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2014年7月31日 (木)

ロリン・マゼール 14

昨日に続いて、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を聞いている。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団で後半の第2幕。
レナータ・スコットの蝶々夫人、プラシド・ドミンゴのピンカートン、
ジリアン・ナイトのスズキ、イングヴァール・ヴィクセルのシャープレス、
他の歌手とアンブロジアン・オペラ・コーラスの合唱によって、
1978年2,3,6月にロンドンのオールセインツ教会で収録。
どの作品でもそうなのだが、後半へ向かっていくにつれ、
悲劇的な色合いを帯びてくるのであり、それにしたがって、
透明感の増してくるプッチーニの音楽はやはり感動的だ。
マゼールの音作りが明瞭で、隅々にまでの精妙な表現には、
やはり夢中にさせるものがある。70年代のマゼールは最高。

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2014年7月30日 (水)

ロリン・マゼール 13

今日と明日は、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を聞きたい。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏で
第1幕と第2幕の前半部分。レナータ・スコットの蝶々夫人、
プラシド・ドミンゴのピンカートン、ジリアン・ナイトのスズキ、
イングヴァール・ヴィクセルのシャープレス、他
合唱はアンブロジアン・オペラ・コーラスによって、
1978年2,3,6月にロンドンのオールセインツ教会で収録。
この時期のマゼールは、やはりくっきりとした音作りで最高。
面白いのが、アメリカを表す主題のところでは壮大な響き、
それに対して、日本の童謡が盛り込まれているところなど、
神秘的ともいえる精妙な音色に…その変化に引き込まれる。
第1幕後半の二重唱が大好きなのだが、思った以上に
抑制が利いており、少々淡白な印象も。でも歌は素晴らしい。
若き日のドミンゴが登場。第2幕に入って、響きが美しいが、
そして有名な「ある晴れた日に」。繊細なコントロールは絶妙。

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2014年7月29日 (火)

東京の風景から 39~東京駅

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今さらだけど、東京駅の丸の内南口。
改札を出る機会って、あまりないので。

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2014年7月28日 (月)

東京の風景から 38~入谷

昨日は黒門町へ行く前に上野から入谷の方面へ
現在の日光街道に沿って、歩いてきた。
ものすごい暑さで汗が止まらない。

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台東区下谷1丁目の三峰神社。
狐がいるということは、元はお稲荷さん?

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同じく下谷1丁目の入谷鬼子母神。
鬼子母神なので法華かと思うけど、
こちらは眞源寺というお寺さんか?
「恐れ入りやの鬼子母神」で有名だけど
これって、大田南畝の作だそうで、
つまりは蜀山人だ。知らなかった。

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鬼子母神の横にある下谷七福神の福禄寿。

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2014年7月27日 (日)

黒門亭で一左・文雀・正雀

今日は文雀さんと正雀師匠を聞きに黒門亭へ。
お二人ともネタ出しで、ぜひとも聞きたい噺である。
上野に12時すぎに着いて、その前に入谷の辺りを
ぶらぶらと散歩してきた。入谷鬼子母神。猛暑。
ペットボトルを凍らして行ったのだけど、黒門町に
着く前に空になってしまって、それだけの汗である。
やはり夏の間は、長時間は歩けない。危険だ。

第2部 長講二席
林家扇兵衛:道具や
春風亭一左:浮世床~将棋・本
桂文雀:鬼の面
林家正雀:生きている小平次
林家正雀:親子茶屋

扇兵衛さんが「道具や」。何度か聞いていると思うのだけど
与太郎の抜けっぷりが独特で、キャラ作りはいいのだが、
どうも進んでいくと退屈してしまって、噺の流れやテンポ感が、
いまひとつなのか。そろそろ前座修業も折り返し地点?
一左さんは、まもなく二ツ目昇進というところから知っているけれど
本当に上手くなっているよね!という…堂々の実力派二ツ目さん。
入門から十年だから、それは貫録も付くし、上手いのも当たり前か。
商売の話になって、床屋さん。嫌だ…苦手の「不精床」と思ったら、
「浮世床」に入ってくれた。しかし実は、「浮世床」の本の場面は、
もっと苦手かも。字の読めない源さんが、太閤記を無理して読んで、
しつこくって、くどい。「手紙無筆」とかも、無筆の噺はこんなものか。
でも一左さんはよくって、髪結床に集まる町内の連中の賑やかさ、
雰囲気がよく伝わってきて、その情景が豊かに広がった。楽しい。
続いて、文雀さんの「鬼の面」。これがよかった。聞けてよかった。
珍しい噺をよく聞かせてくれて、文雀さんはいつも当たり!である。
この噺は、落語研究会の放送で一琴さんで聞いたことがあるのだが、
ほどよく忘れていたのだけど、ちょっと違っていたところがあり、
一琴さんは、お松ちゃんが鬼の面をかぶって、博打場を脅かして…
それをお役人に届け出て、大そう褒められる…という展開だと記憶。
違うかな?あと、奉公の女の子がお松という名前だったかどうか?
今日のは、大黒屋さんに押し入った泥棒たちのアジトを脅かして、
盗んだ三百両を取り戻すという…大黒屋さんに感謝され、お松は、
子守り奉公の年季明けの来年から大黒屋さんに引き取られることに。
来年のことを喋ったので、鬼の面が笑った…というオチなのだが、
この方がいいのではないかって、非常に説得力があったと思う。
それにお多福の面と鬼(秋田のなまはげ)の面を取り換えるのは、
今日のでは、少々抜けている番頭さんだったが、以前に聞いたのでは、
店の旦那が悪戯するのであって、これも番頭さんの方がいい気がする。
というのは、店の旦那は奉公人の子供たちのことをよく理解しているので、
思いやりもあるし、その方が、店の様子を描くのに…真実味があるのでは。
そうあってほしいという願望もあるのだが、私は今回の設定が好きである。
「鬼の面」には、いくつか型があるのか、気になるので調べてみたいと…
仲入り後は正雀師匠の「生きている小平次」…菖蒲浴衣の出囃子で登場。
長講ということで、この噺を出したのだが、稽古をしたら、短かったという。
それでもう一席、「親子茶屋」と二席で長講ということに。これはうれしい。
三年前の夏に彦六の正蔵師匠で「生きている小平次」を聞いてみて、
その録音も残してあるのだが、久しぶりだし、今回は予習なしで楽しんで、
はじまると鮮やかによみがえって、面白い。こういう噺は大好きである。
1957年に東宝で映画化されており、原作は鈴木泉三郎の戯曲とある。
冒頭の沼の情景、また後半の夜の海岸、松並木など、実に描写的だが、
それは原作の影響、映画の絵画的効果か、落語とは異なる雰囲気である。
この独特な仕上がり、印象が、この噺の大きな魅力であると思うのだけど、
感動的であった。殺しても殺しても生き返る…不思議な話ということであり、
それに今日、気付いたことなのだが、両想いだと思った小平次とおちか、
実は小平次の一方的な想い込みのようで、ある意味、ストーカー的。
強引で乱暴な太九郎だが、後でわかるのは、意外に正しいのである。
そしてこのおちかという女が、落語でよくある…とんでもなく悪い女で
小平次と太九郎を天秤にかけて、小平次を弄んでいるという。
おちかの…女の弱さといざとなると根性がすわって、太九郎に
小平次の急所で止めを刺せときつく指図するところなど、見せ場である。
こうした表現は、正雀師匠は絶品で、まさに彦六の正蔵師匠の世界だ。
そしてもう一席。上方の「親子茶屋」は、東京ではすっかり演り手がおらず、
こちらに移したそうである。八代目桂文治の「夜桜」という噺があったのだけど、
それがこの「親子茶屋」の東京版であるらしい。今は聞かれないということだ。
芸者遊びの場面を今日は鳴り物入りで。私は上方の演目は知らないのだが、
この噺は聞いたことがあった。おそらく落語研究会の放送で米團治さんのを
見たのかもしれない。こちらも情景が鮮やかに、実に聞かせる噺である。
七段目の一力茶屋の場面に習って、座敷の鬼ごっこで華やかに盛り上がる。
扇で顔を隠した二人が、さあ、御対面!となるのだが、その驚きぶりは最高だ!
「博打はいかんぞ」というオチは、よくわからなかったのだが、「呑む」「買う」は、
もう見られてしまったので、残りの「打つ(博打)」はいけないということだそうだ。

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2014年7月26日 (土)

横浜の風景から 366~秋葉

夕方、車検の終わった車を引き取りに日産へ。
戸塚行のバスに乗って、富士橋まで行き、
しばらく歩いてきた。夏の夕暮れは気持ちいい。
といいたいところだが、まだまだ猛暑で汗だく。

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戸塚区秋葉町の増威八幡社にお参り。
秋葉幼稚園の奥で山の上にある。

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増威八幡社の階段横にある庚申塔二基。
左のは「文化元甲子年冬十一月」とあり、
1804年の造立。「相州鎌倉郡秋葉村上谷戸」
現在も秋葉町だが、上谷戸という集落なのだ。
右のは「明和五子戊歳十一月大吉辰」とあり、
1768年の造立。蚊が多くて、たかられた!

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2014年7月25日 (金)

横浜の風景から 365~大山不動

戸塚区柏尾町の大山不動尊。
東海道から柏尾大山道への分岐点である。

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「従是大山道」の道標は、「明治五壬申年六月吉辰」とあり、
1872年の造立である。建てられたのが六月というのが面白く、
通常は十一月というのが多いのだが、夏の大山詣りに合わせて…
ということなのであろう。「下総葛飾郡加村 船大工鈴木松五郎」
下総葛飾郡の大山講が奉納した道標である。遠いところから。

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「雨降山」の燈籠である。雨降山とは、大山の正式名称。
「宿戸松」とあり、松戸宿の商人が奉納したそうだ。
「元治二年乙丑夏六月」とあり、1865年の造立。

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そして「右江大山道」の道標。こちらは「江戸神田三河町」とあり、
「越前屋小一兵衛」の奉納。「享保十二丁未歳六月二十八日」、
1727年の造立である。現在の山開きは、7月27日だそうだ。

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横浜の風景から 364~東海道

今日と明日は車検で、朝から日産へ行ってきたのだが、
私は代車を借りないので、バスで自由に帰ってくるという…
その前に…しばらく歩いて、プチ東海道の旅である。

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戸塚区上柏尾町の赤関橋にて。

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赤関橋からしばらく旧道を歩いて、
現在の国道1号線との合流地点にお地蔵様か。

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ちょっと寄り道をして、戸塚区柏尾町の瑞穂神社。
二年前の車検のときにも帰りにこちらに寄ったのだ。
山の上で森に囲まれているので、ひんやりした空気に
驚いたことを覚えていて、今回も行ってみたのだが、
暑い。とんでもなく暑い。風がないので、汗だくである。

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2014年7月24日 (木)

7月24日の感想~暑すぎ

どうしようもない蒸し暑さで…バテバテだ。
昼前に車で出かけたのだが、少々、予定変更で
木陰に止めて、エンジンの掛けっぱなしは嫌なので
窓を開けて、睡眠不足の解消をしていたのだけど、
弱い風が時々来るぐらいで…その暑いこと。
氷らした水をペットボトルに持っていたので、
水分補給はしていたのだが、かなり危険な感じ。
夜になっても…ますます暑い。先ほど、遠くで
雷が鳴っていたが…八王子や多摩の方面か?
こちらは降らずに…期待したけど、ダメだった。
ひと雨来れば、少しは涼しくなったかもしれない。
我慢しきれずにちょっと冷房を…室温も下がり、
止めたのだが、ただ今、急速に温度上昇中。

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2014年7月23日 (水)

7月23日の感想~黒の悪魔

夜も暑くて、これは水分補給をしないといけないって、
冷蔵庫に入れてある水を飲みに台所へ行ったのだが、
すると…流しの中にいたのだ!黒の悪魔。夏である。
今年初めての登場。梅雨も明けて、この蒸し暑さ。
出るわけだ。大きさ的には、小さな種類で茶色っぽい。
ビニール袋で捕まえて、殺生してしまった。大嫌い。

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7月23日の感想~蒸し暑さ

昨日(22日)が関東の梅雨明けだったのか?
しかしどうもすっきり青空が広がらないし、
この蒸し暑さは、とんでもなく不快な感じで
調子が上がらない。夜になると頭が回りはじめて、
それで夜更かしをするものだから、昼間は眠く、
これまた悪循環である。これでは、夏バテになる。

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2014年7月22日 (火)

小満ん語録~下駄の歯入屋

小満ん師匠に教えていただいた話。
下駄の歯入屋さんの売り声というのが、
でい、でい、という。歯入屋さんは修理ならば、
売り声とはいわないのかもしれないが、
そこで「猫久」である。お侍の真似をして大失敗。
でい、でい、ここへでい!…前へ出ろって。
するとおかみさん、雪駄の直し屋だね。
そういうこと。「猫久」を聞く際のご参考に。

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2014年7月21日 (月)

落語につぶやき 244~お盆

「お盆」という噺は、古典落語だそうである。
調べてみたら、落語事典に載っていた。
お盆というから、この七月のお盆かと思ったら
そうではなく、物を載せるお盆であった。
貧乏な祈祷師が下男一人と暮らしていたが、
商人が訪ねてきて、主人の娘に狐が付いて、
落として欲しいと頼まれる。御祈祷料に
七両二分かかるといい、手付に一両を貰う。
金を渡すのにお盆の上に載せたいというが、
下男は盆がないので、箱膳の蓋を渡した。
祈祷師は、畳の上に物を直に出すのは失礼で、
お盆の上に載せて出すものだと下男を叱る。
祈祷師は下男に王子に行って、狐を捕まえてこいと
三味線の箱に入れて、狐落しの祈祷に行くが、
いかさま祈祷で狐を出そうとすると死んでおり、
死んでもいいから出せというが、すると下男は、
それなら台所でお盆を借りてくるべえ…というオチ。

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2014年7月20日 (日)

7月20日の感想~上野の豪雨

夕方から小満ん師匠の取材で上野へ。
京浜東北線で神田を過ぎたあたりから雨になって、
上野に到着したときには、豪雨になっていた。
交差点を渡るだけで、びしょ濡れになっちゃうと
師匠と銀座線の地下道へ避難して、丸井を通って、
椿屋珈琲店へ。冷房ですっかり冷えてしまい…
上野藪そばでおかめそば。温まったし、おいしかった。
帰ってから聞いたのだけど、ものすごい雷だったとか。
横浜も一時、停電になったらしい。帰りの電車で
JR東海道線は通常運行していたが、京急、小田急、
相鉄のいずみ野線も大雨のため遅延、原因は雷か。

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2014年7月19日 (土)

黒門亭で八ゑ馬・小満ん・志ん好

今日は小満ん師匠を聞きに黒門亭へ。
今月から第2部の開演時間が変わったのだが、
以前から黒門亭で小満ん師匠のときって、
並ぶのがとにかく早くて、早めに行ったのだけど、
今日は集まりが悪く、どうも時間が読めない。

第2部
林家けい木:非常怪談
鈴々舎八ゑ馬:書割盗人
柳家小満ん:普段の袴
ダーク広和:マジック
古今亭志ん好:宿屋の富

けい木さんの「非常怪談」は二度目。しかし今回は、
野々村議員の号泣バージョン。泣きじゃくるのは、
エレベーターが止まってしまう…冒頭部分だけで、
怪談を語りはじめるとすっかり機嫌が直るのだが。
続いて、八ゑ馬さんが、「だくだく」だと思ったら、
上方の題名では、「書割盗人」というのだ。知らなかった。
私は正直なところ、上方落語は全く聞かないのだが、
でもなぜか…八ゑ馬さんのは、以前から好きである。
前座時代も関西の出身であることは知っていたのだが、
二ツ目に上がる頃、突如、上方弁を喋り出し、「時うどん」とか、
なるほど…しっくりくるな!って、感じたのだが、今日もお見事。
上方だと、血がだくだく…で、オチではなく、さらに続きがあって、
部屋の住人も泥棒もふたりそろって、死んだつもり…であり、
それで題名も「だくだく」ではないのだ。この辺、なるほど。
小満ん師匠は、夏の甘酒売り…熱い甘酒~にはじまって、
今日は何の噺だろう…って、それは夏の季節感ということだが、
御成街道の話題で上野広小路の武具屋さん、そう来れば、
これは「普段の袴」である。師匠のこの噺ははじめて聞く。
桂小勇の会の本牧亭での第一回、その最初が「普段の袴」であった。
特別な演出とかは加えていないであろうと、スタンダードだと思うのだが、
何とも味わいで、夢中になって、ファンにとってはたまらないものがある!
前半の本物のお侍とオウム返しの江戸っ子で、極端にキャラを変えて、
後半で爆笑をとる「普段の袴」もあるのだが、それもいいと思うけど、
師匠はそんなに描き分けをするでもなく、しかしハッキリと対比があって、
何か作り込みをしようというのがない…自然体な仕上がりが感動的だ。
お武家の真似をしようとする江戸っ子は、頓珍漢なことばかりをいって、
その間抜けなところがお笑いだけど、それを特別に強調しなくても
大失敗の様子は可笑しくて…さらりと軽やかに笑わせるのが小満ん流!
ダーク先生のマジックの後、今日のトリは、志ん好さんの「宿屋の富」。
この春、真打昇進で、来春の新たな十人の昇進も決まったところだが、
披露興行に関しては、やはり莫大な金がかかる…というところから、
お馴染みの大ボラ吹きで「宿屋の富」である。私は志ん好さんは、
志ん公の頃から大好きで、今日もよかったのだが、へえ!というのが、
古今亭の「宿屋の富」なのか、富興行が湯島天神なのである。
旅籠は馬喰町だし、椙森神社だと思い込んでいた。小さん師匠とか、
柳家の「宿屋の富」がそうなのかも…去年、聞いたところで
小満ん師匠も椙森神社だったし。馬喰町からすぐのところなので、
一文無しが暇を持て余して、ぶらっと歩いていく…というのでは、
椙森神社は非常にリアルな位置関係である。湯島だとちょっと遠い。
それこそ、上野の広小路を通り過ぎて、切通しの坂を上がって、
それで湯島天神の境内ということになるので、そこまで行かなくても
広小路の賑わいで、十分に暇は潰せてしまう。しかしその一方で、
よくいわれていることだが、イメージするのに椙森神社はわかりにくい。
というので、富くじの場面は湯島天神とする方向もあるのかもしれない。
噺の地名に興味がある方なので、その辺はつい色々と考えてしまう。

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2014年7月18日 (金)

ヴラド・ペルルミュテール 3

ヴラド・ペルルミュテールによるラヴェルの作品集。
その二枚目で、ソナチネ、優雅にして感傷的なワルツ、
クープランの墓、前奏曲、ボロディン風に、シャブリエ風に、
古風なメヌエット、ハイドンの名によるメヌエット。
1973年7月26日から8月3日にかけて、
バーミンガムのニンバス・スタジオで収録。
本当に素晴らしい。洗練された美しい表情付けが冴えている。
今日的な鋭角でシャープな感覚はないが、その対極にある…
微妙な揺らぎや音楽の動きにラヴェルの作品の本質を感じる。
非常にリラックスして取り組んでいるのも特長で、独特な響きだ。

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2014年7月17日 (木)

第123回 柳家小満んの会

今日は夕方から小満んの会で、関内ホールへ。
楽しかった。素晴らしい三席で、うれしくなってしまう。
この季節感、今にぴったりの噺で盛り上がる。

林家けい木:強情灸
柳家小満ん:たらちね
柳家小満ん:有馬のおふじ
柳家小満ん:大山詣り

けい木さんが「強情灸」だ。横浜ではお馴染みの峰の灸だけど、
小満ん師匠の「大山詣り」に絡んでくるという…これは師匠のリクエスト?
師匠の今回の三席は、「有馬のおふじ」の富士詣りと…そして大山詣りで
夏のお山詣りがテーマかな?と思ったのだが、「有馬のおふじ」は聞くと
富士山ではなく、浅草の浅間神社(おふじさま)であり、お山ではなかった。
ならば「お盆」であろうと…大山詣りは、お盆の時期に出掛ける講中が多く、
それは、お盆は半期の決算で掛取りが来るので、お山に逃げてしまう。
「ととは山、かかは家で言い訳し」というので、お盆の情景なのである。
しかしこれもまた、浅間神社の「おふじさま」は、山開きに合わせて、
六月三十日と七月一日が御縁日だそうで、それもまた、ハズレのようだ。
まあ、今の季節の夏の話題!ということである。それに、あともうひとつ、
ご夫婦の縁というのもあるのかも。「たらちね」は、まさにそれであり、
「有馬のおふじ」もお妾さんの登場で、おかみさんの悋気が燃え上がる。
そして「大山詣り」で、長屋のかみさん連中が、戻らぬ旦那たちのために
揃って頭を丸めるのであり、そこは夫婦の情だと…これがテーマか!
一席目は「たらちね」だが、大家さんの夕涼みやいろいろな場面で夏であり、
そして何より、通常のオチの後に、少しだけ後日譚が、お盆の「たらちね」。
八五郎とお清さんは、仲のいい夫婦になったのだが、かわいそうなことに
お清さんが半年ほどで亡くなってしまい、お盆でお迎えをするのだが、
すると幽霊になって出てくるのだけど、相変わらず言葉が丁寧であり、
死んでも直らねえや…というオチである。これははじめて聞いた。
師匠が創って、足したのかな?と思ったのだが、これは実は昔からある…
との情報もあり、その辺は、「たらちね」に関して、師匠に聞いてみたいと思う。
続いて「有馬のおふじ」だが、富士講の人たちは人造の富士山を祀り、
江戸の富士浅間神社では、山開きに合わせて、ご祭礼の市が開かれたと
そこで売られていたのが、麦藁蛇の飾りである。それがオチに絡むのだが、
出身が有馬温泉のおふじさんを上方から江戸へ連れてきて、お妾さんだが、
浅草馬道の富士横丁に囲っていたのだけど、おかみさんの許しが出て、
ひとつ屋根の下、店の方へと引き取るのだが、結局は居づらくなって、
大坂へ帰ってしまう。ある日、旦那が出先から帰ってこなくて、権助が、
旦那はおふじさんへ行ったと…いうものだから、おかみさんは、悋気で
怒り狂いだし、それは、浅間神社の御縁日へ出掛けたということであって、
すっかり勘違いであり、そこで権助のいう…おふじさんといったら、
おかみさんの顔が蛇になった…というのがオチ。ここで麦藁蛇である。
ちなみに「大山詣り」でも…帰りに大森名物の麦藁細工を土産に買って、
「麦藁」は今日の陰の主役であった。仲入り後、その「大山詣り」である。
去年も日本橋で、師匠の「大山詣り」を聞いているが、大好きな噺だ。
というのも神奈川の噺である。そういう親しみがある。ある意味、地元の噺。
江戸へ戻る前の晩で、神奈川宿での旅籠の情景だが、一行が金沢八景へ…
というところ、師匠は保土ヶ谷宿まで来ると、誰が言い出したのか?
金沢へ行きたいと言う者があって、それで、嵐で船が沈むという作り話だが、
実際に保土ヶ谷宿に金沢横町があり、金沢へ向かう道が保土ヶ谷から出ていて、
その辺の資料を師匠にお送りしたところ、日本橋の会で台詞を加えてくださった。
保土ヶ谷へ行ってみたいと…この春には、金沢横町へご案内してきたのだが、
そこにある「かなさわ道」と「圓海山之道」の道標で、なんと今回は、さらに
圓海山の峰の灸を据えに行きたいと言い出す者も現れて、この暑い中、
灸を据える時期でもなかろうと…金沢八景へ向かうのである。マニアックに
横浜ネタが並んでいるのだが、師匠も金沢区の出身でいらっしゃるので
金沢八景といえば、お手のもの。師匠の「大山詣り」には、失礼ながら、
勝手ながら、私も噺作りに参加している気がして、大興奮なのである。
賑やかで、楽しくて、かみさん連中が坊主になるのはちょっと乱暴だが、
オチで先達さんが、お怪我(毛が)なくって、よかった…と来るところは、
何とものんびりして、穏やかで…すべてを丸く納める大らかさがあって、
聞いているこちらも幸せになるという…素晴らしい一席であった。最高!
ということで、次回は9月26日(金)第124回 横浜 柳家小満んの会
演目は「粗忽長屋」「お札はがし」「寝床」の三席。楽しみである!

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2014年7月16日 (水)

南西ドイツ放送交響楽団

シルヴァン・カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲シリーズを収録順に聞いている。
今日は交響曲第4番で、2003年9月22-26日に
ドルトムントのコンツェルトハウスで収録されている。
これは面白い。どのように聞こえてくるか…という印象だけど
躍動感、表情付けなどで、これまでにない新しさがある。
基本的には速めのテンポで、流れるような音作りだが、
より古典的な性格が際立っているようで…興味深い。
後期ロマン派的な重厚で、濃厚で、壮大な感覚ではなく、
まるでベートーヴェンやシューベルトのちょっと後といった…
シンプルでかわいらしい交響曲である。それが実に新鮮。
カンブルランの響きの作り方というのは、個性的であり、
それはスコアに誠実なのであって、原点に立ち返っている。
素朴な音色で、これもまた、見事にブルックナーの本質だ。

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2014年7月15日 (火)

7月15日の感想~お盆

道路の向こうのお宅からお経が聞こえてきて、
おじいさんが亡くなられて、今年は新盆だと。
お盆だな…って、夏の風情である。
東京へ行くと、この七月がお盆なのだが、
私のところは、横浜でも西部なもので、
八月がお盆だと思っていた。地方は八月。
一応、武蔵国なのだけど、ほとんど相模国で、
江戸から見たら地方である。横浜の田舎。

よく小満ん師匠が「俺は江戸だから!」って、
頭の中そっくり江戸なのだけど、たぶんに影響されて、
お盆にお坊さんが来るという、そういうところにいいなあ…
なんてことを感じているのだから、私も江戸化が進んでいる。
でもお経が終わって、ブルーのフォルクスワーゲンで帰っていく
若いお坊さんをチラッと見たら、ああ、坊主の稼ぎ時って、
急に商売に見えてしまった。リアルに見てはダメだ!
お経の声と鈴の音色、線香の香りぐらいで、
雰囲気に浸っていなくてはいけなかった。

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2014年7月14日 (月)

ロリン・マゼール 死去

ロリン・マゼールが、13日、バージニア州の自宅で亡くなった。
84歳。肺炎による合併症とある。急死という印象があるのだけど…
最近まで、キャッスルトン音楽祭のための準備をしていたともある。
今年は、1月のアバドに続いて、マゼールまでが…悲しいことだ。
84歳といえば、立派ではあると思うのだけど、マゼールという人は、
いかにも丈夫そうに見えたし、若い音楽家との協演にも熱心で、
いつまでも発想は新しそう…まだまだ活躍できるのではないかと
そう感じていたので、やはり早すぎる気がする。非常に残念だ。
私にとっては、1970年代のクリーブランド時代がやはり最高。
若い頃のマゼールの圧倒的な冴えは、ちょっと他では味わえない。
それに対して、1990年代後半以降、近年の演奏に関しては、
それほど聞いていないのだが、バイエルン放送交響楽団との
R.シュトラウスやマーラーの大地の歌は、気に入っている。
最晩年のミュンヘン・フィルとの録音が、ブルックナーの他に
残されていないのだろうか。近年の演奏も聞いてみるか…

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2014年7月13日 (日)

第268回 柳家小満んの会

お昼から東京へ行って、お仲間と馬喰町、小伝馬町、
椙森神社、恵比寿神社、紺屋町、室町、日本橋と
落語散歩をしていたのだが、夕方からは日本橋亭で
柳家小満んの会である。13日といえば、小満んの会。

林家けい木:オレオレ詐欺
柳家小満ん:本膳
柳家小満ん:河内山宗春~丸利の強請
柳家小満ん:引越の夢

けい木さんが、「粗忽長屋」をオレオレ詐欺で…演目は不明。
小満ん師匠の一席目は「本膳」である。村の衆が総勢36名で、
本膳の食べ方を先生のところに教わりに行くのだが、練習の間もなく、
失礼ながら上座に座らせていただいて、私の食べるのを真似なさいと。
その辺は、大らかな先生であり、物事を心得ている立派なお人だが、
いざ食事がはじまると、失敗までを全員が真似るので、怒り出して、
隣の人を肘で付く…するとそれまでも真似されてしまうのだけど、
先生もさすがに怒るのだな…って、その長閑さは何とも好きである。
近頃の病気の名前で、「結膜炎」を「ケツまくり炎」といったり…
今回は「インフルエンザ」も何か面白い言い方で出てきたのだが、
忘れてしまった。何だっけ?思い出せずに…悔しい。残念。
二席目は「河内山宗春」である。師匠の案内ハガキから引用すると
歌舞伎の方では「宗俊」だが、講釈では「宗春」であり、講談のネタ。
そして今日の話で、二代目の松林伯圓が「天保六花撰」として、
講談にまとめたという。この人は、通称「泥棒伯圓」と呼ばれたそうで
泥棒の噺が得意だったということ、その冒頭が、今回の噺だそうだ。
この河内山宗春という人は、お城の茶坊主で、特に格上の奥坊主だと。
しかしその中身は悪党であり、ここで痛快噺として語られるのだけど。
その物語だが、なかなか頭に残っていなくて、正直なところ、難しい。
しかし断片的にでも記録しておかなければ…弟分の牛松が訪ねてきて、
仲間が近く佐渡送りになるので、何とか十両の金をこさえたいと。
それで宗春が丸利へ強請に行く。十三両二分の珊瑚玉が無くなり、
宗春が鼻をかんで、その間に紙に包み、外へ投げ、牛松が回収する。
店の方では、目の前で珊瑚玉が無くなったのであり、宗春を奥へ…
着物を脱がせて、調べるのだが、物は出てこない。そこで怒り出して、
百両の金を巻き上げる。ここは「丸利の強請」という場面だそうである。
噺の展開など、予習をして、多少は頭に入れておくべきだった。
でも帰って、ネットで調べてみると、どうもあらすじも出てこなくて、
復習もできない。最後はスカッとする噺だったので、これはぜひ、
また聞いてみたいと。何度か聞かないと頭に入らないような印象である。
仲入り後は、「引越の夢」だ。これが面白かった。たくさん笑った。
「引越の夢」は、番頭さんが新しく来た女中さんにいろいろ得な話をして、
来年は別居しますから、そのときには、かみさんをもらおうと思っている…
そこまで言い出すのだけど、その辺は、この噺の笑いどころではあるのだが、
でもどうもこれまで、そんなに面白い噺とは思ったことがなくって、しかし…
今回は面白くてたまらなかったので、すごくよかったのである。やはり描き方。
以前に師匠に聞いたことがあるのだが、元は上方の噺で、ここでの情景も
上方の大きなお店がモデルであって、多少こちらの雰囲気とは違っていると。
お店の奉公人、商売の様子、店の造りや間取りなど、色々と表現されているが、
奉公人の男たちの寝床、それに対して、奥の台所や女中部屋の位置関係、
どうも聞けば聞くほど、謎に思うことが多かったのだが、今日は非常に明快で
店の様子が目の前に…鮮やかに広がったのである。それが何よりの喜び。
女中部屋は台所に隣接してあり、もちろんそれは極めて合理的なところだが、
よって新しく来た女中さんもそこに寝ていると。当然といえば当然なのだけど、
そこもきちんと説明が行き届いていたし、しかしそうして具体化してくると…
なんで女中部屋が中二階なのか?というのは、その設定にしておかないと
噺が成立しなくなってしまう…ということなのだけど、梯子を上って、中二階。
するとその下の階は、どういうスペースになっているのか?倉庫、物置?
味噌樽、漬物樽が並んでいたり、今でいえば、食品庫になるわけだけど、
台所に面して、そうした場所があっても不思議はないような気がするが、
なんで女中部屋が二階にあるのか?というのは、実に興味深いのである。
だから、そうしないと噺にならなくなっちゃうよ…ということなんだけど。
それは…もしかしたら、まさに夜這い防止のためにわざわざ二階にして、
梯子を取り外しちゃえば、女中の身は守られると…それが理由なのかも。
昔のお店は、奉公人同士の恋愛は、堅く御法度で、許されなかったと
よく噺の中では出てくるのだが、店の中で男女の動線が交わらないように
そうした間取りが、お店の造りで、基本としてあったのかもしれない。
奉公人が堅い…というのが、店の信用につながるとそうした考えかも。
あと、オチにつながる台所の吊戸棚だが、部屋の中央に吊ってあり、
前後、両方から取り出しができる構造になっていると、その辺も明快。
二番番頭の忠七が落ちてしまった戸棚を担いでいると、下地が垂れてくる。
それがおできに染みて、嫌な心持ちだと…この辺も実に目に浮かぶ。
こうした細かな表現が、情景を描き出していくのに大切な役割をしていると…
「引越の夢」という噺が、はじめてしっかり入ってきた気がする。よかった。
ということで…今週、木曜日(7月17日)が横浜での柳家小満んの会だ。
演目は「たらちね」「有馬のおふじ」「大山詣り」の三席である。楽しみ!

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2014年7月12日 (土)

ヴラド・ペルルミュテール 2

ヴラド・ペルルミュテールが残した14枚のCDが、
ボックス化され、収録順に聞いていきたいと思う。
まずは1973年のラヴェルの作品集、その一枚目。
鏡、水の戯れ、亡き王女のためのパヴァーヌ、
そして夜のガスパールである。これぞ名盤だ。
1973年7月26日から8月3日にかけて、
バーミンガムのニンバス・スタジオで収録。
実はこの演奏は、中学生の頃から聞いていて、
最初にCD化された際のディスクも持っている。
今回は新しい方で聞いているが、この上ない感動だ。
いうまでもなく、名盤の中の究極の一枚という。
角の取れた柔らかい響きは独特で、少し曇った感じ、
どこかぼんやりした中にハッとさせる輝きが…
ラヴェルのイメージというのは、これだと思わされる。
作曲者の弟子というので、特にこの演奏は有名だが、
ペルルミュテールの認知度というのは、かなり地味で
しかし本当に素晴らしいピアニストであり、味わいだ。

Nimbus CSM1032

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2014年7月11日 (金)

7月11日の感想

20140711a

台風一過で朝からいい天気。
この青空は久しぶりな気がして、うれしい。

我が家は電話の光回線を利用して、
フレッツテレビで見ているのだけど、
台風は関係ないが、昨日の晩から映らなくなってしまい、
早速、NTTの修理が来てくれて、回線終端装置の故障。
テレビの同軸ケーブルを接続する端子が外れてしまった。
装置の交換は1000円程度だが、出張費は7500円。
全部で9000円ほど。痛い出費である。すぐに直ったが。
今年はこの手の故障が多くて…そういう年回りか。

20140711b

夕方、北の空。西の方は雲の切れ目に夕焼けだが、
一時的に真っ暗になって、ちょっとにわか雨。
それにしても暑かった。とにかく蒸し暑い。夏である。

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2014年7月10日 (木)

落語につぶやき 243~真景累ヶ淵

去年の夏は、「牡丹燈籠」をよく聞いていたのだが、
今年は圓生百席の「真景累ヶ淵」を熱心に聞いている。
一年休んで、久しぶりに聞き直してみるとまた新鮮だ。
「豊志賀」の場面が有名だが、私は「お久殺し」以降、
舞台を羽生村に移してからの方が圧倒的に好きである。
お久殺しを土手の甚蔵に目撃された新吉は、甚蔵の元で
大人しくして、いかにも坊ちゃん坊ちゃんした印象だが、
養子に入って、お累と夫婦になると、次第に変わりはじめ、
噺の中で、豊志賀の呪いが解けていくということもあるけれど、
「お累の自害」では、新吉は実に乱暴で、そして残虐であり、
この変貌ぶりは興味深い。しかし「聖天山」まで進んで、
再び土手の甚蔵に付きまとわれると新吉は大人しくなって、
やはりその辺は、境遇が変わったとしても深見の若様なのか。
腹違いの妹でお賤に遭遇する不思議な因縁というのも絡むのか。
圓朝というお方は、近親相姦を理由に自害させるのが好きである。

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2014年7月 9日 (水)

正岡容 わが寄席青春録

正岡容の「わが寄席青春録」を読んでいるのだが、
このところ、ちょっと止まってしまっているけれど、
その話題で。正岡容は、毎晩、寄席にいたのだが、
同じ顔付けの席にばかりに通っていたために
ある日、突然、笑えなくなってしまったそうである。
それで決意した。もう寄席には行かない。
しかしその翌日もやはり同じく寄席にいた。
その日の楽しかったこと。たくさん笑えた。
悟りを開いたそうである。よく寄席の常連で
落語通を気取って、これしきのことで笑えるかと…
全く笑わない客がいるが、正岡容にいわせれば、
そんな客は、悟りを開いておらず、通でも何でもないと。
深いお言葉。寄席を楽しんでいる者が本当の客。

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2014年7月 8日 (火)

横浜の風景から 363

お昼の前後で出掛けていたのだが、
梅雨の合間の久しぶりの晴天で
蒸し暑かったけれど、少々寄り道。

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泉区新橋町の中丸家長屋門。夏風景。

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新橋町の阿久和川で正面に中丸長屋門。

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瀬谷柏尾道路沿いの水田も青々としている。
こちらも泉区新橋町でこの先は瀬谷区に入る。

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2014年7月 7日 (月)

日本のしきたり~七夕

「鳩居堂の日本のしきたり豆知識」より「七夕」。
梅雨の最中で、曇り空の七夕だが、こちらも旧暦なので
本来はひと月半ほど先のことであり、天の川も八月である。
でもせっかくなので、七夕について調べてみることにして、
七夕とは、七月七日の夜という意味でシチセキとも読む。
平安時代には、里芋の葉に付いた夜露を集め、墨をすり、
梶の葉に願い事を書くという行事も行われていたようだ。
そして重要なのは、お盆の前に穢れを洗い清めるために、
七夕の日に髪を洗ったり、子供や牛、馬に水浴びをさせる、
また仏壇や硯を洗うなどの風習も行われていたのである。

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2014年7月 6日 (日)

石神井公園で柳家小満ん

石神井公園にあるふるさと文化館にて、
ふるさと文化講座の落語会。小満ん師匠がゲスト。
往復ハガキで抽選だったのだが、私は見事にハズレ。
当たったお仲間に連れて行ってもらえることになった。
行けてよかった。噺の「応挙の幽霊」もだけど、
後半の岩崎館長とのトークの楽しかったこと。

柳家小満ん:応挙の幽霊
トーク:噺の中の道具と落語の所作
トーク:煙草入れの桂文楽コレクション

「応挙の幽霊」は、去年の八月の「棚卸し」でも聞いているのだが、
今回は、こうした一般向けの文化講座の中での一席であり、
マクラで道具屋や骨董に関する話題もたくさん盛り込まれて、
よりわかりやすく、去年とは、入り方が違っていたように思う。
私もたいへんわかりやすかった。噺の方も今回が二度目で
細かいところにまで、笑いのひとつひとつ、去年以上に
いろいろと頭に入ってきた気がする。するとますます面白い。
明治の新作だそうだけど、小満ん師匠も手を加えているそうであり、
幽霊を相手にスコッチ・ウイスキーを飲んだり、英語を喋り出して、
でも本当は長崎の出島仕込みなので、オランダ語なのよ…とか、
小満んギャグ満載である。こういうところが何ともいえない魅力。
そして仲入り後、道具を扇子と手ぬぐいだけで表現する落語の所作、
この辺は、いわゆる落語とはどういうもの?という基本解説だけど、
ちょっとずつ落語の場面を盛り込んでの実演説明であり、素晴らしい。
さらに後半、師匠の「べけんや わが師、桂文楽」にも掲載されており、
ファンの間ではお馴染みの文楽師匠の煙草入れ、そのコレクション、
本で読んでもすごく面白いのだが、今日は師匠の生トークである。
こういう話を聞けたので、それはまた宝になるのであり、よかった。
終演後に今回の企画展「昔のくらし」をじっくりと拝見してきた。
落語とそれをまわりで豊かにする内容に充実の休日であった。

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2014年7月 5日 (土)

柳家小満ん「在庫棚卸し」

梅雨はまだ明けず、寒くって、雨になってしまったが、
今月もお馴染みの荒木町へ。小満ん師匠の棚卸し。
噺は夏の話題であり、まもなく晴れるだろう!期待。

柳家小満ん「在庫棚卸し」第19回
柳家小満ん:ろくろ首
柳家小満ん:猫久
柳家小満ん:種の起源

「ろくろ首」で、松公を伴って、お屋敷に上がり、
毬にじゃれる猫が登場。そしてお馴染みの「猫久」。
猫・猫…と来たので、後半、何が来るんだ!と思ったら、
「種の起源」であった。不精な親子が、黒猫に生まれ変わる。
「ろくろ首」は久しぶりだ。四年前に日本橋で演じられているけれど
そちらは行けなかったのだが、その前に黒門亭でネタ出しされて、
師匠の「ろくろ首」は大好きである。松ちゃんがなんといいのだ!
「猫久」は小満ん師匠の得意噺といってもいいのではないかと
本当に最高である。毎回書いているけれど、いわし!の一件。
この陽気で、早くイワシをさばかないと腐ってしまう…夏を感じる。
そして仲入り後は、師匠の新作で「種の起源」。四年前の関内で
聞いているのだが、今回は映画の「ノアの方舟」にちなんで、
観なきゃよかったな…という、それで珍説「種の起源」である。
サゲで、同じく、聞かなきゃよかったな…という展開だけど、
師匠の「種の起源」は面白い。聖書の創世記から、進化論、
そして宇宙論にまで至る…見事に漫談に仕上げているのだが、
自然体に師匠がお喋りを進めるので、その辺が異色といえば、
独特な印象もあり、それがまた、ファンにとってはたまらない。
明日も石神井公園に出掛けるので、簡単ながらこの辺で。
次回の「棚卸し」は8月3日(日)である。もちろん予約済!

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2014年7月 4日 (金)

ルツェルン音楽祭2013

昨年の夏のルツェルン音楽祭から
クラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団で
ブルックナーの交響曲 第9番 ニ短調(ノヴァーク版)
2013年8月21-26日にルツェルン文化会議センターで収録。
アバドの最後の演奏である。そのライブ盤が発売された。
明るい音色で、歌に満ちた印象があり、ますますしなやかだ。
そして何より、間の扱いというか、これは呼吸であろうか…
音楽がただ流れるということのない、響きを大切に聞く…
耳を澄ませるという、演奏者たちはもちろんのこと、
聞いている我々にも、その思いが強くなり、これこそが、
アバドがこのオーケストラで目指したものである。感動的だ。
これが最後のブルックナーという…特別な想いもあるのだが、
それにしても音楽を丁寧に作り上げていくアバドの姿勢は、
本当に素晴らしく、ここまで深く、優れた解釈をここに示し、
偉大な記録を残してくれたことには、ただただ感謝である。

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2014年7月 3日 (木)

東海道中膝栗毛~大森

大森といへるは麥藁ざいくの名物にて、家ごとにあきなふ
飯にたくむぎはらざいく買いたまへこれは子どもをすかし屁のため

大森の「麥藁(むぎわら)ざいく」とは、麦藁を種々の色に染めて、
玩具などに編んだものだとか。麦藁が名物とは知らなかった。
子供をなだめるために、麦藁細工を買いなさい。
子供をすかすとは、なだめるの意で、すかし屁と掛けている。
麦飯を食べるとガスがたまり、すかし屁が出るということだ。

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東海道中膝栗毛~鈴が森

こちらも弥次さんだが、鈴が森にいたり、
おそろしや罪ある人のくびだまにつけたる名なれ鈴がもりとは

頸玉とは、玉を緒に貫き、頸にかけて飾としたもの。
いわれてみれば、鈴が森なんて、かわいらしい名前だが、
いうまでもなく、江戸時代の刑場である。首が飾られていた?

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東海道中膝栗毛~品川

海辺をばなどしな川といふやらん
と弥次さんが上の句を詠み、喜多さんが下の句を
さればさみづのあるにまかせて

「さみづ」とは、真水のことで、鮫洲と掛けている。
品川は、海辺であるのにどうして川なんだと。
真水(さみづ)があるから、川でも不思議はない。

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東海道中膝栗毛~旅立

発端の最後にある…かしまだちの狂歌
難波江のよしあしくとも旅なればおもひたつ日を吉日とせん

東海道安見絵図(明和九年版)に
定め得し旅立つ日取よしあしは思ひ立つ日を吉日とせん
というのがあり、十返舎一九は、難波江に生えている
葭(よし)と芦(あし)に善し悪しを掛け、日の善し悪しに
関わらず、思い立った日を吉日としたいとしている。
その発想は素敵だが、話の中身はかなり不謹慎。

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2014年7月 2日 (水)

ホルヘ・ボレット 12

ホルヘ・ボレットによるリストの作品集で最後の一枚。
最初に独奏によるベルリーニ「ノルマ」の回想(ライブ録音)
1988年4月にモントゴメリーのキャロライン・ブラント劇場、
後半はイヴァン・フィッシャー指揮ロンドン交響楽団との協演で
死の舞踏、呪い(マレディクシオン)、ハンガリー幻想曲
1984年3月にロンドンのウォルサムストウ・アセンブリー・ホール。
「ノルマ」の回想は、演奏会ライブからの一曲だが、感動的だ。
響きの美しさとまさに大家といった芸風でスケール雄大な演奏。
あまりの素晴らしさにうっとりで…これはライブならではの魅力。
オーケストラとの共演は、実にヴィルトゥオーゾな作品だけど
力技で押さないホルヘ・ボレットらしい…何とも音楽的な表現。
鮮やかなテクニックながら、それが表面に出ることのない…
あくまでも深まりある音楽として聞かせる、偉大な名演だ。

DECCA 467 801-2

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2014年7月 1日 (火)

ジャン・ジャック・カントロフ 1

ジャン・ジャック・カントロフとアラン・プラネスのデュオで
フォーレのヴァイオリン・ソナタ 第1番と第2番、子守歌。
1975年7月4,5日にパリのノートルダム・デ・ローデ教会で収録。
実はアラン・プラネスのピアノが聞きたくて手に入れたのだが、
カントロフのヴァイオリンも抑制のきいた表情、シンプルな音色で、
それが何とも心に響いてきて、魅力的である。フォーレは大好きだ。
教会での録音ということが関係しているのか、実に素朴な印象で
ちょっと古さも感じられるけど、このまさにセピア色の世界が心地よい。
第1番が親しみやすさで有名だけど、第2番は偉大な傑作である。

DENON COCO-70854

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