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2014年6月13日 (金)

岡本綺堂 圓朝に関する記述

岡本綺堂による圓朝「牡丹燈籠」に関する記述である。

恰もその夜は初秋の雨が昼間から降りつづいて
怪談を聴くには全くお眺え向きの宵であった。
「お前、怪談を聴きに行くのかえ」と、母は赫すように言った。
「なに、牡丹燈籠なんか怖くありませんよ」
速記の活版本で多寡をくくっていた私は、平気で威張って出て行った。
ところが、いけない。圓朝がいよいよ高座にあらわれて、燭台の前で
その怪談を話し始めると、私はだんだんに一種の妖気を感じてきた。
満場の聴衆はみな息を嚥んで聴きすましている。伴蔵とその女房の
対話が進行するに随って、私の頸のあたりは何だか冷たくなってきた。
周囲に大勢の聴衆がぎっしりと詰めかけているにも拘らず、
私はこの話の舞台となっている根津のあたりの暗い小さな古家のなかに坐って、
自分ひとりで怪談を聴かされているように思われて、ときどきに左右に見返った。
今日と違って、その頃の寄席はランプの灯が暗い。高座の蝋燭の火も薄暗い。
外には雨の音が聞こえる。それ等のことも怪談気分を作るべく
恰好の条件となっていたには相違ないが、いずれにしても私が
この怪談におびやかされたのは事実で、席の刎ねたのは十時頃、
雨はまだ降りしきっている。私は暗い夜道を逃げるように帰った。

この時に、私は圓朝の話術の妙ということをつくづく覚った。
速記本で読まされては、それほどに凄くも怖しくも感じられない怪談が、
高座に持ち出されて圓朝の口に上ると、人を悸えさせるような
凄味を帯びてくるのは、じつに偉いものだと感服した。
時は欧化主義の全盛時代でいわゆる文明開化の風が
盛んに吹き捲っている。学校に通う生徒などは、もちろん怪談のたぐいを
信じないように教育されている。その時代にこの怪談を売物にして、
東京中の人気をほとんど独占していたのは、怖い物見たさ聴きたさが
人間の本能であるとはいえ、確かに圓朝の技倆に因るものであると、
今でも私は信じている。(岡本綺堂「寄席と芝居と」より)

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