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2014年7月27日 (日)

黒門亭で一左・文雀・正雀

今日は文雀さんと正雀師匠を聞きに黒門亭へ。
お二人ともネタ出しで、ぜひとも聞きたい噺である。
上野に12時すぎに着いて、その前に入谷の辺りを
ぶらぶらと散歩してきた。入谷鬼子母神。猛暑。
ペットボトルを凍らして行ったのだけど、黒門町に
着く前に空になってしまって、それだけの汗である。
やはり夏の間は、長時間は歩けない。危険だ。

第2部 長講二席
林家扇兵衛:道具や
春風亭一左:浮世床~将棋・本
桂文雀:鬼の面
林家正雀:生きている小平次
林家正雀:親子茶屋

扇兵衛さんが「道具や」。何度か聞いていると思うのだけど
与太郎の抜けっぷりが独特で、キャラ作りはいいのだが、
どうも進んでいくと退屈してしまって、噺の流れやテンポ感が、
いまひとつなのか。そろそろ前座修業も折り返し地点?
一左さんは、まもなく二ツ目昇進というところから知っているけれど
本当に上手くなっているよね!という…堂々の実力派二ツ目さん。
入門から十年だから、それは貫録も付くし、上手いのも当たり前か。
商売の話になって、床屋さん。嫌だ…苦手の「不精床」と思ったら、
「浮世床」に入ってくれた。しかし実は、「浮世床」の本の場面は、
もっと苦手かも。字の読めない源さんが、太閤記を無理して読んで、
しつこくって、くどい。「手紙無筆」とかも、無筆の噺はこんなものか。
でも一左さんはよくって、髪結床に集まる町内の連中の賑やかさ、
雰囲気がよく伝わってきて、その情景が豊かに広がった。楽しい。
続いて、文雀さんの「鬼の面」。これがよかった。聞けてよかった。
珍しい噺をよく聞かせてくれて、文雀さんはいつも当たり!である。
この噺は、落語研究会の放送で一琴さんで聞いたことがあるのだが、
ほどよく忘れていたのだけど、ちょっと違っていたところがあり、
一琴さんは、お松ちゃんが鬼の面をかぶって、博打場を脅かして…
それをお役人に届け出て、大そう褒められる…という展開だと記憶。
違うかな?あと、奉公の女の子がお松という名前だったかどうか?
今日のは、大黒屋さんに押し入った泥棒たちのアジトを脅かして、
盗んだ三百両を取り戻すという…大黒屋さんに感謝され、お松は、
子守り奉公の年季明けの来年から大黒屋さんに引き取られることに。
来年のことを喋ったので、鬼の面が笑った…というオチなのだが、
この方がいいのではないかって、非常に説得力があったと思う。
それにお多福の面と鬼(秋田のなまはげ)の面を取り換えるのは、
今日のでは、少々抜けている番頭さんだったが、以前に聞いたのでは、
店の旦那が悪戯するのであって、これも番頭さんの方がいい気がする。
というのは、店の旦那は奉公人の子供たちのことをよく理解しているので、
思いやりもあるし、その方が、店の様子を描くのに…真実味があるのでは。
そうあってほしいという願望もあるのだが、私は今回の設定が好きである。
「鬼の面」には、いくつか型があるのか、気になるので調べてみたいと…
仲入り後は正雀師匠の「生きている小平次」…菖蒲浴衣の出囃子で登場。
長講ということで、この噺を出したのだが、稽古をしたら、短かったという。
それでもう一席、「親子茶屋」と二席で長講ということに。これはうれしい。
三年前の夏に彦六の正蔵師匠で「生きている小平次」を聞いてみて、
その録音も残してあるのだが、久しぶりだし、今回は予習なしで楽しんで、
はじまると鮮やかによみがえって、面白い。こういう噺は大好きである。
1957年に東宝で映画化されており、原作は鈴木泉三郎の戯曲とある。
冒頭の沼の情景、また後半の夜の海岸、松並木など、実に描写的だが、
それは原作の影響、映画の絵画的効果か、落語とは異なる雰囲気である。
この独特な仕上がり、印象が、この噺の大きな魅力であると思うのだけど、
感動的であった。殺しても殺しても生き返る…不思議な話ということであり、
それに今日、気付いたことなのだが、両想いだと思った小平次とおちか、
実は小平次の一方的な想い込みのようで、ある意味、ストーカー的。
強引で乱暴な太九郎だが、後でわかるのは、意外に正しいのである。
そしてこのおちかという女が、落語でよくある…とんでもなく悪い女で
小平次と太九郎を天秤にかけて、小平次を弄んでいるという。
おちかの…女の弱さといざとなると根性がすわって、太九郎に
小平次の急所で止めを刺せときつく指図するところなど、見せ場である。
こうした表現は、正雀師匠は絶品で、まさに彦六の正蔵師匠の世界だ。
そしてもう一席。上方の「親子茶屋」は、東京ではすっかり演り手がおらず、
こちらに移したそうである。八代目桂文治の「夜桜」という噺があったのだけど、
それがこの「親子茶屋」の東京版であるらしい。今は聞かれないということだ。
芸者遊びの場面を今日は鳴り物入りで。私は上方の演目は知らないのだが、
この噺は聞いたことがあった。おそらく落語研究会の放送で米團治さんのを
見たのかもしれない。こちらも情景が鮮やかに、実に聞かせる噺である。
七段目の一力茶屋の場面に習って、座敷の鬼ごっこで華やかに盛り上がる。
扇で顔を隠した二人が、さあ、御対面!となるのだが、その驚きぶりは最高だ!
「博打はいかんぞ」というオチは、よくわからなかったのだが、「呑む」「買う」は、
もう見られてしまったので、残りの「打つ(博打)」はいけないということだそうだ。

20140727

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