工系の女子、
そして寄席にもいるのが、落語オタクの「らくこ」か。というところから
噺は「ほっとけない娘」であった。仏像マニアのユリちゃんである。
必ずしも小ゑんマニアばかりが集まるわけではない地域寄席で
この噺がくるとは!小ゑん師匠の定番となりつつあるということだ。
しかし会場の反応はというと…バカウケで、本当に楽しい噺である。
これは私の個人的な希望だが、小ゑん師匠のCDに…この噺は、
まだ収録されていないので、ぜひ出してほしい!欲しいのである。
今回で三度目ぐらいだと思うのだけど、聞けば聞くほど、そう思う。
仲入り後、再びわさびさんの登場で、噺は「ちりとてちん」である。
「だくだく」をはじめ、わさびさんのパントマイムの上手さは、
以前から知っていたのだが、ここでは、一味唐辛子入りの
腐った豆腐であり、臭くって、それを口に流し込んで、苦悶の表情。
目が大きく見開き、真っ赤に血走ってきて、大粒の涙がポロリ。
ちりとてちんを無理やり食べさせられたなら、まさにこうなるであろう!
お見事!会場から思わず拍手が起きた。素晴らしい。実によかった。
ちなみに今日は夏至だが、「ちりとてちん」の季節になったのだなと。
そして待ってました!小ゑん師匠の二席目は「アキバぞめき」である。
秋葉原で「アキバぞめき」を聞くという…今日はこのための会である。
何度も何度も書いているが、私にとっては、やはりこの噺が最高傑作だ。
CDも出ているので、繰り返し聞いて、隅々まで知り抜いているつもりだけど、
実演で聞くのは、ちょっと久しぶりで、やはり生で聞くと…面白すぎる。
普段からよく聞いているけれど、この噺は、時々生で聞かなくてはダメだ!
そう思った。そう思いながら…笑って、笑って、…、なんて幸せな時間。
会場中、大爆笑で、電気系マニアネタには、とても付いていけないのだが、
その付いていけないところが楽しさという…小ゑんワールドである。最高!
振り返ってみると「ほっとけない娘」と「アキバぞめき」をたっぷり二席で
非常に贅沢な会であったのだ。大満足な土曜日である。充電完了!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年6月20日 (金)

落語につぶやき 241~大名房五郎

昨日に続いて、「大名房五郎」だが、房五郎が万屋万右衛門に
見せようとするのが、横谷宗珉の作による「牡丹の目貫」である。
ネット上でも画像が見つかって、どんなものか?わかるのだが、
その「目貫」とは、何であろう…と説明を読むと…ますます難解。
刀の柄(つか)の外にあらわれる目釘の鋲頭(びょうがしら)と
座に装飾が施され、その装飾金物のことを指すようである。
専門家に聞くならば、違うのかもしれないが、そんなところで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月19日 (木)

落語につぶやき 240~大名房五郎

「大名房五郎」を聞いていると岩佐又兵衛の掛軸が出てくるが、
その岩佐又兵衛という絵師だけど、荒木村重の子供だそうである。
NHK大河ドラマの「軍師官兵衛」を見ていて、少し前の回だけど、
荒木村重が有岡城から逃げ出し、信長軍の攻撃を受けて、落城。
その際に村重の妻だしは、赤子を乳母に託し、城から逃がしている。
信長の命により、荒木の一族は皆殺しとなるが、その逃げた子供が、
後の岩佐又兵衛だそうだ。母方の岩佐姓を名乗り、京都、福井、
そして江戸へと渡り歩き、慶安3年(1650)まで生きたそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月18日 (水)

落語につぶやき 239~煙草好き

三代目小さんが得意にしていた「煙草好き(六郷の煙草)」には、
同じ題名ながら、全く別の内容の初代快楽亭ブラック作の噺があり、
従来の「煙草好き」で、さらに別名は「煙草道成寺」ともいわれるが、
そちらは落語事典にも掲載されているけれど、快楽亭ブラック作は、
どこにも載っていない。そこで昨日、小満ん師匠に聞いてみたところ
大体のあらすじは教えてもらえた。その辺もいずれ、雑誌において、
「六郷の煙草」のおまけとして、ご紹介できると思う。ご期待ください。
初代快楽亭ブラックはイギリス人で…イギリスが舞台の噺だそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月17日 (火)

6月17日の感想

今日は夕方から銀座にて、小満ん師匠にインタビュー。
5月の小満んの会の六席と先日の棚卸しの四席について
一気にお話を聞いたので、3時間半ほどの録音があるが、
何となく、駆け足で進めてしまった気がして、内容は心配。
本というか…雑誌というか…本格的にスタートした。
私の記事は「応答編」ということで、ぜひご期待ください。
まだ先ですが、報告はします。何事も宣伝ということで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月16日 (月)

ケント・ナガノ 8~ベートーヴェン

ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団による
ベートーヴェンの交響曲シリーズを収録順に聞いている。
この春の最新盤であるが、交響曲第1番と第7番のライブ録音。
2013年3月20,21日にメゾン・サンフォニーク・ド・モントリオールで収録。
これは素晴らしい録音だ。躍動感あふれる演奏にうれしくなってしまう。
今回も古楽的なアプローチで、その音色は実に素朴な味わいである。
ひと時代前の…というか、巨匠風というか、そういった重々しい残響は、
どこにも聞かれず、スッキリと音楽の構造が剥き出しになっているような…
そんな印象、仕上がりである。隅々にまで音楽の喜びが存在していて、
まさにこれこそが理想のベートーヴェン像。それは心で感じる部分か。
一方で、頭を少し冷静にしてみれば、客観的にとらえてみるならば、
細部の設計や細かい表情付け、この完成度というものは、どこをとっても
ケント・ナガノによる研究の成果、知的に音楽に取り組んだ結果であり、
そうした様々な要素が絶妙なバランスを保っていてこそ、この響きが
生み出されるのであって、これだから私は、ケント・ナガノのファンである。

SONY 88843036172

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月15日 (日)

ホルヘ・ボレット 10

ホルヘ・ボレットによるリストの作品集を聞いている。
今日は超絶技巧練習曲集で、私の大好きな作品だ。
1985年3月にロンドンのセント・バーナバス教会で収録。
とにかく悠然とした演奏で、これを個性的とするとちょっと違うが、
ホルヘ・ボレットのスタイルが最も顕著に形になっていると
それはいえると思う。若手の技巧派が、ものすごい勢いで
弾き進んだ全12曲の演奏と比べ…時間にして10分ほど長い。
しかし今回も遅いという感覚はなく、それは丁寧に表情付けを行い、
細やかな部分をひとつずつ、実に豊かに色付けしているのであって、
こんなにも感動的な演奏には、そうは出会えるものではない。
ひと時代前の巨匠風な仕上がりは、いかにもアナログな方向で、
現代的ではないかもしれないが、この味わいと深い響きは、
なんとも大人の時間である。静かな印象とは対称に心は熱くなる。

DECCA 467 801-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月14日 (土)

東海道の風景から 43~相模川

20140614j1

馬入橋でいよいよ相模川を渡る。
あまりに広くて、海のようである。

20140614j2

横から見た方が川らしく見えるか。
川幅を実感していただけるか?

20140614j3

相模川を渡り終えて、平塚市である。

20140614k

平塚市馬入本町で馬入一里塚跡。
「馬入交差点」から駅の方へ向かう道が東海道。
しばらく現在の東海道(国道1号線)から離れる。

20140614l

平塚市宝町にある山神社。
JR平塚駅のすぐ近くで、今日の旅はここで終了。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東海道の風景から 42~茅ヶ崎

梅雨の合間の五月晴れで、快晴の土曜日。
東海道歩きをJR茅ヶ崎駅から再開。

20140614a1

20140614a2

茅ヶ崎駅からすぐのところだが、
茅ヶ崎市新栄町にある厳島神社。

20140614b

東海道に戻り、茅ヶ崎駅周辺の現在の様子。
国道1号線の両側に松並木が再現されている。

20140614c1

茅ヶ崎市十間坂3丁目にある第六天神社。

20140614c2

第六天神社には庚申塔が三基。
写真中央の庚申塔は、「元禄二己巳年霜月吉祥日」とあり、
1689年の造立である。写真右の庚申塔は、劣化のため不明。
その他、道祖神や地蔵尊が二基、並んで、祀られていた。

20140614d

鳥井戸橋にて千の川(せんのかわ)を渡る。
写真は東の方角で上流方向を見ている。

20140614e

茅ヶ崎市下町屋にある神明神社。

20140614f

神明神社からすぐのところで小出川の脇に
旧相模川橋脚がある。国指定史跡。

20140614g

下町屋橋にて小出川を渡る。
右に見えるのは、新湘南バイパス。

20140614h

茅ヶ崎市今宿にある今宿松尾大神。

20140614i1

20140614i2

茅ヶ崎市中島に来て、JRの踏切を越えて、
東海道からは海側に移動し、日枝神社にお参り。

20140614i3

日枝神社の境内にある庚申塔二基。
右は三猿文字塔で「庚申供養塔」である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月13日 (金)

南西ドイツ放送交響楽団

ハンス・ツェンダー指揮南西ドイツ放送交響楽団による
ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲(2003.1.24)、
ツェンダー編曲による5つの前奏曲(2002.2.16)、
交響組曲「春」(2002.5.2)、ラヴェル編曲による舞曲(2005.5.12)、
夜想曲(2002.9.6-9)女声合唱は、ルツェルン・アカデミー合唱団。
バーデンバーデンでの演奏、夜想曲はフライブルクで収録。
シルヴァン・カンブルランの指揮による演奏を聞いているが、
今日はハンス・ツェンダーである。牧神の午後への前奏曲から
キッパリとした音作りで、とにかく明快、仕上がりは違うにしても
ブーレーズとどこか共通の方向性を感じる。作曲家である…
という先入観もあるかもしれないけれど、しかし隅々まで明確だ。
ツェンダーの主張が最も明らかなのは、自身の編曲による
5つの前奏曲だと思うのだが、かなりユーモアが利いて、
遊び心にあふれている。刺激的な音も多く、これは面白い。
交響組曲「春」って、それほどの作品とは思っていなかったのだが、
ハンス・ツェンダーが徹底して研き抜かれた音を引き出しており、
これは素晴らしい。夜想曲も最高!ツェンダーの音って好きである。
明るい音色で、特にドビュッシーは、この光の輝きが求められる。
近年では最も感動した演奏だ。はまってしまった。名演である。

GLOR GC11431

| | コメント (0) | トラックバック (0)

岡本綺堂 圓朝に関する記述

岡本綺堂による圓朝「牡丹燈籠」に関する記述である。

恰もその夜は初秋の雨が昼間から降りつづいて
怪談を聴くには全くお眺え向きの宵であった。
「お前、怪談を聴きに行くのかえ」と、母は赫すように言った。
「なに、牡丹燈籠なんか怖くありませんよ」
速記の活版本で多寡をくくっていた私は、平気で威張って出て行った。
ところが、いけない。圓朝がいよいよ高座にあらわれて、燭台の前で
その怪談を話し始めると、私はだんだんに一種の妖気を感じてきた。
満場の聴衆はみな息を嚥んで聴きすましている。伴蔵とその女房の
対話が進行するに随って、私の頸のあたりは何だか冷たくなってきた。
周囲に大勢の聴衆がぎっしりと詰めかけているにも拘らず、
私はこの話の舞台となっている根津のあたりの暗い小さな古家のなかに坐って、
自分ひとりで怪談を聴かされているように思われて、ときどきに左右に見返った。
今日と違って、その頃の寄席はランプの灯が暗い。高座の蝋燭の火も薄暗い。
外には雨の音が聞こえる。それ等のことも怪談気分を作るべく
恰好の条件となっていたには相違ないが、いずれにしても私が
この怪談におびやかされたのは事実で、席の刎ねたのは十時頃、
雨はまだ降りしきっている。私は暗い夜道を逃げるように帰った。

この時に、私は圓朝の話術の妙ということをつくづく覚った。
速記本で読まされては、それほどに凄くも怖しくも感じられない怪談が、
高座に持ち出されて圓朝の口に上ると、人を悸えさせるような
凄味を帯びてくるのは、じつに偉いものだと感服した。
時は欧化主義の全盛時代でいわゆる文明開化の風が
盛んに吹き捲っている。学校に通う生徒などは、もちろん怪談のたぐいを
信じないように教育されている。その時代にこの怪談を売物にして、
東京中の人気をほとんど独占していたのは、怖い物見たさ聴きたさが
人間の本能であるとはいえ、確かに圓朝の技倆に因るものであると、
今でも私は信じている。(岡本綺堂「寄席と芝居と」より)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

正岡容 我が圓朝研究

あれこれと…読みたい本がいろいろあるのだけど、
ちっとも進まず…正直、本を読むのは苦手である。
耳から聞いた話は、私は吸収のよい方だと思うのだが、
目で、活字で読んだものは、情けないほど、残らない。

という中で、ちょっとずつ…正岡容の「我が圓朝研究」を
読みはじめた。「怪談牡丹燈籠」のところを読み終えて、
正岡容は、圓朝の速記をかなり細かく読み解いており、
非常に興味深いし、勉強にもなって、そして面白い。
しかし速記から伝わることというのは、限界があって、
その点は、正岡容自身、はっきり認めているのであり、
そこでは、圓朝を実際に聞いている岡本綺堂の文章が
引用されている。それがまた、すごいのである。

圓朝の怪談噺は、本当に怖かったらしい。世の中は、
明治の文明開化にあって、幽霊など、信じるものでは
なくなりつつあった。しかしそれでも怖かったらしい。
私も怪談噺は好きなので、実演も聞いたことはあるけれど
でも真剣に怖いと思ったことって、一度もない。怖くない。
それは演者の実力とか、そういうことではなくて、むしろ
物語の力と話芸の素晴らしさで、深く引き込まれる。
だからこそ怪談噺が好きで、また聞きに行きたくなる。
聞く環境も違うし、百年が過ぎた現在で、何もかもが…
違うということもあって、怪談噺への接し方も変わった。
しかしそうであったとしても、三遊亭圓朝という人は、
あまりにも特別な人であった…そのことは、こうして、
残されている文章を読んでいてもわかるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月12日 (木)

ザルツブルク音楽祭1965

1965年のザルツブルク音楽祭から
ゲザ・アンダのピアノ・リサイタルを聞いている。
すべてショパンの作品で、24の前奏曲 作品28、
12の練習曲 作品10、12の練習曲 作品25
1965年7月27日にザルツブルク・モーツァルテウムで収録。
48曲の性格の異なる小品が次々に演奏されていくのは、
何とも壮大な情景にも感じられて、実に素晴らしいのだが、
ゲザ・アンダのヴィルトゥオーゾ的方向性、力強いたくましさ、
豪快な男性的ショパンに圧倒されて、これは迫力のライブである。
ORFの放送用音源でモノラル録音であることはわかっていたのだが、
しかし1965年なので、もうちょっとクリアな音質を期待したけれど、
まあ、このぐらいで聞ければ、十分に満足しなければいけないだろうか。
今日的な精妙な仕上がりからすると…少々乱暴な印象もあるのだが、
勢いで突き進んでいくようなのは、この時代の巨匠にはありがちで、
そのいかにもライブ的な即興性を楽しまなければならない。
24の前奏曲と作品25の練習曲は、何種類か録音が存在しているが、
作品10の方は、これが唯一の記録だそうで、その点は興味深い。

ORFEO C 824 102 B

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月11日 (水)

マウリツィオ・ポリーニ 6

今日はポリーニの演奏でドビュッシーの練習曲集。
あらゆるピアノ作品の中でも…実は一番好きである。
その中でもこのポリーニ盤が最高だ。このCD以降も
いろいろな演奏を聞いたけれど、私はやはりポリーニ。
そしてポリーニの数多い名盤の中でも、やはりこれがベスト。
ドビュッシーの練習曲集とベルクのピアノ・ソナタの組み合わせで
1992年10月にフェラーラのテアトロ・コミュナーレで収録されている。
20年以上前の演奏だなんて…驚いてしまうが、この新鮮な輝き。
圧倒的な鮮やかさと不思議なぐらいの切れ味で、神業のようである。
この立体感は、彫刻的というよりも建築的な造形意識を感じる。
音の構成、構造というべきか…その分析と考察、構築の見事さ。

DG 423 678-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月10日 (火)

ホルヘ・ボレット 9

ホルヘ・ボレットによるリストの作品集を聞いている。
今日は、巡礼の年 第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」、
巡礼の年 第3年~エステ荘の噴水、
詩的で宗教的な調べ~孤独の中の神の祝福、
バラード 第2番 ロ短調である。
1983年10月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
この選曲は、私的にはたまらないものがある。大好きな作品。
「ヴェネツィアとナポリ」のタランテラなど、アクロバットな曲もあるが、
ホルヘ・ボレットはあくまでも自然体な演奏で、渋い仕上がり。
エステ荘の噴水も美しい響きはもちろんのこと、あまりの透明感で
巨匠の風格と力みの取れた音作りは独特である。実に細やかだ。
一方で凝縮された緊張感というのは、ここではあまり聞かれず、
どんな表現においてもゆったりとした流れが存在しているので、
ホルヘ・ボレットならではの世界観というか、理解が必要である。

DECCA 467 801-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 9日 (月)

落語につぶやき 238~泣き塩

昨日は、小満ん師匠の「泣き塩」という噺を聞いてきた。
はじめての噺。これぞ、珍品か!落語事典で調べる。
初代三遊亭圓右が得意にした…とある。名人。
二代目圓朝を継いだのだが、圓朝の名では、
高座に上がれず、そのまま亡くなってしまったという。

忘れないうちに「泣き塩」のあらすじを振り返っておきたい。
侍が歩いていると若い女中に呼び止められ、国の母が病で
赤紙付きの手紙が届いたという。自分は無筆で読むことができず、
店の者も留守にしており、侍に読んでもらいたいと頼んできた。
侍は涙を流し、「無念である。もはや手遅れだ」と…すると娘は、
母が死んだと早合点。町の往来で、若い男女が泣いている。
それを見た若い連中は、駆け落ち者が泣いている…女の方は、
腹の中に子供がいるよ…と勝手な噂話。それを聞きつけた
塩屋のじいさんが、二人に駆け寄ると、もらい泣きをはじめた。
何が起きたかと人だかりができて、家主町役人が出てきたが、
手紙の内容を見ると…かねてよりの許婚(いいなずけ)と
縁談がまとまったので、お暇乞いをして、戻ってきてほしいと…
おめでたい手紙であった。ならば、侍はなぜ泣いていたかと
訳を聞くと、実は無筆であり、剣術の稽古ばかりに明け暮れて、
勉学に励まなかったために…娘の願いに応えることもできず、
「無念である。今さら読み書きを覚えても…もはや手遅れだ」
ならば、塩屋のじいさんは、なぜ泣いていたのか?訳を聞くと
一人娘を奉公に出して、すっかり泣き性になってしまったという。
それで塩屋さん「塩屋~焼き塩」の売り声を「塩屋~泣き性」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 8日 (日)

柳家小満ん「在庫棚卸し」

梅雨に入って、早速、三日連続の大雨だったが、
今日は小雨程度で、傘を広げずに行けたのは幸い。
今月もお馴染みの荒木町。小満ん師匠の棚卸し。
近くの須賀神社がお祭りで、背中に「荒木町」という
半纏着姿の人たちで、町内はたいへん賑わっていた。

柳家小満ん「在庫棚卸し」第18回
柳家小満ん:看板のピン
柳家小満ん:へっつい幽霊
柳家小満ん:泣き塩
柳家小満ん:湯屋番

三道楽煩悩の飲む・打つ・買うで、今日は「打つ」の話題から。
博打の元祖は?というと、お釈迦様だそうである。お説教をするのに
人を集めるために博打で楽しませたそうな。博打に関する言葉って、
寺にまつわるものが多いのである。これも以前に調べたのだが…
結構、忘れてしまっていて、師匠のお話でも、いろいろ出てきたが、
親になることを「胴をとる」といい、胴は「堂」に引っ掛けているのか?
賭場での手数料、参加費…胴元の取り分のことを「寺銭」という。
そして全部摩ってしまって、無一文になることを「お釈迦になる」って。
博打に詳しいわけではないので…落語で知っているのはその程度。
噺は「看板のピン」である。短くって、シンプルな…お馴染みの噺。
それが、いつもながら、こういうよく知る噺を師匠で聞くと実に味わい。
すっかりボケたと見せかけて、若い連中に博打の恐さを教える…
この親分が何ともよかった。とぼけているけれど、要所で決める!
オウム返しで大失敗、壷の中もピンで、すっかり取られたところで…
逆に大当たりで大金をつかむこともあるんだよ!って、そのまま、
なんと「へっつい幽霊」へ。短いバージョン。小さん師匠もこちらだが、
柳家の噺家さんは、この型が多いのか?三木助師匠の一門は、
勘当の若旦那で銀ちゃんが大活躍するという。今日は出てこない。
あと興味深いのが、道具屋さんで、良い方のへっついが二両二分。
安いのは二分一朱と…値段設定が江戸だった(金額があやふや)。
三木助師匠のは、三円五十銭なので、この辺も違うのである。
以前に今松師匠の「へっつい幽霊」を聞いたときも値段の設定が、
江戸の金額だったのだが、この辺って、私的には興味がある。
あまり細かいところを質問すると嫌がられてしまうかもしれないが、
江戸か?明治か?大正?それとも昭和初期?探っていくのは、面白い。
三木助師匠が金額を直して、それ以降、三円五十銭だと思うのだけど。
この辺は、またいろいろお聞きしてみたいと思う。おそらく今日は、
ぜひ江戸の設定で!という「へっつい幽霊」だったと思うのだが。
へっついから出てきた百両で、博打をして、幽霊は無一文に。
お前のことは、ちゃんと供養してやるからと…今日のオチは、
マクラでも出てきた…幽霊が「お釈迦になりました」というのだった。
「看板のピン」から「へっつい幽霊」へ博打リレーで、ここまでが一席。
続いて、マクラで塩に関する話だが、これがたいへんに興味深く、
塩作りのこと、それに料理における塩加減、師匠の含蓄ある話、
大好きである。ファンにとっては、これもお目当てのはずで。
噺はというと、聞いたことのない噺。全く知らない。仲入りに調べて、
「泣き塩」という噺であった。演目も聞いたことがない。これは珍品だ。
後でわかることだが、塩屋さんが登場。江戸のはじめは、行徳の塩だが、
その後、赤穂の塩が人気となり、そちらは焼き塩である。サラサラの塩。
焼き塩に対して、湿り気のある塩が、真塩。焼き塩の方が高級だが、
炒って使う真塩の手間を考えると焼き塩の方が得であり、好まれた。
それで、塩屋さんの売り声が、塩屋~焼き塩って、それがオチに絡んで、
一人娘を奉公に出して、それ以来、塩屋のじいさんは、すっかり泣き性で、
塩屋~泣き性という。噺の面白さは、無筆ゆえの勘違いで…次から次に
出てくる登場人物が、誤解が誤解を呼んで、少々ドタバタの賑やかさ。
もうなかなか聞けないと思うのだけど、こういう噺こそ、また聞いてみたい。
久々の棚卸しで一度きり…というのは勿体ない。珍しいからこそ棚卸しか。
仲入り後は「湯屋番」だ。去年の七月の会で、「湯屋番」を演ろうとしたけれど
稽古が間に合わなかった…とおっしゃっていたが、一年たって、実現!
師匠の「湯屋番」は長い!聞いたことのない場面がいろいろ。これが本寸法?
居候の若旦那が、豆腐を買って、長屋の共同憚りに隠れるところは、これは
聞いたこともあって、知っていたのだが、その後で…若旦那の妄想がはじまり、
どんな商売で金儲けをしようかと次々にバカげた考えが浮かんでは…という、
そこは聞いたことのない話題がたくさんである。サンゴの総取り?…だったか、
師匠の出囃子にも出てくる猩々(しょうじょう)が登場。猩々は酒が好きだから、
飲まして、酔わして…って、そんな猩々なんて生き物は、この世にいないわけで。
雀をみりんで酔わせて捕まえる。これは聞いたことがある気がする。鳩も捕まえて。
この辺の話で、若旦那がどんな人物か?というのが、よく伝わってくるのであり、
今回の「湯屋番」では、むしろこちらが充実していて、番台に上がってからの…
色っぽい妄想は比較的簡潔であった気がする。そのうちに客の下駄が無くなって、
上がる人が順番に好きなのを履いて帰る。そして最後の人は…下駄を預けるって、
そういうオチだか、この場面は聞いたことあるけれど、オチに関してははじめてか?
とにかくお馴染みの噺なのだけど、師匠の「湯屋番」は、ちょっと他とは違っており…
その珍しい場面というのが、後になって、思い出せないのだが、興味深かった。
ということで…次回の「棚卸し」は7月5日(土)である。もちろん予約済!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 7日 (土)

6月7日の感想

土曜の夜で音楽を聞きたいと思っていたのだが、
夕方から…とてもそのような状況ではなかった。
今年はいいこと、楽しいこともたくさんあるけれど、
私のまわりで…ふりかかってくる難題があまりに多く、
これは…やはり厄年の真っ只中という印象か。
いま6月。考えてみれば、まもなく半年が過ぎる。
残りの時間、何とか無事に通り過ぎなければ。
今を越えれば、後半は上がり調子かもしれない。
でもこれは、慎重にいかないと…とても不安である。
極端なストレスで癌になるってわかる気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 6日 (金)

今日の月は…月齢8.3

梅雨に入って、この大雨で、これでは月も見えないけれど、
今日が月齢8.3の上弦の月である。しばらく見えそうにない。
次の満月は、6月13日の金曜日だ。月齢15.3。来週である。
夏至も近く、日が延びているが、今日の日の入りは18時54分。
6月21日の土曜日が夏至の日で、日の入りは19時00分。
一番遅いのは、6月26日から7月3日の19時01分であった。
これからのひと月ほどが、19時前後の日の入りで、日が長い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 5日 (木)

6月5日の感想~梅雨入り

昼から雨になって、関東地方も梅雨入り。
雨は嫌いなので、これからの季節は憂鬱だ。
梅雨の合間の晴天を五月晴れという。
もう五月じゃないのに…って思うのだが、
これはすべて旧暦によるのである。
五月が梅雨になって、六月になると
梅雨も上がり、一気に暑い夏が来る。
強い日差しが照りつけて、つまり「水無月」だ。
すべては旧暦で数えると合点がいくのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 4日 (水)

小満ん語録~江戸の喫煙

今日も小満ん師匠に教えていただいた話を少し紹介。
江戸は、外で煙草を吸うことは許されなかったそうである。
それは火事早かったから。万が一、火が付いたら、大火事に。
現在も歩きタバコをしていると捕まるけれど、ちょっと別の理由。
煙草好きの人は、やはり空気のいい外で吸いたいのであり、
すると江戸から出て、わざわざ六郷の辺りまで出掛けて…
景色のいい…木陰でゆっくり腰を下ろして、まずは一服。
それが「六郷の煙草」の情景である。その辺のことを考えて、
この噺を聞くと…また違った味わいが出てくると思うのだが。
江戸っ子は、よく川崎大師に参詣したそうだけど、信心と…
もうひとつの楽しみに外で吸う煙草があったのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 3日 (火)

小満ん語録~柏餅

小満ん師匠にたいへんいい話を聞かせていただいたので
少しだけご紹介。「人形買い」の噺の中で、初節句の祝いに
神道者が長屋中に粽(ちまき)を配るという場面が出てくるが、
江戸は柏餅が多かったそうだけど、なぜ柏餅を配るのか。
柏の木は、秋に葉が茶色く枯れても、葉はそのまま落ちず、
春に新芽が出てくる直前に一気に落ちて…その辺の様子を
世代が途絶えない…縁起がいいって、祝いの配りものに
伝統的に柏餅が使われたそうなのである。なるほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 2日 (月)

6月2日の感想

小満ん師匠のお話を録音から活字化しているが、
時間を見つけては作業をしており、今週は集中して
一気に進めておきたいと思っているのだけど…
でも明日は早速、自由にならないか。仕方ない。
ということで、ブログもまた、内容のない展開だけど
引き続き、ご支援をよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 1日 (日)

6月1日の感想

昨日、小満ん師匠に伺ってきた話の活字化作業を
早速に開始した。まずは録音の残っていないところを
忘れぬうちに。早く進めないと記憶から消えそうで。
すごくいい話や楽しい内容が盛りだくさんなので、
ぜひご披露したいのだが、その辺りも師匠と相談中で
いずれまた。ご期待ください。いまから宣伝活動?
反響があれば、展開にも変化が出るかもしれないし、
ぜひ応援をよろしくお願いします。また報告します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »